著者
松井 彰彦
出版者
公益社団法人日本オペレーションズ・リサーチ学会
雑誌
オペレーションズ・リサーチ : 経営の科学 = [O]perations research as a management science [r]esearch (ISSN:00303674)
巻号頁・発行日
vol.56, no.10, pp.576-582, 2011-10-01
参考文献数
9

本稿では,筑波大学の金子守氏と筆者が創始した帰納論的ゲーム理論の枠組みを紹介し,その応用を考察する.まず第1節でゲーム理論のメタレベルでのアプローチ法について3類型を示したうえで,第2節では,具体的な社会問題に入る前に帰納論的ゲーム理論のエッセンスを「協調ゲーム」を用いてみる.第3節は障害者等の隔離と烙印の問題に帰納論的ゲーム理論を用いて切りこむ.第4節はいわれのないいじめの問題への応用を考える.第5節は帰納論の起源としてプラトンと仏陀に触れる.
著者
櫻井 義秀
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.9, pp.43-65, 2003-06-14

本稿では、統一教会信者の入信・教化過程をジェンダー論の視点から考察する。ジェンダー秩序の形成が女性信者の宗教実践、教団戦略とどのように関連しているのかを明らかにすることで、従来「マインド・コントロール」として告発されている心理的・社会的影響力行使の中身と意味が明らかになるのではないかと考えている。以下の知見を得た。未婚・既婚を問わず、女性信者の入信・教化の過程において、統一教会は自己啓発・運勢鑑定の装いの下に、統一教会独特の家族観を問題解決の方法として提示する。信者はこのようなイデオロギーを宗教実践において内面化し、最終的な救済財である祝福を目指す。信者が活動に熱心になればなるほど、現実の家族と教団が提示する「真の家庭」という理想の家族像に乖離、葛藤が生じる。教団はその克服を信者に促し、信者はそこに信仰の意義を見いだした。なお、本稿では世界基督教統一神霊協会の略称「統一教会」を用いる。

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著者
井上安治, 小林清親 画
出版者
福田熊二良
巻号頁・発行日
vol.[8], 1877
著者
藤岡 英嗣 糸山 景大 藤木 卓 上薗 恒太郎
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. ET, 教育工学 (ISSN:09135685)
巻号頁・発行日
vol.101, no.506, pp.7-12, 2001-12-08

本研究では言葉による笑いの一つとして、「謎かけ」を題材として取り上げ、「謎かけ」の構造と連続連想の構造とを比較し、「謎かけ」の構造を明らかにした。また、「謎かけ」の構造をテキストベースの構造とも比較し、文脈上の「価値」を共通項として見出すことが「謎かけ」につながることを見出した。
著者
岸本 泰蔵
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.122-126, 2002

女性の「美しさ」とは何か.女性とともに成長することを目指す当社では,人間工学にもとづいた科学的アプローチによって女性のからだ・意識の変化をとらえ,時代をリードする美の指標を発表してきた.時代とともに女性達が追求する理想体型はゆったりであるが確実に変化している.とくに,ここ数年は急速に,身体意識が変化している.約40年間にわたる当社の女性美の研究を振りかえり,女性の「美しさ」とは何かを考察する.
著者
太田 晴康
出版者
静岡福祉大学
雑誌
静岡福祉大学紀要 (ISSN:13497928)
巻号頁・発行日
no.2, pp.19-28, 2006-01
被引用文献数
1

聴覚障害生徒,学生を対象とする文字による情報提供に際しては,手書きによるノートテイク,市販のノートパソコンを活用したパソコンノートテイク,速記方式によるシステム,音声認識ソフトの活用など,さまざまな方法が並行して用いられている.筆者は市販のノートパソコンを活用したパソコンノートテイク活動を支援するアプリケーションソフトウェアを設計した.迅速な文字表示,入力者がルビを振る際の操作の軽減,手書き文字の送信等,従来のアプリケーションソフトウェアにはなかった諸機能を特徴とする同ソフトの設計意図及び概要について報告する.
著者
髙橋 小百合
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.85-100, 2016-12-15

本論文は、明治期における木戸孝允と幾松に関する言説を、二人の関係性の描写から分析し、同時代の男女交際論等、男女関係についての思潮をふまえながら、文化史中に占める二人の描写の位置および意義について考察したものである。論者には『日本近代文学会北海道支部会報』一九号掲載予定の別稿「<木戸孝允>像の生成」があり、そこでは木戸孝允が死去から明治末年までのあいだ、どのように語られていったのか、その変容と文脈パターンについて論じた。本論文では、そこで見出した六つの文脈パターンのうち、以後、大正、昭和期とより重要性を濃くするであろう<木戸と幾松> <幾松あっての木戸>について一歩踏み込んだ論を展開したつもりである。本論文の第一章「木戸表象の傾向と類別」は、木戸を語る文脈パターンについてまとめ、右の別稿の内容を引き継いだかたちである。よって、本論文の核は第二章以降にあるといえる。幾松はなぜ、木戸を語る言説のなかで存在感を増し、大衆的歓迎をうけたのか。第二章では、木戸と幾松の関係が、近代的恋愛の文脈に読み替え可能であることを論じ、同時に、幾松の芸妓という出自に着目して、近代と前近代の微妙なあわいに、ふたりの「恋愛」があることを明らかにした。第三章は、一方で二人の関係表象がもつ「復古」性について論じている。「王政復古」「一君万民」のイデオロギーとからめながら、<尊いから尊い>カミの論理で語られる木戸と、太古、国運を占う巫でありえた(元)芸妓幾松との関係が、国生み神話に準ずる「復古」の国づくりを表徴しうると指摘した。幾松あることによって、木戸のイメージは①愛妓とついには恋愛結婚を遂げた②<勤王の志士・桂小五郎>として定型化していく。それは同時に<近代>化と<復古>の二律背反、あるいは混淆を示す営為でもある。これこそ、日本の<近代化>の姿そのままであり、本論文のもっとも強調しておきたいところである。