著者
平尾 智隆 梅崎 修 松繁 寿和
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.99-109, 2011-10-20 (Released:2018-02-01)

本研究の目的は,企業人事部アンケート調査の個票データを用い,企業内における大学院卒従業員の処遇プレミアム(採用,初任給,賃金上昇率,昇進,初任配属の優位性)がこの10年余りでどのように変化したのかを分析することにある。近年,大学院の量的拡大・質的変容が起こっているが,大学院教育の労働市場効果については,学術的にも政策的にも重要な課題であるにもかかわらず,ほとんど検証がなされてこなかった。コホートデータを分析した結果,1998年調査時より2009年調査時において,学部卒従業員と比較した大学院卒従業員の処遇プレミアムは目減りしていることが確認された。特に文系においては,学部卒と大学院卒の代替的関係が顕著であった。産業の高度化やグローバル化が高度職業人の需要を喚起することが期待されていたのだろうが,少なくともこの10年余りで見る限り,その供給増を吸収する需要増はなかったといってよい。
著者
阿部 彩 東 悠介 梶原 豪人 石井 東太 谷川 文菜 松村 智史
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.145-158, 2019-11-30 (Released:2021-12-02)
参考文献数
19

本稿は,2016年に筆者らが行ったインターネット調査のデータを用いて,一般市民が生活保護制度の厳格化を支持する決定要因を分析した。具体的には,貧困の要因に関する自己責任論と,貧困の解決に関する自己責任論に着目し,その二つを峻別した上でそれらが人々の生活保護制度の厳格化に対する意見に影響するかを検証した。 本稿の分析から,まず,従来指摘されてきたようなワーキングプアが生活保護受給者を非難する対立構造についてはそれを裏付ける結果は得られなかった。次に,自己責任論については,貧困者当人に対して要因責任を求めるものと,解決責任を求めるものの二つが混在しており,両者は必ずしも一致しないことがわかった。生活保護制度の厳格化支持に対しては,両者ともに影響力を持っているものの,解決の自己責任論の方が要因の自己責任論よりもその影響力が大きいことがわかった。
著者
武川 正吾 角 能 小川 和孝 米澤 旦
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.129-141, 2018-10-30 (Released:2020-10-30)
参考文献数
21

社会支出に関する社会意識の4時点の反復横断調査の結果,2000年代を通じた高福祉高負担(福祉国家)への支持の上昇が確認できたが,2015年調査ではこの傾向が逆転した。各調査の回収率,サンプルサイズの差異を考慮し,性別・年齢でウェイト調整したデータによる再分析を実施したが,逆転の事実は変わらなかった。支持者の属性に関して,2000年と2015年のデータをロジスティック回帰モデルによって比較したところ,各種属性による高福祉高負担支持の構造が変化していることがわかった。年齢に関して,2000年には若年層(低い支持)から高年齢層(高い支持)への線形的関係が存在したが,2015年にはそれがなくなっていた。さらに年齢階層別分析と出生コーホート分析を行った結果,時系列に関する大きな趨勢は同様であるものの年代・コーホートごとに変化の仕方にばらつきがあることがわかった。とくに若い世代の高福祉高負担支持が相対的に上昇している傾向が確認できる。
著者
御旅屋 達
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.106-118, 2015-12-25 (Released:2018-02-01)
被引用文献数
2

本稿では,「居場所」を提供しようとする支援への利用者の参加の経験を,参入-定着-退出の3段階に分節化し,就労・就学に代表される,外部社会への参加までの過程を連続的・動態的に明らかにすることを試みた。分析の結果,「居場所」支援の利用者たちは数々の社会的実践から「周縁化」されているが故に,「居場所」への参加にも困難を伴っており,支援者たちは利用者の責任の度合いを下げる形で利用者を「居場所」の「周辺」に位置づけようとしていること,こうした「居場所」利用者としてのアイデンティティの構築を経て,利用者は一般社会で広く通用する汎用的な資源を「居場所」に見出していること,外部社会への参加後は「居場所」利用者としてのアイデンティティは否定されること,などが明らかになった。こうした「居場所」への参加過程を「居場所」と外部社会の「二重の成員性」を獲得する過程として位置づけた。
著者
若森 みどり
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.6, no.3, pp.29-45, 2015-03-30

20世紀の危機の時代を生きた経済学者,ポランニー,ケインズ,ペヴァリッジ,ラーナー,ミーゼス,ノイラート,ハイエク,ロビンズらにとって,大恐慌やファシズムや世界戦争といった自由主義の危機と資本主義システムの持つ悪弊(通貨の不安定化,緊縮財政,増大する格差,大量失業,不安定な就労形態)の諸問題に正面から向き合う課題は,共通していた。これらの点を踏まえて本稿では,20世紀が経験した平和と自由と民主主義の危機の解釈をめぐって争点となる,ポランニーの「社会的保護」の考え方を明らかにする。そして,市場社会における制約された社会的保護とその可能性に照明を当てることによって,二重運動の思想的次元を問う。最後に1920年代の社会民主党市政下のウィーンに思想的起源があるポランニーの「社会的自由」の概念に立ち返りつつ,『大転換』最終章「複雑な社会における自由」の諸論点を検討し,「福祉国家と自由」の問題圏を考察する。
著者
川口 章
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策学会誌 (ISSN:24331384)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.18-37, 2005-09-30 (Released:2018-04-01)

The purpose of this paper is threefold: first, we show the relationship between female labor force participation (FLFP) and the total fertility rate (TFR) based on various statistics and data sets; second, the statistical facts are explained theoretically and show that the key to understanding this relationship is a reconciliation between work and family; and third, we compare the work/family reconciliation policies of OECD countries and discuss the causes of the low and declining TFR in Japan. The relationship between FLFP and the TFR is as follows. 1) Data from various countries show that there was a negative correlation between FLFP and the TFR in the 1970s, but it turned positive in the mid-1980s. 2) Time-series data show that FLFP increased and the TFR declined during the last thirty years in most OECD countries. Countries that have strong negative correlations between the changes in FLFP and the TFR are suffering from low TFR. 3) Japanese micro-data show that the probability of childbirth is negatively correlated with female employment. The childcare-leave system and childcare centers tend to increase the probability of childbirth. 4) Japanese micro-data also show that the probability of female participation is negatively correlated with the existence of children under school age, but is positively correlated with children over seven years of age. The supply of childcare centers increases the probability of female participation. The household production model explains the relationship between FLFP and the TFR as follows. The substitutability between a mother's childcare and childcare services outside the household, and also that between a mother's childcare and a father's childcare, are important determinants of the relationship between FLFP and the TFR. Although an increase in FLFP reduces female childcare, its effect on fertility will be minimized if childcare outside the household and male childcare compensate for the decline in female childcare. Work/family reconciliation policies increase the substitutability between female childcare and childcare services outside the household. The above conjecture is supported by statistical facts. 1) Countries that have solid work/family reconciliation policies tend to have high FLFP rates and high TFRs. 2) In countries that have inferior work/family reconciliation policies, an increase in FLFP tends to cause a large decline of the TFR. Moreover, the index of gender empowerment is positively correlated with work/family reconciliation policy and with the TFR. This implies that the power of women promotes work/family reconciliation policies and minimizes the negative effect of an increase in FLFP on the TFR. The lack of power women hold in Japan causes inferior work/family reconciliation policies and less childcare being devoted by husbands, which has resulted in the low TFR.
著者
浦川 邦夫
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.25-37, 2018-06-30 (Released:2020-08-05)
参考文献数
32

従来の貧困研究の多くは,所得などの経済的な指標を基準として貧困か否かの認定を行ってきた。しかし,労働時間を生活時間論の中に位置づけて展開した篭山京(1910-1990)の考察に見られるように,生計を立てるうえで必要な労働時間ならびに労働に必要な休養・余暇時間も所得と同様に欠かせない資源であり,最低限の生活を持続的に営むうえで必要な生活時間の水準が存在していると言える。欧米では,就労世代の家庭での生活時間の不足を考慮した時間貧困とその要因に関する研究が近年蓄積されており,日本でも個票データを用いた推計が行われつつある。そのため,本稿では生活時間の次元に注目した貧困研究に焦点をあて,その主な分析結果をサーベイし,特に就労世代の貧困の削減に向けた方策を検討する。 生活時間を考慮した貧困分析では,夫婦がともにフルタイム就労している世帯や就学前の子どもを持つ世帯などで時間貧困のリスクが高くなっており,家庭での十分な生活時間の確保にむけた対応が重要な政策課題として浮かび上がる。時間の次元を考慮することで,所得の貧困の削減に対してもより包括的な政策アプローチが可能になると考えられる。
著者
山田 篤裕 四方 理人 田中 聡一郎 駒村 康平
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.3, no.3, pp.127-139, 2012-01-20 (Released:2018-02-01)

本稿ではインターネット調査に基づき,主観的最低生活費の検討を行った。その目的は三つある。第一は一般市民が想定する最低生活費を計測することである。第二は主観的最低生活費が,尋ね方によりどれほど幅のある概念なのか,ということを確認することである。第三は生活保護制度と比較し,計測された主観的最低生活費がどのような特徴を持っているか把握することである。その結果,生活保護基準額は,単身世帯を除きK調査(切り詰めるだけ切り詰めて最低限いくら必要か質問)とT調査(つつましいながらも人前で恥ずかしくない社会生活をおくるためにいくら必要か質問)の主観的最低生活費(中央値)の間に位置すること,単身世帯では生活保護基準はT・K両調査を下回る水準となっていること,世帯所得が1%上昇しても主観的最低生活費は0.2%しか上昇しないこと,主観的最低生活費の等価尺度は小さい(=世帯に働く規模の経済性を大きく見積もる)こと,等を明らかにした。
著者
藤原 千沙 湯澤 直美 石田 浩
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.1, no.4, pp.87-99, 2010-02-25 (Released:2018-02-01)

生活保護の受給期間に関する議論では,毎年7月1日現在の被保護世帯を対象に,保護の開始から調査時点までを受給期間とする「被保護者全国一斉調査」(厚生労働省)が用いられるのが一般的である。これに対し,本研究は,A自治体における保護廃止世帯を対象に,保護の開始から廃止までを受給期間として分析し,保護継続世帯と合わせて生存分析を行った。その結果,以下の諸点が明らかとなった。第一に,一時点の受給継続世帯を対象とした調査では調査対象にあがらない1年未満廃止世帯が相当数存在する。第二に,世帯主の学歴・性別・世帯類型により受給期間に違いがみられた。第三に,自立助長という生活保護制度の目的に沿った保護廃止であるか否かにより受給期間の傾向は異なる。第四に,廃止世帯と保護継続世帯の双方を考慮した分析では,世帯主の性別と世帯類型により保護の継続確率(生存率)に違いのあることが推察された。
著者
田中 拓道
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.6, no.3, pp.17-28, 2015-03-30

本稿では,フランスの社会政策を基礎づける規範的言説の歴史を検討し,二つの特徴を指摘する。第一は,フランス革命期の政治的秩序像によって,個人が伝統集団から析出され,国家と個人という二極構造が作られた点である。伝統集団から析出された個人の脆弱さが意識されてはじめて,工業化の下で生じる貧困が「社会問題」と認識された。第二に,フランスの社会政策は国家による公的扶助の拡張ではなく,「社会的」相互依存の中での個人の権利・義務関係から導かれた。そこでは社会の目的を問いなおす「自由検討の精神」の拡張と,産業社会への個人の統合という目的との緊張関係が内在していた。1980年代以降の改革では,「自由選択」の拡張という理念が浮上する。経済発展という目的に「社会的なもの」を従属させず,労働・家族・コミュニティ・文化・政治活動への参画の「自由選択」を保障するという点に,現代フランス社会政策の思想的な特徴が見いだせる。
著者
菊池 いづみ
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.179-191, 2018-06-11

<p> 本稿の目的は,近年の地域包括ケアの推進を高齢者保健福祉事業の再編過程に位置づけ,その責任主体であると同時に介護保険の保険者である基礎自治体の役割強化に着目し,家族介護に対する支援事業の現状と課題を明らかにすることである。その際,急速な高齢化の深刻な大都市圏に焦点をあてた。分析には東京都区市町村を対象としたアンケート調査の結果を用い,支援事業の区市町村別の実施状況を明らかにした。そのうえで①家族介護支援策の優先度,②地域包括支援センターの設置主体,③自助・互助・共助・公助の期待度との関連要因を分析し,地域包括ケア推進の観点から家族介護に対する支援事業の課題を検証した。東京都のように相対的に財政基盤に恵まれた大都市圏では,自助への期待度は高い。家族介護者の自立にも配慮し,直接支援対象とする事業導入の検討が求められる。先進諸国にならい,家族介護者を地域包括ケアシステムに統合する視点が重要である。</p>
著者
井上 信宏
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策
巻号頁・発行日
vol.7, no.3, pp.27-40, 2016

この論文は,現行の生活保障システムが,高齢期の生活課題と支援のミスマッチを制度的に生み出していることを指摘し,この課題に直面している地域社会が,どのようにして課題解決を図ろうとしているのかを示すものである。急激な高齢化のなかで,在宅介護を推進する介護保険制度が創設されたが,増加傾向にある高齢者夫婦世帯や一人暮らし高齢者世帯は,介護保険制度だけで在宅生活を維持できる状態にはならなかった。高齢期の生活課題には他者によるケアが必要となるが,そうした「ケアの配分」は社会的に解決すべき問題として扱われてこなかったためである。高齢期の生活課題を支援するためには,地域包括ケアシステムは,これまで先送りされてきた「ケアの配分」の課題を引き受けなければならない。
著者
猪飼 周平
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.2, no.3, pp.21-38, 2011-03-20
被引用文献数
2

本稿の課題は,猪飼[2010]において提示された「病院の世紀の理論」から,次代のヘルスケアと目される地域包括ケアシステムに関する社会理論を展望することである。本稿では,現在生じている健康概念の転換が,「医学モデル」から「生活モデル」への転換として生じていることを踏まえ,次の点を指摘した。第1に,健康概念の転換に適合的なヘルスケアは,より包括的かつ地域的であるという意味において地域包括ケアシステムを指向すること,第2に,健康概念の転換が,過去30年間にわたり社会福祉に広範に生じている生活支援の作法の転換を背景としていると考えられること,第3に,地域包括ケアシステムの構築に際しては,従来のヘルスケアとは質的に異なる,専門職の分業,社会関係資本の構築,コスト増大への対応等に関する課題の解決が必要になることである。
著者
牧 陽子
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.137-148, 2015-07-25

高い出生率を誇るフランスの家族政策に近年,関心が高まっている。だが家族給付や多様な家族への現在の支援制度に注目が集まり,男性稼ぎ主モデルでの出生率向上を目指したフランス福祉国家が,1960年代末からの女性の労働市場参入という社会変動の中で,どのように変化したのかについては十分解明されていない。本稿は,フランス福祉国家が共働きモデルへと大きく舵を切った1970年代を対象に,二つの法律(1972年諸措置法と1977年親育児休暇法)の成立過程を議会の文書・言説から分析し,その変化の軌跡を検証した。議員たちは女性の就労という現実を前に1972年には抵抗し,家庭回帰を促した。1977年には女性の就労継続を前提とするようになったが,ケア提供者は母親か両親かで対立した。家族モデルはこうした抵抗,葛藤を経て共働き前提へと変化した。変化の理由には,社会変動に応じた新たな価値を議員が内面化したことや,ヨーロッパの追い風が考えられる。
著者
石黒 暢
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.137-148, 2014-03-31

市民にアウトリーチする施策の1つであるデンマークの予防的家庭訪問制度を情報という視点から捉え,特質を明らかにするのが本稿の目的である。本制度の全国的な実施状況や事例検討から明らかになったのは,第一に,本制度が公的責任による広範囲なアウトリーチという点である。基礎自治体に実施義務が課せられた制度で原則的にデンマークの75歳以上の国民すべてに提供され,高齢者の自立生活継続を支援している。第二に,本制度では個人情報の保護をしながらも一定ルールのもとで共通処遇の促進機能を発揮して惰報共有し,かつ利用者個人との情報共有を実施している点である。第三に,多くの自治体が予防的家庭訪問にかかわる情報を体系的に収集し活用している点である。第四に,ICTを活用できない高齢者や社会的ネットワークが脆弱な高齢者に対して自治体がアウトリーチして必要な情報を提供し,情報アクセシビリティを保障している点である。
著者
松本 由美
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.2, no.3, pp.79-90, 2011-03-20

本稿の目的は,20世紀前半にフランスで生じた医療保障をめぐる変化を,戦争の影響に着目しながら明らかにすることである。歴史的に眺めると,フランスにおける医療保障の制度的な枠組みは,共済組合による相互扶助から第一次世界大戦を経て医療保険へと変化した。さらに第二次世界大戦後には新たに創設された一般制度のもとでの医療保険が成立した。このような医療保障制度の変容を捉えるために,本稿では,フランスの医療保障に関して歴史的に重要な役割を担ってきた共済組合と医師組合の動向に焦点を当てて検討を行った。本稿での考察を通じて,医療保険に関しては,第二次世界大戦前後において重要な不連続性があること,および両世界大戦の経験が二つの医療保険創設の時期と不連続性の形成に少なからぬ影響を与えたことが明らかとなった。
著者
尾川 満宏
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.42-54, 2020-06-30 (Released:2022-06-30)
参考文献数
36

本稿は,2000年代以降の重要な教育政策のひとつとして推進された「キャリア教育」に着目し,この教育理念が有するアクティベーションとしての側面(「基礎的・汎用的能力」の育成を通じて一人ひとりの「社会的・職業的な自立」をうながすという目的)を批判的に検討し,「権利論的キャリア教育論」を手掛かりとして,能力開発による「自立」と同時に「依存」可能なセーフティネットとしての社会形成を志向する教育論を提起した。そのうえで,この教育論を教育実践に具体化するため,経済的見返りよりも社会連帯の視点を強調するソーシャル・アクティベーションの考え方を初等中等教育のカリキュラムや学級経営論と関連づけて,実践的な試論を展開した。以上の議論から,より多くの人々が「自立」=「依存」しうる社会モデル・人間モデルを教育の理論的基盤に据える必要性と,社会的投資戦略として教育が負いうる役割の限界と可能性が示唆された。