著者
浅川 泰宏 小林 憲生
出版者
埼玉県立大学
雑誌
埼玉県立大学紀要 (ISSN:13458582)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.35-41, 2012

【目的】福島第一原発事故以降の環境放射線への社会的関心の高まりを背景に、これまで取り組まれていなかった聖地の環境放射線量を測定する。【方法】四国八十八カ所に番外札所を加えた90カ所を調査地とし、携帯型γ線測定器を用いて聖地の地表γ線量を測定し、調査地の地理情報や計測器の設置面の環境などの比較を行った。【結果】四国遍路の聖地における平均放射線量は0.087μSv/hであり、越谷市と同レベルである。また県別や設置面での比較に有意差が見られた。【考察】放射線量は西にいくほど高くなる傾向がある。先行研究から自然放射線量が高いことが知られている愛媛県や高知県の一部では、本調査でも高い値が得られた。また設置面が石畳である場合は顕著に高い値が得られた。このことから、聖地が自然放射線に人工的な宗教的空間としての放射線量が付加された「非日常的」な環境であることが示唆される。最後に四国八十八カ所の巡礼で受ける総被曝量を5.1μ/Svと推計した。
著者
佐藤 正二 佐藤 容子 高山 巌
出版者
一般社団法人 日本認知・行動療法学会
雑誌
行動療法研究 (ISSN:09106529)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.71-83, 1998
被引用文献数
1

本研究は、3名の引っ込み思案幼児の社会的スキルの長期的維持を出現させるために、(1)社会的スキル知識を促進する訓練室でのコーチング、(2)社会的スキル実行を促す自由遊び場面でのコーチング、(3)トレーナーによる構造化された遊び場面の設定、(4)訓練場面への仲間の参加とを組み合わせた社会的スキル訓練(SST)を構成した。15セッションからなるSSTを受けた訓練対象児は、訓練終了後、仲間に対する働きかけ、仲間からの働きかけ、協調的行動を増加させ、社会的孤立行動を減少させた。さらに、一年後のフォローアップ査定では、3名中2名の訓練対象児が、訓練効果を維持していることが分かった。これら2名の訓練対象児のポジティブな行動変容は、担任教師による社会的行動評定得点にも反映されており、本研究で実施されたSSTが長期的維持を効果的に促進していたことが実証された。
著者
宮地 洋介 伊江 将史 村上 隆啓 砂川 一哉 上田 真 福里 吉充
出版者
日本臨床外科学会
雑誌
日本臨床外科学会雑誌 (ISSN:13452843)
巻号頁・発行日
vol.77, no.2, pp.411-417, 2016

走行中の水上オートバイから転落した場合,船体の推進力であるジェット水流により直腸・膣に特徴的な損傷(以下,本外傷)を生じる.水上オートバイ関連外傷の中で稀な外傷ではあるが,損傷が複雑で治療に難渋し,時に致命的となる.症例1:25歳の女性,走行中の水上オートバイから後方に転落し,会陰部から多量の出血を認め当院へ搬送された.肛門裂傷と腹膜翻転部上に及ぶ直腸損傷を認め,人工肛門造設術を行った.患者は術後12日目に退院したが人工肛門閉鎖には至っていない.症例2:27歳の女性,走行中の水上オートバイから後方に転落し,直腸・膣を複数箇所で損傷し活動性の出血を認めた.直腸損傷に対しては人工肛門造設術にて対応しえたが,膣損傷は円蓋部にまで及んでおり止血が困難であった.一時は重篤な出血性ショックに至ったものの,経カテーテル的動脈塞栓術により止血・救命した.患者は術後35日目に転院となった.
著者
辻 由希
出版者
日本選挙学会
雑誌
選挙研究 (ISSN:09123512)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.90-102, 2013

日本における女性の過少代表性はつとに指摘されてきたが,近年,国会・地方議員に加えて首長にも女性が進出している。そこで本稿では,女性首長の増加の要因を明らかにするため,戦後全女性首長の経歴調査と現役女性市長の事例分析を行う。女性首長の経歴調査からは,女性を周辺化してきた労働市場構造を反映し,二つのキャリアパス(公務員・資格職と,地方議員)を経た女性たちが首長となっていることが明らかになった。とくに市町村では地方議員出身の女性首長が多い。また現役女性市長の事例からは,当選の背景に旧来の地方政治行政への批判があったこと,当選後はケアサービスの供給拡大と財政健全化という今日の地方政府が共通に直面する課題への対応がみられることが分かった。以上から本稿は日本における政治経済レジームの再編,すなわちケアの社会化と地方分権とが女性首長の登場を促していると主張する。
著者
三輪 和久
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会誌 (ISSN:21882355)
巻号頁・発行日
vol.97, no.9, pp.782-787, 2014-09-01

現代社会は,あらゆる種類の自動化システムに支えられている.自動化システムに代表されるコンピュータによる作業支援は,作業遂行能力を向上させる一方で,過剰利便性の副作用が起こす課題を意識することも少なくはない.本稿では,過剰利便性の副作用としての課題遂行能力の退化を,人間機械系における過剰支援に伴う「認知的廃用性萎縮」と捉える.「廃用性萎縮」とは,長期にわたる身体動作支援において,特定の身体的機能を使わないことにより,筋肉等の機能が縮退する現象を指す.本稿で議論する過剰利便性の副作用の問題は,これらの萎縮が,身体的機能に限らず,認知的機能においても生じる可能性があることを意味する.本稿では,認知心理学や学習科学,教育心理学の領域で確立されてきた認知負荷理論と達成目標理論という二つの理論に基づき,認知的廃用性萎縮の背後にある人間の認知情報処理の諸特性を明らかにするとともに,その解決へ向かう土台を与える.
著者
高野 陽太郎 纓坂 英子
出版者
The Japanese Psychological Association
雑誌
心理学研究 (ISSN:00215236)
巻号頁・発行日
vol.68, no.4, pp.312-327, 1997
被引用文献数
2 23

To assess the validity of the dominant view that the "national character" of the Japanese is more collective than that of the Americans, this paper reviews ten recent empirical studies that compared these two nations regarding individualism/collectivism. Two experimental studies on conformity and five questionnaire studies found no substantial differences. Two experimental studies on cooperation and one questionnaire study found that Japanese college students were more individualistic than American counterparts. The only study that supported the dominant view (Hofstede, 1980) is found to have little validity because its "individualism factor" is virtually unrelated to the common definition of individualism/collectivism. It is shown that the past collective behavior of the Japanese can be interpreted as a universal reaction to the international situations that required cooperation inside Japan and have recently changed drastically. A review of the past literature that produced the dominant view suggests that it was formed through the fundamental attribution error and other judgmental biases.
著者
上田 純一
出版者
河原書店
雑誌
茶道雑誌 (ISSN:02890062)
巻号頁・発行日
vol.85, no.5, pp.10-15, 2021-05
著者
森本 あんり
出版者
国際基督教大学キリスト教と文化研究所
雑誌
人文科学研究 (キリスト教と文化) = Humanities: Christianity and Culture (ISSN:00733938)
巻号頁・発行日
no.42, pp.165-186, 2011-03-31

ニューイングランド社会は、本国で既存の体制に対する異議申立者だった人々がみずから体制の建設者となったという点で、またその建設の課題が政治体制と宗教体制との両方であったという点で、特筆すべき歴史的実験であった。その建設の途上では、バプテストやクエーカーに対する不寛容な一面が見られた。彼らの不寛容を現代の倫理感覚で批判することはたやすいが、本稿ではその不寛容に内在する論理を尋ね、これを本来の文脈の中で理解することを試みた。 アメリカにわたったピューリタンは、教会の設立ばかりでなく市民社会の設立に際しても、参加者全員による契約を求めた。コトンやウィリアムズは、世俗的であれ宗教的であれ権力はすべて民衆に由来すると論じており、ウィンスロップや植民地政府の特許状は、この原則に基づいて建設される社会が「閉じた集団」であることを明記している。地縁血縁を脱して自発的意志による社会を構成するというヴォランタリー・アソシエーションの原理は、ひとまずは閉鎖的な私的共同体を結果する。 さらにここには、中世的な寛容理解が前提されている。中世後期の教会法によれば、寛容とは相手を否定的に評価した上で「是認はしないが容認する」という態度を取ることであった。寛容は善でも徳でもなく、その対象は「より小さな悪」に他ならない。中世社会でこの意味における寛容の典型的な対象となったのは、売春とユダヤ教であった。 ニューイングランドでもこの理解が踏襲されている。教会と社会を自己の理念に則って新たに建設するという課題を前にした彼らは、異なる思想をもつ人々を受け入れる必要がなかったので、比較考量の上で当然のごとく不寛容になった。必要に迫られていないのに寛容になることは、真理への無関心であり誤謬の奨励である、と考えられていたからである。かくして中世社会とニューイングランド社会は、同じ中世的な寛容理解の評価軸に沿って、一方は寛容に、他方は不寛容になった。 だが、やがて変化が訪れる。1681 年にインクリース・マザーは、寛容が「必要な義務」ではあるが、「大きな船をバラストするのに必要なものは小さな船を沈没させてしまう」と記している。この発言には、なお消極的な態度ながら、実利を越えた原理的な善としての寛容理解が芽生えている。かかる変化の背景には、王政復古後の本国からの圧力という外在的な原因と、彼ら自身の世代交代という内在的な原因があった。かくして、「ゼクテ」として出発したニューイングランド社会は、ひとたび断念した普遍性を再び志向するようになり、人々の公的な社会参加を求める「共和国」となっていった。やがてアメリカは、寛容でなく万人に平等な権利としての「信教の自由」を新国家建設の基盤に据えて出発することになる。