著者
祝 広孝 大通 恵美 大城 広幸 猿渡 勇 森川 綾子 野中 昭宏 古野 信宏 近藤 真喜子 坂田 光弘
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Cb0480, 2012

【はじめに、目的】 我々は第44回学術大会において骨格筋の筋腱移行部に軽い圧迫刺激を加えることにより筋緊張抑制効果が得られることを報告した.同様の効果が腱骨移行部への刺激によっても得られることが確認され,それらを組み合わせて「筋腱移行部及び腱骨移行部刺激:Muscle tendon junction and Enthesis stimulation」(以下,MES)と称し臨床に用いている.MESは速効性に優れ,評価や治療場面で広く応用できる手技である.そこで今回,MESの実施方法を紹介すると共に足関節背屈可動域と肩関節外旋可動域及び屈曲可動域に対し前者は腱骨移行部,後者は筋腱移行部を刺激部位としてMESの効果を検証し,MESの臨床における有用性について報告したい.【方法】 <u><b>MESの実施方法</b></u>骨格筋の筋腱移行部もしくは腱骨移行部に対し,軽い圧迫刺激(圧迫力は筋腱移行部で1kg-3kg,腱骨移行部では0.5kg程度)を加える.筋緊張抑制に必要とする刺激時間は1秒-5秒程度であるが,関節可動域練習や筋力増強練習時においては刺激を持続しながら行うと効果的である. <u><b>対象</b></u>検証1:足関節背屈可動域では成人15名(男性8名,女性7名,年齢31.9±9.0歳)30肢を対象に,検証2:肩屈曲・外旋可動域では成人17名(男性10名,女性7名,年齢31.6±8.7歳)のなかで,肩屈曲制限があり尚且つ外旋可動域に制限を有した24肢(右11肢,左13肢)を対象とし,各々MESを行うMES群とMESを行わないControl群(以下C群)に分けた(検証1:MES群15肢,C群15肢/検証2: MES群12肢,C群12肢).<u><b>方法</b></u>検証1)足関節背屈可動域へのMES効果(腱骨移行部を刺激部位に選択):MES実施肢位は仰臥位,下肢伸展安静位にて後脛骨筋停止腱の腱骨移行部(舟状骨後縁)及び短腓骨筋停止腱の腱骨移行部(第5中足骨底後縁)に対し,触れる程度の触圧刺激を同時に5秒間加え,MES実施前後で股・膝関節90°屈曲位での自動背屈可動域を1°単位で測定.C群についてはMES実施時の肢位にて5秒間の休憩を入れ休憩前後の角度を測定した.検証2)肩屈曲及び外旋可動域へのMES効果(筋腱移行部を刺激部位に選択):MES群における刺激肢位は仰臥位.肩屈曲120°-130°位で大円筋線維が広背筋停止腱に停止する筋腱移行部(腋窩後壁前面)に対し軽い圧迫刺激を5秒間実施.MES前後で端坐位での肩屈曲可動域を,仰臥位にて肩外転90°,肘屈曲90°での肩外旋可動域を1°単位で各々測定した.C群に関しては検証1と同様.統計処理には検証1,検証2共にMES(C群:休憩)前後の角度変化の比較にはWilcoxonの符号付順位和検定を,MES群とC群の角度改善率の比較にはWilcoxonの順位和検定を用いた.【倫理的配慮、説明と同意】 全ての対象者には事前に本研究の趣旨を十分に説明し,同意を得た上で実施した.【結果】 検証1)C群においては休憩前後の背屈角度に有意な差は認められなかったが,MES群においては,MES前24.8±7.4°,MES後28.4±6.4°と有意な差を認めた(P<0.01).またC群との角度改善率の比較においてもMES群で有意な差(P<0.01)が認められた.検証2)C群においては休憩前後の肩外旋可動域及び屈曲可動域の角度に有意な差は認められなかったが,MES群においては,肩外旋可動域でMES前74.3±7.8°,MES後86.6±7.0°,肩屈曲可動域でMES前144.8±6.9°,MES後154.5±7.3°と両可動域で有意な差を認めた(P<0.01).またC群との角度改善率の比較においても外旋・屈曲可動域各々でMES群に有意な差が認められた.【考察】 ストレッチングの筋緊張抑制効果として知られるIb抑制は筋腱移行部に存在するゴルジ腱器官(以下GTO)からのインパルス発射に起因する.GTOはその発射機序より筋腱移行部の圧迫刺激による変形によってもインパルスを発射する可能性があり,大円筋の筋腱移行部への刺激による可動域改善にはIb抑制の関与が推測される.腱骨移行部刺激による効果については,多くの筋が腱骨移行部またはその間近まで筋線維を有することが知られており,それらの筋においてはGTOの働きが関与していると思われる.しかし今回刺激部位とした後脛骨筋や短腓骨筋停止腱の腱骨移行部については筋線維の存在は確認されておらず,今後その機序の解明に努めていきたい.【理学療法学研究としての意義】 MESは解剖学的知識と触察技術を用いて触れる行為そのものに目的を持たせた手技であり,本研究によって理学療法士の技術向上に寄与できればと考える.
著者
高橋 和宏 山路 雄彦 白倉 賢二
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Cb0507, 2012

【はじめに、目的】 インピンジメント症候群の原因は様々であるが,インピンジメント症候群者を対象とした上肢挙上の研究では肩関節回旋筋腱板や肩甲胸郭関節での前鋸筋,僧帽筋の筋機能低下,肩甲骨運動異常などが報告されている.また,インピンジメント症候群のリスクとして,挙上速度の速い上肢挙上があげられている.臨床ではそれらに加え,体幹の機能低下を認めることも多い.腹部筋群の筋活動は,背臥位に比べ立位にて増大し,特に内腹斜筋や腹横筋で増大すると報告されている.上肢挙上に関する体幹機能としては,feedforwardに関する研究は多く報告されている一方,上肢挙上運動中に伴う腹部筋群の筋活動についての報告はあまりみられない.本研究では健常者を対象に,異なる挙上速度において上肢挙上中の腹部筋群の筋活動を調査し,安静立位時の腹部筋群の筋活動と比較検討することを目的としている.【方法】 神経学的および整形外科的に既往のない健常男性20名(平均年齢26.4±3.5歳)を対象とした.矢状面上での右上肢挙上を課題とし,測定には筋電図(WEB-5000)と三次元動作解析装置(VICON612)を用いて,サンプリング周波数1080Hzと60Hzとで同期させた.対象筋は,両側の外腹斜筋(EO),内腹斜筋(IO),腹直筋(RA)とした.赤外線反射マーカーは右肩峰,右肘頭に貼付した.挙上速度は,fast(最大速度),natural(至適速度),slow(6秒間かけての上肢挙上)の3段階とした.各挙上速度ともに3回ずつ測定を行った.筋電図の分析には安静時(rest)および各挙上速度での上肢挙上開始から挙上150°までの平均RMSを用い,各筋の最大等尺性収縮時のRMSを100%として正規化し,%RMSを求めた.統計学的検定にはDunnettの方法を用いて,restを対照群として,fast,natural,slowの各群との比較を行った.有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は群馬大学医学倫理委員会で承認を得て実施した.研究実施の際は,本研究の趣旨を書面にて対象者に説明し,同意書に署名を得たうえで行った.【結果】 右EOはrest7.4±5.3%,fast18.1±7.9%,左EOはrest7.4±4.8%,fast23.6±18.9%,右IOはrest10.2±5.0%,fast32.7±26.5%,左IOは11.0±6.6%,fast25.1±20.1%,右RAはrest6.2±3.5%,fast12.9±8.8%,左RAはrest6.8±4.5%,fast13.3±9.4%であった.両側EO,右IOにて,fastではrestに対し有意な差が認められた.一方,natural,slowではrestに対し有意な差は認められなかった.【考察】 Hodgesらは挙上速度の速い上肢挙上では,上肢運動による反力や姿勢変化による重心移動をコントロールするために,feedforwardとして体幹筋群が先行して働くことを報告している.今回,fastにおいて腹部筋群の筋活動が安静時に比べ有意に高くなっていた理由としては,上肢挙上中も身体への反力や重心移動が大きく生じ,それをコントロールするために,肩関節周囲筋群のみでなく腹部筋群の筋活動も必要となったと考えられる.一方,natural,slowでは腹部筋群の筋活動は安静時比べ差がないため,肩関節周囲筋群の筋活動がより重要であると考えられた.今回の結果より,速度の速い上肢挙上では,腹部筋群の筋活動が必要であることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】 スポーツ動作など最大速度を必要とする際には,腹部筋群を含めたアプローチが重要となってくると考えられる.一方,至適速度での上肢挙上では,安静時と比べ腹部筋群の筋活動が変化しないため,肩関節や肩甲胸郭関節の局所的なアプローチが重要となると考えられる.
著者
西村 圭二 北村 淳 山﨑 敦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Ca0925, 2012

【はじめに】 我々は先行研究において,不良姿勢者に対し頭頂から尾側方向へ軸圧を加え,圧に抗する軸圧抵抗エクササイズ(以下EX)を行うことで姿勢アライメントの正中化が得られ,軸圧なしに上方へ伸び上がるだけのエクササイズでは頭頸部のアライメント修正が不十分であることを報告した。そこで今回は,頭部前方位姿勢に対しセルフエクササイズとして頭頸部と体幹のリンクを考慮したリラクセーション(以下RX)とEXを施行したところ,姿勢変化を認めたので報告する。【方法】 健常成人8名(平均31.0±5.4歳)を対象に,RXとEX前後の両脚,片脚立位の姿勢撮影を行った。撮影肢位は,耳垂,肩峰,オトガイ結節,第5中足骨底にマーカーを付けた矢状面における立位とした。まずRXを実施した。肢位は,ロール状にしたバスタオルを2本使用し,1本は第1胸椎棘突起から尾骨部まで縦方向に沿わせ,もう1本は横方向にし外後頭隆起を乗せた背臥位とした。この肢位で顎を引き,さらに頸部後面をやや伸張するように外後頭隆起下のバスタオルを頭側方向へ少し引き上げた。この状態で3分間の脱力を促した。RX後にEXを実施した。EX肢位は股膝を90°屈曲した端座位とした。EXは頭頂と会陰部を通り上半身を左右2等分する位置に幅9mmのゴムの輪を装着し,頭頂から尾側方向へ圧を加え張力に対し頭側へ伸び上がる運動とした。この時,後頭部に接するゴムの圧に抗するように顎を引くことも意識させた。圧を認識しやすいように直径50mm,幅70mmのパッドをゴムと頭頂の間に設置した。ゴムの長さは座高の1/2程度とした。EXはセルフにて15回実施し15回目のみ伸び上がった状態のままで5回深呼吸をするように促した。セット間に1分間休憩し,2セット実施した。撮影画像より,通常,RX後,EX後の両脚,片脚立位を比較し,第5中足骨底を通る垂直線を基準に各マーカーの距離をパソコン上で求めた。さらに頭部前方位の変化を算出するために,頸椎屈曲角度と頭蓋角度(耳垂とオトガイ結節を結ぶ線と垂直線とのなす角)を各々計測し,値の減少をもってアライメントは正中に近付いたと判断した。統計処理は反復測定分散分析を行い,多重比較検定にはDunnett法を用い危険率5%未満とした。【説明と同意】 厚生労働省が定める「医療,介護関係事業における個人情報の適切な取り扱いのためのガイドライン」に基づき,対象者に本研究の趣旨を書面にて十分に説明し同意を得た。【結果】 両脚立位は,通常と比較しRX後,EX後のすべてのマーカーで垂直線との距離が減少した。耳垂は通常2.9±2.0cm,RX後1.7±1.0cm,EX後1.7±1.1cm,オトガイ結節は通常10.5±3.4cm,RX後8.7±2.9cm,EX後9.4±2.4cmと有意な値を示した(p<0.05)。頸椎屈曲角は通常18.1±4.1°,RX後15.0±5.2°,EX後14.9±5.3°と有意に減少した(p<0.05)。頭蓋角は減少したが有意差はなかった。片脚立位でも耳垂は通常3.4±1.9cm,RX後2.1±2.1cm,EX後2.0±1.9cm,オトガイ結節は通常11.9±1.8cm,RX後9.9±3.0cm,EX後10.4±1.8cmと有意な減少を示した(p<0.05)。頸椎屈曲角は通常19.5±2.6°,RX後16.1±3.6°,EX後16.2±4.8°(p<0.05)と有意に減少したが,頭蓋角に有意差はなかった。【考察】 RXとEX施行により,頭部前方位が減少し立位アライメントが正中に近付く傾向を示した。頭部前方位は上位頸椎伸展と下位頸椎屈曲,胸椎後彎の増強により生じる。そのため,頭頸部と体幹をリンクさせたアプローチが必要である。バスタオルを用いて頭頸部は頭部前方位と逆方向へ,脊柱は彎曲を減少させる方向へ各々誘導し持続的に脱力させることで,各関節および筋の柔軟性が得られその肢位への適応が可能になったと考える。EXでは,ゴムを用いることで張力による鉛直下方向への圧刺激が加わるので,頭側へ伸び上がるための正しい運動方向と後頭部に接するゴムの圧を意識することで頭部前方位と逆方向の後上方への運動方向の認識が容易となる。頭側へ伸び上がることで腹横筋の活動を生じることが報告されており,運動方向から頸部前面筋の活動も示唆される。したがって,理想とされる重心線から逸脱した各分節が垂直線に近付くように作用するため,垂直線との距離および角度の減少が得られ,頭部前方位および立位アライメント改善に繋がったと考える。【理学療法学研究としての意義】 不良姿勢での作業や加齢変化などで,脊柱後彎や頭部前方位を呈することを臨床上見受ける。姿勢へのアプローチは症状緩和だけでなく予防としても重要である。良姿勢を獲得するためには,自己の感覚で正しい姿勢や運動を容易に理解できる必要がある。本研究は身近なバスタオルとゴムを用いるため正しい方法の指導により対象者が容易に運動を再現できるものである。よって,本研究の有効性を示すことで,再現性が高く効果的なEXを多くの対象者に提供できると考える。
著者
田島 泰裕 荻無里 亜希 山室 慎太郎 高橋 友明 石垣 範雄 畑 幸彦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100390, 2013

【はじめに、目的】 われわれは,以前,肩甲骨位置異常を呈する腱板断裂症例の特徴として,正常例よりも1)断裂サイズが大きい,2)運動時痛が強い,3)関節可動域制限(屈曲,外転,下垂位外旋,90°外転位外・内旋および水平伸展)が大きい,4)僧帽筋の上部線維は過活動し,下部線維は活動低下していることを報告した. 今回,術前の肩甲骨位置異常が術後の肩関節機能に影響を与えるのかどうかを明らかにする目的で調査したので報告する.【方法】 腱板断裂と診断され,手術的治療を施行された41例41肩を対象とした.その中から術前に安静座位で脊椎から下角までの距離(以下,SSD)の健患差が1cm以上差を認めた19例(以下,位置異常群)と,1cm未満の22例(以下,正常群)の2群に分類した.2群間で性別,年齢,罹患側,罹病期間,断裂サイズ,術後1年時の運動時痛,術後1年時の肩関節可動域(屈曲,伸展,外転,下垂位外旋,90°外転位外・内旋,水平屈曲および水平伸展),術後1年時の棘上筋テスト,肩関節疾患治療成績判定基準(以下,JOAスコア)および術後1年時の僧帽筋の筋電図所見の10項目について比較検討した.なお,筋電図測定は僧帽筋上部・中部および下部線維を測定筋とし,各筋線維の肩甲骨最大内転運動時での%iEMGを算出した.統計学的解析は性別,年齢および罹患側にはχ2検定を,罹病期間,断裂サイズ,術後1年時の運動時痛,術後1年時の肩関節可動域,術後1年時の棘上筋テスト,術後1年時のJOAスコアおよび術後1年時の僧帽筋の筋電図所見にはMann-Whitney's U test用いて行い,有意差5%未満を有意差ありとした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究の趣旨をすべての対象者に説明し,同意を得た.【結果】 性別,年齢,罹患側,受傷原因および罹病期間においては2群間で有意差を認めなかった.断裂サイズは位置異常群が平均3.4cm,正常群が平均1.9cmで,前者が後者より有意に大きかった(p<0.05).運動時痛は位置異常群平均2.9cm,正常群が平均0.7cmで,前者が後者より有意に強かった(p<0.05).可動域に関して,90°外転位内旋において位置異常群11.1°,正常群24.6°であり有意に制限されていた(p<0.05).その他の方向においては2群間で有意差を認めなかった.棘上筋テストにおいて陽性例は位置異常群10例,正常群4例で前者が後者より有意に多かった.JOAスコアにおいては2群間で有意差を認めなかった.%iEMGに関して,上部線維は位置異常群が正常群より有意に過活動となっていた(p<0.05).中部線維と下部線維においては2群間で有意差を認めなかった.【考察】 今回の結果から,術後1年の時点で位置異常群が正常群と異なるのは以下の点であった. 1)90°外転位内旋方向の可動域制限を認める症例が多い.元脇らは90°外転位内旋運動の代償として,肩甲骨の前傾と内旋と外方傾斜が著明となり肩甲骨下角と内側縁の浮き上がりが認められると報告しており,古谷らは90°外転位内旋が小さいほど,肩甲骨の拳上で代償すると報告している.すなわち90°外転位内旋の制限が肩甲骨位置異常の原因であると思われた. 2)断裂サイズが大きい.3)棘上筋テスト陽性例が多い.小林らは断裂サイズが大きいと修復腱板の回復が遅れると述べている.このことは腱板の機能不全が残存することを意味し,棘上筋腱テスト陽性例が多かった理由となると考えた. 3)棘上筋テスト陽性例が多い.4)運動時痛を訴える症例が多い.5)僧帽筋上部線維の過活動森原らは,腱板機能を代償するために外在筋である三角筋、僧帽筋、肩甲挙筋が過剰に緊張し、これらの肩甲骨周囲筋に運動時痛が起こることも多いと報告している.これは前述のように腱板機能不全が残存すると,三角筋や肩甲挙筋とともに僧帽筋上部線維にも過活動が起こり,運動時痛が引き起こされるのではないかと思われた. 以上のことから,術前の肩甲骨位置異常は術後の肩関節機能に影響することが分かった.【理学療法学研究としての意義】 術前の肩甲骨位置異常は,術後に肩関節内旋制限,運動時痛および僧帽筋上部線維の過活動を生じる可能性が高いことが分かった.これらのことから,術前の肩甲骨位置異常は軽視すべきではなく,術前理学療法や後療法において考慮すべき重要な所見であると考える.
著者
野田 将史 佐藤 謙次 斉藤 明子 日詰 和也 印牧 真 黒川 純 岡田 亨
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Cb0486, 2012

【目的】 ブリッジ運動は下肢筋群の筋力強化として臨床で広く活用されており,これに関する報告は散見される.しかし,両脚ブリッジ運動における股関節外転および膝関節屈曲角度の違いが下肢筋群筋活動に及ぼす影響は明らかにされていない.本研究の目的は,両脚ブリッジ運動において最も効率良く筋力強化を行う肢位を検討することである.【方法】 対象者は,下肢疾患の既往の無い健常成人15名(男性9名,女性6名,平均年齢27.4歳,平均身長166.4cm,平均体重62.7kg)であった.測定方法は,表面筋電計はマイオトレース(Noraxon社製)を用い,大殿筋・中殿筋・内側ハムストリングス・外側ハムストリングスの4筋を導出筋とした.電極貼付部位は,大殿筋は大転子と仙椎下端を結ぶ線上で外側1/3から二横指下,中殿筋は腸骨稜と大転子の中点,内側ハムストリングスは坐骨結節と脛骨内側顆の中点,外側ハムストリングスは坐骨結節と腓骨頭の中点とした.十分な皮膚処理を施行した後,各筋の筋腹に電極中心距離2cmで表面電極を貼り付け,動作時における筋電波形を導出した.アースは上前腸骨棘とした.測定値は最大随意収縮(MVC)で正規化し%MVCとした.MVCの測定はダニエルズのMMT5レベルの測定肢位において5秒間の等尺性最大収縮とした.測定条件は,MVC測定後5分間の休息を設け,次の条件における各筋の筋活動を1肢位あたり2回測定しその平均値を分析に用いた.測定時間は5秒間とし中3秒間を解析に用いた.尚,条件の測定順序は無作為とした.測定肢位は,両足部内側を揃え股関節軽度内転位とし膝関節120度屈曲位でのブリッジ運動(股内転膝屈曲120°),膝関節90度屈曲位でのブリッジ運動(股内転膝屈曲90°),膝関節60度屈曲位でのブリッジ運動(股内転膝屈曲60°),両足部を肩幅以上に開き股関節外転20度とし膝関節120度屈曲位でのブリッジ運動(股外転膝屈曲120°),膝関節90度屈曲位でのブリッジ運動(股外転膝屈曲90°),膝関節60度屈曲位でのブリッジ運動(股外転膝屈曲60°)の6肢位とした.また,運動時は股関節屈曲伸展0度になるまで挙上するよう指示し,測定前に練習を行い代償動作が出現しないよう指導した.統計学的分析にはSPSS ver.15を用い,一元配置分散分析および多重比較により筋毎に6肢位の%MVCを比較した.また,有意水準は5%とした.【倫理的配慮,説明と同意】 本研究は当院倫理委員会の承認を得た上で,各被験者に研究に対する十分な説明を行い,同意を得た上で行った.【結果】 各動作における%MVCの結果は以下の通りである.大殿筋では,股外転膝屈曲120°は股内転膝屈曲60°と股内転膝屈曲90°よりも有意に高値を示したが,その他の有意差は認められなかった.中殿筋では,すべてにおいて有意差は認められなかった.内側ハムストリングスでは,股外転膝屈曲120°は股内転膝屈曲60°と股外転膝屈曲60°と股内転膝屈曲90°と股外転膝屈曲90°よりも有意に低値を示した.股内転膝屈曲120°は股内転膝屈曲60°と股外転膝屈曲60°よりも有意に低値を示した.その他の有意差は認められなかった.外側ハムストリングスでは,股内転膝屈曲60°は股内転膝屈曲90°と股外転膝屈曲90°と股内転膝屈曲120°と股外転膝屈曲120°よりも有意に高値を示した.股外転膝屈曲60°は股内転膝屈曲90°と股外転膝屈曲90°と股内転膝屈曲120°と股外転膝屈曲120°よりも有意に高値を示した.股内転膝屈曲90°は股外転膝屈曲120°よりも有意に高値を示した.その他の有意差は認められなかった. 【考察】 今回,各動作時における%MVCの結果から,大殿筋では股関節内転位よりも外転位,膝関節軽度屈曲位よりも深屈曲位の方が有意に高値を示した.内外側ハムストリングスでは,膝関節深屈曲位よりも軽度屈曲位の方が有意に高値を示した.この結果から,ブリッジ運動を行う際は,大殿筋に対しては股関節外転位+膝関節深屈曲位,ハムストリングスに対しては内外転を問わず膝関節軽度屈曲位に設定することで効率が向上されることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】 臨床で頻繁に処方する両脚ブリッジ運動の最も効率よい肢位が判明することで,患者への運動指導の際その肢位を活用し運動指導することができる.
著者
山本 昌樹 林 省吾 鈴木 雅人 木全 健太郎 浅本 憲 中野 隆
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100444, 2013

【はじめに】上腕筋は,上腕骨前面下半部に単一の筋頭を有するとされるが,Gray&rsquo;s Anatomy(2005)においては「2 〜3 部からなる変異が見られる」と記載されている.一方,Leonello et al.(2007)は,「上腕筋は,全例において浅頭と深頭の2 頭を有する」と報告している.我々は,第16 回臨床解剖研究会(2012)において,上腕筋が3 頭から構成されることを明らかにするとともに,肘関節屈曲拘縮との関連について報告した.今回,これら3 頭の形態的特徴と機能について考察する.【対象および方法】愛知医科大学医学部において,研究用に供された解剖実習体15 体24 肢を対象とした.上肢を剥皮後,上腕二頭筋,腕橈骨筋,長・短橈側手根伸筋を展開した.上腕筋を起始部より分離して筋頭を同定し,筋頭の走行や配列を詳細に観察した.【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,死体解剖保存法に基づいて実施し,生前に本人の同意により篤志献体団体に入会し研究・教育に供された解剖実習体を使用した.観察は,愛知医科大学医学部解剖学講座教授の指導の下に行った.【結果】全肢において,上腕筋は,三角筋後部線維から連続する筋頭(以下,外側頭),三角筋の前方の集合腱から連続する筋頭(以下,中間頭),上腕骨前面から起始する筋頭(以下,内側頭)に区分することができた.外側頭は,上腕骨の近位外側から遠位中央に向かって斜めに,かつ,浅層を走行して腱になり,尺骨粗面の遠位部に停止していた.中間頭は,最も薄く細い筋束であり,内側頭の浅層を外側頭と平行して走行し,遠位部は内側頭に合流していた.内側頭は,最も深層を走行し,停止部付近においても幅広く厚い筋腹から成り,短い腱を介して尺骨粗面の近位内側部に停止していた.これら3 頭は,上腕中央部においては,外側から内側へ順に配列していた.しかし肘関節部においては,外側頭と中間頭は浅層に,内側頭は深層に配列していた.また,内側頭の縦断面を観察すると,一部の線維が肘関節包前面に付着する例が存在した.これらの例において肘関節を他動的に屈曲させると,内側頭とともに関節包の前面が浮き上がる様子が観察された.【考察】上腕筋を構成する3 頭は,内側から外側へ配列しているだけではなく,各頭が特徴的な走行や形態を呈するため,それぞれ異なる機能を有することが推測される.上腕筋外側頭は上腕骨の近位外側から遠位中央へ,一方の上腕二頭筋は近位内側から遠位中央へ斜走する.そのため肘関節屈曲時,上腕筋外側頭は前腕近位部を外上方へ,一方の上腕二頭筋は内上方へ牽引すると考えられる.すなわち肘関節屈曲時,外側頭と上腕二頭筋は共同で,前腕軸の調整を行うと考えられる.また外側頭は,3 頭の中で最も遠位に停止し,肘関節屈曲における最大のレバーアームを有するため,肘関節屈曲における最大の力源になることが示唆される.さらに,外側頭は三角筋後部線維から連続するため,三角筋の収縮によって,作用効率が変化する可能性がある.換言すれば,外側頭の作用効率を高めるためには,三角筋後部線維を収縮させた上で肘関節屈曲を行うことが有効であると思われる.内側頭は,肘関節部において深層を走行し,幅広く厚い筋腹を有する.したがって,肘関節屈曲時に収縮して筋の厚みが増すことによって,外側頭のレバーアームを維持または延長し,その作用効率を高める機能を有すると考えられる.また,肩関節の腱板が上腕骨頭を肩甲骨へ引き寄せる作用と同様に,内側頭は,尺骨滑車切痕を上腕骨滑車に引き寄せ,肘関節の安定性向上に寄与すると考えられる.さらに,内側頭が関節包前面に付着する例があることから,肘関節運動に伴う関節包の緊張度を調節する機能が示唆される.換言すれば,内側頭の機能不全によって,関節包前面のインピンジメントや肘関節屈曲拘縮が惹起される可能性が推測される.中間頭は,最も薄く細いため,その機能的意義は小さいと思われる.しかし,上腕中央部においては外側頭と並走し,遠位部においては内側頭に合流することから,外側頭と内側頭の機能を連携する,文字通り'中間的な&rsquo;役割を担うと考えられる.上腕筋は,3頭を有することによって,肘関節屈曲における前腕軸の調整,作用効率の向上,肘関節包の緊張度の調節など複合的な機能を担うと考えられる.また,肘関節屈曲に関しては,主として外側頭が機能することが示唆される.【理学療法学研究としての意義】根拠に基づく理学療法を行うためには,とくに筋骨格系に関する機能解剖学的かつ病態生理学的な研究が不可欠である.本研究は,上腕筋の筋頭構成を詳細に観察し,肘関節運動に対する関与について考察を加えたものであり,肘関節拘縮の病態理解や治療の発展にも寄与すると考える.
著者
山室 慎太郎 田島 泰裕 荻無里 亜希 高橋 友明 石垣 範雄 畑 幸彦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100391, 2013

【はじめに、目的】 腱板断裂手術例において,一般的に腱板機能の改善には腱板自体の回復と,腱板の土台となる肩甲骨周囲筋の機能改善の両方が重要であると言われている.しかしそれぞれの所見がどのように関係しているのかについては明らかになっていない. 今回われわれは,腱板付着部の回復の遅れの原因と腱板機能に及ぼす影響を明らかにする目的で調査したので報告する.【方法】 対象は腱板断裂術後1年を経過した77例77肩とした.性別は男性36肩・女性41肩,術側は右56肩・左21肩であった.手術時年齢は平均63.3歳(53~73歳)であった.なお,非手術側には臨床所見や画像所見で腱板断裂を疑わせる所見は全く認めなかった.症例を術後1年のMRI 斜位冠状断像を用いて棘上筋腱付着部の腱内輝度を村上の分類に従って評価し,type1(低輝度)51肩を低輝度群,type2・3(高輝度)26肩を高輝度群の2群に分けた. 2群間で1:年齢,2:性別,3:罹患側,4:断裂サイズ,5:術後1年での肩甲骨周囲筋の表面筋電図所見,6:術後1年での棘上筋テストついて比較検討を行った.なお,表面筋電図はNoraxon社製Myosystem1400Aを用いて,僧帽筋上部,中部,下部線維を被験筋として棘上筋テストにおける最大等尺性随意収縮3 秒間を3 回計測した.得られた筋電波形を整流平滑化し,筋電図積分値(以下iEMG)を求めた.iEMGを非手術側のiEMGにて正規化し,%iEMGを算出した. 統計学的検定は年齢,断裂サイズ,%iEMGはMann-Whitneyʼs U test を用いて行い,性別,罹患側,棘上筋テストはχ2検定を用いて行い,危険率0.05 未満を有意差ありとした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究の趣旨を説明し同意を得られた患者を対象とした.【結果】 手術時年齢,性別および罹患側において2群間で有意差を認めなかった.断裂サイズは高輝度群が低輝度群より有意に大きかった(P<0.05).僧帽筋上部線維の%iEMGは高輝度群が低輝度群より有意に過活動であった(P<0.05).僧帽筋中部線維,僧帽筋下部線維では有意な差を認めなかった.棘上筋テストにおいて低輝度群は有意に陰性が多く,高輝度群は有意に陽性が多かった(P<0.01).【考察】 今回の結果から高輝度群は低輝度群に比べて有意に断裂サイズが大きく,僧帽筋上部線維が過活動となり,棘上筋テストが陽性となることがわかった. 伊坪らは腱板断裂術後MRI画像の高輝度部分の低信号化は腱板自体の回復を示していると報告しており,小林らは腱板付着部の回復に影響する因子として断裂サイズの大きさが関係していると報告している.これらの報告から,断裂サイズが大きいほど,腱板付着部の回復が遅れる可能性があると考えられた. また,君塚らは腱板断裂術後1年のMRI画像での腱板付着部の低信号化しなかった群は低信号化した群より棘上筋筋腹の厚みの回復が有意に悪かったことを報告しており,棘上筋筋腹の厚みは棘上筋筋力に直接影響するので,今回の高輝度群の棘上筋テスト陽性が有意に多かったという結果を裏付けるものであると思われた. さらに,腱板の筋力低下を代償するために外在筋である僧帽筋上部線維が過剰に収縮するという森原らの報告から,腱板付着部の回復の遅れによる腱板の筋力低下が僧帽筋上部線維の過活動を引き起こし,肩甲骨周囲筋の不均衡を招いていると考えた. 以上のことから,大きな腱板断裂例では腱板付着部の回復が遅れ,それが棘上筋筋腹の厚みの回復の遅れによる棘上筋筋力の低下を引き起こし,僧帽筋上部線維の過活動による肩甲骨周囲筋の不均衡を起こすと考えられた.【理学療法学研究としての意義】 大きな腱板断裂例では,腱板機能の改善を図るために肩甲骨周囲筋のバランスの改善を含めた腱板トレーニングが必要であることが示唆された.
著者
多々良 大輔 吉住 浩平 野崎 壮 原田 伸哉 中元寺 聡
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Cb0485, 2012

【はじめに、目的】 側臥位での股関節外転運動は、診療場面にて検査もしくはトレーニングとして使用することが多い。主動作筋である中殿筋の機能に関する報告は、腰椎の側屈、股関節屈曲などの代償運動を考慮して、背臥位での計測結果を報告したものが多いが、側臥位では腰椎-骨盤帯の安定性に関与する腹壁筋、傍脊柱筋の作用により固定筋としての作用が得られないと、効果的な外転筋の発揮は困難である。本研究の目的は、側臥位にて寛骨非固定、固定下での等尺性股関節外転運動を行った際の中殿筋、内腹斜筋、腰方形筋、腰部多裂筋の活動を表面筋電図にて計測・比較し、主動作筋である中殿筋と他の固定筋との関係性を明らかにすることである。【方法】 健常男性15名(平均年齢:25.9±3.0歳、身長:175.3±6.7cm、体重:66.4±7.5kg)、全例、効き足が右の者で、腰痛を有していない者を対象とした。被験筋は、中殿筋、内腹斜筋、腰方形筋、腰部多裂筋の4筋とした。表面電極は皮膚処理を十分行った上で、日本光電社製NCS電極NM-317Y3を使用し、Cynnの記述を参考に20mm間に貼付した。表面筋電計は日本光電社製NeuropackS1を用いて、サンプリング周波数1000Hzにて、上記4筋について、それぞれ徒手筋力検査(manual muscle testing:MMT)の肢位に準じて、各筋の等尺性収縮を最大随意収縮強度(100%MVC:maximal voluntary contraction)を計測した。測定肢位は側臥位、両上肢は胸骨の前面で組ませ、頭頂・耳孔・肩峰・大転子が一直線上になるようポジショニングを行った。股関節角度は伸展10度、外転25度の位置に膝関節外側裂隙から近位3cmの部位に接するように平行棒を設置・固定し、大腿遠位部が平行棒に触れる直前にて保持するように指示し、寛骨非固定下、骨盤固定下の2条件にて股関節外転運動を等尺性収縮にて行った。測定時間は5秒間とし、前後1秒間を除いた中間の3秒間にて、積分値が最大となる0.2秒間を1000Hzにてサンプリングし、各筋の随意収縮強度(%MVC)を算出、比較を行った。なお、各群ともに1分間の休息を挟んで3回実施し、平均値を算出した。寛骨の固定は同一検者にて、各測定前にハンドダイナモメーター(Hoggan社製:MicroFET2)を用いて、80Nにて圧迫を加えられるよう十分な練習を行ってから、上側となる腸骨稜から仙腸関節を圧縮する方向に徒手的に圧迫を加えた。統計処理は寛骨非固定下(以下、A群)、寛骨固定化(以下、B群)における各筋の%MVCについて、中殿筋・腰部多裂筋はt検定を、内腹斜筋・腰方形筋についてはWilcoxon符号順位検定を用い、有意水準5%未満にて分析した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究の主旨を書面にて説明し、参加に同意を得た者を対象とした。【結果】 A群では中殿筋:43.3±13.1%、内腹斜筋:31.6±29.4%、腰方形筋:30.9±10.2%、腰部多裂筋:25.5±12.3%、B群では中殿筋:31.5±14.7%、内腹斜筋:19.2±15.6%、腰方形筋:29.6±16.6%、腰部多裂筋:28.1±14.8%となった。A群と比較し、B群では中殿筋、内腹斜筋が低値を示した(p<0.05)。【考察】 寛骨の固定により、主動作筋である中殿筋の筋長は変化しないにも関わらず、%MVCが低値を示したことから、起始となる寛骨の安定性が提供されることで、効率的な筋活動にて外転位保持が可能となったと考えられる。側臥位での股関節外転運動では、腰椎-骨盤帯-股関節複合体として、関与する筋群の協調した運動制御が重要であることが示唆された。診療場面において、寛骨の固定により非固定時よりも中殿筋の出力が容易となることが確認できた場合、寛骨の安定化に関わる固定筋の賦活も併せてアプローチすることが重要である。今後は同様の計測条件にて、寛骨固定の有無による股関節外転筋トルクの変化を算出・比較するとともに、周波数解析を用いて各筋の質的因子の変化について検討していきたい。
著者
押領司 俊介 井上 彰 鶴田 崇 的場 早条 木村 淳志 緑川 孝二
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101899, 2013

【はじめに、目的】 肩関節障害の原因は、肩関節複合体にとどまらず、骨盤や体幹といった全身からの影響を多く受けているが、肩関節の機能向上を目的とした訓練を指導する際、強度や回数の設定は行っても、訓練時の姿勢について着目することは少ない。近年、姿勢と肩甲骨アライメントとの密接な関係を示唆する文献も散見され、姿勢が肩甲上腕関節に与える影響も大きいと考える。 肩峰骨頭間距離は単純X線写真により計測されるが、座位姿勢による検討は散見しない。そこで今回、超音波画像診断装置を用い肩峰-大結節間距離を測定し、骨盤前後傾誘導による座位姿勢の違いが肩甲上腕関節に与える影響を検討した。【方法】 対象は健常成人男性16名16肩。平均年齢26.3±5.1歳(22~42歳)。全例利き手の右側で計測した。超音波画像診断装置はTOSHIBA社製Xario(7.5MHzリニア型プローブ)を用いた。座位は、縦6cm横40cm高さ3cmの硬性ポロン材の板(以下ポロン板)を椅子の中央に置き、椅子の高さは座位姿勢で両下肢の足底が全面設置する高さと規定した。ポロン板に両坐骨を乗せた状態での自然坐位を中間位とし、中間位から上体を動かさず、坐骨がポロン板から落ちないように骨盤前傾した状態を前傾位、骨盤後傾した状態を後傾位とした。骨盤角度はゴニオメーターと水平計を用い、上前腸骨棘と上後腸骨棘を結んだ直線と水平線の角度を計測した。それぞれの位置で超音波画像診断装置を用い、上肢下垂位での肩峰前面-腱板付着部(superior facet)間の距離を測定した。統計学的検討には二元配置分散分析法・多重比較検定を用い、危険率5%未満を有意差ありとした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には、ヘルシンキ宣言に基づき、あらかじめ本研究の内容、個人情報の保護を十分に説明し、同意を得た。【結果】 座位姿勢の変化は、骨盤中間位から前傾位への移動量が平均13.9°、後傾位への移動量が平均22.1°であった。肩峰前面-腱板付着部間の距離は、中間位で平均24.27mm、前傾位で平均25.82mm、後傾位で平均22.48mmであった。前傾位から後傾位になるにつれ距離が短くなり、それぞれの肢位で有意差を認めた。【考察】 今回の座位姿勢の変化量は、ポロン板上での骨盤移動に規定しており、通常の立位や座位でのアライメントの崩れによる骨盤移動量と比べ、その変化量は少ないと思われる。この規定内で骨盤誘導を行ったにも関わらず、骨盤前傾に伴い肩峰-大結節間距離は有意差を持って長くなり、骨盤後傾に伴い肩峰-大結節間距離は有意差を持って短くなる結果が得られた。その原因は、腰椎や胸椎、肩甲骨など多くの要因を含んでいると考える。 骨盤の後傾に伴い腰椎の前弯は減少し、胸椎後弯は増強する。Finleyらは、意図的にだらしない(胸椎後弯の)姿勢をとった場合、肩甲骨前傾・上方回旋が増加したと報告し、姿勢と肩甲骨運動の密接な関係を示した。また村木らは、肩甲骨の前傾に伴い肩峰下最大接触圧は直線的に減少したと報告し、肩甲骨アライメントの変化が肩甲上腕関節に与える影響を示唆している。肩甲上腕関節での肩峰と大結節間の関係を見ても、肩甲骨の前傾に伴い肩峰-大結節距離は短くなり、今回の結果において骨盤後傾に伴い肩峰-大結節間距離が短くなった結果も、これらの先行研究と同様の結果であると考える。 今回の研究では、肩甲骨アライメントの3次元的な動きの詳細までとらえることは出来ないが、骨盤前傾に伴い腰椎前弯の増強、胸椎後弯の減少が起こり肩甲骨下方回旋・後傾・外旋が起こり、肩峰-大結節間距離は長くなり、骨盤後傾に伴い腰椎前弯の減少、胸椎後弯の増強が起こり肩甲骨上方回旋・前傾・内旋が起こり、肩峰-大結節間距離は短くなったと考える。【理学療法学研究としての意義】 肩関節機能向上を目的とした訓練を行う際、通常は立位で行うことが多い印象を受けるが、場合によって座位で訓練を行う事も少なくない。今回の研究では、座位面を指定し、上体を動かさずにポロン板上で骨盤を誘導するといった、非常に狭い範囲での結果においても有意な差が生じたことより、今後立位、座位ともに、肩関節機能向上を目的とした訓練を行う際は、姿勢も考慮して指導する必要性があると考える。また今後の展望として、これらの肢位の違いによる筋出力の変化や、疼痛を有する患者の訓練方法などを検討していきたい。
著者
栗田 健 高木 峰子 木元 貴之 小野 元揮 吉田 典史 中西 理沙子 山﨑 哲也
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101721, 2013

【はじめに、目的】われわれは過去に投球障害肘患者(以下肘群)と投球障害肩患者(以下肩群)において手内筋である母指・小指対立筋(以下対立筋群)の機能不全について検討をしたところ,肘群が肩群より有意に機能不全を認めた.さらに対立筋群機能不全を多く認めた肘群において, 非投球側に対立筋群の機能不全がある場合,投球側にも機能不全を認めた.また,この対立筋群の機能不全は,筋や骨などの成長が関与している可能性が考えられた.そのため,今回は年齢により対立筋群に機能不全の差が認められるのかどうかを検討したので報告する.【方法】対象は投球障害で当院を受診した45名の投球側45手とし,他関節の障害の合併や既往,神経障害および手術歴を有する症例は除外した.性別は全例男性で,年齢によりA群10歳~12歳,B群13歳~15歳,C群16歳~18歳の3群に分けた.評価項目は,投球時のボールリリースの肢位を想定した対立筋群テストとし,座位にて肩関節屈曲90°位にて肘伸展位・手関節背屈位を保持して指腹同士が接するか否かを観察した.徒手筋力検査法の3を基準とし,指腹同士が接すれば可,IP関節屈曲するなど代償動作の出現や指の側面での接触は機能不全とした.なお統計学的解析には多重比較検定を用い,3群間に対し各々カイ二乗検定を行い,Bonferroniの不等式を用いて有意水準5%未満として有意差を求めた.【倫理的配慮、説明と同意】対象者に対し本研究の目的を説明し同意の得られた方のデータを対象とし,当院倫理規定に基づき個人が特定されないよう匿名化にてデータを使用した.【結果】各群の人数は,A群9名,B群17名,C群19名であった.また,機能不全の発生率はA群33.3%,B群52.9%,C群47.3%であり,各群間のカイ二乗検定では,A群×B群(p=0.34)A群×C群(p=0.48)B群×C群(p=0.738)となり,すべての群間において有意差は認められなかった.【考察】一般的なボールの把持は,ボール上部を支えるために示指・中指を使い,下部を支えるために母指・環指・小指を使用している.手内筋である母指・小指対立筋は,ボールを下部より効率よく支持するために必要である.ボールの把持を手外筋群によって行うと,手関節の動きの制限や筋の起始部である上腕骨内側上顆に負担がかかることが示唆される.過去の報告から投球障害における母指・小指対立筋機能不全は投球障害肘群に多く認めることが分かっている.しかし手指の対立動作は骨の成長による影響や運動発達による影響など,年齢による影響がある可能性もあり,機能不全発生の機序までは断定できなかった.本研究の結果から,対立筋群の機能不全は年齢間差が無いことから,年齢を重ねることで機能不全が改善する可能性は否定的な結果であった.また同様に年齢を重ねることで対立筋群の機能不全が増えるわけでもなく,どの年代においても一定の割合で発生している事がわかった。この事から対立筋群の機能不全は骨の成長による影響や運動発達など成長による影響ではなく,癖や元々の巧緻性の低下などその他の要素によって発生していることが示唆された.以上により手内筋による正しい対立機能を用いたボールの把持できなければ投球動作を繰り返す中で肘の障害が発生する可能性が示唆された.その為、投球障害肘の症例に対してリハビリテーションを行う場合には,従来から言われている投球フォームの改善のみではなく遠位からの影響を考慮して,母指・小指対立筋機能不全の確認と機能改善が重要と考えられた.また障害予防の点においても,投球動作を覚える段階で手指対立機能の獲得とボールの持ち方などの指導が必要であることも示唆される.【理学療法学研究としての意義】本研究では対立筋群の機能不全は年齢による影響はないと示唆された.また過去の研究より投球障害肘の身体機能の中で手内筋である母指・小指対立筋に機能不全を多く有することが分かっている.投球障害を治療する際には、対立筋群の機能に着目することが重要と考える.また今回設定した評価方法は簡便であり,障害予防の観点からも競技の指導者や本人により試みることで早期にリスクを発見できる可能性も示唆された.
著者
岡本 淳
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48102152, 2013

【はじめに、目的】当院療養型病棟では非経口栄養患者に半側臥位セミファーラー位姿勢(背上げ30°、足上げ0°)で注入食を行っている。当院の看護側は仰臥位では嘔吐に伴う誤嚥・仙骨部の褥瘡発生の点から半側臥位姿勢を促していた。しかし患者の多くが頚部後屈ずり下がり姿勢となり、肺炎発症を認めた。これはこのポジショニングに原因があると考えた。この仮説をもとにポジショニングを変更することに決定し、頚部後屈を呈す実態と不顕性誤嚥を起こしている現状を調査するとともに、ポジショニング変更前後の頚部後屈角度について検証した。【方法】研究1)非経口栄養患者31名、平均82±9.3歳を対象とし、ベッド注入時の頚部後屈角度、骨盤傾斜角の測定を行い、2011年4月から2012年の6月までの1年2ヶ月分の肺炎回数について調べた。骨盤傾斜角については骨盤傾斜角20°未満(骨盤後傾位)8名、骨盤傾斜角20~30°未満(骨盤後傾位傾向)11名、骨盤傾斜角30°以上(骨盤中間位)12名の3群に分けた。頚部後屈角度については非頚部後屈9名、頚部後屈20°未満(軽度後屈)5名、頚部後屈20°以上40°未満(中等度後屈)11名、頚部後屈40°以上(重度後屈)6名の4群に分けた。骨盤傾斜角は、恥骨結合と両上後腸骨棘を結んだ線と腰椎水平線の角度の測定を行った。骨盤傾斜角3群と頚部後屈、頚部後屈4群と肺炎回数について、統計処理は多重比較検定Tukey-Kramer法を用いた。研究2)研究1の結果に基づき、半側臥位セミファーラー位の足上げ角度を10°に設定、肩甲帯後退、骨盤後傾角の修正を行い、1ヶ月後に頚部後屈角度の測定を行った。研究1の非経口栄養の対象者の中で頚部後屈患者22名中10名が退院となったため、12名(軽度後屈2名、中等度後屈6名、重度後屈4名)平均83±10.7歳を対象とした。ポジショニング変更前後の頚部後屈角度の比較を行い、統計処理は対応のあるt検定を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】ヘルシンキ宣言に基づき、本研究の目的、方法、趣旨を口頭にて説明し、同意を得て実施した。【結果】研究1)頚部後屈角度は骨盤中間位で平均3.3±6.5°、骨盤後傾位傾向で24±9.4°、骨盤後傾位で38±9.9°で中間位と後傾位傾向、中間位と後傾位、後傾位傾向と後傾位(P<0.01)で有意差を認めた。肺炎回数は非頚部後屈で平均1.6±1.1回、軽度後屈で5.2±0.9回、中等度後屈で5.7±2.3回、重度後屈で5.6±4.4回で非頚部後屈と中等度後屈、非頚部後屈と重度後屈(P<0.05)で有意差を認めた。研究2)ポジショニング前後の頚部後屈患者12名の頚部後屈角度の変化は変更前で平均30.4±12.8°、変更後で18.3p±9.3°であり有意差を認めた(P<0.01)。【考察】骨盤後傾度により頚部後屈が増加したのは運動連鎖により胸椎後弯位をとり、下位頚椎屈曲位、上位頚椎伸展位をとるためと考える。また肺炎回数は頚部後屈20°以上の中等度・重度頚部後屈群で増加を認めた。これにより喉頭部が拡大し、不顕性誤嚥の高リスクにつながったと推察された。一般的にファーラー位は仰臥位で行われ、足上げは腹筋群の緊張を解き、上半身がずり下がらないための援助技術として行われている。しかし当院では30°半側臥位は殿筋部で支持して、仙骨部と大転子部を除圧する目的で行っている。しかし半側臥位では上半身のずれを招き、ベッド上側の肩甲帯が後退し、上位頚椎回旋・伸展となる傾向を認めた。また足上げ0°は背上げに伴いハムストリングスが引っ張られ、膝関節が屈曲し骨盤帯が後方に倒れてしまう。ポジショニング変更1ヶ月後においては頚部後屈患者の後屈角度が平均18.3p±9.3°に改善した。頚部後屈軽減に至った理由としては足上げ角度を設定し、骨盤後傾角の修正を行ったことで胸椎後弯方向への運動連鎖が減少し、頚部前屈姿勢へとつながったと考える。これにより不顕性誤嚥のリスク軽減につながった。これらは半側臥位セミファーラー位姿勢が原因であったと示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究では当院療養型病棟の入院患者における頚部後屈を呈す実態と頚部後屈がもたらす不顕性誤嚥のリスクについて客観的数値を示した。今回不良なポジショニングにより、肺炎を助長してしまう現状を危惧するとともに、長期臥床にて全身状態が悪化し離床が困難な患者に対して、注入時のポジショニングを調整することが重要となり、頚部後屈予防、不顕性誤嚥のリスク軽減につながっていくと示唆された。
著者
浅川 大地 河内 淳介 中澤 理恵 坂本 雅昭
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101999, 2013

【はじめに、目的】足関節は可動性が高く動的バランスに大きく関与しており,投球動作での片脚立位時のアライメントにも関与していると考えられる.そのため足関節捻挫などによる足関節背屈制限が投球動作時のアライメントに影響し,肩・肘などの投球障害に結びついているのではないかと考えた.そこで本研究の目的は,足関節背屈制限によるアライメントの変化が投球動作時の上肢関節へ及ぼす影響について検討することとした.【方法】対象は健常成人男性8名(右投げ5名・左投げ3名,年齢19.9±2.0歳,身長178.8±6.3cm,体重68.8±5.4kg)とし,野球経験6年以上で投球障害がなく,足関節傷害の既往のないものとした.投球開始肢位をセットポジションとし,通常投球と軸足の足関節背屈可動域を制限した投球(以下,制限投球)の2条件の試技を行った.足関節背屈制限角度は膝伸展位で10°とし,非伸縮性テーピングによって固定した。尚,投球前後での足関節背屈制限角度に有意差は認められなかった.投球距離はマウンドから本塁間(18.4m)とし,側方・後方から2台の高速度カメラ(SportsCamTM,FASTEC IMAGING社製)をサンプリング周期250Hzで同期させ,各条件3回の試技を撮影した.また,反射マーカーを両肩峰,投球側肘頭,投球側手関節背側中央に貼付し,得られた画像から反射マーカー部位の3次元座標(DLT法)を算出した.各部位の3次元座標から球速,足部接地(FP)時及びボールリリース(BR)時の肩水平外転角度,肩外転角度,肘屈曲角度を求めた.統計学的分析は表計算ソフト(Excel,Microsoft社)上で,2条件間の比較において対応のあるt検定を行い,有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究の目的,危険性について口頭及び書面にて十分に説明し同意を得た.【結果】球速およびFP時の各関節角度において,2条件間に有意差は認められなかった. BR時では制限投球の肩外転角度は72.2±4.8°であり,通常投球時(73.6±6.2°)と比較して有意に減少していた(p<0.05).また,BR時の肩水平外転角度は3.36±2.5°,肘屈曲角度は69.5±17.3°であり,通常投球時の肩水平外転角度(1.85±2.2°),肘屈曲角度(62.5±20.7°)と比較して有意に増加していた(p<0.05).【考察】制限投球は通常投球に比べて肩外転角度が有意に減少し,肩水平外転角度・肘屈曲角度が有意に増加した。このことから,制限投球では投球動作時の肩・肘へのストレスが増加していると考える.投球動作時に体幹・骨盤が後傾する選手は,上半身・上肢・肩甲帯が動員されバランスをとろうとし,体幹の回旋不足が起こる可能性があり,その補正のため肩が過度に水平外転をとるとされている.本調査の制限投球においては,ワインドアップ時に足関節の背屈が制限されたため後方重心となり,体幹の回旋不足が生じ,BR時の肩の水平外転角度が有意に増加したと考える。BR時に肩が水平外転位にあると肩に加わる前方負荷が増大するとされているため,制限投球では肩関節へのストレスが増大すると推察する.また,先行研究においてBR時の肩水平外転角度の増加,肩外転角度の減少は,ゼロポジションと比べて肩関節にかかる負荷が有意に大きいとされており,今回も同様の結果となった.このことから,制限投球でのBRは肩関節へのストレスを増加させていると考える.また,投球動作の加速期における上腕の加速運動は肩関節内旋運動と肘関節伸展運動が中心に担っており,この2つの運動のどちらか一方が強調されることなく投球動作を行う必要がある。しかし,制限投球では肘屈曲角度の増加も認められたことから,肩内旋運動が強調されていた可能性が考えられ,肘関節への外反ストレスも増大する可能性が推察される.投球における運動連鎖は,下肢・体幹・上肢へと全身の各関節が効率良く連動することが必要であり,運動連鎖の破綻は肩や肘の外傷発生やパフォーマンスの低下につながる.制限投球条件でのBR時の各関節角度には有意な差が認められており,運動連鎖の破綻があったと考えられる.しかし,球速について有意な差は認められなかったため,パフォーマンスは低下していなかったと考える.パフォーマンスを維持するために,上肢に大きなストレスをかけているか,骨盤・体幹などに何らかの代償が起きていたと推察する.【理学療法学研究としての意義】投球動作において後期コッキング期から加速期にかけて肩や肘に痛みを生じやすいが,この位相での動作修正は容易でない.そのため,それ以前の位相からの影響について検討することで投球障害のリスクを減少することが可能と考える.その一要因として足関節が投球動作に与える影響についても考慮することも必要であると考える.
著者
青木 啓成 村上 成道 児玉 雄二
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101362, 2013

【はじめに、目的】野球による肘関節障害は、内側型、外側型、後方型に分類される。特に内側型の障害が多く、内側上顆障害、内側側副靭帯損傷、尺骨神経障害などがある。尺骨神経障害はしびれのみでも競技能力に影響を与え、保存療法に抵抗する場合があるため手術治療を要することが多いと報告されている。尺骨神経障害は手術療法の報告はあるものの、理学療法アプローチに関する報告は渉猟した限り見あたらない。今回、投球を契機に生じた尺骨神経障害に対する保存療法を経験したので、共通所見と具体的な理学療法について報告する。【対象、方法】対象は2007年1月~2012年9月までに当センターで尺骨神経障害と診断され理学療法が処方された4例である(年齢14歳~16歳)。受傷機転につては、3例は一球投球した際に強い痛みが増強したエピソードがあり発症から受診までの期間は3~4週であった。1例は肘伸展位荷重時に強い痛みを生じ、受診までに3ヶ月経過していた。主訴は肘関節自動運動での肘内側の痛みに加え、ランニングで痺れや痛みが増強し、投球は困難であった。4例の共通所見は、肘関節は10~20度の伸展制限(健側比)を認め、肩関節は外転90度内旋、伸展制限が顕著であった。チネルサインは上腕内側遠位に認め、小指外転筋力の低下や尺骨神経領域の感覚障害は認めなかった。触診上は上腕内側・外側筋間中隔、円回内筋、肘筋と上腕三頭筋の付着部に滑動障害を認めた。競技復帰の条件は、しびれや痛みがなくランニング・バッティングが可能になり、かつ塁間投球が80%の強度で可能となることとし、復帰までの経過を後方視的に診療録より調査した。【倫理的配慮、説明と同意】患者・保護者には初回受診の際に個人データの使用許可を得た。【結果】治療方針は初診から3週間の理学療法で症状が改善しない場合に投薬とMRI検査を実施し、6週間で改善を認めない場合は神経伝導速度の検査を実施する。4例中、投薬、MRI検査、神経伝導速度検査を実施したのは1名であった。3例の競技復帰までの期間は受傷後12.5週~14週であった。受診までの期間が長かった1例はバッティングが可能になったが、十分な強度の投球が困難で完全復帰できなかった。理学療法プログラムは、まず、肘関節の伸展制限の改善を最優先した。徒手的に橈骨頭周囲のmobility改善、肘頭外側・肘筋下の癒着改善をはかり、更に上腕外側・内側筋間中隔の滑動性の改善のために徒手で同部位を圧迫しながら肘関節の他動運動を反復した。また、初期には肘関節の自動運動を中止し、他動運動を推奨したことが可動域改善に有効であった。肩・肘関節可動域と肘・上腕の軟部組織の滑動性を改善させることで徐々にチネルサインは消失し、受傷後6週程度でランニングが可能となった。その後バットスイングを開始し、肩甲帯・体幹の柔軟性・安定性や肘周囲の筋力を高めながらバッティング練習、シャドーピッチングへ移行した。シャドーピッチングの痛みが無くなった段階で実際の投球へと進めた。【考察】いずれの症例も緩徐に運動時痛が増強するのではなく、急激な運動時痛が特徴である。そのため、肘内側から後面に炎症症状をきたした可能性が高く、尺骨神経周囲の軟部組織や内側筋間中隔の癒着が症状の要因であったと考えられた。内側筋間中隔の癒着部は徒手的に圧迫するとしびれが出現しやすい。そこで同部位の滑動を改善させるために、まず上腕遠位外側筋間中隔ならびに上腕筋と上腕三頭筋の連結障害を改善させた。結果的にそれが上腕内側筋間中隔の緊張を緩和することにつながり、尺骨神経のストレス減少につながったと考えられた。林は超音波解剖所見より上腕骨小頭前面の60%を上腕筋が覆被すると報告している。つまり、上腕筋の緊張緩和は肘関節伸展制限の改善にも大きく影響したと考えられ、肘筋周囲の滑動性改善のみでは伸展制限は改善しなかった可能性が高い。肘の伸展制限の改善を最優先したことで日常生活上の上腕部のリラクゼーションが得られたことも改善要因の一つであったと考えられた。また、セルフケアとしての肘関節自動運動は、結果的に上腕二頭筋・三頭筋の緊張を高めることになってしまったことから上腕筋間中隔の緊張が緩和されないことが推察された。そこで自動運動を中止し、他動運動に切り替えたことは初期の肘関節可動域改善において重要なポイントであった。尺骨神経障害の理学療法において注意する必要性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】野球による尺骨神経障害に関する保存療法や理学療法については具体的な報告が皆無である。このような臨床症例の報告は患者の症状改善のみならず理学療法士の治療技術の発展のためにも意義があると考える。
著者
西沢 喬 今井田 憲 吉村 孝之 馬渕 恵莉 佐分 宏基 小田 実 長谷部 武久
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【はじめに,目的】大殿筋は歩行の立脚相初期時に最も働くとされており,大殿筋の萎縮は,跛行の原因と報告されている。大殿筋筋活動を増加させる方法として,嶋田らはフォースカップル作用を狙い,腹筋群を働かせ骨盤後傾させる方法を報告している。大殿筋筋力強化・体幹安定化エクササイズとして臨床でブリッジ動作は多く用いられている。しかし,ブリッジ動作では腰背部痛が時折発生することがあり,ブリッジ動作時筋活動の特徴を知ることは重要である。ブリッジ動作の先行研究において股関節・膝関節の異なる角度での筋活動を比較した報告は多い。しかし,ブリッジ動作の骨盤肢位の違いによる筋活動の報告は,骨盤傾斜が背部筋筋活動に及ぼす影響の報告はあるが,背部筋と腹部筋の筋活動を検討した報告は少ない。そこで,腹筋群を活動させ脊柱起立筋の過活動を予防,大殿筋を活動させることで大殿筋の選択的な運動になると仮説を立てた。本研究は,健常成人男性を対象として表面筋電図を用い,骨盤肢位の違いによる大殿筋のフォースカップル作用を使ったブリッジ動作を行い大殿筋,脊柱起立筋,腹直筋,外腹斜筋の筋活動を解析し,特徴を明らかにすることを目的とした。【方法】対象は腰部・股関節に疾患のない健常成人男性20例(年齢28.95±5.4歳)。筋活動の比較には表面筋電図(Myosystem G2)を用い,測定筋は左側の大殿筋(仙骨と大転子を結んだ中央点),脊柱起立筋(第1腰椎棘突起から4cm外側),腹直筋(臍部外側1cm正中より2cm外側),外腹斜筋(臍より15cm外側)の4筋とした。測定肢位は背臥位,上肢を胸の前で組み,股関節内外転中間位,膝関節屈曲90°からのブリッジ動作とし,肩関節から膝関節まで一直線になる肢位で5秒静止した。測定条件は通常ブリッジ(以下,BR)と口頭指示による骨盤後傾位ブリッジ(以下,BTBR)の2種類とした。各条件の測定はランダムに行った。骨盤後傾の確認として,ブリッジ動作時をデジタルカメラで撮影し,上前腸骨棘と恥骨結合を結んだ線と大転子と大腿骨外側顆中心を結ぶ線の頭側になす角度を正とした。BR,BTBR時の骨盤後傾角度を画像解析ソフトImage Jを用いて測定し,骨盤傾斜角とした。また,BTBR時の骨盤傾斜角を同一検者が画像で確認し検者内信頼性を算出した。筋電図の測定区間は各条件の等尺性収縮5秒間のうち波形が安定した3秒間の積分値を算出した。最大等尺性収縮(MVC)はケンダルのMMT5を100%として正規化し,各条件での筋活動を%MVCとして算出した。さらに各条件で脊柱起立筋に対する大殿筋筋活動を大殿筋/脊柱起立筋比として表した。各条件における筋活動の比較には,対応のあるt検定を行った。統計学的分析にはSPSS12.0Jを用い,有意水準は5%とした。【結果】骨盤後傾の信頼性はICC(1,1)0.83であった。骨盤傾斜角はBR:4.8±8.4度,BTBR:12.9±12.4度であった。BTBRがBRと比べ有意に大きかった(P<0.05)。大殿筋筋活動はBR:10.26±6.1%,BTBR:20.13±10.8%,脊柱起立筋筋活動はBR:44.25±11.6%,BTBR:56.15±19.9%,腹直筋筋活動はBR:1.68±1.3%,BTBR:3.83±3.0%,外腹斜筋筋活動はBR:2.64±2.0%,BTBR:5.59±3.6%であった。全ての筋活動でBTBRがBRと比べ有意に高かった(P<0.05)。大殿筋/脊柱起立筋比はBR:0.23±0.1,BTBR:0.41±0.2であった。大殿筋/脊柱起立筋比はBTBRがBRと比べ有意に高かった(P<0.05)。【考察】大殿筋/脊柱起立筋比において,BTBRではBRに対し有意増加した。つまり,骨盤自動後傾させると大殿筋筋活動が脊柱起立筋筋活動に比べ相対的に増加したと考えられた。BTBRでは,自動で骨盤を後傾させることで,骨盤傾斜角が大きくなりフォースカップル作用にて,骨盤後傾主動作筋である腹直筋,外腹斜筋の筋活動が有意に増加し骨盤後傾したと考えられた。この腹筋群の相反神経抑制により脊柱起立筋の過活動が抑制でき,大殿筋/脊柱起立筋比が増加したと考えられた。ブリッジ動作での,大殿筋エクササイズはBTBRが大殿筋の選択的な運動になること可能性が考えられた。【理学療法学研究としての意義】BTBRは,大殿筋選択的エクササイズとして有用であることが示唆された。臨床におけるブリッジ動作における殿筋筋力強化・体幹安定化エクササイズの一助として意義のあるものと考えられた。今後の展開として高齢者や疾患別に詳細な筋活動を分析することで,安全で有用なエクササイズにつながると考えられた。
著者
西下 智 簗瀬 康 田中 浩基 草野 拳 中尾 彩佳 市橋 則明 長谷川 聡 中村 雅俊 梅垣 雄心 小林 拓也 山内 大士 梅原 潤 荒木 浩二郎 藤田 康介
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【目的】肩関節は自由度が高く運動範囲が広いが,関節面が小さいため回旋筋腱板(腱板)の担う役割は重要である。肩関節周囲炎,投球障害肩などに発生する腱板機能不全では棘上筋,棘下筋の柔軟性低下が問題となることが多く,日常生活に影響を及ぼすこともある。柔軟性向上にはストレッチング(ストレッチ)が効果的だが,特定の筋の効果的なストレッチについての研究は少ない。棘下筋に関してはストレッチの即時効果を検証する介入研究が行われているが,棘上筋ではほとんど見当たらない。棘上筋の効果的なストレッチは,複数の書籍では解剖学や運動学の知見をもとに,胸郭背面での内転(水平外転)位や伸展位での内旋位などが推奨されているが定量的な検証がなされていないため,統一した見解は得られていないのが現状である。棘上筋のストレッチ肢位を定量的に検証したのはMurakiらのみであるが,これは新鮮遺体を用いた研究であり,臨床応用を考えると生体での検証が必要である。これまで生体における特定の筋のストレッチ方法を確立できなかった理由の一つに,特定の筋の伸張の程度を定量的に評価する方法が無かったことが挙げられる。近年開発された超音波診断装置のせん断波エラストグラフィー機能を用いることで,計測した筋の伸張の程度の指標となる弾性率を求める事が可能になった。我々はこれまでに様々な肢位での最大内旋位の弾性率を比較する事により「より大きな伸展角度での水平外転・内旋もしくは,最大伸展位での内旋」が棘上筋の効果的なストレッチ方法であると報告(第49回日本理学療法学術大会)したが,最大内旋を加える必要性については未検証であった。そこで今回我々は,効果的な棘上筋のストレッチ方法に最大内旋が必要かどうかを明らかにすることを目的とした。【方法】対象者は健常成人男性20名(平均年齢23.8±3.1歳)とし,対象筋は非利き手側の棘上筋とした。棘上筋の弾性率の計測は超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能を用い,棘上筋の筋腹に設定した関心領域の弾性率を求めた。計測誤差を最小化できるように,計測箇所を肩甲棘中央の位置で統一し,2回の計測の平均値を算出した。弾性率は伸張の程度を表す指標で,弾性率の変化が高値を示すほど筋が伸張されていることを意味する。計測肢位は,上腕の方向条件5種と回旋条件2種を組み合わせた計10肢位とした。方向条件は下垂位(Rest),胸郭背面での最大水平外転位(20Hab),45°挙上での最大水平外転位(45Hab),最大水平外転位(90Hab),最大伸展位(Ext)の5条件,回旋条件は中間位(N)と最大内旋位(IR)の2条件とした。統計学的検定は各肢位の棘上筋の弾性率について,方向条件と回旋条件を二要因とする反復測定二元配置分散分析を行った。なお統計学的有意水準は5%とした。【結果】全10肢位のそれぞれの弾性率(平均±標準偏差,単位:kPa)はRestNが8.9±3.1,RestIRが7.3±2.5,20HabNが11.9±5.3,20HabIRが10.9±4.3,45HabNが27.1±11.0,45HabIRが28.0±13.8,90HabNが22.6±7.8,90HabIRが27.3±10.8,ExtNが31.0±7.2,ExtIRが31.8±8.4であった。統計学的には方向条件にのみ主効果を認め,回旋条件の主効果,交互作用は認めず,中間位と最大内旋位に有意な違いがなかった。方向条件のみの事後検定ではRestに対して20Hab,45Hab,90Hab,Extの弾性率が有意に高値を示し,更に20Habに対して45Hab,90Hab,Extの弾性率が有意に高値を示した。【考察】棘上筋のストレッチ方法はこれまでの報告同様,Restに比べ20Hab,45Hab,90Hab,Extが有意に高値を示した事,また,20Habに比べ45Hab,90Hab,Extが有意に高値を示した事から,伸展角度が大きい条件ほどより効果的なストレッチ方法であることが再確認できた。しかし,回旋条件の主効果も交互作用も認めなかったことから最大内旋を加えることでの相乗効果は期待できない事が明らかとなった。この結果は新鮮遺体での先行研究が推奨する最大伸展位での水平外転位を支持するものであった。このことから書籍などで推奨されていた胸郭背面での水平外転位のストレッチについては水平外転や内旋よりも伸展を強調すべきであることが明らかとなった。【理学療法学研究としての意義】本研究では弾性率という指標を用いる事で,生体の肩関節において効果的な棘上筋のストレッチ方法が検証できた。その肢位はより大きな伸展角度での水平外転もしくは最大伸展位であったが,最大内旋を加えることによる相乗効果は期待できないことが明らかとなった。
著者
伊藤 創 葉 清規 能登 徹 川上 照彦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】肩関節周囲炎とは,加齢的退行性変性を基盤として発生する疼痛性肩関節制動症と定義されており,病態・病因は未だはっきりと確立されていない。肩関節周囲炎の特徴的な症状として,夜間痛が挙げられる。夜間痛とは,夜間に起こる肩の疼痛の事をあらわし,患者の睡眠を妨げることで生活の質を著しく低下させると言われている。夜間痛の臨床的特徴に関して,山本らは65歳未満の女性に多く,肩関節回旋制限例に多いと報告しており,石垣らは,肩関節屈曲制限例に多いと報告しているなど,統一された見解がないのが現状である。本研究の目的は,初回評価時に夜間痛を有する肩関節周囲炎患者に対し,治療経過において1か月後の夜間痛の改善に関連する因子を調査することである。【方法】対象は当院で2014年7月から2015年9月より理学療法介入(運動療法・物理療法等)を行い,調査可能であった片側性肩関節周囲炎患者67例(男性26名,女性41名,平均年齢61.7±12.9歳)とした。除外基準は,両側性肩関節周囲炎,腱板断裂,石灰沈着性腱板炎と診断された症例とした。評価項目は,カルテから基本情報として,性別,罹病期間,年齢,その他の評価項目として初回評価時の安静時痛,夜間痛(初回・1ヶ月後),運動時痛,肩関節屈曲・外転・下垂位外旋の関節可動域(以下,ROM)の9項目を調査した。夜間痛の有無については,岩下らの報告をもとに問診評価で行い,夜間就寝時に疼痛があり睡眠を妨げてしまう程度の痛みがある症例を夜間痛有とした。夜間痛に関連する因子について,初回評価時に夜間痛を有し,理学療法開始1か月後に夜間痛が残存したか否かを従属変数,基本情報及びその他の評価項目を独立変数として,ロジスティック回帰分析にて解析した。統計処理は,R-2.8.1(CRAN freeware)を使用し,有意水準は5%とした。【結果】初回評価時に夜間痛を有した症例は32例であり,その内1か月後評価において,夜間痛を有した症例は12例であった。理学療法開始1か月後の夜間痛の改善に影響があった因子は,肩関節下垂位外旋ROM(オッズ比:0.84,95%信頼区間:0.70-0.97)であった。【結論】初回評価時に夜間痛を有する肩関節周囲炎患者の,理学療法開始1ヶ月後の夜間痛の改善に対する危険因子は,肩関節下垂位外旋ROMが小さいことであった。
著者
清水 厳郎 長谷川 聡 本村 芳樹 梅原 潤 中村 雅俊 草野 拳 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】肩関節の運動において回旋筋腱板の担う役割は重要である。回旋筋腱板の中でも肩の拘縮や変形性肩関節症の症例においては,肩甲下筋の柔軟性が問題となると報告されている。肩甲下筋のストレッチ方法については下垂位での外旋や最大挙上位での外旋などが推奨されているが,これは運動学や解剖学的な知見を基にしたものである。Murakiらは唯一,肩甲下筋のストレッチについての定量的な検証を行い,肩甲下筋の下部線維は肩甲骨面挙上,屈曲,外転,水平外転位からの外旋によって有意に伸張されたと報告している。しかしこれは新鮮遺体を用いた研究であり,生体を用いて定量的に検証した報告はない。そこで本研究では,せん断波エラストグラフィー機能を用いて生体における効果的な肩甲下筋のストレッチ方法を明らかにすることを目的とした。【方法】対象は健常成人男性20名(平均年齢25.2±4.3歳)とし,対象筋は非利き手側の肩甲下筋とした。肩甲下筋の伸張の程度を示す弾性率の計測は超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能を用い,肩甲下筋の停止部に設定した関心領域にて求めた。測定誤差を最小化できるように,測定箇所を小結節部に統一し,3回の計測の平均値を算出した(ICC[1,3]:0.97~0.99)。弾性率は伸張の程度を示す指標で,弾性率の変化は高値を示すほど筋が伸張されていることを意味する測定肢位は下垂位(rest),下垂位外旋位(1st-ER),伸展位(Ext),水平外転位(Hab),90°外転位からの外旋位(2nd-ER)の5肢位における最終域とした。さらに,ExtとHabに対しては肩甲骨固定と外旋の有無の影響を調べるために肩甲骨固定(固定)・固定最終域での固定解除(解除)と外旋の条件を追加した。統計学的検定は,restに対する1st-ER,Ext,Hab,2nd-ERにBonferroni法で補正したt検定を行い,有意差が出た肢位に対してBonferroniの多重比較検定を行った。さらに伸展,水平外転に対して最終域,固定,解除の3条件にBonferroniの多重比較検定を,外旋の有無にt検定を行い,有意水準は5%とした。【結果】5肢位それぞれの弾性率(平均±標準偏差,単位:kPa)はrestが64.7±9.1,1st-ERが84.9±21.4,Extが87.6±26.6,Habが95.0±35.6,2nd-ERが87.5±24.3であった。restに対し他の4肢位で弾性率が有意に高値を示し,多重比較の結果,それらの肢位間には有意な差は認めなかった。また,伸展,水平外転ともに固定は解除と比較して有意に高値を示したが,最終域と固定では有意な差を認めなかった。さらに,伸展・水平外転ともに外旋の有無で差を認めなかった。【結論】肩甲下筋のストレッチ方法としてこれまで報告されていた水平外転からの外旋や下垂位での外旋に加えて伸展や水平外転が効果的であり,さらに伸展と水平外転位においては肩甲骨を固定することでより小さい関節運動でストレッチ可能であることが示された。
著者
岡元 翔吾 齊藤 竜太 遠藤 康裕 阿部 洋太 菅谷 知明 宇賀 大祐 中澤 理恵 坂本 雅昭
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】投球障害後のリハビリテーションでは,病態の中心である肩甲上腕関節への負担を最小限に抑えることが不可欠であり,肩甲胸郭関節や胸椎の動きを十分に引き出し良い投球フォームを獲得する練習として,シャドーピッチング(以下,シャドー)が頻用される。しかし,硬式球を用いた投球(以下,通常投球)時の肩甲胸郭関節と胸椎の角度については過去に報告されているが,シャドーに関しては明らかにされていない。本研究では,シャドー時の肩関節最大外旋位における肩甲上腕関節,肩甲骨および胸椎の角度を明らかにし,運動学的観点より通常投球との相違を検証することを目的とした。【方法】対象は投手経験のある健常男性13名(年齢24.9±4.8歳,身長173.9±4.3cm,体重72.1±7.3kg,投手経験11.2±5.2年)とした。測定条件は通常投球とタオルを用いたシャドーの2条件とし,いずれも全力動作とした。動作解析には三次元動作解析装置(VICON Motion Systems社製,VICON 612)を使用し,サンプリング周波数は250Hzとした。反射マーカーはC7,Th7,Th8,L1,胸骨上切痕,剣状突起に貼付した。また,投球側の肩峰,上腕遠位端背側面,前腕遠位端背側面に桧工作材を貼付し,その両端にも反射マーカーを貼付した。得られた三次元座標値から肩関節最大外旋位(以下,MER)時の肩関節外旋角度(肩全体の外旋角度),肩甲上腕関節外旋角度,肩甲骨後傾角度,胸椎伸展角度を算出した。また,非投球側足部接地(FP)~MERまでの時間と各関節の角度変化量を算出した。尚,各条件とも2回の動作の平均値を代表値とした。統計学的解析にはIBM SPSS Statistics ver. 22.0を使用し,対応のあるt検定を用い,有意水準は5%とした。【結果】肩関節最大外旋角度は,通常投球145.4±14.2°,シャドー136.4±16.8°と有意にシャドーが小さかった(p<0.01)。その際の肩甲上腕関節外旋角度は,通常投球98.4±16.7°,シャドー91.8±13.1°と有意にシャドーが小さかった(p<0.01)が,肩甲骨後傾角度と胸椎伸展角度は有意差を認めなかった。FP~MERの時間は,通常投球0.152±0.030秒,シャドー0.167±0.040秒と有意にシャドーが長かった(p<0.05)が,角度変化量は有意差を認めなかった。【結論】シャドーは通常投球に比して,MER時の肩甲骨後傾角度や胸椎伸展角度に差はないが,肩甲上腕関節外旋角度が小さくなったことから,関節窩-上腕骨頭間での回旋ストレスが軽減する可能性が示唆された。また通常投球では,重量のあるボールを使用する上,短時間に同程度の肩甲上腕関節での外旋運動を求められるため,上腕骨回旋ストレスが大きくなる可能性が考えられる。投球障害後のリハビリテーションにおいて,シャドーは肩甲胸郭関節や胸椎の動きが確保され障害部位への負担が少ない動作となることから,ボールを使った投球動作へ移行する前段階での練習方法として有用であると考える。
著者
田中 克宜 西上 智彦 壬生 彰 井上 ゆう子 余野 聡子 篠原 良和 田辺 曉人
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2016, 2017

<p>【はじめに,目的】</p><p></p><p>中枢性感作(Central Sensitization:CS)は,中枢神経系の過興奮による神経生理学的な状態を示し,慢性疼痛の病態の一つであることが示唆されている。CSは疼痛だけでなく,疲労や睡眠障害,不安,抑うつなどの身体症状を誘発することから,CSが関与する包括的な疾患概念として中枢性感作症候群(Central Sensitivity Syndrome:CSS)が提唱されている。近年,CSおよびCSSのスクリーニングツールとしてCentral Sensitization Inventory(CSI)が開発され,臨床的有用性が報告されている。CSIはCSSに共通する健康関連の症状を問うPart A(CSI score)および,CSSに特徴的な疾患の診断歴の有無を問うPart Bで構成される。我々はこれまでに言語的妥当性の担保された日本語版CSIを作成し,筋骨格系疼痛患者において,CSI scoreと疼痛や健康関連QOLとの関連を報告している。また,人工膝関節置換術前にCSI scoreが高いと3ヶ月後の予後が不良であることも報告されており,CSIが予後を予測するスクリーニング評価として有用であることが報告されている。しかし,保存療法において,CSIが治療効果を予測する評価であるかは不明である。今回,筋骨格系疼痛患者においてCSIを用い,理学療法介入前のCSと介入後の疼痛および健康関連QOLの関連について調査し,CSIがCSのスクリーニング評価として有用であるか検討した。</p><p></p><p></p><p>【方法】</p><p></p><p>外来受診患者を対象に介入前にCSI,Euro QOL 5 Dimension(EQ5D),Brief Pain Inventory(BPI)を評価した。その後,3ヶ月理学療法を継続した46名(男性17名,女性29名,平均年齢55.1±16.3歳,頚部8名,肩部7名,腰部19名,膝部6名,その他6名)を対象に,EQ5D,BPIを再評価した。介入は関節可動域練習,筋力増強運動,動作指導といった標準的な理学療法を行った。CSI scoreと3ヶ月後のEQ5D,BPI(下位項目:Pain intensity,Pain interferenceの平均点を使用)の関連をSpearmanの順位相関係数を用いて検討した。また,CSSに特徴的な疾患の診断歴の有無で2群(CSS群,no CSS群)に分け,3ヶ月後のEQ5D,BPIについてMann WhitneyのU検定を用いて比較検討した。統計学的有意水準は5%とした。</p><p></p><p></p><p>【結果】</p><p></p><p>CSI scoreの中央値は21.5点(範囲:3-48点)であった。CSI scoreと3ヶ月後のEQ5Dは有意な負の相関を認め(EQ5D:r=-0.332,p<0.05),BPIと有意な正の相関を認めた(Pain intensity:r=0.425,p<0.01;Pain interference:r=0.378,p<0.01)。また,CSS群(n=14)における3ヶ月後のEQ5Dはno CSS群(n=32)に比べて有意に低く,Pain interferenceは有意に高かった(p<0.01)。</p><p></p><p></p><p>【結論】</p><p></p><p>介入前のCSI scoreが3ヶ月後のEQ5D,BPIと有意な相関を認めたことから,CSIがスクリーニング評価として有用である可能性が示唆された。また,CSSに関連する疾患の診断歴もリスクとして考慮する必要性が示唆された。これらのことから,CSI scoreが高い症例に対して,早期からCSを考慮した治療戦略を実施する必要性が示唆された。</p>
著者
岡棟 亮二 宮下 浩二 谷 祐輔 太田 憲一郎 小山 太郎 松下 廉
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2016, 2017

<p>【はじめに,目的】</p><p></p><p>臨床において胸郭へのアプローチが肩関節機能の改善に奏功することは多い。実際,胸郭は肩複合体の構成要素であり,肩挙上に伴い胸郭の前後径,横径拡大が生じることが報告されている(花村ら1977)。しかし,その胸郭拡大が制限された際の肩関節運動の分析は十分になされていない。本研究の目的は,胸郭拡大制限が肩前方挙上運動に与える影響を三次元動作分析で明らかにすることである。</p><p></p><p>【方法】</p><p></p><p>対象は肩関節に疼痛のない男子大学生19名(20.0±1.3歳)とした。体表のランドマーク上に反射マーカを貼付した。その後,胸郭拡大制限の有無の2条件で立位両肩前方挙上運動を動画撮影した。胸郭拡大制限は,最大呼気状態の胸郭の肩甲骨下角直下と第12胸椎レベルに非伸縮性コットンテープを全周性に貼付するという方法で行った。撮影動画から動画解析ソフトにより各反射マーカの三次元座標値を得た後,宮下らの方法(2004)に準じて角度算出を行った。算出角度は肩屈曲角度(肩最大前方挙上時の体幹に対する上腕のなす角度),肩甲骨後傾角度,肩甲上腕関節(GH)屈曲角度とした。胸郭拡大制限の有無の2条件における各角度を,対応のあるt検定を用いて比較した。また,対象ごとに胸郭拡大制限の有無による肩甲骨後傾角度およびGH屈曲角度の増減を検討した。</p><p></p><p>【結果】</p><p></p><p>肩屈曲角度は制限なし148.9±16.3°,制限あり141.0±15.5°で有意差を認めた(p<0.01)。肩甲骨後傾角度は制限なし56.1±11.4°,制限あり53.3±11.6°で有意差を認めた(p<0.01)。GH屈曲角度は制限なし91.2±15.1°,制限あり89.7±14.5°で有意差はなかった(p=0.44)。対象ごとに胸郭拡大制限の有無による肩甲骨後傾角度およびGH屈曲角度の増減を検討すると,制限なしに比べ制限ありで(a)肩甲骨後傾角度が減少し,GH屈曲角度が増加(7例),(b)肩甲骨後傾角度が増加し,GH屈曲角度が減少(4例),(c)肩甲骨後傾角度,GH屈曲角度ともに減少(8例)の3パターンに分類された。</p><p></p><p>【結論】</p><p></p><p>肩甲骨の運動は胸郭の形状に影響を受けるといわれる。肩挙上時,胸郭には拡大運動が生じるため,胸郭の形状も変化すると考えられる。本研究においては,胸郭拡大制限により肩前方挙上に伴う胸郭の形状変化が妨げられたと推察される。その結果,肩甲骨運動が制限され,肩屈曲角度の減少につながったと考えた。しかし,肩甲骨,GHの動態を対象ごとに分析すると,胸郭拡大制限によりいずれかの動きを増加させ代償を行うパターン(a,b)と,いずれの動きも制限されるパターン(c)が存在し,その動態は対象により様々であった。肩関節障害発生の面から考えると,パターンaのような代償方法はGHへの負担を増加させるためリスクが高いことが推察される。不良姿勢,胸郭周囲筋群の作用,加齢による肋軟骨の骨化などにより胸郭拡大は制限されるが,その際の対象ごとの肩甲骨,GHの動態の違いが肩関節障害の発生リスクと関連する可能性がある。</p>