著者
宮下 遼
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究最終年度の本年は、研究成果を発表し、その可否を学会に問う年であった。また、平成19年度7月から20年度8月までの期間、トルコ共和国、及びフランス共和国に滞在し行った海外調査も、この研究成果に大きく寄与した。まず、社会史研究である論文「トルコ古典文学における都市と詩人:都市トポスの誕生と16世紀イスタンブル」では、都市頌歌、及び一般生活に関連する項目を内包するトルコ古典文学作品史料を主史料としつつ、オスマン朝文壇の中心を為したイスタンブルの都市空間の中にトルコ詩人を対置、彼らの都市観を探り、都市の固有の建造物や地域が韻文の中でどのようなトポスを形作っていたか、また住民の生活がどのような特徴から捕えられていたのかを明らかにした。地中海通文化研究である「〈研究ノート〉東方旅行記における二つの観察潮流とそのトポス:フランス大使ダラモン一行におけるキリスト教古代文化と異文化の取り扱い」では、トルコ詩人と西欧知識人の比較を志しつつ、やはりイスタンブルという対象を観察したフランス人の旅行記史料を比較考察し、西欧語で書かれた東方旅行記史料に現ずる、イスタンブルという物的対象、トルコ人という人的対象の定型性とその詳細を明らかにした。トルコ古典文学研究である「トルコ古典文学における酌人:17世紀オスマン朝「酌人の書」についての一考察」では、オスマン文人/詩人とトルコ古典文学全体に通底する特徴を詳らかにするべく、ペルシア伝来の神秘主義詩「酌人の書」が、彼らにあってどのように受容され、そして各詩人のオリジナリティがいかに付与されていったかを明らかにした。トルコ語小説の翻訳である二書にかんしては、翻訳補助、及び日本語校正と時代考証を通して参加した。学会発表は、研究指導委託先であったユルドゥズ工科大学(イスタンブル)の学部生向け教育プログラムであり、研究遂行者は、様々な作文、作詩の規則を内包し定型性の非常に高いトルコ古典文学と、我が国の古典文学のシステムの比較を行いつつ、特に短歌、連歌、俳句について発表を行った。以上の研究成果を踏まえつつ、平成21年度以降も、特別研究員(PD)として、今度は詩人/文人から都市イスタンブルへと研究対象を移しつつ、引き続きトルコ古典文学史料に依拠する社会史との視座から研究を進めていく所存である。
著者
岡 真理 宮下 遼 山本 薫 石川 清子 藤元 優子 福田 義昭 鵜戸 聡 田浪 亜央江 中村 菜穂 前田 君江 鈴木 珠里 石井 啓一郎 徳原 靖浩 細田 和江 磯部 加代子 岡崎 弘樹 鈴木 克己 栗原 俊秀 竹田 敏之
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2015-04-01

アラビア語、ペルシア語、トルコ語、ヘブライ語など中東の諸言語で、中東地域で生産される作品のみならず、中東に歴史的出自を持つ者によって、欧米など地理的中東世界を超えた地域で、英語、仏語、独語、伊語などの西洋の諸言語で生み出される作品をも対象に、文学や映画などさまざまなテクストに現れた「ワタン(祖国)」表象の超域的な分析を通して、「ワタン」を軸に、近現代中東世界の社会的・歴史的ありようとそのダイナミズムの一端と、国民国家や言語文化の境界を越えた共通性および各国・各地域の固有性を明らかにすると同時に、近現代中東の人々の経験を、人間にとって祖国とは何かという普遍的問いに対する一つの応答として提示した。
著者
岡 真理 宮下 遼 新城 郁夫 山本 薫 藤井 光 石川 清子 岡崎 弘樹 藤元 優子 福田 義昭 久野 量一 鵜戸 聡 田浪 亜央江 細田 和江 鵜飼 哲 細見 和之 阿部 賢一 呉 世宗 鈴木 克己
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2020-04-01

難民や移民など人間の生の経験が地球規模で国境横断的に生起する今日、人間は「祖国」なるものと様々に、痛みに満ちた関係を切り結んでいる。ネイションを所与と見なし、その同一性に収まらぬ者たちを排除する「対テロ戦争パラダイム」が世界を席巻するなか、本研究は、中東を中心に世界の諸地域を専門とする人文学研究者が協働し、文学をはじめとする文化表象における多様な「祖国」表象を通して、人文学的視点から、現代世界において人間が「祖国」をいかなるものとして生き、ネイションや地域を超えて、人間の経験をグローバルに貫く普遍的な課題とは何かを明らかにし、新たな解放の思想を創出するための基盤づくりを目指す。
著者
山中 由里子 池上 俊一 大沼 由布 杉田 英明 見市 雅俊 守川 知子 橋本 隆夫 金沢 百枝 亀谷 学 黒川 正剛 小宮 正安 菅瀬 晶子 鈴木 英明 武田 雅哉 二宮 文子 林 則仁 松田 隆美 宮下 遼 小倉 智史 小林 一枝 辻 明日香 家島 彦一
出版者
国立民族学博物館
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010-04-01

中世ヨーロッパでは、辺境・異界・太古の怪異な事物、生き物、あるいは現象はラテン語でミラビリアと呼ばれた。一方、中世イスラーム世界においては、未知の世界の摩訶不思議は、アラビア語・ペルシア語でアジャーイブと呼ばれ、旅行記や博物誌などに記録された。いずれも「驚異、驚異的なもの」を意味するミラビリアとアジャーイブは、似た語源を持つだけでなく、内容にも類似する点が多い。本研究では、古代世界から継承された自然科学・地理学・博物学の知識、ユーラシアに広く流布した物語群、一神教的世界観といった、双方が共有する基盤を明らかにし、複雑に絡み合うヨーロッパと中東の精神史を相対的かつ大局的に捉えた。
著者
宮下 遼
出版者
東京外国語大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

採用最終年度である本年は、本研究の集大成として、これまでの宮廷詩人という研究対象から離れ、イスタンブル庶民の心性と人的社会結合の様態を「描写の書」と呼ばれ、庶民の行状を椰楡的に詠む文学作品群、および17世紀のムスリム系イスタンブル人であり、庶民的、通俗的社会観察を残すエヴリヤ・チェレビー『旅行記』と同じく17世紀のアルメニア系イスタンブル人であり、聖職者でありながらもアルメニア正教徒、ならびにギリシア正教徒の俗人社会の内情を記したエレミヤ・チェレビー・キョミュルジュヤン『イスタンブル史』という地誌的旅行記2点を用いつつ、研究を遂行した。まず、酒場、珈琲店、サロンといった人的社会結合の場で活動する庶民と、それについての王朝の支配階層の庶民像を検討した。そして前記の2点の地誌的旅行記史料に共通し、なおかつ両史料にのみ記載された庶民的要素としてイスタンブルの津々浦々に宿る「俗信」を抽出し、これを検討した。以上の成果については残念ながら年度内に発表することが叶わなかったが、王朝支配階層の庶民像を検討した論文「16世紀オスマン朝「描写の書」に見る古典詩人の庶民像」については年度末に投稿、現在掲載審査中であることを付記しておきたい。