著者
中屋 隆明
出版者
Hokkaido University(北海道大学)
巻号頁・発行日
1997-03-25

ウイルスの感染を受けた細胞は、大別して3つの運命をたどる。一つは、ウイルスの増殖に伴い、細胞が破壊される溶解感染(lytic infection)である。第2の感染様式は、ウイルスの感染によって、細胞が、がん化(transformation)する場合である。そして第3番目は、細胞とウイルスが共存する感染様式であり、持続感染(persistent infection)ないしは潜伏感染(latent infection)と呼ばれる。特に、溶解感染を起こし、死滅するか、あるいは持続感染を起こし、ウイルスとの共存下で生き続けるかは、ウイルスの細胞傷害性と深く関わる。また、潜伏感染からの活性化は宿主側の免疫応答能と深く関わる。本研究では、ヒトに持続、潜伏感染し、免疫疾患を引き起こすヒト免疫不全ウイルス、および精神神経疾患との関連が示唆されているボルナ病ウイルスについて、その感染機序を解明することを目的とした。ヒト免疫不全ウイルス1型(Human immunodeficiency virus type 1: HIV-1)は、後天性免疫不全症候群(AIDS)の原因ウイルスであり、感染機序の解明は、治療法を確立する上で極めて重要である。本研究では、HIV-1の感染様式をin vitroの実験系において解析し、HIV-1の細胞傷害性および持続感染機序に関与する遺伝子の同定を試みた。また、HIV-1の調節タンパク質の一つであるRevの働きを阻害するデコイオリゴヌクレオチドを用いて、抗ウイルス剤としての可能性を検討した。一方、ボルナ病ウイルス(Borna disease virus: BDV)は、元来ウマに脳炎を起こすボルナ病の原因ウイルスとして分離されたものであるが、最近の研究により、ヒト、特に精神疾患患者との関連が指摘されている。一方、慢性疲労症候群は、その病因にウイルス感染症が疑われており、うつ症状などの精神症状も見られることから、本研究では、BDVと慢性疲労症候群との関連性を検討すると共に、免疫抑制状態にあるHIV-1感染者および悪性脳腫瘍患者に対するBDVの疫学調査を行い、ヒトにおけるBDVの感染様式について検討した。従って、本論文は「第1章: ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)の細胞傷害性の低下に関わるアクセサリー遺伝子の変異」、「第2章: RREデコイオリゴヌクレオチドによるHIV-1増殖抑制効果」および「第3章: ヒトにおけるボルナ病ウイルスの感染に関する研究」から構成される。第1章は以下の内容に要約される。1. HIV-1のin vitroにおける継代感染により、低細胞傷害性のウイルスが現れ、継代4代以降は持続感染する細胞が出現した。継代と共にvpr遺伝子内のナンセンス変異の割合が増加し、20代以降の持続感染細胞では、ほぼ全てのプロウイルスが変異型であった。これらのことから、vpr遺伝子の変異が細胞傷害性の低下をもたらす一因であることが示唆された。2. 継代50代において、vifからvprにかけてミスアライメント欠失と考えられる変異を伴うウイルスが検出された。この欠失ウイルスは、複製、増殖が可能であり、さらに細胞傷害性をほぼ消失していることが、組み換えウイルスを用いた感染実験により明らかとなった。3. vpr遺伝子内のナンセンス変異は生体内のプロウイルスにも高率に認められ、in vivoにおける存在様式の一つであることが示唆された。第2章は以下の内容に要約される。1.Rev response element(RRE)内のRevタンパク質結合部位(bubble構造)を含むオリゴヌクレオチド(RREオリゴヌクレオチド)を合成した。これらのオリゴヌクレオチドはRevと結合することが明らかとなった。2. RREオリゴヌクレオチド(ARO-2)は、1から10μMの濃度において、ヒトT細胞由来株であるMOLT#8およびM10細胞に持続的に感染したHIV-1(実験室株)のウイルス産生を抑制した。また、HIV-1が潜伏感染したヒトT細胞由来株(CEM)であるACH-2細胞において、TNF-α刺激によるウイルスタンパク質の合成(ウイルスの活性化)を抑制した。一方・添加濃度10μMにおいて、RREオリゴヌクレオチドの細胞に対する傷害性は認められなかった。3. RREオリゴヌクレオチド(ARO-2)は、ヒト末梢血単核球細胞に感染したHIV-1(臨床株)のウイルス産生を抑制した。第3章は以下の内容に要約される。1. HIV-1感染者(タイ国)は非感染者に比べ、BDV抗体陽性率が有意に高く、特にHIV-1陽性の性病(STD)患者ではその傾向は顕著であった。また、一般に免疫抑制状態であることが報告されている悪性脳腫瘍患者(グリオブラストーマ)の脳腫瘍組織からもBDV RNAが高率に検出された。2. 日本国内の慢性疲労症候群(CFS)患者では、健常者と比較し、抗BDV抗体およびBDV遺伝子の陽性率が有意に高かった。3. CFSの家族内集団発症例において、CFSと診断された患者(両親、次男および長女の4名)は全てBDVとの関連が示された。一方、CFSのいずれの基準にも該当しない長男はPBMC中のBDVp24遺伝子および抗BDV抗体は陰性であった。以上のことから、HIV-1はアクセサリー遺伝子の変異により、宿主細胞と共存している可能性が示唆されること、また変異が起きにくい領域(RRE)のアナログであるRREデコイオリゴヌクレオチドの抗ウイルス剤としての有用性を明らかにすることができた。さらに、BDV感染とCFS患者の発病あるいは症状との関連性を指摘すると共に、ヒトにおけるBDVの存在様式は、宿主生体の免疫応答により抑制された状態にあると考えられる知見を得ることができた。
著者
池脇 信直 園田 徹 東 和弘 いけわき のぶなお Nobunao IKEWAKI
雑誌
九州保健福祉大学研究紀要 = Journal of Kyushu University of Health and Welfare
巻号頁・発行日
no.18, pp.67-72, 2017-03-25

スイソニアから発生する水素ガス(濃度0.1~0.3%)を含む蒸気混合ガス“XEN”を鼻カニューラで吸入した。吸入後、唾液中の免疫バイオマーカーの動態を酵素抗体法(enzyme immunoassay:EIA)で解析した。その結果、“XEN”吸入15分後、唾液中のインターロイキン-1β(IL-1β)の濃度が吸入前と比較して有意に増加した(P<0.01)。一方、唾液中の可溶性CD44分子(sCD44)は吸入前後で有意な差は認められなかった。以上の結果は、“XEN”が鼻粘膜免疫系を活性化し、生体の免疫力を増強させる作用があることを示唆するものである。
著者
今栄 国晴
出版者
日本教育メディア学会
雑誌
教育メディア研究 (ISSN:13409352)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.38-43, 1995-02-10 (Released:2017-07-18)

メディアは変わっても、学習はほとんど影響を受けないという主張がある。メディアが学習効率に影響すると思われる場合は、主要要因の未統制、及びメディアの物珍しさ効果の影響を混同していることが多いという。しかし、その後、人の学習は単に情報を忠実に受容し保持するだけではなく、もっと積極的で構成的であると考えられるようになった。メディアからの情報は、短期記憶の中で変形され、長期記憶内の情報と総合されて新しい知識となり、認知構造を再編する。この過程において、マルチメディアを含むメディアの特性が強く影響することが予想され、それを支持するデータが発表されている。
著者
中野 照海
出版者
日本教育メディア学会
雑誌
教育メディア研究 (ISSN:13409352)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.1-7, 1995-02-10 (Released:2017-07-18)
被引用文献数
1

視聴覚教育の分野で教育メディア研究の課題を考える場合、その歴史的発展の中から、基本的概念や研究の視点を整理する必要があろう、そこで、ここでは視聴覚教育メディア研究の分野での一般的となっている基本的な事項を改めて整理して、今後の研究への出発点を設定することから作業を始めた。このために、「画像による新たな学習の展開」、「教育メディア研究に見られる実証主義的伝統」、「教育過程を具体化するメディア」、「教育効果に関わるメディアの属性」、「特定の学習課題に対する特定のメディアの属性」、「学習過程における画像の新たな機能の探求」から、教育メディア研究の基本的事項を吟味した後、教育メディア研究は「特定の教育課題に対して、特定のメディア属性の寄与」を目指すものとしている。その上で、マルチメディアの普及などによって、映像メディア研究の新たな課題と期待とに及んでいる。
著者
水越 敏行
出版者
日本教育メディア学会
雑誌
教育メディア研究 (ISSN:13409352)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.8-23, 1995-02-10 (Released:2017-07-18)

マルチメディアに代表される新技術は、新しい質の良いリテラシーを要求する。この論文では、この10年ほどの間になされた研究を次の視点で考察した。(1)視聴能力の構造、(2)視聴能力の発達、そして(3)視聴能力の形成。これらはメディア・リテラシーの基礎研究ともいえる。その後の研究では、映像の読解力を重視すると共に、操作能力や表現・発信する能力にも重点をおくようになってきた。そのためにメディア・パッケージやカリキュラムの開発を行って、長期的で計画的な実践研究が、東京や金沢で進められてきた。また、マルチメディアの疑似体験と直接体験との出し入れの問題、テレビ番組比較視聴を通じての批判的視聴能力の基礎研究など、最近の研究を考察する中で、近未来の研究の方向を示唆した。
著者
関谷 溥
出版者
公益社団法人 日本地震学会
雑誌
地震 第2輯 (ISSN:00371114)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.299-311, 1976-09-15 (Released:2010-03-11)
参考文献数
7
被引用文献数
4 10

The Izuhanto-oki earthquake of May 9, 1974 (M6.9) was preceded by an anomalous seismicity as shown Fig. 1. The duration from the anomalous Seismicity to the mainshock was about 10 years and 4 months. Similar phenomena were also found for 10 events which occurred at shallow depths in Japan.Considering that these data show a linear relation between the magnitude of earthquakes M and duration log T (day), the author calculated the coefficient of logT=bM+a by using the method of least squares as follows: logT=bM+a=0.77M-1.65The relation between the above formula and that of TSUBOKAWA (1969), RIKITAKE (1975) and SCHOLZ et al. (1973), which indicate with a certain accuracy the magnitude and time of an expected earthquake was given by Fig. 7.The author believes that the anomalous seismicity preceding earthquakes is one of the potential parameters which could be employed for earthquake prediction. On the other hand, in some certain fracture zones were found a premonitory change before some events. These phenomena generally are called foreshocks. Anomalous seismicity preceding smaller events cannot clearly be found by data of the Japan Meteorological Agency as shown Fig. 8. It is, however, not certain yet whether such earthquakes were not really preceded by anomalous seismicity.Our study requires further accumulation of examples from the viewpoint of ascertaining the existence of anomalous seismicity preceding earthquakes by observation network for small earthquakes.
著者
中村 亨 山本 義春
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3, pp.123-134, 2013-09-05 (Released:2013-10-29)
参考文献数
24

精神行動異常に関する情報は,精神疾患の客観的評価への重要な生体指標となり得ると考えられる.近年,著者らは日常生活下での自発的身体活動の連続計測を行い,身体活動時系列における活動/休息期間の持続時間分布に行動統計則(行動組織化則)が存在することを確認した.これにより,様々な精神疾患における行動異常の特徴を抽出することに成功するとともに,行動統計則の種を超えた普遍性,時計遺伝子変異マウスにおけるヒトうつ病様変化などを報告し,自発的身体活動の生成に関わる行動制御機構の存在とその破綻に関する知見を得た.さらには,確率的優先性待ち行列モデルにより行動統計則とその変化が説明できることを示した.本解説では,これらの研究成果を紹介するとともに,疾患の発症や増悪·軽快といった精神疾患の動的側面を理解するのに有用であると考えられる双極性障害に関する最近の研究成果を報告する.
著者
中里見 敬
出版者
東北大学
巻号頁・発行日
1994

博士論文
著者
川崎 浩司 鈴木 一輝
出版者
公益社団法人 土木学会
雑誌
土木学会論文集B3(海洋開発) (ISSN:21854688)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.I_144-I_149, 2012 (Released:2012-09-18)
参考文献数
5

東北地方太平洋沖地震以降,東海・東南海・南海三連動型地震がM9クラスで発生する可能性が指摘されている.そこで,本研究では,M9.0の地震規模を仮定した東海・東南海・南海三連動型巨大地震を対象に津波伝播予測を実施した.従来の想定であるM8.7の三連動型地震津波との比較から,地震規模の違いによる津波高および津波到達時間への影響を検討するとともに,太平洋沿岸および内湾における三連動型巨大地震津波の津波伝播特性について考究した.その結果,M9.0の場合,太平洋沿岸では,その津波高がM8.7と比べ約2倍となること,波源域から離れた沿岸では,津波到達時間が早まることが明らかとなった.さらに,内湾では,津波の高さが太平洋沿岸部に比べ小さいものの,湾口部が狭く外洋に津波が出にくいために,水位の高い状態が長時間続くことが判明した.
著者
朝山 奈津子
出版者
弘前大学教育学部
雑誌
弘前大学教育学部紀要 (ISSN:04391713)
巻号頁・発行日
vol.118, pp.55-66, 2017-10-13

H. リーマンの音楽理論の中で、特にフレージング論を総括した『音楽の長短法と軽重法の体系System dermusikalischen Rhythmik und Metrik』(1903)の「第2部 軽重法:楽節構造論」の全訳。第117号掲載の(1)を承けて本稿では、第4章第22節- 第5章第26節を取り扱う。