著者
服部 恭也 石川 芳治 西谷 香奈 臼井 里佳
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-03-10

2013年10月、伊豆大島では平成25年台風第26号の通過に伴う豪雨により土砂災害が発生し、甚大な被害に見舞われた。その後も降雨のたびに崩壊斜面の地表が削られ、下流の民家などにも泥水が流れてくる状況が続き、住民は不安を抱えていた。2014年11月、斜面の安定を目的として、発芽力のある外来種を含む植物(マメ科草本、ヤシャブシなど)の種子が東京都によって航空実播された。散布された植物はやがて島の自然植生に移行すると想定されているが、一部の住民からは、島内の植物に与える影響を心配する声も聞かれた。伊豆大島ジオパークでは「ありのままの変化を住民みんなで見守り、考え、納得して暮らすことが大切」と考え、住民からの参加を募り、2015年3月14日から崩壊斜面のモニタリング調査を開始した。伊豆大島ジオパーク推進委員会が中心となり、東京農工大学、環境省、大島支庁土木課の協力を得て、雨量その他の気象状況、流出土砂量、植生の回復状態の調査を1~2ヵ月毎に継続実施している。今回は、2016年3月までの1年間の調査経過・結果と、今後の課題を報告する。
著者
内出 崇彦 堀川 晴央 中井 未里 松下 レイケン 重松 紀生 安藤 亮輔 今西 和俊
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-05-19

2016年熊本・大分地震活動は2016年4月14日の夜(日本時間)に始まり、布田川断層帯、日奈久断層帯や火山地帯に及んだ。最初の大地震(イベント #1)は4月14日21時25分に発生したMw 6.2の地震で、その後、15日の0時03分にMw 6.0の地震(イベント #2)が起こった。最大の地震(イベント #3)はMw 7.0で、16日1時25分に発生した。個別の地震の強震動のみならず、長引く大地震、中規模地震によって、住民は苦しめられている。地震活動は、布田川断層帯・日奈久断層帯、阿蘇北部地域、別府・由布院地域と、3つの離れた場所で活発になった。本研究では、以下の問題に取り組んだ。ひとつは、なぜ断層が1つの大地震でなく、3つの別々の大地震で破壊されたのかということである。もうひとつは、なぜ地震活動に空白域が見られるかという問題である。 まず、本地震活動の震源の再決定をhypoDDプログラム(Waldhause and Ellsworth, 2000)を用いて行った。その結果、布田川・日奈久の両断層帯に対応する地下の複雑な断層形状が明らかとなり、北西傾斜の断層とほぼ垂直な断層が見つかった。イベント #1の震源はほぼ垂直な断層に、イベント #2の震源は傾斜した断層にあることがわかった。イベント #3の断層は別の垂直な断層にあり、傾斜した断層とぶつかる場所に近いことがわかった。これは発震機構の初動解にほぼ対応する。おそらく、断層形状が急激に変わるところで破壊伝播が食い止められ、それと同時に次の地震の開始にも寄与しているものと考えられる。これによって、3つの大地震が次々と起こるという結果になったと考えられる。 布田川断層と阿蘇北部の間の地震活動の空白域(「阿蘇ギャップ」と呼ぶ)はイベント #3によって破壊されたということが、国立研究開発法人 防災科学技術研究所(防災科研)の基盤強震観測網(KiK-net)のデータを用いた断層すべりインバージョン解析によって明らかになった。おそらく、イベント #3によって阿蘇ギャップが、余震が起こる余力もなくなるほど完全に破壊されたためであると考えられる。これは阿蘇山の構造に関連したものであると考えられるが、これ以上の議論のためには、詳しい構造モデルやその結果の断層挙動を調べる必要がある。 由布院では動的誘発地震が発生したことが、防災科研の強震観測網(K-NET)とKiK-netの地震波形データにハイパスフィルタをかけたデータを見ることによってわかった。動的誘発地震はよく火山地帯で発生することが知られている(例えば、Hill et al., 1993)。16 Hzのハイパスフィルタをかけた地震波形の振幅を、近くで発生したMw 5.1の地震(2016年4月16日7時11分)のものと比べることで、誘発された地震の規模をM 6台半ば程度であると見積もった。これは、合成開口レーダー「だいち2号(ALOS-2)」による干渉画像で見られる変形の長さや、イベント #3が発生した直後に地震活動が活発化した地域の長さとも調和的である。地震の動的誘発によって、由布院と阿蘇北部との間には、結果として空白域が生じたものである。 われわれのデータ解析によって、2016年熊本・大分地震活動の奇妙な振る舞いを引き起こしたメカニズムが明らかになったが、まだ多くの問題が残っている。どのようにして複雑な断層が入ったのか、阿蘇ギャップと阿蘇山との関係といった問題である。この地震によって火山活動がどのような影響を受けるかという点も注目すべきである。地震や火山による災害の推定を改善するためにも、これらの研究は重要である。 謝辞本研究では、気象庁一元化処理地震カタログの検測値を使用した。検測値には、気象庁、防災科研、九州大学が運用する地震観測点のデータを含んでいる。また、防災科研の高感度地震観測網(Hi-net)、KiK-net、K-NETの地震波形データ、F-netのモーメントテンソルカタログを使用した。Global CMTプロジェクトによるモーメントテンソルカタログも使用した。
著者
川瀬 博 松島 信一 長嶋 史明 宝 音図
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-05-17

今回の熊本地震における被害の発生要因を理解するため、我々は4月29日から5月1日にかけて、益城町および西原村において、被害状況の観察と微動調査、および余震観測点の敷設を行った。まず益城町役場周辺の被害集中の原因に関して推察することができるだけの情報を抽出したので、それらの結果をもとに被害集中の原因に関する仮説の構築を行った。まず益城町中心部での被害集中の特徴を調査結果に基づいて整理した。益城町中心部での被害は、東西方法は国道443号線の西から始まり県道235号線の東まで(約1.5km~2km)、南北方向は県道28号線の両側、幅約±300mの領域に広がっている。その特徴は以下の通りである。①被害集中域では、旧耐震の構造物だけでなく、新耐震の構造物も被害を受けている事例がある。②一方、旧耐震の構造物でも外見上大きな被害が見られず生き残っている建物も多数存在している。③子細に見ると被害域は東西方向に帯状に分布し、ある程度連続している。④倒壊した建物の倒壊方向は高い確率で東西方向となっている(添付写真)。転倒した墓石もほぼ東西方向(断層並行方向)に転倒している。⑤被害集中域の東西ラインを横切る南北方向の舗装道路においてはほぼ必ず顕著な地盤変状が見られる。次に益城町の被害集中域において、約100m間隔で格子状に700m✕1kmの領域で微動計測を行った。益城町役場を中心とする南北測線の北端・中央・南端の3地点での水平上下比(MHVR)を比較したところ、観測されたMHVRは2~3Hz付近にピークを持ち、そのピークレベルは約4~5倍であり、地下構造にはそれなりのインピーダンスコントラストがあることを示唆しているが、3地点でのMHVRの違いはわずかであり、それをもたらしている表層地盤の空間的差異で被害集中を説明することはできない。さらに、益城町役場に置かれていた自治体震度計の観測波形を用いて、兵庫県南部地震の観測被害に対して構築した木造2階建用の非線形応答解析モデルにより、推定被害率を計算した。その結果、前震・本震いずれもEW成分に対してより大きな被害が発生するという結果が得られた。またその計算被害率は最大の被害率が計算された本震のEW成分に対しても高々30%程度に収まり、決して大きな破壊力を持った地震動とは言えないことがわかった。以上の調査結果、および本震発震点座標、さらに産総研GSJがまとめた活断層マップとInSARの地殻変動図を参照すると、今回の益城町中心部における被害集中は、観測された強震動そのものが原因というよりも、強震動とそれに伴って発生した地殻変動およびそれによる地盤変状の発生が複合的に作用した結果、生じたものと推察される。その理由は以下の通り。1)地震動は確かに強烈だが、観測されているほどの大被害を出すレベルではない。2)横ずれ断層で卓越するはずの断層直交成分ではなく平行成分の被害が卓越している。3)被害の帯は東西方向に連続し、南北方向には連続していない。連続する東西方向の被害帯を横切る道路には高い確率で地盤変状が見られた。4)上記被害帯の内側では新耐震の建物も壊れているケースがある一方、その外側では旧耐震の脆弱そうな建物でも軽微な被害に留まっているケースが多く見られる。「地震動のみによる震動被害」ではそうはならないはずである。5)被害集中域の内外で地盤構造に大きな違いがある可能性は低い。6)GSJの活断層マップでは県道28号線沿いに分岐小断層(地震本部報告では木山断層)が引かれている。その西縁は被害集中域のスタート位置に当たる。これは被害集中域では過去の断層変位が広い幅に分布してきたためではないかと推察される。InSARの変動分布も木山断層までは明瞭な線が見いだせるが、その西側では幅1km、長さ2kmにわたって変動が明瞭でない領域が形成されている。7)本震発震点は上記分岐断層の西側延長上にあり、布田川断層主部に合流するまでの分岐断層が地表変位の北端であるとInSARから推定できる。謝辞本報告には科学研究費補助金、特別推進研究費(代表者:清水洋)によるサポートを受けた。微動調査には川瀬研究室・松島研究室の学生諸君の協力を得た。記して感謝の意を表す。
著者
中尾 茂 八木原 寛 平野 舟一郎 後藤 和彦 内田 和也 清水 洋
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-03-10

The earthquake (JMA Magnitude 7.1) occurred on November 14, 2015 in the area of west off Satsuma peninsula. The epicenter is located in Okinawa Trough where is in about 160 km west from Makurazaki City in Kagoshima Prefecture. This earthquake is one of the largest earthquakes in this area. Seismicity in this area is low in last twenty years. Two continuous GNSS sites are operated by Kagoshima University, one is UJIS site in Uji island which is 84 km to east from the epicenter and the other is MESM site in Meshima island which is 121 km north from the epicenter. At UJIS seismic observation is also operated by Kagoshima University and it is operated by Kyushu University at MESM. We went to those sites in order to get GNSS and seismic data because GNSS and seismic data are not telemetered at those sites. In this research, co-seismic crustal deformation and activity of aftershocks are reported.We relocated the main shock and aftershock until 10:00 on November 16. Length of aftershock area is about 60 km. Its Strike is the same of Okinawa Trough. The epicenter of the main shock is located at the south-west end of the aftershock area and maximum aftershock, which is occurred on November 15, is at north-east end. Activity of aftershock in northern part of aftershock area is high. However, in southern part it is low except aftermath of occurrence of the main shock.GNSS data analysis is by Bernese GNSS software Ver. 5.2 with CODE precise ephemeris. Daily site coordinates of UJIS and MESM are calculated with GEONET sites. Coseismic deformation is estimated by the difference between two days averages before and after the main shock. Displacement at UJIS and MESM is 0.82 cm and 0.65 cm, respectively. The theoretical coseismic deformation is estimated by a strike slip fault model (Okada, 1992). Fault length, strike, dip angle and fault position are estimated by the length of aftershock area. Fault width is assumed a half of the fault length. Amount of fault slip is estimated by the relationship between earthquake magnitude and moment (Sato, 1979). JMA moment magnitude 6.7 is used (JMA, 2015). Theoretical displacement at UJIS and MESM is 1.3 cm and 1.1 cm. Direction of observed displacement is coincident with that of theoretical displacement. However, amount of observed displacement is smaller than theoretical one.
著者
東宮 昭彦
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-03-10

マグマ溜まりおよび噴火直前マグマプロセスとその時間スケールに関しては,近年理解が進んでいる[たとえば東宮 (2016: 火山特集号) のレビューとそこで引用した各文献を参照].熱的に維持されていないマグマ溜まりは,冷却固化しやすいためにマッシュ状(結晶含有量が40〜50%以上で高粘性のためほとんど流動できない状態)にあることが多い.この場合,噴火するためには,マッシュ状マグマ溜まりを「再流動化」(例えば加熱)させ,「噴火可能なマグマ」(地表に向け上昇できるほど低粘性のもの)を用意する必要がある.こうした火山では,何らかのトリガー(深部からの高温マグマの供給など)が与えられても,ただちに噴火はしにくい.逆に,噴火可能なマグマが既に溜まっている火山では,トリガーがあれば短時間で噴火が可能であろう.従って,噴火休止期間と噴火トリガーの時間スケールとは正相関し得る.Passarelli and Brodsky (2012: Geophys. J. Int.) が指摘した噴火休止期間と前兆期間の正相関の一部は,これに対応するかもしれない.数十年以内の間隔で噴火を繰り返す活火山には,噴火可能なマグマが溜まっている可能性が高い.例えば,有珠火山の歴史時代の噴火(1663年〜)の場合,各噴火の斑晶の累帯構造の比較から,この間のマグマ溜まりは斑晶の成長および元素拡散が効果的に起こる温度以上にあったことが分かっている (Tomiya and Takahashi, 2005: J.Petrol.).また,斑晶(磁鉄鉱)の元素拡散から見積もった噴火直前過程(直前のトリガーから噴火まで)の時間スケールは数日程度であり,これは記録・観測された前兆地震期間と整合的であった.マグマ溜まりに「噴火可能なマグマ」が存在していたために,トリガーから数日以内に噴火が起こったと考えることができる.噴火の間隔(休止期間)が数百年になると,噴火可能なマグマは存在しても少量であろう.例えば新燃岳2011年噴火は,前回のマグマ噴火から約200年が経過していた.岩石学的解析から,噴出物の主体をなす混合マグマはマッシュの再流動化でできていること,その生成には数十日以上,おそらく前兆地殻変動期間である1年程度を要したと見積もられた (Tomiya et al., 2013: Bull.Volcanol.).[なお,噴火を最終的に引き起こした直前トリガーは噴火のおよそ3日以内と見積もられ,この時点では噴火可能な状態が整っていたと考えられる.]休止期間が数千年になると,噴火可能なマグマはほぼ無くなっているだろう.例えば有珠火山1663年,樽前火山1667年,北海道駒ヶ岳1640年噴火が該当する.このうち有珠火山1663年噴出物中の斑晶は,自形かつ均質でマグマから平衡に晶出したと考えられるので,結晶サイズ分布 (CSD) からマグマ中の滞留時間を見積もったところ,およそ102〜103年(ただし誤差が1ケタ程度ありうる)であった (Tomiya and Takahashi, 1995: J.Petrol.).つまり,噴火可能なマグマの準備におそらく数十年程度は要したと考えられる.[なお,樽前や北海道駒ヶ岳の斑晶はきわめて不均質/非平衡であるため同じ手法が使えない.]休止期間以外にも,たとえばマグマ溜まりの深さ(圧力・含水量)が噴火直前過程に影響を与え得る.高圧・高含水量の条件では,より低温でマッシュの融解が進行し,多くの珪長質メルト(e.g., 流紋岩マグマ)を効率的に生産できる.高含水量では珪長質メルトの粘性も低く,融解で結晶粒間に生じたメルトが分離・集積しやすい.逆に,低圧・低含水量では,マッシュの融解に高温が必要で,珪長質メルトの生産効率は低い.前述の有珠火山1663年マグマのマグマ溜まりの条件は,高温高圧実験により 約250MPa (10km)・780℃ と見積もられた (Tomiya et al., 2010: J.Petrol.).一方,樽前火山1667年および北海道駒ヶ岳1640年マグマについて,MELTSでマグマ溜まりの条件を予察的に求めたところ,いずれも約100MPa (4〜5km)・900〜950℃ と低圧・高温になった.有珠火山1663年は斑晶に乏しい流紋岩マグマであり,高圧・高含水量・低温で効率的に流紋岩質メルトが生成・分離・集積して噴火した可能性がある[均質な斑晶はメルト分離後に成長した].一方,樽前と北海道駒ヶ岳は斑晶に富む安山岩マグマであり,低圧・低含水量のもと,「噴火可能なマグマ」の生産に高温を必要としたとともに,珪長質メルトが分離せずマッシュの結晶ともども噴火したと考えられる.
著者
津久井 雅志
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-03-10

9世紀の巨大地震と火山活動の概要歴史時代の文献記録をまとめると,9世紀,15世紀末~16世紀,17世紀半,18世紀後半の噴火集中,19世紀半ばの地震・噴火などに「活動の集中期」があるように見える.ただし,発現のしかたは一様ではなく,時代ごとに違いが見られる.発表者は,9世紀の東日本~中部日本の地震・噴火活動を,2011年東北地方太平洋沖地震前に,地質,考古,文献に基づき以下のようにまとめた(津久井ほか,2007(地球惑星関連合同大会);津久井ほか,2008(火山)).1)富士山(800AD延暦噴火,838~864AD頃,864AD貞観噴火)・伊豆弧(伊豆大島(838ADころ~886ADにN3,N2,N1の3 噴火),新島(857ADころ,886ADの2噴火),神津島(838AD),三宅島,832AD?,850ADころ山頂噴火→山腹割れ目噴火の2噴火)の火山活動が極めて活発であり,鳥海山(810~823AD,871AD),新潟焼山(887AD?)でも噴火があった.2)日本海東縁沿い(秋田平野(830AD),庄内平野(850AD),越後平野(863AD)),糸魚川‐静岡構造線活断層系中~北部(841ADないし762AD),長野盆地西縁(887AD)?,関東内陸(818AD),北伊豆(841AD),伊勢原(878AD),南海トラフ(887AD)および東北沖(869AD,貞観地震)などで規模の大きな地震活動があった.3) 20世紀後半以降,9世紀の地変と重なる地域で地震・噴火が起きている,アムールプレートの東進が駆動力か?地震・噴火集中の直接的な原因は明らかではないが,連動したと考えられる噴火・地震はアムールプレートの境界に沿って800kmに及ぶ.大局的にはアムールプレートの東進(東日本に対して2cm/yr)による東西圧縮(石橋,1995,地質ニュース)に起因していると理解できる.日本海東縁ではアムールプレートは東日本(オホーツクプレートないし北米プレート)に対して沈み込み,糸魚川‐静岡構造線活断層系北部では東日本がアムールプレートに対し衝上する.一方,南海トラフではアムールプレートはフィリピン海プレートに沈み込まれる.その間にある糸魚川一静岡構造線活断層系中部は,左横ずれ成分を持ちながらアムールプレートを断ち切って沈み込み方向転換をする役割を担っている.9世紀の地震のうち起震断層を推定できたものは,東西圧縮と調和的な逆断層成分,横ずれ成分を持っている.このような条件下で固有の再来間隔が百数十年(南海トラフ)から千年以上(内陸地震)であるそれぞれの起震活断層が,短い期間に相次いで変位したのであろう.地震と火山活動の関連についての視点からみると,巨大地震のあとに火山活動が活発になった例は,869AD貞観東北沖地震のあとの871AD(貞観十三年)鳥海山噴火や,887AD仁和南海トラフ地震・長野盆地西縁断層地震直後?の新潟焼山噴火が挙げられ,これに915AD十和田を含めることができるかもしれないが,必ずしも巨大地震の後に一斉に火山活動が活発になるわけではない.伊豆諸島の噴火や864AD富士山貞観噴火は貞観東北沖地震や仁和南海トラフ地震に先立って噴火しているように見えるので,9世紀の場合は,巨大地震で圧縮応力が開放されてマグマの上昇が容易になる,というモデルで統一的に説明することは難しい.20世紀後半以降の地震・噴火20世紀後半には伊豆諸島(三宅島(1962AD,1983AD,2000AD(大規模貫入と2500年ぶり山頂カルデラ形成)),伊豆大島(1986AD(560年ぶり山腹割れ目噴火)),伊東沖噴火(1989AD(有史初めて))の噴火,日本海東縁沿い(新潟(1964AD,M7.5),日本海中部(1983AD,M7.7),北海道南西沖(1993AD,M7.8),新潟県中越(2004AD,M6.8),能登半島 (2007AD,M6.9),新潟県中越沖(2007AD,M6.8))で地震があり,9世紀との類似性を指摘していた(津久井ほか2007,2008前出)ところ,2011年3月11日に9世紀の貞観地震とよく似た東北地方太平洋沖地震(M9.0),翌日に長野盆地西縁断層北東延長で長野県北部地震(M6.7),2014ADに糸魚川‐静岡構造線活断層系北部で長野県神城断層地震(M6.7)が発生した.改めて9世紀の地変との類似性を意識して検討すべきである,と考えるに至った.しかし,9世紀の伊豆諸島の噴火ではマグマの頭位が高かったのに対し,20世紀後半以降マグマの貫入現象が目立ち三宅島では陥没カルデラが形成されるなど,噴火時の応力状態は異なっていたと考えられる.また,地震・噴火の発生の順序に規則性を見つけることも難しい.現時点でそれぞれの火山,震源断層の再来期間を考えると,平均的な再来期間を過ぎている糸魚川-静岡活断層系(と富士川河口断層帯),間もなく平均再来期間に達する南海トラフ,富士山噴火について注意深く監視を続けるべきだと考えている.
著者
宝田 晋治 星住 英夫
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-03-10

火砕流は,火山体周辺に多大な災害をもたらす.特に大規模火砕流の場合は,1883年のクラカタウ火砕流による犠牲者数36,400人などで明らかなように被害も甚大となる.国内の大規模火砕流としては,90kaに発生した阿蘇4火砕流は到達距離が 160km以上に達しており,分布・体積の正確な把握や流動堆積機構の解明が重要となってきている.阿蘇4火砕流の詳細な影響範囲の把握のため,既存文献,ボーリングデータを元に,現地調査結果を加え,堆積物の分布を明らかにした上で.噴火当時の復元分布図を作成した.また,5kmのメッシュごとに層厚を復元し,高精度に噴出量を算出した.さらに,現地調査により,大規模火砕流堆積物の岩相変化.軽石及び岩片の最大粒径の変化に基づく,流動堆積機構の検討を行った.現存する堆積物の分布については,産総研の5万分の1地質図幅を基本とし,刊行されていない地域に関しては20万分の1地質図幅や表層地質図の他,出版済みの文献を参照した.これらから阿蘇4火砕流堆積物の分布をGIS上でトレースし,現存分布図を作成した.また,噴火直後の推定分布図は.地形状況と噴火時点での地質を考慮した上で,文献情報,ボーリング情報を元に再現した.現存堆積物の分布は,火砕流が全方向に広がり,給源から北北東160km以上の萩市周辺にも到達し,南は,人吉盆地,宮崎市周辺まで到達したことを示している.現存堆積物の面積は,約2,500km2となった.層厚については,地質図,露頭データ.ボーリング柱状図を用いて,火砕流堆積物の上端高度,下端高度を5kmメッシュ毎に数点以上読み取った上で,メッシュごとの平均層厚を算出した.平均層厚は,カルデラリム周辺で最大約100mを示し,中流域では,0.2〜50m前後,下流域では0.01〜10m程度となった.GISソフトウェア上で,メッシュ毎の分布面積を算出し.層厚を乗じてメッシュ毎の見かけ体積を算出した.その上で,溶結,非溶結の量比などを勘案した上で,メッシュ毎の堆積物の平均密度を算出し,火砕流堆積物の体積(DRE)を算出した.その結果,降下テフラ分を除く阿蘇4火砕流堆積物の体積は,20-60km3 (現存体積),50-140km3(復元体積)となった.阿蘇4火砕流の流動堆積機構の解明のため,火口近傍から160km遠方の露頭まで,カルデラから東方向と北北東方向の流域で現地調査を行い,岩相変化,軽石と岩片の最大粒径の変化を明らかにした.最大粒径は,ラグブレッチャ以外の火砕流本体に対して,各露頭毎に軽石と岩片についてそれぞれ10個長径と短径を測定し,最大と最小のサンプルを除いた8サンプルの算術平均から,各地点での最大粒径を求めた.流走距離ごとに,軽石の最大粒径をプロットする(図)と,給源(カルデラの中心付近, 中岳第1火口を仮定)から16kmまでの地点では,3〜9cmと比較的小さく,17〜20km地点では約28cm,26km地点の火砕流到達前の原地形の傾斜変換点付近(小国町周辺)では47cmと最大値を示し,その後,72km地点まで次第に減少し,3cmとなる.海を渡った山口県内では,最大粒径は,132〜162km地点で0.4〜0.9cmと非常に小さくなる.岩片の最大粒径は給源から6.5km地点では1〜2.5cmと比較的小さく,16km付近で11.2cmと最大になり,その後は単調に減少し,72km地点で0.6-0.9cmとなり,北九州の117km地点の折尾の露頭では,0.3cmと非常に小さくなる.山口県内の露頭では,肉眼で測定可能な岩片はほとんど含まれていない.これらの結果は予察であり,今後より詳細なユニット対比,岩相変化,粒径変化等の現地調査を予定している.給源付近で軽石や岩片の最大粒径がやや小さいことは,大規模火砕流発生時に,この付近は噴煙柱の内部もしくは近傍で,乱流度が高く.火砕流の運搬能力が十分高かったことを示唆している.軽石の最大粒径が傾斜変換点の26km地点付近で最大となっていることは,火砕流が傾斜変換点に達し,ハイドローリックジャンプ等の現象で急激に運搬能力が落ちたため,運びきれなくなった軽石を多量に落としたことが原因である可能性が高い.軽石や岩片の最大粒径が単調に減少することも,乱流状態の火砕流の基底部から順次より大きい軽石や岩片が堆積したと考えることが可能である.堆積物の内部構造として,火砕流の内部には,逆級化した層厚20〜70cm程度の弱い層理構造が見られる場合がある.このことは,軽石同士の堆積時の相互作用を示唆し,火砕流の基底部に比較的高濃度な密度流が形成され,堆積サブユニットを形成しつつ順次堆積したモデルでうまく説明できる.海を渡った山口県内の火砕流は層厚10cm〜6m程度であり,軽石の最大粒径は1cm以下で非常に小さく,肉眼で認識できる岩片はほとんど含まれていない.部分的にやや高度の高い部分では,サージ状の岩相を示す.このことは,遠方まで運ばれた火砕流は,最後まで残った比較的低密度で細粒部分のみが160km以上の地点まで到達したことを示唆する.
著者
都司 嘉宣
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-03-10

[津波特異点とは] 過去幾度かの津波の来襲を経験してきたある一地方の海岸で,いつも決まった場所で津波が周囲の他の点より高く現れる場所が存在することがある.A.宮古湾の最奥部に位置する赤前,B.房総半島の旭市飯岡,能登半島先端部,隠岐諸島,島根半島,C.奥尻島南端の青苗,佐渡島の北東端,D.伊豆下田,奥尻島青苗の東の初松前,E.尾鷲市賀田,F.ハワイ列島,トンガ国ニアウトプタプ島,などもこのような場所である.このような場所を「津波特異点」と呼ぶことにしよう.このような場所が存在する理由を対応する小文字で記していくと(a)V字湾の最奥部,(b)舌状に浅海部が沖に突き出た海底地形がある場合にその根元に当たる点,(c)半島の先端,(d)半島を回り込んだ直背後の点,(e) 湾の基本固有振動の腹点,(f) 周辺に広い陸棚斜面海域を従えた大洋中の孤島,のどれかに当たっていることが多い.実は大阪も(e)の特異点と考えられる.以上のような津波特異点は,複数の津波の過去事例のデータから気づかれることが多いが,(a)を除いて,住民からも防災行政からも意識されていないことが多い.本研究でも筆者らは2つの津波特異点を見いだした.若狭湾の舞鶴市大浦半島と,和歌山県御坊市海岸である.[若狭湾の津波特異点] 若狭湾に突き出た大浦半島の先端の海岸で津波の浸水高が大きくなることは,1983年日本海中部地震,および1993年北海道南西沖地震の両津波による高さ分布に見ることができる.大浦半島の先端部に位置する野原と小橋は,この2回の津波のいずれにおいても分布のピークを示しており,大浦半島の先端部が著しい津波特異点であることを示している(上述の理由(c)).しかるに,この両集落は,海と集落の間に砂浜しかなく,集落を津波被害から守るべき堤防が全くない状態に置かれているのである.[御坊市の津波特異点] 和歌山県御坊市の中心市街地は,宝永地震(1707),安政元年(1854)の安政南海地震の両度の津波のさい,中心にある浄国寺の本堂入り口の雨だれ石まで(宝永,2.8m),および寺門前の街路まで(安政南海,2.5m)であって,いずれも御坊は市街地の半分の浸水にとどまり,軽い被害ですんだ,と考えられてきた(都司ら,1996).ところが,安政南海地震の数値計算をしてみると,御坊の前面で津波は高さ9.0mに達するという結果が出てくる.古文献の記載と数値計算結果とがあまりに違いすぎるので,数値計算がどこかで間違っているのでは,とプログラム,計算過程をしらみつぶしにしらべてもどこにも誤りはない.調べてみるとこういう事であった.当時名屋浦と呼ばれた御坊市中心街の東側を流れていた日高川の流路は,海岸線付近まで近づいて,ここで砂丘に行き当たり,砂丘を隔てて海岸線に平行に塩屋の集落の西側を南東に約1km余り進んで,王子川に合流してここでやっと太平洋に注いでいた.御坊の中心街を襲った歴代の南海地震の津波は,実は砂丘を乗り越えてきた直接の波ではなく,海岸部で曲がりくねった日高川の河口から迂回して入った波だったのである.この夜に海岸部で迂回した日高川は,津波の直撃から御坊の町を守るのには役に立っても,洪水のとき,大量の流水を海に流し出すことが出来ず,御坊はしばしば洪水の大災害をこうむってきた.そこで,明治期から現在まで日高側の河口は,河口部の砂丘が削られ消滅し,御坊の中心街の前面が直接太平洋に接するようになった.洪水の被害が軽減され,かつ大型船の入港が可能となってめでたしめでたし,であるが.宝永,安政南海の2度の南海地震の津波の被害を軽減してくれた日高側河口の砂丘は,今は無いのである.御坊市の行政はこのことに気がついて居るであろうか? 参考文献都司嘉宣,加藤健二,荒井賢一,1994,1993年北海道南西沖地震による津波,その2,科研費突発災害研究,No.05306012,(代表:石山祐二),65-78都司嘉宣,岩崎伸一,1996,和歌山県沿岸の安政南海津波(1854)について,歴史地震,169-187
著者
村岸 純 西山 昭仁 矢田 俊文 榎原 雅治 石辺 岳男 中村 亮一 佐竹 健治
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-03-10

都市の脆弱性が引き起こす激甚災害の軽減化プロジェクトの一環として,本研究では17世紀以降に関東地方に被害を及ぼした地震を対象とし,既刊地震史料集に所収されている史料に基づいて地震史料データベースを構築している.近代的な機器観測による記録がない歴史時代の被害地震について,被害分布や地震像などを検討するためには,史料の収集とその記述内容の分析が必要である.地震史料の調査・収集は20世紀初頭から開始されており,これまでに刊行された地震史料集は全35冊(約28,000頁)に及ぶ.しかしながら,これらの既刊地震史料集には,「史料」以外にも様々な種類の「資料」が収められており,自治体史や報告書の叙述からの抜粋記述なども含まれ,玉石混淆の状態にある.そのため,データベース化に際しては歴史学的に信頼性の高い史料のみを選択し,原典に遡って修正や省略部分の補足を行う校訂作業を実施している.なお,本研究で構築しているデータベースは,既存の「古代・中世地震・噴火史料データベース」や「ひずみ集中帯プロジェクト古地震・津波等の史資料データベース」と同様に,史料本文のテキストにはXML言語を使用している.また本研究では,安政二年十月二日(1855年11月11日)の夜に発生して,江戸市中や南関東一円に甚大な被害を与えた安政江戸地震について,新史料の調査・収集や既存の史料に関する分析を実施した.千葉県域では新たな史料を収集し(村岸・佐竹,2015,災害・復興と資料,6号),茨城・神奈川県域では収集した史料の再検討を行った(村岸ほか,2016,災害・復興と資料,8号,印刷中).さらに,被災地である関東地方からより離れた遠地で記された有感記録についても既刊地震史料集に所収されている史料を用いて検討した.地震発生当日の十月二日夜に遠地で記録された史料を選び出し,その中から「夜四ツ時」や「亥刻」と記されている信頼性の高い日記史料のみを選定した.このようにして厳選された史料にある遠地での有感記事に基づいて,震度を推定した.また,有感記事が記された当時の場所について,他の史料や当時の絵図,日本史における研究成果などに基づいて現在の地名を調査・検討し,その緯度・経度を導き出して遠地での有感記録の分布図を作成した.付記)本研究は文部科学省受託研究「都市の脆弱性が引き起こす激甚災害の軽減化プロジェクト」の一環として実施された.
著者
野村 律夫 高須 晃 入月 俊明 林 広樹 辻本 彰
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-03-10

最近,出雲の巨石が注目されている。島根大学のくにびきジオパーク・プロジェクトが主催した10月下旬の探訪会には,30名を超す参加者が出雲市坂浦町にある立石(たていわ)神社を訪れた。そこには今,社殿はないが,12mを超す巨石がご神体として鎮座している。アニミズムの象徴といえるこの巨石は,単なる石ではなく,古来より磐座(いわくら)や石神とよばれる神そのもとして人々のなかに息づいている。ここでは島根半島にみるジオサイトとしての巨石の成因と我々のジオパーク活動の方針について報告する。 東西約70kmにも及ぶ島根半島を西の日御碕から東の美保関までみると,山塊が分かれて少しずつ雁行状に日本海側へずれていることに気がつく。この構造は,今から2000~1500万年前に西南日本弧が大陸から分離し,日本海が形成された地殻変動と密接に関係している。半島地域の変動は,1100万年前まで続いているので,日本海が広がった頃を1700~1500万年前とすると,約400~600万年かかって島根半島の構造的な原形が造られたことになる。この時の地殻は,北西-南東方向の圧縮応力場にあり,著しい変形と変異を受けたため,島根半島は全国でも有名な宍道褶曲帯として知られる。大社の山塊の南麓には,落差が1000mの巨大な大社断層があり,北側の平田付近には弓のように窪んだ向斜構造が形成され,その構造は宍道湖へとつながっている。鹿島町の古浦海岸から美保関にかけて存在する宍道断層も大社断層と同じ性格をもち,半島の形成に参加した。島根半島には,これら二つの断層と平行した多数の断層が形成されているのが特徴で,巨石形成の最も大きな要因の一つになっている。立石神社の巨石も宍道断層の西方延長上につくられていることが,巨石の裏面や大小の割れ目に発達する擦痕からも理解できる。このようなことから島根半島に見られる多くの巨石は,島根半島の形成に伴ってできた地殻変動の結果である。 古代出雲の人々は,1300年も前に島根半島の形成に基づいた地形を反映させて,国引き神話を語っていた。風土記時代から詳細な地形分析がなされていたことは驚くべきことである。
著者
雨宮史織 高橋浩一 美馬達夫 吉岡直紀 大友邦
出版者
日本磁気共鳴医学会
雑誌
第42回日本磁気共鳴医学会大会
巻号頁・発行日
2014-09-11

【目的】自発的神経活動および認知機能異常とこれの治療による変化を低髄液圧症候群/脳脊髄液減少症患者において縦断的に評価する事。【方法】低髄液圧/脳脊髄液減少症患者の硬膜外ブラッドパッチ術施行直前及び手術一ヶ月後に安静時fMRIおよびworking memory課題を用いた認知機能評価を施行した。安静時fMRIは撮像タイミング補正、体動補正、空間的標準化、平滑化による標準的前処理の後に線形トレンド除去、低周波成分抽出(0.01-0.1 Hz)を行い同帯域での振幅の積分値を各全脳平均値で除して標準化し、自発的神経活動の指標とした(amplitude of low-frequency fluctuations, ALFF)。認知機能指標は2-back課題の正答率とした。これを回帰変数としてALFFの全脳線形回帰分析を行い両者に有意な相関のある領域を同定した。また交互作用検定により両者の相関に有意な縦断的変化があるか評価した。【結果】2-back課題の正答率は術後有意に改善した(p < 0.05)。全脳解析では認知機能指標と楔前部のALFFに正の相関、右内側前頭前皮質/前部帯状回、両側眼窩前頭皮質のALFFに負の相関が見られた(多重比較補正後p < 0.05)。右内側前頭前皮質/前部帯状回、両側眼窩前頭皮質におけるALFFと認知機能指標の負の相関は術後有意に低下した(p < 0.05)。【結論】task-positive networkにおけるALFFと認知機能指標には健常者にて正の相関がある事が知られるが、本術前患者では両者の関係は反転しており、認知機能障害の強い患者でtask-positive networkであるfrontoparietal control systemにおける異常な自発的神経活動の上昇およびdefault mode networkでの神経活動低下が示唆された。認知機能障害とtask-positive networkでの相関は術後の認知機能の回復にともなって減弱ないし反転しており、正常化が示唆された。これらは脳脊髄液減少下における機械的圧排/浮力低下に伴う前頭葉底部での異常神経放電が、可逆性認知機能障害の原因となるという仮説を支持するものである。
著者
榎本 祐嗣 長尾 年恭 古宇田 亮一 山辺 典昭 杉浦 繁貴 近藤 斎
雑誌
日本地球惑星科学連合2022年大会
巻号頁・発行日
2022-03-24

日本列島および取り囲む近海には、水溶性メタンガス田やメタンハイドレート賦存域が拡がっていて、その地域で発生する大地震の巨大エネルギーはメタン/メタンハイドレートを賦活化しガス田火災や津波火災を引き起こす可能性がある。実際、歴史地震史料を辿るとそのような事例をいくつか挙げることができる。例えば1923年大正関東地震で起きた被服廠跡の惨劇は、従来周辺で発生した火焔を巻き込んだ“火災旋風”と理解されてきたが、南関東ガス田由来のメタン火焔の噴出による激甚火災を裏付ける資料や証言がある(榎本ほか,2021)。1855年安政江戸地震では夜中だったため大地の割れ目から火が噴き出る様子が目撃された。このとき起きた同時多発火災の発生域は大正関東地震のそれと重っている。その火災発生域の地下の比較的浅いところに、シルト層がキャップロックとなるメタン溜が存在する(。このメタンが地割れでできた新生面との電気相互作用で帯電・静電気着火して地表に火焔となって噴き出したと考えられる。図に示す資料は被服廠跡で起きた惨劇の真因を物語る。新潟や長野地域にも水溶性ガス田が存在していて、1828年越後三条地震や1847年善光寺地震でも地中から火焔が吹き出し、街中の火災を誘発した。一方1993年北海道南西沖で起きた津波は、海底から巻き上げたメタンバブルを運び、奥尻島青苗港の岸壁に衝突して舞い上がった帯電ミストにより静電気火災が発生、飛び火して青苗の街を焼き尽くした。2011年東北沖地震で起きた津波火災件数のうち24%は原因不明とされているが、青苗港で起きたと同様な原因である可能性がある。以上に述べた自然火災害は、しかしながら国の被害想定に含まれていない。対策が立てられないままでは、過去に起きた地震火災害が繰り返される懸念をぬぐえない。首都圏直下地震や南海トラフ地震発生の可能性が増すいま、地下/海底に賦存されるメタン/メタンハイドレートが誘発する地震火災害の想定と対策の実施にむけた活動は喫緊の課題であろう。例えば避難先と指定されている場所でのメタンモニタは欠かせない。沿岸に林立する石油タンクを津波火災の危険からどう守るか、課題はいくつも見えてくる。 具体的な課題を一つあげておこう。東京都は地盤沈下を防止するため、1972年末から天然ガス採取を全面停止、1988年6月から東京都の平野部全体を鉱区禁止地域に指定し揚水を規制した。そのため、東京駅の地下駅(たとえば京葉線)や、上野の新幹線駅などは、地下水位が上昇し地下筐体が浮き上がってきた。このことは地下水位の上昇だけでなく、南関東ガス田由来の天然ガスもかつてないほど蓄積され圧力上昇している可能性が高く、ガス漏れの監視あるいはガス抜きの対策を実施することが、迫る首都直下地震での火災発生被害低減につながるのではないだろうか。まず重要なことは防災・減災に携わる専門家のあいだで、この自然火災害に対する危機意識を共有し、対策の立案・実施が必要なのだが猶予はあまりない。図の説明左図:帝都大震災画報其九「厩橋より本所横網町方面大旋風之惨状」に描かれた被服廠跡の火焔竜巻、大正十二年(すみだ郷土文化資料館提供)、右図:絵葉書「斯如き電車路本所方面」(個人蔵)、石畳は剥がれ、レールは右上に曲がり土砂が噴き出している。1000℃を超える火焔が噴き出したためと考えられる。
著者
笹原 和俊 田口 靖啓
出版者
人工知能学会
雑誌
2018年度人工知能学会全国大会(第32回)
巻号頁・発行日
2018-04-12

多くの人に好かれる邦楽には日本人の道徳性が関わっていると考えられる. 本研究では, 道徳基盤辞書(MFD)の日本語翻訳版(J-MFD)を使用し, オリコンチャートにランクインした人気アーティストの歌詞を道徳基盤理論の観点から分析した. その結果, 歌詞に反映されている道徳性は, 人を守りたい・傷つけるなどの道徳性を表す「擁護」ときれい・汚いなどの道徳性を表す「純潔」の割合が多いことが分かった. また, アーティストごとにみると, 道徳性に関係する単語を使うアーティストほど非道徳性に関する単語も使うという正の相関関係が見られた.
著者
川崎 翼
雑誌
第23回認知神経リハビリテーション学会学術集会
巻号頁・発行日
2023-09-13

運動学習理論の先駆けは,それまでの運動制御理論の中で考えられてきた反射-反応理論の発展として提唱された閉ループ理論(Adams, J Mot Behav, 1971),スキーマ理論(Schmidt, Psychological Review, 1975)である.これらは,フィードバックや誤差検出の概念を取り入れた画期的な理論であった.とりわけ,スキーマ理論は,一般化運動プログラムの形成(再生スキーマと再認スキーマ)によって,閉ループ理論における最大の欠点とされていた「膨大なパラメータの学習量」を大幅に減ずる理論として今日もその応用が検証されている.しかしながら,スキーマ理論で説明可能な運動学習は,力量や関節角度の調整など課題間の類似性が高い場合の学習であり,条件や環境が大きく変わる中での運動学習は説明困難となる.その他,環境からの知覚手がかりによる運動の誘発を最重要視し,理論的には条件や環境への変更に対応可能なアフォーダンス理論(Gibson, Ecological Approach to Visual Perception, 1979)を用いた検証がなされている. 一方,認知神経リハビリテーションは,上記の諸理論を踏まえ,認知過程(知覚・注意・記憶・判断・言語・イメージ)の活性化を想定している点が特徴である.認知神経リハビリテーションの実践では,「行為の学習を対象者の回復そのもの」として捉え,様々な道具(すなわち環境)との相互作用によって行為の学習(運動学習)を目指す.この行為の学習には,対象者のリハビリテーションへの能動性がカギとなる.この能動性は,行為の学習の仕方の学び(メタラーニング)の促進にもつながる. 本発表では,これまでの運動学習理論を概観すると共に,認知神経リハビリテーションの強みをおさらいする.そこに能動性というキーワードを融合させ,メタラーニングの理解の基礎となるよう話を展開したい.