著者
余田 翔平
出版者
日本家族社会学会
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.139-150, 2014

本稿では,再婚率の(1)趨勢,(2)階層差,(3)趨勢変化の階層差に着目して記述的分析を行った.『日本版総合的社会調査(JGSS)』にイベントヒストリーモデルを適用した結果,以下の知見が得られた.第1に,近年の離死別コーホートほど,再婚ハザードは低下している.第2に,男性よりも女性のほうが,低学歴層よりも高学歴層のほうがそれぞれ再婚経験率が高い.第3に,学歴と再婚経験との正の関連は近年の離死別コーホートほど明確に現れており,一方で再婚経験率の性差は縮小傾向にある.<br>以上を踏まえると,日本社会では「離死別者の非再婚化」が進展しており,未婚化・晩婚化のトレンドとあわせて考えれば,無配偶の状態に滞留するリスクがライフコースを通じて高まっていると推測される.さらに,こうしたライフコースの変化は社会全体で一様に広がっているわけではなく,階層差を伴っている.
著者
三島 浩路
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.121-129, 2003-06-30

本研究は,学級内における児童の呼ばれ方と,学級内における児童の相対的な強さやインフォーマル集団との関係について検討したものである。学級内における児童の相対的な強さと呼ばれ方との関係を分析した結果,男子児童の場合には,「くん付け」で呼ばれる児童の方が,他の呼び方で呼ばれる児童に比べて学級内における相対的な強さが一般的に強いという結果が得られた。また,女子児童の場合には,「ちゃん付け]や「あだ名」で呼ばれる児童に比べて,「さん付け」で呼ばれる児童の方が,学級内における相対的な強さが一般的に弱いという結果が得られた。次にインフォーマル集団内での児童の呼ばれ方と,集団外の児童からの呼ばれ方について分析した。その結果,男子児童に比べて女子児童の方が,集団内での呼ばれ方と集団外からの呼ばれ方が異なる児童が多いという結果が得られた。さらに,インフォーマル集団の内外で呼ばれ方が異なる児童について,呼ばれ方がどのように異なるのかを分析した。その結果,女子児童の場合には,集団外の児童からの呼ばれ方がより丁寧であるという結果が得られたが,男子児童の場合には,インフォーマル集団内外からの呼ばれ方にこうしたちがいはみられなかった。
著者
落合 隆
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
no.81, pp.239-267, 2015

ルソー政治哲学を理解する鍵概念の一つが「一般意志」である。一般意志はルソーの発明にかかるものではなく,17-18世紀のフランスにおいて拡がった概念である。もともとアルノーやパスカルにあっては,一般意志とは,全ての人類を救済しようとする神の意志であった。マルブランシュは,神の一般意志に恩寵の法のみならず自然法則を含ませた。バルベイラック,モンテスキュー,ディドロらを通して一般意志概念は世俗化され社会化された。ルソーに至って人民の政治的意志となった。ルソーの一般意志には,市民が共通認識形成のために特殊意志を一般化する「一般性」のモメントと,市民が従う法を自らつくる「意志性」のモメントがある。ルソーは,主権者人民の一般意志によって,共通の安全のみならず各人の自由を実現する新たな結合およびその維持と,最終的には人類が自ら招き寄せた悪からの救済をめざす。
著者
國分 俊宏
出版者
日本フランス語フランス文学会
雑誌
フランス語フランス文学研究 (ISSN:04254929)
巻号頁・発行日
vol.81, pp.34-46, 2002

A l'exception des pieces de theatre, Raymond Roussei ecrit presque toutes ses oeuvres a la premiere personne, mais le narrateur n'apparait guere dans le texte: le << je >> fonctionne comme un simple cadre du recit. Mais il est bien curieux et paradoxal que cet auteur qui invente cette sorte de rejet du << sujet >> que constitue le << precede >>, s'attache tant a ecrire en disant << je >>. Or, si on observe de plus pres ses textes, on constate que l'utilisation de la premiere personne est essentielle et meme indispensable chez lui. En effet, dans la description, Roussei utilise abondamment des embrayeurs tels que << ici >>, << au loin >>, << la-bas >>, << maintenant >>, << ensuite >>, << a present >> etc. Ces indications qui suggerent la presence du narrateur montrent bien un profond ancrage du <<je>> dans le texte, ne serait-ce que virtuellement. La Doublure, le premier livre ecrit a la troisieme personne compte egalement beaucoup d'embrayeurs. Ecrite ou non a la premiere personne, l'oeuvre de Roussei repose done essentiellement sur la presence du sujet de l'ecriture. De fait, on ne peut ecrire qu'a la premiere personne. Et le << je >> chez Roussei, personnage completement vide, peut etre considere comme une expression de la subjectivite radicale cachee dans la structure meme du langage. Dans la creation litteraire, le sujet qui parle n'existe pas a priori, mais se forme avec les mots. Le << je >> est a la fois la source et l'effet de l'enonciation. Man ame, premier poeme de Roussei, presente de ce point de vue un exemple tres interessant. Dans ce poeme en vers, Roussel decrit son << ame >> en la comparant a une usine ou le << double >> du poete en miniature << fabrique >> les vers. Le texte presente ainsi un jeu de miroir dans lequel le << je >> ecnvant se cree par le << je >> ecrit. C'est le rapport mouvant entre le << je >> de l'enonciation et le << je >> enonce qui est litteralement mise en scene dans ce texte.
著者
村元 麻衣
出版者
名古屋市立大学
雑誌
人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.151-170, 2006-12-24

本論文でほまず1章で、日本語とドイツ語におけるオノマトペの定義を検討した上で、オノマトペの定義をさだめる。2章では、ドイツ語の3つの辞典上でのオノマトペの記述を比較考察した後、ドイツ語のオノマトペの動詞・名詞・副詞といった品詞による分類と、子音に着目した音韻形態の分析を行う。さらに音と意味との関係を考察し、ドイツ語のオノマトペの特徴を探る。3章では、日本の文学作品のオノマトペとそのドイツ語翻訳版との比較、ドイツの文学作品のオノマトペとその日本語翻訳版との比較をし、それぞれの現れ方からドイツ語のオノマトペの表現法と特徴を考察する。4章では、ドイツ語のオノマトペの変遷と発展にふれ、この研究のまとめとした。日本語のオノマトペは擬音語・擬態語を指すのに対し、ドイツ語のオノマトペは主に擬音語に焦点が当てられている。ただし、例えば日本語のオノマトペ「バタバタ」のように、鳥が羽ばたく際に出る音としての「バタバタ」と、鳥が羽ばたく様を描写した「バタバタ」のような、両者にまたがるものもあり、ドイツ語のオノマトペも同様に擬音語と擬態語との区別がつきにくいものがある。また日本語のオノマトペは副詞が多く、「バタバタ」のように同じ音が二回あるいは三回重複した形で構成されているものが多いため見分けがつきやすいが、ドイツ語のオノマトペは動詞が多く、ある音あるいは様態を模写する働きの擬音・擬態の部分、つまり「音の響き」が、「quatschen(ベチャベチャしゃべる)」のように語全体に溶け込み一語となっているため、オノマトペとしての区別が付きにくいのである。本論文ではこの相違を、それぞれの「オノマトペ性」とし、分析を試みた。
著者
多川 則子 吉田 俊和
出版者
日本社会心理学会
雑誌
社会心理学研究 (ISSN:09161503)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.126-138, 2006

The present study examined the effects of daily communication on favorability in the perception of romantic relationships, with reference to Matsui's (1990) Developmental Stage Model of Romantic Love. The 484 participants were divided into three categories according to their current relational status: romantic relationships (154 undergraduates), one-sided non-mutual relationships (205 undergraduates), and regular heterosexual friendships (125 undergraduates). The latter two groups were included for comparison. Sternberg's (1997) Triangular Love Scale was used in order to measure favorability in participants' relationships. A separate scale was used to record information relating to daily communication. Participants were asked various questions regarding their relationships. Some examples included, 'Exchanging talk about daily events','Having a relationship-specific verbal style', and 'Perceiving the partner's reaction'. For the purposes of this study,'Exchanging talk about daily events' was discussed in terms of messages regarding content and relational meaning (Watzlawick, Bavelas, & Jackson, 1967). And 'Having a relationship-specific verbal style' was discussed in terms of relational culture (Wood, 1982). The results indicated that the all daily communicational behavior mentioned above influenced the level of favorability of romantic relationships.
著者
土屋 隆英
出版者
調理科学研究会
雑誌
調理科学
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.159-166, 1988
被引用文献数
2
著者
青木 聡子
出版者
環境社会学会
雑誌
環境社会学研究
巻号頁・発行日
no.11, pp.174-187, 2005-10-25

ヴァッカースドルフ反対運動は,使用済み核燃料再処理施設建設計画を中止に追い込み,連邦政府に国内での再処理を断念させ,ドイツの脱原子力政策を導く契機となった代表的な原子力施設反対運動である。この運動の展開過程を現地調査に基づき内在的に把握してみると,当初は外部に対して閉鎖的だったローカル市民イニシアティヴと地元住民が,敷地占拠とその強制撤去を契機に,オートノミー(暴力的な若者)との乖離を克服し対外的な開放性を獲得し発展させていった点が注目される。国家権力との対峙を実感し,「理性的に社会にアピールする私たち」という集合的アイデンティティを否定され「国家権力から正当性を剥奪された私たち」という集合的アイデンティティを受け入れざるをえなくなった地元住民は,「自らの正当性をめぐる闘争」という新しい運動フレームを形成することで,国家権力による正当性の揺さぶりを克服しようとした。このような集合的アイデンティティと運動フレームの変容こそ,ローカル抗議運動に開放性を付与し,地域を越えた運動間のネットワーク形成を可能にした条件であった。日本の住民運動との対比のなかで,ドイツの原子力施設反対運動の特徴とされてきた「対外的な開放性」は,ドイツの市民イニシアティヴの本来的な性格ではなく,運動の展開過程で市民イニシアティヴや地元住民によって意識的に選択され獲得されたものである。