著者
長谷川 敦章
出版者
(公財)古代オリエント博物館
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究では,大型遺跡の調査や地中海世界からの影響に偏っている北レヴァントの先行研究を顧み,中規模遺跡など北レヴァント内の周縁地域の調査,在地物質文化の検討,シリア内陸部を含めた北レヴァントの周辺地域との比較検討を行い,従来の偏った歴史像を再構築する。最終年度となる第3年目の本年度は,天理参考館での補足的な調査を行うとともに,これまでの研究成果を積極な公開に重きをおいた。天理参考館での調査では,前年度行った受け入れ研究機関である古代オリエント博物館収蔵資料の後期青銅器時代おけるキプロス土器の比較資料として,テル・ゼロール出土のwhite Slip wareの資料調査を行った。この成果を踏まえ,white Slip wareの施文技術についての系譜について研究し,本研究が対象としている,後期青銅器時代の東地中海で重要な役割を果たしたキプロス島の社会変遷を,土器の施文方法の変化から繕いた。その成果を日本西アジア考古学会第17回大会にて発表し,これらの成果を巡って,同地域を対象としている参加研究者と議論を交わした。また,ワルシャワで行われた国際学会"8th International Congress on the Archaeology of the Ancient Near East"にて,本研究で中心となるつの地域の一つ,エル・ルージュ盆地の拠点遺跡テル・エル・ケルクと,ユーフラテス中流域に位置するテル・ガーネム・アル・アリ遺跡での発掘調査に基づく新知見を同地域を対象としている海外の研究者に対して公表し,広く意見を求めた。また,本研究の成果を広く一般向けに公開する目的で,東北学院大学で開催された公開シンポジウム「ユーラシア乾燥地域における河水利用一水が育む歴史・文化・環境」講演をし,ユーラシア乾燥地域という大きな枠組みで本研究の成果を位置づけを試みた。
著者
佐竹 暁子 CHAVES L.F. LUISFERNANDO Chaves LUIS FERNANDO Chaves
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

防虫剤を練り込んだ合成樹脂を原料として糸を作りそれで織った蚊帳(insecticide treated net)の利用は、最近注目されマラリア感染を予防する目的で大きな効果を上げている。マラリアを媒介するハマダラカは主に夕方から夜にかけて活動するため、夜人々が蚊帳の中で寝ることができればハマダラカに刺されることもない。アフリカ西部におけるマラリア発症事例数が蚊帳導入後にどのように変化したかを示すデータをもとに、蚊帳利用における人々の意思決定に関するゲーム理論モデル「蚊帳ゲーム」を構築し分析した。蚊帳ゲームでは、各プレイヤーが「蚊帳をマラリア予防に用いる」戦略Tと「蚊帳を経済活動に転用する」戦略Fのいずれかを選択すると考え、戦略Tを選んだプレイヤーは自身のマラリア感染率を下げることができ(個人効果)、戦略Fを選んだプレイヤーは自身の労働生産性を上げることができる(転用効果)と仮定している。また、少なくとも一人のプレイヤーが戦略Tを選んでいるとき、蚊帳に塗布された殺虫剤の影響によりハマダラカの個体群密度が減少し、全プレイヤーのマラリア感染率が低下する(共同体効果)。共同体効果の強さは戦略Tを採るプレイヤーの人数に比例する。各プレイヤーの期待利得は、マラリア感染率と労働生産性から算出され、全プレイヤーめ戦略からなる組に応じて一意に定まるとした。蚊帳ゲームの解析から、自然状態におけるマラリア感染率が比較的低いとき、全プレイヤーが戦略FをとるAll-Fナッシュ均衡が成立し、比較的高いときには、全プレイヤーが戦略TをとるAll-Tナッシュ均衡が成立することが示された。また、自然状態におけるマラリア感染率が中程度のときには、戦略Tを採るプレイヤーと戦略Fを採るプレイヤーが混在するFree-riderナッシュ均衡が成立する。Free-riderナッシュ均衡では、戦略Fをもつプレイヤーが戦略Tをもつプレイヤーから供給される共同体効果に「ただ乗り」する関係Prasitologyに受理された。
著者
田中 礼二 SEHGAL Pankaj
出版者
大阪市立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

タンパク質はいくつかの中間状態、Molten Globule(MG)を経て変性し、MG状態がタンパク質の機能に深く関わっていることが明らかになるにつれ、盛んに研究されるようになった。本研究では、代表的な球状タンパク質BovineSerum Albumin(BSA)と・-Lactalbumin(α-LA)の、界面活性剤による変性過程を詳細に調べた。近紫外、遠紫外領域の円偏光2色性(CD)スペクトル、トリプトファン蛍光光度測定や8-anilino-1-naphtahlene sulfonic acid(ANS)蛍光光度測定などを行った結果、界面活性剤濃度が小さい領域でいくつかのMG状態の存在を確認した。また、多くの界面活性剤が、それらの臨界ミセル濃度(CMC)付近で、タンパク質の変性を完了することが解った。イオン性界面活性剤を用いた系では、それぞれの界面活性剤イオンに応答するイオン選択性電極を作成し、電位差滴定法によりタンパク質に結合した界面活性剤分子の数を決定した。それによると、MG状態では、タンパク質に界面活性剤が数個結合していることが分かった。また、いくつかの試行の結果、複数の界面活性剤混合系におけるタンパク質の挙動が非常に興味深いことが分かった。界面活性剤の混合は混合ミセルを形成し、興味深い挙動をとる。タンパク質を加える前に、いくつかの混合ミセルの性質について研究した。混合ミセル系はそれぞれ特徴的な性質を持っているが、なかでも陰イオン性のsodium dodecylsulfate(SDS)とsodium N-dodecanolysarcosinate(SLAS)の混合系は興味深い結果を示した。この系の性質は、SLASの性質が支配的で、SLASを僅かに加えるだけで、特に水溶液表面の性質が大きく変化した。CMC付近で表面張力の値が大きく低下し、ある濃度を超えて界面活性剤濃度が増えると表面張力は増加に転じ、CMCに達した。現在、この現象は、表面でヘミミセルが生成することによって現れると考え、表面張力が増加に転じる濃度を臨界ヘミミセル濃度(CHC)と名付けたが、更なる研究が必要である。
著者
荒井 紀一郎
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

目的本研究の目的は、市民の政治参加について動態的なモデルを構築し、そのモデルの妥当性を実証することによって、市民が政治的な活動に参加するメカニズムを明らかにすることにある。目的を達成するため、本年度は以下2点を中心に研究を実施した。(1)自律的な主体(市民)の相互作用がシステム全体(社会)にもたらす特性や影響をモデル化できるマルチエージェントモデリングを用いた新たな政治参加モデルの構築(2)有権者が持つ様々なアイデンティティ(以下ID)の変化が投票参加や投票方向にもたらす影響を明らかにするための実験の実施実施状況(1)市民が自身の行動と選挙結果をもとに学習しながら適応的に参加/不参加を決定していくモデルを構築し、シミュレーションによってモデルの振る舞いを観察した。その結果、従来の政治参加を表す数理モデルよりもより現実に近い参加率、選挙結果を予測することができた。また、有権者の若い時期での投票経験と支持政党の連勝がその後の参加に大きな影響を与えている可能性があることが示された。本研究で得られた知見をもとに昨年5月の日本選挙会及び、10月の国際シンポジウムにて報告を行った。(2)科学研究費補助金を用いて、インターネットによる実験世論調査を実施した。この調査は、日本の会社員1000名を対象に彼らの社会的IDと党派性を測定し、実験群と統制群に分けた上で実験群の被験者には彼らのIDに対する刺激を与え、IDが投票参加と投票方向に与える影響を明らかにしようとするものであった。調査は本年8月下旬に実施した。調査の結果、有権者は自分が属している政治集団が、自分が属している社会集団の中において少数派である場合には、政治的なIDには依らないで意志決定を行う可能性があることが示された。本研究の内容は、昨年10月に開催された実験社会科学コンファランスおよび、本年2月に行われた国際コンファランスにて報告を行った。
著者
徐 長厚
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

プラスチックの可塑剤とし使用されるSVOCは、特に発熱する家電製品や建物の建材などから室内にごく微量、継続的に放散され、室内の空気清浄度を悪化させる。この空気中へのSVOC放散は疫学的調査などから子供の喘息やアレルギー症状など人体への健康影響も懸念され、その対策が必要とされている。本研究では、気流性状を工夫したチャンバー内に家電製品など放散量測定試料を設置し、放散量全量を測定するのではなく特定点における濃度測定により、家電製品からのSVOC放散量全量を計測する試験法を開発した。現在、市場で販売されている家電製品の液晶テレビ、パソコン、プリンター及びラジカセより放散するSVOC放散量測定を行った。家電製品において、電源を入れた場合、発散する熱に依存し、化学物質の放散量が増加する傾向が見られたが、電源の設定(ON/OFF)に関わらず、いずれの家電製品よりフタル酸-2-エチルヘキシル、2エチル-1ヘキサノール、フタル酸ジブチルなど内分泌系に対する有害性や人体の健康に悪影響を与えると報告されている化学物質が検出され、SVOC放散量の定量・定性的な評価が可能であった。今回開発した測定法は、日本の消費者のみならず、世界の家電製品ユーザーに製品の正確な準揮発性化学物質放散量評価を知らしめることを可能にするものである。また、本研究成果による家電製品から放散するSVOC放散量の正確な評価により、SVOCに関する低放散量の材料の研究開発及び普及が期待できる。
著者
小松田 沙也加
出版者
金沢大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-26

これまで本研究では摂動角相関法[1]により、空気中での熱処理によって形成するZnO中の不純物AlとInの強い会合状態が真空中での熱処理により解離する現象を観測してきた。またこの局所構造変化が希薄な酸素濃度条件下での熱処理中に生じるZnOの酸素空孔形成に誘起される現象であることを見出した。平成26年度はこの局所構造変化の熱処理時間依存性を詳細に調べることにより、この反応の1123 Kにおける速度定数を見積もることができた。さらに同様の実験を異なる温度で行い、速度定数の温度依存性をみつもり、そこからZnOの酸素空孔形成の活性化エネルギーに相当する値を実験的に0.72(6) eVと見積もった。これは理論計算によって得られた酸素空孔形成エネルギーの値[2]が本実験結果と近い値を示すことからも強く示唆された。酸素空孔形成のエネルギーを実験によって見積もる手段は少なく,上記の結果は不純物をプローブとする摂動角相関法によって初めて得られた観測情報であるといえる。現在は試料の熱処理時の雰囲気条件を真空からアルゴンガスに変えて同様の実験を行い、圧力によるZnOの酸素空孔形成エネルギーの変化を調べている。また上記の研究成果をThe 5th Joint International Conference on Hyperfine Interactions and Symposium on Nuclear Quadrupole Interactions (HFI/NQI 2014) 、2014日本放射化学会年会・第58回放射化学討論会の国内外の学会にて報告し、それをまとめた論文がJournal of Applied Physics 誌、Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry誌にそれぞれ掲載された。[1] ホスト物質に放射性核種のプローブを導入し、プローブ位置での微視的な構造や性質を調べる分光法の一つ。本研究ではプローブに、ZnOのドナーである111Inを採用した。[2] F. Oba et al. Phys. Rev. B, 77, 245202 (2008)など
著者
安田 章人
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究は、カメルーン共和国・ベヌエ国立公園地域を主な調査地とし、「持続可能性」を基盤としたスポーツハンティングと地域住民の生活実践の両立および、「人と野生動物の共存関係の構築」に対する学問的貢献と具体的提言を探求することを研究目的とした。最終年度にあたる平成24年度は、以下の二点を大きな目標として研究活動を進めた。つまり、第一に補完的フィールドワークの実施、第二にこれまでの研究成果の具現化である。第一の補完的フィールドワークについて、科研費の使用状況および時間的拘束のため、アフリカ・カメルーンおよびタンザニアでのフィールドワークをおこなうことはできなかったが、比較調査地とした北海道・占冠村において、2013年2月の一ヶ月間、フィールドワークをおこなった。そこでは、猟区を基盤とした野生動物保全管理に揺れる地域社会の姿を把握することができた。アフリカの事例と比較し、今後、論文執筆および学会発表による研究成果の結実を目指す。第二に、研究成果について、これまでのアフリカでのフィールドワークおよび文献研究の成果として、国際学会での発表1件、国内学会・研究会での発表を3件おこなった。また、これまでの研究の一区切りとして、単著を勁草書房より刊行した。本書は、国内初のスポーツハンティングに関する著書として、関係学界にてすでに多くの注目を集めている。3年間にわたる本研究の総括として、まずフィールドワークについて、資金および時間的制約によりカメルーンおよびタンザニアでの十分な調査をおこなうことが難しかった点はあるものの、北海道での調査を開始し、比較事例のレベルにまで達することができた。つぎに、成果発表について、単著の刊行および国際学会誌の掲載が主な成果である。また、Society and Natural Resourcesやヒトと動物の関係学会などの国内外の学会で学術的交流を深めることができた。こうした研究活動をさらに進め、我が国における.学術研究および現実社会に寄与したいと考える.
著者
岡田 至崇 FARRELL Daniel FARRELL Daniel
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

量子ドット超格子や高歪み化合物半導体中に形成される中間バンドを利用したナノ構造太陽電池の高効率化のアプローチでは、中間バンド内のエネルギーレベルに光キャリアが安定に存在し、またこれらが近赤外域の太陽光を吸収して伝導帯へと効率良く励起され、電流として取り出せることを室温で実証することが重要である。このような光吸収によるアップコンバージョン過程と同様に、熱的アップコンバージョン効果を取り入れたのがホットキャリア太陽電池である。本年度は、太陽光により励起されたされた中でも高エネルギーのキャリアのエネルギー緩和ダイナミクスを解明し、これらの高エネルギーの電子を効率良く電極から取り出すための方法に関する研究を進めた。量子井戸から成るホットキャリア生成層を想定し、熱的アップコンバージョンにより生成されたホットキャリアが、発光再結合する際に放出されるフォトンを太陽電池(上部)に照射して戻すことにより、セルの出力電流を増大させることが本研究で考案した素子の動作原理となる。このとき、太陽光の集光により熱的アップコンバージョンによるホットキャリアの生成がより高効率で生じることが期待され、理論値として、1000倍集光時に5O%前後の変換効率が可能となることを見出した。次に、量子井戸セル構造の最適化を行うため、k. p法を用いたバンド計算の数値計算プログラムを開発した。InGaAs/GaAs系歪み量子井戸を想定し、量子準位の形成位置及び各エネルギー準位における波動関数を数値計算により求められるようになり、格子歪みが量子準位や波動関数に及ぼす効果を定量的に求めることを可能にした。
著者
小松 貴
出版者
信州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

日本国内では、九州・南西諸島にてアリヅカコオロギ属のサンプリングを行い、トータル200個体以上のサンプルを分子系統解析及び飼育観察用に採集した。海外では、マレー半島にてサンプリングを行い、トータル100個体のサンプルを分子系統解析用に採集した。分子系統解析は、得られたサンプル中20形態種500サンプルによりDNA抽出および分子系統解析を行い、得られた系統樹上に野外での生態情報を反映させた。その結果、内群は大きく19系統に分岐し、全北区グループと東洋区グループに2分された。そして、寄主特異性に関する形質復元を行ったところ、どちらのグループも共に単一アリ種に寄生するスペシャリスト系統が最も祖先的となり、特に全北区グループにて頻繁に形質状態の逆転が認められた。これにより、従来のモデル系である植食性昆虫などで認められてきた、ジェネラリストの系統からスペシャリストの系統が派生するというパターンとは異なる傾向が示され、本属が従来のモデル系とは異なる進化的性質を持ちながら多様化してきた可能性が示唆された。以上の結果はMolecular Phylogenetic and Evolution誌に投稿予定である。飼育観察では、日本本土に生息する寄主特異性が比較的緩い2種のアリヅカコオロギを用いて、アリコロニー内での行動を記録し、種間での比較を行った。その結果、アリから攻撃を受ける頻度や自力でアリ巣内の餌を摂食する頻度にて種間での統計的有意性が検出された一方、アリ体表をグルーミングする頻度や口移し給餌を受ける頻度に有意性は検出されなかった。これより、中程度の寄主特異性をもつ種は、行動生態的にも中程度の特殊化を示す可能性が示された。以上の結果はJournal of Entomological Science誌にて掲載予定である。
著者
仲田 光樹
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究の最重要課題であった「非平衡グリーン関数に基づく微視的なスピンポンピング理論の構築」については初年度に達成することができた。そこで最終年度はその発展研究「準平衡マグノン凝縮中の超スピン流の電磁力学的制御方法の確立:幾何学的位相を活用して」についてバーゼル大学(スイス)に長期滞在し、Daniel Loss教授、 Pascal Simon教授(パリ11大学)、 Kevin A. van Hoogdalem博士と共同で研究を発展させた。強磁性絶縁体中の巨視的量子効果である「マグノン凝縮」はある種の「スピン波の超伝導体」と位置づけることができる。さらに従来の超伝導体にはない、磁気双極子であるマグノンに特有の特徴としてAharonov-Casher位相と呼ばれる一種のBerry位相が挙げられる。この種の幾何学的位相は電場を通じて制御可能であることに着目し、マグノン凝縮流、特に超スピン流の一種である永久マグノン凝縮流の電磁気的制御方法および直接検出方法を理論的に提案した。この研究は近年発展目覚ましいスピントロニクス(マグノニクス)分野で注目されている超スピン流の一種である`Magnon-Supercurrent'のさきがけとなるものである。現在はドイツのグループによって2015年に世界で初めて観測されたMagnon-Supercurrentの実験結果を踏まえ、「熱的Magnon-Supercurrent」の理論を構築している。マグノン凝縮状態は巨視的量子状態であり、情報の損失に対して安定であることが期待されるため、量子スピントロニクスデバイス開発へ向けての基礎研究にも大きく貢献することが期待される。現在はこれらの研究成果を糧に、更なる発展研究として「マグノン超流のac/dc変換機構」および「熱的マグノン流の熱磁気的性質」の微視的解明にも取り組んでおり、着実な成果を得ている。
著者
橋本 佳
出版者
名古屋工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

HMMに基づく音声合成において,パラメータ共有のための決定木構造の選択基準として様々な基準が提案されているが,これらの基準は一般に学習データに対する評価値が最も高くなる決定木構造を最適なパラメータ共有構造として選択する.このため,あらゆるテキストに対して平均的に高い品質の音声を合成することが可能となる.しかし,学習データに対する最適なパラメータ共有構造が合成するテキストにとって最適ではなく,生成するテキストごとに最適なパラメータ共有構造は異なると考えられる.そのため,合成テキストに対して最適なパラメータ共有構造をテキストごとに動的に選択し,高品質な音声合成手法を確立することを目指す.これまでの成果から,事前分布がパラメータ共有構造の選択に大きく影響を与えることが示されたため,適切な事前分布選択方法について検討を行った.複数の話者の学習データを用いることにより,他の話者の学習データを有効に利用することが可能になり,話者に非依存な音声の平均的な特徴を捉えた事前分布を推定することが可能になった.この事前分布を用いることによって,より適切なモデル構造を選択することが可能になり,合成音声の品質を大きく改善することを実験結果から示した.
著者
田中 裕也
出版者
同志社大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

今年度の研究実施状況を下記に、三点に分けて報告する。1、昨年度に投稿し、ジャッジメントを経ていた「三島由紀夫「親切な機械」の生成-三島由紀夫とニーチェ哲学-」が「日本近代文学」第84集(2011年5月)に掲載された。主に、三島が事件資料をどのように選別し執筆を行ったのかを検討した。また三島が同時代の「主体性」を巡る論争自体を無効にするために、流動的で統一されない「主体」を主張するニーチェ哲学を援用していると論じた。2、昨年度から継続して調査・研究していた「青の時代」(1950年12月)を論文化し、「三島由紀夫「青の時代」の射程-道徳体系批判としての小説-」として、「昭和文学研究」第64集(2012年3月)に掲載された。三島は「アプレゲール」の代表的人物と見なされていた、山崎晃嗣に関する資料を収集しつつも、クレッチマーやニーチェ哲学を用いて主人公を描いていることを明らかにした。また戦後言説空間では「道徳」という言葉が国家再建の理念と密接に結びついていたが、一方で反社会的で秩序に当てはまらない若者たちを、「不道徳」な「アプレ-ゲール」として排除していく流れがあった。「道徳」と「不道徳」が一見対立する概念に見えながらも、この二つの概念は共犯関係的なものであることを、三島がニーチェ哲学を援用して「青の時代」の中で批判的に描いていることを明らかにした。3、山中湖文学の森・三島由紀夫文学館」において二回(各四日間・計八日)の草稿調査・研究を行った。主に「愛の渇き」(1950年6月)の草稿400枚弱について調査・研究を行った。「愛の渇き」の草稿には、二つの大きな改編箇所があることが分かった。今後研究内容をまとめ論文化する予定である。
著者
藤本 猛
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本年度の研究目的は、(1)北宋末・徽宗朝における政治状況の研究と、(2)皇帝の詔獄制度に関する研究の二つであった。まず(1)に関しては、多くの準備が調ったあと突然中止された徽宗朝の封禅計画について考察した。結果その政治的背景には、国家の礼制をめぐる徽宗と蔡京の考えの違いが存在していた。徽宗にとってすでに価値を見いださない封禅儀礼を、逆に蔡京が強行しようとしたことから、徽宗は目指すべき政権像が異なってしまっていることを痛感し、蔡京への政権委付の可能性を放棄したのだった。よってこの封禅計画の中止は、徽宗即位以来、断続的に続いてきた蔡京政権との訣別を象徴する出来事であった。(2)については、北宋後半の陳正彙の獄にっいて検討した。その結果、制度外の制度と言える詔獄は、非常に高度な政治判断を含んでおり、そのような詔獄の理解には、一般的な制度的側面と、当時いかなる政治状況であったかという政治的側面との両方からアプローチしなければならないことを指摘した。さらに、これまでの宋代「君主独裁制」についての研究を総括し、著書としてまとめた。従来の宋代「君主独裁制」は、皇帝が政治的主体性を放棄し、これを士大夫ら科挙官僚に委ねる「士大夫政治」と表裏一体の制度であり、皇帝は受動的君主であった。これが第六代神宗のときには、神宗がみずから政治的主体性を発揮し、前面に出て新法政策を継続した。これは「君主独裁制」ではなく「皇帝親政」体制であった。以降の君主は、宋初太宗に始まる「祖宗の法」を受け継ぐのか、神宗の「親政」体制を受け継ぐ(「紹述」)のかの選択を迫られた。そこに登場したのが徽宗であった。徽宗はやがて新法政策を「紹述」することを目指し、それは結局、皇帝「親政」体制への移行を探るということを意味していた。したがって徽宗朝の研究こそが、宋代「君主独裁制」研究のために重要であることを指摘した。
著者
ファン MT
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究では,Geometric Algebra(GA)による特徴抽出の統計理論的な検証をすすめる.機械学習の特徴抽出のための空間折り畳みモデルを提案する.提案手法では,同じクラスに属するインスタンス間の距離が小さく,異なるクラスに属するインスタンス間の距離が大きくなるように、クラスラベルと距離とのクロスエントロピーを最小化するように推定する.そして,UCIの他のベンチマークの分類問題を用いて線形判別分析とニューラルネットワーク及びサポートベクターマシンに対しても有効性を示した.そして,GAの一部をみなすConformal GA(CGA)の幾何空間を用いた近似方法および,回転や平行移動の幾何性質を同時に持つデータでのクラスタリング手法を提案した.CGA空間におけるベクトルの内積を用いて超球への近似手法を提案した.次に,データの確率密度関数を定義し,その確率密度関数をクラスタリングのアルゴリズムを提案した.データ分類実験結果では従来手法と比較して高い分類精度が得られたことを示した.また,超球の中心が事前に分かる場合の適用例として,パーティクルフィルタを用いた単一カメラからの物体の関節位置追跡問題に提案手法を適用した.従来手法と比べ,提案手法は回転中の関節を高い精度かつ安定的に追跡することができることを確認した.
著者
横川 洋 CHEN T. CHEN Tinggui
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

宋敏、陳廷貴、劉麗軍という三人の著者で『中国土地制度の経済学的分析』と題した書籍が中国農業出版社より出版されることになっている。陳廷貴が「農地請負経営制度及び農地流動化」を担当し、中国西部地域における家族請負制、「30年不変」政策および請負農地経営権の譲渡に関する農家の意識並びにその形成要因について分析を行った。第一に、調査地域において、調査農家の農地所有権に対する意向は、多くの専業農家が農地私有制を希望しており、農地制度の現状とやや異なっているものの、農地経営権に視点を当ててみれば、家族請負制は農家の意識とあまり違和感のない農業経営制度である。第二に、専業農家、第一種兼業農家は、より長期の農地請負期間を望んでおり、また、農地に対する長期投資に意欲をもっている。それにもかかわらず、多くの農家は農地の割換え(調整)に強い懸念を持っており、それが農家の農地への長期投資意欲を消極的なものにしている面があることも見逃せない。したがって、政府は「30年不変」政策を着実に実施し、農家に安定かつ長期的な請負農地経営権を保証することが重要である。第三に、特に専業農家にとって農地は生産手段であるとともに生計維持手段でもある。家族人数と請負農地の配分とが大きく乖離することになれば、農地調整の必要が生じ、安定かつ長期的な請負農地経営権の実現にとっては障害となる。このため、農村において、別途、生活保障制度を充実させ、農地の社会保障的機能の側面を低下させていくことが必要である。最後に、一部の兼業農家は農地の貸付けを行い、一部の専業農家は農地の借入れを行っているものの、他産業の就業の不安定さや農産物価格の低迷などにより、これらの農地の貸付け・借入れは必ずしも定着していないことを指摘しなければならない。安定的な農外就業機会の創出が、請負農地経営権の譲渡促進及び農業経営規模の拡大のための必要条件になると考えられる。
著者
山本 真紗子
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

百貨店美術部ともかかわりが深い着物図案創出事業の調査として、近代以降の京友禅の調査をおこなってきたが、その結果を2015年7月の意匠学会大会にて口頭発表とパネル発表にて報告。また『デザイン理論』2016年春号に投稿し、掲載が決定した。2016年3月には、University of Zurichでおこなわれた国際シンポジウム『Katagami in the West 海外での「型紙」の姿』にて、とくに型友禅の現状について報告した。本シンポジウムの内容はスイスでの出版計画が進行しており、筆者の発表についても執筆の予定である。上記の調査を生かし、Google Cultural Institute 「Made In Japan 日本の匠」にも参加、「西陣織」「友禅染(手描き友禅)(型友禅)」ほか7件の展示を作成している。百貨店美術部という近代の枠組みのなかで変化していく画家の生活についての口頭発表を11月の国際共同ワークショップ「風景への眼差しの交叉-ベルリンと京都から-」で行った。また、2014年調査のため訪れた米国メトロポリタン美術館にて開催されていた"Kimono:A Modern History"の展覧会評を『民族藝術』(民族藝術学会)32号 に投稿・掲載された(2016年3月発行)。9月に実施したイギリスでの資料調査では、日英博覧会(髙島屋出品)の遺構の実見や、髙島屋(貿易部)や日本の工芸品輸出・現地での流通にかかわる関連文献を調査した。その他、昨年度発見した中井宗太郎旧蔵資料群の調査をおこなった。本資料群は、中井宗太郎が髙島屋に関与していた大正期から、戦後の立命館大学勤務時代のものが含まれている。現在棒目録を作成済みで、2016年7月に『人文学報』(京都大学)へ論文として投稿の予定である。
著者
有賀 克彦 MANDAL Saikat SAIKAT Mandal
出版者
独立行政法人物質・材料研究機構
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本申請研究では、材料化学、超分子化学、界面科学の技術を駆使して、(Pt/Pd)材料を中心とした様々なナノ構造(ロッド、ワイア、多孔構造など)の開発を行う。特に、界面活性剤などのミセルやエマルジョンなどの構造を鋳型とし、白金やパラジウムなどの金属イオンの配位と還元、有機物の除去という過程を経ることにより、ナノロッド構造、ナノワイア、多孔性構造を構築する方法論を確立・実証することを目標とする。また、これらの構造を有機分子やバイオ素材に逆転写するというこれまでにはない研究テーマにも取り組んだ。例えば、イオン性界面活性剤であるCTABやSDSの棒状ミセルとH2PtC16が共存する条件化で還元反応を行い、白金のナノ粒子やナノロッド構造を得る手法を検討した。その結果、高表面積のフラワー状構造やオープンマウスカプセルなど、セレディピティー的な結果を得た。その一方で、不斉アミノ酸を含む界面活性剤共存下での金粒子作成などのチャレンジングなテーマについても検討を重ね、室温下で金粒子が融合し、一次元のナノ粒子がネットワーク上の二次元構造に転位するという今までにない知見が見出され、Gold Cold Fusionという新しい概念を論文発表するに至った。
著者
遠藤 智子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

出産・育児のための採用中断を経て採用を再開し、最終年度の後期半年分のみとなる今年度は、データ公開のための準備と学会発表を中心に行った。データ公開のための準備として、まずサーバをレンタルしホームページを開設、国内外の研究者に研究状況や会話データの存在を周知できる環境を整えた。そして、既存の会話データを再度見直し、書き起こしの精緻化を進めた。関連する研究者とは既に連絡を取っているが、今後も学会等で共有可能な中国語自然会話データの存在をアピールし、当該分野の発展に寄与していく予定である。9月に行われた日本認知言語学会では、「会話の中の文法と認知 : 相互 : 行為言語学のアプローチ」と題したワークショップを企画、実行した。相互行為言語学の背景や研究手法の特徴を説明したのち、自身の研究発表ではターン中間部における"我覚得"の使用に焦点を当て、自然会話という時間的制約がある中での発話構築のための時間稼ぎと、対面会話という社会的行為においてスタンス表明が持ちうる危険の回避という観点からその機能を論じた。10月に行われた日本中国語学会では中国語の自然会話における舌打ちについて発表した。舌打ちという、一見したところ言語現象ではないような要素を文法との関連で研究するのは特に当該学会では非常に珍しいことであるが、100例以上のデータの観察に基づいた分析の妥当性を来場者とともに検証し、新たな文法研究の可能性を模索した。
著者
陳 商ウック (2009) 陳 商[ウック] (2008)
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究は、東京ドームで一般によく知られている膜構造物に導入されている膜張力の大きさを定量的に、二軸方向別々に、高い精度で測定でき、かつ現場で使用できる膜張力測定装置を完成した上、多様な膜構造物の張力を実際に測定することにより、膜構造物において、膜張力の維持管理の現状を把握し、張力の維持管理に適するシステムを提案することを目標としている。その二年目(平成21年度)の研究課題及び成果は、一年度目に完成した小型・軽量の膜張力測定装置を用い、竣工中および竣工後の、様々な形式の膜構造物を対象に膜張力測定を行うことにより、その膜面に設計通りの張力が導入されているか否か、また、経年変化によりどの程度の応力緩和が起きているのかを把握するのである。それに基づき、膜構造物の経年に伴って膜張力が設計どおりに維持・管理できるシステムの提案を目標とする。一年度目には膜張力測定装置が現場で容易に利用できるよう、可搬性や小型・軽量性を満足するコンパクトな装置を完成した。完成した小型・軽量の測定装置を現場で無理なく利用するため、実験室において測定装置の検証実験を行うことによりその精度を検証した。さらに、横浜国立大学内に建設された二重ETFE膜構造物の張力測定を行うほか、これまで行った実在する膜構造物の張力測定により、ほとんどの膜構造が設計通りの膜張力が導入されており、膜張力の維持管理が問題なく行われていることが分かった。これも本装置により、膜張力が定量的に、さらに精度良く測定できたことにより得られた結果である。今まで行われて来た膜張力の維持・管理は、その多くが膜構造物の点検者による目視、または手で触れることなどによる感触や勘に頼らざるを得なかったが、本膜張力測定装置の開発により、科学的ツールの現場提供が可能となった。
著者
原 新太郎
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

これまでに、ジェランガムソフトゲル培養法によって東シベリア・タイガ林の林床土壌微生物群集が窒素個定能をもつこと、有機物層や比較的浅い土壌よりもやや深い30cm深度土壌の微生物群集が高い窒素固定能を持つ可能性が高いことを明らかにしていた。本年度は培養後の培地から抽出したDNAを16S rRNA遺伝子および窒素固定酵素の一部をコードするnifH遺伝子をターゲットとした変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(DGGE)で解析し、土壌深度ごとの菌相の比較を行った。その結果、30cm土壌の培養微生物群集から特徴的なバンドを検出し、その塩基配列は既に分離した窒素固定細菌Burkholderia xenovoransの配列と高い相同性を示した。東シベリア・タイガ林の有機物層から分離したPseudomonas属細菌のうち数株はジェランガム平板上ではスウォーミングによるコロニー拡大を示すが、寒天平板上では小円上のコロニーを形成するにとどまる。ゲルマトリックスの違いで細菌の挙動が異なる原因物質の一つとして、寒天粉末中に含まれる5-hydroxymethylfuran-2-carboxylic acidおよびfuran-2-carboxylic acidを単離した。スウォーミング抑制活性の力価から、これらの物質が寒天平板培地とジェランガム平板培地で挙動が異なる原因の一部であり、極微量で細菌の挙動に影響を与えることを確認した。また、これらの化合物が、寒天平板培地に含まれる濃度で大腸菌のスウォーミングを抑制し、フィンランドの亜寒帯ツンドラ域土壌から分離された放線菌のコロニー形成に影響することを見出した。スウェーデン北部・山岳地帯のAbisko周辺(68°18'N,19°10'E)では、標高600m付近でカンバ林から亜寒帯ツンドラ域に遷移する。この森林限界付近では地表を覆う植生が2種類あり、ツツジ科植物などの低木が優占する植生はheath、草本植物が優占する植生はmeadowと呼ばれている。森林限界付近のカンバ林内と亜寒帯ツンドラ域それぞれのheathとmeadowで土壌を採取し、ジェランガムソフトゲル培地で培養してアセチレン還元試験に供したところ、いずれもmeadow土壌は高いアセチレン還元を示し、heath土壌はほとんど活性が検出されなかった。このことから、Abisko周辺の森林限界付近では、heathに生育するツツジ科植物が土壌窒素固定を制御している可能性が示唆された。