著者
ALAM Djumali
出版者
山口大学哲学研究会
雑誌
山口大学哲学研究 (ISSN:0919357X)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.1-29, 2015

This article deals with the "character-base activity" in contemporary Japanese subculture. The character, in this case, has a specific meaning that is not necessarily same as the general meaning. The character is not understood as the animate life or humanity itself, but is rather regarded as the "form", "template", "model", "vessel" of animate life or humanity. In the second part of this continuing article, I try to examine the basic mental structure in character-base activities from perspective of "Cognitive Science of Religion", by particularly focus on "generative ritual theory" proposed by Thomas Lawson and Rober McCauley, and also "anthropomorphism theory" proposed by Stewart Guthrie. The main thesis I explore from these theories and apply to the structure and process of character-base activities is that, 1) direct/strong relation between the character's template and self expression of an actor, and 2) inner expression of an actor as supernatural/superhuman agent through mediation of the characterʼs template.
著者
宮下 史惠
出版者
旭川大学短期大学部
雑誌
旭川大学短期大学部紀要 = The journal of Junior College, Asahikawa University (ISSN:21861544)
巻号頁・発行日
no.49, pp.47-54, 2019-03-31

日本において、要介護者の人口は、今後も増加の傾向をたどることが予測される。その多様な「住まい」において住居形態は充実しつつあるが、そこで要となる生活相談業務における資格と職種は、いまだ明確ではない。本研究は、危機管理をすべき職員と生活相談員を対象に、実態を把握し課題をさぐることを目的とした。その結果、要介護者からの心理的相談の対応を重視するソーシャルワークの体系化と業務に応じたスキルを保証する仕組みを示唆する。
著者
山本 功
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.25, pp.49-66, 2000

この論文では, 「援助交際」と呼ばれる現象の社会問題過程の一端を社会構築主義的に記述する.このカテゴリーにかかわる女子青少年がどのように位置づけられたのかに注目する.中心的にとりあげるのは, 東京都議会における「淫行処罰規定」制定の是非を都青少年問題協議会に諮問するかどうかが論じられた場合である.マスメディアに登場し, 人々の注目を集めたこの現象は, 東京都では青少年条例の改正運動を促し, 「淫行処罰」規定制定に関して賛否両陣営から例を見ない大量の陳情書・請願書が都議会に提出され, 淫行処罰規定を設けないという従来の都の方針の見通しが図られた。淫行処罰で彼女らを被害者とすることで「問題」の解決をはかるクレイムが議会で展開され, 議会の審議の過程では「少女を守るために淫行処罰を」という賛成派と, 「淫行処罰は少女をも傷つける.必要なものは教育である」という反対派の応酬がみられた.いずれにせよ, 少女を「被害者」と位置づけるレトリックであり, ある種の「被害者コンテスト」(Holstein and Miller 1990)が観察された。他方, 大阪府警は「援助交際は売春です」とのキャンペーンをはり, 援助交際の相手方を求めた女子高生を売春防止法違反とし逮捕した.この場合は援助交際にかかわる女子青少年は被害者としてではなく, 公共の秩序に対する「加害者」として位置づけられている.すなわち, ある現象を「逸脱」ないし「社会問題」と位置づけるに際し, それにかかわる者を「被害者」とする問題化と「加害者」とする問題化の双方が同時に観察されたのである.
著者
伊藤 江美 Emi Ito 淑徳大学国際コミュニケーション学部兼任講師
出版者
国際コミュニケーション学会
雑誌
国際経営・文化研究 = Cross-cultural business and cultural studies (ISSN:13431412)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.1-15, 2013-11

This paper discusses the role played by enjoyment in class of "Nihon jijyo" ("Studies of Japanese culture and society" for international students) at a university. First, the significance of incorporating experiential learning and audio-visual aids into the class to facilitate active learning is discussed. Next, active learning activities — namely, watching "Dahtsu no Tabi" ( a Japanese TV show: "Journey by darts"), and going to a Japanese festival — were conducted, and ways to enhance students' enjoyment through the activities were suggested. Finally, the role of enjoyment in enhancing students' learning motivation are discussed.The results shows that students' enjoyment was enhanced, and they have become more active learners after participating in the activities. And then, after experiential learning, they have wished to get many new experiences.
著者
小坂 啓史
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 = Journal of Culture in our Time (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
vol.135, pp.41-55, 2017-03-31

本稿における研究は,実際の「ケア」の場面での相互行為によって形式化していく〈関係〉の構造を明らかにし,政策が規定する実践形式の側面との関連についても考察することを目的とした.そこで「重度身体障害者」とされる人びとの生活介護事業所における〈ケア関係〉の形成場面についてのビデオ映像を用い,相互行為分析を行った.結果,「ケア」という行為は,社会規範をもツールとして用い〈ケア関係〉を成立させることで連続性を保つ相互行為である,ということが確認できた.次に,こうした連鎖を保てなくなった場合,〈ケア関係〉を基底としつつも,一時的に他の成員カテゴリー化装置によって異なる関係性を構築し,その上で〈ケア関係〉に再度移行させ完了へと向かうという,入れ子的なかたちを含む連鎖構造が維持されることも明らかとなった.以上より,「ケア」とは〈ケア関係〉が成立することで現れ,終結に向けて連鎖していく相互行為であって,介助や介護を提供するための政策とも関連する規範も,こうした過程に用いられ巻き込まれていくことが明らかとなった.
著者
中土 純子
出版者
昭和女子大学近代文化研究所
雑誌
学苑 = Gakuen (ISSN:13480103)
巻号頁・発行日
no.916, pp.82-91, 2017-02-01

The System for Self-Support of Needy Person was established in 2000 as a second safety net, with the aim of building up a comprehensive support system that would enable poor people to attain independence and dignity. This paper traces the history of how that system was adopted, and discusses how it is related to the Public Assistance Act. The paper also looks at how the system actually works, and points out the problems it has. The author argues that customized services designed by educated and experienced professional social workers are one of the keys to the success of this system.
著者
松田 美枝 山下 尚美 太田 裕美 迫 伸夫
出版者
京都文教大学
雑誌
心理社会的支援研究 = Reports from the Faculty of Psychosocial Support Research (ISSN:21860033)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.93-99, 2018-09-01

支援が思うように運ばない相談者に関わる時、ワーカーは行き詰まりを感じることが多く、また、どのような面接をすればより良く支援を展開できるのか、具体的なイメージを持たないワーカーは少なくない。日本アルコール関連問題ソーシャルワーカー協会(ASW)関西支部は、アディクションを中心として相談援助に関わっている現役のワーカーが、面接技術を磨くための勉強会を実施した。本論ではその内容について報告する。参加者から提供された面接場面のシナリオを元に、役割を替えながらロールプレイを行い、それぞれが感じたことをディスカッションし、最後に全体でシェアしてシナリオ提供者にフィードバックする、という流れを繰り返し行うことで、相談者がなぜそのような態度を取るのか、その時にワーカーが抱く陰性感情や「正したい反応」の背後に何があるのか、それらに捉われずに効果的な面接を行うポイント、などについて相互に理解を深めることができ、参加者が所属する職場での面接にも良好な影響をもたらすことができたものと思われる。
著者
根村 直美
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.73-88, 2016

<p>本稿では,まず,押井守監督の映画『イノセンス』と欧米発の「サイボーグ映画」との比較考察を行った。そして,『イノセンス』には,「ポスト・モダン」状況の中で呼び起こされつつある理論的・思想的な懐疑がヒューマニズムへと回収されてしまうのを回避しようとする思考が認められることを明らかにし,そのような思考をポスト・ヒューマニズムと呼んだ。</p><p> 続いて,そうしたポスト・ヒューマニズムがどのような身体図式・イメージをうみだしているのかを分析することを試みた。『イノセンス』においては,人形の身体は人工的に構築されたものとして捉えられている。その身体図式・イメージは,映画全体の基調となっているのであるが,人形の身体は,実は人間の身体の表現に他ならない。すなわち,『イノセンス』は,その<社会的に構築されたもの>という身体理解を通じて,<有機体>としての<人間の身体>に付与された<神秘性>から我々を解き放ったのである。</p><p> また,『イノセンス』の身体図式・イメージにおいては,構築される身体とは,<他者>と関わることにより立ち現れる具体的な状況において,画定された境界線をもつ。すなわち,その身体は,自分ではないが自分の一部であるような<他者>とのネットワークと相互作用がうみだす「偶発性」に基づくものである。しかも,そうした身体図式・イメージは,ヒューマニズムの枠組みには回収されえない<他者>への<敬意>とも結びついているのである。</p>
著者
秦 裕緯 シン ユウイ Qin Yuwei
出版者
熊本大学
雑誌
熊本大学社会文化研究 (ISSN:1348530X)
巻号頁・発行日
no.16, pp.207-218, 2018

There are a lot of similarities between Patrick Lafcadio Hearn and Natsume Soseki. These two authors are known for both their similar work and experiences. The focus of this study is the images of water in Hearn's retold ghost story Yuki-Onna and Yume-Juya (which is also called Ten Nights Dreams), a series of short pieces by Soseki. The image of water appears frequently and plays an important part in both the two works. However, the expressions of water are different in both stories. There are two similar spaces consisted of the image of water existing in these two stories, which also acts as the connection and boundary to another world. Water plays opposite roles in marriage and mother-child relationship in Yuki-Onna and simultaneously, is an important metaphor between life and death in Yume-jiya. This study compares the similarities and differences by analyzing the two images of water in these two works and tries to clarify how and why they are shaped in these ways.
著者
下出 茉波
出版者
富山大学比較文学会
雑誌
富大比較文学
巻号頁・発行日
vol.9, pp.84-100, 2017-03-10

池澤夏樹「キップをなくして」は、『小説 野性時代』にて二〇〇三年十二月から二〇〇五年三月にかけて連載された小説である。連載が終了した四か月後である二〇〇五年七月には大幅な本文の修正を加え、角川書店より初版を刊行しており、また文庫版がその四年後である二〇〇九年六月に発売されている。この作品には多くの実在する駅や地名が登場し、それが物語の魅力の一つでもある。駅構内の様子や電車が発車する時刻なども忠実に再現されており、読者はまるで実際にその駅で登場人物たちと行動を共にしているかのような錯覚に陥るだろう。また、物語の主人公が小学生でありながら、生と死という重いテーマについて向き合っているのも、この作品の特徴だといえる。作者である池澤の価値観をベースに、作品では生と死という問題について分かりやすく解説されており、清々しい気持ちで読者も物語を読み進めることができるだろう。だが、それと同時に読んでいる最中にどこか釈然としない感覚もある。主人公であるイタルがやけに大人じみているのである。時代設定も連載当時より一昔前であり、最後の旅行の行き先もなぜ急に北海道なのか。そのわりに鉄道関係の描写は非常に丁寧で、現実味を帯びている。これらの諸問題について、旦敬介が文庫版にて解説を添えている。旦はこの作品の時代が、書かれた二〇〇三年ではなく一九八七年前後であることに注目し、一九八〇年代後半の鉄道文化に焦点を当てている。国鉄が廃止になり一九八八年四月一日からは民営化されたJRが発足し、一九八八年三月には本州と北海道を結ぶ青函トンネルが、同年四月には本州と四国を結ぶ瀬戸大橋が開通した。なお、本州と九州を結ぶ関門トンネルは随分と昔である一九四二年に開通している。このことについて旦は、「きわめて具体的な意味で、日本列島が歴史上初めて、ひとつに統合されたのが一九八八年の春」であり、「連絡船の時代の終わり、鉄道の(ひとつの)時代の終わりに対して池澤さんが捧げた別れの歌だったようにも見えてくる」と、作者である池澤について語っている。また、寝台列車や厚紙のキップ、駅員さんの入鋏作業など、今はなきものが多く存在していたのがこの作品の時代であり、「すっかりファンタスティックな物語であるように見えて、これはある意味で実は、きわめて現実に密着したリアリスティックな物語」であると解説を締めくくっている。旦は一九八〇年代後半の鉄道文化に注目しているが、作品の連載が始まった二〇〇三年当時の鉄道文化については触れられていない。二〇〇〇年代前半の鉄道文化に焦点を当ててみると、その時期は交通ICカードの導入が開始され、鉄道に乗車する際のシステムの移り変わりの時代であった。第一章では、タイトルにもある「キップ」に成り代わるものとして登場したICカードに注目する。キップとICカードの性質の違いから、池澤の連載当時の様子を考察したい。また、この作品は昭和五〇年に発表された黒井千次「子供のいる駅」という短編と、設定が似ていることが指摘されている。第二章では「キップをなくして」と「子供のいる駅」を比較し、両作品でのキップの描かれ方についてまとめたい。第三章では池澤の作品に対するインタビューから、第四章では作品に実際に登場する駅から作品の深層を読み取り、「キップをなくして」という作品に対する読みを深めていきたい。