著者
森 章
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.19-39, 2010-03-31 (Released:2017-04-20)
参考文献数
182
被引用文献数
2

森林生態系は、その構成・構造・機能が絶えず変動するものであり、また画一的な定常状態や平衡点に達することは極めて有り得ないことであると考えられるようになった。この森林生態系の"非平衡性"を引き起こしている主要因としては、自然撹乱が挙げられる。近年、自然撹乱体制を明らかにすることで、森林生態系の動態がより明らかになってきた。現在の陸域の生態系管理において、森林生態系やその高位の地理的スケールにある景観に内在する自然撹乱体制を正しく認識することは非常に重要である。自然撹乱を中心とした、自然本来の動的プロセスを尊重し、生態系の構成・構造・機能を健全に保全することは、多様なレベルにおける生物多様性の包括的な保全に貢献し得るとも考えられている。このように、生態系の非平衡性の重要性と、非平衡を生み出している自然の必要性について、基礎生態学的観点及び応用生態学的観点の双方から広く認知されている。しかしながら、森林生態系の変動性・複雑性については、まだまだ未知のことも多い。生態系で起こり得る撹乱、特に大規模な自然撹乱は、予測不可能なものであり、生態系に与えるインパクトについても複雑で不確実なものである。それゆえに、複雑性・予測不可能性・非平衡性を認知した上で、環境変動に対する生態系の挙動を如何に理解できるかが、生態系の管理や復元にとって重要である。森林生態系における非平衡パラダイムの理解のためには、自然撹乱を軸として、個体から景観に至るまでの様々なヒエラルキーの中での生態系の動的事象を多角的に捉えることが必要である。
著者
久保 拓弥 粕谷 英一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.181-190, 2006-08-31 (Released:2016-09-06)
参考文献数
9
被引用文献数
12

生態学のデータ解析で一般化線形モデル(generalized linear model; GLM)が普及していくにつれ「GLMだけでは説明がむずかしい現象」にも注目が集まりつつある。たとえば「過分散」(overdispersion)はわれわれがあつかう観測データによくあらわれるパターンであり、これは「あり・なし」データやカウントデータのばらつきがGLMで解析できなくなるほど大きくなることだ。この過分散の原因のひとつは個体差・ブロック差といった「直接は観測されてないがばらつきを増大させる効果」(random effects)である。この解説記事ではこのrandom effectsも組みこんだ一般化線形混合モデル(generalized linear mixed model; GLMM)で架空データを解析しながら個体差・ブロック差を考慮したモデリングについて説明する。
著者
宮崎 佑介 松崎 慎一郎 角谷 拓 関崎 悠一郎 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.291-295, 2010-11-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
27
被引用文献数
2

岩手県一関市にある74の農業用ため池において、2007年9月〜2009年9月にかけて、コイの在・不在が浮葉植物・沈水植物・抽水植物の被度に与えている影響を明らかにするための調査を行った。その結果、絶滅危惧種を含む浮葉植物と沈水植物の被度が、コイの存在により負の影響を受けている可能性が示された。一方、抽水植物の被度への有意な効果は認められなかった。コイの導入は、農業用ため池の生態系を大きく改変する可能性を示唆している。
著者
辻田 有紀 村田 美空 山下 由美 遊川 知久
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.1906, 2019 (Released:2020-01-13)
参考文献数
47

近年、果実に寄生するハエ類の被害が全国の野生ランで報告され、問題となっている。ハエ類の幼虫は子房や果実の内部を摂食し、種子が正常に生産されない。しかし、被害を及ぼすハエ類の種や寄生を受ける時期や部位が、ランの種によって異なることが指摘されており、適切に防除するためには、ランの種ごとに被害パターンを明らかにする必要がある。そこで、国内に自生する 4種のランについてハエ類の被害状況を調査した。その結果、 4種すべてにおいて、ランミモグリバエの寄生を確認した。また、本調査で被害を確認した地域は、福島県、茨城県、千葉県、高知県と広域に及んでいた。調査した 4種のうち、コクランとガンゼキランでは、果実内部が食害を受けていたが、ナツエビネとミヤマウズラでは、主に花序が幼虫による摂食を受け、開花・結実に至る前に花茎上部が枯死しており、ランの種によって食害を受ける部位が異なった。ミヤマウズラでは福島県産の株に寄生を確認したが、北海道産の株にはハエ類の寄生が見られず、地域により被害状況が異なる可能性が明らかになった。本調査より、絶滅に瀕した多くのラン科植物がハエ類の脅威にさらされている現状が改めて浮き彫りとなり、ランミモグリバエの防除はラン科植物を保全する上で喫緊の課題である。
著者
田辺 信介
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.37-49, 2016 (Released:2016-06-01)
参考文献数
41
被引用文献数
7

化学物質の中でヒトや生態系にとって厄介なものは、毒性が強く、生体内に容易に侵入し、そこに長期間とどまる物質であろう。こうした性質をもつ化学物質の代表に、PCBs(ポリ塩化ビフェニール)やダイオキシン類などPOPs(残留性有機汚染物質)と呼ばれる生物蓄積性の有害物質がある。筆者がPOPs の汚染研究を開始したのは1972 年のことで、テーマは「瀬戸内海のPOPs 汚染に関する研究」であった。当時の汚染実態はきわめて深刻化していたが、不思 議なことに瀬戸内海に残存しているPOPs 量は使用量に比べ予想外に少ないことに気がついた。この疑問は、「大気経由でPOPs が広域拡散したのではないか」という仮説を生み、地球汚染を実証する研究へと進展した。この研究の中で、ダイオキシン類やDDT は局在性が強く地域汚染型の物質であるが、PCBs や殺虫剤のHCHs は長距離輸送されやすい地球汚染型の物質であることを、大気や水質の調査だけでなく生物を指標とした研究でも明らかにした。また冷水域は、POPs の沈着の場となることを示唆した。さらに、POPs は食物連鎖を通して生物濃縮され高次の生物種ほど汚染が著しいこと、とくに海洋生態系の頂点にいる鯨類などの水棲生物は、体内にきわめて高い濃度のPOPs を蓄積していることが認められた。この要因として、この種の動物の体内に有害物質の貯蔵庫(皮下脂肪)が存在すること、授乳による母子間移行量が大きいこと、有害物質を分解する酵素系が一部欠落していること、などが判明した。以上の結果から、海棲哺乳動物はPOPs のハイリスクアニマルであることが示唆され、地球環境時代に相応しい環境観や社会観を醸成して生態系を保全する施策が必要なことを提言した。また、先進国だけでなく新興国や途上国でもPOPs 汚染は顕在化しており、今後さらに深刻化することが予想されるため、ストックホルム条約の適切な履行が求められる。
著者
稲留 陽尉 山本 智子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.63-71, 2012-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
27
被引用文献数
2

タナゴ類は、コイ科タナゴ亜科に属する魚類で、繁殖を行う際に二枚貝を産卵床として利用することが最大の特徴である。鹿児島県には、アブラボテTanakia limbata、ヤリタナゴT. lanceolata、タイリクバラタナゴRhodeus ocellatus ocellatus 3種のタナゴ類が生息し、北薩地域は、アブラボテの国内分布の南限となっている。アブラボテなど在来タナゴ類は、外来タナゴ類との競合や種間交雑が危惧されているが、鹿児島県内ではこれらのタナゴ類の詳細な分布の記録が残っておらず、在来種と外来種が同所的に生息する状況についても調べられていない。そこで本研究では、北薩地域を中心にタナゴ類とその産卵床であるイシガイ類の分布を調べ、同時にタナゴ類各種によるイシガイ類の利用状況を明らかにすることを目的とした。調査は、2007年4月から2008年10月まで、鹿児島県薩摩半島北部の16河川で行った。タナゴ類はモンドリワナを用いて採集し、イシガイ類は目視や鋤簾による採集で分布を確認した。採集したイシガイ類の鯉を開口器やスパチュラを使って観察し、タナゴ類の産卵の有無を確認した。アブラボテとタイリクバラタナゴが各5河川で確認され、ヤリタナゴは1河川でのみ採集された。このうち2河川ではアブラボテが初めて確認され、アブラボテとタイリクバラタナゴの2種が生息していた江内川では、両種の交雑種と見られる個体が採集された。イシガイ類については、マッカサガイPronodularia japanensis、ニセマツカサガイInversiunio reinianus yanagawensis、ドブガイAnodonta woodianaの3種の分布が確認された。それぞれのタナゴ類は、産卵床として特定のイシガイを選択する傾向が見られたが、交雑種と思われる個体も採集された。このことから、それぞれの好む二枚貝の種類や個体数が限られた場合、この選択性は弱くなるものと考えられる。
著者
加藤 和弘 樋口 広芳
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.61, no.2, pp.177-183, 2011-07-30 (Released:2017-04-21)
参考文献数
17
被引用文献数
3

三宅島において2000年噴火後の鳥類の生息状況を調査してきた。噴火直後に鳥類は一時減少した。その後、植生被害の少ない場所では鳥類の個体数は増加し、近年ではほぼ安定している。ただし、鳥類の種数(種密度)や個体密度は樹木植被率と正の相関を一貫して示しており、植生が破壊されて回復していない場所では、植生がより健全な場所に比べて鳥類群集は種密度、個体密度ともにより小さかった。この相関関係は噴火後終始一定であったわけではなく、回帰直線の切片が有意に正の値をとるという状況、すなわち植生が破壊されている場所でもある程度の鳥類が記録されるという状況が、2005〜2007年にかけて認められた。これは、何らかの理由、おそらくは衰退木や腐朽木から発生した多量の昆虫により、植生が貧弱な場所でも鳥類の食物が供給されていたことによると考えられた。2008年度になってこの状況に変化が見られ、植生が破壊された場所では鳥類の種密度、個体密度ともに小さくなった。今後、昆虫の調査結果との対応付けを行う必要があるが、腐朽木や衰退木からの昆虫発生がこれら樹木の消失や除去に伴って減少しつつあるのであれば、樹林性の昆虫食の鳥類は、本来の照葉樹林が回復するまでの間に食物の深刻な不足に直面することが懸念される。
著者
中井 克樹
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.171-180, 2001-01-15 (Released:2018-02-09)
参考文献数
26
被引用文献数
2

わが国で問題とされている外来生物のなかで,全国的規模で野生化しその状況を歓迎する人々が数多く存在する点で,ブラックバス類は特異である.ここでは,ブラックバス類を含めた外来魚の管理法の検討に資するため,魚の放流にかかわる日本人の文化的・精神的土壌についての考察をもとに,観賞魚の輸入や内水面漁業における放流の現状を概観したうえで,外来魚をめぐる問題の所在と対処の方策を考察する.
著者
佐々木 尚子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.219-232, 2003-12-25 (Released:2017-05-26)
参考文献数
41
被引用文献数
1

A 700-year landscape history of Himi-nisengoku-hara, a 40-ha dwarf bamboo-dominated area with Nikko fir (Abies homolepis Sieb. et Zucc.) trees, located near the 1896-m peak of Mt. Kamegamori, was revealed mainly by paleoecological analyses. Pollen and charcoal analyses were done for four sediment cores from small hollows in the dwarf-bamboo thicket. Also, the relationship between the modern pollen assemblage and vegetation was examined by using pollen surface samples collected from the dwarf bamboo thicket and Nikko fir stands. Ratios of Gramineae to Abies pollen (G:A) were useful for differentiating the dwarf bamboo thicket and fir stand pollen assemblages. A feature of all pollen assemblages from the four sediment cores was a high percentage of Gramineae pollen. The G:A ratios of fossil pollen indicated that Himi- nisengoku-hara had open landscapes during the past 700 years. Tree census data and tree-ring cores obtained from three plots suggested that Nikko fir trees were established in the periphery of Himi-nisengoku-hara at least 250 years ago, and invaded to the center of the area in synchrony with the simultaneous death of the dwarf bamboo at AD 1964. The increase of charcoal fragments with buckwheat pollen ca. 300 years ago may have been due to slash-and-burn cultivation around the area.
著者
浮田 悠 佐藤 臨 大澤 剛士
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2219, (Released:2023-04-30)
参考文献数
43

日本人にとって身近な生き物であるゲンジボタル Luciola cruciata は、レクリエーション目的等により各地で放流が行われている一方で、開発圧等による生息地の劣化、それに伴う個体数の減少も報告されている。地域における遺伝的構造、遺伝的多様性を考慮した上での絶滅地域への適切な再導入(re-introduction)や、個体数減少地域に対する補強(re-inforcement/supplementation)は、必ずしも推奨される手法ではないものの、その地域に生息する種の保全を目的とした手段の一つになりうる。既に各地で放流が行われている本種に対し、適切な放流の方法を示すことは、無秩序な放流の抑制に繋がることが期待できる。そこで本研究は、既存のゲンジボタル放流における指針においてほとんど言及のない、適切な放流場所の選定について、過去から現在にわたる土地被覆に注目して検討を行った。過去の土地被覆は現在から改変等を行うことはできないため、もし過去の土地被覆履歴がゲンジボタルの生息可能性に影響していた場合、現在の土地被覆のみから好適な環境を判断して放流を行うことは、個体が定着できない無意味な放流につながってしまう可能性がある。東京都八王子市および町田市の一部において面的なゲンジボタルの生息調査を行い、ホタルの生息と現在および過去の土地被覆の関係について統計モデルおよび AIC によるモデル選択によって検討したところ、現在の土地被覆のみを説明変数としたモデルでは開放水面面積のみが選択され(AIC 271.11)、過去の土地被覆も考慮したモデルでは、AIC の差は僅かであったものの、現在の開放水面面積に加え、1980 年代の森林面積、 1960 年代の農地面積が選択され(AIC 270.44)、これらが現在のホタル生息に影響を及ぼしている可能性が示された。この結果は、現在の土地利用のみから放流地を選定した場合、放流個体が定着できず、死滅してしまう可能性を示唆するものであり、過去の土地被覆が有効な再導入、補強を行う上で欠かすことができない重要な前提条件になる可能性を示唆するものである。ゲンジボタルの放流は各地で行われてきているため、今後は様々な地域における検証の積み重ねが望まれる。
著者
波多野 肇 増沢 武弘
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.199-204, 2008-11-30 (Released:2016-09-17)
参考文献数
15

蛇紋岩の分布する地域には、蛇紋岩植物と呼ばれる特異な植物からなる群落が成立する。本研究は北アルプス、白馬岳の高山帯の蛇紋岩地において、蛇紋岩地の特異な植生の成立要因を明らかにすることを目的とし、植物の分布調査及び土壌環境調査を行った.分布調査の結果、白馬岳の蛇紋岩地においても一般的に知られているミヤマムラサキやウメハタザオといった蛇紋岩地特有の種の生育が確認された。土壌環境調査の結果、蛇紋岩地の土壌は高いニッケルイオン、マグネシウムイオン含有率を有することが明らかになった。本調査より、蛇紋岩土壌の高いニッケルイオン、マグネシウムイオン含有率が、白馬岳の蛇紋岩地の特異な植生の成立要因となっている可能性が示された。
著者
小沼 順二 千葉 聡
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.247-254, 2012-07-30 (Released:2017-04-27)
参考文献数
72
被引用文献数
2

分布の重複する2種が、異所的な個体群間では同様の形質値を示す一方で、同所的な個体群間では異なる形質値を示すことがある。形質のこのような地理的パターン形質置換とよばれ、種間相互作用が形質分化に影響を与えたことを示す重要な証拠となる。形質置換は、「生態的形質置換」と「繁殖的形質置換」の2つに分類される。生態的形質置換とはフィンチのくちばしやトゲウオの体型のように、資源利用に関わる形質の分化パターンのことであり資源競争がその主要因として考えられる。一方、繁殖的形質置換とは体色や鳴き声など繁殖行動に関わる形質の分化パターンのことであり、交配前隔離機構の強化の結果生じる分化パターンをさす。種間交雑によって生じるコスト、すなわち「繁殖干渉」を避けるように、交配相手認識に関わる形質が種間で分化するパターンといえる。これまで多くの生態的形質置換研究事例が報告されてきたが、実際それらにおいて種間競争を示した研究は非常に少ない。そこで我々は「生態的形質置換と思われている形質分化パターンの幾つかは実際には資源競争が要因ではなく繁殖干渉によって生じたのではないか」という仮説を立てた。特に体サイズのように資源利用や繁殖行動両方に関わる形質の分化では、資源競争の効果を考えなくても繁殖干渉が主要因として働き形質分化が生じる可能性を考えた。そこで同所的種分化モデルを拡張したモデルを用い本仮説の理論的検証を行った。その結果、たとえ種間に資源競争が全く存在しないという条件下においても資源利用に関わる形質が隔離強化の結果として2 種間で分化し得ることを示すことができた。この結果は、繁殖干渉が種間の形質差を導く主要因になり得ることを示している。
著者
深谷 肇一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.375-389, 2016 (Released:2016-08-24)
参考文献数
95
被引用文献数
4

要旨: 本稿では統計モデルとしての状態空間モデルについて基本的な解説を与えるとともに、生態学研究において状態空間モデルを適用することの動機と利点を示し、近年急速に発達した生態学のための状態空間モデルの体系を概観した。状態空間モデルは直接的に観測されない潜在的な変数を仮定することにより、観測時系列データに含まれる2種類の誤差であるシステムノイズと観測ノイズを分離した推定を実現する統計モデルである。生態学では特に個体群動態や動物の移動などの研究において、頑健な統計的推測のための重要な手法として確立している。状態空間モデルは階層モデルの1つと位置づけることができ、観測過程と背後にある状態過程・パラメータの構造を分離したモデル化によって、関心の対象である生態的過程に関する自然な推測を実現できることが大きな利点である。野外調査と統計モデリングの融合を原動力として、状態空間モデルは今後も生態学においてその重要性を増していくものと考えられる。
著者
関島 恒夫 原 範和 大津 敬 近藤 宣昭
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.335-344, 2007-11-30 (Released:2016-09-16)
参考文献数
29

「冬眠」現象を研究する魅力は、5℃以下まで体温を低下させることができる低体温耐性と、そのような極限の体温低下にも関わらず、細胞や組織レベルで異常をきたさず、生体が正常に機能を果たしている点にある。チョウセンシマリスから発見された新規の冬眠特異的タンパク質(Hibernation-specific proteins: HP)に関する研究は、現象の把握に終始してきた冬眠研究を、統合的な生理的調節システムとして理解する道筋を提供した。その結果、チョウセンシマリスでは冬眠を制御する年周リズムが体内で自律的に働き、それが血中のHP量を調節することで、冬眠可能な生理状態を自ら作り出していることが明らかとなった。また、HPの生体内調節の知見に基づき、冬眠期における脳内HPの機能をHP抗体の脳室内投与により阻害したところ、冬眠状態から覚醒状態への速やかな移行が見られ、冬眠の人工的制御が可能であることを証明した。本総説では、これまでに明らかとなっている冬眠調節に関わる生理機構の全貌に加え、冬眠調節の一端を担うことが明らかとなったHPを分子指標として用い、冬眠の進化あるいは地球規模の環境変化による冬眠動物への影響評価といった生態学的・進化学的視点に立った課題の解決に向けた最近の取り組みを紹介する。
著者
綿貫 豊
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.1-11, 2010-03-31 (Released:2017-04-20)
参考文献数
59
被引用文献数
1

気候変化は生物にフェノロジーの変化をもたらし、餌生物と捕食者などの出現の時期がずれること(ミスマッチ)をとおして生物群集に影響を与える。そのため、ミスマッチがおきる条件を理解することはますます重要になってきており、その検証や生態系への影響を知るには、野外における長期研究が不可欠である。この論文では、ミスマッチが生じる原理と陸上生態系と海洋生態系における例をレビューし、ミスマッチがおきる条件について検討した。陸上生態系では、温暖化により森林性鳥類、昆虫や植物のフェノロジーが近年早まっているが、早期化の程度は異なる。異なる物理要因(日長や温度など)がそれぞれに影響するか、ひとつの物理要因が異なる程度にこれらそれぞれの機能グループに影響するため、これらの間にミスマッチが起きている。海鳥の繁殖時期は必ずしも早期化していないが、海氷や海水温などの年変化の影響を受け、海鳥の餌要求が最大になる時期と餌生物の入手可能時期の間にミスマッチが起きることがある。北海道天売島に繁殖するウトウCerorhinca monocerataの餌として重要なのはカタクチイワシEngraulis japonicusである。その長斯研究によって、北半球における異なる気圧分布が、ウトウの産卵時期を決める春の気温とカタクチイワシが入手可能になる時期を決める対馬暖流勢力に影響するため、年によってはウトウの繁殖時期と餌が利用可能になる時期にミスマッチが起こることがわかった。このように、地域気候に影響する大スケールでの気圧分布や海流の変化が、直接また海洋生態系の変化を通じて海鳥の繁殖成績に影響する。しかしながら、いくつかの地域におけるウトウの研究から、そのメカニズムは地域によって異なることもわかった。また、恒温動物である海鳥の活動は環境温度の影響を直接受けることはなく、海鳥が、年ごとに、餌の利用可能性が高くなる時期に繁殖のタイミングをあわせている可能性も指摘されている。そのため、気候変化が海鳥にあたえるインパクトを明らかにするには、地球規模での気候変化が地域の海洋システムと海洋生態系に与える影響を調べるとともに、彼らが繁殖時期を調節する能力とそれを制限する要因を明らかにする必要がある。
著者
矢口 瞳 星野 義延
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.2039, 2021-08-31 (Released:2021-12-31)
参考文献数
72

武蔵野台地コナラ二次林において、植生管理や管理放棄による植物と昆虫の機能群ごとの種数への影響を把握するため調査を行った。更新伐採、下刈り・落葉掻き、常緑樹の除伐といった管理が行われた林分と放棄された林分で植生調査、昆虫のルートセンサス調査とピットフォールトラップ調査を行った。植生調査で 175種の植物が確認され、ルートセンサス調査で 243種、ピットフォールトラップ調査で 56種の昆虫が確認された。植物の機能特性としてラウンケアの休眠型、葉の生存季節、生育型、地下器官型、花粉媒介様式、開花・結実季節、種子散布型、種子重を、昆虫の機能特性として幼虫と成虫の食性、成虫の出現季節、成虫の体長を文献で調べた。機能特性データを用いて、クラスター解析により機能群に分類した結果、植物は 8つの機能群( PFG)、昆虫は 6つの機能群(IFG)に分類された。 PFGの分類には種子散布型と結実季節が大きく影響し、管理されたコナラ二次林に典型的な草本種や埼玉県レッドデータブック掲載種を含む機能群、コナラ二次林に典型的な木本種を含む機能群、遷移の進行を指標する常緑植物を含む機能群などに分けられた。 IFGの分類には食性と体サイズが大きく影響し、小型・中型・大型別の植食昆虫機能群、肉食昆虫を含む機能群、糞食・腐肉食昆虫を含む機能群に分けられた。植物の種ごとの被度と昆虫の種ごと出現回数を標準化して統合し、 CCAによる調査区と種の序列を得た。また PFG種数と IFG種数を統合し、 RDAによる調査区と機能群の序列を得た。植物の種と機能群は落葉掻きや下刈りなどによる土壌硬度や堆積落葉枚数の変化と関連がみられ、昆虫の種と機能群は伐採や常緑樹の除伐による樹冠開空度の変化と関連がみられた。植物機能群は伐採と下刈り・落葉掻きによりコナラ二次林に典型的な草本種を含む機能群の種数が増加し、管理放棄により常緑植物を含む機能群の種数が増加した。昆虫機能群はすべての管理により小型植食昆虫機能群の種数が増加し、伐採により大型植食昆虫機能群の種数が増加した。以上より、林床の管理が植物の、高木層や低木層の管理が昆虫の機能群構成に大きく影響していた。本研究の植物と昆虫の機能群の分類はコナラ二次林での伐採や下刈り・落葉掻き、常緑樹の除伐といった植生管理の種多様性保全効果の指標として有効と言える。
著者
中村 誠宏 寺田 千里 湯浅 浩喜 古田 雄一 高橋 裕樹 藤原 拓也 佐藤 厚子 孫田 敏 伊藤 徳彦
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.1816, 2019-11-08 (Released:2020-01-13)
参考文献数
17

北海道中川郡音威子府村から中川町を結ぶ全長 19.0 kmの一般国道 40号音威子府バイパスの建設が 2007年から始まっている。北海道大学中川研究林を通過する区間では、周辺地域のトドマツ及びミズナラ、シナノキ、オヒョウなどが生育する北方針広混交林生態系に対してより影響の少ない管理手法の開発が検討されている。 2010年より検討を開始し、翌年より施工手法や装置の開発、施工対象予定地での事前調査を行った。 2013年に試験施工を行い 2014年よりモニタリングを開始した。本研究では表土ブロック移植に注目して、 1)これまでより安価な表土ブロック移植の簡易工法の開発、 2)すき取り表土と比較して簡易表土ブロック工法が施工初期の草本層植生や土壌動物群集に与える影響、 3)それらの回復について 2014年と 2015年の 8月下旬に調査を行った。本工法では装置開発を最小限にして、一般的に用いられる建設機械を利用したことから、施工費が大幅に削減された。表土ブロック区では在来種の被度がより高かったが、すき取り土区では外来種の被度がより高かったため、植物全体の被度は処理間でそれ程大きな違いはなかった。ヒメジョオンのような 2年生草本の種数はすき取り土区でより多かったが、多年生草本と木本の種数は表土ブロック区でより多かったため、植物全体の種数は表土ブロック区でより多かった。さらに、移植元の植物相との類似度も表土ブロック区でより高くなった。一方、リター層も土壌層も土壌動物の個体数は表土ブロック区でより多く、種数も表土ブロック区でより高かった。リター層を除く土壌層のみ表土ブロック区において移植元の土壌動物相との類似度がより高くなった。本研究の結果から、開発した表土ブロック移植の簡易工法は植物と土壌動物に対して早期の回復効果を持つことが示された。
著者
門脇 正史
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.42, no.1, pp.1-7, 1992-04-10 (Released:2017-05-24)
参考文献数
26
被引用文献数
1

Niche breadth and overlap of diets among two sympatric snake species, Elaphe quadrivirgata and Rhabdophis tigrinus, in the paddy fields in Yamagata were studied for four years (1983-1986). Stomach contents were taken by forced regurgitation and classified into five major categories or eight minor categories : major categories mainly consist of taxonomical groups (e.g. frogs or voles) and minor categories indicate species in a major category. In the major categories, frogs were found to be the most dominant for both E. quadrivirgata and R. tigrinus with food niche breadth, 0.331 (E. quadrivirgata) and 0.441 (R. tigrinus). Food resource overlap was 0.879 in the major categories. In the minor categories, Japanese tree frogs, Hyla japonica were most dominant among the two snake species with food niche breadth, 0.513 (E. quadrivirgata) and 0.600 (R. tigrinus). Food resource overlap was 0.875. Thus, the food breadth was slightly wider among R. tigrinus than E. quadrivirgata with high food resource overlap in both categories. No difference in food size and the distribution of the captured spots was found between the two snake species. Seasonal niche overlap was high (0.788). Abundant frogs as prey items of the snakes would permit a high overlap of food resources between the two snake species in the field studied.