著者
木村 哲二
出版者
社団法人日本獣医学会
雑誌
日本獸醫學雜誌 (ISSN:00215295)
巻号頁・発行日
vol.27, no.6, pp.1-4, 1965-12-25
著者
三谷 はるよ
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.32-46, 2014

本稿の目的は, 「市民活動参加者の脱階層化」命題が成り立つかどうかを検証することである. すなわち, 資源のある人もない人も等しく市民活動に参加するような状況に変化しつつあるのかどうかを検討する. そのために本稿では, 1995年と2010年に実施された全国調査データであるSSM1995とSSP-I2010を用いて, 社会階層と市民活動参加の関連の動向に注目した時点間比較分析を行った.<br>分析結果は以下のとおりである. 第1に, 1995年も2010年も変わらずに, 高学歴の人ほど市民活動に参加する傾向があった. 第2に, 1995年では高収入や管理職の人ほど市民活動に参加する傾向があったが, 2010年ではそのような傾向はなかった. 第3に, 1995年では無職の人は市民活動に参加する傾向があったが, 2010年では逆に参加しない傾向があった. 本稿から, 高学歴層による一貫した市民活動への参加によって教育的階層における「階層化」が持続していたこと, 同時に, 中流以上の層や管理職層, 無職層といった従来の市民活動の中心的な担い手の参加の低下によって, 経済的・職業的階層における消極的な意味での「脱階層化」が生じていたことが明らかになった.
著者
粂田 文
出版者
上智大学
巻号頁・発行日
2013

論文博士(乙第292号)
著者
南條 佳代
出版者
佛教大学国語国文学会
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
no.24, pp.240-261, 2016-12-20

佛教大学二条キャンパス造成地であった京都市中京区西ノ京星ヶ池町より「三条院釣殿高坏」と墨書された高杯が出土した。そこは、平安時代前期に右大臣を務めた藤原良相(八一三〜八六七)の邸宅「西三条第」(百花亭)跡地であることが確実になり、さらにそこでは、仮名文字が記された墨書土器も多数出土した。そこで出土した(墨14)について、調査報告書の解読ではなく、拙稿において古今和歌集の初句が表記されていると結論付けた。その後の調査結果を踏まえ、(墨14)の他の箇所の解読を初め、(墨8)、(墨15)、(墨16)、(墨66)の表記と書風、文字形態を見ていく。さらには、実際に土師器のような素焼きの赤皿に墨書した結果を踏まえ、仮名書家として、文字連綿における字面の美、流麗さを検証し、明確にしていくものである。
著者
田中 宏明 辻 利則 川瀬 隆千 竹野 茂
出版者
宮崎公立大学
雑誌
宮崎公立大学人文学部紀要 (ISSN:13403613)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.193-221, 2006

なぜ国際関係論を教育するかという問いに対してカントのコスモポリタニズムから回答できる。なぜならば、カントのみが戦争と平和、コスモポリタン秩序、そして世界市民教育ということを国際関係論において教育する理由をトータルに考える糸口を提供するからである。最初に、国際関係論におけるカント的伝統を否定的に規定している英国学派と、カントの平和論を肯定的に捉えそれに依拠するリベラリズムの代表的研究としてデモクラティック・ピース論を取り上げる。次に、カントのコスモポリタニズムについての理解を深めるために、国際関係論の議論の枠組みを越えて寺田俊郎らの哲学者の議論を踏まえ、カントのコスモポリタニズムについて考察する。ユルゲン・ハーバーマスによると、カントの平和連合の構想にいかなる問題があるか、そして現代のグローバルな情勢を踏まえて、カントのコスモポリタン秩序はいかに改めるべきかが明らかになる。さらに、カントのコスモポリタニズムの観点から、英国学派とデモクラティック・ピース論におけるカントのコスモポリタニズムの捉え方を批判する。最後に、世界市民教育とはどのようなものなのかをマーサ・ヌスバウムに依拠して考え、世界市民教育の立場から、国際理解教育とグローバル教育を批判的に検討する。
著者
林 真理
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.5, pp.97-111, 2005-09-30

低リスク層の顧客化という観点にたち、自己の将来設計や目標を意識して時間とお金を選択的かつ戦略的に使う「時間選好型生活者」に注目し、その消費の特徴、金銭意識、潜在ニーズを探り、消費者金融サービスの新たな利用者像と利用モデルを考察することを目的として、首都圏の25歳から34歳の独身女性に深層面接調査を行なった。特徴的な消費スタイルとしては現在消費、選択的消費、自己投資、意味の重視、合理的消費と衝動的消費の混在、自己愛型消費などが見られた。また比較的多くの事例で資金(借入)ニーズには「親の財布」がオンデマンドに対応しており、現時点で消費者ローンを利用することは選択肢になかった。金銭管理、収支バランス、リスク管理に関しては自分なりの対応策を用意しており安全性は高いと思われる。顧客化の最大の障壁として「お金を借りること」に関する心理的バリアが認められた。バリアの根底には適切な金銭教育の欠如と親の金銭観の影響があり、意識的、無意識的に行動を抑制していると思われる。ライフスタイルは先進的だが、金銭面での社会経験が乏しく金銭意識は未成熟である。金融取引(借入)の知識や経験が少ないほど心理的バリアが高くリスク回避的な傾向が強いが、幾つかの事例は経験すればハードルが低くなることを示している。結論として、対象者層は収入の多少にかかわらず、自分にとって価値があることには出費を惜しまず消費性向もコンスタントに高いことから、上記のバリアが解消されて新たな利用モデルが受容されれば、消費意欲、安全性、資金ニーズからみて魅力的な市場を形成する可能性がある。特に起業を志向している場合は、戦略的なキャリアデザインや資金調達プランにフレキシブルな金銭意識がみられ顧客化の可能性は高い。注目すべき点として、対象者層は「お金」そのものだけでなく資金計画を含むキャリア/ライフデザインの総合的サポートを求めており、これに対応するサービスは比較的受容されやすいと思われる。女性のフロンティア意識を金銭面も含めてサポートする消費者金融ならではの社会貢献度の高い新しいサービスモデルの開発が期待される。
著者
山岸 祐己 斉藤 和巳
雑誌
研究報告音楽情報科学(MUS)
巻号頁・発行日
vol.2012, no.2, pp.1-6, 2012-08-02

動画共有サービスに投稿されている楽曲動画の評価法を提案する.一般に,楽曲動画は再生数等の絶対数の推移を用いてランキングされるため,上位にランクインするのは楽曲動画集合のうちの僅かな上澄みであることが多い.これに対し,動画情報に統計的な正規化を施してランキングを行うことにより,全ての楽曲動画を平等な評価基準にかけることを試みる.さらに,動画に対して外的に与えられた情報のみで動画同士の歪み距離を計算し,類似した楽曲動画を探索する手法も提案する.提案法は,いずれも動画共有サービスの特性を上手く利用していることを示す.We propose evaluation methods for VOCALOID music videos which are posted in Nico Nico Douga. Generally, music videos are ranked by transition of the absolute numbers of playbacks and comments. However, the top rankers obtained by this conventional ranking method are limited to a part of the music videos with hot topics. In contrast, we tried to apply all the music videos to equal valuation standards by new ranking methods which uses statistical normalization. Furthermore, we also propose a new technique for searching similar music videos by calculating the distortion distance of video information given externally. We show each proposing methods can make use of the characteristics of video hosting service well.
著者
前田 徹
出版者
The Society for Near Eastern Studies in Japan
雑誌
オリエント (ISSN:00305219)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.119-126, 2000
被引用文献数
1

In this brief paper, I will examine the lines 100-115 of "Gilgamesh and Agga." I agree that, in this part of the text, the speaker was Gilgamesh and he was addressing Agga. However, I do not agree with the interpretation that Gilgamesh was expressing his gratitude for the mercy Agga had shown him, since we have no evidence to prove this situation. I offer an alternative interpretation for this part of the text; Gilgamesh allowed Agga to be an official in the army under his command, since Agga had no status and no privileges after he had been defeated in battle and had been abandoned by his own army. Gilgamesh released Agga. Agga served as his general and representative of Gilgamesh's rule over Kish.
著者
金本 伊津子
出版者
平安女学院大学
雑誌
平安女学院大学研究年報 (ISSN:1346227X)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.47-54, 2002-03-10

This paper shows how female mediums such as itako and kamisama are taking a leading part in two religious practices, which have mainly spread through the Tsugaru and Shimokita regions of Aomori Prefecture. In hotoke-oroshi, the female mediums mediate the narratives of the dead and persuade local people of a shamanistic reality; for instance, the dead can interactively communicate with the living through the female mediums, often provide great influence on the lives of the living, and the dead get older year by year along with the living. As Japanese tradition shows in shinda ko no toshi wo kazoeru (counting the age of dead children), even fetuses, infants, and youths who die at an early age can often be kept growing, with the ability to attain marriageable age. Because the dead grow old in the minds of the living as the same pace as the living, it is no wonder the shamanistic messages sometimes convey the dead's strong psychological attachment to unfulfilled achievements in life, most of which are related to happy occasions in rites of passage, especially weddings. These shamanistic realities mediated by the narratives of the dead connect with local Buddhism to create another cultural device for the communication between the dead and the living-weddings of the dead. It is notable that Buddhist ritual in these religious events accepts the involvement of spiritual mediums such as itako and kamisama. Here we see a typical appositional synchronism of Japanese culture in the two different religious practices for the repose of the dead and the fulfillment of their lives in the world of the living. All ethnographic data were collected during fieldwork intermittently conducted by the author between 1991 and 2001.
著者
西田 厚聰 井上 裕
出版者
日経BP社
雑誌
日経ビジネス (ISSN:00290491)
巻号頁・発行日
no.1306, pp.106-109, 2005-09-05
被引用文献数
1

問 以前から社長候補の本命と目されてきましたが、実際に社長という立場で東芝という会社を改めてご覧になって感じることは何ですか。 答 東芝には16万5000人の従業員がいます。これだけの大組織を1人で治められるのかと考えると、それは難しいですね。組織は組織で治めていかなくてはいけない。社長の役割は極めて重要だと感じています。
著者
竹村 則行
出版者
九州大学
雑誌
文學研究 (ISSN:03872823)
巻号頁・発行日
vol.101, pp.63-76, 2004-03-31

建部綾足『本朝水滸伝』後編に登場する楊貴妃は、その全体の構成や他の人物設定と同様、何とも奇抜な設定で読者の目を奪う。それは、安禄山の乱の渦中、馬嵬の変を危うくのがれた楊貴妃が、遣唐使藤原清川の帰国に伴って、日本は九州筑紫(福岡・佐賀)に移り住み、作品の主題である道鏡打倒に絡み、一派の阿曽丸暗殺に加担して失敗するというものである。小稿は、中国や日本における楊貴妃故事の転変に関心を持つ筆者が、偶々居住する筑紫の現地から、『本朝水濤伝』と楊貴妃故事について考察しようとするものである。『本朝水滸伝』後編の五条中に描かれる楊貴妃故事について、小稿では、その殺害描写、日本の異文化に接した楊貴妃、そして、楊貴妃が移り住んだ筑紫と作者自身の筑紫旅行との関係等の三つの方面から考察を加える。まず、楊貴妃の殺害描写について、御車に侍った牛飼が貴妃を轢き殺そうとするその時に、叔父の楊蒙が貴妃の衣服のみを御車に轢かせて周囲を欺き、生身の楊貴妃を救出する場面が描かれる。『唐書』『通鑑』等の中国側史料には貴妃が馬嵬の変を生き延びたという記録はなく、楊蒙の存在も含めて、日本側の捏造と考えられる。(山口県油谷町の楊貴妃墓に纏わる貴妃東渡伝説も、日本の熱烈な楊貴妃ファンの仕業であろう。)次に、日本文化に接した楊貴妃が、女スパイになるべく、清川の周旋で日本語を特訓する場面があるが、そこに登場する唐詩や中国語には唐音の読み仮名が付いている。これは建部綾足が当時の唐話学ブームの中で理解していた中国音であると思われ、恐らくは福建語に近い中国南方音を反映したものと考えられる。また、筑紫に移り住んだ楊貴妃の一行は、小舟で唐津や箱崎、香椎を移動するが、この地理設定は、『本朝水滸伝』には珍しく矛盾や出鱈目が少ない。それは、建部綾足自身が三十二、三歳時に大阪から長崎へ船旅をした途次に、筑紫路を経由した体験(紀行「浦づたひ」「花がたみ」)がここに反映しているからであろう。こうして、奇想天外の出鱈目に溢れる『本朝水滸伝』ではあるが、嘘から出た真実、そこに描かれた楊貴妃故事を通して、江戸初期の中国学の実態や作者自身の筑紫旅行の反映等の真実を伺うことができるように筆者は考えるのである。