著者
南雲 直子 久保 純子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.141-152, 2013 (Released:2013-09-13)
参考文献数
14
被引用文献数
2 8

2011年8月~10月に大規模洪水が発生したカンボジアのメコン川下流平野を対象とし,首都プノンペンを中心とした地域で洪水と微地形に関する調査を行った.衛星画像を用いて浸水範囲を把握し,水文データ等を入手するとともに,2012年3月の現地調査では洪水痕跡より浸水深を測定した.その結果,微地形と浸水範囲・浸水深の対応が良好に見られた.洪水はメコン川の氾濫原を利用して流下するとともに,トンレサップ川沿いでは深く湛水し,通常の雨季には浸水することのない高位沖積面にまで洪水が達した.これは近年最大規模といわれた2000年洪水に匹敵する規模であった.また,浸水域に比較すると相対的な被害は大きくなかった.カンボジアのメコン川はほとんど築堤が行われておらず,伝統的な地域に住む人々は毎年の洪水を経験しながらも,その環境に適応し,洪水リスクを最小限にするような土地利用や生活様式を続けている.
著者
久保田 尚之 塚原 東吾 平野 淳平 松本 淳 財城 真寿美 三上 岳彦 ALLAN Rob WILKINSON Clive WILKINSON Sally DE JONG Alice
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.412-422, 2023-11-21 (Released:2023-11-25)
参考文献数
23
被引用文献数
1

日本で気象台が開設される以前の江戸時代末期に,外国船が日本近海に気象測器を搭載して往来していたことに着目し,気象観測記録が掲載された航海日誌を収集し,気象データを復元した.18世紀末には探検航海する外国船が日本近海に現れ,19世紀に入ると米国海軍の軍艦等が日本に開国を求めるために日本近海を航行するようになった.これらの航海日誌に記録された日本近海の気象データの概要を示し,江戸時代末期に外国船が日本近海で遭遇した台風事例について,経路等の解析を行った.1853年7月21~25日にペリー艦隊6隻が観測した東シナ海を通過した台風の解析事例,1856年9月23~24日に蘭国海軍メデューサ号が観測した安政江戸台風の解析事例,1863年8月15~16日の薩英戦争中に英国海軍11隻が観測した東シナ海における台風の解析事例について報告する.
著者
小田 隆史 池田 真幸 永田 俊光 木村 玲欧 永松 伸吾
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.199-213, 2023 (Released:2023-07-08)
参考文献数
34

2022年度から必履修化された高等学校「地理総合」の柱となる大項目「GIS」や「持続可能な地域づくり」での学習を通じて,学校教育における防災教育の充実が期待される一方,授業を担う教員の防災に関する知識や授業指導の力量不足が懸念されている.そこで,地理学と防災関連分野の研究者らが討議を重ね,学習指導要領の中で扱われている防災に関連する解説・内容を「知識」「技能」「思考力・判断力・表現力」別に分析し,近年頻発する洪水・土砂災害を事例としたウェブGISを活用した教員向けの防災教育の研修プログラムの開発を目指した.学習指導要領から防災に関わる内容や流れを整理した上で,教員自身が防災の専門的知見を理解し,授業づくりの前提となる力を多忙な教員が短時間で身に付けられる教員研修のためのプログラム案を作成した.具体的な評価の検討は今後の課題だが,試行は時間内に収まり,学習目標に沿った気づきや発言が得られた.
著者
相馬 拓也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.287-309, 2021 (Released:2021-09-15)
参考文献数
43
被引用文献数
3 2

モンゴル西部アルタイ山脈に暮らす遊牧民は,ユキヒョウとの長年にわたる接触体験から,さまざまな動物民話のオーラルヒストリーを蓄積・継承してきた.ユキヒョウと遊牧民との接触により語り継がれた民間伝承・伝説・語りなどの伝承《ナラティヴ》は,科学的成果《エビデンス》とも十分に照応できるローカルな生態学的伝統知T.E.K.でもある.本研究では, 2016年7月19日~8月25日および2017年8月2日~16日の期間,ホブド県ジャルガラント山系,ボンバット山系,ムンフハイルハン山系のユキヒョウ生息圏に居住する,117名の遊牧民からオーラルヒストリーの記録・収集を実施した.在来の動物民話の記録やその科学的検証は,地域住民をユキヒョウ保護のアクターとして統合する新しい保全生態のかたちを提案できると考えられる.本論では,野生動物を取り巻くエコロジーの多面性と重層性を,複合型生物誌として整備することを提案する.
著者
山本 健太 申 知燕
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.82-92, 2022 (Released:2022-04-28)
参考文献数
10
被引用文献数
5

本研究では,ヘアサロンの検索・予約サイトからウェブスクレイピングによって収集したデータをもとに,東京都内ヘアサロンの集積地を析出した.その上で,テキストマイニング分析手法の一つである共起ネットワーク分析を用いて,各集積地のヘアサロンが想定している顧客層を明らかにし,集積地区の類型化を試みた.店舗情報を分析したところ,集積地ごとに施術料金やスタッフ数などに特徴がみられた.また店舗紹介文を共起ネットワーク分析したところ,集積地ごとに想定されている顧客層は異なり,ヘアサロンはそれら想定される顧客層に向けた施術メニューや店舗内空間を提供していることが確認された.その結果,都内のヘアサロン集積地区を「都心ターミナル」,「都心近隣繁華街」,「郊外繁華街」に類型化できた.
著者
佐藤 廉也 蒋 宏偉 西本 太 横山 智
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.309-323, 2023 (Released:2023-08-18)
参考文献数
15
被引用文献数
2

焼畑・漁撈・家畜飼養・狩猟・採集を生業とし,自給的な食生活を維持しているラオス中部のマイノリティ(マンコン)の村において,一年を通じた食生活を把握するとともに,世帯の食料獲得戦略を考察した.データは食事日誌法によって収集し,毎食ごとの主菜・副菜メニューとともに,それらの副食の食材を誰がどこで獲得したのかを記録し,世帯の構成に注意を払いつつ分析した.結果として,子どもが10歳代の時期に世帯の生活収支(生産量から消費量を差し引いた値)もプラスに転じることが推測され,子どもの成長に応じた家計への貢献が重要な役割を果たしていることが示唆された.
著者
林 紀代美
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.135-153, 2016-09-30 (Released:2016-10-11)
参考文献数
40
被引用文献数
2 1

本研究では,石川県能登地域の海藻類と魚醤を事例とし,当該食材の利用からみた「(文化上の)能登地域」見出すことを試みる.地域住民による10種の海藻の利用頻度の差を確認すると,羽咋市以北の地域で一定の利用が継続し,特に奥能登では海藻類が多用されている.この地域範囲を海藻利用からみた能登地域と考えることができる.一方魚醤は,調査地域全域で海藻類と比べると食卓で利用される頻度が低い.くわえて,魚醤の利用頻度は奥能登と奥能登以南の地域,加賀とのあいだで大きな差がみられた.海藻類以上に魚醤は,「奥能登」の食材と位置づけでき,奥能登のひろがりをとらえる一つの指標とできる.
著者
木澤 遼 濱 侃 吉田 圭一郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.12-22, 2022 (Released:2022-03-24)
参考文献数
41

本研究では,北海道北部の利尻岳における森林限界の変化を検討するため,過去の空中写真と小型無人航空機(UAV)の画像を用いて,森林限界付近の40年間の植生変化を明らかにした.空中写真による土地被覆分類の結果,利尻岳西向き斜面では森林の占める割合が増加すると同時に,高標高側へ拡大していた.ロジスティック回帰分析より森林限界は40年間で41.9 m高標高側へ移動しており,その上昇速度は1.0 m yr-1であった.空中写真およびUAV画像による植生判読から,森林限界付近ではダケカンバ林における林冠木の密度の増加に加え,新たなダケカンバ林分の成立がみられた.新規のダケカンバ林分は高標高側のササ草原やハイマツ群落を置換しており,このことにより,利尻岳西向き斜面において森林限界が上昇したことがわかった.
著者
謝 陽
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.131-146, 2012-09-28 (Released:2012-09-28)
参考文献数
23

本研究では,木曾漆器の産地である長野県旧楢川村を対象に,1980年代以降の生産構造の転換と中国産漆器製品との関係を明らかにし,漆器業者による「伝統」の再構築について考察した.方法論として,漆器業者へのアンケート調査と,特定の業者へのインタビュー調査を組み合わせた.その結果,事業所の生産形態,規模,歴史などによって中国産製品の扱い方はかなり異なっていることがわかった.中国産製品を取り入れている事業所は,製造過程の一部に組み込み,販売面では安価品の提供と考えている.一方,中国産製品を排除する事業所は,自家製造のオリジナリティに「伝統」を再発見しようとしている.ゆえに,「伝統」のとらえ方は一元的なものでなく,中国産製品との関係性の中で常に変化しているものだといえる.中国産製品への評価は,必ずしも品質の悪さに帰結することはなく,漆器業者ごとに多様なとらえ方がある.なお,本稿では歴史-地理的な視点を用いて個人誌に注目し,国境を越えた特定個人間のつながりが,この漆器産地を支えていることを明らかにした.
著者
植村 円香
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.137-154, 2022 (Released:2022-06-04)
参考文献数
33
被引用文献数
4

本研究では,ハワイ島における新たな担い手によるコナコーヒー生産の実態とその課題を明らかにするとともに,彼らがコナコーヒー産地に与えた影響について考察することを目的とする.1890年代以降,コナでは日系移民がコーヒーの原料となるチェリーを生産し,島内の精製工場に出荷していた.しかし,1980年代以降に世界的なスペシャリティコーヒーブームが起きると,新たな担い手がコーヒー生産を開始した.彼らは,チェリーの生産,精製,焙煎を行い,豆を消費者等に販売していた.しかし,新たな担い手は,害虫被害によるチェリー生産量の減少などから豆の販売価格を上げざるを得ず,それが消費者離れにつながるという課題に直面していた.また,新たな担い手が産地に与えた影響として,彼らは衰退しつつあった産地の回復に貢献したが,従来とは異なる品種や精製方法を導入して独自の風味を追求することで,コナコーヒーの風味が多様化するという課題をもたらした.
著者
関戸 明子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.265-285, 2022 (Released:2022-08-06)
参考文献数
52
被引用文献数
3

本稿では,明治期の東京における温泉浴場について,公文書,新聞記事,案内書などの資料を精査して,施設の形成過程や分布の変遷を明らかにした.そして当時の社会的背景をふまえたうえで,温泉浴場という場所の意味について考察した.東京では1870年代前半に温泉を名乗る浴場が現れ,1870年代後半から「開化」を象徴するものとして流行した.それは人工的な温泉であり,薬湯,温泉地より原湯を運んだもの,湯の花を入れたものであった.風紀や衛生面で問題のあった浴場の改良も進んだ.1877年には44の浴場は市街地とその近隣に多く分布していた.1885年には178の浴場は市街地に集中的な立地がみられ,その外縁部への展開も認められた.1897年には,浴場が淘汰された結果,市街地外縁部に立地するものが目立つようになった.それらの温泉浴場は,手軽な行楽地として,繁華な市街地から離れて保養する場所となっていた.
著者
庄子 元 甲斐 智大
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.22-32, 2023 (Released:2023-01-07)
参考文献数
15

本稿の目的は青森県南部町と秋田県東成瀬村を事例に,特定地域づくり事業協同組合の性格の地域差を明らかにすることである.両地域では地域外からのサポートによって労働者派遣法に対応した運営体制の構築やホームページの整備が進められ,事業協同組合が設立されている.また,南部町では求人のウェブサイト,東成瀬村では地域内のハローワークを通じてマルチワーカーが募集された.そのため,南部町のマルチワーカーは地域外からの新規就農希望者であるのに対し,東成瀬村は地域内居住者が主である.こうした属性の違いから,南部町ではマルチワーカーに対する農業技術の研修を充実させている一方,東成瀬村ではマルチワーカーへの手当を厚くしている.したがって,両地域の事業協同組合は,南部町では新規就農希望者が農業技術を習得する学びの仕組みとして機能しているのに対し,東成瀬村は地域内の居住者が安定して雇用されるための仕組みといえる.
著者
杉江 あい
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.312-331, 2018 (Released:2018-05-31)
参考文献数
20

2017年8月25日以降,67万人以上のロヒンギャ難民がミャンマー国軍による弾圧を逃れてバングラデシュに流入した.この前代未聞の人道危機を受け,バングラデシュ政府およびさまざまな国際機関やNGOが協働して支援を行っている.本稿はロヒンギャ難民支援の実態をフィールドワークによって明らかにし,キャンプ・世帯間の支援格差がどのように生じているのかを検討した.現行の支援体制は,多種多様な支援機関とその活動を部門内/間で調整し,またキャンプの現状を迅速かつ頻繁に把握・公開して支援活動にフィードバックする機構を備えている.しかし,最終的には支援の濃淡を解消するための全体的な調整よりも,各支援機関による現場選択が優先されてしまい,中心地から遠く,私有地に立地するキャンプでは支援が手薄になっていた.このほかにも,配給のプロセスやその形態,共同設備の管理等,現行の支援体制において改善すべき具体的な問題が明らかになった.
著者
淺野 敏久 金 枓哲 平井 幸弘 香川 雄一 伊藤 達也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.223-241, 2013 (Released:2013-11-01)
参考文献数
13
被引用文献数
2

本稿では,韓国で2番目にラムサール登録されたウポ沼について,登録までの経緯とその後の取り組みをまとめ,沼周辺住民がそうした状況をどのように受け止めているのかを明らかにした.ラムサール登録されるまでの過程や,その後のトキの保護増殖事業の受け入れなどの過程において,ウポ沼の保全は,基本的にトップダウンで進められている.また,湿地管理の姿勢として,「共生」志向というよりは「棲み分け」型の空間管理を志向し,生態学的な価値観や方法論が優先されている.このような状況に対して,住民は不満を感じている.湿地の重要さや保護の必要性への理解はあるものの,ラムサール登録されて観光客が年間80万人も訪れるようになっているにも関わらず,利益が住民に還元されていないという不満がある.ウポ沼の自然は景観としても美しく,わずか231 haほどの沼に年間80万人もの観光客が訪れ,観光ポテンシャルは高い.湿地の環境をどう利用するかが考慮され,地元住民を意識した利益還元や利益配分の仕組みをつくっていくことが課題であろう.
著者
中澤 高志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.210-229, 2022 (Released:2022-07-15)
参考文献数
33

本稿では,テレワーク人口実態調査から得られる年齢階級別・職業別の雇用型テレワーカー率を,国勢調査から得られる年齢階級別・職業別雇用者数に乗じることにより,市区町村別のテレワーカー率を推計した.雇用型テレワーカー率の推計値は,都市において高く農村において低いことに加え,雇用型テレワーカー率の低い現業に従事する雇用者の割合が東高西低であることと逆相関の関係にあり,東日本で低く西日本で高い傾向がある.サービスは雇用型テレワーカー率が低い職業であるが,地域全体の雇用型テレワーカー率の高低に関わらず,偏在する傾向がある.本稿は,相対的に高所得かつテレワーカー率の高い雇用機会が地理的に偏在することだけではなく,テレワークが可能な職に就く人の生活が,同じ地域に住み,テレワークへの代替が困難な相対的に低所得の人々の仕事に支えられているという,地域内格差の可能性にも目を向けるべきであることを示唆する.