著者
初谷 譲次
出版者
天理大学学術研究委員会
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.49-73, 2009-10

美しいカリブの海岸線に面したトゥルムのマヤ遺跡は世界的ビーチ・リゾートとして知られるカンクンから車で2時間程度に位置し,チチェン・イッツア遺跡と並んで人気観光スポットである。遺跡に隣接するトゥルム市は,いまや3万人を有するトゥルム自治体(2008年設立)の首府として栄え,郊外には国際空港の建設が計画されている。同市の幹線道路沿いに並ぶ土産店やレストランを利用する観光客には,そこがかつてクルソー・マヤと呼ばれた反乱マヤの聖地であることは思いも及ばない。観光客が往来する大通りからわずか1ブロック入ったところにあるシュロ葺き屋根のマヤ教会(祭祀センター)では,輪番制で聖域を護衛するシステムが現在も維持されている。本稿は,2008年夏に実施したフィールド調査に基づいて,キンタナロー州のマヤ教会において実践されているミサと呼ばれる祈りをテクスト化し,再領土化という観点から考察したものである。資本主義はあらゆるモノを脱領土化して,一元的価値を付与して市場に流通させ,私的所有権によって再領土化するシステムである。このメカニズムから自由でいられる人間は地球上にはいない。しかしながら,その再領土化のやり方は一律ではない。近代的個人は再領土化するさいには,再-脱領土化を想定してモノの市場価値をモニタリングする。それが祈りであれば,「正しい」かどうか確認する。しかし,マヤの人びとは祈りを再-脱領土化することを想定することなしに,日常的空間に埋め込む。再-脱領土化する必要のないものは市場的価値という意味において「正しい」必要はなく,何世紀にもわたってブリコラージュされながら受け継がれてきたのだ。
著者
熊谷 泉 浅野 竜太郎
出版者
日本DDS学会
雑誌
Drug Delivery System (ISSN:09135006)
巻号頁・発行日
vol.23, no.5, pp.518-525, 2008 (Released:2008-12-18)
参考文献数
23

液性免疫を担う主たる分子である抗体は,高い特異性と親和性ゆえに,分析試薬,診断薬のみならず,医薬としても開発されている.すでにFDAに20品目以上認可されており,100品目以上臨床研究に入っているともされるが,効果が不充分であったり,生産コスト高が問題となっている.そこで,ヒトあるいはヒト型化された抗体断片を用いた,より高機能な組換え抗体の研究が広く進められるようになった.本稿では,特にリンパ球とがん細胞を標的とした二重特異性抗体に焦点を絞り,新規な抗体医薬としてのがん治療への応用と展望を解説した.
著者
宮本 康樹
出版者
法政大学大学院理工学・工学研究科
雑誌
法政大学大学院紀要. 理工学・工学研究科編 = 法政大学大学院紀要. 理工学・工学研究科編 (ISSN:21879923)
巻号頁・発行日
vol.58, 2017-03-31

Recently, many Japanese play games on their smartphones. They can play these games for free, but they can also pay money for these games in order to gain an advantage. Due to this system, some players pay too much money and they become unable to make a living. These people develop severe social problems. In this study, I surveyed the reasons that respondents pay money for these games despite the fact that they can play for free. Questions included whether they have or haven't paid for games, the reasons for pay to play, the amount of money they spent on these games and so on. The results showed that the behavioral aspects (ex. the amount of money) influenced more than the psychological aspect (ex. the feel of troubles).Key Words: social psychology, game, addiction
著者
河野 銀子
出版者
山形大学地域教育文化学部附属教職研究総合センター
雑誌
山形大学教職・教育実践研究 (ISSN:18819176)
巻号頁・発行日
no.8, pp.7-16, 2013-03

本稿は,理工系学部を専攻する女性が少ない一因を考察するため大学入試に着目してその実態を把握し,先行研究に新たな知見を与えることを目的としている。全国の理工系大学・学部(394)を対象とした調査(「男女別大学入学者調査」) を実施したところ,その入学者数が男女別に判明したのは299学部(国立110,公立31,私立158)であった。そのうち,女性学生比率が30パーセント以上の理工系大学・学部を「高比率群」として,大学特性を分析した。しかし,該当する学部が65しかなく,それらの所在地や女性教員比率の特性を一般化するにはサンプルが少ないと思われた。一方で,入試状況の分析からは「高比率群」に該当する学部に関する知見が得られた。「低比率群」(女性学生比率10%以下)が,受験機会が多く,入試科目が少なく,合格が難しくない理工系学部であったのに対し「高比率群」は,受験機会が少なく,入試科目が多く,超難関に次く守合格難易度の理工系であった。つまり,理工系学部を希望する女子高校生たちは,合格しやすい学部を選択しない傾向があることが明らかになった。理工系学部に女性の学生が少ない一因として「積極的選択層」のみが入学していることを挙げた。 キーワード:男女共同参画基本計画, 科学技術基本計画, 理工系人材, 進路選択, ジェンダー, 大学入試
著者
山田 雅子
出版者
一般社団法人 日本色彩学会
雑誌
日本色彩学会誌 (ISSN:03899357)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, 2019

<p> 日本人女子学生による肌の色の言語的表現を探った調査では,男性の方が女性よりも色黒,女性の方が男性よりも色白と表現される傾向が捉えられている(山田, 2017).だが,色みについては不明瞭なままであった.</p><p> 調査方法に若干の変更を加え,97名の日本人女子学生を対象として新規に調査した結果,男性の方が女性(回答者自身を含む)よりも色黒で黄み寄り,女性(同)の方が男性よりも色白で赤み寄りといった意識が持たれていることが判明した.また,当該傾向は現実に対する評価よりも理想において顕著となることが捉えられた.</p><p> 更に,肌の色の明るさに関する言語表現の選択パタンには両調査で共通する部分が多分に見られ,日本人女子学生というほぼ同質の対象者ならば一定の反応パタンが安定的に存在することが推察された.同時に,こうした肌の色に対する選択パタンによって,人物の美的評価における肌の要素(色白肌,肌のきめ細かさ)の重視特性が異なる傾向も確認された.</p>
著者
梁 青
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
日本研究 (ISSN:09150900)
巻号頁・発行日
vol.48, pp.167-178, 2013-09

『新撰万葉集』(八九三年)はそれぞれの和歌に一首の七言四句の漢詩が配された詩歌集である。本論文では、『新撰万葉集』上巻恋歌に付された漢詩を取り上げ、そこに見られる日本的要素を探り、先行した恋歌との関連を考察することによって、それと中国および勅撰三集の閨怨詩との相違を明らかにし、『古今集』成立前夜における王朝漢詩の展開の一端を浮き彫りにしてみたい。 まず、勅撰三集所収の閨怨詩はほぼ中国詩をまねたもので、その表現には作者の個性をほとんど見出せないことを解明した。そして、『新撰万葉集』の漢詩における「蕩子」「怨言」の使い方について検討した。それにより『新撰万葉集』の漢詩に多く描かれたのは、見たこともない長安の美女の閨怨ではなく、平安朝を舞台にした男女の恋であることが明らかになった。さらに、『新撰万葉集』の恋部の漢詩は恋歌をもとにして作られたので、和歌の内容と深く関わっている。心の中で恋焦がれても人に知られないように恋心を抑えたり、相手を忘れようとしてもかえって恋しさを募らせたりするという緻密な心情描写は、唐代までの中国詩や前代の日本閨怨詩にはほとんど見られず、恋歌の世界を強く志向しようとした結果だと考える。 以上から、『新撰万葉集』の漢詩は単なる中国詩の模倣にとどまらず、日本の文化や風土に合わせて独自の展開を遂げたことがわかる。これは王朝漢詩の成熟を物語り、国風文化成立の前兆と見ることができる。
著者
市田 蕗子
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.34, no.5, pp.674-683, 2014 (Released:2014-10-25)
参考文献数
28

小児循環器医学の診断技術の進歩や内科的・外科的治療により,重症の先天性心疾患でも生存率は飛躍的に向上した.一方で,精神神経発達の異常が予想を超えて高頻度であることが明らかになってきた.この発達の異常には,染色体異常や遺伝子異常などの患者固有の因子,心疾患に伴う脳循環の異常や低酸素,あるいは手術や内科的治療に伴う危険性などの因子のほか,家庭や学校,職場などの環境の因子も影響を及ぼしている.先天性心疾患児の発達障害は,認知,社会性,言語,注意欠陥など高次脳機能の障害が特徴的である.早期から,心理発達検査スクリーニングを行い,発達異常を認識し,心理カウンセリングなどのサポートを始めることが重要である.

2 0 0 0 OA 脳活動と鍼灸

著者
梅田 雅宏 下山 一郎 木村 友昭 田中 忠蔵
出版者
社団法人 全日本鍼灸学会
雑誌
全日本鍼灸学会雑誌 (ISSN:02859955)
巻号頁・発行日
vol.54, no.5, pp.686-697, 2004-11-01 (Released:2011-03-18)
参考文献数
14

中枢神経を介した鍼灸の治療効果を調べることを目的に、鍼灸刺激により生じる中枢神経の局所活動を人の脳で調べる方法について紹介する。鍼灸刺激は感覚刺激として入力され、中枢神経で処理される。この時の脳の応答を調べる方法として脳波が広く用いられてきた。しかし、脳波を利用した方法は中枢神経の活動場所を特定する点で問題があった。この問題を解決するために、神経の電気活動に伴って発生する微弱な磁場を空間的に並べられた受信コイルで捉え、磁場発生源の位置を推定するMEG法、この神経活動に伴い変化する血液中のオキシヘモグロビンとデオキシヘモグロビンのそれぞれを、近赤外光の吸収スペクトルの差から分離して捉える赤外分光法、さらに、血液中に生じたデオキシヘモグロビンが持つ磁化率変化を信号強度に反映させた脳機能核磁気共鳴画像 (fMRI) 法を取り上げ、中枢神経における局所活動について調べる方法を紹介する。
著者
中田 稔彬 Nakada Toshiaki
出版者
名古屋大学大学院人文学研究科図書・論集委員会
雑誌
名古屋大学人文学フォーラム (ISSN:24332321)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.157-171, 2019-03-31

This article reviews recognition of France and French people from perspective of the historiography of late medieval Brittany. Stimulated by the argument of nationalism and ethnicity, the study of medieval historiography in Brittany shows that the formation of Breton identity traced back to medieval society. It also verifies that Celtic culture in the present Brittany has been artificially created in modern times. However, as historiography tends to deal with self-consciousness of a social community, the concept of self and others has not been discussed deeply. Since the beginning of 21st century, there has been increasing research into alterity, that is to say estranger. After all, based on the concept of self and others, scholars simply viewed estranger as those who arouse patriotism. Such a framework was also applied to recognition of France and French people, though they have had some political and cultural influence on Brittany. There was possibility of neglecting the similarity between the identities of France and Brittany. This paper thus does not define estranger as the entire alterity, but takes account of the flexibility of meaning. It deals with the terms françoys, francs and gallois written in the chronicle Les Grandes Croniques de Bretaigne, which was compiled by Alain Bouchart early in 16th century. Words are redefined according to the expanse of meaning and ambiguity. This examines how the chronicle describes the Franks, and then follows how the image of the Franks changes and connects up to françoys, who lived in the kingdom of France, in view of political context Breton War of Succession. Under the framework of the flexibility of françoys, the similarity beween France and Brittany is emphasised. The françoys and Bretons shared common cultural aspects, such as the Christian religion, the French language and Trojan-origin myths. During the Succession, the image of françoys was no longer that of the Franks, and it seemed substantial enough for contemporaries to recognise françoys. The relations between France and Brittany were regarded as siblings. The placement of the two countries into sisterly relationship plays an important role in the rhetoric. Brittany, actually annexed into France in 16th century, could exercise some privileges until 18th century. The retention of privileges in Brittany might have been attributed to the reconsideration of identity by the Breton chroniclers.