著者
中沢 哲
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
教育哲学研究 (ISSN:03873153)
巻号頁・発行日
vol.83, pp.60-75, 2000

Der Zweck dieses Aufsatzes ist Kants Methodenlehre der moralischen Erziehung zurekonstruieren, indem der Vf. Kants Denkart einer Methode der moralischen Erziehung im Zusammenhang mit der Denkart der Beziehung zwischen "dem naturlichen gesunden Verstande" und dem Begriff des guten Willens in der Grundlegung zur Metaphysik der Sitten betrachtet, urn dadurch Kants Absicht in der Methodenlehre zu klären.<BR>Die moralische Erkenntniskraft des Schülers ist die "gemeine Menschenvernunft". Kant schlagt ein "Bruchstiick eines moralischen Katechismus" als Methode der moralischen Erziehung vor (Metaphysik der Sitten). Dieser sokratische Katechismus wird aus der gemeinen Menschenvernunft im Kind entwickelt. Der Schiüler antwortet mit seinem guten Verstand. Dadurch wird der Schiüler sich "eines solchen guten und tätigen Willens" bewußt.<BR>Die gemeine Menschenvernunft ist der Ausgangspunkt der Entwicklung der Moralphilosophie in der GMS. Kant behauptet, daß der Begriff des guten Willens dem natürlichen gesunden Verstand (der gemeinen Menschenvernuft) beiwohne. Dieser Begriff ist aber bei ihm nicht klar. Kant hat ihn in der GMS geklärt. Das Urteil der gemeinen Menschenvernuft hat seinen Ursprung im Wollen des guten Willens.<BR>Das moralische Prinzip für den Lehrer, der in der moralischen Erziehung "sokratisch zu katechisieren versucht", ist die "dunkel gedachte Metaphysik", d. h. der Begriff des guten Willens. Der Schüer wird durch die moralische Erkenntnistatätigkeit sich des eigenen Wollens des guten Willens klar bewußt. Die Denkart der Beziehung zwischen "dem natürlichen gesunden Verstande" und dem Begriff des guten Willens in der <I>GMS</I> entspricht Kants Denkart in der Methodenlehre der moralischen Erziehung. Das moralische Urteil des Kindes hat seinen Ursprung im eigenen moralischen Wollen. Es ist der erste Schritt zu einer "Revolution in der Gesinnung", sich dieses Wollens bewußt zu sein.
著者
大関 達也
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
教育哲学研究 (ISSN:03873153)
巻号頁・発行日
vol.86, pp.1-16,69, 2002

Die Erfahrung der Differenz und der Heterogenität, die im philosophischen Postmodernismus zur epistemologischen Grundaussage vom "Ende der großen Erzählungen" komprimiert worden ist, zwingt zur kritischen Revision der humanistischen Bildung. Im 34. Salzburger Symposion (1999) ist die Frage aufgeworfen worden, wie unter der Voraussetzung von Pluralität und Relativität der Welten der Bildungsbegriff neu bestimmt werden kann. S. Hellekamps reformulierte anhand von H.-G. Gadamers >Wahrheit und Methode< den Bildungsbegriff als das Gespräch in pluralen Sinnwelten. Aber in dieser Bestimmung sollte die Frage nach der praktischen Vernunft und der Urteilskraft, die m.E. auch unter den Bedingungen der Postmoderne unvermeidbar ist, gestellt werden. In diesem Aufsatz werde ich versuchen, die von Hellekamps neu formulierte These über Bildung zu überprüfen. Dazu werde ich H.-G. Gadamers Kritik an der Aufklärung und seine Erorterungen über die humanistische Tradition rekonstruieren.<BR>Gadamers Kritik an der Aufklärung bedeutet, daß ihr unkritisches Vertrauen auf die Technik die menschliche Urteilskraft und die praktische Vernunft in unserer Zeit lähmt. Aber es kam ihm jedoch auf die Idee der Aufklärung an, auf das Selberdenken und die Bildung der Urteilskraft. Diese Idee ist als die Rhetorik, mit der Gadamer die Redekunst im sozial politischen Bereich meint, konkretisiert worden. Für Gadamer war es wichtig, etwas Abstand vom technischen Denken zu gewinnen, dem ein Vergessen der menschlichen Endlichkeit zugrunde lag, urn die rhetorische Tugend des Aufeinander-Horen-Konnens wieder zu Ehren zu bringen. Daraus kann geschlossen werden, daß das allgemein bereits bekannte Verständnis von Gadamer als dem Vertreter der Gegenaufklärung revidiert werden sollte und daß es sich bei der als Gespräch verstandenen Bildung urn die Idee der Aufklärung handelt.
著者
田中 彰吾
出版者
東海大学
雑誌
東海大学紀要. 開発工学部 (ISSN:09177612)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.7-14, 2006-03-31

この論文は,近代科学という知の形式の問題性について考察し,オルタナティヴな知のありかを展望しようとするものである.考察の手がかりとして,E・フッサール,中村雄二郎という二人の哲学者の科学批判を取り上げる.両者の議論とも,近代科学の問題点を的確に指摘したものとして比較的よく知られている.中村は,科学という知の営みの特徴を,「普遍性・論理性・客観性」という三つの特徴が結合したことに見出している.近代科学は,観察者の主観から自然を切り離し,自然のうちに内在する因果関係を記述することで,ローカルな場所に限定されない普遍的な知識の体系を築き上げてきたという理解である.フッサールは,近代自然科学の知の典型的な起源をG・ガリレイに見出している.ガリレイの試みには,純粋な幾何学図形を適用して自然現象を測定し,物体の運動をはじめとする現象を代数的に表記したという特徴がある.近代科学の視線は,自然を客観的に測定する試みに始まって,逆に測定された姿(理念として把握された姿)こそ真の自然であるとする自然観をもたらしたとフッサールは指摘する.中村やフッサールの議論から明らかになるのは,近代科学の世界観が,世界を直接に経験している主体の場所を排除したということである.これは,身体によって世界のうちに根づいてい,という私たちの素朴な生の事実が,学問から捨象されてきたことを意味するだろう.「身体で分かる」という知のあり方のなかに,学問の主題として発掘すべき知の領域が広がっているのである.
著者
横田 誠 加藤 佳仁 横山 未希子
雑誌
全国大会講演論文集
巻号頁・発行日
vol.54, pp.259-260, 1997-03-12

人間は複雑系に対応して生きて来た。今回, 問題にする楽曲パタン系も, 典型的な複雑系と思われる。楽曲パタン系を扱うのに, 我々は, 数理伝送の立場から, 正規化系という, 射影関係から, その問題に対応しつつある。一般に, 複雑系といった場合, それが全てにかかわる為, その中核となる, 又は, 基礎となる分野とは, そして, その複雑性を減少させる方法とは, ということを考えたい。音楽的系は, 伝子工学系 (一般化された線路・回路伝送工学) の立場からしても, 他の全ての分野の問題系の, 重要な基礎系である。その楽曲パタン系を正規化系としてゆくのも, その複雑性の減少の試みでもある。通常の科学哲学を背景に, 少し前から, ガイア, ファジー, 痛覚, カタストロフ, フラクタル等のいわゆるニューサイエンスの系列上に, フラクタル, カオスがあリ, 一方, 物理系でも, DNA, 人間原理, 超弦理論等と流行し, 今回の複雑系は, これ等を背景に, 最近, 脚光をあひているものである。我々は, 生物的, 意識・行動的機能, に対応する人工的シスてム, について考えを進めている。今回は, その基礎系として, 楽曲パタン系の問題の, 複雑系としての軽減の試みをする。
著者
今井 知正 中村 秀吉 (1985) 丹治 信春 野家 啓一 村田 純一 大庭 健 藤田 晋吾 土屋 俊 長岡 亮介
出版者
千葉大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1985

われわれの研究課題は「現代科学哲学における実在論と反実在論」であったが, われわれは三年間の研究を通じ, 個別的な論点はともかく, この研究課題についての次のような全体的な概観を得ることができた.レーニンの『唯物論と経験批判論』を今世紀の実在論のひとつの出発点として取り上げることができる. 彼は「宇宙は人間が存在する前から存在していた」「人間は脳なしで思考することはできない」という二命題を不可疑とみて, 観念論に対する唯物論を擁護した. しかし, フレーゲとウィトゲンシュタインに端を発する論理的実証主義の言語論的展開は言語を哲学の中心に据えることによって, 〈物質-精神〉の枠組をたんなるひとつの哲学問題としての地位にまで引き下げたのである. 超越的実在を語ることも超越的観念を語ることもわれわれに理解可能な言語を越えることであるから, 従来の実在論と観念論の対立は無意味となった. だが, 論理実証主義の言語論的展開もまた不徹底をまぬかれなかった. そしてタメットが二値原理を基準にして実在論と反実在論を定式化したときにはじめて〈物質-精神〉の枠組自体が撤去され, それに代わって古典論理と直観主義論理の対立が実在論論争の全面に現われてきた. 彼は, われわれの言語の論理を二値原理の貫徹する古典論理であるとすることに疑問を提起し, 二値原理を保持する実在論は幻影ではないかと主張した. 要するに, 〈物質-精神〉の枠組が〈世界-言語〉の枠組に取って替わられたとき, 実在論は劣勢に回ったのである. ダメットの提起した論点はなお検討に値する点を多く含んでいるが, 一言でいってわれわれは, 実在論と反実在論の対立の根本問題が指示の理論における言語の役割と言語理解の問題にあると結論することができる. そしてこれはまたわれわれの研究の次の課題でもあるのである.
著者
落合 仁司
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.81, no.3, pp.555-579, 2007-12-30

宗教の根本的な対象である神あるいは仏は伝統的に無限なるものと捉えられて来た。この神あるいは仏の無限を数学的な集合論における無限と捉え直すことによる帰結を解析する、それが宗教解析である。宗教解析において清沢満之の宗教哲学は避けて通れない。清沢は神あるいは仏を無限、われわれ人間を有限と捉えることにより、自力と他力の宗教の差異を鮮やかに浮び上がらせた。本論は清沢の無限、自力、他力等の概念を再構成し、それらを集合論における超限順序数、極限順序数、有限順序数の補集合等によって表現し、その帰結を解析する。結果として神あるいは仏の完備性(completeness)及び自力と他力の等濃性(equipotency)が導かれる。
著者
石井雅之
出版者
筑波大学哲学・思想学会
雑誌
哲学・思想論叢 (ISSN:02873702)
巻号頁・発行日
no.23, pp.1-17, 2005-01-31

本稿は、アリストテレスの著作とされる『ニコマコス倫理学』と『エウデモス倫理学』の解釈および両書の関係理解にもちこまれてきた倫理観等を明らかにすることを目的とする研究の一環である。以下、それら二倫理学書のそれぞれにおいて、政治に対して ...
著者
高橋 正樹
出版者
日本分類学会
雑誌
データ分析の理論と応用 (ISSN:21864195)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.1-28, 2021-08-01 (Released:2021-11-09)
参考文献数
37

日本分類学会初代会長の林知己夫先生を囲んで,「木曜会」と称する研究会が,1990 年代より2002 年に氏がお亡くなりになる前年頃まで月1 回程度のペースで開催されていた.村上征勝氏(当時,統計数理研究所)を事務局に,当初は渋谷駅に近い桜ヶ丘の林事務所で,後には参加者が増えたこともあり統計数理研究所の会議室で,数名から10 数名が集まっていた.初期には林先生の各方面での研究の講義,後には参加メンバーの各々が自分の研究を発表し,気楽な茶飲み話のような雰囲気で互いに講評をするというものであった.その中で高橋正樹氏の発案で林先生への公開インタビューが,2001 年に全3 回開催された.本稿はその第2 回分を収録したものである.第1 回及び第3 回(の一部)はそれぞれ『行動計量学』(高橋, 2004),『社会と調査』(高橋, 2012)に掲載された.今回で全3 回分が公開されることになり,すべてがJ-stage 等を通じてWeb 上で一般にダウンロードが可能となる.本インタビューを含め,戦後統計学の大きな柱の1 つであった林先生の科学者としての哲学と,また今日でも通ずる「科学者のあり方」,データ取得のプロセスからデータ解析,政策立案への提言までの全体を俯瞰した真正の「データの科学」,そして社会的課題解決のための本当の学際的「共同研究」のあり方について,読者の方々が深い思いを寄せる機会となれば幸いである.(編集委員長吉野諒三)本稿は公開インタビューとして行われた第2 回分をまとめたものである.事前に告知したタイトルは「共同研究の意義と方法:統計学者の立場から」であった.テープ録音を高橋が文章に起こし,林先生自身が一度目を通され,テープの余白部分の追加・加筆,録音時に不明だった点や表現,人名の確認などといった修正・補足をしていただいている.なお,一連のインタビューは,実は当初から3 回分を予定していたわけではなく,この2 回目の「共同研究」というテーマは林先生自身から発案があったものである.「日本人の読み書き能力調査」をはじめ数多くの共同研究に関わり,その中で数量化理論等が創り上げられていったことを考えれば納得できるテーマ設定である.様々な調査や研究の経験については,それまでにも書かれたり話されたりする機会は少なくないのに対し,共同研究という切り口からのものはほとんどない1.内容は大きく3 つのパートに分けられる.冒頭ではまず共同研究とはどのようなものかについて語り,続いてその背景となった個人の研究史や共同研究の経験について触れている.そのうえで,共同研究はどうあるべきかについて言及している.その内容は研究そのもののあり方にも及び,3 回の中で最もメッセージ色が強いものともなっている.あらためて整理していると,統計学さらには「データの科学」の発展には共同研究が欠かせないのだという強い思いが,この発案にあったことを感じる.(なお,以下,全体を通じて,林文編集顧問と吉野編集長が論文誌の体裁に整備してある.脚注の中で,(T)及び(Y)はそれぞれ高橋と吉野による注釈を示す.)(高橋正樹)
著者
大谷 弘
出版者
The Philosophy of Science Society, Japan
雑誌
科学哲学 (ISSN:02893428)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.45, 2024-03-31 (Released:2024-03-31)
参考文献数
26

Several studies on later Wittgenstein's notion of picture have recently emerged in Japanese literature. Here, I critically examine three of them: Ohtani (2020), Furuta (2020), and Noya (2022). My contentions are twofold. First, the disagreement between these studies lies in the fact that Noya supposes a common core shared by Tractatus's notion of picture and that of Philosophical Investigations, while Ohtani and Furuta deny this core. Second, Furuta and Noya fail to provide a conception of picture that contributes to the understanding of Wittgenstein's text, while Ohtani alone proposes an illuminating notion.