著者
内藤 馨 鶴田 哲也 綾 史郎 高田 昌彦 岡崎 慎一 上原 一彦
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.307-319, 2018 (Released:2018-12-27)
参考文献数
39

淀川は全国有数の淡水魚類相の豊かな河川である。とりわけ、天然記念物のイタセンパラは淀川のシンボル的存在となっている。本種は各生息地で絶滅が危惧されているが、淀川でも外来魚等の大量繁殖により一時生息確認が途絶えた。この状況を打開するため、外来魚のオオクチバスやブルーギルを駆除し、イタセンパラを含めた多様な在来種が生息できる環境を回復させることが必要となった。水生生物センターでは様々な外来魚駆除技術の現地実証に取り組み、淀川に適した駆除方法を明らかにした。それらの方法を使って外来魚を駆除し、イタセンパラの生息する環境を取り戻すため、2011年に市民団体、企業、大学と行政機関など筆者らが所属する多くの団体からなる「淀川水系イタセンパラ保全市民ネットワーク」が設立された。これまで、淀川城北ワンド群でイタセンネットを中心とした多様な主体の活動等によって、オオクチバス、ブルーギルが減少し、イタセンパラをはじめとする在来魚が復活した事例について報告する。
著者
片桐 浩司 大寄 真弓 萱場 祐一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.181-196, 2015-11-30 (Released:2017-10-01)
参考文献数
51

流域や集水域などをふくめた広域的な分布情報の把握は、種の分布箇所の保全を考えるうえで重要である。水生植物を扱ったこれまでの湖沼研究では、湖内のみを対象にした例がほとんどで、周辺域の分布・生育状況は調べられた例は少ない。本研究では、霞ケ浦とその流域に残存する水生植物を保全するための基礎情報を得ることを目的として、水生植物が残存していると想定される堤脚水路において、水生植物の分布の変遷と、分布を規定する環境条件に関する調査をおこなった。堤脚水路には、エビモをはじめとする在来の沈水植物が残存していた。すでに在来の沈水植物は湖本体から消失しているため、堤脚水路はこれらの数少ない生育地のひとつとして機能していた。一方で堤脚水路は、オオフサモ、ミズヒマワリなど侵略的な外来種の生育環境になっており、これらの供給源となりうることも示された。環境条件との対応から、在来沈水植物であるエビモは、水田周辺で灌漑期の水深が深く流速が速く、低窒素で特徴づけられた。最近4年間でエビモの生育区間数は大幅に減少しており、生育地が富栄養、還元的な環境へと変化した可能性がある。トチカガミ、Azolla spp.、ウキクサ類といった浮遊植物は、ハス田周辺で、高T-P・PO_4-Pによって特徴づけられた。アマゾントチカガミ、コカナダモなどの外来種とヒシは、高いNO_3-N、少ない泥厚と、民家、公園などが周辺にある土地利用条件によって特徴づけられた。これらの結果から、生育地周辺の水田、ハス田、民家などの土地利用が水生植物の分布に影響を及ぼしていることが示唆された。本研究から、堤脚水路における水生植物の保全にあたっては、環境条件だけでなく周辺の土地利用に着目することの重要性が示唆された。今後の湖沼の水生植物研究においては、広域的な視点から種や群落の保全方針を検討していくことが必要である。
著者
海老原 健吾 安川 雅紀 永井 美穂子 喜連川 優 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.1929, (Released:2020-08-31)
参考文献数
71

ヒトが優占する年代であるアンスロポセン( Anthropocene)の複合的環境改変がもたらす生物多様性・生態系変化の監視においては、共生的生物間相互作用ネットワーク(共生ネットワーク)のモニタリングが重要であると考えられる。本研究では、市民科学プログラムによって東京のチョウと植物の共生ネットワークをモニタリングする可能性を、すでに収集されたデータの分析によって検討した。用いたデータは、生活協同組合「パルシステム東京」および保全生態学(中央大学理工学部)ならびに情報工学(東京大学生産技術研究所)の研究室が協働で進めている市民科学プログラム「市民参加の生き物モニタリング調査」により公開されているものである。 2015-2017年に報告された利用可能なチョウの写真データのうち、訪花もしくは樹液吸汁の対象植物の同定が可能なデータ( 4,401件)を用いて、チョウと植物の共生ネットワークを階層型クラスタリングとネットワーク図化によって分析した。チョウは利用植物群の類似性から 6グループに分けられ、そのうち 4グループは特定の植物グループ利用のギルド、残りの 2つのうち一方はジェネラリストの範疇に入る植物利用を特徴とするグループであり、他はそれらに含まれない植物との関係がいっそう多様な種を含むグループであると解釈できた。市民科学プログラムによるモニタリングの可能性が確認され、今後のモニタリングのベースラインとなるネットワーク情報が整理された。
著者
川口 幹子 荒木 静也
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.147-154, 2016 (Released:2016-06-01)
参考文献数
22
被引用文献数
1

:国境離島である対馬は、大陸の影響を色濃く受けた極めて独特な生態系を有している。島の9 割を占める山林は、その大部分が二次林であり、炭焼きや焼き畑といった人々の暮らしによって形成された里山環境が広がっている。一方で、信仰の力によって開発から守られてきた原生林も存在している。しかし対馬では、急速な過疎高齢化によって里山の劣化が進み、原生林においても獣害や悪質な生物採取により貴重な動植物の生息環境が破壊されている。里山を象徴する生物であるツシマヤマネコも年々数を減らし、絶滅危惧種IA 類に指定されている。そのような背景があって、対馬では、原生的な自然と里山環境とを同時に保全するための仕組みづくりが喫緊の課題であった。市民レベルでは、野焼きの復活や環境配慮型農業の導入など、ツシマヤマネコの保全を銘打ったさまざまな活動が行われている。しかし、これらの活動が継続されるためには、制度的な仕掛けが必要である。ユネスコエコパークの枠組みは、原生的な自然と里山環境とを、エコツーリズムや教育、あるいは経済的な仕組みによって保全する一助となるものであり、まさにこの目的に合致するものだった。本稿では、対馬の自然の特徴を整理したうえで、その保全活動の促進や継続に関してユネスコエコパークが果たす役割について考察したい。
著者
石原 孝 松沢 慶将 亀崎 直樹 岡本 慶 浜端 朋子 青栁 彰 青山 晃大 一澤 圭 池口 新一郎 箕輪 一博 宮地 勝美 村上 昌吾 中村 幸弘 梨木 之正 野村 卓之 竹田 正義 田中 俊之 寺岡 誠二 宇井 賢二郎 和田 年史
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.3, 2017 (Released:2017-04-14)
参考文献数
43

2012年9月から2013年4月にかけて、日本海沿岸で196個体のウミガメ類が漂着した。混獲された個体などを合わせると243個体となり、例年にない数のウミガメ類が発見された。種別の発見数はアカウミガメ151個体、アオウミガメ61個体、タイマイ17個体、ヒメウミガメ4個体、ウミガメ科の雑種4個体、オサガメ3個体であった。本研究で特に注目したのは、当歳幼体とここでは呼ぶ、甲長10 cm前後の孵化後数ヶ月のアカウミガメであった。アカウミガメ当歳幼体は107個体が漂着し12個体が混獲されており、ウミガメ類発見数の大半を占めていた。これらアカウミガメ当歳幼体は、mtDNAコントロール領域における~820塩基対より決定したハプロタイプの出現頻度から、沖縄や沖永良部産で、一部屋久島産が含まれることが示唆された。これらの個体が日本海に流入し始めたのは混獲の目立ち始めた10月から11月にかけてだと考えられ、水温の低下に伴い12月から1月になって日本海の海岸線に大量に打ち上げられたと推察された。水温の低下する冬季の日本海はウミガメ類の生存には厳しい環境であるとも思われるが、中には津軽海峡を通って太平洋へ抜けたであろう当歳幼体もいた。日本海に入ることはアカウミガメの当歳幼体にとって必ずしも無効分散ではないのかもしれない。
著者
鵜野-小野寺 レイナ 山田 孝樹 大井 徹 玉手 英利
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.61-69, 2019 (Released:2019-07-01)
参考文献数
33

絶滅が危惧される四国のツキノワグマの繁殖状況を把握するため、2005年から2017年までに捕獲された13頭の血縁解析を行った。19種類のマイクロサテライト遺伝子座を用いて親子判定を行った結果、4組の母子ペア、5組の父子ペアが確認された。繁殖が確認された個体はメス4頭、オス2頭で、少数のオスの繁殖への参加が確認された。血縁解析の結果から、繁殖オスは同胞兄弟である可能性が高いと考えられる。アリル多様度は他の地域個体群よりも低い傾向がある一方で、ヘテロ接合度の観察値が期待値よりも有意に高いことから、繁殖個体数が極めて少ない可能性が考えられる。血縁解析の結果に基づきCreel and Rosenblattの方法で算出した推定個体数は約16-24頭となった。
著者
畑田 彩 鈴木 まほろ 三橋 弘宗
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.57-61, 2008-03-30 (Released:2016-09-16)
参考文献数
6
被引用文献数
5

連載「博物館と生態学」では、毎回生態学と関わりの深い博物館事業をテーマとして取り上げてきた。当初予定した6回が終わったところで、これまでの執筆者を中心に連載によって達成できた点や今後の課題について話し合った。その内容をまとめることで、連載「博物館と生態学」の意義を考えてみたい。
著者
大熊 勳 吉松 大基 高田 まゆら 赤坂 卓美 柳川 久
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.63, 2016 (Released:2018-04-01)
参考文献数
42

北海道十勝地域の森林は農地開発に伴って大きく減少しており、残存する河畔林が森林棲の動物の限られた生息地として機能している。本地域の河畔林は農業被害を引き起こすニホンジカCervus nippon(以下、シカ)やエキノコックス症を媒介するアカギツネVulpes vulpes(以下、キツネ)にも利用されており、これらの種がどのような河畔林を頻繁に利用するかわかっていない。本研究では北海道十勝地域においてシカおよびキツネによる河畔林利用頻度を測定し、頻度が高くなる地点の条件と影響要因が最も強く作用する空間スケールを特定した。2011年5月?2012年12月に十勝川水系の河川に5km間隔で計37台の自動撮影カメラを設置し、シカおよびキツネによる河畔林利用頻度を測定した。各季節(春:3?5月、夏:6?8月、秋:9?11月、冬:12?2月)の両種の撮影頻度を目的変数とした一般化線形混合モデルを構築し、これに影響する要因を調べた。考慮した影響要因は、カメラ設置地点の胸高断面積合計と下層植生被度および河畔林の幅、餌資源となりうる小型鳥類および小型哺乳類の100カメラ日あたりの撮影頻度(キツネのモデルのみ)、カメラ設置地点を中心とした半径100?800 mバッファ内の森林、農地、市街地の面積率および河川総延長、カメラ設置地点から山間部までの距離(シカのモデルのみ)である。解析の結果、シカの夏の河畔林利用頻度は河畔林地点の周辺400 mに農地、森林および河川が多く分布するほど高くなり、秋ではこれらの要因に加えて下層植生被度が高いほど高くなった。キツネの河畔林利用頻度は春では周辺200 mに森林が多いほど低くなり、夏では小型鳥類の撮影頻度が高いほど高くなり、冬では周辺200 mに市街地が多いほど高くなった。秋の利用頻度に影響した要因は不明だった。本研究により、十勝の農地景観におけるシカおよびキツネの河畔林利用頻度に影響する環境要因とそれらが強く作用する空間スケールが明らかになった。本研究で用いたアプローチによりシカやキツネの利用頻度が高い河畔林地点を特定しそれらの地点やその周辺を適切に管理することで、軋轢をもたらしうる種による河畔林利用を制限し、軋轢の発生地への両種の進出を抑えられる可能性がある。
著者
藤木 大介 岸本 康誉 坂田 宏志
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.55-67, 2011-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
43
被引用文献数
5

近年、氷ノ山ではニホンジカCervus nippon(以下、シカと呼ぶ)が頻繁に目撃されるようになってきている。一部の広葉樹林ではシカの採食により下層植生の急激な衰退も観察されている。シカの採食の影響は周辺山系(北山系、東山系、南山系)の広範囲にわたって深刻化している恐れがあるが、現状では断片的な情報しかなく、山系スケールでの状況把握はなされていない。氷ノ山の貴重な植物相と植物群落を保全するためには、氷ノ山とその周辺域におけるシカの動向と植生変化の状況について早急な現状把握を行い、地域植生に対してシカが及ぼす生態リスクについて評価する必要がある。そこで本報告では氷ノ山とその周辺山系を対象に、シカによる落葉広葉樹林の下層植生の衰退状況、周辺山系におけるシカの分布動向、地域植物相への食害状況の把握に関する調査を行った。その結果、調査を行った2007年時点において、氷ノ山では山頂から東と南に伸びる山系において下層植生が著しく衰退した落葉広葉樹林が面的に広がっていることが明らかとなった。下層植生が衰退した理由としては、1999年以降、これらの山系においてシカの高密度化が進んだためと思われた。また、両山系でシカの高密度化が進んだ理由としては、隣接地域のシカ高密度個体群が両山系へ進出したことが考えられた。さらに、その背景には、1990年代以降の寡雪化が影響していることが示唆された。一方、最深積雪が3m以上に達する氷ノ山の高標高域では2007年時点でも目立った植生の衰退は認められなかった。しかし、春季から秋季にかけて高標高域へシカが季節移動してくる結果、高標高域でも夏季を中心にシカの強い採食圧にさらされている。山系では13種のレッドデータブック種(RDB種)を含む230種もの植物種にシカの食痕が認められ、一部のRDB種では採食による群落の衰退も認められた。山頂の東部から南部にかけては、すぐ山麓までシカの高密度地域がせまっていることから、高標高域の積雪が多くても、継続的にシカの採食圧にさらされる状況となっている。このため近い将来、高標高域においても植生が大きく衰退するとともに、多くの貴重な植物種や植物群落が消失する可能性がある。
著者
藤井 伸二
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.3-15, 2010-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
32
被引用文献数
4

京都府に位置する芦生研究林の枕谷において、シカ摂食圧の顕在化にともなう開花植物相と開花株数の変化を調査した。その結果、開花植物の種数は84種から56種に減少していた。開花株数の増減評価を行った77種の内訳は、顕著に増加したものが8種、顕著に減少したものが47種であった。22種は地域絶滅した可能性がある。大形の植物種において減少種数の割合が高く、小形の植物種については増減変化の顕著でない種数の割合が高かった。開花時期を検討した結果、春咲き種群に比べて初夏・夏咲き種群と秋咲き種群での減少種数の割合が高かった。したがってシカ摂食の影響評価のためには植物体サイズと開花時期の両方の形質が重要と考えられる。推定開花株数とシンプソンの多様度指数の季節変化パターンは大きく変化したことが明らかになり、開花植物を利用する訪花昆虫や植食昆虫に対する植物の季節的群集機能の変化が示唆された。
著者
藤井 伸二 上杉 龍士 山室 真澄
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.71-85, 2015-05-30 (Released:2017-11-01)
参考文献数
37

アサザの生育環境、開花に関する形質、逸出に関する情報について、現地調査、栽培観察、標本調査、聞き取り調査、文献調査を行った。また、遺伝的多様性についてマイクロサテライト多型を用いた再検討を行った。遺伝的多型については、波形ピークの読み取りが困難な遺伝子座が多くて十分な成果を得ることができなかったが、猪苗代湖と琵琶湖において多型が検出された。また、非開花個体群は広範囲に散在して分布し、遺伝的な多型を有することが明らかになった。生育環境の情報について整理した結果、琵琶湖においてはおもに周辺の内湖や接続水路および河川から記録されていることが明らかになった。逸出については、その疑いのある個体群が各地に存在することが明らかになった。
著者
岡野 隆宏 笹渕 紘平
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.205-215, 2017 (Released:2017-08-03)
参考文献数
29

2014 年に公表された内閣府世論調査の結果では、「生物多様性」の言葉の認知度が低下していることが明らかになった。生物多様性条約COP10 以降、生物多様性の主流化に向けてさまざまな施策が進められてきたにも関わらずである。一方で、国連生物多様性の10 年日本委員会や事業者を始めとする、各主体の具体的な取組には着実な進展がみられる。また、経済価値評価などのツールも活用が進んでいる。生物多様性の主流化は進んでいるのか、いないのか。COP10 以降の具体的な取組を概観し、それぞれが抱える課題を整理しつつ、今後の方向性について議論する。また、新 たな仕組みづくり等の最新の政策動向を追う。
著者
大園 享司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.304-318, 2007-11-30 (Released:2016-09-16)
参考文献数
91
被引用文献数
1

冷温帯産樹木の落葉を材料として、その分解過程と分解に関わる菌類群集の役割を実証的に明らかにした。調査地は京都府の北東部に位置する冷温帯ブナ天然林である。35ヶ月間にわたる落葉分解実験の結果、14樹種の落葉のリグニン濃度と落葉分解の速度および落葉重量の減少の限界値との間に負の相関関係が認められた。また窒素・リンの不動化-無機化の動態がそれぞれリグニン-窒素(L/N)比、リグニン-リン(L/P)比の変化によく対応していた。実験に用いた落葉樹種のいずれにおいても、リグニン分解はホロセルロース分解より遅く、落葉中のリグニン濃度は分解にともなって相対的に増加する傾向が認められた。落葉に生息する微小菌類と大型菌類について調査を行い、29樹種の落葉から49属の微小菌類を、また林床において一生育期間を通して35種の落葉分解性の担子菌類を記録した。ブナとミズキの落葉において分解にともなう菌類遷移を比較調査した。リグニン濃度が低く分解の速いミズキ落葉では、リグニン濃度が高く分解の遅いブナ落葉に比べて、菌類種の回転率が高く、菌類遷移が速やかに進行した。担子菌類の菌糸量はミズキよりもブナで多く、またブナでは分解にともなって担子菌類の菌糸量の増加傾向が認められた。分離菌株を用いた培養系における落葉分解試験では、担子菌類とクロサイワイタケ科の子嚢菌類がリグニン分解活性を示し、落葉重量の大幅な減少を引き起こした。落葉のリグニン濃度が高いほど、菌類による落葉の分解速度が低下する傾向が培養系でも示された。同様に、先行定着者による選択的なセルロース分解によりリグニン濃度が相対的に増加した落葉においても、菌類による落葉の分解力の低下が認められたが、選択的なリグニン分解の活性を有する担子菌類の中には、そのような落葉を効率的に分解できる種が含まれた。これら選択的なリグニン分解菌類は野外においても強力なリグニン分解活性を示し、落葉の漂白を引き起こしていたが、林床におけるその定着密度は低かった。
著者
橋本 佳延 服部 保 岩切 康二 田村 和也 黒田 有寿茂 澤田 佳宏
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.151-160, 2008
参考文献数
40
被引用文献数
4

タケ類天狗巣病は、麦角菌科の一種Aciculosporium take Miyakeの感染によって生じるタケ類を枯死に至らしめる病気で、日本国内では野外においてマダケおよびモウソウチクを含む6属19種8変種8品種2園芸品種のタケ類、ササ類で感染することが確認されており、近年では国内各地で本病による竹林の枯損被害が報告されている。本研究は、兵庫県以西の西日本一帯を中心とした地域において、マダケ群落およびモウソウチク群落のタケ類天狗巣病による枯損の現状を明らかにし、天狗巣病の影響による今後の竹林の動態を考察することを目的とした。西日本の17県および新潟県、宮城県、静岡県の3県において、本病によるマダケ群落およびモウソウチク群落の枯損状況を調査した結果、西日本におけるマダケ群落における本病発症率は全体では93.2%、各県では75%以上と高い水準であったほか、本病による重度枯損林分は10県で確認された。一方、モウソウチク群落における本病発症率は、西日本全体では3.9%、発症率10%未満の県が15県(うち6県が0%)と極めて低い水準で、重度枯損林分も島根県で1ヵ所確認されたのみと被害の程度は低かったが、参考調査地の静岡県においては発症率が50%と高かった。これらのことから、本病は、(1)西日本各地でマダケ群落を枯損に至らしめる可能性のある病気であり、ほとんどのマダケ群落で発症していること、(2)西日本ではモウソウチク群落を枯死させることはまれな病気であり発症率も低いが、局所的に発症率の高い地域もみられることが明らかとなった。また、今後はマダケ群落の発症林分における病徴が進行し国内の広い範囲でマダケ群落の枯損林分が増加すると予想されたが、モウソウチク群落については発症林分や枯死林分の事例が少ないことから今後の動向についての予測は難しくモニタリングにより明らかにする必要があると考えられた。
著者
石川 真一 高橋 和雄 吉井 弘昭
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.11-24, 2003
参考文献数
33
被引用文献数
8

群馬県内利根川中流域における外来植物オオブタクサ(Ambrosia trifida)の分布状況を調査した結果,県南端に位置する明和町から,県北端の水上町(源流から約30km下流)の範囲において,大きな個体群が30地点で確認され,このうち最大のものは約687万個体からなり,年間約17億の種子を生産していると推定された.またこの30地点はすべて工事現場や採石場周辺などの,人為的撹乱地であった.温度-発芽反応実験の結果,オオブタクサは寒冷地に分布すると,より低温で発芽し,高温では休眠するようになる可能性が示唆された.水上町の個体群と群馬県南部の伊勢崎市の個体群において残存率調査と生長解析を行った結果,オオブタクサは北の低温環境下においても南部と同等かそれ以上の相対生長速度を有していたが,エマージェンス時期が遅くて生育期間が短いため,個体乾燥重量は小さくなった.しかし水上町では,伊勢崎市に比べて個体乾燥重量あたりの種子生産数と残存率および個体群密度が高いため,単位面積あたりでは伊勢崎市より多くの種子を生産していた.これらの結果から,オオブタクサが今後も低温環境下において勢力を拡大する危険性があるとことが示唆され,拡大防止の一方策として,河川周辺における人為的撹乱の低減と,種子を含む土壌が工事車両によって移動することを防止する必要性が提言された.
著者
丹羽 英之
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.2113, 2022-04-15 (Released:2022-06-28)
参考文献数
16

水生植物の生育域は人為的な影響を受けやすいエリアであり、外来生物の侵入が顕著になっている。水生植物の動態を理解し保全していくためには、空間スケールに応じたリモートセンシング技術の確立が重要となる。そこで、 Pole photogrammetryを応用した水生植物の詳細な植生図作成方法を提案し、湧水域で水生植物分布を定量的に把握することで、その有効性を実証することを目的とした。淀川水系桂川の犬飼川の合流点上流の河道内にみられる湧水流を調査対象地とした。カメラスタビライザーに取り付けたカメラで水域を撮影した。撮影した動画を SfM-MVS Photogrammetryで処理し、オルソモザイク画像を作成し、目視判読により種ごとのパッチポリゴンを作成した。作成したオルソモザイク画像の地上分解能は高く混生する種を識別することができた。オルソモザイク画像の判読により植生図データを作成することで、種ごとの分布面積が算出でき、定量的な分析が可能になる。さらに区間に分割して分析することで水生植物の流程分布を把握することができた。調査対象とした湧水流は出現種数が多く希少な湧水域の 1つだといえる。しかし、同時に外来種の侵入もみられることから、流程分布を考慮した生態系管理を実践していくことが重要である。
著者
林 岳彦 岩崎 雄一 藤井 芳一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.60, no.3, pp.327-336, 2010-11-30 (Released:2017-04-21)
参考文献数
49
被引用文献数
5

欧米では「ecological risk assessment」という用語は「化学物質の生態リスク評価」のことを指すことが多い。その理由は、歴史的に「生態リスク」という概念が元々「化学物質のリスク評価」の中から誕生し発展してきたことにある。本稿ではまず前半において、「生態リスク」という概念が生まれてきた歴史的な経緯についての概説を行う。また、その歴史的な経緯から「生態リスク」という概念が帯びている「行政の意思決定に寄与する」「不確実性の存在を前提とする」「人間活動との兼ね合いを調整する過程の一端を担う」という特徴的なニュアンスについての説明を行う。本稿の後半においては、現在実務レベルで行われている「初期リスク評価」および「詳細リスク評価」の解説を行う。さらに、生態リスク評価における現状の取り組みと課題について「生態学的に妥当なリスク評価・管理へ」「漏れのないリスク評価・管理へ」「総合的なリスク評価・管理へ」という3つの観点から整理を試みる。
著者
星野 雅和
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.73, no.2, pp.67, 2023 (Released:2023-11-04)
参考文献数
49

多くの褐藻類の生活環には有性生殖の経路(接合と減数分裂)に加えて、配偶子の単為発生や栄養生殖などの無性的経路が報告されている。しかし、これらの無性的経路の多くは培養下での観察に基づいて報告されたものであり、野外集団における重要性や適応的意義についてはわかっていないことも多い。本稿では、いくつかの褐藻類における生活環・生活史研究について解説しながら、それらの生活環に見られる無性的経路がそれぞれの種・集団の繁殖や分布域、有性生殖・世代交代の維持にどのような影響を与えているのかを概説する。
著者
髙久 宏佑 諸澤 崇裕
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.2109, 2021-10-31 (Released:2021-12-31)
参考文献数
27
被引用文献数
6

日本における観賞魚飼育は古くから一般的なものであり、近年では希少性や美麗性から日本に生息する絶滅危惧魚類も取引対象として扱われるようになってきた。さらにネットオークションによる取引の増加に伴い、個人等による野外採集個体の消費的な取引の増加も懸念されているが、一方で絶滅危惧種の捕獲、流通に係る定量的データの収集は難しく、種ごとの取引現況について量的な把握が行われたことはない。そこで本研究では、環境省レッドリストに掲載されている 184種の絶滅危惧魚類の取引の実態把握を目的として、ネットオークションにおける 10年間分の取引情報を利用した大局的な集計と分析を行うとともに、取引特性の類型化を試みた。取引データ集計の結果、ネットオークションでは 88種の取引が確認された。また、全取引数の過半数以上は取引数の多い上位 10種において占められており、さらにアカメ、オヤニラミ、ゼニタナゴの 3種の取引が、そのうちの大部分を占めていた。取引数や取引額、養殖や野外採集と思われる取引数等を種ごとに集計した 6変数による階層的クラスター分析の結果では、 8つのサブグループに分けられ、ネットオークションでの取引には、主流取引型、薄利多売型、高付加価値少売型等のいくつかの特徴的な類型を有することが分かった。また、特に多くの取引が確認されたタナゴ類の中には、養殖個体として抽出された取引が多く認められる種がおり、一部の種については、他の観賞魚のように養殖個体に由来する取引が主流になりつつある可能性が考えられた。