著者
飯島 弘貴 青山 朋樹 伊藤 明良 長井 桃子 山口 将希 太治野 純一 張 項凱 秋山 治彦 黒木 裕士
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】変形性膝関節症(OA)の病変の主体は関節軟骨であるが,加えて軟骨下骨の独立した変化を伴うと認識され,半月板切除後に予後不良でTKAに至った者の多くは軟骨下骨の骨折を伴っていたと報告されている。近年のOAモデル動物を使用した実験では,早期から軟骨下骨の変化が生じることで軟骨変性を助長する現象が明らかとなっている。したがって,早期からの軟骨下骨の変化を抑えることはOAの病態に対する理学療法戦略として重要である。OAモデル動物に対する緩徐なトレッドミル走行は軟骨の変性予防効果があることが報告されているが,軟骨下骨の変化を捉えた研究は存在しない。本研究ではOAを惹起する半月板不安定モデルラットを使用し,早期からの緩徐な走行運動は軟骨変性の予防効果だけでなく,軟骨下骨変化の予防効果もあると仮説を立て,病理組織学的に検証を行った。【方法】12週齢の雄性Wistar系ラットに対してOAモデル(内側半月板不安定モデル)を作成した。右膝関節にOA処置を行い,左膝関節に対しては偽手術を行った。作成したOAモデルラットを自然飼育のみ行う群(右膝:OA群,左膝:対照群)と緩徐な歩行を行う群(右膝:OA+運動群,左膝:運動群)の2群に無作為に分類した。運動条件は12m/分,30分/日,5日/週とし,飼育期間は術後1,2,4週間とした(各群n=5)。各飼育期間終了後に安楽死させ,両膝関節を摘出した後,軟骨下骨変化の評価としてmicro-CT撮影を行った。その後作成した組織切片に対して,HE染色による組織形態の観察と免疫組織化学的手法を用いてCol2-3/4c,MMP13,VEGFの発現分布の評価を行った。軟骨変性重症度の評価に関しては,膝関節前額断の内側脛骨軟骨を内側,中央,外側の3領域別に分類し,OARSI scoreを使用して軟骨変性の評価を行った。統計学的解析はstudent t検定及びANOVAを行い,ANOVAで有意差が見られた場合には多重比較としてTukeyの検定を行った。統計学的有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は所属施設動物実験の承認を得て実施した。【結果】OA群とOA+運動群の2群間でOARSI scoreを比較すると,1,2週時点では有意差は見られなかったが,4週時点では中央,外側領域においてOA+運動群で有意に軟骨変性重症度が小さかった(中央:4wOA群;16.1±1.5,4wOA+運動群;10.3±3.3,外側:4wOA群;6.6±1.8,4wOA+運動群;3.3±0.7)(<i>P</i><0.01)。OA群,OA+運動群は1,2,4週のいずれの時点でも対照群,運動群よりも有意に軟骨変性重症度が高かった(<i>P</i><0.01)。II型コラーゲンの断片化を検出するcol2-3/4cはOA群と比較してOA+運動群で陽性領域が小さかった。micro-CT上で軟骨下骨を観察すると,1週時点からOA群では主荷重部である中央領域に骨欠損が観察され,時間依存的に骨欠損の大きさが増大していったが,OA群とOA+運動群で骨欠損の大きさに明らかな差は認めなかった。HE所見では軟骨変性が重症である領域と骨欠損領域が一致し,骨欠損領域は骨髄中に含まれる血球系の細胞とは異なる線維軟骨様の組織で埋め尽くされており,VEGFやMMP13の陽性所見が確認された。全ての結果に関して,対照群と運動群では明らかな差異を認めなかった(<i>P</i>>0.05)。【考察】OAモデルラットに対する緩徐な走行運動は軟骨変性の予防効果は示したが,軟骨下骨の変化を抑性することはできず,仮説は棄却された。軟骨下骨骨折領域の細胞には血管性の因子であるVEGFや軟骨破壊因子であるMMP13の発現が確認されたことから,軟骨の変性は軟骨下骨骨折によって助長されうるが,運動療法が軟骨変性予防効果を示した背景として,軟骨下骨変化以外の軟骨破壊プロセスを抑性したことが考えられる。本研究で用いた運動条件はラットの生理的な歩行速度であり,より高い運動強度を用いた実験では軟骨破壊を促進することを我々は過去に報告したことを踏まえると(Yamaguchi S, Iijima H, et al 2013),軟骨の破壊プロセスを生物学的に抑性するためには運動強度や量に注意を払う必要があることも示された。【理学療法学研究としての意義】軟骨下骨の骨折は半月板切除後早期から主荷重領域に生じるが,緩徐な走行運動を早期から行っても軟骨下骨の骨折を悪化させることなく軟骨変性を予防する効果があり,OAの進行予防に対して理学療法が有効であることを示唆するものである。
著者
山口 将希 井上 大輔 黒木 裕士 伊藤 明良 長井 桃子 張 項凱 飯島 弘貴 太治野 純一 青山 朋樹 秋山 治彦 広瀬 太希
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100827, 2013

【はじめに、目的】変形性関節症(OA)は、加齢や遺伝的要因、外傷、メカニカルストレスなど様々な要因によって発症する疾患であることが知られている。関節軟骨に慢性的な過荷重などの過剰なメカニカルストレスが加わることにより炎症性のサイトカインの上昇や炎症に関連するNF-κBのシグナル経路が活性化し、その下流にある分子のMMP13 やVEGF が関節軟骨の破壊を招くことが近年報告されている。寒冷刺激は炎症抑制効果のある物理刺激として、炎症性疾患やスポーツ外傷などの急性期、あるいは運動後の関節等に対して用いられている。関節軟骨に対する寒冷刺激の効果、とくに膝OA の関節軟骨に対する効果はほとんど報告されていない。これまでに損傷した神経や肺疾患において寒冷刺激をするとNF-κBを抑制する効果があることが報告されていることから、関節軟骨においても寒冷刺激によってNF-κBを抑制し、その結果、OA進行を遅らせる効果があると考えられる。そこで本研究はOAモデルラットに対して寒冷刺激を行い、その影響を組織学的に評価することを目的としている。【方法】対象は9 週齢のWistar 系雄ラット2 匹、平均体重229.5gを対象とし、両後肢に対してネンブタール腹腔内麻酔下にて前十字靭帯、内側側副靭帯、内側半月板の切離を行い、OA モデルとした。それぞれのラットに対し、術後一週後より、右後肢に対してのみ寒冷刺激を加えた。寒冷の刺激条件は0 〜1.5℃、10 分間/日、3 回/週の条件で冷水槽にて吸口麻酔下で寒冷刺激を加えた。術後3 週飼育、寒冷刺激9 回の後、ラットをネンブタール腹腔内麻酔致死量投与により安楽死させ、両側後肢膝関節を摘出し、4%パラホルムアルデヒドにて組織固定を行なった。固定後、PBSにて置換した後、EDTA 中性脱灰処理した。脱灰後、パラフィン包埋処置を行い、包埋したサンプルをミクロトームにて6㎛切片に薄切した。組織観察は薄切した切片をトルイジンブルーおよびHE 染色にて染色し、OARSI (Osteoarthritis Research Society International)のGrade、Stage およびScoreを用いて光学顕微鏡下で膝関節軟骨の組織評価を行った。正常ではOARSIのGrade、Stage、Scoreはいずれも0 となる。加えてII型コラーゲン免疫組織化学染色(col2 免疫染色)にて形態観察を行った。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は所属大学動物実験委員会の承認を得て実施した。【結果】寒冷側はGrade; 4.8 ± 0.30、Stage; 4 ± 0.0、Score; 19 ± 1.0 となり、組織画像上では大腿骨内側部に中間層にまで軟骨の欠損が見られた。非寒冷側ではGrade; 3.5 ± 1.00、Stage; 4 ± 0.0、Score; 14 ± 4.0 となり、組織画像において軟骨表面の連続性が消失した個体と中間層までの軟骨が欠損した個体が見られた。非寒冷側に比べて寒冷側ではOAの悪化が見られた。しかしcol2 免疫染色画像での形態観察では、非寒冷群に比べて寒冷群において強いcol2 染色の発現が見られた。【考察】術後1 週後という、手術侵襲による炎症症状が治まった後の寒冷刺激は、むしろ軟骨損傷の進行を招く恐れがあることが示唆された。しかし本結果は関節軟骨の主要な構成成分であるll型コラーゲンの破壊は抑制されることを示していた。つまり寒冷刺激により助長された軟骨損傷の進行は、ll型コラーゲンの破壊以外の要因によるものであると考えられる。【理学療法学研究としての意義】炎症抑制効果のある寒冷による物理刺激でも、変形性関節症の関節軟骨に対しては必ずしも良好な効果をもたらすわけではないことが示唆された。今回はOAに対する寒冷刺激単独の効果を検証したが、今後、運動刺激との併用により炎症症状が強まった状態やより急性期の関節軟骨においてはどのように影響するか調べることが必要だと考える。
著者
関屋 曻 山崎 弘嗣
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2007, pp.A0870, 2008

【目的】車椅子ウィリーのスキルは、身体障害を持つ患者、特に脊髄損傷による対麻痺患者のための重要なスキルの一つである。その重要性にもかかわらず、このスキルに関する基礎的な研究は極めて少ない。McInnes(2000)は、静止ウィリーのための視覚の重要性を示し、Bonarparte(2001)はproactive strategyが静止ウイリーの遂行のために使われていることを示唆した。これらの研究は圧中心をメジャーとしたものであるが、このスキルの理解のためには、他の運動学的パラメータが適切である可能性がある。そこで、本研究では、車椅子ウイリー動作の生体力学的計測を行い、その遂行メカニズムを明らかにし、このスキルを評価するための適切なパラメータを選定することを目的とした。<BR>【方法】 この研究は昭和大学保健医療学部倫理委員会の承認を得て実施された(承認番号12)。10人の健常女子学生(平均年齢20.9(sd=1.8))を対象とし、この研究に関する十分な説明の後に同意を得た。全ての被験者は、2分間の静止ウイリー技能を既に獲得していた。運動課題は、標準型車椅子に乗り、90×120cmの枠の中(60×90cmの床反力計2枚)で、1分間の静止ウイリーを遂行することであった。被験者の身体と車椅子に反射マーカーを貼り付け、3次元動作解析装置VICON370システム(Oxford Metrics)でキネマティクスを、床反力計(Kisler)で床反力を計測した。得られたデータから、定常状態と判断された20秒間のデータについて解析を行った。計測パラメータとして、床反力前後分力(F)、圧中心(COP)、車椅子車軸位置(D)、車椅子傾斜角(Ang)、傾斜角速度(Vel)、傾斜角加速度(Acc)、重心位置(COG)を用いた。<BR>【結果】全ての被験者が、指定された範囲の中で静止ウイリーをすることができた。COPはCOGおよびDとともに前後に大きく変位し、その中で、COPとDは同様の動きを示した。COP位置は、COG位置との関係では、COGを中心として前後に周期的に動いたが、COP位置そのものとAngとの関係は時間とともに弱くなった。COP、COGおよびAngの関係では、車椅子が後方傾斜するときにCOPはCOGの前方に、前方傾斜のときには後方に動いた。この動きはバランスの回復ではなく、逆に転倒に働く動きであった。AngとFの関係は、車椅子が前方に傾斜する場合にはFが前方で、車椅子が後方傾斜のときにはFが後方であり、両者は強い関連を示した。<BR>【考察】以上の結果より、COPは車椅子ウイリーのバランス制御を詳細に理解するための適切なパラメータではないと考えられた。一方、床反力前後成分は、車椅子傾斜と強い関連を示し、また、バランスの回復を示す向きに働くものであり、より適切なパラメータであることが示唆された。
著者
西 亮介 野中 一誠 中澤 里沙
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.46, pp.H2-153_1-H2-153_1, 2019

<p>【はじめに、目的】投球肩・肘障害の要因の1つに不良な投球フォームが挙げられる.臨床上行われる,投球動作分析の多くは1回の動作を評価対象とし,高速な運動である投球動作において不十分であると考えられる.また,Early-Cockingは意識下の運動,Accelerationは無意識の運動とされており,上肢運動の速度も異なる.そのため,動作分析の対象となる相によって動作分析の測定回数を変更する必要があると考えられる.そこで本研究は,三次元動作解析装置を用いてFoot-Plant(以下,FP)・Maximum-External-Rotation(以下,MER)・Ball-Release(以下,BR)の3時点における肩・肘関節角度の再現性を求め,測定値の十分な信頼性を得るために必要な測定回数を検討した.</p><p>【方法】過去3ヶ月以内に投球に支障をきたす外傷・障害の既往がないオーバースローもしくはスリークォータースローの甲子園出場レベルの健常高校野球投手9名を対象とした.動作解析には三次元動作解析装置(アニマ社製 ローカス3DMA-3000)および床反力計(アニマ社製 MG-1060)を使用した.対象者の全身のランドマークに反射マーカーを貼付した.動作課題はセットポジションから4m先のネットに向け直球の全力投球3回とした.貼付した反射マーカーを基にFP・MER・BRの3時点の肩・肘関節の関節角度(肩関節外転・肩関節水平内外転・肩関節内外旋・肘関節屈曲)を算出した.信頼性の指標には級内相関係数(Intraclass Correlation Coefficient;以下,ICC)を使用し,ICC(1,1)を算出した.Spearman-Brownの公式よりICC(1,k)が0.9以上になるkの値を求めた.また,各相の各関節角度の変動係数(Coefficient of Variation;以下,CV)を算出した.なお,統計処理にはIBM SPSS statistics Ver.23.0 for Macを用いた.</p><p>【結果】ICC(1,1)は概ね0.9以上であった.しかし,FP時の肩関節外転に関してはICC(1,1)が0.79であった.Spearman-Brownの公式を用いたkの値はFPで3,MERで2,BRで2となった.また,MERおよびBR時の各関節角度のCVは0〜15%以内であったがFP時の肩関節外転に関しては最大で25%を示した.</p><p>【結論(考察も含む)】投手の投球動作の肩・肘関節角度は必ずしも一定していないことが明らかになった.特にFPはMERやBRと比較して上肢運動の速度は遅いにも関わらずCVが大きく,信頼性が低い傾向を示した.その要因の1つに意識下の運動であることが挙げられる.意識下の運動は自分自身でコントロールすることになるため,動作にばらつきが生じたと考えられる.臨床上,FPに着目することが多く見受けられるが,1回の動作分析では不十分であると考えられる.本研究の結果から臨床上の投球動作における動作分析は解析したい相によっては2〜3回の動作分析評価を行う必要性が示唆された.また,本来の投手板からホームベースまでの18.44mと比較し本研究における投球距離は4mと短い.そのため,今後は,投球距離別の信頼性を検討することが必要である.</p><p>【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,東前橋整形外科倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:2017-04).また,すべての対象者には,ヘルシンキ宣言に従い,本研究の目的,方法,利益,リスクなどを口答および文書で説明し同意を得た.同意は本人とともに保護者もしくは保護者と同等のもののサインをもって研究参加を同意したものと判断した.なお,同意の撤回は,いつでもできることを口答および文書で説明した.</p>
著者
島谷 康司 沖 貞明 大塚 彰 関矢 寛史 金井 秀作 長谷川 正哉 田坂 厚志 前岡 美帆 遠藤 竜治 星本 諭 小野 武也
出版者
公益社団法人日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.2007, pp.B1154, 2008

【目的】理学療法臨床場面においてジャングルジムなどの遊具をくぐる時に身体をぶつけることが観察されるが,軽度発達障害児が健常児と比較してどの部位をどのくらい多くぶつけるのかについて実証した報告は見当たらない.そこで今回,軽度発達障害児は健常児と比較して遊具などに身体がぶつかることがあるのかどうかを量的・質的に検証することを目的にくぐり動作を用いて実証実験を行った.<BR>【対象】 対象は健常幼児9名(男児3名,女児6名),軽度発達障害と診断されている幼児9名(男児6名,女児3名)であった.年齢は健常児・軽度発達障害児ともに6歳前半が2名,5歳後半が7名であった.なお,本研究は本大学の倫理委員会の承認を得た後,研究協力施設と被験児の保護者に研究内容を説明し,同意を得たうえで実施した.<BR>【方法】実験環境の設定は 7種類の遊具と高さの異なる6つのバーを設置した.また,遊具とバーの距離は約1mになるように一定に配置した.6種類のバーは各被験児の頭頂・肩峰・胸骨剣状突起・上前腸骨棘・膝蓋骨上縁に設定した.実験はスタート位置から7種類の遊具と6種類のバーを往復させ,「教示をしない(以下,教示なし条件)」,「ぶつからないようにバーをくぐること(以下,ぶつからない条件)」,「ぶつからないようにバーをくぐり,ゴールに速く帰ってくること(以下,ぶつからない+速く条件)」の3条件を各1試行実施した.検証は3台のビデオカメラを用いてくぐり動作を記録し,身体の一部が接触したバーの種類(6種)とその接触回数,接触した身体部位を抽出した.バーに接触した身体部位分けは頭部・肩甲帯・腰部・臀部・下肢の5箇所とした.なお,1種類のバーのくぐり動作で身体部位が2箇所以上接触した場合はその総数を記録した.<BR>統計学的処理については,各条件の比較は一元配置分散分析およびSceheffeの多重比較,軽度発達障害児と健常児間の比較はt-検定(Welchの検定)を用いた.なお,有意水準は5%とした.<BR>【結果】各条件ごとに接触回数を軽度発達障害児と健常児で比較すると,教示なし条件については有意差が認められた(p<0.05).また,身体が接触したバーの高さを比較すると,膝高の間には有意差が認められた(p<0.05).<BR>【考察】くぐり動作において教示しなければ軽度発達障害児は健常児と比較してバーに接触する回数が有意に多いということが実証され,普段遊具で遊ぶ時には健常児に比べて身体をぶつけることが多いという臨床上の観察と一致した.軽度発達障害児が接触するバーの高さは膝高が多く,身体部位は教示がない条件下では下肢,ぶつからないようにしかも速くという条件下では腰部・臀部をぶつけることが多かった.これらの原因として注意機能,知覚や運動能力,自己身体像の問題が考えられたため,今後検証していく予定としている.
著者
中宿 伸哉 林 典雄 赤羽根 良和 山崎 雅美 吉田 徹
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.C0982, 2005

【はじめに】梨状筋症候群とは、梨状筋をはじめとする股関節外旋筋と坐骨神経との間で生じる絞扼性神経障害である。殿部痛と共に坐骨神経症状を呈するため、腰部椎間板ヘルニアと混同されやすい。一部には仙腸関節炎や椎間関節障害を基盤に発症するとの報告はあるものの、その発症機転を含めてまとまった報告はない。我々は、当院で扱った梨状筋症候群の初診時理学所見を検討し、その発症機転についてタイプ分類を試みたので報告する。<BR>【対象】平成14年4月から平成16年9月まで当院を受診し、最後までfollow upが可能であった86例87肢、右側40肢、左側47肢、男性34名、女性52名、平均年齢55.6±15.1歳を対象とした。なお、来院までの期間は平均10.7週であり、明らかな股関節疾患、梨状筋ブロックにて疼痛の消失が得られた症例は除外した。<BR>【理学所見】殿部痛があるものは86肢、下肢痛があるものは60肢、腰痛があるものは30肢であった。平均SLRは、68.6°、内旋SLRに伴う疼痛の増強は56肢に認められた。圧痛は梨状筋に83肢、双子筋に30肢、大腿方形筋に20肢、多裂筋に41肢、仙腸関節に68肢認められた。Freiberg testは75肢に陽性で、骨盤固定下では14肢に疼痛の軽減を認めた。Patric testは27肢に陽性で、骨盤固定下では全例に疼痛の軽減ないし消失を認めた。<BR>【考察】我々は梨状筋症候群の発症機転について、大きく3つに分類した。1つ目は仙腸関節由来の梨状筋症候群である。仙腸関節における圧痛を約8割に認めた。仲川らによると、仙腸関節の前方はL4・L5・S1神経前枝が支配し、後方はL5・S1・S2神経後枝外側枝が支配すると述べている。仙腸関節に生じた何らかの侵害刺激は、L5・S1・S2に支配される梨状筋、双子筋、大腿方形筋に反射性攣縮を生じさせたと推察した。また、同時に同神経により支配される仙腸関節を支持する多裂筋の反射性攣縮の増強は、仙腸関節自体の感受性を高め、一層梨状筋の反射サイクルを助長していると考えられた。梨状筋症候群の大部分はこのタイプに区分されると考えられる。2つ目は椎間関節由来の梨状筋症候群である。椎間関節は脊髄神経後枝内側枝に支配される。内側枝の第1枝は、隣接する椎間関節包の下部を支配する。第2枝は多裂筋を支配し、第3枝は、1つ下位の椎間関節包上部を支配する。L5・S1の椎間関節に生じた何らかの侵害刺激はL5内側枝を介して、外旋筋群に反射性攣縮を生じさせたと推察した。また、同神経に支配される多裂筋にも反射性攣縮が生じたと思われた。腰椎の合併例で、かつ仙腸関節の圧痛がないものは、このタイプが多いと推察した。<BR> 3つ目は梨状筋単独の梨状筋症候群である。この場合、ブロック注射もしくは梨状筋のリラクゼーションのみで疼痛が消失すると考える。
著者
吉木 健悟 田沼 昭次 梶 誠兒
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101165, 2013

【はじめに、目的】Bickerstaff型脳幹脳炎(以下BBE)は脳幹を首座とした炎症性自己免疫疾患であるが、詳細は不明である。意識障害、眼筋麻痺、小脳性運動失調を伴うことが特徴的で、4週間以内に極期に達し、一過性の経過を示す。ほとんど後遺症を残さず寛解する一方で、複視、歩行障害などの後遺症を残すこともあり、合併症により致死的となることもある。また、本疾患に対するリハビリテーションに関連した報告は非常に少ない。今回BBEと診断され、経過中に状態変化、挿管し、その後歩行困難となったが、約2ヵ月で寛解した症例を経験したので報告する。【症例紹介】特筆すべき既往のない22歳男性の大学生。約1週間の発熱の先行の後、間四肢末梢に筋力低下、しびれが出現し、当院入院。入院当初、脳画像上に特筆すべき異常は認められず、血清抗GT1a-IgM陽性であった。神経所見としては眼球運動障害、意識障害、全身の小脳性運動失調を認めた。入院日を1病日とし、3病日BBEと診断。3病日よりIVIg療法開始し、4病日理学療法処方。入院後徐々に四肢筋緊張、腱反射の亢進が出現。6病日、胸部CTで左肺底部湿潤影を認め、肺炎疑いで抗生剤治療開始。7病日IVIg療法終了。同日痙攣、発熱、呼吸状態の変容から気管挿管。【倫理的配慮、説明と同意】報告の趣旨を本人に報告し同意を得た。【経過】5病日理学療法初診時JCSⅢ桁であり、肺炎疑いで発熱が見られ、全身状態不良。四肢は除皮質硬直肢位を呈し、反射亢進し、著明な痙性が認められた。病態の予後予測が困難であり、臥床が長期に渡る可能性も考慮し、四肢関節拘縮、呼吸器合併症予防を目的に介入開始。5病日以降、発熱は改善したが、痙攣と意識障害が持続していた。16病日から意識状態の改善が見られ始め、JCSⅡ桁となった。18病日より離床開始し、意識状態に合わせて四肢体幹筋力強化練習、協調動作練習、深部感覚練習を開始した。21病日、意識はJCSI-1に改善。呼吸状態も安定し抜管。検査所見に特筆すべき異常は無かった。神経所見としては眼球運動障害、四肢腱反射亢進、上肢筋緊張軽度亢進、四肢深部感覚障害が認められた。筋力は四肢体幹MMT2~3、さらに四肢体幹の協調運動障害あり。これにより動作時の動揺が強く、起居動作に重介助を要した。26病日から平行棒内歩行練習開始し、31病日には筋力はほぼ回復したが、動揺の為立位保持は困難であった。また、歩行はサークル型歩行車使用し軽介助、その他日常生活動作が見守り以上で可能となった。その後、残存している深部感覚障害、協調動作障害に重点的に介入した結果、動揺軽減し37病日屋内無杖歩行自立、院内日常生活動作全自立し、39病日に退院となる。退院時の神経学的所見としては眼球運動障害軽度残存、四肢腱反射軽度亢進、四肢筋緊張正常であり、四肢体幹の協調運動障害は軽度残存した。しかし72病日には上記症状はほぼ寛解し、ランニング動作を再獲得するまでに至った。【考察】症例は極期には高度の意識障害、呼吸障害を呈し、離床開始後も協調運動障害により重介助を要する状態であったが、39病日にはADL動作が全て自立しての退院となった。BBEの予後として、約半数以上が6ヵ月以内に後遺症なく寛解するとの報告があるが、約4割は後遺症として歩行障害を認めるとの報告がある。さらに呼吸管理が必要となる症例は約2割との報告もある。本症例では極期に呼吸管理に加え、肺炎を合併し、予断を許さない時期もあった。しかし最終的に約2ヵ月で後遺症無く寛解し、報告と比較して標準的な期間での退院、寛解となった。理学療法介入としては、極期の医学的管理を主体とした治療の中で、全身状態の維持、改善、合併症の予防に貢献できたと考える。また、意識障害改善後、協調運動障害により動作に介助を要する状態であったが、約2週間でADL動作が全て自立となるまで回復した。この間、眼球運動障害等の神経症状の回復も見られた。これに加えて深部感覚練習、協調動作練習により介入前後で即時的に改善が見られ、これら理学療法の関わりが、動作能力向上を円滑にしたと考える。【理学療法学研究としての意義】BBEに対する急性期からの積極的理学療法介入が、回復を円滑化する事が示唆された。また、理学療法に関する報告の少ない本疾患に対する理学療法介入の有意性が示唆された。
著者
中馬 啓介 山下 導人 牛ノ濱 政喜 中道 将治 大迫 信哉 尾辻 栄太 小城 琢朗
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2006, pp.C0973, 2007

【目的】<BR> 腰部脊柱管狭窄症(以下LCS)で馬尾性間欠性跛行、下肢痛、腰痛、痺れ等の症状を呈し、筋力低下による下垂足を認めることもある。今回、LCSにおける下垂足の予後について検討したので報告する。<BR><BR>【対象】<BR> 下垂足を呈し当院でLCSと診断され手術を行った16例(男性6例、女性10例)を対象とした。手術時年齢66~78歳で平均70.8歳、下垂足発症から手術までの罹患期間1~36ヶ月、平均11.5ヶ月、術後観察期間は5~56ヶ月であった。狭窄部位が2椎間であった例は11例、3椎間であった例は5例であった。<BR><BR>【方法】<BR> 対象を下垂足改善例(以下、良好群)8例、下垂足不変例(以下、不良群)8例に分類した。X-P側面の造影像における狭窄部硬膜管と椎体高位硬膜管に対する比(profile of dural tube:以下D-T比)、MRI水平断像におけるlateral recessの前後径(以下A-P径)、罹患期間について両群を有意水準5%にて統計学的に比較検討した。なお良好群は抗重力位で足関節背屈10°以上可能な症例とした。<BR><BR>【結果】<BR> ・D-T比:(良好群・不良群)<BR> L3/4(0.45±0.1・0.34±0.1) L4/5(0.29±0.03・0.26±0.03)<BR> L5/S1(0.28±0.1・0.26±0.1) すべてにおいて有意差なし<BR> <BR> ・A-P径:[mm](良好群・不良群)<BR> L3/4(2.4±0.3・2.2±0.1) L4/5(2.2±0.1・2.0±0.02) <BR> L5/S1(2.0±0.2・1.8±0.1) すべてにおいて有意差なし<BR> <BR> ・罹患期間 [月]:良好群2.9±1.2 不良群18.9±9.6 有意差あり<BR><BR><BR>【考察】<BR> D-T比・A-P径では両群間に有意差は見られなかったが、不良群は良好郡に比べ狭小化している傾向が見られた。狭窄部位がL3/4~L5/S1の3椎間のものは全て不良群であった。腰椎疾患における下垂足発生に関して中村らはL4、L5神経根障害を、谷らはL5神経根障害と馬尾障害、あるいは複数根の障害の合併をあげている。腰神経叢の運動支配に関してMuCullochはL5神経根は前脛骨筋、長母趾伸筋、長趾伸筋を支配するが、足関節の背屈はL4、母趾の背屈はS1神経根の支配も受けると報告している。以上より下垂足はL5神経根を中心にL4、またはS1神経根、馬尾障害が合併して発症すると考えられる。A-P径また、不良群4例、良好郡2例に膀胱直腸障害を呈しており、強度の馬尾の圧迫が予後に関与していると考えられる。罹患期間は、良好群平均2.9±1.2であり、下垂足を呈した場合は早期に手術療法を検討するべきである。<BR><BR>【まとめ】<BR> 1.下垂足を呈したLCS術後の予後について検討した。<BR> 2.下垂足の予後に関する因子として神経根、馬尾の圧迫の強度、罹患期<BR> 間、膀胱直腸障害の有無が考えられる。<BR> 3.下垂足を呈した場合は早期に手術療法を行うべきである。<BR>
著者
新開谷 深 山本 敬三
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】ゴルフやスノーボード等のスポーツにおいて,両足間の距離(以下スタンス幅)や両足の開き具合(以下スタンスアングル)は重要な因子である。これら脚の位置(以下スタンス)は現場では経験的に指導されている。下肢の関節角度と体幹の関連を調べているものは少ない。目的は,スタンス幅・スタンスアングルが,体幹の可動域や荷重にどの様な影響を及ぼすのか明らかにするものである。【方法】対象は健常男性11名,平均年齢は21.5±1.7歳,平均身長は171.3±6.5cm,平均体重は65.4±9.1kgだった。運動課題は,立位で膝股関節が屈曲しないように体幹を最大左右回旋させた。立位の設定は,スタンス幅を42cmと52cmとした。スタンスアングルは踵の中心と第2趾を結ぶ線と前額軸とのなす角度を用い5パターン設定した。まず,STANCER(ジャイロテクノロジー株式会社)で,スタンス幅42cm・52cm各々の下肢の最大内外旋角度の平均値を求め,これをセンター角とし,それに15°,30°を加減したものを設定角とした。条件名は-30°,-15°,0°,+15°,+30°とした。計測には赤外線カメラ12台を含む光学式モーションキャプチャ(MAC3D,Motion Analysis社),床反力計(BP6001200,AMTI社)を使用した。サンプリング周波数は,床反力は1kHz,モーションキャプチャは100Hzとした。反射マーカーは以下の様に貼付した。脊柱の第1・第4・第7胸椎,第1腰椎の棘突起を頂点とする三角形に3つずつ貼付し各々に局所座標系を設定した。他,両肩峰,骨盤以下はヘレンヘイズマーカーセットに準じ両側に貼付した。計測時はスタンスを自由に設定できる自作の器具で足部を固定した。計測データの分析ではVisual3D(C-Motion社)を用いた。分析パラメーターは,床反力,体幹(T1,T4,T7,L1)・骨盤角度とした。なお,体幹・骨盤角度については,グローバル座標系に対して算出した。左右の荷重は左右床反力の垂直成分にて対称性指数(Symmetry Index;SI,左右差を左右の平均値で除した値)を算出した。統計処理では,体幹・骨盤の回旋可動域の条件間の比較をするためにANOVA後,多重比較を行った。【結果】骨盤と体幹の回旋可動域はスタンス幅42cmにおいてスタンスアングル0°が-30°より有意に大きかった。スタンス幅の違いによる効果は認められなかった。荷重のSIはスタンスアングルが大きくなるに従い回旋側に荷重が増えており,+30°は-30°より有意に大きかった。【結論】スタンスアングルの違いにより,体幹の可動域が変化する可能性が示唆された。スタンスアングルがセンター角付近であると体幹の回旋可動域が大きくなっていた。スタンスアングルを大きくすると体幹の回旋可動域は減少するが,回旋側の荷重量が増える。荷重を重視するのか,回旋可動域を重視するのか,運動の特性に合わせスタンスアングルを設定することで,外傷の予防やパフォーマンス向上につなげられると考えられる。
著者
石塚 達也 西田 直弥 仲保 徹
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.H4P3248, 2010

【目的】<BR> 呼吸筋は呼吸機能を維持するだけではなく、姿勢制御に作用するとされている。臨床では姿勢制御機構が破綻している呼吸器疾患患者が多く観察される。姿勢制御と呼吸機能との関係を裏付ける明確な研究は少なく、筋機能からの推察が主となっている。その中で内山らは、足圧中心点(COP)の動揺と呼吸との関係を検討し、両者には相関があるとしている。このことからCOPを制御することにより良好な呼吸運動が可能になると考えた。人の姿勢制御戦略の中で、静止立位時に一般的に使われているのは足関節戦略である。足関節戦略は、主として足関節を中心とした身体運動を介して身体重心を安定した位置に維持する戦略である。このことに着目し、呼吸運動と足関節底背屈運動を主としたバランス訓練を併用し、胸郭運動に与える影響を検討した。<BR>【方法】<BR> 対象は,健常成人男性14名(平均年齢22.9±3.0歳、平均身長170.7±6.5cm、平均体重62.5±7.2kg)とした。呼吸運動は3次元動作解析装置Vicon MX(Vicon Motion Systems社)を用い、体表に貼付した赤外線反射マーカーから胸郭運動を計測した。赤外線反射マーカーを剣状突起高周径上に6箇所貼付し、前後径および周径を算出したのち安静呼気-最大吸気の胸郭拡張量を計測パラメータとした。呼吸相を把握するために、呼気ガス分析器AS-300S(ミナト医科学社)を用い呼吸量変化の計測を行った。COPは床反力計(AMTI社)を用い、対象者の踵を基準とした安静呼気時の前後方向位置を算出した。得られた値は、対象者の足長で正規化し、足長に対する割合で3群(前方群、中間群、後方群)に分類を行った。前方群はCOPの位置が足長の50%より前方にある群、中間群は足長の40%から50%に位置する群、後方群は40%未満に位置する群とした。各対象者に対して、安静時のCOP位置および胸郭拡張量を計測したのち、DYJOC BOARDを用いたバランス訓練を行った。バランス訓練は、足関節底背屈運動と呼吸運動を同期して行い、足関節底屈-吸気/足関節背屈-呼気の組み合わせとした。バランス訓練後のCOP位置および胸郭拡張量を計測し、訓練前後の比較を行った。<BR>【説明と同意】<BR> 計測を行うにあたり、各対象者に対して本研究内容の趣旨を十分に説明し、本人の承諾を得た後、同意書に署名した上で計測を実施した。<BR>【結果】<BR> COPの位置変化をみると、前方群は訓練前平均55.1±2.8%、訓練後55.1±2.9%となった。中間群では、訓練前43.7±2.6%、訓練後47.2±4.3%となった。後方群では、訓練前38.8±1.1%、訓練後45.4±3.0%となった。<BR> また胸郭拡張量は、前方群では前後径が19.7±4.4mm、周径が54.8±12.6mmであり、訓練後前後径が17.9±3.1mm、周径が50.9±14.2 mmと減少した。中間群では前後径が16.6±4.1mm、周径が50.9±9.8mmであり、訓練後前後径が16.3±5.4mm、周径が51.8±9.7 mmとほとんど変化しなかった。後方群では前後径が18.3±5.1mm、周径が45.0±5.2mmであり、訓練後前後径が21.3±5.2mm、周径が48.6±2.1 mmと増加した。<BR>【考察】<BR> 今回の研究で、足長に対する踵からのCOPの位置は中間群と後方群で訓練施行後にCOPの前方化を図ることができた。特に後方群ではそれに伴い胸郭拡張量も増加しており、足関節戦略を学習したことにより安静立位がより安定し呼吸筋による姿勢筋活動から解放されたことが考えられる。そのことにより呼吸筋が呼吸のための筋として活動する機能が高まったことが考えられる。臨床において、自然立位で後方重心となっている例は胸椎の後弯が増強していることが多く、胸郭は呼気位にあることが多い。胸郭拡張量の増加については、COPの前方化と吸気を同期して行うことで、胸郭が呼気位から吸気位へ移行したとも考えられる。胸郭の吸気位への移行は胸椎伸展方向への動きも伴い、後方重心の解消、COPの前方化に繋がったものと考える。すなわち、COPの位置と胸郭拡張差は相互的に作用している可能性が考えられた。<BR> また、前方群は骨盤前方化により姿勢を保持している印象が強く、訓練時に股関節戦略により対応していたことが考えられた。訓練時に股関節、腰椎での代償が大きく胸郭の拡張を得ることができなかったものと推測される。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 本研究より特に後方重心の症例に対して足関節戦略を用いたCOP制御が呼吸筋の姿勢筋活動の解放を促し、胸郭拡張量を増加させる可能性があることが考えられた。今後は安静時姿勢のアライメントなども考慮し、どのような姿勢制御で訓練を行うかということも加味しながら追跡調査をしていきたい。
著者
村神 瑠美 倉山 太一 後藤 悠人 谷 康弘 田所 祐介 西井 淳 近藤 国嗣 大高 洋平
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】中枢神経系は複雑な歩行制御を,速度に依らない特定のシナジーを用いて簡易化し,恒常的な制御を行うとされている。Ivanenko(2006)らは健常成人の32個の下肢・体幹・肩の歩行筋活動パターンの90%以上が,わずか5つの因子で説明でき,さらにその因子は一定の速度範囲において不変であると報告した。しかし一方で,極端に遅い速度域で健常者が歩行した場合,歩幅や歩行率などの変動性が増大することから,極低速域では恒常的な歩行制御が成立しない可能性がある。脳卒中患者ではそのような低速度域で歩行している場合も多く,歩行介入を考えた場合,極低速域における歩行制御に関する知見は重要な意味を持つと考えられる。そこで本研究では極低速域における歩行制御を筋活動の側面から明らかにすることを目的に,健常者を対象として通常速度域から極低速域における筋電解析,運動学的解析を行った。【方法】対象は健常成人男性20名(26.8±4.53[歳],体重64±8[kg],身長1.72±4.31[m])とした。計測課題は10,20,40,60,80,100[m/min]の6条件でのトレッドミル歩行を擬ランダムな順序で実施した。表面筋電計(Trigno,DELSYS)にて,歩行中の体幹・下肢16筋(外腹斜筋,腹直筋,大腿直筋,外側広筋,長腓骨筋,前脛骨筋,ヒラメ筋,腓腹筋外側頭,半腱様筋,大腿二頭筋,脊柱起立筋,中殿筋,大殿筋,大腿筋膜張筋,縫工筋,長内転筋)を測定した。運動学的指標として歩幅,歩行率などを三次元動作解析装置(Optotrak,NDI)を用いて計測した。筋電解析は,最初に各速度における各筋の表面筋電図について,1歩行周期で正規化し,20歩行周期分の加算波形を作成した。続いて,被験者ごとに得られた16筋の加算波形に対して速度ごとに主成分分析を行い,固有値0.5以上の主成分波形を抽出した。更に速度60[m/min]の主成分波形と,その他の速度の主成分波形の間で相関係数を算出,正規化(Fisher-Z変換)した数値を各波形の類似度とした。運動学的解析については,歩行比(歩幅/歩行率)を算出した。統計は,主成分波形の類似度,及び歩行比について,速度を因子とした一元配置分散分析を実施し,有意差が得られた場合に下位検定として各速度間での多重比較(paired-t検定)を実施した。有意水準は5%とした。解析および統計にはMatlab 2012aならびにSPSS 19.0を用いた。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は当院倫理委員会にて承認され,全対象者に内容を説明後,書面にて同意を得た。【結果】主成分分析の結果,平均で5.1個の主成分が得られた。主成分波形の類似度(相関係数のz値)は,第1主成分では極低速域(10,20[m/min],<i>z</i>=0.8)が他の速度域(<i>z</i>=0.9~1.1)に比べ有意に低下した(<i>p</i><.05)。第2~第4主成分では10[m/min]でそれぞれ<i>z</i>=0.6,<i>z</i>=0.5,<i>z</i>=0.4であり他の速度(<i>z</i>=0.7~1.1,<i>z</i>=0.6~0.9,<i>z</i>=0.5~0.8)と比べ有意に低下した(<i>p</i><.05)。第5主成分においては全速度間で有意差はみられなかった(<i>z</i>=0.3~0.6)。歩行比については,60[m/min]以上ではほぼ一定(0.0051~0.0056[m/steps/min])の値を示したが,低速域では10,20[m/min]でそれぞれ0.0093,0.0066[m/steps/min]と速度が低下するにつれて有意に増加した(<i>p</i><.05)。また極低速域では,歩行比の変動係数が10,20[m/min]でそれぞれ0.38,0.26となり,通常速度(0.15~0.17)と比べて増加傾向であった。【考察】極低速域における筋活動の主成分波形は,通常速度域とは有意に異なった。このことから通常速度でみられる恒常的な筋活動パターンは,極低速域では成立しないことが示唆された。特に20[m/min]以下の速度では,主成分波形の類似度が他の速度よりも有意に低下し,また運動学的な観察においても,歩行比が有意に増大し変動性も増加傾向にあったことから,これ以下の速度では歩行の恒常性が維持されず,通常速度域とは異なる歩行制御がなされていることが推察された。以上の知見より,極低速域にて歩行する患者への歩行介入において,いわゆる正常歩行パターンを適用することが好ましくない可能性を示した。【理学療法学研究としての意義】低速歩行に関して,従来のメカニズムとは異なる可能性があるという示唆が得られ,脳卒中患者など超低速歩行で歩行する病態へのアプローチにおける基礎的な知見を提供した。
著者
大和 洋輔 長谷川 夏輝 藤江 隼平 家光 素行
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【はじめに,目的】動脈機能の低下は,冠動脈疾患や脳血管疾患,末梢動脈疾患などの循環器疾患の独立した危険因子である。身体活動量の低下は動脈機能を低下させるが,習慣的な有酸素性運動は動脈機能を改善させることが知られている(Circulation, 2000)。近年,低強度運動であるストレッチ運動が動脈機能に及ぼす影響について報告されており,ストレッチ運動が動脈機能を改善するという報告や(J Cardiovasc Prev Rehabil, 2008)改善しないという報告(J Hum Hypertens, 2013)があり,その影響については一致した見解が得られていない。本研究では,ストレッチ運動による動脈機能への影響を明らかにするために,単回の全身ストレッチ運動が動脈機能(動脈硬化度)に及ぼす影響について明らかにすることを目的とした。【方法】健常成人男性26名(年齢:20.8±1.7歳,身長:171.5±5.9 cm,体重:63.5±6.3 kg)を対象とした。ストレッチ運動は,全身(上腕二頭筋,上腕三頭筋,前腕屈筋群,前腕伸筋群,体幹屈筋群,体幹伸筋群,体幹回旋筋群,大腿四頭筋,ハムストリングス,下腿三頭筋)に対して約40分間のストレッチ運動を実施した。ストレッチ運動の種類はセルフでのスタティックストレッチ運動とし,ストレッチ運動の強度は疼痛のない範囲で全可動域を実施させた。また,コントロール施行としてストレッチ運動と同じ体位変換のみを同時間実施させた。ストレッチ運動とコントロール施行は1週間の間隔をあけてランダムに実施した。全身の動脈硬化度の指標として上腕-足首間(baPWV),中心および末梢の動脈硬化度の指標として頸動脈-大腿動脈間(cfPWV)および大腿動脈-足首間(faPWV)の脈波伝播速度を施行前と施行直後,15分後,30分後,60分後に測定した。また,収縮期血圧,拡張期血圧,心拍数も同時に測定した。統計処理は反復測定の二元配置分散分析を用い,有意水準は5%とした。【結果】baPWVおよびfaPWVは,ストレッチ運動施行前に比較して15分後と30分後で有意に低値を示した(p<0.01)が,60分後には施行前まで値が戻った。また,施行前に対するそれぞれの変化率(%)をみたところ,baPWVとfaPWVは,ストレッチ運動施行前に比較して15分後と30分後で有意に低値を示し(p<0.01),どちらも30分後が最も低値を示した。cfPWVではストレッチ運動施行による有意な変化は認められなかった。収縮期血圧,拡張期血圧,心拍数はストレッチ運動施行とコントロール施行間での有意な差はいずれも認められなかった。【考察】健常な若年男性における一過性の全身ストレッチ運動は,全身の動脈硬化度を改善させる可能性が示唆された。このストレッチ運動の効果には,中心よりも末梢の動脈硬化度の低下が関与している可能性が考えられる。これらの結果から,ストレッチ運動による動脈硬化度に及ぼす影響の機序として,ストレッチ部位の筋や動脈血管に対する伸張刺激が局所的に動脈機能を改善させたのかもしれない。【理学療法学研究としての意義】動脈機能を改善させる運動としてよく用いられるのは有酸素性運動トレーニングである。しかしながら,心血管疾患や脳血管疾患患者に対する急性期の理学療法では,早期から有酸素性運動を取り入れることは困難な場合がほとんどである。ストレッチ運動のような低強度の運動を早期の理学療法の運動プログラムに取り入れることで,有酸素性運動ができないような患者に対して動脈機能改善を目的としたアプローチが行える可能性がある。本研究は,臨床で動脈機能改善を目的とした運動プログラムとして活用するための一助になり得る結果であると考えられる。
著者
今泉 史生 金井 章 蒲原 元 木下 由紀子 四ノ宮 祐介 村澤 実香 河合 理江子 上原 卓也 江﨑 雅彰
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】足関節背屈可動性は,スポーツ場面において基本的な動作である踏み込み動作に欠かせない運動機能である。足関節背屈可動性の低下は,下腿の前方傾斜が妨げられるため,踏み込み時に何らかの代償動作が生じることが考えられ,パフォーマンスの低下やスポーツ外傷・障害につながることが予想される。スポーツ外傷・障害後のリハビリテーションの方法の一つとして,フォワードランジ(以下,FL)が用いられている。FLはスポーツ場面において,投げる・打つ・止まるなどの基礎となる動作であり,良いパフォーマンスを発揮するためにFLは必要不可欠な動作であると言える。しかし,FLにおいて足関節背屈可動域が動作中の下肢関節へ及ぼす影響は明らかではない。そこで,本研究は,FLにおける足関節背屈可動域が身体に及ぼす生体力学的影響について検討した。【方法】対象は,下肢運動機能に問題が無く,週1回以上レクリエーションレベル以上のスポーツを行っている健常者40名80肢(男性15名,女性25名,平均年齢17.6±3.1歳,平均身長162.9±8.4cm,平均体重57.3±8.7kg)とした。足関節背屈可動域は,Bennellらの方法に準じてリーチ計測器CK-101(酒井医療株式会社製)を用いて母趾壁距離を各3回計測し最大値を採用した。FLの計測は,踏み込み側の膝関節最大屈曲角度は90度と規定し,動作中の膝関節角度は電子角度計Data Link(バイオメトリクス社製)を用いて被験者にフィードバックした。頚部・体幹は中間位,両手は腰部,歩隔は身長の1割,足部は第二中足骨と前額面が垂直となるように規定した。ステップ幅は棘果長とし,速度はメトロノームを用いて2秒で前進,2秒で後退,踏み出し時の接地は踵部からとした。各被検者は測定前に充分練習した後,計測対象下肢を前方に踏み出すFLを連続して15回行い,7・8・9・10・11回目を解析対象とした。動作の計測には,三次元動作解析装置VICON-MX(VICONMOTION SYSTEMS社製)および床反力計OR6-7(AMTI社製)を用い,足関節最大背屈時の関節角度,関節モーメント,重心位置,足圧中心(以下,COP),床反力矢状面角度(矢状面での垂線に対する角度を表す),下腿傾斜角度(前額面における垂線に対する内側への傾斜)を算出した。統計解析は,各算出項目を予測する因子として,母趾壁距離がどの程度関与しているか確認するために,関節角度,重心位置,COP,床反力矢状面角度を従属変数とし,その他の項目を独立変数として変数減少法によるステップワイズ重回帰分析を行った。【倫理的配慮,説明と同意】本研究の実施にあたり被検者へは十分な説明をし,同意を得た上で行った。尚,本研究は,豊橋創造大学生命倫理委員会にて承認されている。【結果】母趾壁距離が抽出された従属変数は,床反力矢状面角度,足関節背屈角度,股関節内転角度であった。得られた回帰式(R≧0.6)は,床反力矢状面角度(度)=0.015×重心前後移動距離(mm)+0.299×母趾壁距離(cm)-0.211×膝関節屈曲モーメント(Nm/kg)-12.794,足関節背屈角度(度)=33.304×体重比床反力(N/kg)+0.393×足関節内反角度(度)+0.555×母趾壁距離(cm)+1.418,股関節内転角度(度)=0.591×下腿内側傾斜角度(度)-0.430×足尖内側の向き(度)+0.278×股関節屈曲モーメント(Nm/kg)-0.504×母趾壁距離(cm)+1.780であった。【考察】FLにおける前方への踏み込み動作において,母趾壁距離の大きいことが,床反力矢状面角度の後方傾斜減少,足関節背屈角度を増加させる要因となっていた。これは,足関節背屈角度が大きいと下腿の前方傾斜が可能となり,前脚に体重を垂直方向へ荷重しやすくなったことが考えられた。また,母趾壁距離と股関節内転角度との間には負の関係が認められた。これは,足関節背屈角度の低下により下腿の前方傾斜が妨げられるため,股関節内転角度を増加させて前方へ踏み込むような代償動作となっていることが原因である考えられた。この肢位は,一般的にknee-inと呼ばれており,スポーツ動作においては外傷・障害につながることが報告されているため,正常な足関節背屈可動域の確保は重要である。【理学療法学研究としての意義】FLにおける足関節背屈可動域が身体に及ぼす生体力学的影響を明らかにすることにより,スポーツ外傷・障害予防における足関節背屈可動域の重要性が示唆された。
著者
中岡 伶弥 櫃ノ上 綾香 羽崎 完
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.AbPI1071, 2011

【目的】<BR> 筋連結とは,筋と筋のつながりのことを指し,隣接する筋の間は筋膜,筋間中隔などの結合組織や互いの筋線維が交差している。筋が連結している部位では,片方の筋が活動したとき,その筋に連なるもう一方の筋にまで活動は伝達するとされている。このことは,PNFやボイタなどの治療法にも応用されている。しかし,筋が連結しているかどうかについては,解剖学的な考察や経験に基づいており,筋の機能的な連結については明らかではない。そこで本研究では,前鋸筋と外腹斜筋に着眼し,この2筋間に機能的な筋連結が存在するのかを明確にすることを目的とした。<BR>【方法】<BR> 対象は健常成人男子大学生14名 (平均年齢21.1±0.7歳,身長172.4±5.6cm,体重62.4±8.4kg)とした。測定方法は,ベンチプレス台の上で背臥位になり,肩関節90°屈曲位で肩甲帯を最大前方突出させた。その肢位で,自重(負荷なし),体重の30%負荷・60%負荷をベンチプレスで荷重し,5秒間保持させた。施行順はランダムとした。測定は第6肋骨前鋸筋,第8肋骨前鋸筋,外腹斜筋の3箇所とし,前鋸筋は肋骨上で皮膚表面から視察・触察できる位置に,また,外腹斜筋は腸骨稜と最下位肋骨を結ぶ中点から内側方2cmの位置に筋線維の走行に沿って電極を貼った。筋活動の導出には表面筋電計(キッセイコムテック社製 Vital Recorder2)を用い,電極(S&ME社製)は,電極間距離1.2cmで双極導出した。サンプリング周波数1kHzとした。基準値を設定するために,徒手抵抗による最大等尺性収縮(Maximum Voluntary Contraction,以下MVC)時の表面筋電図を記録した。各筋のMVCの数値を100%とし,各負荷における数値を除した%MVCを算出した。解析方法は,第6肋骨前鋸筋,第8肋骨前鋸筋,外腹斜筋それぞれにおいて,自重,30%負荷,60%負荷の3群をFriedman検定を用いて比較し,多重比較検定としてScheffeの対比較検定を用いた。また,有意水準を5%未満とした。<BR>【説明と同意】<BR> すべての被験者に対し,本研究の趣旨を口頭および文書にて説明し,署名にて研究協力の同意を得た。<BR>【結果】<BR> 第6肋骨前鋸筋の筋活動量の50パーセンタイル値は,自重で30.8%MVC,30%負荷で40.0%MVC,60%負荷で52.9%MVCであり,Friedman検定の結果,自重より60%負荷が有意に高値を示した(P<0.05)。第8肋骨前鋸筋の筋活動量においても50パーセンタイル値は,自重で22.5%MVC,30%負荷で22.9%MVC,60%負荷で24.7%MVCであり,自重より60%負荷が有意に高値を示した(P<0.05)。外腹斜筋の筋活動量の50パーセンタイル値は,自重で12.6%MVC,30%負荷で17.1%MVC,60%負荷で26.3%MVCであり,自重より30%負荷・60%負荷の2群で有意に高値を示した(P<0.05)。いずれの筋においても30%負荷,60%負荷の間には有意な差は認められなかった。<BR>【考察】<BR> 前鋸筋と外腹斜筋の関係については,これまでに荒山らによって検討されている。彼らは,体幹筋強化トレーニングとして用いられるTrunk Curlを使用して,前鋸筋と外腹斜筋の筋連結を検討することを目的にしていた。それは,1)肘伸展0°,肩90°屈曲位で,最大努力で肩甲帯前方突出を行いながら,上体を起こす。 2)肘伸展0°,肩90°屈曲位で肩甲帯前方突出をせずに,上体を起こす。3) 胸部前面で,腕を組み上体を起こす。という3種類の上体起こしにより関係を示している。その結果として,前鋸筋の活動は外腹斜筋の活動を高めることが示唆され,付着部を共有し,筋線維走行の方向が一致する筋の相互作用を期待したエクササイズの有効性が示唆されたとしている。しかし,この方法では,上体を起こすことによって直接的に外腹斜筋を働かせているため,機能的な筋連結を明確にするという点では不十分である。そのため,本研究では外腹斜筋の作用である体幹の反対側への回旋や同側への側屈,前屈が起こらないように,被験者には背臥位でベンチプレスを荷重させた。直接的に外腹斜筋を活動させる条件下でないにも関わらず,前鋸筋の筋活動量が増すにつれ,外腹斜筋の筋活動量も増加した。肩甲帯の前方突出により前鋸筋が収縮すると,肩甲骨は外転し,胸郭は上方に引き上げられる。しかし,前鋸筋が最大筋力を発揮するためには,胸郭の固定が必要である。そのため,胸郭を下方に引き下げる外腹斜筋が固定筋として作用したため,外腹斜筋の活動がみられたと考えられる。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 本研究で得られた結果は,治療にも役立てられるのではないかと考える。例えば,翼状肩甲の治療には前鋸筋のトレーニングが必要だといわれている。しかし,翼状肩甲の治療において筋連結を考慮すると,前鋸筋へのアプローチだけでなく,それに併せて外腹斜筋へのアプローチも行うことで,より肩甲骨の安定性は増すのではないかと思われる。
著者
生友 尚志 永井 宏達 大畑 光司 中川 法一 前田 香 綾田 裕子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2006, pp.A0604, 2007

【目的】広背筋は背部の複数の部位から起始し、停止部で上下の筋線維が反転して付着する。このような広背筋の筋線維による解剖学的な違いはよく知られているが、運動学的な違いについては知られていない。Patonらは広背筋を6つの部位に分けて肩関節運動時の筋活動を測定し、部位別の差異があることを報告している。我々は第41回日本理学療法学術大会において、広背筋を5つの部位に分け、肩関節運動に加え体幹側屈運動時の筋活動を調べ、運動学的に上部線維と下部線維の2つに分けられることを報告した。今回の研究の目的は、前回の測定項目に体幹伸展、体幹回旋運動を加え、広背筋を上部線維(ULD)と下部線維(LLD)に分けて筋活動を測定することで、ULDとLLDの作用について明らかにすることである。<BR>【対象と方法】本研究に同意を得た健常成人男性14名(平均年齢20.9±2.4歳)を対象とした。筋電図の測定はNoraxon社製MyoSystem1400を使用し、右側のULDとLLDの2ヶ所にて行った。第7頚椎棘突起と上前腸骨棘を結んだ線上で、ULDは第7胸椎レベル、LLDは第12胸椎レベルの位置にそれぞれ筋線維に平行に表面電極を貼付した。測定項目は肩関節運動として腹臥位にて右肩関節内旋・水平伸展・内転・下方突き押しの4項目、体幹運動として腹臥位体幹伸展、側臥位体幹右側屈、端座位体幹右回旋・左回旋の4項目の計8項目とした。各運動項目を5秒間最大等尺性収縮させた時の安定した3秒間の積分筋電図値(IEMG)を求め、それらを徒手筋力検査に準じて測定した肩関節伸展最大等尺性収縮時のIEMGを100%として正規化し、各筋線維ごとに%IEMGを求めた。また、各運動項目のULDとLLDの筋活動比(LLDの%IEMG/ULDの%IEMG)を求め、Friedman検定を用い比較検討した。<BR>【結果と考察】ULDの%IEMGは水平伸展で61.6±20.8%と最も大きく、以下内転41.3±15.6%、体幹右回旋35.4±29.8%、下方突き押し34.7±26.1%、体幹側屈30.5±20.6%、内旋29.5±17.1%、体幹伸展28.1±9.3%、体幹左回旋4.9±3.1%であった。LLDの%IEMGは体幹側屈で100.7±28.4%と最も大きく、以下下方突き押し83.2±28.9%、体幹右回旋66.3±27.5%、内転54.6±21.9%、体幹伸展42.2±11.7%、水平伸展36.8±16.5%、内旋19.8±10.7%、体幹左回旋8.0±5.0%であった。筋活動比は運動項目間において有意な差がみられ(p<0.01)、体幹側屈で最も大きな値を示し、反対に肩関節内旋や水平伸展で最も小さな値を示した。今回の研究により、ULDは肩関節内旋や水平伸展時に選択的に作用し、LLDは体幹側屈時に選択的に作用することが明らかになった。<BR><BR>
著者
安田 明太 小森 健太郎
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2002, pp.770, 2003

【はじめに】本邦での医学研究における統計的方法の重要性への認識は一般的には高いとは言えない。筆者は第37回日本理学療法学術大会(以下静岡学会)で前回の学会抄録集を基に、「理学療法研究における統計学の現状」という演題名でその現状と問題点について述べたが、今回はデータ・尺度・t検定について、その学会でのコンセンサスが充分であるとは言い難いが、誤用について検討をした。【方法】静岡学会抄録集(837題)より、以下のことについて検討した。1.症例数とデータ数が一致していないことがある。延べ患者数で処理している。(例えば、11名の両下肢22脚など)。この状態でn=22として統計処理するには無理があるのではないか。2.尺度に対して統計処理の方法が適当でない。順序尺度はノンパラメトリック検定(以下ノンパラ)で処理しなければならないのに、パラメトリック検定で処理されている場合がある。〔例えば、ADL評価(FIM・バーサルインデックスなど)のように、数値を振り当てて、スコア化したもの。〕またその逆で数量データ(間隔尺度以上)に対してノンパラで処理されているものがある。3."対応のあるt検定"を適用すべきものに対して、"t検定"を使用したと記載しているものがある。("t検定"と"対応のあるt検定"との区別がついていない。)【結果と考察】 1.症例数とデータ数が一致しないものは23件あっが、7件に関しては統計処理をしていないので、まちがいであるとは言えない。残り16件の内、7件は基礎研究などで健常者からのデータや、対照群としてデータをとったものであった。4件はTKA術後で、3件がその他の膝疾患であった。動物の器官には2つが一組の対になって構成された器官が少なくないが、ここでは、両下肢(膝)を対象にして測定し1人から2つのデータをとったものが多かった。それには少しでもデータ数を増やしたいという思いがあったのかも知れない。2.数量データ(間隔尺度以上)にノンパラを使用していたものは13件、逆にFIMなどの順序尺度に対してパラメトリック検定を使っているものは10件であった。医学上の評価、例えばアプガー指数・長谷川スケール・ADL評価のFIMやバーサルインデックスは、いっけん間隔尺度のように見えるが本来は順序尺度であり、ノンパラで検定されなければならない。 3.ここでは4題が"対応のあるt検定"を適用しなければならないのに、"t検定"を使用したと記載していた。"対応のあるt検定"は一標本の時間的な前後の比較、左右差(健側と患側の比較)など、一つの標本に関して、2群を比較してその差を検定するものであるが、たぶん"対応のあるt検定"と"t検定"の区別がついていないのではないかと推測する。
著者
山田 真伸 長谷川 睦 石井 ゆりこ
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.A3P3038, 2009

【目的】<BR>アレクサンダー・テクニーク(以下、AT)は、19世紀のオーストラリア人、F.M.アレクサンダーがはじめたものである.ATとは、抑制のプロセスを適用し、頭部と脊椎の関係に着目し四肢を解放することにより、頭頚部の動きが身体全体をリードするようになり、人間本来の身体機能に近づくことを追求したものである.頭部と脊椎、特に頭頚部は姿勢制御において重要な役割を果たし、理学療法でも治療対象部位となる.そこで今回、AT概念を取り入れた手技(以下、手技)をAT生徒であり理学療法士(以下、PT)の筆者が行い、その前後での姿勢制御機能の変化を重心動揺計にて検討した.<BR>【方法】<BR>対象は、研究趣旨を説明し同意を得た健常者11名(男性5名、女性6名、平均年齢29.8±6.4歳、平均身長167.1±7.1cm)とした.方法は、重心動揺計(Active Balancer EAB-100、酒井医療)を用い、手技(背臥位、座位)前後での静止立位時の重心動揺測定を行った.測定は、日本平衡神経学会の基準に従い、開眼閉脚60秒間とした(サンプリング周波数20Hz).測定項目は総軌跡長、外周面積、実効値面積、単位面積軌跡長とした.統計処理には、t検定を用い、各測定項目を手技前後で比較した.<BR>【結果】<BR>総軌跡長は、手技前937.0±84.1mmから手技後909.8±98.9mmと有意差は認められなかった.外周面積は、266.7±150.2mm<SUP>2</SUP>から213.3±111.8mm<SUP>2</SUP>と有意に減少した(p<0.05).実効値面積は、186.8±151.8 mm<SUP>2</SUP>から118.7±78.4 mm<SUP>2</SUP>と有意に減少した(p<0.05).単位面積軌跡長は、4.3±1.8mmから5.2±2.1mmと有意に増加した(p<0.05).<BR>【考察】<BR>結果より、手技後に重心動揺の大きさを示すパラメーターの外周面積、実効値面積は有意に減少し静止立位の安定化を示唆した.さらに重心動揺の性質を示すパラメーターの単位面積軌跡長が有意に増加した.単位面積軌跡長は、重心動揺における姿勢制御の微細さを示すパラメーターとされ、この微細な制御は固有受容器姿勢制御機能によるもので、増加を示すことは姿勢制御機能が向上したと考察できる.これは手技後に、ATで重要視される頭頚部の位置関係が適切となり、固有受容器の筋紡錘が高密度に含まれる頚部深層筋が賦活されたことが考えられる.それに伴い身体重心線が理想的配列に近づき、骨構造を通しての体重支持が可能となり、各関節内にも多く含まれる固有受容器が賦活されたことも姿勢制御機能向上の一因と考えられる.<BR>【まとめ】<BR>健常者に対して手技を行うことにより、静止立位時の重心動揺における姿勢制御機能への効果が示された.しかし、本来ATは認定教師が行い最も効果が期待できるものであり、単純に姿勢制御のみへの効果を示すものではない.筆者はあくまでも約3年間AT教師からレッスンを受けたAT生徒という立場のPTである.今後もATで得た知識をPTとして臨床展開していきたい.
著者
西村 珠美 菅野 輝哉 相馬 幸太 川村 慶 伊藤 亘
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】近年,不動・安静臥床による合併症として呼吸器・循環器・運動器・消化器・皮膚など多臓器,さらには精神機能への影響が挙げられている。里宇は座ることの効果として上記臓器機能の向上・改善の他,局所圧迫の軽減や日常生活動作(以下ADLとする)・介護負担の軽減,社会参加の促進を加えている。我々は病棟と連携し,特に廃用症候群によりADLの低下をきたしやすい高齢者に対する離床の促進に日々取り組んでいる。しかし食事等病棟での離床場面では肘かけ椅子の代用として,本来は短時間の移動を目的とした道具である普通型車椅子を用いていることが多い。多くの高齢者は加齢変化により姿勢保持能力が低下し,重力に負けた結果潰れた姿勢となってしまう。頭頸部は前下方に落ち込み,その代償として臀部を前すべりさせ,上肢の自由度も制限させてしまっていると考える。加えて,普通型車椅子は多くの高齢者の身体寸法にそぐわず経年劣化が問題となる。また材料や時間,技術不足により,現状では対象者の個別性に配慮したシーティングは困難である。今回我々は「キャスパークッションZAFU」(以下ZAFU)を用いて円背高齢者のシーティングを行い,同クッションの効果検証を目的に,本研究を実施した。【方法】普通型車椅子に一般的なウレタンクッション(以下一般とする)とZAFUを用いてのシーティングを実施し,座圧・車椅子座位姿勢(矢状面・前額面)と,上肢の運動機能評価として食事(摂食量・時間・姿勢)の3項目について二者間の比較を行った。座圧はPalm Q(ラック株式会社製)を使用し,両坐骨~仙骨,尾骨の座圧を5ブロックに分けて測定した。対象者は脊柱後弯位で円背を呈した80代の女性。介入時の病棟ADLはFIM65点,基本動作軽介助レベルだが臥床傾向,病前より食事への関心は強く,食事時間は離床可能であった。【倫理的配慮,説明と同意】倫理的配慮として,対象者の家族に本研究の趣旨説明を十分に行い,同意書に署名を得た上で実施した。【結果】座圧:一般では座圧計140.2,測定部位での最大差41.1(mmHg)に対しZAFUでは座圧計55.1,最大差14.3(mmHg)とZAFUの座圧の低下および分散効果を示した。座位姿勢:一般では頭頸部が重力に抗せず屈曲し,正面を見るために努力的な頭頸部伸展を行っている。胸郭は前下方に沈み込み,バックレストにもたれていなかった。ZAFUでは頭頸部・肩甲帯・胸郭が矢状面上で一直線上に位置し,頭頸部の支持における努力性は見られなかった。食事:両者全量摂取可能だが,一般ではは右肘を支点としており,リーチ動作での有効なアームは右前腕以遠に制限され,左上肢の使用は見られなかった。スプーンで次々に口に運び,皿の手前側には食塊が残っていた。一方ZAFUでは右上肢のアームが延長,箸を併用し皿の隅の食塊をきれいに集めることができた。また左上肢の協力動作が生じた。食事時間は両者ともに適正な時間内であったが,ZAFUでは同席の他患者と会話したり,周囲を気に掛ける様子が見られた。【考察】ZAFUでの座圧の低下について検討する。ZAFUでは坐骨受けで臀部の前方への滑り出しを止めて座面での荷重が向上し,骨盤がバックサポートにもたれている。下部体幹の重みをバックサポートで受けることで,胸郭全体の下方への潰れが止まって頭頸部のアライメントは胸郭上方となり,頭頸部の支持性向上につながったと考える。一般では,下部体幹が骨盤より上位の身体の重み乗せられず座面に体圧が集中し,臀部は前方に滑り仙骨への剪断力を増加させる。対象者は円背のため抗重力位での頭頸部の保持能力が低下し,臀部を前にずらし頭頸部が下方に落ち込むのを回避していると考える。さらに体幹は腹側で弛緩し背側は伸張されているため筋出力のバランスが破綻し,安定性の低下をきたす。一般の食事場面では努力的に頭頸部を伸展位に保持,左上肢の協力動作は乏しく,膝やアームレストに押し付けて姿勢保持を行っている。前方へのリーチでは体幹の左側屈・回旋で代償している。上肢を姿勢保持に積極的に使用することで上肢の自由度が低下し,食事動作に影響したと考える。ZAFUでは頭頸部の安定保持から,上肢の自由度を高めてリーチでの前方への重心移動が可能になったと考える。【理学療法学研究としての意義】ZAFUを使用し簡便なシーティングを行い,クッションの即時効果を検証した。今回の検証により,円背高齢者の姿勢保持能力の低下による弊害を解決する一手段として,ZAFUの有効性を示唆された。今後は嚥下機能への影響および主観的評価も加味し,効果検証を進めたい。
著者
福島 秀晃 三浦 雄一郎 鈴木 俊明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.A0850, 2006

【目的】体幹機能の評価および機能改善の方法に座位での側方移動がある。座位側方移動に関しては、骨盤・胸椎の傾斜角度や腹斜筋群、脊柱起立筋などの筋活動について研究がなされており、その研究成果は臨床で活用されてきている。臨床においては頭頚部筋や肩甲帯周囲筋の過剰努力を呈し、座位バランスを保持している症例を頻繁に経験する。しかし、座位での側方移動における頭頚部筋や肩甲帯周囲筋の機能に関しては明確にされていない。本研究目的は、肩甲帯周囲筋である僧帽筋に着目し、健常者の座位側方移動時の僧帽筋の筋活動について筋電図を用いて検証することである。<BR>【方法】対象は健常男性5名(平均年齢30.2±4.3歳)両側。対象者には事前に本研究の目的・方法を説明し、了解を得た。測定筋は両側の僧帽筋上部、中部、下部線維とし筋電計myosystem1200(Noraxon社製)を用いて測定した。具体的な運動課題は両腕を組み、両下肢を浮かした座位姿勢を開始肢位とした。開始肢位より5cm、10cm、15cm、20cmと前額面での延長上に設置した目標物に対し三角筋外側最大膨隆部を接触させていくよう側方移動を行った。各移動距離における測定時間は5秒間とし、これを3回施行した。なお、被検者には頭部・体幹は前額面上に、両側の肩峰を結んだ線は水平位を保持するよう指示した。分析方法は開始肢位における僧帽筋各線維の筋積分値を基準として各移動距離の筋積分値相対値を算出し、各線維ごとに移動距離間での分散分析(Turkeyの多重比較)を行った。<BR>【結果】非移動側僧帽筋の筋積分値相対値は下部線維のみが移動距離20cmにおいて5cm、10cm、15cmと比較して有意に増加した。<BR>移動側僧帽筋の筋積分値相対値は中部線維のみが移動距離20cmにおいて5cm、10cm、15cmと比較して有意に増加した。<BR>【考察】座位側方移動での体幹機能の特徴には非移動側の腹斜筋群による抗重力的な求心活動によって胸郭と骨盤を連結させること、非移動側骨盤の水平面上での前方回旋に対し体幹上部では反対側の回旋が生じ、カウンタームーブメントによる体幹の安定化が図られるなどがある。本研究での非移動側僧帽筋下部線維の筋活動が有意に増加したことについては、胸郭上を浮遊する肩甲帯を積極的に下制、内転させることで肩甲帯と胸郭の連結を行い、かつ胸郭を垂直に保持することに関与したのではないかと考える。これにより肩甲帯-胸郭-骨盤といった体幹の安定化が図られると考える。一方、移動側僧帽筋中部線維の筋活動が有意に増加したことについては、カウンタームーブメントによる体幹の安定化とは異なり、本研究では前額面上の目標物に到達させる課題であることから、移動側肩甲帯を内転位に保持する必要がある。移動側中部線維の活動は肩甲帯を内転方向へと導いていく方向舵としての機能に関与したのではないかと考える。<BR><BR>
著者
富島 奈々子 田中 雅侑 金指 美帆 前沢 寿亨 藤野 英己
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】肥満は生活習慣病の重要な要因であり,社会問題になっている。肥満には低強度走行運動等の有酸素運動が代謝や体重軽減に有効で推奨されている。代謝向上にはミトコンドリア数増加やコハク酸脱水素酵素(SDH)活性の上昇,毛細血管新生等の適応があり,有酸素運動は代謝向上に好影響がある。近年,無酸素性エネルギー代謝が起こる高強度インターバルトレーニング(HIIT)でもミトコンドリア数の増加が報告されている(Hoshino,2013)。一方,継続的な運動後の血中乳酸値濃度が乳酸性作業閾値(LT)以下の低強度運動とLT以上の高強度運動が代謝に与える影響を比較した研究は皆無である。HIITは有酸素運動よりも代謝が向上するという先行研究(Laursen,2002)から,ミトコンドリア機能亢進には有酸素運動よりもLT以上の高強度運動の方が好影響ではないかと仮説を立て,低強度及び高強度走行運動がラットヒラメ筋の代謝及びミトコンドリア数に与える影響の検証した。【方法】5週齢のWistar系雄性ラットを対照群(CON群,n=8),低強度運動群(LI群,n=7),高強度運動群(HI群,n=7)の3群に分けた。運動介入としてトレッドミルを用いた走行運動を1日1回,週に5回の頻度で実施し,LI群では速度15m/分,継続時間60分間,傾斜0°,HI群では速度20m/分,継続時間30分間,昇り傾斜20°の運動を負荷した。運動後の血中乳酸値濃度は運動前に比べて,HI群でのみ有意な上昇を認めた。3週間の実験期間終了後,サンプルとして精巣上体周囲脂肪及びヒラメ筋を摘出し,湿重量を測定した。ヒラメ筋は急速凍結し,-80℃で凍結保存した。ミトコンドリア数の指標としてTaqmanプローブによるリアルタイムPCR法を用いてヒラメ筋のmtDNAコピー数を相対的に測定した。また,薄切したヒラメ筋横断切片を用いてSDH染色によりヒラメ筋のSDH活性を測定した。ATPase染色(PH4.3)で筋線維をType IとType IIAに分け,筋線維タイプ比とタイプ別筋線維横断面積(CSA)を測定した。アルカリフォスファターゼ(AP)染色により筋線維数に対する毛細血管数(C/F比)を測定した。全ての測定値の統計処理には一元配置分散分析とTukeyの多重比較検定を行い,有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】全ての実験は所属機関における動物実験に関する指針に従い,動物実験委員会の承認を得た上で実施した。【結果】体重はLI群及びHI群共にCON群に対し有意に低値を示したが,脂肪量/体重比はHI群がCON群及びLI群に対し有意に低値を示した。ヒラメ筋/体重比はLI群及びHI群と共にCON群に対し有意に高値を示した。筋線維タイプ比とCSAはLI群及びHI群共にCON群との有意な差を認めなかった。また,mtDNAはLI群がCON群に対し,HI群がCON群及びLI群に対し有意に高値を示した。C/F比も同様にLI群がCON群に対し,HI群がCON群及びLI群に対し有意に高値を示した。また,SDH活性は,Type IではLI群がCON群に対し,HI群がCON群及びLI群に対し有意に高値を示し,Type IIAではHI群がCON群及びLI群に対し有意に高値を示した。【考察】HI群ではmtDNA増加とSDH活性上昇,C/F比増加がLI群より有意であった。運動によるミトコンドリア数増加やSDH活性上昇が知られており,異なる強度の走行運動では強度が高いほどミトコンドリア新生及び酵素活性の上昇が示された。運動強度が高いほど酸素需要が増大するという先行研究(Sasaki,1965)から,酸素需要増大に適応するためミトコンドリア機能向上が促されたと考えられる。また,運動によるミトコンドリア新生や酸化的リン酸化酵素活性上昇に伴う酸素需要増大が毛細血管新生を促すことが報告(Suzuki,2001)されている。C/F比もLI群よりHI群で有意に高値を示したため,毛細血管新生に与える影響の違いは,HI群がミトコンドリア新生や酵素活性に与える影響の大きさが反映していると考えられる。また,CSAとタイプ比に有意な差が見られないことやHI群のみ脂肪が減少したことから,HI群では筋力増強効果はないがミトコンドリア内での脂肪酸分解が活性化され,LI群より脂質代謝が活性化したと考えられる。これらの結果から本研究ではLI群よりHI群でミトコンドリア機能が向上し,代謝亢進に効果的であることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】骨格筋の代謝活性の増加には低強度,高強度走行運動ともに有力な手段となるが,LT以上がより効果的であり,肥満の改善や予防に有効な手段となり得ることを示した点で意義があると考える。