著者
亀山 慶晃 大原 雅
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.245-250, 2007-07-31 (Released:2016-09-15)
参考文献数
31

クローナル植物の繁殖様式や生活史特性は極めて多様であり、栄養繁殖が集団維持に果たす役割も多岐に渡っている。また、栄養繁殖と有性繁殖のバランスは各種および集団が成立する生態学的要因と遺伝学的要因の双方を反映し、様々な時空間スケールで変化する。従って、クローナル植物集団の維持機構を明らかにするには、繁殖様式を変化させている要因と、各繁殖様式(繁殖器官)が集団維持に果たしている役割を理解する必要がある。著者らは浮遊性の水生植物タヌキモ類における不稔現象に着目し、不稔をもたらす原因、不稔グループの集団維持、潜在的な有性繁殖能力と遺伝子型多様度、体細胞突然変異と遺伝子型多様度について分子生態学的研究を進めてきた。本稿ではこれらの研究結果を紹介し、タヌキモ類の繁殖様式と集団維持について議論したい。
著者
木村 幹子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.281-287, 2009 (Released:2017-04-20)
参考文献数
59
被引用文献数
3

性選択は種分化の重要な原動力である。性選択が単独の選択圧として種分化が生じる状況はまれかもしれないが、生態的な分化を引き起こす自然選択と連動して性選択が働くならば、種分化は起こりやすい。本稿ではまず、性選択単独では種分化が生じにくい理由と、自然選択との連動が種分化を促進する点を整理する。そして、性選択と自然選択との連動をもたらす形質であるマジックトレイトという概念を紹介する。本総説では、マジックトレイトとして、1)自然選択の標的となる形質に基づいて配偶者選択が行われる場合、及び、2)感覚システムが環境に適応進化することに伴って、選好性と交配シグナルが分化する場合(感覚便乗)、について、実証例を挙げながら紹介し、環境適応と関連しながら性選択が種分化を引き起こす(あるいは、促進する)可能性について議論する。
著者
岸田 治 西村 欣也
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.40-47, 2007-03-31 (Released:2016-09-10)
参考文献数
45
被引用文献数
1

多くの動物は、捕食者に出会うと逃げたり隠れたりするが、形さえも変化させ捕食を回避しようとするものもいる。形態の変化による防御戦略は誘導防御形態戦略とよばれ、多様な生物分類群でみられる表現型可塑性として知られる。最近の研究では、捕食者動物は、ただ捕食されにくい形に変わるだけでなく、その変化が柔軟であり、捕食者環境の時間的・空間的な変異によく対応していることが知られている。本稿では、エゾアカガエルのオタマジャクシの捕食者誘導形態の防御機能と、柔軟な形態変化能について紹介する。エゾアカガエルのオタマジャクシは、捕食者のエゾサンショウウオの幼生とオオルリボシヤンマのヤゴに対して、それぞれに特異的な形態を発現する。サンショウウオ幼生によって誘導された膨満型の形態はサンショウウオ幼生による丸のみを妨げ、ヤゴによって誘導された高尾型の形態はヤゴによる捕食を回避するために有効である。これらの形態変化は柔軟性に富んでおり、一度、どちらかの捕食者に対して特異的な防御形態を発現した後でも、捕食者が交替したときには、新たな捕食者に特異的な防御形態へ変化できる。また、捕食の危険が取り除かれたときは元の形態へと戻る。捕食者特異的な形態の互換性は、捕食者種に特異的な防御形態誘導を獲得するうえで重要な役割を果たしたと考えられる。また、形態変化の可逆性は防御にコストがかかることを示唆している。これらの形態変化の時間的な可変性に加えて、オタマジャクシは危険の強度に応じた調整的な防御形態発現を示す。このことはオタマジャクシが捕食強度に応じて費用対効果を最大化するように防御を発現している可能性を示唆している。
著者
横畑 泰志
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.87-96, 2003-08-30 (Released:2018-02-09)
参考文献数
47

尖閣諸島魚釣島では,1978年に日本人の手によって意図的に放逐された1つがいのヤギCapra hircusが爆発的に増加し,300頭以上に達している.その結果,この島では現在数ケ所にパッチ状の裸地が形成されるなど,ヤギによる植生への影響が観察されている.魚釣島には固有種や生物地理学的に重要な種が多数生息するが,現状を放置すれば島の生態系全体への重大な影響によって,それらの多くは絶滅することが懸念される.この問題の解決は,尖閣諸島の領有権に関する日本,中国,台湾間の対立によって困難になっている.日本生態学会はこの問題に対し.2003年3月の第50回大会において「尖閣諸島魚釣島の野生化ヤギの排除を求める要望書」を決議し,環境省,外務省などに提出した.同様の要望書は2002年に日本哺乳類学会において.2003年に沖縄生物学会においても決議されている.現在は国内の研究者による上陸調査の実施の可否について,日本政府の判断が注目されている.
著者
平石 優美子 小澤 宏之 若井 嘉人 山中 裕樹 丸山 敦
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.1914, (Released:2020-02-13)
参考文献数
20

沖縄周辺での地域絶滅が危惧される中型海棲哺乳類ジュゴン(Dugong dugon)の環境 DNA分析による分布調査を可能にすべく、ジュゴン由来の DNAを特異的に検出する PCRプライマーセットの開発を試みた。データベース上の DNA配列情報をもとにジュゴンに特異的な配列にプライマーセットを設計し(チトクロム b領域、増幅産物長: 138 bp)、プライマーセットの有効性と特異性を鳥羽水族館の展示水槽で飼育されているジュゴンの組織片(毛根)、糞、飼育水、および近縁種アフリカマナティーの飼育水を用いて確認した。SYBR-Green法を用いた定量 PCRの結果、ジュゴン飼育個体の毛根、糞、飼育水から抽出した DNAは、設計したプライマーセットによって増幅が確認された。ジュゴンの人工合成 DNAは、ウェルあたり 1コピーの条件でも検出可能であった。一方、アフリカマナティーの飼育水から抽出した DNAおよびアフリカマナティーの人工合成 DNAは、増幅が見られなかった。すなわち、このプライマーセットを用いたジュゴンの DNA検出系が、ジュゴンの糞や生息場所の水に対して有効である一方、近縁種が共存していることで生じうる偽陽性は否定できた。これらの結果より、試料保存や多地点同時調査が容易な環境 DNA分析を従来の目視調査と効果的に組み合わせて、ジュゴンの生活範囲をより詳細に確認することが望まれる。
著者
佐久間 大輔
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.223-232, 2018 (Released:2019-02-01)
参考文献数
47

生態学が実学として社会の中で人間活動と生態学的諸問題の衝突の解決を目指す上で、生態学上の基本概念や専門知識を市民の間に広げ、対話を持ち、地域での合意を醸成するアウトリーチ活動と、それら実践の現場から得た課題を政策として立案し、政策決定者と対話を行うアドボカシー活動は重要な両輪である。これらの活動を担う生態学コミュニケーターの養成と、科学技術政策の中での位置づけ、生態学会との関わりや、社会の中で活動するための基礎的な条件を検討した。自然史系博物館は社会と学術界の両者にひらかれた施設として対話の場として、そして人材養成、NPO支援のプラットフォームとなりうる。自然史博物館自体の社会的機能を有効に活用するためにもコミュニケーターは重要である。博物館のみならず、生態学会も社会からのフィードバックを受け自らの知見と合意形成機能の有効活用をはかることにより新たな視座が開けるであろう。
著者
大澤 剛士 上野 裕介
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.257-265, 2017 (Released:2017-08-03)
参考文献数
21

要旨: 研究成果を実際の現場、例えば保全活動や自然再生事業、インフラ整備における環境アセスメント等の実務において活用してもらいたいというのは、応用分野に興味を持つ生態学者の望みである。しかし、現実には研究成果、少なくとも日本生態学会関係者の研究が現場に反映されている例は決して多くない。なぜ、生態学者の思いは片思いになってしまうのだろうか?研究と実務の間にあるギャップは何なのか?本論説は、研究と実務の間にあるギャップ(Research-Implementation Gap)と、その原因、それを埋めるために生態学者ができることについて、筆者らを含む行政、民間、研究者から構成される勉強会のメンバーで議論してきた内容を論じる。さらにはそれらをふまえ、演者ら、生態学に軸足を置きながら実務に近い現場で研究をしている立場から考えた課題解決に向けた鍵と、その実現に向けた今後の展望を議論する。
著者
菊地 直樹
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2035, (Released:2022-08-03)
参考文献数
32

鳥の観察や撮影を目的とするバードウォッチングは、野生生物を「見せて守る」方法の一つである。バードウォッチングという自然の観光利用は地域収益につながり、保全にお金が回りやすくなるため、固有種等への保全の動機付けが地域で形成されやすいと報告されている。一方、営巣地への接近の増加による捕食率や巣の放棄の上昇といった様々な負の影響も報告されている。「見せて守る」ためには、対象生物、生態系への負の影響の抑制と地域の利益や貢献の創出の両立が必要である。現在、「見せて守る」ことが求められている事例として、北海道知床半島のある生息地のシマフクロウがある。 1984年から開始された国のシマフクロウ保護増殖事業では、生息地を非公開としてきたが、知床半島の一部の生息地において餌付けをして観察や撮影場所を提供している宿泊施設が存在するようになり、非公開である生息情報が拡散するなど、保全への影響が懸念されている。一方、保護関係者から「見せて守る」方針が示されている。第一に餌付けを段階的に中止し自然の状態で見せること、第二に知床地域の世界的価値と地域の価値を低めないこと、第三にシマフクロウの生態や保全に関する学習の場として機能すること、である。「見せて守る」ためには、研究者や行政に加え、地域住民、観光業者、観光客といった多様な人びとの協働と合意形成が不可欠である。本報告では、特に重要な役割を担う地域の関係者への聞き取り調査を実施し、その意見の把握を試みた。その結果、保護関係者が示す方針と地域の関係者の意見の間にはそれほど大きな相違点はなかった。しかし、地域の生活と自然のとらえ方、自然保護や利用に関するイニシアティブ、地域生活のとらえ方について、相違点があることも分かった。「見せて守る」ためには、意見が異なることを前提に、多様な人びとが互いの違いを認め合い、何らかのルールをつくるという創造的で柔軟なプロセスの創出が必要となる。その課題として、第一に価値の複数性を認めること、第二に異なる目的を相互に受容すること、第三に異なる目的の相互受容を可能とする合意形成を指摘した。
著者
中村 乙水
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.85, 2022 (Released:2022-04-11)
参考文献数
46

海洋環境は深度によって温度が大きく異なり、水柱内を自由に移動する能力のある魚類は深度を変えることで能動的に体温を調節することができる。また、身体が大きい魚ほど熱慣性が大きくなり、好適温度外の環境中に滞在できる時間が長くなる。本研究では、魚類が好適温度外の環境にいる餌を利用する際の効率的な採餌様式について、深い潜水を行って深海性のクラゲ類を食べるマンボウMola molaを例として、体温調節の観点から考察した。マンボウが潜水を行って餌のいる低水温の深場で採餌した後に高水温の海面付近で体温を回復することを1回の潜水サイクルと定義し、潜水時間を変化させた時に餌場滞在時間、移動時間、海面滞在時間の時間割合がどのように変化するかのシミュレーションを行った。潜水時間が短いと移動時間の割合が増え、潜水時間が長いと体温回復に要する時間の割合が増加し、餌場滞在時間を最大にするような潜水時間が得られた。この潜水時間は、餌場が深くなるほど長くなり、また体サイズが大きくなるほど長くなると推定された。これは餌資源ではなく熱資源を効率的に利用することで採餌に充てられる時間を最大化するという最適採餌理論の一例になると考えられる。
著者
阿部 貴晃
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.73, 2022 (Released:2022-04-11)
参考文献数
43

温度は代謝速度に大きな影響を与え、代謝速度は動物の活動性と密接に関係する。哺乳類や鳥類のような内温動物は熱産生による体温保持機構によって、高い代謝速度と活動性を維持する戦略をとる。一方で、体温が外部の熱源に依存する外温動物では、活動性を上げるために、爬虫類の日光浴にみられるような体温調節をおこなう。つまり、外温動物は、適切な体温、適切な代謝速度を行動によって調節するという戦略をとる。ただ、そのような行動的な代謝調節は、1日規模の時空間スケールでの温度環境の変化に対しては有用であるが、季節変動のように大きな時空間スケールでの変化に対しては意味をなさない。外温動物は季節変動によって1日の平均的な体温が変わっても、代謝速度を変えることで自身の好適な温度を調節する機構を備えている。本論文では魚類にみられる行動的、生理的な応答の例としてサケ科魚類に焦点を当てる。サケ科魚類の多くが母川回帰性を有し、河川や支流単位で集団が分かれる。サケ科魚類は冷水性かつ狭温性であるとされるが、経験する水温環境は集団の違いに応じて多様であり、自然環境下における魚類の温度適応の題材として用いられてきた。本論文では、代謝速度計測によってみえてきた魚類の温度適応の実態を概説し、その生態的意義を議論する。
著者
大海 昌平 永井 弓子 岩井 紀子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.2044, 2021-10-31 (Released:2021-12-31)
参考文献数
16

アマミイシカワガエルは奄美大島の固有種であり、鹿児島県の天然記念物に指定されている絶滅危惧種である。成体の生態調査は行われてきているものの、幼生の生態についての知見が不足している。本種の幼生期間における流下状況を明らかにするため、野外の沢において蛍光タグを用いた標識と追跡調査を行った。幼生 283個体を標識したのち渓流源頭部のプールに放流し、その後 2年間、 1-3か月に 1度の沢調査を計 13回行った。調査沢を 6mごとに区切って沢区間とし、沢の開始点から 303 m下流までを対象とした。のべ 9642個体の幼生をカウントした。標識個体は放流から 736日経過後まで発見された。放流したプールから標識個体が発見された最下流までの距離は、 29日後は 56-62 m、261日後は 62-68 m、320日後から 682日後までは 128-134 mであった。発見した標識個体の分布から推定した推定最長流下距離は、 29日後は 85.3 m、320日後は 89.9 mで 1年間に 85-95 mの間を示し、変化が小さかった。これらの結果から、調査沢における幼生は 2年間で最長 130 mほどの流下を行うが、 85-95 m付近までの流下が一般的であると考えられた。放流 29日後以降、流下した最下流までの距離に大きな変化はみられず、時間の経過と比例して距離が延びるわけではなかった。また、ある調査日に発見した標識個体の総数に占める、放流プールに残留していた標識個体の割合は、時間の経過とともに上昇した。このため、幼生の流下は主に個体サイズが小さい時期の豪雨といったイベントの際に起こり、それ以降は稀である可能性や、流下した幼生の生存率が低い可能性、下流のプールでは上流より流下が起こりやすい可能性が示唆された。本種幼生の生息環境を保全する際には、産卵場所付近のみではなく、流下先としての下流部の環境も対象とする必要性が示された。
著者
久保田 康裕 楠本 聞太郎 藤沼 潤一 塩野 貴之
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.267-286, 2017 (Released:2017-12-05)
参考文献数
107
被引用文献数
1

システム化保全計画の概念と理論に基づく生物多様性の空間情報の分析は、保全の利害関係者に様々な選択肢を提供し、保全政策の立案・実行における意思決定を支援する。本論では、日本の生物多様性保全研究を推進する一助として、システム化保全計画を概説した。保護区ネットワーク設計の基本概念は“CARの原則”である:包括性(comprehensiveness)、充足性(adequacy)、代表性(representativeness)。全ての地域を保護区にするのは不可能なので、現実の保全計画では、生物多様性のサンプル(抽出標本)を保護区として保全する。CARの原則は、母集団の生物多様性のパターンとプロセスを、抽出標本内で再現するための概念である。システム化保全計画では、生物分布データを利用して保全目標を定義し、保全に関わる社会経済的コスト(土地面積や保全に伴って生じる社会経済的負担)を考慮し、保全優先地域を順位付けする。この分析は、地域間(保全計画のユニット間)の生物多様性パターンの相補性の概念に基づいている。かけがえのなさ(代替不可能度、irreplaceability)は、保全目標の効率的達成における、ある場所や地域の重要度を表す指標概念である。保全優先地域を特定する場合、保全上の緊急性や必要性を組み込む必要があり、代替不可能度と脅威と脆弱性の概念を組み合わせるアプローチがある。これにより、各サイトは、プロアクテイブな事前対策的保全地域とリアクテイブな緊急性の高い保全地域に識別される。保全計画では、様々な保全目標を保全利益に照らして検討することが重要である。Zonationが実装している効用関数は、メタ個体群や種数—面積関係の概念に基づいて空間的な保全優先地域の順位付けを可能にしており、有望である。システム化保全計画の課題の一つは、生物多様性パターンを静的に仮定している点である。生物多様性を永続的に保全するため、マクロ生態学的パターンおよび種分化、分散、絶滅、種の集合プロセスを保護区ネットワーク内部で捕捉するスキームを検討すべきだろう。システム化保全計画は生物多様性条約の学術的基盤で、愛知ターゲット等の保全目標を達成する不可欠な分析枠組みである。今後、日本でも実務的な保全研究の展開が期待される。
著者
岸 茂樹
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.61-64, 2015-03-30 (Released:2017-05-20)
参考文献数
16
被引用文献数
1

アレンの法則とは、恒温動物の種内および近縁種間において高緯度ほど体の突出部が小さくなる傾向をいう。アレンは北アメリカのノウサギ属を例にこの仮説を提唱した。しかしこの例を含めてアレンの法則は検証例が少ない。そこで本研究ではアレンの法則が書かれた原典からノウサギ属Lepus のデータを抜き出しアレンの法則がみられるか検証した。その結果、相対耳長と緯度には有意な相関はみられなかった。相対後脚長、および体長と緯度には正の相関がみられた。したがって、アレンが記録した北アメリカのノウサギ属にはアレンの法則はみられず、むしろベルクマンの法則がみられることがわかった。相対耳長と緯度に負の相関がみられなかった主な原因は、低緯度地域にも耳の短い種が生息することである。耳の長さには緯度以外にも生活様式や生息場所が大きく影響するためと考えられる。
著者
松浦 健二
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.227-241, 2005-08-31 (Released:2017-05-27)
参考文献数
83

進化生物学においてHamilton(1964)の血縁選択説の登場は、Darwinの自然選択説以降の最も重要な発展の一つである。本論文では、この40年間の真社会性膜翅目とシロアリの研究を対比しながら、昆虫における真社会性の進化と維持に関する我々の理解の進展について議論する。まず、真社会性膜翅目の性比に関する研究により血縁選択説の検証が行われていった過程について概説する。一方、シロアリにおける真社会性の進化に関して、血縁選択の観点からのアプローチを紹介し、その妥当性も含めて議論する。なぜ「性」が進化し、維持されているのか。この間題は古くから、そして現在も最も重要な進化生物学の課題の一つである。実は真社会性の進化と維持の問題は「性」の進化と維持の問題と密接な関係にある。社会性昆虫の社会は血縁者に対する利他行動で成立しており、血縁度の側面から社会進化を考えるならば、コロニー内血縁度の低下を招く有性生殖よりも、いっそ単為生殖の方が有利なはずである。つまり、真社会性の生物では、ほかの生物にも増して単為生殖によって得られる利益が大きく、それを凌ぐだけの有性生殖の利益、あるいは単為生殖のコストが説明されなければならない。現在までに報告されている産雌単為生殖を行う真社会性昆虫に関する研究をレビューし、真社会性昆虫にとっての有性生殖と単為生殖の利益とコストについて議論する。
著者
門脇 浩明 山道 真人 深野 祐也 石塚 航 三村 真紀子 西廣 淳 横溝 裕行 内海 俊介
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.1933, 2020 (Released:2020-12-31)
参考文献数
100

近年、生物の進化が集団サイズの変化と同じ時間スケールで生じ、遺伝子頻度と個体数が相互作用しながら変動することが明らかになってきた。生物多様性の損失の多くは、生物の進化速度が環境変化の速度に追いつけないことにより引き起こされるため、生物の絶滅リスクを評価する上で進化の理解は必須となる。特に近年では、気候変動・生息地断片化・外来種などの人間活動に関連する環境変化が一層深刻さを増しており、それらの変化に伴う進化を理解・予測する必要性が高まっている。しかし、進化生態学と保全生態学のきわめて深い関係性は十分に認識されていないように感じられる。本稿では、進化の基本となるプロセスについて述べた後、気候変動・生息地断片化・外来種という問題に直面した際に、保全生態学において進化的視点を考慮することの重要性を提示する。さらに、進化を考慮した具体的な生物多様性保全や生態系管理の方法をまとめ、今後の展望を議論する。
著者
三浦 一輝 石山 信雄 川尻 啓太 渥美 圭佑 長坂 有 折戸 聖 町田 善康 臼井 平 Gao Yiyang 能瀬 晴菜 根岸 淳二郎 中村 太士
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.39-48, 2019 (Released:2019-07-01)
参考文献数
38

北海道における希少淡水二枚貝カワシンジュガイ属2種(カワシンジュガイMargaritifera laevis、コガタカワシンジュガイM. togakushiensis)が同河川区間(<100 m区間内)に生息する潜在性の高い地域を広く示すために、北海道内の計31水系53河川から本属を採集し、mtDNAの16S rRNA領域におけるPCR増幅断片長を比較する手法を用いて種同定を行った。種同定結果を元に10 × 10 kmメッシュ地図に地図化した。結果、カワシンジュガイが23水系39河川、コガタカワシンジュガイが25水系40河川から確認された。全調査河川のうち、49%の17水系26河川から2種が同河川区間から確認され、各地域の全調査河川に対する確認調査河川の割合が道東地域で68%と最も高かった。また、全38調査メッシュのうち、50%の19メッシュから2種が同河川区間から確認された。地域別に見ると、各地域の全調査メッシュに対する確認調査メッシュの割合が道東地域で67%と最も高かった。本研究では、カワシンジュガイ属2種の遺伝分析を行い、本属2種が同河川区間に生息する河川およびその潜在性が高い地域を示すことができた。本結果は、今後、北海道に生息するカワシンジュガイ属の調査や保全策立案に重要な情報を提供できると考えられる。