著者
胡琴菊
雑誌
日本教育心理学会第59回総会
巻号頁・発行日
2017-09-27

問題・目的 動機づけ研究において期待概念の中では,Rosenthal&Jacobson(1968)実験により,教師期待効果(teacher expectation effect)に関する研究が注目されてきた。教師期待効果は,ピグマリオン(Pygmalion)効果とも呼ばれ,児童・生徒の学業成績や学級内行動が教師の期待する方向で成就するという現象を意味する。ピグマリオン効果の最初の研究は,心理学の実験者を対象としたものであり,ローゼンタールらは,同様の結果は,動物を使った研究でも見られた。ネズミの学習実験においてヒントを得て,小学校の児童・生徒への実験では,教師が期待をかけた個々の生徒とそうでない個々の生徒では成績の伸びに明らかな違いが見られた。この実験をめぐっては様々に批判が寄せられた。ローゼンタール自身の論文で「期待を抱くことになる生徒とのつきあいが2週間以内の教師の場合には91%の研究でピグマリオン効果が見られたが,2週間以上のつきあいがある教師では12%の研究でしか効果が見られなかった」という報告がなされている。 期待効果を生み出す要因として雰囲気等を表しているが,長期にわたるならば,多大な影響を及ぼすと考えられる。一般的な期待と個人的な期待の中間に集団の属性に基づく,集団に対する期待も予測される。これまでの期待研究の多くは個別的な期待を扱っている。そこで,本研究では,教師期待が集団成員の大学生の集団の学習成果に対する教師の原因帰属に及ぼす効果を,教育現場で実験的に検討することを目的とする。以下の仮説を検証とする。教師期待が学生集団の学習成果に及ぼす効果的な影響力をもつのであろう。方 法実験時期:2011年度~2016年度実験計画:実験集団(クラス)に教師期待することの有無の1要因を独立変数とし,期末学習成果発表順位による学業成績を従属変数とした。実験参加者(集団):年度につき,250名位の新入1年大学生約20名程度の人数(男性14~18名,女性2~6名)でランダムに12クラスが編成された。うち,年度毎に同担当教員は同じ科目で受講曜日(火・木)異なる2つのA・Bクラスに,6年間で計12クラスに実験した。実験手続:12クラス(集団)に,期待することを強調的に伝えるクラス(実験群),言語的に伝達しないクラス(統制群)に,ランダムに実施した。具体的に,各年度の初回目の授業のオリエンテーションに,授業の科目概要等説明した後,「年度末に行われる学習成果全体発表会でよい報告ができるように,一年間頑張ってください。大いに期待しています」というポジティブな言葉をかけた。各年度末に,クラスの代表グループが他の担当教員のクラスを含めた6クラスずつ,火曜受講クラス全体会と木曜受講クラスのそれぞれの全体会で,同科目内容についての学習成果の発表が行われ,学部教員の投票数(科目担当教員は自分の担当クラスに投票しない)による順位つけられた。結 果 年度別の教師期待有無と学習成果のカテゴリーはTable1に,まず,ダミー変数(0,1)を用いて,定性的データを定量的データに置き換えた。教師が学生に対する期待の有無のカテゴリーはダミー変数(0,1)を用いて,「期待あり」を1,「期待なし」を2と設定した。学習成果発表の順位は,「1位」を6,「2位」を5,…という順に得点化した。t検定結果,期待言語強化実験群と統制群の顕著な有意差が示された(t(10)=-.759,P考 察 本研究では,教師期待が集団成員の大学生の集団の学習成果に対する教師の原因帰属に及ぼす効果を,教育現場で実験的に検討した。教師期待が学生集団の学習成績に強い影響を及ぼしている仮説が支持された。教師が何を手掛かりとして期待を形成するかは非常に重要である。蘭・内田(1995)は,教師期待は言語的行動よりも非言語的行動に表しやすいこと,教師期待と教師期待認知が生徒の学習意欲に影響することを示した。教師の期待度,教師の蓄積された経験,学生への能力潜在認知等によって,教師の生徒・学生に対する期待形成はさまざまな側面で考えられる。今後教師期待の規定因および期待効果の生成条件についてより精緻な研究が必要である。
著者
林 良雄 今野 翔 ⼩林 清孝 神⾕ 亘 千⽥ 俊哉 千⽥ 美紀 ⼩島 正樹 ⽩坂 善之
雑誌
日本薬学会第141年会(広島)
巻号頁・発行日
2021-02-01

2019年末に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、パンデミックを引き起こし、世界中に感染が拡大している。この克服には、原因ウイルスであるSARS-CoV-2を標的とする治療薬の開発が不可欠である。ウイルスプロテアーゼ阻害剤は、エイズやC型肝炎の特効薬となっているが、SARS-CoV-2も感染細胞でのウイルス複製に不可欠な3CLプロテアーゼ(3CL-ProまたはM-Pro)を有している。したがって、当該酵素を標的とする選択的阻害剤は、明確な作用機序に基づいたCOVID-19治療薬の候補になると思われる。 我々は、 2002年のSARSの発生を機にSARS-CoVが有する3CL-Proの阻害剤開発を進めてきた。1-6 その結果、 アリールケトン型阻害剤4-Methoxyindole-2-carbonyl-Leu-Ala((S)-2-oxopyrrolidin-3-yl)-2-benzothiazole(YH-53、 Ki = 6 nM against SARS-CoV 3CL-Pro)の創製に至った。本阻害剤は、当該システインプロテアーゼの活性中心にあるSH基に対して、アリールケトン部が可逆的な化学反応を起こし、強力な競合型阻害を示す。 SARS-CoVとSARS-CoV-2における3CL-Proのアミノ酸配列相同性が非常に高いことから、我々はSARS-CoV-2に対するYH-53の効果を現在検討している。最新のデータではYH-53はSARS-CoV-2の3CL-Proに対し、強力な酵素阻害活性を示す。更に細胞ベースの抗ウイルス評価においてSARS-CoV-2の感染を良好に抑制することを確認した。シンポジウムではYH-53の開発経緯と共に評価結果を報告したい。References: 1) Sydnes, O. M., Kiso, Y., et al., Tetrahedron, 2006, 62, 8601-8609. 2) Regnier, T., Kiso, Y., et al., Bioorg. Med. Chem. Lett., 2009, 19, 2722-2727. 3) Konno, S., Hayashi, Y., et al., Bioorg. Med. Chem., 2013, 21, 412-424. 4) Thanigaimalai, P., Hayashi, Y., et al., Eur. J. Med. Chem., 2013, 65, 436-447. 5) Thanigaimalai, P., Hayashi, Y., et al., Eur. J. Med. Chem., 2013, 68, 372-384. 6) Thanigaimalai, P., et al., J. Med. Chem., 2016, 59, 6595-6628 (総説).
著者
山川 紘希 鈴木 渉太 建山 和代 諏訪 由利香 垂井 由季
雑誌
日本薬学会第140年会(京都)
巻号頁・発行日
2020-02-01

目的:近年、日本に住む在留外国人や日本を訪れる訪日外国人が増加傾向にある。さくら薬局京都駅前店(当薬局)には、立地的に多数の訪日外国人が訪れているが、外国語対応の可能なスタッフは常駐していない。そのため、薬剤師と外国人患者間で問題が生じている。外国人患者が安心して薬を使用できるように、昨年に引き続き、より円滑なコミュニケーションを行うための方法を検討し、評価を得た。方法:2019/5/1-9/30までの期間、研究者:鈴木渉太氏が考案したOMOTENASHI (英語、中国語、韓国語、スペイン語、日本語+イラストを併記したツール) アプリ版を導入したタブレット端末を、受付及び投薬窓口において使用した。担当した店舗スタッフに、アプリ使用の有無での患者対応の違いについてアンケート調査を実施した。結果:OMOTENASHIアプリを導入したタブレットの使用により、視覚的に外国人患者に説明内容を伝えることが可能となった。また、対応可能な言語を5ヵ国語に拡張したことで、以前よりも様々な言語の患者に対応することができた。そして、紙媒体からアプリに改良したことで、印刷物の管理に関する手間を軽減することができた。しかし、複数の医薬品が処方された場合には該当する資料を探すのに時間を要し、店舗スタッフへアプリの操作方法を説明するのに時間を要したことから、まだ改善の余地は残されている。考察:薬局において日本語に不慣れな外国人患者へ服薬指導することは、健康被害のリスクを上昇させる危険性が伴う。OMOTENASHIアプリを使用することで、紙で説明を行っていた時よりもより円滑な対応が可能となった。また、使用した店舗スタッフの不安を訴える意見が軽減していたことから、業務負担軽減に繋がる可能性が示唆された。今後は、コミュニケーション力をより向上させる説明ツールの作成が課題である。
著者
松島 喜雄 宇津木 充 高倉 伸一 山崎 雅 畑 真紀 橋本 武志 上嶋 誠
雑誌
日本地球惑星科学連合2019年大会
巻号頁・発行日
2019-03-14

阿蘇火山の地下構造を求める目的で、広帯域MT探査法による比抵抗構造調査をカルデラ内外で実施した。2015年に56測点、2016年に46測点でデータを取得し、それらの結果はHata et al. (2016,1018)で報告している。その後、それまで噴火活動により近接できなかった中岳第一火口周辺にて、2017年から2018年にかけて9測点で観測を行った。前回の報告では、中岳下から深度15km程度まで延びる円柱状の低比抵抗体が求められている。比抵抗値はもっとも低いところで1 Ω・m以下になり極めて低い。その一部は地震波トモグラフィーによって求められている低速度異常域(Sudo and kong 2001)と重なっている。また、深度15km以深のシル状地殻変動源(国土地理院、2004)や深部低周波地震(気象庁)に向かって延びているように見える。このことから、この低比抵抗体は深部のマグマ溜まりから中岳へ延びるマグマ供給系であると解釈されている。前回の解析では、深度2kmぐらいから浅部の構造が不明瞭であった。そこで、有史以来、頻繁に噴火活動を繰り返している中岳第一火口と低比抵抗体の関係を明らかにするべく、2015年のデータに第一火口周辺の9観測点を加え、あらためて3次元の比抵抗構造解析を行った。その際に、鉛直方向のグリッド形状を変更したため、地形を与え直した。インバージョンでは測定周期0.005から2380秒のうち、16周期を選択し、リモートリファレンス処理を行った4成分のMTインピーダンステンソルと2成分のティッパーベクトルを用いた。まず、インピーダンスとティッパーのエラーフロアをそれぞれ20、30%とし、RMS値の低い結果を初期値として、次にエラーフロアをそれぞれ5、10%としたイタレーションを10回行い、最もRMS値の低いものを最終結果とした。得られた結果をみると、低比抵抗体の最上部は中岳第一火口直下に位置している。また、その深度は海水準付近となり、2014年の噴出物のメルトインクルージョンの分析から推定されたマグマの深度の上限が海水準付近であること(Saito et al.,2018)と良い一致を示す。このことから、低比抵抗体は第一火口にマグマを供給する火道であると推測される。ただし、低比抵抗体の水平方向の幅は1km程とかなり厚く、火道の周囲に塩分濃度の濃い流体が存在しているのかもしれない。一方、第一火口から山腹にかけて、海水準から深度1km程度で数Ω・mの低比抵抗域が水平方向に広がっている。垂玉温泉付近の坑井のデータや、山麓での湧水の化学成分等を参考にすると、火道を中心として山体内に発達した熱水系を表しているようである。
著者
西山 忠男 西 右京 原田 和輝 大藤 弘明 福庭 巧祐
雑誌
日本地球惑星科学連合2018年大会
巻号頁・発行日
2018-03-14

九州西端に位置する白亜紀沈み込み帯の長崎変成岩西彼杵ユニット(85-60 Ma: Miyazaki et al., 2017)の雪浦蛇紋岩メランジェから,泥質片岩基質中にマイクロダイヤモンド集合体を発見した.西彼杵ユニットは緑簾石青色片岩相に属し,結晶片岩類(泥質砂質片岩を主とし,少量の塩基性片岩を伴う)に少量の蛇紋岩ならびに蛇紋岩―塩基性岩複合岩体を伴う.後者は蛇紋岩メランジュの性格を有する.蛇紋岩メランジュはアクチノ閃石片岩の基質中に種々の大きさと岩質の構造岩塊を含む(Nishiyama et al., 2017a).構造岩塊の変成度は1.5 GPa, 450 C(含石英ヒスイ輝石岩:Shigeno et al., 2011)から1.8 GPa, 650 Cまで(ザクロ石‐緑簾石-バロワ閃石岩:ザクロ石中に単斜輝石,フェンジャイトの包有物を含む)幅広い温度圧力条件を示す.雪浦メランジュは西彼杵ユニットの最西端に位置し,西彼杵ユニットとその西方の大瀬戸花崗閃緑岩(100 Ma)を境する呼子の瀬戸断層沿いに発達する.また大瀬戸花崗閃緑岩は第三紀堆積岩類(松島層群・西彼杵層群)に不整合に覆われ,西彼杵ユニットに接触変成作用を与えていない(服部ほか,1993). われわれはこれまで雪浦メランジュからいくつかの産状のマイクロダイヤモンドを報告してきた.それらは,クロミタイト中の包有物,石英-炭酸塩岩中のシュードタキライト様脈中のもの,そして泥質片岩の強く変形した黄鉄鉱中の包有物などである(Nishiyama et al., 2017b).今回われわれは,新たに泥質片岩の基質中にマイクロダイヤモンド集合体を発見した.それらはフェンジャイトと緑泥石の粒間に常に炭酸塩鉱物を伴って産する.炭酸塩鉱物はドロマイト,マグネサイト,方解石でこの順に頻度が高い.マイクロダイヤモンド集合体は径10-50 ミクロンで,Siに富む鉱物(同定不可)の基質中に多数のマイクロダイヤモンド結晶が集合している.個々のマイクロダイヤモンド結晶は自形ないし半自形結晶で,径0.3-0.6 ミクロン程度である.同定はSEM-EDS,ラマン分光法,ならびに透過電顕による電子線回折法によって行った.マイクロダイヤモンドを含む泥質片岩は蛇紋岩メランジュ中の構造岩塊で,石墨+緑泥石+フェンジャイト+アルバイト+石英+黄鉄鉱+チタナイト仮像(アナテーズ+石英+炭酸塩鉱物)からなり,石墨のラマンスペクトルからその形成温度は450 C程度と見積もられる.緑簾石もローソン石も含まない.この泥質片岩は,ドロマイト層が片理(S1)に平行に発達し,片理とともに非対称に褶曲(F2)しているという特徴がある.またドロマイト脈がこれらの構造を切って発達している.蛇紋岩メランジュ以外の場所に発達する泥質片岩にはドロマイトもマイクロダイヤモンドも見られないが,鉱物組合せはザクロ石と緑簾石が加わることを除けば同じである.この発見は,泥質片岩の基質中に産するマイクロダイヤモンドの世界最初の報告である.また島弧-海溝系の沈み込み帯からの最初のマイクロダイヤモンドの発見でもあり,冷たい沈み込み帯においては付加体がダイヤモンドの安定領域まで沈み込んでいることを示唆している.このマイクロダイヤモンドは世界最低温の形成条件(450 C)を示すことでも注目される.この低温条件こそが,西彼杵ユニットの上昇過程において,泥質片岩の基質中でマイクロダイヤモンドが石墨に転移せずに保存される要因であったと考えられる.地球物理学的には,大陸衝突帯のみならず,島弧-海溝系の沈み込み帯においてもダイヤモンド安定領域に達する超高圧変成作用が実現されている点を示した点が特記される.服部仁・井上英二・松井和典,1993,地域地質研究報告 神浦地域の地質,地質調査所.Miyazaki, et al., 2017, Terra Nova, 00:1-7. https://doi.org/10.1111/ter.12322Nishiyama et al., 2017a, JMPS, 112, 197-216.Nishiyama et al., 2017b, JpGU Ann. Meeting AbstractShigeno et al., 2012, Eur. Mineral, 24, 289-311.
著者
大上 隆史
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-03-10

濃尾平野の西縁を画する養老山地,とくにその東斜面には起伏が大きい山地地形が発達している.これらは養老・桑名断層帯の活動に伴う山地の活発な隆起,および東流する河川網の下刻に伴って形成されたと考えられ,山地で生産された土砂が東麓に扇状地群を形成している.扇状地の形態に関して多くの研究が蓄積されており,扇面勾配が集水域面積(≒河川流量)と負の相関を持つことが広く認識されている.さらに,扇面勾配の大きさが土砂流量/河川流量と相関関係を持つことが地形実験によって示されており(Whipple et al., 1998),実際の扇状地においても扇面勾配が河川流量に加えて集水域の削剥速度にコントロールされている可能性が高い.しかし,それらの関係を具体的に検討するためには,集水域の平均削剥速度や扇状地における堆積速度を定量化する必要がある.それらの値を直接得ることは一般に難しいため,集水域における削剥速度の指標として斜面傾斜や起伏比が計測されてきた.ところが,“Threshold Hillslope(限界傾斜)”を獲得するような険しい流域では削剥速度は斜面傾斜と無関係となることが示されており(Burbank et al., 1996),起伏比は集水域面積と負の相関をもつ場合が多いため河川流量と切り分けた議論が困難である.一方で,ストリームパワー侵食モデルにもとづいて“平衡状態にある”岩盤河川の河床縦断形の解析手法が発展しつつあり,隆起速度と岩盤の抵抗性に依存する流路の「Steepness(急峻さ)」の概念が導入されている(Wobus et al., 2006).岩盤強度が一様であれば,“平衡状態にある”河川のSteepnessは隆起速度(≒侵食速度)の関数となることが期待されており,近年ではSteepnessと侵食速度の関係が実際に検討されつつある(DiBiase et al., 2010).特に限界傾斜を獲得するような山地では,Steepnessが岩盤河川の下刻速度を表し,河川の下刻速度が山地の削剥速度を規定している可能性がある.そこで,養老山地東斜面の河川群における河床縦断形から流路のSteepnessを試算するとともに,それらと扇面勾配との関係を検討した. 養老山地の東斜面を流下する河川群のうち,養老山地の中央分水嶺に谷頭を持つ25流域を研究対象とした.国土地理院が公開している5 mメッシュ数値標高データにもとづき直交座標系(UTM53N)における10 mグリッドのDEMを発生させ,これを用いて集水域解析を行った.谷頭を起点とする河床縦断形を作成し,それらをχ−標高プロット(Perron and Royden, 2013)に変換した.χ−標高プロットが直線回帰されるとき,その河床縦断形は“平衡状態にある”とみなせる.また,χ−標高プロットの勾配は「Steepness」を表す.流路距離および集水域面積を用いてχを計算するのにあたり,A0=10 km2とし,定数m/n=0.5を採用した.χ−標高プロットにもとづき,流路は大きく3つのセグメントに分けられる.最上流部におけるχ−標高プロットの勾配は比較的小さく,これらの流路の集水域は<0.1 km2程度である(最上流セグメント).集水域面積>0.1 km2程度の山地河川の流路ではχ−標高プロットの勾配は大きくなり,その勾配はほぼ一定で直線回帰される(上流セグメント).上流セグメントはχ−標高プロットで直線回帰されるため“平衡状態にある”流路とみなせる.下流部の堆積域ではχ−標高プロットの勾配は小さくなっている(下流セグメント).養老山地東斜面の山地における河川網の大部分は上流セグメントに属する.そのため,各集水域の流路のSteepnessを,本流の上流セグメントにおけるχ−標高プロットの勾配とした.本発表ではχ−標高プロットの勾配をそのままSteepnessとした. 対象河川の集水域面積は0.15−5.09 km2であり,それらの平均傾斜は36−44°,起伏比は0.09−0.45である.Steepnessは35.2−89.6×10-3の値をとる.これらの集水域の地形量のうち,起伏比は集水域面積と負の相関関係を示すが,その他は明瞭な相関関係が認められない.ただし,起伏比とSteepnessの関係に着目すると,同程度の集水域面積のクラスター毎に概ね正の相関がある.扇頂から下流に連続する直線的な河床勾配(以下では堆積勾配と呼ぶ)は0.024−0.338であり,これらはよく知られているように集水域面積と負の相関関係を示す.Steepnessと堆積勾配の関係を見ると,同程度の集水域面積のクラスター毎に正の相関関係があるとみなせる.このことは,堆積勾配が集水域面積とSteepnessによって規定されていることを意味する.また,Steepnessが流域の削剥速度を表していることを間接的に示し,養老山地東斜面における削剥プロセスは“Threshold Slope”パラダイムにもとづく侵食モデル,つまり岩盤河川の下刻速度が流域の削剥速度を律するモデルによって説明できる可能性が高いことを示唆する.すなわち,集水域における土砂生産速度と集水域面積(≒河川流量)が扇状地の扇面勾配にあらわれていると解釈できる.引用文献:Whipple et al., 1998. Journal of Geology 106. Burbank et al., 1996. Nature 379. DiBiase et al., EPSL 289. Wobus et al., 2006. GSA Spec. Pap. 398. Perron and Royden, 2013. EPSL 38.
著者
高橋 英之 石黒 浩
雑誌
2018年度人工知能学会全国大会(第32回)
巻号頁・発行日
2018-04-12

近年,様々なコミュニケーションロボットが開発されている.これらのロボットは,人間のパートナーとして生活に溶け込み,我々の暮らしをより豊かにすることが期待されている.我々は,コミュニケーションロボットが提供する一つの価値として,ロボットとの交流により,人間の自己の外部投影を促進し,行動変容を引き起こすことで個人の成長につながる“気付き”を生じさせることにあると考えている.本発表では,「ロボットを用いた自己開示の促進」と「ロボットを用いた批判的思考の促進」という二つの具体的な研究事例を紹介することで,ロボットが促す自己変容過程のモデル化について議論したい.
著者
高橋 栄一
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-03-10

2011年3月11日に発生したM9東北地方太平洋沖地震の結果、日本列島にかかる強い水平圧縮がほとんど取り去られ、一部地域は引張場に移行した。その結果地殻内のマグマ移動は容易となったと考えられるため、日本列島全体で休眠中の火山が活動を再開するなど火山活動の長期にわたる活発化が懸念される。地震と火山活動の関係としては地震発生から数時間~数か月の近接された活動例が従来注目されてきたが、地殻応力場の変化に火山が応答するメカニズムからは数年~数10年の長い時間間隔を経た相互作用を考慮する必要がある(高橋2012、連合大会)。巨大地震により広域的に且つ長期的に火山活動が活発化した例としては、17世紀の中盤に開始した北海道駒ヶ岳[1640年~]、有珠[1663年~]、樽前[1667年~]の火山活動がある。これら3火山の17世紀から現在に至る火山活動は1618年に北海道東方沖で起きたM9地震により励起された可能性が極めて高い。本セッションでは、この因果関係について中川(本セッション)と佐竹(本セッション)の講演でなされる予定である。2011年の東北地方太平洋沖地震の1100年前に起きた貞観地震(西暦869年)後の鳥海火山噴火(871年)、十和田―a噴火(915年)も巨大地震による励起噴火である可能性が考えられる。日本列島の第4紀火山の多くは噴火間隔が数100年以上あるため、火道や浅部にあるマグマだまりは冷却され結晶度が高いマッシュ状態にあるものが多い(竹内、本セッション)。地震から火山活動活発化までに要する時間は、それぞれの火山の地下マグマ供給系の熱的状態に応じて数年から数10年の幅があるものと考えられる。数千年に渡って休眠していた北海道駒ヶ岳、有珠、樽前、十和田においては、地震後から噴火が起こるまでに30~50年の時間間隔が必要だった。これはマントルから注入した玄武岩マグマが半ば固化した火道を温めたり、マグマだまりの温度を上げてマグマの粘性を下げたりするのに時間を要するからであろう。反対に鳥海火山のように玄武岩マグマがそのまま噴火した例では時間間隔は2年と短かった。3.11地震後の影響で地殻応力場が変化した日本列島においては、これまで休眠中であった火山がマントルからのマグマ注入を受けて活動に向かっている可能性がある。それぞれの火山における地下のマグマ供給系がいかなる状態にあって、今後どのような時間内にいかなる噴火を起こす可能性があるかを学際的に検討することが必要である。本セッションは2014年度から東大地震研究所特定研究課題に採択された「巨大地震が励起する火山活動の活性化過程の研究」(世話人代表:高橋栄一・栗田敬)を母体としている。この研究課題では、我が国の火山活動の予測に資するため、それぞれの火山のマグマ供給系の実態解明を目指す。火山物理、火山化学、火山地質学、岩石学、地震トモグラフィー、MT観測など多方面の研究者の参加を広く呼びかけた。日本列島の火山活動の長期的な推移を予測するためには、それぞれの火山のマグマ供給系の実態をできる限り正確に把握し、火山体深部で起きている噴火の予備的過程を正確に読み取ることが重要である。
著者
中村 亮一 石瀬 素子 杉森 玲子 佐竹 健治
雑誌
JpGU-AGU Joint Meeting 2020
巻号頁・発行日
2020-03-13

1. はじめに1855年(安政二年)安政江戸地震の深さは,未だよく分っておらず,太平洋プレートで発生した深い地震とするものから極浅い地殻内地震であるという説まで様々ある.その根拠は震度分布の他,史料から推定されるS-P時間がある.後者のS-P時間については,歌舞伎役者中村仲蔵の記述が有名である.萩原(1990)はこれに基づき10秒程度と読取り~100kmの深さとした.中村・他(2003)は仲蔵史料に他の記事も含め5-10秒としフィリピン海プレート内の地震と推定した.宇佐美(1983)は,仲蔵の記事から3-5秒と読み取った.これによると前の2研究よりも浅い地震となる.これらいずれも,「日本地震史料」(武者,1951)に記載された内容から推定されたものである.これに対し我々は今回「日本地震史料」の記述とは異なる記載の仲蔵自筆の原本(崩し字)が国会図書館古典籍室に存在することを明らかにした(以降「国会本」と称する).これは2018年8月9日に国会図書館に古書店から納品されたものである.郡司(1944)によると仲蔵の自筆本は散佚したとされているが,「国会本」は,その一部である可能性がある.本発表は,この発見を報告するものである.2. 中村仲蔵記事の資料間の比較 中村仲蔵の記事は,上述「日本地震史料」と「国会本」の他,『手前味噌』という題目で「歌舞伎新報」(明治十二年創刊:ブリタニカ国際大百科事典.国会図書館で閲覧可能)に掲載されている.「国会本」は全16冊あり第9冊と第10冊に安政江戸地震のことが書かれているが,両者の記述内容は異なっている.すなわち中村仲蔵による安政江戸地震の記述が4種類存在することになる.「国会本」の翻刻は著者の一人である杉森により行われてきている.その第9冊と「日本地震史料」のS-P時間の推定に該当する記載部分を表1に示す.この太字部分が異なっている.最初の部分を見ると「日本地震史料」では地面が下から持ち上がる「動き」が描かれているのに対して,「国会本」第9冊では「音響」が描かれていることがわかる.音響としては地鳴りや建物の振動等によって生じたもの等が考えられるが,安政江戸地震では地鳴りが記述されている史料が他にも多くあることから地鳴りの可能性が高い.さらに,「日本地震史料」と「国会本」第10冊および「歌舞伎新報」の記載内容は似ている一方,これらと「国会本」第9冊とは異なることがわかってきた.「歌舞伎新報」の記事は,仲蔵自筆の記録を基に,狂言作者久保田彦作が補綴・省略し掲載されたということである.実際,「歌舞伎新報」は読み手がいることを意識した書き方がなされている.また,これら4種類の史料が書かれた年代については,記述内容の分析から,「国会本」第9冊は他の3史料よりも以前に書かれたものである可能性が高いことがわかった.「国会本」第9冊は一次史料に近い(地震発生時により近い時期に作成された)ものと考えられ,今後,地震の検討を行う際には,「国会本」第9冊の内容を用いることが望ましい.3. S-P時間推定に与える影響「日本地震史料」と「国会本」第9冊は,音響(地鳴り)から始まるか,動きから始まるかの違いがあった(表1).地鳴りはP波の振動が空気に伝わり生じたとするとP波到達時刻推定には大きな影響がないと考えられる.一方,S波主要動については,「日本地震史料」では歩き出すと揺れはじめたことが記されているのに対して,「国会本」第9冊では立ちあがると揺れはじめとなっていて,これからS-P時間は若干短くなると考えられる.また,大きな地震では,震源の破壊開始からいわゆる強震動発生領域(SMGA)に達するまでに時間遅れがあることが知られ,その場合はS波初動の振幅が小さく,大きく揺れ出すまでに時間がかかることがある.つまり,実際のS波到達と体感でのS波到達時時間差が生じると考えられる. これらのことを踏まえると,実際のS-P時間は,これまでよりも短くても説明が可能と考えられる.4. S-P時間から考えられる深さ S-P時間が仮に5秒として全国を対象としたJMA2001走時表を用いると,震央距離が20kmの場合の震源深さは40kmとなる.しかし,厚い堆積層に覆われた関東地方では,JMA2001走時表を用いた震源より浅くなると考えられる.どの程度浅くなるかを検討するため,図2に仲蔵が被災した両国からさほど離れていないK-NET猿江(TKY021)で観測されたS-P時間が5秒の地震波形を示す.これは羽田沖の深さ23㎞(2015/12/26,M3.4, 震央距離20 km)の地震であり,この程度の深さである可能性も考えられることがわかる.