著者
正富 宏之 正富 欣之
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.223-242, 2009-11-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
90

北海道に広く分布していた留鳥性タンチョウGrus japonensis個体群は、生息地開発や狩猟により19世紀末には絶滅寸前まで減少し、20世紀半ばまでその状態が継続した。しかし、1950年代に餌付けが行なわれ、冬の餌不足解消により現在は1,300羽を超すまでに回復した。他方、生息地の湿原は既に70%以上が失われているため、個体数増加に伴い繁殖番いの高密度化と越冬群の集中化が進行し、餌や営巣場所を求めて人工環境へ進出する傾向が顕著となっている。これを容易にしたのが、長年の保護活動によるヒトへの馴れであり、その結果、ヒトとのさまざまな軋轢を生んでいる。そこで、従来の個体数増加に力点を置いた保護方針の再検討を行ない、ヒトとの共存を図る新たな将来像の構築が求められる。それには、現状をふまえながら、タンチョウにややヒトと距離を置く生活習性へ向かわせることを基本姿勢とする。その上で、過剰なヒト馴れを低減する方法を模索すると共に、生息地の拡大・保全・維持を行ない、遺伝的多様性の低さに配慮した個体数の増加を図りながら、集中化によるカタストロフィの危険を避けるため、群れの分散化を目指すことである。これは、従来のように一部のツル関係者や行政担当者でなし得ることではなく、利害を持つ地域住民の主体的参加が不可欠であり、その方策として順応的管理に即した円卓会議の設置を急ぐべきである。
著者
粕谷 英一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.179-185, 2015-07-30 (Released:2017-05-23)
参考文献数
6
被引用文献数
6

生態学におけるモデル選択の方法として広く使われている赤池情報量規準(AIC)について、真のモデルを特定するために使うことは本来の目的から離れていることを指摘し、サンプルサイズが大きくてもAIC最小という基準で真のモデルが選ばれない確率が無視し得ないほど大きいことを単純な数値例で示した。また、AICの値に閾値を設けて、AICの値が他のモデルより小さくしかも差の絶対値が閾値を越えているときのみにモデルを選ぶとしても、真のモデルが選ばれない確率が高いという問題点は解決されないことを示した。
著者
福本 一彦 勝呂 尚之 丸山 隆
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.47-53, 2008-05-30 (Released:2018-02-09)
参考文献数
22
被引用文献数
1

栃木県大田原市羽田ミヤコタナゴ生息地保護区のミヤコタナゴの減少原因を明らかにするため、羽田産マツカサガイ及びシジミ属の産卵母貝適性実験を行った。その結果、羽田産マツカサガイは久慈川産マツカサガイに比べて産卵母貝としての利用頻度が低く、産着卵数が少なく、かつ卵・仔魚の生残率も著しく低いことが確かめられた。また、シジミ属は産卵母貝としての利用頻度が低く、産卵しても孵化しないことが裏付けられた。以上の結果から、1990年代後半の羽田ミヤコタナゴ個体群の急激な衰退の過程において、水源の水質悪化によって引き起こされたマツカサガイの生理的異常に起因するミヤコタナゴの産卵頻度の低下と、卵・仔魚の生残率の大幅な低下が重要な役割を演じた可能性が高いと考えられた。
著者
杉田 典正 海老原 淳 細矢 剛 神保 宇嗣 中江 雅典 遊川 知久
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2038, (Released:2021-08-31)
参考文献数
62

環境省レッドリストに掲載された多くの分類群は、個体数が少ない、生息地がアクセス困難であるなどの理由から保全管理計画の策定に必要な情報が不足している。博物館は過去に採集されたレッドリスト掲載の分類群の標本を所蔵している。ラベル情報に加え形態・遺伝情報を有する標本は、保全に関する様々な情報を供給可能である。しかし、標本の所在情報は各博物館の標本目録や台帳に散在しており標本の利用性は低かった。これらの情報は公開データベース等で共有化されつつあるが、情報の電子化・共有化は不完全であり、依然として利用性が低い状況にある。本研究は、環境省レッドリスト 2019ならびに海洋生物レッドリスト 2017に掲載の絶滅危惧種(絶滅と野生絶滅、絶滅危惧 I類のみ対象)の標本所在情報を集約するために、国立科学博物館の標本データベースおよびサイエンスミュージアムネット( S-Net)の集計と聞き取り等による標本所在調査をおこなった。国内の博物館は、約 95.9%の絶滅危惧種につき標本を 1点以上保有し、少なくとも 58,415点の標本を所蔵していた。海外の博物館も含めると約 97.0%の絶滅危惧種の標本所在が確認された。約 26.5%の絶滅危惧種が個体群内の遺伝的多様性の推定に適する 20個体以上の標本数を有した。本研究により絶滅危惧種標本へのアクセスが改善された。これらの標本の活用により、実体の不明な分類群の検証、生物の分布予測、集団構造、生物地理、遺伝的多様性の変遷といった保全のための研究の進展が期待される。一方でデータベースの標本情報には偏りが認められ、例えば脊椎動物はほとんどの高次分類群で 50%以上の絶滅危惧種の所蔵があったが、無脊椎動物では全く所蔵のない高次分類群があった。採集年代と採集地にも偏りがあり、 1960 -1990年代に標本数が多く、生息地間で標本数が異なる傾向があった。データベースの生物名表記の揺れや登録の遅延は、検索性を低下させていた。利用者が標本情報を使用する際は情報の精査が必要である。保全への標本利用を促進するために、データベースの網羅性と正確性を向上させる必要がある。博物館は、絶滅危惧種に関する標本の体系的な収集、最新の分類体系に基づいた高品質データの共有化、標本と標本情報の管理上の問題の継続的な解決により、絶滅危惧種の保全に標本が活用される仕組みを整えることが求められる。
著者
志賀 隆 横川 昌史 兼子 伸吾 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.33-44, 2013-05-30 (Released:2017-08-01)
被引用文献数
1

シモツケコウホネNuphar submersa Shiga & KadonoとナガレコウホネN.×fluminalis Shiga & Kadonoは残存集団がそれぞれ4集団のみであり、絶滅が危惧されている水生植物である。それぞれの生育面積はわずかであるにもかかわらず、近年、群落の一部を根こそぎ持ち去るような、園芸目的の盗掘と思われる被害が確認されるようになった。本研究では、形態形質の調査とマイクロサテライトマーカー15遺伝子座の遺伝子型解析を行うことにより、市場に流通しているシモツケコウホネ、ナガレコウホネ、これに加え「ナガバベニコウホネ」の流通名で販売されている植物についてC社とT社から購入し、産地の特定を試みた。ナガレコウホネについては現存個体の多座位遺伝子型を明らかにするために、全ての現存集団から合計59サンプルを得て遺伝子型解析を行った結果、19種類の多座位遺伝子型が確認された。流通株の形態形質を調査した結果、T社の「シモツケコウホネ」(T1)はシモツケコウホネであったのに対し、C社の流通株(C1〜C9)は全てナガレコウホネであった。また、流通株の遺伝子型を決定した結果、2種類の多座位遺伝子型が確認された。流通株から得られた多座位遺伝子型に対応するものが野生集団で確認されるか検討したところ、T1は日光市(NIK)のシモツケコウホネ(NIK-25)と、C1〜C9は同一クローンであり、佐野市(SAN)のナガレコウホネ(SAN-10)と多座位遺伝子型が完全に一致した。日光市と佐野市の各集団において、NIK-25とSAN-10と全く同じ多座位遺伝子型を持つ別個体が集団内の任意交配により生じる確率(PG)はそれぞれ0.00034と0.00030であることから、日光市および佐野市において採集された2種類の株が流通していたことが示唆された。全個体遺伝子型解析に基づく遺伝子型データの整備は流通や盗掘に対して抑制的な効果をもたらすことが期待できる。
著者
五箇 公一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.123-130, 2012-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
3
被引用文献数
1

Currently, the conservation of biodiversity ranks alongside the regulation of global warming as the most important global environmental problems. Biological invasions are considered one of the most important causative agents of declines in biodiversity. Therefore, in Article 8 (h), the Convention on Biological Diversity (CBD) specified that each contracting party must undertake efforts to control alien species that threaten ecosystems, habitats, or species. Furthermore, the "Aichi Target," based on the 2010 targets identified during CBD's 10^<th> Conference of Parties (COP10, held at Nagoya, Japan), proposed as Target 9 that, "By 2020, invasive alien species and pathways are identified and prioritized, priority species are controlled or eradicated, and measures are in place to manage pathways to prevent their introduction and establishment." Because the need to control alien species has increased worldwide, each country needs to possess or prepare regulation systems against biological invasions. On the other hand, economic globalization has recently undergone rapid advances, which increases the chances of introductions and transportation of alien species. Japan has a large economy and is simultaneously a resource-poor country that is largely dependent on the importation of foods and natural resources from abroad. Therefore, our country can be considered to have a constant high risk of invasion by alien species. Of course, Japan has some quarantine systems and regulations to counter alien species. However, the risk of invasion by alien species continues to rise irrespective of efforts to prevent their arrival and establishment. The World Trade Organization (WTO) is confronting the control of alien species by applying immense diplomatic pressure.
著者
渡辺 黎也 日下石 碧 横井 智之
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.49-60, 2019 (Released:2019-07-01)
参考文献数
55

コウチュウ目やカメムシ目などの水生昆虫は、水田やため池を主な生息場所としているが、圃場整備や近代農法への転換によって生息環境が改変され、全国的に減少傾向にある。そのため近年では慣行農法の水田に対し、殺虫剤や除草剤の使用を抑えた環境保全型農業の水田を推進する動きが高まっている。水生昆虫群集の動態に影響を与える要因としては、農法以外にも水田内外における生息環境に関わる複数の要因が挙げられるが、それら要因についての知見は少なく総合的な解決が求められている。本研究では、水田内の環境要因および景観要素が水生昆虫群集(コウチュウ目、カメムシ目)に与える影響について調査した。 調査は2017年4月から9月に、茨城県つくば市近郊の5地域から環境保全型水田と慣行水田を1組以上、計16枚を対象に行なった。タモ網を用いた掬い取りを行ない、水生昆虫と餌生物(両生類幼生、ユスリカ科、カ科等)の個体数を種もしくは分類群ごとに記録した。水田内の環境要因として、調査地ごとに水質(水温、水深、電気伝導度、pH)と水田内に生育する植物の植被率、薬剤使用の有無、湛水日数を調査した。また地理情報システム(GIS)を用いて、調査水田を中心としてバッファー(半径500、1,000、2,000、3,000、4,000、5,000 m)を発生させ、各バッファーに占める景観要素(水田、その他の水域、森林、人工物、その他)の面積の割合を算出した。 調査の結果、水生昆虫の群集組成は農法によって異なっており、水田内の要因のうち湛水日数と餌個体数、水温が群集組成に影響を与えていた。さらに各要因の効果として、分類群数に対しては餌個体数と水温が正の効果を与えていた。また、慣行農法は水生昆虫の分類群数と個体数の双方に負の効果を与えていた。分類群数および個体数の決定に有効な空間スケールはそれぞれ水田周囲の半径3,000 mと2,000 mであり、その他の水域や森林が分類群数や個体数に正の効果を与えていた。以上より、水生昆虫の分類群数や個体数の維持には環境保全型農業の推進に加え、水田内への安定した餌生物の供給や、半径2,000または3,000 m内にその他の水域や森林など様々な環境が存在することが重要であることが示された。
著者
小沼 明弘 大久保 悟
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.217-226, 2015-11-30 (Released:2017-05-23)
参考文献数
28
被引用文献数
1

多くの植物は繁殖のための花粉の授受粉を動物による送粉に依存しており、農作物もまた例外では無い。近年、世界的なハナバチ類の減少による農業生産への悪影響が懸念される中で、送粉サービスが農業に対して提供する経済的価値への関心が高まっている。しかしながら、我が国においては、これまでセイヨウミツバチやマルハナバチのような飼養された送粉昆虫による送粉サービスの経済性評価のみで、野生送粉者による貢献は評価されていなかった。そこで我々は、飼養された送粉者と野生送粉者の両方を含む、我が国の農業分野に対する送粉サービス全体の推計を試みた。その結果、2013年時点の日本における送粉サービスの総額は約4700億円であり、これは日本の耕種農業産出額の8.3%に相当する。その内訳は、約1000億円がセイヨウミツバチ、53億円がマルハナバチそして3300億円の送粉サービスが野生送粉者によって提供されていた。送粉サービスへの依存度は作目毎に異なっているが、サービスへの依存度が高く産出額が大きいのはバラ科の果実、ウリ科およびナス科の果菜類であった。また、送粉サービスに対する依存度には地域的な偏りがあり、自治体毎に大きく異なっていた。最も依存度が高い県は耕種農業産出額の27%を送粉サービスに依存していた。我が国の農業全体を長期的に見た場合、送粉サービスへの依存度は増加する傾向にあり、その理由としてコメの生産額の減少と他作目への生産のシフトが考えられた。現在のような社会経済的な状況が継続した場合、我が国農業の送粉サービスへの依存度が今後も漸増することが示唆される。
著者
渡辺 勝敏
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.3, pp.683-693, 2016 (Released:2016-12-28)
参考文献数
12

要旨: 現在、近畿地方に最後に残された絶滅危惧種アユモドキ(淡水魚)の生息地において、京都府と亀岡市によりサッカースタジアムを含む大規模な都市公園建設が計画されており、生物多様性および湿地生態系保全の観点から大きな問題となっている。アユモドキは国の天然記念物に指定され、種の保存法の指定種であるが、この計画は専門家や環境・文化財行政との協議を経ることなく、府・市の行政により決定されたものである。建設の決定後(2012年末)、府・市は環境保全対策のための専門家会議を立ち上げ、自然環境の基礎調査から始めたが、開始から2年半を経た2015年11月現在、環境影響評価の実施には至っていない。そのような中、計画発足からわずか4年後(現在6年後以降に延長;2018年以降)の完成を目指して、都市計画決定、用地買収、道路整備、一帯の営農放棄などが進行し、周辺の環境変化が大きく進んでいる。アユモドキは雨季の氾濫原を繁殖・初期生育に利用する東アジアモンスーン気候に典型的に適応した魚種であり、同様な湿地性動植物とともに、従来の水田営農とどうにか共存してきた。府・市は「共生ゾーン」とよぶ縮小された代替地の整備により保全に務めるとしているが、その実現性は日本生態学会をはじめ、多くの学術団体、自然保護団体等から疑問をもたれている。さらに治水、水道水源の問題、交通問題等、地域住民への悪影響に対する懸念もあり、建設場所の変更を含む計画の再検討が求められている。しかし、府知事や市長をはじめとする行政によるこの貴重な湿地生態系保全に対する認識は十分でなく、強い開発圧の中、環境保全において重要であるべき予防原則はないがしろにされてきた。その結果、たとえ開発計画が見直されても、自然環境およびそれを取り巻く社会状況は、すでに水田営農と共生した湿地生態系の保全を困難とする状況に陥っている。早急に周辺地域環境の保全等を含めた、包括的で永続的な保全方策を模索・構築しなければならない。
著者
露崎 史朗 先崎 理之 和田 直也 松島 肇
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2104, (Released:2021-10-31)
参考文献数
24

日本生態学会は、 2011年に石狩浜銭函地区に風発建設計画が提案されたことを受け、海岸植生の帯状構造が明瞭かつ希少であるという学術的な価値から「銭函海岸における風車建設の中止を求める意見書」を北海道および事業者に提出した。これを受け、自然保護専門委員会内に石狩海岸風車建設事業計画の中止を求める要望書アフターケア委員会( ACC)を発足させた。しかし、風発は建設され、 2020年 2月に稼働を始めた。そこで、 ACC委員は 2020年夏期に、銭函海岸風発建設地および周辺において、植生改変状況・鳥類相に関する事後調査を実施したので、その結果をここに報告する。建設前の地上での生物調査を行わなかったため、建設後に風発周辺の地域と風発から離れた地域を比較した。概況は以下の通り。(1)改変面積 5.5 haのうちヤードが 61%を占め、作業道路法面には侵食が認められ、(2)風発は海岸線にほぼ並行して建設されたため、内陸側の低木を交えた草原帯の範囲のみが著しい影響を受け、(3)風発建設時に作られた作業道路・ヤード上には外来植物種、特にオニハマダイコンの定着が著しく、(4)鳥類は、種数・個体数が低下し群集組成が単純化していた。
著者
加藤 雅也 中濵 直之 上田 昇平 平井 規央 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2032, (Released:2021-05-24)
参考文献数
39

生息域外保全とは、野外集団で個体数が急減・絶滅した際の備えとして個体を飼育・栽培する活動のことをいい、絶滅危惧種を中心に多数の生物で実施されている。ヤシャゲンゴロウは福井県南越前町夜叉ヶ池でのみ生息が知られており、その希少性から国内希少野生動植物種に選定され、 2015年当時石川県ふれあい昆虫館、越前松島水族館、福井県自然保護センターの 3施設で生息域外保全が実施されている。本研究では、ヤシャゲンゴロウの野生集団(1995年以前に採集された標本を含む)、生息域外保全系統、また比較対象として近縁種であるメススジゲンゴロウの野生集団について 14座を用いたマイクロサテライト解析を行い、ヤシャゲンゴロウの生息域外保全による遺伝的多様性の保持効果について明らかにした。ヤシャゲンゴロウ野生集団の遺伝的多様性は、メススジゲンゴロウと比較して低かったものの、 1995年以前と 2016年で対立遺伝子多様度やヘテロ接合度期待値の大きな減少は見られなかった。ヤシャゲンゴロウの生息域外保全を実施している 3施設ではいずれも野外集団よりも遺伝的多様性が低かった。しかし、これらを混合して解析した場合、対立遺伝子の減少は 1つのみに留まり、野生集団が持つ対立遺伝子をほぼ保持していた。本研究から、遺伝的多様性を保持するためには、系統の絶滅に対するリスク分散のための複数施設で独立した生息域外保全の実施、また施設間の定期的な生息域外保全個体の交換・混合が重要であることが示された。
著者
井上 奈津美 井上 遠 松本 斉 境 優 吉田 丈人 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2019, (Released:2021-05-24)
参考文献数
61

樹洞は、多くの生物がねぐらや営巣場所として利用する森林生態系における重要なマイクロハビタットである。気候帯や地域に応じて樹洞の現存量や、樹洞の形成に関わる要因は大きく異なっており、樹洞利用生物の保全のためにはそれらを明らかにすることが重要である。本研究では、奄美大島の世界的にも希少な湿潤な亜熱帯照葉樹林を対象に、伐採履歴が異なる 2つの森林タイプ(成熟林と二次林)において、樹木サイズや樹種構成、樹洞の現存量を明らかにするとともに、樹種ごとに形成される樹洞の特徴を把握した。奄美大島の亜熱帯照葉樹林は、他の地域の熱帯林または亜熱帯林と比較して樹洞の現存量は多く、キツツキの穿孔による樹洞と比べて腐朽による樹洞が高い割合を占めていた。胸高直径( DBH)30 cm以上の樹木において、成熟林では二次林と比較して、ヘクタールあたりの幹数、樹洞を有する幹数、樹洞数が有意に多かった。いずれの森林タイプにおいてもスダジイが最も優占しており(胸高直径 15 cm以上の幹に占める割合は成熟林で 48%、二次林で 66%)、成熟林では次いでイジュ( 10.8%)とイスノキ(10.3%)、二次林ではイジュ( 9.9%)とリュウキュウマツ( 7.6%)が優占していた。記録された樹洞について、一般化線形混合モデルを用いて幹ごとの樹洞数に影響する要因を検討したところ、胸高直径が大きくなるほどそれぞれの幹が有する樹洞数が多かったほか、樹種ではイスノキで最も樹洞数が多く、スダジイ、イジュがそれに続いた。確認された樹洞の 90%はスダジイとイスノキに形成されており、イスノキに形成された樹洞はスダジイに形成された樹洞よりも地面から入口下端までの高さが有意に高かった。 CCDカメラを用いて一部の樹洞の内部を観察したところ、ルリカケスもしくはケナガネズミの利用の痕跡および、リュウキュウコノハズクの繁殖が確認された。樹洞が形成されやすいイスノキの大径木を含めて成熟した亜熱帯照葉樹林を優先的に保全することが、樹洞を利用する鳥類や哺乳類の重要な繁殖・生息場所の維持、保全につながると考えられた。
著者
菊地 賢
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.3, pp.695-705, 2016 (Released:2016-12-28)
参考文献数
29

岐阜県中津川市千旦林地区に位置する「岩屋堂ハナノキ自生地」は、絶滅危惧種ハナノキの日本最大の自生地として知られ、湧水湿地を中心に種々の絶滅危惧種の生育が確認されている、生物多様性の保全上重要な自生地である。現在、この湧水湿地の近傍を通過する自動車専用道路(リニア接続道路)の建設が予定されており、湿地環境の影響が懸念されることから、日本生態学会自然保護委員会を含む複数団体が、ルート再考の要望書を提出している。文献や聞き取りによってハナノキ自生地周辺の歴史や伝統的土地利用形態を調べたところ、ハナノキ自生地付近が大規模な湧水湿地を水源に古来から営まれてきた千旦林村の枝村「岩屋堂」であったこと、そこには屋敷・田畑を森林が囲む伝統的里山景観が成立していたこと、湧水湿地と森林の伝統的里山管理を背景に、日本最大のハナノキ自生地が形成されたことが示唆された。リニア接続道路はこの岩屋堂集落の中心を通過し、分断する。そのためリニア接続道路の建設は景観の破壊や集落機能の低下を通じて里山管理を衰退させ、ハナノキ自生地の保全にも悪影響を及ぼすことが懸念される。本稿では、歴史生態学的見地から岩屋堂集落の伝統的土地利用およびハナノキ自生地の成立について考察するとともに、今後のハナノキ保全研究の課題についても考察したい。
著者
中濵 直之 安藤 温子 吉川 夏彦 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2128, (Released:2022-04-28)
参考文献数
48

絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律では、日本国内の絶滅の危険性が大きい生物種について安定的な存続を図るために「国内希少野生動植物種」に選定している。こうした国内希少野生動植物種では、近交弱勢や遺伝的撹乱などの遺伝的な問題を防ぐために保全遺伝学的研究が必要である。これまでに多くの国内希少野生動植物種で保全遺伝学的研究が実施され、またその基盤として遺伝的多様性や遺伝構造、遺伝マーカーをはじめとした遺伝情報が蓄積されてきた。しかし、保全遺伝学的研究の学術論文の多くは英語により出版されたものであり、保全の現場での利用が難しかった。そこで、保全現場における今後一層の活用を目指すため、これまでに国内希少野生動植物種で蓄積されてきた遺伝情報を整理した。 これまでに国内希少野生動植物種で明らかにされてきた遺伝情報を「遺伝的多様性・遺伝構造」、「ゲノム(オルガネラゲノムを含む)」、「遺伝マーカー」、「近交弱勢・有害遺伝子」、「その他」の 5つに区分し、分類群ごとの進捗状況をまとめた。その結果、脊椎動物においては遺伝情報が蓄積している種の割合が多く、また多くの学術論文が出版されていたが、その一方で無脊椎動物においては遺伝情報が蓄積している種の割合とともに学術論文数も少ない傾向にあった。維管束植物においては学術論文数が多かった一方で、指定種数が多いこともあり、種数に対する割合は低かった。 また、近年のハイスループットシーケンシングの隆盛とともにゲノムレベルの手法も使用されるようになり、より安価で大量の遺伝情報を得ることができるようになった。本総説ではこれまでに実施されてきた研究手法について概説するとともに、今後期待される展望についても議論する。
著者
岡部 貴美子 亘 悠哉 矢野 泰弘 前田 健 五箇 公一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.109-124, 2019 (Released:2019-07-01)
参考文献数
116
被引用文献数
1

現代の新興感染症の75%は野生動物由来と推測され、西日本で患者数が増加している重症熱性血小板減少症候群(SFTS)への懸念が広がる現状から、マダニ媒介感染症対策を視野に入れた野生動物管理について、国内外の研究および関連制度の動向についてレビューした。マダニの多くは宿主範囲が広く、感染した野生動物宿主から病原体を得て、唾液腺を介して吸血初期からヒトへと病原体を媒介していることが明らかになってきた。また国外の研究では、宿主の種の多様性が高いと、希釈効果によって感染症リスクが低下する可能性が示唆されている。しかし感染症拡大には単一の要因ではなく、気候変動、都市化、ライフスタイルの変化など様々な要因が関与していると考えられる。これらに対応することを目的として国際的にワンヘルスなどの学際的な取り組みが実施されているが、必ずしも有効な野生動物管理手法の開発に至っていない。今後は、異なるセクターの協働により、科学的知見に基づく取り組みを進めることが必要である。
著者
風間 健太郎
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.107-122, 2012-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
92
被引用文献数
11

近年、陸上の建設適地の不足や電力供給の安定性から、大規模な洋上風力発電施設(洋上風発)が世界各地に建設されている。洋上風発は、建設や運用に関して多くの経済的利点を保有している一方で、海洋生物へ様々な影響をおよぼす。洋上風発建設前の探査や掘削により発生する騒音は、魚類や海棲哺乳類の音声コミュニケーションを阻害する。洋上風車の設置は、海洋生物の生息場所を減少させるばかりでなく、局所的な海洋環境を変化させることを通してさまざまな海洋生物の生残や繁殖に影響をもたらす可能性がある。また、洋上の風車と鳥類が衝突する事故は多数確認されている。風車との衝突を避けるために、多くの鳥類が採餌や渡りの際に風車を避けて飛翔する。この風車回避行動は、鳥類の飛翔距離の増加を招き、その分、飛翔エネルギーコストが上昇すると考えられている。今後、より多くの海域や分類群を対象とした長期的な影響評価が必要である。洋上風発が海洋生物におよぼす影響を軽減するためには、多くの鳥類や海棲哺乳類が利用する渡り・回遊ルートや採餌域を避けた建設地の選定、騒音の発生を抑えた工法、渡り・回遊や繁殖の時期や時間帯に配慮した運転などが求められている。
著者
船越 公威
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.125-140, 1977
被引用文献数
1

Female P.jenynsii deposits prepupa on the host-roosting quarter except host-hibernating quarter. Intervals between depositions were about 5 days. Pupal period was about 20 days. Both the interval and period of prepupal deposition became shortened with the rise of experimental temperature. After the bat died away, the majority of flies also died within 24 hours. This indicates that blood-sucking is necessary at least once a day. Wintering flies sucked blood intermittently and lived for at least 4 months, but did not propagate. Average infestation number per host was 0.1-0.3 in winter and 0.2-0.7 in the other seasons. The low density per host throughout the year may primarily be due to host-predation and secondly due to density effect of fly. Periodic fluctuation of the average infestation number from April to September is largely caused by synchronization with the breeding cycles starting soon after awakening. The more bats grew, the more they were infested, its tendency being marked in adult females. Infestation degree corresponded presumably with the degree of hosts' activity at their roost. It was considered that specific and adaptive host-parasite relationship was ecologically influenced by duration of bats' roost utilization, activity at roost, size of cluster and flying pattern, together with the life history of flies.
著者
山ノ内 崇志
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2231, (Released:2023-09-08)
参考文献数
206

サトイモ科の浮遊植物ボタンウキクサは侵略的外来種として外来生物法の規制対象となっているが、琉球諸島には古い分布記録があり、外来性に疑いが持たれる。文献と標本記録に基づきボタンウキクサの外来性を再検討した結果、最も古い記録として、1854年にC. Wrightによって採集された標本と水田の普通種として記録した手稿が確認された。1950年代までの複数の研究者が、ボタンウキクサが沖縄島から八重山諸島にかけて分布し、水田やその周辺で在来水生植物と共に生育することを記録していた。1950年代以前は複数の研究者がボタンウキクサを在来種として扱っており、一方で外来種とした例はなかった。外来種とした最初の見解は1951年にE. Walkerらが標本のラベル上で示したものであり、1970年代以降に外来種とする見解が一般化したが、科学的な根拠を提示した例はなかった。園芸的な栽培・流通は1930年代に始まって1950年代に盛んになり、1970年代から日本本土での野生化が記録され始めていた。根拠が不十分であるにも関わらず外来種とされた理由として、1) 当時は未発表手稿など古い情報の取得が困難だったことと、2) アフリカ原産とする説など研究者の判断を偏らせるバイアスが存在した可能性が考えられた。以上のことから、琉球諸島に古くから分布していた系統のボタンウキクサを科学的根拠に基づいて外来種と見なすことはできず、最近の分子系統地理学的な知見を踏まえると自然分布の可能性を否定できないと考えられた。この系統は現在、生育地の縮小や、導入された系統との競争や交雑といったリスクにさらされている可能性がある。外来生物法による適切な取り扱いのためにも、分類学的な検討や識別法の確立、現状の把握が必要である。