著者
山田 鋭生 小野 奈生子
出版者
共栄大学
雑誌
共栄大学研究論集 = The Journal of Kyoei University (ISSN:13480596)
巻号頁・発行日
no.17, pp.115-124, 2019-03-31

本稿の目的は,幼稚園における実践を「学校的社会化」という観点からとらえることにある。「就学前教育」ということばに表れるように,幼児教育は家庭における初期社会化と学校教育との間に位置するものである。事例を読み解くにあたって,本稿ではまず「第一次的社会化」と「第二次的社会化」という概念を援用し,「学校的社会化」を第二次的社会化の原初形態としてとらえる。その上で,幼稚園年少クラスにおいて撮影されたビデオデータをもとに,それが相互行為上どのような形式で生起しているのかを明らかにしている。その結果示されたのは「質問→同時多発的応答→評価」という,幼稚園児を一斉教授へ導くと考えられる相互行為形式である。
著者
松沢 裕作
出版者
公益財団法人 史学会
雑誌
史学雑誌 (ISSN:00182478)
巻号頁・発行日
vol.112, no.1, pp.1-33, 2003-01-20 (Released:2017-12-01)

In this paper the author analyses the structure of the administrative district system (daiku-shoku system) and local assemblies in early Meiji Japan, focusing especially on their relationship.His main findings are : 1.In the case of Kumagaya Prefecture, administrative districts did not have their own administrative tasks or financial resources.They were only village groups.2.The prefectural assembly consisted of district headmen(hukukucho, who did not represent the people of the prefecture comprehensively or directly.Each member of the assembly represented each district, and because districts were village groups, assembly members needed to return to their districts to hear the opinions of village headmen (kocho) in order to respond to consultations with the prefectural government.3.However, village headmen, who were under the control of village commoners, often resisted the policies of the prefectural government and the district headmen.4.In order to overcome such a functional disorder, disctrict headmen and the prefectural government tried to set up a publicly elected prefectural assembly.Until now, the research on the local administrative district system has held that prefectural governments deprived village headmen of their function as representatives that they had duraing the Tokugawa period.The functional disorder of local assemblies has been explainted by such a deprivation of representation.However, the results of the present inquiry indicate that prefectural governments expected them to be representatives.The problem was that they failed to function as such, in spite of expectations.

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著者
大蔵省印刷局 [編]
出版者
日本マイクロ写真
巻号頁・発行日
vol.1883年07月03日, 1883-07-03
著者
上條 良夫
出版者
早稻田大學政治經濟學會
雑誌
早稻田政治經濟學雜誌 (ISSN:02877007)
巻号頁・発行日
vol.398, pp.7-13, 2022-09-30
著者
廣畑 俊成
出版者
一般社団法人 日本臨床リウマチ学会
雑誌
臨床リウマチ (ISSN:09148760)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.224-230, 2018-09-30 (Released:2019-06-01)
参考文献数
11

全身性エリテマトーデス(SLE)における中枢神経病変(いわゆる中枢神経ループス)の中でも精神症状(ループス精神病)は診断に苦慮することが少なくない.ループス精神病については,その病態形成に髄液中に存在する神経細胞に対する自己抗体が深く関与することが近年とくに注目されている.すなわち,NMDA受容体のNR2AとNR2Bに共通する部分と反応する抗体(抗NR2抗体)は,ループス精神病の髄液で有意に上昇し,その中でも特にacute confusional state(ACS)の患者で著明な高値を示すことが明らかになった.最近我々は,髄液中の抗Sm抗体がやはりACSの患者で上昇していること,さらに抗Sm抗体が神経細胞とも結合し,抗神経細胞抗体として直接ニューロンに障害を及ぼす可能性があることを明らかにした.したがって,抗Sm抗体や抗NR2抗体は,ループス精神病の重症度を反映するsurrogate markerであると考えられる.これらの抗体が髄液中で上昇する機序としては,中枢神経内での産生よりもQ albuminの上昇に反映される脳血液関門の破壊による流入が重要であることが証明されている.今後は,この脳血液関門の異常が惹起される機序について解明してゆくことが重要である. 一方,髄液中のIL-6は,ループス精神病でもneurologic syndromesのいずれでも上昇するが,前者の方が高い傾向を示す.さらにループス精神病の中でも,ACSの患者ではそれ以外の精神症状の患者に比して,髄液中のIL-6は有意に高く,前述した抗NR2抗体と同様にループス精神病の重症度のsurrogate markersとなると考えられる.
著者
三島 拓馬 上村 凌平 岸本 誠也 大貫 進一郎
出版者
The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers
雑誌
電子情報通信学会論文誌 C (ISSN:13452827)
巻号頁・発行日
vol.J105-C, no.10, pp.270-277, 2022-10-01

円柱状微小共振器の円周上を周回するWhispering Gallery Mode(WGM)を利用したレーザの放射指向性は特有の回転対称となる.本文では,共振器の形状変化を伴わない放射指向性の可変制御を検討し,ビームステアリングデバイスやスイッチング素子等への応用に向けた基本原理を確立する.WGMレーザの放射指向性は,電磁界解析に広く用いられるADE-FDTD法によりシミュレーション検証し,共振器に励起するWGM,複数レーザ間の位相差,レーザに与えるポンピング等の観点から,指向性の制御を明らかにする.
著者
小泉 丈晴 剣持 伊佐男 町田 安雄
出版者
園芸学会
雑誌
園芸学研究 (ISSN:13472658)
巻号頁・発行日
vol.2, no.4, pp.275-278, 2003-12-15

アスパラガス'グリーンタワー'の1年生株を用いた養成時の生育と促成栽培における若茎の収穫量および品質の雌雄間差を検討した.1.アスパラガスの養成株における雌雄間の形態的な差異として,雌株は雄株に比べて草丈および第1側枝の位置が高い傾向がみられた.雌の1年生株は,果実の着生が少なく,雌雄間での発生茎数の差がなく,雌株は雄株に比べて茎経が太く生育が旺盛であった.2.1年生株の促成栽培では,若茎発生数には雌雄間差はなく,雌株は1本重が重いL規格の発生数が多く,若茎重の合計で雄株より優った.3.雌株が雄株に比べ若茎頭部のしまりが良く,りん片葉のアントシアニン発生が少なかった.4.以上のことから,1年生株を用いた促成栽培では,雌株を判別して用いた方が有利であると判断された.
著者
元木 悟 西原 英治 北澤 裕明 平舘 俊太郎 篠原 温
出版者
園芸学会
雑誌
園芸学研究 (ISSN:13472658)
巻号頁・発行日
vol.5, no.4, pp.431-436, 2006-12-15
被引用文献数
2

アスパラガスでは改植後,新植圃場に比べて減収し,若年株から欠株が発生するなどの原因不明の生育障害が多く見受けられる.本研究では,アスパラガスの連作障害における要因の一つであると考えられるアレロパシーの関与について検討した.アスパラガスの根圏土壌では,アスパラガスおよびレタスに対して強い生育阻害活性が認められた.その活性は,根圏土壌の塩類の集積やpHの変動,無機養分の異常によるものではなかった.また,アスパラガスの茎葉の生育阻害活性を検討したところ,茎葉をそのまま土壌中にすき込んでもアスパラガスの生育阻害や減収の大きな原因にはならないと考えられた.一方,アスパラガスの貯蔵根には強い生育阻害活性が認められ,その貯蔵根から惨出するアレロパシー物質がアスパラガスの連作障害の一つの要因であると推察された.
著者
小林 利行
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.70, no.5, pp.2-21, 2020 (Released:2021-04-16)

本稿では、NHK放送文化研究所が、国際比較調査グループ(ISSP)の一員として2019年11月に実施した、社会のさまざまな格差意識を探る「社会的不平等」に関する調査の日本の結果について、1999年と2009年の調査結果との時系列比較を中心に報告する。 今回の調査結果からは、低所得層の増加を背景に、「日本の所得格差は大きすぎる」と思う人が20年前に比べて増加するとともに、日本の「社会構造」が、中流層より下流層が多い構造になっていると感じる人が多くなり、自分が社会のどの階層にいるかという「階層意識」についても、中流よりも下の階層にいると思う人が増えていることが分かった。 その一方で、日本が「学歴がものをいう社会」や「お金があればたいていのことがかなう社会」だと思う人が減り、「自然や環境を大切にしている社会」「人との結びつきを大事にする社会」「努力すればむくわれる社会」だと思う人が増えていることも確認された。「自然や環境」「人との結びつき」「努力」に関しては、若年層での増加が顕著であり、若者の意識の変化が、日本人全体の社会観の変化に大きな影響を及ぼしていることも分かった。
著者
大木 直子
出版者
日本選挙学会
雑誌
選挙研究 (ISSN:09123512)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, pp.19-37, 2019 (Released:2022-09-12)
参考文献数
51

本稿は,「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」(以下,候補者男女均等法)施行後はじめての全国規模の選挙である 2019年4月実施の統一地方選挙のうち議員選挙を取り上げ,自治体レベル別・党派別・男女別にデータを整理し,政治的リクルートメントの観点から,2019年の統一地方選挙において,女性の議会進出がどこまで進んだか,政党は女性候補者をどのように擁立したのか,について明らかにすることを目指す。2015年のデータと比較すると,2019年統一地方選挙では,女性候補者割合,女性当選者割合ともにすべての自治体レベルで過去最高を記録したが,地方議会全体で女性議員の増加率はわずかであった。日本の地方議会への女性の参画は着実に進んだが,なぜ「微増」だったのか。政党所属の議員割合が高く,最も女性の進出度が低かった道府県選を考察した結果,男性候補者が減少傾向であるのに対して,新人の女性候補者数やその当選率,1位当選の女性候補者数は上昇していること,その一方で,新人の女性候補者の増加が一部の政党に留まったことから,女性候補者・当選者の大幅な増加には至らなかったことが明らかになった。
著者
紺野 祐 走井 洋一 小池 孝範 清多 英羽 奥井 現理 KONNO Yu HASHIRII Yoichi KOIKE Takanori SETA Hideha OKUI Genri
出版者
秋田大学教育文化学部
雑誌
秋田大学教育文化学部研究紀要 教育科学 (ISSN:13485288)
巻号頁・発行日
vol.68, pp.75-86, 2013-03-31

The term “Education” is widely settled in modern social life. This term has infiltrated as which everyone can use very generally, therefore the meaning or the concept of the term “Education” is not so clear. Of course, in the past pedagogical studies, the effort to investigate the definition of the term “Education” has been positively performed to some degree. But many assertions of these studies were that which might not pass an analytical examination and that were without general validity. However, things concerning the Education habe come to be shared socially and problems of it are being discussed seriously in our society. So to strengthen the basics for the plentiful theoretical communications on the Education, it is necessary for us to investigate the essence of Education by appropriately analyzing the definition of the term “Education”. So this paper aims at submitting the “explicative definition” of the term “Education”. That is, this paper tries to specify an realistically actual perspective of the term “Education”, with confirming in what meaning the term “Education” has been used in some specific communities on the history of educational thought, and therewith making the concept of the “Education” more accurate. (This paper is a second part of our study.)