著者
関屋 幸平 山本 響子 江上 健 川内 撞恵
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2002, pp.314-314, 2003

[はじめに]脳血管障害に下肢切断を伴う症例は少なくない。今回、脳血管障害に伴い閉塞性動脈硬化症(ASO)にて非麻痺側下肢大腿切断によりADL能力が低下した患者の、寝返り・起き上がり動作に対する理学療法アプローチについて報告する。[症例紹介]78歳女性で、平成12年12月心原性脳塞栓症にて左片麻痺。平成14年7月に右側下肢ASOと診断され同月に右側下肢大腿切断術を施行した。B/S上肢II,下肢IVであり、MMTで右側上肢筋力はG、体幹筋力はFレベル。身辺ADL能力は、切断前において寝返り・起き上がり動作ともに監視から軽介助レベルであったが、切断後では寝返り・起き上がり動作とも全介助レベルに低下した。[アプローチとその経過]寝返り動作に対しては右側上肢にてベッド柵を握り肘関節の屈曲動作により体幹を右側へと回旋させる方法を指導した。訓練開始当初は肩甲帯の回旋後、骨盤の回旋が難しくベッド柵から手を離すと背臥位に戻ってしまい半側臥位までしか寝返りを行えなかった。そこで、開始肢位をベッド30度ギャッジアップし体幹を軽度屈曲位とすることで骨盤の回旋に続く麻痺側下肢の回旋が行いやすいのではと考え実施した。その結果介助を必要とせず寝返る事が可能となった。その後も1・2週間ギャッジアップを利用して徐々に角度を低くすることで、背臥位からの寝返り動作を獲得できた。また、寝返り動作訓練と並行して起き上がり動作訓練も実施してきた。起き上がり動作は切断前動作の再獲得を目指した。訓練開始当初では、起き上がる際断端部への荷重痛が強いこと、体幹筋の筋力低下のため介助なしでは頭部の挙上しか行えなかった。そのため、体幹筋の筋力強化訓練を追加し反復訓練を実施した結果、軽介助にて起き上がることが可能となった。[今後の課題]現在、リハ室内でベッド柵使用にて寝返り動作は自立、起き上がり動作は監視から軽介助レベルである。しかし、病棟においては患者の依存心が強く、獲得した動作を活用できていない。今後の課題としては獲得した動作の実用化にあるのではと考える。そのためにも患者への指導だけでなく、病棟スタッフとの連携が重要と考えている。 [まとめ]非麻痺側下肢の機能を失ったことで、残された機能を生かし寝返り・起き上がり動作の獲得を目標にアプローチを実施してきた。ベッド柵使用であるが、ADL能力は向上してきたといえる。
著者
坂本 雄 小諸 信宏 山崎 真也 吉田 智貴
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100327-48100327, 2013

【はじめに、目的】 2007年に策定された「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス:WLB)憲章」および「WLB推進のための行動指針」は、政労使トップにより2010年に見直しがなされ、実現に向けてより積極的に取り組む姿勢が示されている。医療機関においてもWLB実現に向けた取り組みの輪が広がりつつあるが、推進の障壁となる問題として長時間労働がある。労働時間、特に残業時間を減らすことはWLBを推進する上で、組織にとっても働く個人にとっても重要課題であり、リハビリテーション(リハ)部門においても例外ではない。今回我々は長時間労働抑制の一助とすべく、リハ部門に所属するスタッフの退勤時間に影響を及ぼす因子を明らかにすることを目的とし、個人の性格特性に着目して検討した。【方法】 対象は当院リハ部に2011年度1年間在籍した管理職と訪問リハ専従者を除くスタッフ36名(理学療法士24名、作業療法士9名、言語聴覚士3名)とした。性別は男性17名、女性19名、平均年齢27.0±3.4歳、平均経験年数3.6±2.1年であった。退勤時間には、1日勤務時(半日勤務時を除く)のICカード打刻システムによる退勤打刻時間を採用し、各スタッフの2011年度年間平均値を用いた。また、性格特性の測定には、自我状態を客観的に評価するために開発された質問紙法の新版東大式エゴグラムII(TEG2)を用い、2011年度末月に留置調査法にて実施した。退勤時間への影響因子としての検討項目は全8項目で、年齢、経験年数、スタッフ1人1日あたりの2011年度年間平均実施単位数(単位数)、TEG2の5つの自我状態尺度(批判的親:CP、養育的親:NP、大人:A、自由な子ども:FC、従順な子ども:AC)とした。なお、2011年度は、リハ部の年間目標の1つに退勤時間の短縮を掲げて取り組んだ。分析方法は、退勤時間と各検討項目との関連性についてピアソンの相関係数を用いた。さらに、退勤時間を従属変数、各検討項目を独立変数とした重回帰分析のステップワイズ法を用いて退勤時間に影響を及ぼす因子を抽出し、因子の影響度合について確認した。統計解析にはIBM SPSS Statistics 19を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】 ヘルシンキ宣言に基づき、対象者には研究の趣旨および目的、研究への参加の任意性とプライバシーの保護について十分な説明を行い、同意を得た。【結果】 ピアソンの相関係数より、退勤時間と有意な相関が認められたのは、影響因子として検討した全8項目のうち3項目で、単位数(r=0.43,p<0.01)、CP(r=-0.56,p<0.01)、A(r=-0.61,p<0.01)であった。重回帰分析の結果、分散分析表は有意(p<0.01)で、決定係数0.56、自由度調整済み決定係数0.52、ダービン・ワトソン比2.08であった。抽出された因子は単位数(標準偏回帰係数(b)=0.26,p<0.05)、CP(b=-0.33,p<0.05)、A(b=-0.43,p<0.01)で、退勤時間への影響力はA、CP、単位数の順に強かった。【考察】 結果より、今回検討した8項目のうち退勤時間に影響を及ぼす因子は、単位数、CP、Aであることが分かった。さらに、本来、実働時間に直結すると考えられる単位数よりも、CP、Aといった自我状態尺度(個人の性格特性)の方が退勤時間への影響力が強いことが明らかとなった。TEG2では、CPが高い場合「自分に厳しい」「責任感が強い」「目標意識が高い」などの特徴が、また、Aが高い場合「効率的に行動する」「計画的に行動する」などの特徴が見られるとされている。このようなことから、スタッフ個人の仕事に関する自律性、すなわち仕事内容やペース、時間管理などに関する統制力も、退勤時間に強く影響を及ぼすものと考えられた。退勤時間短縮・残業時間削減には、組織として付加価値の高い仕事に傾注できる環境を整えることや、早く帰れない雰囲気を払拭するなど、組織文化を醸成することが重要であることは無論である。しかし、ゴールに向けて最短距離で進む仕事の仕方を意識させ、意味のない長時間労働をしなくても成果を上げる方法を身に付けさせるなど、個別的にスタッフ教育を行っていく必要性があるといえるであろう。【理学療法学研究としての意義】 理学療法士が所属するリハ部門でもWLBの推進は大きな課題である。本研究にてリハ部門スタッフの退勤時間に影響を及ぼす因子が見出せることは、WLBの前提となる長時間労働抑制すなわち残業時間短縮に向けた対策を講じることが可能となる。
著者
中村 豪志 樋口 博之 萩原 純一 新町 景充 宮崎 真由美
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.EbPI1404-EbPI1404, 2011

【目的】<BR> 麻痺側上肢が実用的に使用できない脳血管障害片麻痺者にとって、洋式便座での排泄動作(以下、トイレ動作)は自立が難しいADLのひとつであり、手すりの利用が重要である。従来、トイレ動作における標準的なトイレの手すりとしては、便座に座って患側の壁に壁離れ寸法が数センチのL字手すり(以下、標準型手すり)を設置するというケースが多く見られる。しかし、この環境では、L字手すりが立ち座り動作や移乗動作の補助にはなるが、立位保持の際に健側上肢の動きが壁によって制限され、下衣の上げ下げ動作の補助にはなりにくい。<BR> そこで、壁離れ寸法を20~25cmとし、一部にクッション材を当てたL字手すり(以下、支持型手すり)を考案した。脳血管障害片麻痺者が支持型手すりを利用すると、手すりの縦部分で麻痺側の胸部もしくは頭部を支持して、自由度が高くなった健側の上肢で下衣の上げ下げ動作が容易になる。これによって、下衣の上げ下げ動作が自立もしくは介助量軽減した症例を経験し、支持型手すりによるトイレ動作が効果的ではないかと感じた。<BR> 本研究では、標準型手すりによるトイレ動作と支持型手すりによるトイレ動作を比較・検証し、考察することを目的とした。<BR>【方法】<BR>1.対象者 <BR> 対象者は、宮崎県内の介護老人保健施設を利用されており、車椅子を日常的な移動手段としている脳血管障害を有する者で、麻痺側の上肢が実用的に使用できない者とした。認知機能の低下により動作指示の理解ができない者は除外した。そのうち、同意を得られた10名を対象とした。内訳は、男性4名、女性6名、平均年齢68.9±10.3歳だった。<BR>2.実験手順<BR> 実験1:対象者の腰部周囲計に3cmプラスした長さのセラバンドを下衣に見立てて、両側の膝蓋骨上周囲と腸骨周囲を基準線とし、セラバンドを基準線まで上げる動作・下げる動作を標準型手すり、支持型手すりで各々3回繰り返す。動画データをパソコンに取り込んだ後、動画再生ソフト上で上げ下げ時間を測定する。<BR> 実験2:便座に移乗していただいてから立ち上がり、健側下肢の横に50cmの棒を設置する。姿勢が安定したら、膝を曲げないようにして健側の上肢を垂直下方の限界点まで伸ばす動作を標準型手すり、支持型手すりで各々3回繰り返す。撮影した動画データを「Quick time pro」でイメージシークエンスに変換した後、「Image J」に取り込んで、基準として設置した50cmの棒の上端から手指の最下点までの距離を測定する。<BR> 統計的処理として、paired-t検定を行い、実験1と実験2で、標準型手すりと支持型手すりとの比較を行った。<BR>【説明と同意】<BR>書面と口頭による説明を本人もしくは家族に行ない、同意を得た後書面にサインをいただいた。<BR>【結果】<BR> 実験1では、標準型手すりの上げ下げ時間平均は26.8±11.1秒、支持型手すりでの上げ下げ時間平均は22.8±9.8秒だった。10名中、7名が支持型手すりで上げ下げ時間が短かったが、有意差は見られなかった。実験2では、標準型手すりでのリーチ距離は15.7±9.3cm、支持型手すりでのリーチ距離は17.5±8.2cmだった。10名中6名が支持型手すりでのリーチ距離が長かったが、有意差は見られなかった。<BR>【考察】<BR> 今回の実験に使用した手すりは、施設内にある既存のトイレ手すりのみだったので、対象者の身長や体幹の変形などを考慮した手すりの設定ができなかったが、それを考慮しても全ての脳血管障害片麻痺者に適するというわけではなかった。今後は、1)脳血管障害片麻痺者でも状態は様々なので、対象者個々人のバランス能力や体格に応じた手すりを設定する。2)もたれかかる動作を意識した運動療法のプログラムを確立する。3)手すりの素材や形状をさらに工夫する、という点を考慮し、より有効な手すりとして実用化できるように努めたい。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 支持型手すりでのトイレ動作を確立できれば、脳血管障害片麻痺者が使用する手すりの選択肢のひとつとして適用できると思われる。それによって、脳血管障害片麻痺者に対してADLやQOLの向上に貢献できるのではないかと考える。また、家庭復帰につながれば、地域福祉・地域リハビリテーションにも貢献できるのではないかと考える。
著者
松田 英希 榎 真奈美 伊藤 絵里子 藤澤 美由紀 山中 崇
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2003, pp.B0464-B0464, 2004

【はじめに】身体機能的には可能であったにも関わらず、器質性人格障害のためにADL自立が困難であったクモ膜下出血の症例を経験したので報告する。<BR>【症例】33歳男性。身長172cm、体重65.3kg。病前の性格は温厚。平成14年8月9日、クモ膜下出血発症。同日、緊急開頭血腫除去術・脳動脈クリッピング術・外減圧術施行。平成15年3月18日、リハビリテーション目的にて当院リハビリテーション科へ転院となった。転院時所見としてCTにて前頭葉の広汎な病変を認め、右片麻痺・人格感情障害・知的低下・注意障害・記憶障害・失語症・右半側空間無視・Alien Hand(右手)が見られた。Brunnstrom Recovery Stageは右上肢V・右手指V・右下肢IV。起居動作は軽度~中等度介助、歩行は中等度介助で、周囲の状況や身体の状態に関係なく動作を行い、転倒・転落の危険を伴った。<BR>【経過】平成15年3月19日、当院PT・OT・ST開始。車椅子にてリハビリテーションセンターに来室。ROM ex.や坐位・立位でのBalance ex.などのアプローチは協力を得られず、暴力的になったり寝てしまったりした。そのため、臥位から起き上がって歩くという一連のプロセスを、誘導しながら介助して患者のペースで行う方法が中心となった。介助に対して暴力的になり歩行中でも振り払おうとしたため、衣服の皺を伸ばすように見せるなど、患者の注意を変換することで興奮の抑制を図った。排泄・入浴場面では、激しく興奮し状況判断せず行動するため2~3人の介助が必要で、OTの介入も困難であった。同年4月中旬には、右下肢の支持性や歩行バランスの向上により屋内歩行が軽度介助レベルとなり、屋外での不整地・段差・スロープ歩行が可能となった。同年6月12日には屋内歩行が遠位監視となったが、介助に対する暴力的な行動は変わらなかった。本症例は、家族の在宅困難との判断により、平成15年7月25日転院となった。<BR>【考察】本症例は運動機能としての起居移乗動作や歩行は自立したが、ADL自立には至らなかった。屋内外ともに移動手段として歩行を確立できたのは、患者が介助を意識しないようにアプローチしたり、リスクを伴うと考えられる歩行条件でも、あえて患者の選択を尊重し、PT中の情動爆発を可能な限り抑制したことが功を奏したと考えられる。しかし全般的な脱抑制により動作のほとんどが無目的で、特に排泄・入浴動作の指導・介入に対しては激しい情動爆発が見られるなど、状況に応じた適切かつ安全な行動が困難であった。本症例の経験より、精神科領域の知識や症状のとらえ方は、我々PTの臨床場面にも求められると思われた。
著者
樋口 謙次 中村 智恵子 佐藤 信一 安保 雅博
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.B0879-B0879, 2005

【目的】急性期脳血管障害の予後予測の指標として用いられる二木の報告は、内科的治療を行なった患者を対象とした研究であり、外科的治療を行なった患者に対する予後についての報告は少ない。本研究の目的は、脳出血患者の内科的治療患者と外科的治療患者において、起居動作能力を経時的に評価し、その推移を探り、動作能力から比較及び予後を検討することである。<BR>【対象】2000年4月~2004年7月の間、脳出血患者で理学療法開始が発症から10日以内であり、発症から30日以上在院した43例を対象とした。対象の内訳は男性34例、女性9例、平均年齢59.3±12.9歳、内科的治療30例、外科的治療13例である。<BR>【方法】当院で使用している脳血管障害早期理学療法評価表を後方視的に調査した。内科的治療群(以下内科群)及び外科的治療群(以下外科群)の2群間の動作能力の推移を検討するために発症から10日目、20日目、30日目の動作能力を坐位不可能、坐位可能、立位可能、歩行可能の4つに分類し、経時的な動作能力の変化について検討した。また、10日目、20日目、30日目のそれぞれの動作能力について内科群と外科群を比較した。統計処理は、χ<SUP>2</SUP>検定を用い、有意水準は5%未満とした。<BR>【結果】10日目における4つの動作分類(坐位不可、坐位可能、立位可能、歩行可能)では、内科群は、46.7%、46.7%、6.6%、0%であり、外科群は、84.6%、7.7%、7.7%、0%であった。20日目では、内科群は、23.3%、36.7%、26.7%、13.3%であり、外科群は、53.8%、30.8%、0%、15.4%であった。30日目では、内科群は、13.3%、30.0%、26.7%、30.0%であり、外科群は、30.8%、38.5%、7.7%、23.0%であった。10日目の動作能力において2群間に有意差が認められた(p<0.05)。また、両群において10日目坐位不可である患者の動作能力推移は、20日目において坐位不可(内科群50.0%、外科群63.6%)、坐位可能(内科群42.8%、外科群36.4%)、立位可能(内科群7.2%、外科群0%)であり、30日目では、坐位不可(内科群28.5%、外科群36.3%)、坐位可能(内科群28.5%、外科群45.4%)、立位可能(内科群28.5%、外科群9.1%)、歩行可能(内科群14.5%、外科群9.1%)であった。<BR>【考察】動作能力の達成率では、30日目において内科群が5~6割の患者が立位可能であるが外科群は3割程度であり、短期的な目標設定を考えると2群において差異があると考えられる。また、10日目の動作能力では、2群で有意差を認め、外科的治療患者の術後管理による影響があると考えられる。また、10日目に坐位不可能な2群の動作能力推移に類似性がある点は興味深い。
著者
丸田 一郎 江上 健
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.BbPI2178-BbPI2178, 2011

【目的】応用行動分析学は、近年注目を集め、理学療法学における研究もされている。しかし、実際の臨床において、「しているADL」が拡大できない理由について、意欲低下や依存心といった言葉で片付けられることが多い。今回食事場面でのADL練習を行い、食事動作が「しているADL」に定着した症例について応用行動分析学的考察を行ったので以下に報告する。<BR>【方法】症例は、多発性硬化症により四肢麻痺を呈する70歳代の男性である。感覚は表在感覚および深部感覚中等度鈍麻、全身性のしびれ感と疼痛を有している。筋力はMMTで頚部3、肘関節屈曲3、その他四肢と体幹2、握力は左が1kgで右が0kgである。ADLは重度介護を必要とし、FIMで運動項目が15点、認知項目が31点である。ナースコールは手に固定して中指でなんとか押せる状態で、日中は食事と理学療法時以外は臥床して過ごしている。<BR>本症例は、上肢機能の回復が比較的良好であり、本人の希望もあり自立する可能性と必要性が高い食事動作に対して自立を目標に介入した。当初は、筋力と筋持久力の向上を目的にリハビリテーション室での食事動作練習を中心に行ったが効果に乏しかったことから、実際の食事場面でのADL練習のみを行うようにした。<BR>食事場面での練習の方法としては、ベッドフルギャッジアップにて自助具を用い可能な限り自己摂取を促し、疲労が出現した時点で介助により食事をとるようにした。しかし阻害因子として、しびれ感や疼痛といった異常感覚の増悪および疾病からくる易疲労性があり、食事動作の持久性の低下が認められた。 <BR>セラピストが練習として立ち会っている食事場面では、異常感覚の増悪と易疲労性はあるものの自助具を用い20口程度食事動作を行うことが可能であった。しかし、セラピストが立ち会っていない食事場面では、10口程度食事動作を行うと介助を希望し、自己摂取量を増やそうとしないことが続いた。<BR>そこで介入方法を変更し、本人了解のもと、ギャッジアップ座位時間の延長を目的に自己摂取終了時から介助を行うまで10分時間をおくように条件設定を行った。また、ギャッジアップに対しても食事動作と同様に持久性の低下があるにもかかわらず、症例の思考の中には「早く食べ終えれば早く寝られる」という考えがなかったことから、その考え方の提示を行った。<BR>【説明と同意】本研究は当病院の倫理委員会で承認され、研究の目的や方法について記載した同意書を用い本人に十分説明した上で同意していただいた。<BR>【結果】条件設定の変更後、自己摂取終了時より10分間、介助を行わない間に、なるべく自己にて摂取する量を増やし、介助にて摂取する量を少なくして、食事を早く終了しようとする様子がみられた。その後徐々に自己摂取量が増加した。5ヵ月後には異常感覚の増悪について変化は無かったものの、筋力と筋持久力には改善を認めた。そして食事動作の持久性は向上し、全量自己摂取が可能となり、「しているADL」に定着することができた。<BR>【考察】応用行動分析では、ABC分析の中で、行動に対する先行刺激と後続刺激の整備を行い、個人と環境の相互作用にアプローチを行う。これを症例に対し当てはめ考えていくと行動は「食事をする」になり、先行刺激は「早く食べ終えれば早く寝られる」、後続刺激は、「実際に早く寝られた経験」と「異常感覚の増悪」、「疲れたら介助により食べられる」となる。<BR>当初、食事動作の持久性の向上がみられず、「しているADL」がなかなか定着しなかった原因として、有効的な強化刺激に乏しく、「異常感覚の増悪」と「疲れたら介助により食べられる」といった嫌悪刺激が強いことがあげられる。そこで、条件設定の変更と「早く食べ終えれば早く寝られる」というポジティブルールの提示によって、「食事介助開始までの10分間に自己摂取量を増やせば、早く寝られる」という状況を作ることができた。そのことが自己摂取量を増やすことに対しての取り組みを促進する活動性強化となった。そして、自己摂取量を増やし、「実際に早く寝られた経験」を繰り返す事で更なる強化刺激が生じ、更なる自己摂取量増大を促進したものと考える。以上より、条件設定と思考提示により「自己摂取量を増やせば、早く寝られる」という状況を作ったことで「実際に早く寝られた経験」という強化刺激を生じさせる事ができたと考える。そして、学習の経過と結果が行動内在型強化として働くようになったことで食事動作が「しているADL」に定着したものと考える。<BR>【理学療法学研究としての意義】今回は経験的にADL練習を行い「しているADL」が定着したにすぎない。臨床において、意欲低下や依存心という言葉はあくまでも結果であり、それらを生じさせている原因があることを常に考え理学療法を行うことが重要である。
著者
齋藤 裕一
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.CbPI1274-CbPI1274, 2011

【目的】<BR> 脊椎後弯変形は高齢者における代表的な病態のひとつであり、膝関節疾患等と併合して起こる姿勢アライメント不良や生活動作制限、転倒等の要因となりうる。脊柱後弯姿勢により姿勢アライメントが乱れ転倒リスクが高まることは報告されている。姿勢アライメントとしての脊柱後彎姿勢の評価方法は様々な方法が報告されているが、脊柱後彎のみに対する評価の報告は多くない。今回は簡易的かつ安価で行える自在曲線定規を用いて評価し、脊柱後彎を円背姿勢に置き換え評価することとした。本研究は加齢による脊柱後弯変形や転倒リスクを検討する為の先行研究として、健常者における脊柱後弯の程度(円背指数)を知ることを目的とした。<BR>【方法】<BR> 対象者は、脊椎疾患を有してない健常女性42名とした。平均年齢は44.0±9.7歳、平均身長は157.1±5.2cmであった。円背指数の計測方法としては、腕組み・足底非接地の安楽座位にて市販されている60cmの自在曲線定規(発売元:金亀糸業株式会社)を用い、第7頚椎(以下、C7)から第4腰椎(以下、L4)棘突起までの背部の彎曲の形状を紙上にトレースした。紙面上にトレースした彎曲のC7とL4を結ぶ直線をL(cm)、直線Lから彎曲の頂点までの垂線の距離をH(cm)とし、Milneらの式を用い、その割合を円背指数=H/L×100として算出した。評価は同一の理学療法士により行われた。そして、円背指数を平均値とこの95%信頼区間の範囲を求めた。また、被検者間の個体差として、身長差で生じる対象者の脊椎の長さ(C7~L4)を考慮し、身長(cm)と脊椎の長さC7~L4間の彎曲距離(以下、彎曲距離)を測定した。そして、各々の身長に対して、彎曲距離、L、Hを比較した。<BR>【説明と同意】<BR> 対象者は医療・介護施設の職員であり、書面にて本研究の目的と方法を説明し、署名により同意を得られた者である。<BR>【結果】<BR> 円背指数の平均値は8.08(3.19~11.36)であり、95%信頼区間は-0.63~0.63であった。その他の測定結果は以下に示し、カッコ内は最小値~最大値の範囲を示した。身長の平均値と95%信頼区間は157.1±5.17cm(145cm~166cm)、彎曲距離の平均値と95%信頼区間は46.3±2.14cm(43.0cm~49.5cm)、Lの平均値と95%信頼区間は43.1±2.06cm(39.5cm~47.0cm)、Hの平均値と95%信頼区間は3.5±0.88cm(1.5cm~5.0cm)であった。被検者間の個体差では、身長と彎曲距離の比較では相関を認めたが、身長とL、Hの比較ではどちらも相関を認めなかった。<BR>【考察】<BR> 今回計測方法はMilneらにより再現性が証明されている。また、寺垣らは高齢女性での観察における円背指数を正常9.2±2.5、軽度後彎12.7±3.6、中等度後彎17.9±2.5、重度後彎22.3±2.5と示している。被検者間の個体差について、身長と脊椎の長さでの相関は円背指数が身長差等の構築学的影響を受けないことが示された。円背指数に影響を与えるL、Hの2項目で個体差を認めなかったことから、本研究で示された平均円背指数は妥当であると考えられる。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 本研究において健常女性の円背指数の平均値を知ることができた。自在曲線定規を用いた計測を行うときの基準値となり、脊柱後彎を評価する上での判断基準が示唆された。今後の方向性として、対象者の人数を増やして、より厳密に基準値を明確化していく必要がある。また、性差や年代による円背指数の変化を検討し、転倒リスクを評価できる独自のツールを作成していきたい。
著者
仙波 浩幸 八木 幸一 清水 和彦
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.G4P2315-G4P2315, 2010

【目的】臨床実習IIは理学療法専攻学生にとって、学外のそれぞれの実習地で、3週間という長期にわたり、同級生と離れて実践し、医療専門職、社会人として対象者と向かい合わなければならない。3週間の臨床実習IIにおける学生の生活情報、精神心理面の情報を収集分析し、学生の主観的満足度、主観的達成度に影響を及ぼす要因を明らかにして、有意義な臨床実習の遂行ができるように、臨床実習指導者及び教員が、精神心理状況も配慮した指導ができるための知見を獲得することを目的とした。<BR>【方法】対象は本学1期生62名(男子42名、女子20名、現役55名、1,2浪7名)である。平成21年2~3月の3週間にわたり実施した3年次臨床実習IIを分析対象とした。データ収集は、臨床実習開始前、臨床実習終了時にオリジナルな質問紙法により収集した。基本情報は、現役浪人区分、通学時間、家族同居有無、同級生との連絡頻度、学内学業成績5分位、1日の帰宅後の学習時間、主観的余裕度、課題量、指導者との人間関係、患者との人間関係、全般的満足度、全般的達成度である。全般的な精神健康度はGeneral Health Questionnaire (GHQ-12)、睡眠状態はPittsburgh Sleep Quality Index (PSQI)、抑うつ状況はZung Self-rating Depression Scale (SDS)を使用した。<BR>【説明と同意】本研究開始にあたり、対象学生に対し、本研究の目的、意義について説明会を開催し文書による承諾を得て実施した。<BR>【結果】主観的満足度は70.7±18.5%であった。また、主観的達成度は59.1±16.7%であった。<BR>1)主観的満足度に影響を与える因子(単相関、P<0.05 *:P<0.01)終了時うつ状態(r= -0.45)*、開始時導眠時間(r= -0.28)、指導者との人間関係(r= 0.46)*、状態不安(r= -0.26)、実習成績(r= 0.38)*、主観的達成度(r= 0.63)*;2)主観的達成度に影響を与える因子(単相関、P<0.05 *:P<0.01)主観的余裕(r= -0.29)、課題困難度(r= -0.27)、終了時うつ状態(r= -0.38)*、開始時導眠時間(r= -0.38)*、指導者との人間関係(r= 0.30)、実習成績(r= 0.31)、主観的満足度(r= 0.63)*;3)主観的満足度に影響を与える因子(重相関・ステップワイズ、P<0.05)、指導者との関係が良好なこと(t=3.0)、うつ状態が低いこと(t=-2.6);4)主観的達成度に影響を与える因子(重相関・ステップワイズ、P<0.05)、指導者との関係が良好なこと(t=2.2)、うつ状態が低いこと(t=-2.1)<BR>【考察】 学生の臨床実習における主観的満足度、主観的達成度は、臨床実習指導者との良好な関係、うつ状態が大きな影響を与えている。臨床実習指導者との良好な関係には、経済産業省が提唱する社会人基礎力(基礎学力、コミュニケーション能力、積極性、問題解決力など)という社会人として活躍するために必要な能力の要素が内包していると考えられる。 社会人基礎力は、学生の臨床実習指導者との人間関係自己評価、臨床実習指導者の総合評価に集約されていると考える。また、もう一つの重要な側面である精神的健康度としてうつ状態の評価が重要である。以上より臨床実習の遂行には、基礎学力、社会性、精神的健康度のいずれも良好であることが欠くことができない条件であり、学生の自己評価として主観的満足度、主観的達成度の評価に現れていると考える。このことが、教員、臨床実習指導者ともに留意して指導にあたる必要がある。<BR>【理学療法学研究としての意義】学生の主観的満足度、主観的達成度は、社会人基礎力、精神的健康度が大きく関与しており、臨床実習の鍵を握っている。この点を教員、臨床実習指導者ともに留意すべきであり、個々の学生に応じた目標設定や対応が重要であることを客観的に明らかにした。
著者
吉永 龍史 小野 武也 沖 貞明 大塚 彰 梅井 凡子 星本 諭 中平 剛志 高橋 祐二 小林 弘基
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.A4P2062-A4P2062, 2010

【目的】関節拘縮の治療に関わるものは、関節の動きを維持するために一日に必要な関節運動の時間を知りたい。この検討は動物実験を通して、関節をギプスなどで固定した後、固定を外してストレッチを一日につき一定時間実施し、再び関節を固定する方法で行われている。これを1週程度毎日繰り返し、最終日は固定を外して治療として持続的伸張運動(以下、ストレッチ)を実施した後に、効果判定の関節可動域テストを行っている。ここでポイントとなる点は、最終日の効果判定直前に治療としてのストレッチを行っている点である。先に述べた方法による最終日の関節可動域の効果判定結果は、 2つの影響が含まれていると考えられる。一つは毎日行う関節運動の影響(蓄積効果)である。もう一つは、最終日の関節可動域測定直前のストレッチの影響(即時効果)である。蓄積効果と即時効果を含む方法による研究結果によると、関節の動きを維持するために一日に必要な関節運動の時間はおよそ30分/日であろうと推測されている。ところが、我々は朝起きるとストレッチを行わないでも関節可動域は維持できている。これは、前日までの関節運動が十分に行われているためと考えることができる。このようなことから、効果判定を行う直前にストレッチを行わないで、関節の動きを維持するために一日に必要な関節運動の時間を検討することも重要と考えられる。本研究の目的は、即時効果を省き蓄積効果により関節の動きを維持するために一日に必要な関節運動の時間の検討である。<BR>【方法】8週齢のWistar系雌ラット20匹を用いた。ラットは10匹ずつ無作為に2群に振り分けた。そのうち1群は、左後肢を「正常群」、足関節最大底屈位でギプス固定した右後肢を「固定群」とした。さらに、固定群と同様にギプス固定を行い、2日目から最終日(7日目)の前日までの計5回、1日1回ギプスを外し、麻酔下でバネ秤を用い30gで30分ストレッチを実施した右後肢を「30g伸張群」とした。尚、固定期間は1週間とした。すべてのラットは飼育ゲージ内で水と餌も自由に摂取する事ができるようにした。足関節背屈角度(以下、背屈角度)は、初日と最終日(7日目)の背屈角度を測定した。ただし、実験最終日には、ストレッチを実施しないでギプス除去後に測定した。測定は、麻酔で小型筋力計を用いて30gの力を加えた状態で行った。統計処理は、実験前の各群間の背屈角度の比較に一元配置分散分析を、また各群の初日と最終日の背屈角度の比較をKruskal-Wallis検定によって確かめた後、有意差を認めた場合は多重比較検定にScheffe法を適用した。なお、危険率は5%未満をもって有意とした。<BR>【説明と同意】本研究は、本学の研究倫理委員会の承諾を受けて行った。<BR>【結果】実験前の背屈角度は、正常群が37.9±1.2°、固定群が37.6±1.3°、30g伸張群が37.0±1.6°ですべての群間で有意差を認めなかった。最終日の背屈角度は、正常群が37.9±1.7°、固定群が73.4±4.8°、30g伸張群が84.5±6.5°であった。実験前後の背屈角度の比較から固定群および30g伸張群には、実験後に有意をもって拘縮発生を認めた。また、各群間の比較では、すべての群に有意差が認められ、30g伸張群がストレッチを行ったにも関わらず、関節拘縮が最も発生していた。<BR>【考察】本研究の結果から、最終日にストレッチを行わずに効果判定を行うことで、30分/日で行うストレッチによる蓄積効果のみではギプス固定除去直後に関節拘縮が生じることが明らかとなった。また、ストレッチを行った30g伸張群が固定群と比較して関節拘縮がより悪化していた。ストレッチを行ったにも関わらず30g伸張群が固定群と比較して関節拘縮が悪化した原因について、先行研究によると、ギプス固定1週間のラット足関節の制限因子は、皮膚切開によって10%、下腿三頭筋切除によって80.5%であったと報告していることからも、軟部組織による制限因子であると推測される。そのため、30gによるストレッチが重すぎたのではないかと考えられる。もう一つの原因は関節可動域運動の時間が不足していたと考えられる。小児を対象とした先行研究では1日約6時間の関節運動を必要としている。このことから、関節可動域運動の伸張時間が長いほど関節拘縮を防ぐことができると考えられる。よって、本研究の関節可動域運動の時間は不足していたと考えられる。蓄積効果により関節の動きを維持するために一日に必要な関節運動の時間は、即時効果を含めた場合よりも多くの時間を必要とする可能性が考えられる。<BR>【理学療法学研究としての意義】日々臨床で遭遇する関節拘縮を予防するために必要な運動時間を知ることは重要である。<BR>
著者
石田 貴恵 横井 輝夫 青山 景治 森田 枝里香
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.E3P2228-E3P2228, 2009

【緒言】認知症者のケアを困難にし,認知症者やその家族のQOLを低下させる主な原因は,記憶や判断,言語などの認知機能の減退ではなく,認知症に伴う行動障害や心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:BPSD)である.理学療法場面においても,認知症者を対象とする機会は増加しており,彼らの示すBPSDについての理解は不可欠である.本論では,様々なBPSDのうち,施設入所の引き金になり,交通事故の犠牲になる原因でもある徘徊の心理的な特徴について,横井らが作成した人間関係の視点に基づいたBPSDの解釈モデルを用いて分析した.<BR>【対象と方法】対象は介護老人保健施設の認知症専門棟に入所し,認知症と診断された48名のうち,日々徘徊がみられた5名(全員女性でアルツハイマー型認知症,平均年齢78歳)である.この5名について,徘徊の場面を中心に筆者らが3日間観察して,その言動を書き留めた.また介護職員からも情報を得た.対象者を「心の理論」(自己や他者の行動の背景にある直接観察できない心理的な状態-意図や思考など-を推定する能力),「内省」(自己が生きる社会の基準を理解し,それらに照らし合わせて自己の思考や情動,行為が良いのか悪いのかを判断する能力),「自己意識」(自己に注視して自己と他者を区別する能力)の有無で区分された4段階に分類し,各段階でみられた徘徊の特徴について,横井らのモデルとBPSDが出現している実際の場面に基づいて分析した.尚,家族に研究の目的と方法を説明し,書面で同意を得た.<BR>【結果】「心の理論」課題通過者には徘徊は見られなかった.「心の理論」課題未通過で「内省」課題通過者1名は,徘徊している自己を「みんな遊んで歩いていると思ってやる」と悲しそうな表情で筆者に話し,自己が徘徊していることに気づいていた.そして徘徊中「どこ行けばいいか分らん,連れていって」と通りすがる重度の認知症者に話しかけ,曖昧であるが,どこかへ行きたいという目的をもって徘徊していた.また話している途中に手で顔を覆い「わあー,わからんは,どうしてええの」と泣くような表情をし,自己は混乱していた.一方,「内省」課題未通過者3名と「自己意識」課題未通過者1名では,対象者の言動からは,自己が徘徊していることに気づいている様子はなく,徘徊に目的もみられず,夜間も繰り返された.そして,居室や廊下で放尿し,人前で服を脱ぐなど他者の目を気にしないBPSDも見られた.<BR>【考察】自己を内省できなければ,内省できるがゆえの混乱は消失するが,自己が何をしているのかを意識できないため,徘徊している自己に気づかず,徘徊に目的が無くなり,他者の目を気にしない行動をとるようになると考えられた.そして,現在という時間を意識できないため,徘徊は夜間も繰り返されたと推察された.
著者
平石 恒男
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.E0989-E0989, 2006

【目的】<BR>脳卒中片麻痺患者にとって、床上での立ち座りは困難な動作の一つである。文献には立ち上がり方法についての記載は多いが、一人で立ち座りができるかどうかを予測する方法を述べているも見当たらない。そこで、今回、片麻痺患者の床上での立ち座りと立位、歩行能力の関連から立ち上がり能力を簡便に判定する方法を検討した。<BR>【方法】<BR>対象は当院に入院中の脳卒中片麻痺患者54名、男34名、女20名、平均年令65.4才、ブルンストローム下肢ステージI,II―5名 III,IV―34名 V,VI―15名 <BR>方法は立位能力を、立位から床への上肢リーチ動作を5段階、歩行能力も5段階に分け、床上での立ち座り動作の可否から関連を検討した。立ち座りについては口頭指示、台の使用を可とした。<BR>【結果と考察】<BR>1.立位姿勢から床への上肢リーチ動作と床上での立ち座りについて、<BR> 立位から手掌が床に着けられたものは37名中32名が自力で立ち座りができた。一方、それができなかった17名は、一人が台を使用してできただけだった。また、床への立ち上がりと下り動作の難易度で、前者は37名中26名が可能であったのに対して、後者が35名と、下り動作の難易度は、ほぼ、床へ手掌が着けられる動作と同じと云えたが、立ち上がり動作は、それに比較して、難しい動作であることが分かった。しかし、立ち上がりに台を使用することにより37名中32が可能となった。したがって、片麻痺患者の立位から床へ手掌が着けられる上肢のリーチ動作能力は床からの立ち上がり、床への下り動作が自力で可能か否かの指標になると考えられた。<BR>2.歩行能力と床上での立ち座りについて<BR> 室内自立歩行群19名中18名が床からの立ち座りが一人で出来、台の使用者は1名のみであった。しかし、監視歩行群では一人で立ち座れたものは半数に止まっていた。このことから、歩行の自立は台などの立ち上がり時の補助用具なしでの、自力での立ち座りの可能性が指摘された。一方、車椅子使用者でも監視歩行ができることにより、一人で床への乗り降りができるものがあることが分かった。<BR>【まとめ】<BR> 今回の研究から片麻痺患者の立位姿勢からの床へのリーチ動作と歩行能力は床上での立ち上がり動作に関連があることがわかった。特に立位姿勢から床への手掌の接地の可否は一人で床上で立ち上がりが出来るか否かの目安になると思われた。
著者
和泉 謙二 川上 勇一 法月 香代 冨田 昌夫
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.A3P2071-A3P2071, 2009

【目的】<BR> 私たちは重力を知覚し基礎的定位をし,視覚情報その他から得られる空間的定位と一致させ行為している.身体内部の非対称性は身体軸の傾きやバランス戦略等動作時の傾向性として表出される.脳血管障害者における治療用ベッド上に斜めに寝るという現象は,その一つの代表例として考えられる.<BR>今回,我々は健常人における軸の傾きやズレに対し,揺すり手技を用いた介入により修正できるか検討し,若干の知見を得たので報告する.<BR>【対象】<BR> 研究の趣旨を説明し同意の得られた健常成人15例(男:9,女:6),平均年齢29.5±5.0歳,視覚認知に問題なく神経疾患の既往がないものを対象とした.尚,本研究は当院倫理委員会の承認を受けて実施した.<BR>【方法】<BR> 頸部の軸を計測するために眉間,下顎中央に,体幹の軸を計測するために胸骨上切痕,臍にマーキングし,それぞれを結ぶ直線をベッド端まで延長した点の頭側および尾側の差とベッド長軸の長さから三角関数により傾き角度および頸部・体幹軸のズレを算出した.測定はそれぞれ安静臥位,視覚導入後,頸部からの揺すりによる介入後において行った.統計手法は求められた平均値より対応のないt検定(有意水準5%)にて比較検討した.<BR>【結果】<BR>1) 頚部の傾きは安静臥位3.2±1.6°,視覚導入後2.4±1.4°,揺すり介入後1.2±1.3°となった.体幹の傾きは安静臥位2.5±1.6°,視覚導入後2.5±1.6°,揺すり介入後1.4±1.2°となり,平均値の差の検定では頸部・体幹とも揺すり介入後が安静臥位ならびに視覚導入後よりも傾きが減少する傾向を認めた(p<0.05). <BR>2) 頸部・体幹の軸のズレは安静臥位3.3±2.2°,視覚導入後2.0±2.1°,揺すり介入後2.2±2.0°と安静臥位より視覚導入後および揺すり介入後において軸のズレが減少したが,優位な差を認めなかった.<BR>【考察およびまとめ】<BR> 私達は無意識下に重力を知覚し,自身の姿勢や行為を決定している.人間が重力に抗して活動するためには正中を知り,振れ幅の少ない左右均衡した中で動くことが,経済的である.<BR>しかし,実際に自分の正中がどこなのか明示するものはなく動くことによりボディイメージが形成され,視覚情報と一致するという知覚循環のもとに自分の位置,構えを知覚している.筋活動の不均衡や可動性の制限が生じると「動かせない」「知覚できない」身体部位ができ,知覚循環により空間との関係性を知ることが困難になると考える.<BR>今回の測定結果より,頸部からの揺すり介入は,過活動な表在筋群の緊張を抑制し,Parking FunctionあるいはDynamic Stabilizationの状態に近づけることで知覚しやすい身体づくりが可能となることで身体軸の修正,基礎的定位と空間的定位の一致させる上で有用な介入であることが示唆されたものと考えられる.
著者
吉田 盛児
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2002, pp.667-667, 2003

【はじめに】 介護老人保健施設(以下、老健とする)では中間施設としての役割の一つに在宅促進がある。在宅促進には介護力、住環境、家族背景の整備などが必要とされ、それぞれが複雑に関係しているといわれる。また、「歩けるようにさえなれば家に帰れる・・・」、「痴呆がひどいから退所はちょっと・・・」、「ADLが自立していないから退所は無理」など、利用者やご家族、時には職員の声も聞かれる。そこで、介護サービスの必要度(各要介護認定等基準時間)と入退所との関係を調査・分析し関連性を検討したので報告する。<BR>【対象および方法】 平成12年4月から平成14年6月までに当園を入所利用された14ヶ月以上入所されている男性3名、女性26名、平均年齢83.69±5.82歳の長期入所者と、自宅に退所された男性9名、女性31名、平均年齢85.28±7.39歳の自宅退所者、医療機関に転院された男性3名、女性25名、平均年齢83.04±8.57歳の病院退所者の計97名を対象とした。そこで全97名を対象に各要介護認定等基準時間ごとにK-Means法を用い統計的に基準時間が長いケースと短いケースの2群に大別し、2群を更に長期入所群、自宅退所群、病院転所群の3群に分類し、各要介護認定等基準項目ごとに二元配置分散分析を用いて両群の関係を調査・分析した。<BR>【結果】 直接生活介助:長期入所_-_病院転所、自宅退所_-_病院転所間において長期入所、自宅退所の方が病院転所に比べ有意に介助時間が短かった。(p=0.0028、p=0.001) 間接生活介助:長期入所_-_自宅退所、長期入所_-_病院転所、自宅退所_-_病院転所間において自宅退所、長期入所、病院転所の順に介助時間が有意に短かった。(p=0.0059、p=0.0277、p=0.0000) 問題行動関連介助:有意差を認めなかった。 機能訓練関連行為:有意差を認めなかった。 医療関連行為:有意差を認めなかった。<BR>【考察】 今回の結果により老健からの自宅退所には直接生活介助時間の短縮よりも間接生活介助時間を短縮する必要があることが示唆された。これは、機能訓練関連行為時間に有意差がなかったことからも生活関連動作が在宅復帰に大きく関与していると考えられ、今後の老健でのリハビリテーションのあり方を示唆するものと考える。また、問題行動関連介助時間と在宅復帰に有意差が認められなかったのは要介護認定等基準時間の問題行動関連介助時間の値が小さく統計的に時間が長いケースと短いケースに分類する際偏りが出たことが原因と思われる。このため、今回の結果からは両群の関係は明確にはできなかったが今後さまざまな要素との関係を明確にし在宅復帰に積極的に取組みたいと考える。
著者
松井 陽佑 奥山 拓朗 市川 勝 安部 記子 渡邉 和裕 吉野 靖
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Ea1028-Ea1028, 2012

【はじめに、目的】 転倒予防対策の方略としては,対象者個々の転倒リスクの評価に基づき転倒の内的・外的要因を解消させるための取り組みを行うべきであるが,簡便且つ客観的な評価方法は未だ統一されていないのが現状である.特に通所系サービスでは利用初日から送迎や移動を伴うため,初回利用日までに転倒リスクを判定し,結果を関連職種で共有しておくことが望ましく,またケアマネジャーをはじめ関連職種との情報共有にも配慮することが必要である.そこで本研究では,当院通所リハセンター利用者の転倒に関するデータを収集・解析し,転倒状況から転倒と関連のある項目を抽出することを目的とした.【方法】 要介護高齢者の転倒要因については,関連文献(Karenら 2001, 他)から抽出するとともに,全国回復期リハ病棟連絡協議会が作成した『転倒リスクアセスメントシート(以下,アセスメントシート)』の項目を準用した.このアセスメントシートは,【a.転倒歴,b.中枢神経麻痺,c.視覚障害,d.感覚障害,e.尿失禁,f.中枢神経作用薬,g.移動手段,h.認知障害】の全8項目からなり,各項目の有無により0~2点を与え,合計点からリスク1(0~3点,転倒の可能性がある),リスク2(4~6点,転倒を起こしやすい),リスク3(7~10点,転倒をよく起こす)の3グループに分類するものである.これらを合わせた全38項目を取り入れた追跡記録用紙を作成し,当通所リハセンターの看護師・介護福祉士・PT・OTにより,プロジェクト開始時以降3ヶ月ごと,および転倒時に記録された.対象者は,平成23年4月1日時点で当院通所リハを利用中の要介護者107名(男61名,女46名,平均73.3±9.0歳,要介護度1:18名,2:32名,3:26名,4:25名,5:6名)で,それぞれプロジェクト開始日から前向きに追跡調査された.3ヶ月間収集したデータについては統計学的検討を行い,非転倒者と転倒者との比較において転倒と有意な関連性のある項目の抽出を試みた.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は当院倫理委員会の承認を得て実施している.【結果】 観察期間中の転倒発生件数は24件(22%)であった.107名のうち16名(15%)が1回以上の転倒を経験し,6名(6%)が複数回転倒者であった.転倒場所は居室が最も多く(46%),転倒の96%が日中に発生していた.転倒時の外傷状況として,10件の転倒では外傷はみられず,14件(58%)にて打撲・切創・擦創がみられた.大腿骨頚部骨折や頭部外傷等の重篤な外傷はみられなかった.また,臨床データと転倒の有無をクロス集計にて整理しχ2適合度検定の結果,臨床データと転倒の有無に有意な差を認めた項目は,「中枢神経麻痺の有無」,「中枢神経作用薬の使用」,「過去1年の転倒歴」,「背中が丸くなった」,「1人で動こうとする」,「つまづくことがある」であった(p<0.05).【考察】 通所系サービスでは,利用初日から送迎や移動を伴うため,初回利用日までに転倒リスクを判定し,結果を関連職種で共有しておくことが望ましい.その意味で,本研究は簡便かつ客観的に評価できるアセスメントシートを作成するためのデータ収集の端緒となりうるものと考えられた.また,在宅ケアには様々な職種が関わるため,複雑な判定基準を要するアセスメントは使いにくい.本研究における評価には,PT・OTだけではなく看護師や介護福祉士も加わっており,今回の評価項目が多職種協働のツールとなり,ひいては情報共有の一助になる可能性が示唆された.本研究の転倒群・非転倒群の比較では6項目において有意差を認めたが,調査期間が短いことから今後は症例数を増やして調査を継続していく必要がある.なお,将来的には症例数や調査期間を再調整したうえで,転倒関連項目の統計学的抽出を行い,通所リハで活用できる簡便な転倒リスクアセスメントシートの作成につなげていく予定である.【理学療法学研究としての意義】 高齢者が要介護状態となった様々な要因を踏まえて転倒リスクを判定することは,転倒予防に有用である可能性がある.将来的に,本研究の結果に基づいた簡便に判定できるアセスメントを作成する予定であり,在宅支援に関わる専門職種間での情報共有を図る端緒として有意義である.
著者
大賀 一郎 細井 匠 牧野 英一郎
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.E3O1202-E3O1202, 2010

【目的】近年,精神科病棟においても患者の高齢化が著しく,全国で約33万人の精神科病棟入院患者のうち42.2%が高齢者という状況である。当院でも入院患者の高齢化に伴い,転倒・転落事故がアクシデントの上位を占めるに至っているが,その原因として精神科病棟の環境にも一因があるのではないかと考えた。そこで,当院の精神科病棟の職員が病棟のどのような場所を危険度が高いと判断しているのかを把握するとともに,過去一年間に起きた実際の転倒・転落事故のデータと対照させることで,転倒事故の環境要因に対する意識啓蒙につなげることを目的に調査を行った。<BR><BR>【方法】調査1では職員の意識調査として,「精神科病棟における環境面での転倒危険度意識調査」を精神科病棟に勤務する60名の看護師および介護士を対象にアンケート調査を行った。アンケートでは病棟の見取り図を作成し,病室,廊下,トイレ,浴室,ナースステーションなど全箇所に番号を振り,それらの箇所について5件法で転倒危険度の評価を行ってもらった。調査方法はデルファイ法を用いた。この方法はアンケート方式で対象者全員に対して行った質問の回答分布(中央値,四分位範囲)を各対象者にフィードバックしながらアンケートを繰り返すことで全体意見の合意,集約を図るものである。アンケートでは他にも,転倒の危険度が高いと判定された場所について,その理由や改善方法などの自由意見を求めた。調査2ではアクシデントレポートと看護記録をもとにして平成20年8月から平成21年7月までの1年間に実際に起きた転倒・転落事故を調査し,リサーチした場所での実際の転倒件数を集計した。<BR><BR>【説明と同意】職員へのアンケート調査に際しては事前に調査目的と方法の説明を紙面にて行い,同意した職員を対象に調査を行った。転倒・転落事故の調査に関しては個人名が特定できないようプライバシーに配慮した。<BR><BR>【結果】調査1では,職員に対する環境面での転倒危険度意識調査としてアンケートを3回繰り返し,集計結果に変化がないか検討するために,1回目と2回目,2回目と3回目の間で,有意水準を5%未満としたWilcoxonの符号付順位検定を用いて検討した。その結果,全ての調査箇所において,職員の転倒危険度に対する評価に有意な変化は無く,四分位範囲は狭まったため,意見は集約されたと考え,3回目のアンケート結果を分析対象とした。職員の危険度評価は5件法によるもので順序尺度であるが,危険度評価をランキングするため間隔尺度とみなし,平均値を算出した。その結果,1位が浴室で4.81,2位が脱衣所で4.40,3位がトイレで4.14であった。また,自由意見の集計結果では「水・尿による床の濡れを原因とする転倒」を危惧する意見が突出して多かった。調査2の転倒調査では,174件の転倒・転落事故を分類した結果,1位が病室で57件,2位がホールで32件,3位が廊下で23件であった。<BR><BR>【考察】精神科病棟では水に執着する患者も多く,不安定な歩行でコップに入れた水を床にこぼしながら持ち歩く患者も見受けられる。トイレは尿による床の汚染ですぐに滑りやすい状態になってしまう。このような環境の中で,精神科病棟職員は床面の濡れを原因とする転倒には日常的に注意している。今回の調査の結果でも精神科病棟職員の危険度評価は浴室周辺やトイレなど水濡れを原因として転倒の可能性の高い場所を危険度が高いと認識している。しかし,それに対して実際の転倒調査では病室における転倒事故が一番多く,職員の危険度認識と実際の転倒・転落事故の発生場所が乖離している結果であった。これは,裏を返せば職員が危険を認識している浴室,脱衣所では職員も近くにおり,十分に注意が行き届いているために転倒事故を未然に防いでいるのではないか,とも考えられる。一方,病室内は常に職員が監視することは難しい場所である。しかし,今後は実際の転倒・転落事故の多くが病室内で発生しているという事実を認識することが必要だと考える。当院は元々高齢者対象の施設ではなく,精神科病棟の廊下に手すりが無い,トイレ入口に段差があるなど,環境面での転倒危険因子が存在する。また,病室によってはポータブルトイレが多く混み合っていたり,ベッド下に衣装ケースがあるために衣類を取り出すたびに床面近くまで屈みこむ動作を強いられる環境があり,これらの環境面における転倒危険因子を少しでも除去していくことが転倒・転落事故の減少に結びつくと考える。<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】環境面から見た転倒危険度を,職員の認識と実際の転倒・転落事故の調査結果を対照させることで,職員の意識の盲点となっている転倒危険箇所を抽出し,それに対して環境面での転倒危険因子を除去するとともに,職員の意識啓蒙に繋げることで転倒・転落事故を減少することが出来ると考える。
著者
岡 真一郎 矢倉 千昭 緒方 彩 加来 剛 城市 綾子 濱地 望 木原 勇夫
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.A3O1033-A3O1033, 2010

【目的】高齢者が自立した生活を送るためには,下肢筋群の筋力を維持,向上させることが重要である.高齢者における下肢筋群の筋力低下は,歩行能力やバランス能力の低下によって転倒リスクを増加させる.また,転倒は頭部外傷や骨折などの原因となるだけでなく,転倒への不安や恐怖感から行動制限を引き起こし,ADL,QOLの低下を招くことが示されている.これらのことから,高齢者の下肢筋力評価による筋力低下の早期発見は,介護予防における筋力の維持,向上のために重要である.高齢者に対する簡易的な下肢筋力評価には,椅子からの立ち上がり動作を一定回数行ったときの時間,一定時間行ったときの回数を測定値とする椅子立ち上がりテストがよく用いられている.一方,同じ高さの椅子からの立ち上がり動作は,対象者の体重,下肢長など体格の違いによって力学的な仕事量に差が生じることから,立ち上がり回数や時間よりも立ち上がり動作の仕事率(立ち上がりパワー)で評価する方が下肢筋力を反映する可能性がある.そこで,本研究は,糖尿病予防セミナーに参加した壮年女性を対象に10回椅子立ち上がりテスト(Sit-to-Standテスト,以下STS)の立ち上がり時間(STS-time;STS-T)および立ち上がりパワー(STS-Power;STS-P)と等尺性膝伸展力との関係について調査した.<BR>【方法】対象は,島根県出雲市に在住する住民で,糖尿病予防セミナーに参加した女性47名であった.対象者の基本特性は,平均年齢58.3±4.9歳,身長1.55±0.1m,体重54.2±6.7kg,BMI22.6±2.7kg/m2であった.測定は,STS,等尺性膝伸展力の順で行った.STSの測定は,対象者に両上肢を胸の前で組ませ,両下肢を肩幅程度に開き,膝関節を軽度屈曲させ,高さ42cmの安定した椅子から立ち上がって座る動作を10回行った時間(STS-T)を2回測定し,その平均値を代表値とした.STS-Pは,椅子の高さから立位での重心位置までの仕事率とし,立位での重心位置を身長の55%として推定し,STS-P=(身長×0.55-椅子の高さ)×体重×重力加速度×立ち上がり回数/立ち上がり時間,の計算式で算出した.等尺性膝伸展力は,徒手筋力計(μTas F-1,アニマ社)を用い,対象者を診察台に座らせ,徒手筋力計の歪みセンサーをつけたベルトを診察台の支柱に固定し,歪みセンサーを下腿遠位部にあて,股関節90°,膝関節90°屈曲位での等尺性膝伸展力を左右交互に2回ずつ測定した.等尺性膝伸展力の代表値は,左右の最大値の平均値とした.統計解析は,SPSS 11.0J for Windows(SPSS Inc.)を用いて,STS-TおよびSTS-Pと等尺性膝伸展筋力との関係はPearson積率相関分析を行い,危険率5%未満をもって有意とした.<BR>【説明と同意】セミナー開始前,参加希望者から事前に書面にて説明と同意を得てから実施した.なお,本研究は島根大学医学部・医の倫理委員会の承認を得て実施された.<BR>【結果】STS-Tは,等尺性膝伸展筋力と有意な相関はなかったが,STS-Pでは有意な相関があった(r=0.37,p<0.01).<BR>【考察】本研究の結果,STS-Tは等尺性膝伸展力と有意な相関がなかったが,STS-Pでは有意な相関があった.身長から推定した立位での重心位置と体重から算出した立ち上がりパワーは,従来の立ち上がり時間による指標よりも下肢筋力を反映できるのではないかと考える.しかし,STS-Pと等尺性膝伸展力との相関は,r=0.37(p<0.01)と低かった.STS-Pの計算式における重心位置は,身長からの推定値を用いていることから,STS-Pの値に影響を及ぼした可能性がある.また,フィールド調査における徒手筋力計を用いた等尺性膝伸展力の測定では,シートやベルトによる体幹および大腿部の固定が不十分であり,発揮された筋力が部分的に歪みセンサーへの応力として伝達されなかった可能性がある.今後は,地域高齢者やリハビリテーション対象者に対する椅子からの立ち上がりパワーと下肢筋力との関係について,さらなる調査が必要である.<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】椅子からの立ち上がり回数や時間を指標とするより,体格を考慮した椅子からの立ち上がりパワーは,地域高齢者やリハビリテーション対象者における簡易下肢筋力評価として有用になる可能性がある.
著者
隅田 祥子 張 元 渡部 和彦 浦辺 幸夫
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2002, pp.144-144, 2003

【はじめに】着地衝撃には幅広い周波数が含まれており、人間の感覚として、骨を通じて生体内に伝播される低周波帯の振動は、皮膚や脂肪、筋肉組織に吸収されやすい高周波帯の振動よりも不快であり、着地衝撃の大きさが同一であっても含まれる周波数成分によって感じ方が異なると考えられている(西脇,2000)。これまでに乾燥脛骨を用いて、叩打部位による一定の振動モードが認められることが報告されている(Nakatsuchi et al.,1996)。本研究では生体において、ジャンプ着地によって足部から入力される衝撃が脛骨の各部位にどのような周波数帯で伝播されるのか、加速度の周波数解析を用いて検討した。【対象】本研究の趣旨に同意が得られ、下肢に既往歴をもたない男性6名(平均年齢20.5±0.8歳、身長168.0±6.4cm、体重57.8±7.6kg)とした。【方法】脛骨の内果および内側顆、前縁上の4箇所(脛骨近位80%・60%・40%・20%)、計6箇所に加速度計(MA3-10AC、MicroStone社製)を装着し、床反力計(5007Y15、KISTLER社製)上で最大努力によるジャンプから左片脚着地を行った。この時の床反力および各部位の脛骨に対して長軸方向の加速度を測定・記録し、MemCalc/Win(周波数解析ソフト、諏訪クラスト社製)による周波数解析を行った。西脇(2000)は着地時の加速度の周波数分析を用いてソール素材の違いによる衝撃緩衝能の評価をし、この評価がより人間の感覚に近い評価であることを確認しており、素材の違いにより15-35Hzの低周波帯でのパワースペクトルの減衰量に大きな違いがみられたとしている。このことから本研究では評価指数として15-35Hzのパワースペクトルの面積(PSD)を用いた。PSDの各部位間での有意差は、Wilcoxonの符号付順位検定を用い危険率5%未満で求めた。【結果】測定部位ごとのPSDは、内果では23.77±20.73、脛骨近位80%では31.93±14.82、脛骨近位60%では44.47±17.34、脛骨近位40%では86.52±42.69、脛骨近位20%では51.01±31.04、内側顆では53.96±43.47であり、個々により値の大小はあるものの、脛骨では全対象において近位40%で最も大きな値を示した。さらに、脛骨近位40%でのPSDは、内果、脛骨近位20%および80%でのPSDよりも有意に大きな値であった。【考察】本研究から脛骨に対するジャンプ時の着地衝撃の垂直成分は、脛骨近位40%に低周波成分が集中していることが認められた。このように骨を通じて伝播されやすい成分が多く検出される部位は、従来より指摘されている跳躍型疲労骨折の好発部位(脛骨中央部前方)に一致することが示された。このことから両者の間には因果関係があるかもしれない。
著者
國津 秀治 山下 堅志 永井 宏達 窟 耕一 今田 晃司 亀井 滋
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Ad0811-Ad0811, 2012

【はじめに、目的】 近年,タブレット型コンピュータ(以下,タブレットPC)が開発され,様々な分野への応用が期待されている.医療分野では,遠隔治療や電子カルテなどに応用されており,その有用性は確認され始めている.しかしながら,理学療法分野への応用に関する報告はなく,その可能性を模索する必要がある.そこで本研究では,理学療法においてタブレットPCをどのように使用できるのか,またタブレットPCを使用することが患者にとって有用になり得るのか,当院での取り組みを報告する.【方法】 今回,当院ではタブレットPC(Apple社製,iPad2)を使用し,対象はタブレットPCを用いた理学療法に承諾が得られた当院外来受診患者とした.タブレットPCはリハビリテーション室に配置し,理学療法施行中の姿勢・動作分析の説明と,セルフエクササイズの指導に使用した.姿勢分析の説明では,坐位や立位で患者に不良肢位が観られた際に,不良肢位をタブレット型PCで静止画撮影した.撮影した静止画はタブレットPCに即座に表示させ,画面を患者と供覧し,姿勢の特徴の説明を行なった.治療改善後,再度撮影し,患者に改善点を確認してもらった.次に動作分析では,立ち上がりや歩行などの患者の動作を動画撮影し,撮影した動画の説明には,2つの動画を同時再生できるアプリケーション(ぽかぽかライフケア社製,療法士の動作分析,以下,アプリ)を用いた.治療前に動画を撮影し,タブレットPCに表示し,患者と供覧しながら改善すべき動作の確認を行なった.治療改善後,再度患者の動作を動画撮影し,治療前,治療後の動画を同時再生し改善点を供覧した.最後にセルフエクササイズの指導では,既存アプリが存在しないため,ストレッチや筋力増強運動の当院独自の解説テキストを作成した.理学療法施行中,セルフエクササイズの指導が必要となった際には,タブレットPCから必要なテキストを選択し,無線LAN接続したプリンターで即座に印刷して患者に手渡した.タブレットPCを用いた理学療法の患者の受け入れを調査するため,対象患者には理学療法施行後に問診による聞き取りを行なった.またタブレットPCの理学療法への汎用性を調査するため,担当理学療法士への問診による聞き取りも行なった.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には研究の目的及び趣旨を口頭で説明し,参加への同意を得た.【結果】 対象患者への問診では,従来の治療の説明に比べ,視認性の向上と治療への理解が得られやすくなったとの意見が挙げられた.担当療法士からは,1)タブレットPCの使用により,患者の姿勢や動作を静止画や動画で視覚的に確認することができるようになった,2)患者の姿勢の静止画や動作の動画は経時的に保存でき,患者の状態変化の把握が容易となった,3)姿勢の静止画や動作の動画を即座に患者と供覧することが可能になり,状態を視覚的に説明することが可能になった,4)必要に応じてタブレットPCからセルフエクササイズのテキストを選択して印刷でき,時間の短縮につながった,などの意見が挙げられた.【考察】 今回,理学療法施行中の姿勢・動作分析の説明と,セルフエクササイズの指導にタブレットPCを用いて取り組んだ.タブレットPCを使用することで,視認性が向上し,治療に対する理解の共有化が図りやすくなったという意見が,患者・スタッフ双方から得られ,理学療法場面でのタブレットPC利用の有用性,及び汎用性を示唆していると思われる.タブレットPCは持ち運び易く,操作が容易であるため,患者に評価や治療効果を即座に,視覚的にフィードバックできる利点がある.一方,タブレットPCの使用に関しては,理学療法関連の数少ない既存アプリを使用するか,独自の使用方法を考案する必要があり,今後アプリの開発が待たれる.またネットワーク構築によりスタッフ間での情報共有も容易となるが,セキュリティ対策が不可欠である.これら諸問題をクリアできれば,理学療法施行場面において, タブレットPCは患者と理学療法士の間を取り持つツールに成り得る可能性が非常に高い.今後は,タブレットPCの使用前後での,治療に対する理解度や満足度などの定量的評価を行うとともに,治療効果への影響を検討していく必要がある.【理学療法学研究としての意義】 理学療法分野においてもタブレットPCの使用が,治療の一助になり得る可能性があるものと考える.
著者
明﨑 禎輝 野村 卓生 森 耕平 片岡 紳一郎 中俣 恵美 浅田 史成 森 禎章 甲斐 悟
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101832-48101832, 2013

【目的】虚弱高齢者でも実施可能なように福島県喜多方市で開発された「太極拳ゆったり体操」(以下,体操という)は,運動器の機能向上(AGG,2011)や新規の要介護認定の発生を抑制する(日老医会誌,2011)ことが証明されている.しかしながら,4種類ある体操の型(坐位版2種類,立位版2種類)について,呼吸循環系から体操の安全性について検討された報告はない.本研究は,後期高齢者を対象として,体操の安全性を呼吸循環動態から検証することである.【方法】対象は,地域在住高齢者に対する太極拳ゆったり体操プログラムの介護予防効果(UMIN000006991)の臨床研究に参加している70歳以上の3例の女性とした.年齢,BMI,安静時心拍数と血圧は,それぞれ対象1では71歳,29.2kg/m2,73回/分,142/85mmHg,対象2は76歳,21.4kg/m2,77回/分,158/77mmHg,対象3は75歳, 23.5kg/m2,66回/分,157/94mmHg,であった.体操は,坐位での2種類(約11分と6分),立位での2種類(約13分と6分)の4種類である.安全性の検証方法は,椅座位での安静3分後に4種類をランダムに十分な休息時間を設けて1日に2種類ずつ,2日で計4種類を実施した.評価項目:体操前後に血圧,Borg scaleを測定した.また,携帯型呼気ガス分析装置エアロソニックAT-1100(アニマ社)を用い,体操中の呼吸数,心拍数や呼吸商(RQ)を測定した.【倫理的配慮,説明と同意】対象者には口頭で説明を行い,同意のもとに研究を実施した.本研究は,学内研究倫理委員会で承認を受けた.【結果】対象1:体操中の最大心拍数は坐位版,立位版でそれぞれ82回/分,85回/分であり,カルボーネン式でいうk=0.16を超えることはなかった.体操後に血圧の上昇は認めず,逆に低下する傾向にあった.体操中の最大呼吸数は坐位版,立位版で,それぞれ最大25回/分,26回/分であり,安静時から大きく呼吸回数の増加,変動はなかった.対象2:体操中の最大心拍数は坐位版・立位版でそれぞれ84回/分,93回/分であり,カルボーネン式でいうk=0.24を超えることはなかった.体操後に血圧の上昇は認めなかった.体操中の最大呼吸数は坐位版,立位版で,それぞれ最大23回/分,23回/分であり,安静時から大きく呼吸回数の増加,変動はなかった.対象3:体操中の最大心拍数は坐位版,立位版でそれぞれ74回/分,85回/分であり,カルボーネン式でいうk=0.24を超えることはなかった.体操後に血圧の上昇は認めなかった.体操中の最大呼吸数は坐位版,立位版で,それぞれ最大22回/分,24回/分であり,安静時から大きく呼吸回数の増加,変動はなかった.対象3例の平均RQは坐位版で0.87±0.10,立位版で0.84±0.07,体操のMetsは坐位版で最大2.17Mets,立位版で最大2.83Metsであった.また,体操中の最大Borg scaleは,対象2において立位版で13「ややきつい」であった.【考察】対象3例において,体操実施時の最大心拍数はカルボーネン式のおおよそk=0.2程度であったこと,RQの平均も0.8であったことから,体操の坐位版,立位版ともに脂質代謝優位の有酸素運動であると考えられた.また,Metsからは坐位版ではゆっくりとした歩行,立位版では67m/分での歩行程度の身体活動量(Med Sci Sports Exerc. 2000)であると考えられた.体操後に血圧の上昇は認めず,体操実施中の呼吸回数の大きな増加や変動(呼吸数の減少)を認めなかったことから,バルサルバ様式(息をこらえて止める)を必要としない運動であると考えられた.一方,Borg scaleは対象2において最大で13「ややきつい」を認めたが,これは立位版で下肢筋力の発揮を必要とする運動パターンにおいて認めたものであり,呼吸循環系の自覚的負担を訴えるものではなく,対象3例において適切な負荷量であると考えた.以上を総合して,本体操は後期高齢者にも安全性の高い運動プログラムの一つであると考えられた.【理学療法研究としての意義】体操実施前中後の健常な後期高齢者における呼吸循環動態が明らかとなり,今後,体操を適応する対象を患者へ拡大していく上での基礎資料となる.また,本研究で得られた体操のRQやMetsは,肥満症や動脈硬化性疾患などの生活習慣病予防・改善への効果を検討する上での基礎資料となる.
著者
久保 祐子 山口 光国 大野 範夫 福井 勉
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2002, pp.118-118, 2003

【はじめに】我々は、身体を上半身と下半身とに分けた各々の質量中心点より身体重心を求める「身体重心点の視覚的評価」を考案し、臨床場面で姿勢や動作を観察する際に利用している。第36、37回日本理学療法士学術大会において、この評価をもとに歩行時の上半身の動きについて調査し、上半身質量中心点の動きが歩行時の身体重心の移動や調節に関係していると考えられた。今回は、これまでに調査した上半身の回旋運動と左右座標における上半身質量中心点の動きとの関係を調査し、さらに検討した。【方法】対象は健常者10名(男性5名、女性5名)、平均年齢25.7歳であった。動きの観察には三次元動作解析装置VICON370(oxfordmetrics社製)を用い、被験者の身体に13標点(左右肩峰、大転子、外果、第2、7、11胸椎棘突起より左右へ5cmの位置、第7胸椎棘突起)を付け、自由に歩行したところを観察及び計測した。歩行中の上半身回旋運動は、第7胸椎レベルに対する第2、第11胸椎レベルの回旋角度変化から、その回旋方向について、また歩行中の上半身質量中心点の動きとして、第7胸椎の左右座標における移動方向と速度及び加速度変化を調査した。【結果】全被験者において、上半身の回旋運動は第7胸椎の上部と下部で反対方向へ回旋し、踵接地から反対側踵接地までは、立脚側において上部は後から前、下部は前から後へ回旋していた。左右座標における第7胸椎の移動は、踵接地から立脚中期にかけて立脚側へ移動し、立脚中期に最大となり、その後、反対側へ移動していた。これは各部位においても同様の傾向を示した。上半身質量中心点における速度及び加速度は踵接地時にその方向が替わり、踵接地時には、次の支持基底面側への変化を示していた。【考察】今回の結果から、上半身質量中心点の存在する第7胸椎を支点として上半身の回旋運動が認められ、これまでの報告と同様に、効率の良い重心移動に関係していると考えられる。また、上半身質量中心点の左右座標における移動に関しては、他の部位における動きと同様であることから、これらは支持基底面上に身体重心を移動させるための変化として捉えられる。しかし、上半身質量中心点の速度及び加速度変化に着目すると、踵接地時には次の支持基底面側への力を受けており、上半身では、すでに反対側への対応が開始されているものと推察される。これまでの上半身質量中心点の観察は、身体運動に伴う受動的な変化として捉えられていたが、今回の調査から、単に受動的な変化だけでなく、連続した運動における能動的な身体調節が行われている可能性が示唆された。 今後このような上半身質量中心点の特徴を踏まえ、下半身の動きを調査に加え、歩行時における身体重心位置の調節について更に検討する必要があると考える。