著者
佐藤 綾
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.103-110, 2008-05-30 (Released:2018-02-09)
参考文献数
65
被引用文献数
4

ハンミョウ(コウチュウ目ハンミョウ科)は、山道や河原などの裸地に見られる肉食性の昆虫である。成虫は、昼間に裸地上を走り回って、アリなど小さな節足動物を捕らえて食べる。一方で幼虫は、地面に縦穴を掘って、入口に頭を出して待ち伏せし、通りかかった小動物を捕らえる。海辺に生息する海浜性ハンミョウは、日本では6種類見られ、同じ海岸に複数種が共存することもある。近年、護岸などの人為的改変によって自然海岸が激減し、それに伴い海浜性ハンミョウの絶滅が危惧されるようになった。一方で、海浜性ハンミョウを自然海岸の指標生物として注目し、天然記念物に指定するなどの保全対策を打ち出す地方自治体が出てきた。本稿では、海浜性ハンミョウについて、その生態、現状、減少をもたらす要因、そしてその保全対策について紹介しつつ、海浜性ハンミョウに注目した自然海岸の保全対策を打ち出すことの意義を強調したい。
著者
豊岡 由希子 松田 勉 山崎 裕治
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.219-228, 2017 (Released:2018-04-01)
参考文献数
34
被引用文献数
1

国指定特別天然記念物であるライチョウLagopus muta japonicaの遺伝的多様性を保全するために、非侵襲的なDNA試料採取方法の確立と、その方法を用いた遺伝的多様性の評価を行った。富山県の立山周辺において、ライチョウの糞を採取し、ミトコンドリアDNA調節領域についてハプロタイプの決定を試みた。その結果、排泄直後の腸糞を用いた場合、約66%の確率でハプロタイプの決定に成功した。しかし、盲腸糞や古い腸糞においては、成功率が低下した。そして採取した102検体のうち50検体から、3種類のハプロタイプを決定した。このうち1つは、新規に発見されたハプロタイプであった。ライチョウ立山集団の遺伝的多様性は、他の山岳集団のそれと同等か、高い傾向にあることが示唆された。このことは、立山集団における生息個体数の多さを反映していると考えられる。ミスマッチ分析の結果、ライチョウ立山集団は、近い過去に集団の急速な拡大を経験していることが示唆された。この結果から、約9000-6000年前の気候温暖化によるボトルネックを受けた後に、集団が回復したことが推察される。
著者
小山 明日香 小柳 知代 野田 顕 西廣 淳 岡部 貴美子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.41-49, 2016 (Released:2016-10-03)
参考文献数
56

要旨 孤立化した半自然草地では、残存する草原性植物個体群の地域的絶滅が懸念されている。本研究は、都市近郊の孤立草地において地上植生および埋土種子の種数および種組成を評価することで、埋土種子による草原性植物個体群の維持、および埋土種子からの植生回復の可能性とその生物多様性保全上のリスクを検証することを目的とした。千葉県北総地域に位置するススキ・アズマネザサが優占する孤立草地において植生調査を行い、土壌を層別(上層0~5 cm、下層5~10 cm)に採取し発芽試験を行った。これらを全種、草原性/非草原性種および在来/外来種に分類し、地上植生、埋土種子上層および下層のそれぞれ間で種組成の類似度を算出した。結果、地上植生では草原性種が優占しており、外来種は種数、被度ともに小さかった。一方、埋土種子から出現した草原性種は地上植生より少なく、特に土壌下層からは数種(コナスビ、コシオガマ、ミツバツチグリなど)のみが確認された。対して外来種は埋土種子中で優占しており、特に土壌上層で種数および種子密度ともに高かった。種組成の類似度は、草原性種、外来種ともに地上植生―埋土種子間で低く、埋土種子上層―下層間で高かった。これらの結果から、孤立草地における草原性種においては、埋土種子からの新たな個体の更新により維持されている個体群は少ないことが予測された。また、長期的埋土種子の形成が確認された草原性種は数種であり、埋土種子からの個体群の回復可能性も限定的であると考えられた。さらに、埋土種子中には、地上植生では確認されていない種を含む多くの外来種が存在していた。これらの結果は、孤立草地における埋土種子を植生回復に活用する上での高いリスクを示しており、今後孤立化が進行することにより植生回復資源としての有効性がさらに低下すると考えられる。
著者
西城 洋
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.1-11, 2001-04-25 (Released:2017-05-25)
参考文献数
17
被引用文献数
10

Faunal composition and seasonal changes in the number of aquatic Coleoptera and Hemiptera were investigated in paddies and an adjacent irrigation pond in Shimane Prefecture, Japan. The paddies held water from mid April to mid June, and then were irrigated intermittently until the end of August. The irrigation pond was filled with water throughout the year. Twenty-two species of Coleoptera and nine species of Hemiptera were collected from both the paddies and the pond. The number of species of adult insects in the paddies increased from May to June, then gardually decreased toward autumn. In contrast, the number in the pond was highest during autumn. The number of species of larval insects was high in paddies especially from May to July, but low in the pond throughout the year. Thirteen of the aquatic insect species observed were classified into four types on the basis of their habitat utilization pattern : A) those using the pond for both non-reproductive and reproductive purposes, B) those using the pond as the main habitat and the paddies for reproduction, C) those using both the pond and paddies as a living habitat and also the paddies for reproduction, and D) those using the paddies for both non-reproductive and reproductive purposes. Paraplea indistinguenda was the only species belonging to type A, and stayed in the irrigation pond throughout the year. Hyphydrus japonicus, Laccophilus difficilis, Cybister brevis, Cybister japonicus, Hydrophilus acuminatus, Ranatra chinensis and Notonecta triguttata were type B insects. Their adults immigrated (probably from the pond) into the paddies and reproduced from May to July. The new adults then migrated to the irrigation pond before the watered area of the paddies dried up. Type C included Agabus conspicuus, Rhantus suturalis and Appasus major. Laccotrephes japonensis and Sigara sp. were classified as type D, and they were seldom found in the pond. My observations indicate that paddies play an important role in the reproduction of aquatic Coleoptera and Hemiptera, whereas the pond provides stable habitat for non-reproductive stages, as well as a place for reproduction of some species. This means that the coexistence of paddies and ponds is important for the species richness of aquatic insects in this region
著者
松浦 健二
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.227-241, 2005
参考文献数
83
被引用文献数
1

進化生物学においてHamilton(1964)の血縁選択説の登場は、Darwinの自然選択説以降の最も重要な発展の一つである。本論文では、この40年間の真社会性膜翅目とシロアリの研究を対比しながら、昆虫における真社会性の進化と維持に関する我々の理解の進展について議論する。まず、真社会性膜翅目の性比に関する研究により血縁選択説の検証が行われていった過程について概説する。一方、シロアリにおける真社会性の進化に関して、血縁選択の観点からのアプローチを紹介し、その妥当性も含めて議論する。なぜ「性」が進化し、維持されているのか。この間題は古くから、そして現在も最も重要な進化生物学の課題の一つである。実は真社会性の進化と維持の問題は「性」の進化と維持の問題と密接な関係にある。社会性昆虫の社会は血縁者に対する利他行動で成立しており、血縁度の側面から社会進化を考えるならば、コロニー内血縁度の低下を招く有性生殖よりも、いっそ単為生殖の方が有利なはずである。つまり、真社会性の生物では、ほかの生物にも増して単為生殖によって得られる利益が大きく、それを凌ぐだけの有性生殖の利益、あるいは単為生殖のコストが説明されなければならない。現在までに報告されている産雌単為生殖を行う真社会性昆虫に関する研究をレビューし、真社会性昆虫にとっての有性生殖と単為生殖の利益とコストについて議論する。
著者
山岸 哲
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.54-59, 1962-04-01 (Released:2017-04-08)
被引用文献数
2

YAMAGISHI, Satoshi (Tenryu Low. Sec. School, Nagano Pref.) Roosting behaviour in crows. 1. Autumnal and wintry roosting behaviour in Nagano Prefecture. Jap. J. Ecol. 12,54〜59 (1962) The roosting behaviour of crows was observed in Nagano Prefecture, and the results are as follows : (1) In the daytime in autumn crows form small flocks in their habitat and feed there. Before sunset they gather at their regular assembling places, and then move to roost in groups. The group at the farthest assembling place from the roost move first, joining the nearest group, one by one, and at last all of the crows reach the roost. (Fig. 1) (2) There are three roosts in autumn in Upper Ina-gun and Lower Ina-gun ; in winter one of these three is used as their wintry roost, and the other two are canelled, being used only as their assembling places. Crows' number in each of these three autumnal roosts is about 900,and the number in one wintry roost is about 3,000. (Fig. 2) (3) The numbers of the above-mentioned wintry roosts are seven in Nagano Prefecture ; crows' number in each of them is 1,000〜3,000. Only ever-green woods are used as the wintry roosts, the main tree species of which is Japanese red-pine. (Fig. 3,Table 1) (4) In the future I intend to investigate on crows' roost in their breeding season and the actual organization of their society.
著者
小粥 淳史 八柳 哲 神戸 崇 井上 頌子 荒木 仁志
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2216, (Released:2023-09-01)
参考文献数
37

日本に生息する汽水・淡水魚のうち、約4割が環境省レッドリストにおいて絶滅危惧種に指定されており、なかでもタナゴ類の減少は顕著である。その一要因として外来種の影響が挙げられ、国内の溜池に広く見られるオオクチバスやカムルチーによる捕食、タイリクバラタナゴによる競合のほか、産卵母貝の生活史に必須なハゼ類の減少による間接的影響が懸念されている。既存生態系保全のためにはこれら外来種による生物群集への影響を正しく評価し、優先順位に基づく管理を行う必要がある。しかし、外来種の影響を総合的に評価するのは技術的に難しく、研究事例は限られている。そこで本研究では、上記三種の外来魚と在来タナゴ類が生息している秋田県雄物川流域の溜池に注目し、35地点から採集した水サンプルおよび魚類ユニバーサルプライマー MiFishを用いて環境DNAメタバーコーディング解析を行い、外来種が在来タナゴ類、ハゼ類をはじめとする溜池の魚類群集に与える影響を複合的に評価した。その結果、非計量多次元尺度法を用いた群集解析においてはオオクチバスの強い影響が示され、本種のDNAが検出された溜池では平均検出在来種数・Shannon-Wienerの多様度指数が共に約4割も減少するなど、在来群集構造を大きく改変している可能性が示された。またタイリクバラタナゴは在来タナゴ類と同所的に生息し、タイリクバラタナゴDNAの検出地点では在来タナゴ類の平均DNA濃度がタイリクバラタナゴDNA非検出地点平均のわずか2.4%と有意に低い傾向が確認された(p =0.0070)。一方、オオクチバスは在来タナゴとは共存しない傾向があり、オオクチバスとカムルチーのDNA検出地点では有意差はないものの共に在来タナゴ類の平均DNA濃度が低い傾向がみられた(外来種DNA非検出地点平均のそれぞれ6.6%、8.0%)。これらの結果から、オオクチバスは高い捕食圧によって溜池の魚種群集構造全体に大きな影響を与える一方、タイリクバラタナゴは在来タナゴ類と競合することで後者の生物量に強い負の影響を与えている可能性が示唆された。北日本における溜池の既存生態系保全のためにはオオクチバスの迅速な駆除と拡散防止が最優先となる一方、在来タナゴ類が生息する場所ではタイリクバラタナゴやカムルチーの個体数管理も併せて重要となるものと考えられる。
著者
佐藤 綾 上田 哲行 堀 道雄
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.21-27, 2005
参考文献数
16
被引用文献数
1

1. 石川県羽咋郡甘田海岸において, 打ち上げ海藻を利用する小型動物相と, それを餌とする高次捕食者であるイカリモンハンミョウ成虫の捕食行動を調査した.海浜性のイカリモンの成虫は, 石川県では6月中旬∿8月に見られ, 砂浜の汀線付近で餌探索する.2. 打ち上げ海藻より採集された小型動物には, ハマトビムシ科の幼体, ヒメハマトビムシ, フトツヤケシヒゲブトハネカクシ, ケシガムシ属が多く見られた.3. イカリモンの成虫の捕食行動を, 個体追跡により観察した結果, イカリモンは, ハマトビムシ類の幼体を多く追跡あるいは捕食していた.また, 砂浜に埋めたピットホールトラップからは, 多くのハマトビムシ類の幼体が得られた.4. 本研究より, 打ち上げ海藻(一次資源)-ハマトビムシ類(腐食者)-イカリモン(捕食者)という砂浜海岸における生物間関係の一つが明らかとなった.
著者
細矢 剛
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.209-214, 2016 (Released:2016-06-01)
参考文献数
12
被引用文献数
2

地球規模生物多様性情報機構(Global Biodiversity Information Facility、GBIF)は、地球規模で生物多様性情報を収集・提供する機構である。GBIF は、国、研究機関などの公式の機関が参加者となり、意思決定は、年に1 回開催される理事会においてなされる。実質的な運営は執行委員会と事務局が担っている。各参加国からのデータは、ノードと呼ばれる中核機関を通じてGBIF に提供されており、現在5.7 億件の標本情報、観察情報をだれでもホームページからダウンロードして利用できる。日本国内の活動は日本ノード(JBIF)が担っており、国立科学博物館(科博)・国立遺伝学研究所(遺伝研)・東京大学が拠点となって、GBIF への情報提供のほか、普及活動、アジア地域での活動への対応がなされている。GBIF の活動は世界6 地域に地域化し、日本はアジア地域で最多のデータ提供国であるが、アジアからのデータ数はGBIF 全体の3%に過ぎず、いっそう活発な活動が求められる。今後、データの統合・利用の互換性を維持のための技術的な問題の他、コピーライトの問題など、解決しなくてはならない課題が多数あるが、生物多様性情報学的な常識・基礎知識の普及や、オープンアクセスなど、オープンマインドな知識共有の文化醸成が今後の課題である。
著者
曲渕 詩織 山ノ内 崇志 黒沢 高秀
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2009, (Released:2020-11-10)
参考文献数
60

東北地方太平洋岸域の海岸林は東日本大震災で大きな被害を受け、現在、かつてない規模で山砂の搬入と盛土を伴う海岸防災林再生事業が進められている。生物多様性の劣化が懸念されるが、復旧事業直後の生物多様性に関する研究は乏しい。本研究では松川浦に面した砂洲である福島県相馬市磯部大洲において、施工直後の生育基盤盛土上の植物相と植生を調査した。造成完了から 3年以内で、植樹した翌年の生育基盤盛土上は、植被率が低く裸地に近い相観で、出現率が高かった植物の多くは一般に二次遷移の初期に出現するとされる夏緑性一年草や夏緑性多年草であった。木本は少なく高木性種はクロマツだけであり、海岸生植物は 3種類で被度も低かった。帰化植物は侵略的外来生物を含め 23種類(帰化率約 40%)であったが、被度は低かった。出現した維管束植物 58種類には震災前から林内や路傍で確認されていた種類が多く、生育基盤盛土の材料は砂岩由来で散布体に乏しいと推測されることから、これらは近隣から侵入したものが多いと思われた。本研究の対象地は限られたものであり、広大な復旧事業地の全域にわたる生物多様性の研究と知見の集積が望まれる。
著者
田和 康太 中西 康介 村上 大介 金井 亮介 沢田 裕一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.119-130, 2015-11-30 (Released:2017-10-01)
参考文献数
33

アカハライモリはその生活史において、幼生期と成体期には水田や池沼などの止水域で過ごし、幼体期には林床などの陸上で生活する日本固有の有尾両生類である。アカハライモリは圃場整備事業による水田環境の改変等の影響を受け、その生息数を全国的に減少させている。しかし、現状として、その保全対策に不可欠な生活史や生息環境の条件などに関する情報は非常に限られている。本研究では、アカハライモリの生息環境と季節的な移動を明らかにするために、滋賀県の中山間部水田地帯に設定した調査地において、未整備の湿田とそれに隣接する素掘りの土側溝に生息するアカハライモリの幼生および成体の個体数を水田の農事暦に則して調査した。その結果、アカハライモリの繁殖期である5月から6月には、土側溝でアカハライモリ成体が雌雄ともに多く出現し、水田ではほとんどみられなかったが、7月以降には、成体の個体数が雌雄ともに土側溝で減少し、水田で増加した。幼生は7月中旬から土側溝に出現し、9月までその生息が確認された。このことから、アカハライモリ成体は産卵場所として土側溝を利用し、幼生はそのまま土側溝に留まって成長し変体上陸するが、繁殖期後の成体は水田に分散している可能性が高く、アカハライモリはその生活史や発育段階に応じて隣接した水田と土側溝を季節的に使い分けているものと考えられた。以上より、水田脇に土側溝がみられるような湿田環境を維持していくことがアカハライモリ個体群の保全に極めて重要であると推察された。
著者
石濱 史子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.21-40, 2017 (Released:2018-04-01)
参考文献数
110
被引用文献数
12

博物館の標本情報や市民調査による観察情報などに代表される、不在情報がない分布データは、在のみデータと総称される。GBIF(Global Biodiversity Information Facility)などの公開データベースの整備により、在のみデータは分布推定に広く用いられるようになり、その成果が保全生物学分野でも幅広く応用されている。しかし、在のみデータに基づく分布推定に際しては、不在情報がないことに起因する特有の注意点が生じる。特に注意が必要なのが、サンプリングバイアスの存在と、バイアスに対応した偽不在(pseudo-absence)の選び方、推定値が分布確率そのものではない場合が多いこと、推定精度の評価指標の値が偽不在の選び方に依存して変わることである。在のみデータに基づく分布推定を、保全対策に適切に活用するためには、これらの注意点とその対処法を十分に理解することが欠かせない。これらの注意点と対処法に関して、蓄積されつつある海外での報告事例を紹介する。
著者
深澤 遊
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.311-325, 2013-11-30 (Released:2017-04-28)
参考文献数
114
被引用文献数
6

菌類は枯死木の分解において中心的な役割を果たしている。枯死木の細胞壁を構成する有機物であるリグニンとホロセルロースに対する菌類の分解力に基づき、大きく分けて3つの「腐朽型(decay type)」が知られている。白色腐朽では、リグニンが分解されるため材は白色化し、繊維状に崩壊する。褐色腐朽では、リグニンが変性するだけで分解されずに残るため材は褐色化し、ブロック状に崩壊する。軟腐朽は含水率の高い条件で起こり、主に材の表面が泥状になる。異なる腐朽型の材では、物理化学性が異なるため、枯死木を住み場所や餌資源として利用する様々な生物群集に影響を与えることが予想される。本稿では、細菌、菌類、植物、無脊椎動物、および脊椎動物の群集に対する材の腐朽型の影響について実証的な研究をレビューする。細菌については、褐色腐朽材に比べ白色腐朽材で窒素固定細菌の活性が高いことが知られている。腐朽型が菌類に与える影響に関しては研究例が非常に少ないが、腐朽菌や菌根菌が材の腐朽型の影響を受けることが示唆されている。植物についても研究例が非常に少ないが、種により実生定着に適した腐朽型が異なるようだ。無脊椎動物については、特に鞘翅目およびゴキブリ目の昆虫に関する研究例が多く、種により好む腐朽型が異なることが知られている。脊椎動物についてはほとんど研究例がなかったが、腐朽菌の種類によってキツツキの営巣に影響があることが示唆されている。腐朽型が生物群集に影響する理由としては、材の有機物組成や生長阻害物質、pHが腐朽型によって異なることが挙げられている。このように菌類には、ハビタットとしての枯死木の物理化学性を変化させることで他の広範な分類群の生物群集に強い影響を与える生態系エンジニアとしての働きがあると考えられる。ただし、その一般性については今後さらに多くの分類群の生物に対する菌類およびその腐朽型の影響を検証していく必要がある。
著者
露崎 史朗 先崎 理之 和田 直也 松島 肇
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.2104, 2021-10-31 (Released:2021-12-31)
参考文献数
24

日本生態学会は、 2011年に石狩浜銭函地区に風発建設計画が提案されたことを受け、海岸植生の帯状構造が明瞭かつ希少であるという学術的な価値から「銭函海岸における風車建設の中止を求める意見書」を北海道および事業者に提出した。これを受け、自然保護専門委員会内に石狩海岸風車建設事業計画の中止を求める要望書アフターケア委員会( ACC)を発足させた。しかし、風発は建設され、 2020年 2月に稼働を始めた。そこで、 ACC委員は 2020年夏期に、銭函海岸風発建設地および周辺において、植生改変状況・鳥類相に関する事後調査を実施したので、その結果をここに報告する。建設前の地上での生物調査を行わなかったため、建設後に風発周辺の地域と風発から離れた地域を比較した。概況は以下の通り。(1)改変面積 5.5 haのうちヤードが 61%を占め、作業道路法面には侵食が認められ、(2)風発は海岸線にほぼ並行して建設されたため、内陸側の低木を交えた草原帯の範囲のみが著しい影響を受け、(3)風発建設時に作られた作業道路・ヤード上には外来植物種、特にオニハマダイコンの定着が著しく、(4)鳥類は、種数・個体数が低下し群集組成が単純化していた。
著者
尾崎 研一 明石 信廣 雲野 明 佐藤 重穂 佐山 勝彦 長坂 晶子 長坂 有 山田 健四 山浦 悠一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.101-123, 2018 (Released:2018-08-02)
参考文献数
168
被引用文献数
4

森林は人間活動に欠かすことのできない様々な生態系サービスを供給しているため、その環境的、経済的、文化的価値を存続させる森林管理アプローチが必要である。保残伐施業(retention forestry)は、主伐時に生立木や枯死木、森林パッチ等を維持することで伐採の影響を緩和し、木材生産と生物多様性保全の両立をめざす森林管理法である。従来の伐採が収穫するものに重点を置いていたのに対して、保残伐は伐採後に残すものを第一に考える点と、それらを長期間、少なくとも次の主伐まで維持する点に違いがある。保残伐は、皆伐に代わる伐採方法として主に北アメリカやヨーロッパの温帯林、北方林で広く実施されているが、日本を始めとしたアジア諸国では普及しておらず、人工林への適用例もほとんどない。そこで、日本で保残伐施業を普及させることを目的として、保残伐施業の目的、方法、歴史と世界的な実施状況を要約した。次に、保残伐の効果を検証するために行われている野外実験をレビューし、保残伐に関する研究動向を生物多様性、木材生産性、水土保全分野についてとりまとめた。そして、2013年から北海道で行っている「トドマツ人工林における保残伐施業の実証実験(REFRESH)」について紹介した。
著者
山ノ内 崇志 倉園 知広 黒沢 高秀 加藤 将
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.1924, (Released:2020-05-15)
参考文献数
53

2011年 3月に発生した東北地方太平洋沖地震の津波被災地では新たに形成された湿地に希少な湿性植物の出現が見られたが、その後の復旧工事などで消滅した生育地も少なくない。特に多くの沈水植物がみられた宮城県野々島において小規模な湿地の沈水植物相を調査するとともに、地形や津波前後の土地利用を調査した。 2015年 8月には、沈水植物として沈水生維管束植物 4種、車軸藻類 1種を確認した。空中写真、衛星画像および都市計画図の判読から、この湿地は海岸浜堤の後背に位置し、少なくとも 1950年代から津波を受ける 2011年までの間は水田または休耕地であった。この湿地は 2016年までに復旧・復興事業にともなう埋立てにより消失した。災害復旧には迅速性が求められるため、災害後に出現した希少種の保全策を検討する時間を確保することは容易ではない。そのため攪乱後の希少種の出現傾向を予測し、災害に先だって情報提供や注意喚起を行うことが必要である。地形情報や土地履歴などの地理情報を活用した希少種の出現の予測は、災害やその後の復旧・復興事業に先だった情報提供・注意喚起の手段として検討の価値があると考えられる。
著者
内藤 和明 福島 庸介 田和 康太 丸山 勇気 佐川 志朗
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.70, no.3, pp.217, 2020 (Released:2020-12-24)
参考文献数
44
被引用文献数
1

兵庫県豊岡市を中心とする地域で行われている「コウノトリ育む農法」の実施圃場と慣行栽培圃場のそれぞれで植生および動物分類群の調査を行い、景観要素を含めて解析して、コウノトリ育む農法が植生および動物分類群に及ぼす影響を明らかにした。コウノトリ育む農法は水生動物の個体群密度よりも田面および畦畔の維管束植物の出現種数と被度に対してより直接的な正の影響を及ぼしていた。水生動物の個体群密度に対するコウノトリ育む農法の影響は、アシナガグモ属、ミズムシ科、コオイムシ科、タイコウチ科、ゲンゴロウ科(成虫および幼虫)、ガムシ科(成虫および幼虫)の個体群密度、カメムシ目およびコウチュウ目(成虫)の出現種数に対しては総じて正の影響で、この農法の生物多様性保全効果が確認された。一方で、分類群によって異なる景観要素の影響も検出された。トノサマガエル(成体)の個体群密度には農法による影響が確認されなかった。
著者
一方井 祐子 小野 英理 榎戸 輝揚
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.91-97, 2021 (Released:2021-08-17)
参考文献数
32

シチズンサイエンスとは、研究者などの専門家と市民が協力して行う市民参加型の活動やプロジェクトを意味する。科学的な成果や地域課題を解決するための活動、研究者や市民が主体の活動など、その形態は多様である。近年では、Galaxy ZooやeBirdに代表されるように、デジタルツールを活用し、より多くの市民参加を可能にするオンライン・シチズンサイエンスが始まった。日本でも、生態学系のみならず様々な分野でオンライン・シチズンサイエンスが展開され、成果を出している。本稿では、国内外における事例を紹介しながら、現状の課題を整理し、今後の活用可能性を考える。
著者
田和 康太 中西 康介 村上 大介 西田 隆義 沢田 裕一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.77-89, 2013-05-30 (Released:2017-08-01)
被引用文献数
6

圃場整備事業の拡大に伴い、平野部の水田では乾田化が進められてきた。このことが近年、水田の多種の水生動物が減少した一要因と考えられている。一方で、山間部などに多い排水不良の湿田では、一年を通して湿潤状態が保たれる。そのため、非作付期の湿田は水生動物の生息場所や越冬場所となり、生物多様性保全の場として重要な役割を担うといわれるが、実証例は少ない。本研究では、滋賀県の中山間部にある湿田およびそこに隣接する素掘りの側溝において、作付期から非作付期にかけて大型水生動物の生息状況を定量的に調査した。全調査期間を通じて、調査水田では側溝に比べて多種の水生動物が採集された。特にカエル目複数種幼生やコシマゲンゴロウに代表されるゲンゴロウ類などの水生昆虫が調査水田では多かった。このことから、調査水田は側溝に比べて多種の水生動物の生息場所や繁殖場所となると考えられた。その原因として餌生物の豊富さ、捕食圧の低さなどの点が示唆された。一方、側溝では水田に比べてカワニナやサワガニなどの河川性の水生動物が多い傾向があった。またドジョウの大型個体は側溝で多く採集された。このことから、中山間部の湿田では、調査水田と側溝のように環境条件や構造の異なる複数の水域が組み合わさることによって、多様な水生動物群集が維持されていると考えられた。また、非作付期と作付期を比較したところ、恒久的水域である側溝ではドジョウやアカハライモリなどが両時期に多数採集された。さらに調査水田ではこれらの種に加えて、非作付期の側溝ではみられなかったトンボ目やコウチュウ目などの多種の水生昆虫が両時期に採集されたことから、非作付期の水生動物の種数は側溝に比べてはるかに多かった。このことから、非作付期の水田に残る水域が多くの水生動物にとって重要な生息場所や越冬場所になると考えられた。
著者
高槻 成紀 梶谷 敏夫
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.1903, (Released:2019-11-10)
参考文献数
30

丹沢山地は 1970年代からシカが増加し、その後シカの強い採食圧によって植生が強い影響を受けて貧弱化し、表土流失も見られる。このような状況にあるシカの食性を 2018年の 2月から 12月まで、東丹沢(塔が岳とその南)と西丹沢(檜洞丸とその南の中川)、西部の切通峠においてそれぞれ高地と中腹(ただし西では高地のみ)において糞を採集し、ポイント枠法で分析し、次のような結果を得た。 1)全体に双子葉植物の葉が少なく、繊維、稈が多かった。 2)季節的には繊維が冬を中心に多いが、場所によっては夏にも多かった。 3)標高比較では高地でイネ科が多かった。 4)場所比較では東丹沢ではササが多い傾向があった。 5)シカが落葉を食べている状況証拠はあるが、糞中には微量しか検出されず、その理由は不明である。これらの結果はほかのシカ生息地と比較して、シカの食物中に葉が少なく、繊維が多く、当地のシカが劣悪な食糧事情にあることを示唆する。このことから、丹沢山地の森林生態系のより良い管理のためには、シカ集団の栄養状態、妊娠率、また植生、とくにササの推移などをモニタリングすることが重要であることを指摘した。