著者
礒 千聡 井原 晶子 鈴木 亜美 三藤 雄介 中川 諒 林 涼 小池 康子 新 智美 新 謙一
出版者
一般社団法人 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会
雑誌
日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌 (ISSN:18817319)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.202-205, 2018-05-01 (Released:2018-09-20)
参考文献数
9

77歳の重症慢性閉塞性肺疾患患者に対し,日常生活動作の呼吸困難軽減を目的に在宅にてHigh Flow Nasal Cannula(以下HFNC)を導入した.呼吸困難を伴う食事・入浴の際に使用し,SpO2の改善を認めた.継続使用における問題点として,機器運搬の煩雑さやカニューレのずれがあった.対策として小型の機種に変更し,延長回路を導入した.また,カニューレの固定性を高める為に,持続陽圧人工呼吸療法用ヘッドギアを併用した.HFNC導入4ヶ月後に悪性リンパ腫を併発し,その3ヵ月後に非侵襲的陽圧人工呼吸療法(以下NPPV)へ移行し,その後永眠した.HFNC期間中は体重を維持し,楽しみである入浴が可能な生活を継続できた.本症例より在宅でも安全なHFNC導入は可能であり,NPPV移行までの呼吸サポートとしての有用性が示唆された.
著者
重永 真理子 中川 純 勝又 英明
出版者
一般社団法人 日本建築学会
雑誌
日本建築学会技術報告集 (ISSN:13419463)
巻号頁・発行日
vol.29, no.72, pp.964-969, 2023-06-20 (Released:2023-06-20)
参考文献数
7

The purpose of this paper is to propose a tool to verify the results of workshops and to make consensus by citizens. Analyze of the citizens’ comments of the workshop of the public facility from the viewpoints of characters, images of space, rules and consciousness proved importance of variety, multi-purpose, flexibility and of citizens’ interest in participation. Based on these results, the proposal of verify-sheet is framed. The requirements of the public facility are systematized from the point of building condition and citizens’ behavior, and judgment point for citizens are added. Participation of professionals is necessary for this process.
著者
中川 壽之
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.121, no.9・10, pp.349-380, 2015-03-10

本稿は、日本近代法制史上の重要な論点の一つである明治二〇年代前半に起こった法典論争を考察の対象とし、民法・商法の施行をめぐるこの論争における延期派対断行派の構図のうちから特に延期派に視点をあて、その軌跡をたどる中で、(一)延期派が誰を対象として活動を展開していたか、(二)延期派の意見書が論争の過程でどのような意味合いを持つものであったか、断行派のそれとの比較から検討し、(三)延期派が具体的にめざしていたものが何であったか、この三つの課題の解明を試みたものである。 (一)については延期派の活動は世論ではなく政府の諸大臣をはじめ「朝野ノ名士」を対象として専ら展開していたこと、(二)に関しては、それゆえ延期派の意見書は政府や有力者への手段として戦略的に用いられ、断行派が各種の機関誌を通じて世論に訴えかけた戦術とは明確な違いがあったこと、そして(三)では政府による法典調査会の設置以前、すなわち第三回帝国議会の段階で延期派が「臨時法典修正局」の設置を建議し、その実現に向けて官制草案の作成に着手していたことを明らかにした。
著者
志和 亜華 米田 真康 大野 晴也 小武家 和博 上村 健一郎 首藤 毅 橋本 泰司 中島 亨 中川 直哉 村上 義昭
出版者
一般社団法人 日本糖尿病学会
雑誌
糖尿病 (ISSN:0021437X)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.149-155, 2016-03-30 (Released:2016-03-30)
参考文献数
29
被引用文献数
3

膵疾患加療目的に施行された膵頭十二指腸切除術(PD)18例および尾側膵切除術(DP)18例に対し,インスリン分泌能,膵体積量と耐糖能異常の頻度を比較検討した.インスリン分泌能評価はグルカゴン負荷試験を用い,膵体積量は造影CTを施行し計測した.術前の膵体積量,インスリン分泌能および糖尿病有病率に有意差を認めなかった.両群ともに術後インスリン分泌能は残膵体積量と有意な正の相関を認めたが,残膵体積量当たりのインスリン分泌能はDP群がPD群に比べ有意に低下していた.術後糖尿病有病率は術後3ヶ月時点でPD群33.3 %,DP群72.2 %とDP群で有意に高率であり,新規発症は術後12ヶ月時点でPD群14.3 %,DP群63.6 %とDP群で有意に高率であった.DPはPDよりも残膵体積量当たりのインスリン分泌能が低く,耐糖能が悪化する可能性が高いため,慎重な経過観察が必要である.
著者
刈部 博 林 俊哲 平野 孝幸 亀山 元信 中川 敦寛 冨永 悌二
出版者
一般社団法人日本脳神経外科コングレス
雑誌
脳神経外科ジャーナル (ISSN:0917950X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.12, pp.965-972, 2014 (Released:2014-12-25)
参考文献数
54
被引用文献数
10 5

高齢者頭部外傷は予後不良とされ, 病態の解明, 治療法の開発, 予防への取り組みは, 高齢化社会を迎えた本邦における喫緊の課題である. 本稿では, その特徴と問題点について言及・考察する. 高齢者頭部外傷は運動機能や生理機能の低下による転倒・転落が多い. 急性期頭蓋内病変では急性硬膜下血腫の頻度が高く, 血腫量が多いことが特徴で, 加齢による硬膜下腔の拡大など解剖学的特徴に起因する. また, 遅発性頭蓋内血腫や脳血流変化など, 解剖学的・生理学的特徴に関連する病態も高齢者に特徴的である. 近年普及した抗凝固・血小板療法は, 頭蓋内出血増悪の一因であり, さらに治療を困難にしている. 今後, さらなる研究が期待される.
著者
杉尾 孝 川添 大輔 清水 明彦 神野 寧 横山 昭一 嘉久 和孝 本田 公康 佐野 光宏 中川 英明 馬場 雅浩 久保 次雄 坂本 尚希
出版者
一般社団法人 日本繊維製品消費科学会
雑誌
繊維製品消費科学 (ISSN:00372072)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.102-109, 2007-02-25 (Released:2010-09-30)
参考文献数
3

当社は, 現在, 「エコも, 使いやすさも」をコンセプトに商品を提供している.すなわち, 「環境・家計にやさしい」, かつユニバーサルデザイン (Universal Design: UD) として, 「使う人に優しい」商品の開発・販売に取り組んでいる.このような背景の中で, 筆者らは, フィルター掃除の自動化に取り組み, 世界初「フィルターお掃除ロボット」搭載エアコンを開発し, 市場から高い評価を得た.今回, UDの更なる進化として, 新開発の空気清浄ユニット, 除菌熱交換器, 脱臭フィルターを「フィルターお掃除ロボット」と組み合わせることで, 従来, 半年ごと (脱臭フィルター) や3年ごと (空気清浄ユニット) に必要としていたお手入れや, 熱交換器クリーニングなどのメンテナンスを不要とした「10年間手間なしで清潔・省エネ・パワフルなメンテナンスフリーエアコン」を開発した.
著者
中川 凌平 安田 冬彦 廣江 貴則
出版者
一般社団法人 日本臨床救急医学会
雑誌
日本臨床救急医学会雑誌 (ISSN:13450581)
巻号頁・発行日
vol.23, no.5, pp.665-670, 2020-10-31 (Released:2020-10-31)
参考文献数
8

病院に雇用され,院内で勤務する救急救命士には,他職種が行っている業務を分担し,医師,看護師の負担を軽減することなどが求められているが,法制上の制約もあり,担う業務が確立しているとはいい難い。しかし救急救命士は少なくとも3年間の専門教育を受けており,院内のさまざまな業務に柔軟に対応できる医療専門職であるといえる。そのため,長時間労働の是正の担い手になることができるとも考えられるが,全国的に雇用者数は増えているものの,その知識や技能を十分に活用できている事例はほとんど報告されていない。本稿では病院内救急救命士を取り巻く環境に関する一般的課題を整理し,当院に勤務する救急救命士の業務と教育に関する現状,他職種からのタスクシフトに関する取り組みについて報告するとともに,病院に勤務する救急救命士の職能拡大に向けて,施設間搬送に特化した小規模メディカルコントロール体制の構築と診療報酬の拡充について提言し,その課題についても議論する。
著者
中川 誠司 添田 喜治 西村 忠己 細井 裕司 大塚 明香 今田 俊明 クール パトリシア N. メロツォフ アンドリュー N.
出版者
千葉大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2014-04-01

骨導(骨伝導)で呈示された超音波であれば,聴覚健常者はもとより,最重度難聴者にも知覚される.この骨導超音波知覚の末梢処理過程には,通常の聴覚とは異なる特異なメカニズムの存在が示唆されるが,その詳細は明らかにされていない.本提案課題では,骨導超音波知覚を利用した重度難聴者のための新型補聴器(骨導超音波補聴器)の開発に有用な知見の獲得を目指して,骨導超音波知覚メカニズムの全体像の解明に取り組んだ.聴覚末梢機能を反映する各種の生理反応の計測および骨導超音波の頭部内伝搬特性結果に基づき,骨導超音波知覚の末梢~中枢処理モデルを提案した.得られた知見は骨導超音波補聴器の最適化や適用基準の策定に有用である.
著者
中川 裕 大野 仁美 高田 明
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

本研究の主要な目的は、(i)コエ語族における知覚動詞とそれに関連する意味領域語彙や文法化、語彙化、多義構造の事例を組織的に観察・分析すること、(ii)当該語彙の多義性と意味拡張に関する従来の普遍性仮説を批判的に検証すること、(iii)この意味領域における従来の普遍性仮説との関連を踏まえて、コエ語族の事例が示す特徴について探求すること、であった。4年の研究助成期間で、上記(i)と(ii)に該当するデータ収集と分析、それに主要な討議をすべて終えた。そして、最終年度の翌年度に下記の国際学会での発表および海外研究機関からの招待講演で、上記(iii)に該当する研究課題に直接かかわる問題に対しての解答を示すことができた。まず、コエ語族のグイ語、ガナ語およびカバ語の知覚動詞体系には、そこに観察される非視覚的4知覚を包括する多義的動詞の存在と、その内部構造を特徴づける特異な意味拡張パタンを発見した。そして、それが世界の言語のなかでも極めて特殊であることを確かめ、従来の研究(Viberg 1984)で提案されほぼ定説とされてきた、基本知覚動詞が表現する5知覚モダリティーの階層性に対して、実証的根拠を示すことによってその改訂を提案した。さらに、コエ語族に観察される知覚動詞体系の類型論的特徴と、これらの言語が持っているユニークなふたつの語彙化領域(特殊味覚語彙と食品テクスチャー語彙)との関連について解釈を提案した。このほかに、本研究の構想には、上記の検証・探求に先立って行う言語調査の過程で、記述の乏しいコエ語の言語構造や言語社会構造の重要な側面を記述することが含まれており、この点では、詳細なグイ語音韻論・音声学の記述(博士論文)やグイ語話者の社会言語学(学術論文)を発表した。またガナ語群の統語論を概観する論文が刊行予定である。
著者
中川 裕 稗田 乃 中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2001

前年度までに蓄積してきた、コイサン諸語コエ語族ガナ語群の統語論、音韻論、声調論の資料を総合し、それらの重要な側面を記述した。また、日本国内のコイサン研究者を訪問して、ガナ語群グイ語の語彙に関する情報交換や討議を行い、その結果(とくに意味記述に関する情報と討議結果)を、構築進行中のグイ語語彙データベースに組み入れた。さらに、この語彙データベースの意味記述の重要な部分を英訳し、英語による公開の準備に着手した。以上に加えて、研究協力者をナイジェリアとウガンダに派遣し、以下(1)(2)のような調査研究を行った。(1)ナイジェリア北部に分布するチャド語系少数民族語であるブラ語の記述調査:主にブラ語の名詞形態論の解明を目的とした調査を行い、特に可譲渡/不可譲渡性がこの言語における名詞分類の根幹を成すこと、また屈折的な形態論を持つ多くのチャド諸語に対し、この言語が主に膠着的な手法で語形成を行い、さらに語形成の方法として重複が重要な機能を果たしていることなどを説明する論文を作成した;またブラ語の語彙調査も継続して行い、音声の録音資料などを収集した。(2)ウガンダのにおける言語使用と言語態度についての調査:首都カンパラの7つの地域およびウガンダ東部のトロロ・ディストリクトのブタレジャで社会言語学的調査を行った。その結果、各調査地点でのリンガフランカ(ガンダ語)と民族語の使用についての諸側面が明らかになり、また、それらの言語に対する言語態度(とくに重要なのはリンガフランカヘの反対意識と民族語保持意識)の実態が明らかになった。
著者
中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

1992年8月以来、現地調査を行い蓄積してきた、グイ語(中部コイサン語族)の資料のうちまだ非公開で量的に大きな比重を占める語彙データを学際的な利用にたえる「辞書」として編纂するために必要な基礎的な分析総合作業を行った.その具体的な内容は以下の通りである:1)これまで未解決であった3音節語根の声調組織を解明した;2)音韻的に対立する分節音および声調を表記する言語学的に妥当な正書法を作製した.以上の結果の一部は論文のなかで報告済みである.同時に、日本国内在住のブッシュマン研究者および研究機関への取材を行い、非言語学的情報の提供を受けた。入手情報と取材先は以下の通りである:1)地名と地点(GPSによる観測データ)の同定、および昆虫・小動物の名称と学名の同定(三重大学人文学部);2)人名とその起源に関する情報および動植物の名称および利用法と学名の同定(京都大学人間総合学部、アフリカ地域研究センター);3)狩猟に関する特殊語彙の意味記述に関する情報収集(兵庫県立人と自然の博物館生態研究部);4)親族名称の体系記述に関する情報収集(麗澤大学外国語学部)。15EA03:以上の新たな表記法と情報とを組み込んだ辞書のコンピュータ入力および編集は、主要な語彙項目のほぼすべてについて(2000項目以上)を終了した.このほかに、昆虫など小動物の標本写真や物質文化の実測図や写真の一部はフォトCDなどの形で変換し、将来的に計画している当辞書への統合の方法を予備調査した.この試みもある程度の成功をおさめた.
著者
中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

1992年から毎年行ってきた現地調査で採集したグイ語語彙のデータベースを、次の3つの点で修正と改訂をした:すなわち、1)1995年と1996年の調査結果を加える;2)クリック伴音表記の新しい方法の導入;3)データの並べ変え(ソ-ト)のための情報の入力である。これまで、現地調査で撮影をした物質文化に関連する写真をすべてフォトCDの形でデジタイズし終えた。それには、道具など、物質文化の要素それ自体の写真に加えて、道具の製作過程や利用過程の写真も含まれる。データベース化するこれらの写真資料は、検索のためのキーワードが必要となる。キーワードの設定のために、関連する文献の調査を行った。対象としたものは『文化項目分類表』や『基礎語彙集』の意味分野のリスト、動植物の利用を扱った生態人類学的研究論文である。その結果、一般的な枠組みを準備するのは困難であることがわかり、結局、当該の民族を対象とした生態人類学的民族誌(田中二郎とシルバ-バウアーによるもの)で用いられている項目や記述のラベルに基づくことにした。キーワードの付与は、他の研究者からのフィードバックも取り入れながら試行錯誤的に進めざるを得ないため、部分的に進行中というのが現状である。データベース化に用いているソフトウエアが、今年度途中にバ-ジョンアップを行い、リレーショナル機能をあらたに付け加えたので、写真資料は独立のデータベースにして、語彙データベースとの相互参照機能を構築するよう研究方針を修正した。このシステムのほうが、ツァイルが軽くなり、検索にかかる時間が短縮されるからである。現在、上記の検索キーワード付与とリレーショナルデータベースへの改編を進めている。
著者
中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

1.ボツワナでの実地調査によって採集したグイクエ=ブッシュマンの言語(グイ語)の記述資料(フィールドノート)を音韻分析した。その結果、この言語の音素目録、および語彙的語根ならびに機能語の音素配列、声調の体系、さらに主な動詞形態音韻論的現象を明らかにした。2.上記の分析に基づき、この言語の約2500項目の基礎語彙についての情報をカード型データベースに入力した。(1)表記法は音素表記を原則とする簡略音声表記を用いた。(2)表記のための特殊記号を含むグイ語専用フォントを一組作成した。(3)様々な音韻的条件からの検索を可能とするソ-トフィールドを、音素配列分析、声調分析の結果をもとに作成した。(4)語彙の形態論的、意味論的および民族学的な情報を入力した。(意味的・民族学的情報の入力に先立ち調査地を同じくする人類学者との意見交換、情報交換をおこなった。)3.録音資料(アナログテープ及びDATによる記録)を編集し、その一部を音響分析した。さらにこの音響資料をカード型データベースに画像データとして入力した。(ただしこの作業は現在も進行中である。)4.調音器官の図版(上顎と舌の断面図)を作成し、画像ファイルとして入力した。5.言語調査がまだ初期段階である現時点では、資料が非常に流動的であるため、枠組みを変更しやすいカード型データベースを用いているが、録音、画像、文字という異質な資料を統合的に扱うには、リレーショナルデータベースのほうが好都合である。将来的にはリレーショナルデータベースに移行する予定である。また、現在用いているパソコンの処理能力では検索に時間がかかり過ぎる。データベースの公開には高速マシンが必要である。
著者
中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本研究は、ボツワナ共和国のカラハリ地域でブッシュマンの1グループによって話されている、グイ語(中部コイサン語族)が有する極めて複雑な子音組織の理解のために、この組織を特徴付ける4つのクリック種、13種類のクリック伴音、4つの“軟口蓋化"歯茎閉鎖音([tx,tx',tsx、tsx'])、またこれらの音韻分析に直接関連する口蓋垂摩擦音と軟口蓋側面破察放出音の音響的特徴を、CSL-Computerized Speech Labを用いて分析した。その結果は、これまで私が行ってきた伝統的な主観的音声観察に主に基づく記述を大筋では支持し、それに音声的詳細に関する新たな事実を付加するものであった。細かい点では再考や修正に有益であった(たとえば破擦的放出伴音における喉頭の調節に関する推測に関して)。本研究の結果の一部として、すでに、Nakagawa,H.(1998)Unnatural Palatalization in Gui and Gana?Quellen zur Khoisan-Forschung 15,245-263で非クリック子音に関する議論を、また中川裕(1998)「コサイン諸語のクリック子音の記述的枠組み」『音声研究』ではクリック子音の記述に関する議論を、さらにNakagawa,H(1998)A cluster analysis of clicks and their accompaniments,Linguisitics and Phonetics 98(Sept.1998,Ohaio State University)ではクリック子音および“軟口蓋化"歯茎閉鎖音の新子音クラスター解釈の可能性を、それぞれ報告した。本研究の結果の主要部分にあたる子音組織全体の詳細な記述は現在進めているところである。そこでは、クリック子音と非クリック子音とを統一的に記述し分類するのに妥当な弁別特徴に関しても議論をする予定である。
著者
中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1999

本研究では、私自身がこれまでに現地調査によって収集し蓄積してきた中部コイサン語族のグイ語の語彙資料を、アンソニー・トレールが記述した南部コイサン語族のコン語の語彙資料と詳細に比較することによって、両言語の接触史に関する新たな知見をもたらすことに取り組んだ。この取り組みの主要な成果の一部はすでに「1.研究発表」の欄に記載のTraill & Nakagawa(2000)に発表してある。グイ・コン間の語彙比較研究をすすめる過程で、両言語のあいだに共有される音韻論的特徴や語彙要素、また特殊な語彙意味が多数浮かび上がってきた。その結果、これらの情報を豊富に含む、従来はまったくなしとげられなかった精密で詳細な語彙対応データベースができあがった。また、その語彙対応データベースを対象とした分析は、このコイサン地域に特有とみられる(コイサン諸語動詞の接触に起因する)音変化や意味変化を特定するために重要な資料を組織的にとらえることを可能にした。グイ語の方言調査の結果を分析し、カデ方言・クーテ方言・ホウ方言という3変種を同定しそれらの方言区画を発見した。そして、コン語との共通特徴や共通要素をもつのはどの変種であるかについて考察した。コイサン諸語内部における言語接触史の解明を今後さらに拡大発展させるために、私が編纂しつつあるグイ語語彙データベースを、ひろく海外の他のコイサン言語学者に容易に利用してもらうことを目標として、意味記述や博物誌的情報の英訳を本研究の下位プロジェクトとして開始した。現時点で、全体の約10%の初版英語翻訳ができあがった。
著者
中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

本研究の最終年度である今年度は、主に次にあげる3項目の研究を遂行した。まず一つ目として、昨年度までつづけてきたグイの韻文ジャンルである「ハノ」と、「歌」と翻訳することのできるジャンル「ツィー」のテキストを、音韻論的に妥当な記述の枠組みを用いて、言語学的に文書記録化すること(linguistic documentation)をさらに進めた。次に二つ目として、グイにおける、マザリーズ(motherese「子守ことば」)というスピーチ・スタイルと、上記「ハノ」という韻文ジャンルと、上記の「ツイー」のうち旋律のないタイプという3つの特殊スピーチを、音声学的・音韻論的な視点から精密に比較し、それらに共通する韻律的特徴に焦点をあてて精査を行った。最後に三つ目として、韻文ジャンル「ハノ」のテキストのモチーフとなっている自然・野生の側面について、環境認識の専門家との討議をとおして考察を行った。以上の3つの研究項目は、すべて、これまでのコイサン研究では取り上げられることのなかった、音韻論的接近法と民族言語学的接近法による民族誌研究の先駆けとなる研究といえる。コイサン言語民族学的研究は、ここを端緒として、民族詩学や音韻民族誌をさらに展開することができるはずである。また、本研究がクローズアップして、その実態に迫った韻文ジャンル「ハノ」については、ロマン・ヤコブソンの言語機能論との関連で、その伝達行為としての特異性の解明という新しい問題も浮かび上がってきた。本研究は、このように、言語民族学的文脈においても、また、言語機能論的文脈においても、きわめて興味深く新しい視座をもたらすことに成功した。
著者
中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
挑戦的研究(萌芽)
巻号頁・発行日
2018-06-29

2021年度の主要な調査活動は、(1)蓄積してきた資料の整備と精密な観察・分析と、(2)副産物的な成果として開発した正書法と識字学習ツールの拡張と更新だった。本来予定していたボツワナ共和国カラハリ地域における現地調査はコロナ感染状況がいぜんとして深刻なため実現することができず、その実施は研究期間を延長して、2022年度にする申請を行い承認を得た。上記(1)については、2020年1月までに収集したグイ語音韻獲得データに、さらに1990年代の資料を加えた:すなわち過去において現地調査で収集した録音とフィールドノート記録に子供の発音資料を「発掘」して整理したデータを併せて資料群を拡大整備した。そして、昨年度に引き続き、クリック獲得の過程で観察される置換音パタンがもつ理論的含意に関する考察を、追加資料分析をもとに進めた。この考察の結果は、日本音声学会で行った特別講演「多数のクリック子音をもつ言語は音韻体系をどう組織化するか:コイサン諸語の子音・母音・音素配列」の内容に含まれる子音の音韻的解釈にも反映している。(2)については、研究代表者と研究協力者が、日本アフリカ学会第58回学術大会でポスター発表した。またその後、識字学習用のイラストを追加してオンライン・ツールを充実させた。従来の研究では探求されてこなかった「多数のクリック子音をもつコイサン諸語の音素体系を子供はどのように獲得するか?」という問いに取り組む本研究は音韻獲得研究の射程を拡張しつつある。また、音韻獲得の研究指針に「獲得の難しい音類に関する探求」を組み入れることで、音韻獲得の言語相対性(個別性・類型性)の理論の発展に新しい光を与えつつある。
著者
中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2020-04-01

人類の言語音の多様性を探求する研究分野「音韻類型論」は、本来、言語音の普遍的傾向と言語音の限界範囲の両方の解明に向かうべきものだ。ところが、これまでの音韻類型論は前者が重視されすぎて、後者に関わる「言語音の限界縁はいかなるものか?」と「その限界縁をなす稀少特徴はどう説明できるか?」という重要問題をなおざりにしてきた。本研究は、これらの問題に取り組む。そのために音韻類型論に3つの新手法を導入する:第1に、めずらしい音韻特徴を重視する新接近法を採用する。第2に、コイサン諸語の精査によって言語音の複雑度の限界範囲の解明に挑む。第3に、音素目録・語彙・テキストの3基軸データセットによる頻度調査を行う。
著者
中川 裕 高田 明 松平 勇二
出版者
東京外国語大学
雑誌
国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))
巻号頁・発行日
2018-10-09

2021年度の主要実績は次のように要約できる:(1)過去に記録されたブッシュマン音楽のアーカイブ編纂を継続・拡大し、その派生的な成果を進展させた;(2)グイ語の言語的韻律とグイの歌の音楽的律動の比較分析を行った;(3)グイの歌の類型・リズム・楽器の側面を取り上げた小論を刊行した;(4)グイの治療ダンス音楽のリズム分析を行い、その結果の一部を学会発表した。(1)に関しては、昨年度に引き続き、1990年代までに収録した音楽を対象に資料目録の整備を実施した。また、中川が、歌を含む原文のテキスト表記の監修を担当した田中二郎(2020)『ブッシュマンの民話』(京都大学学術出版会)英訳刊行プロジェクトが最終段階に入った(現在は校正プロセス)。(2)の成果を一部反映した(3)については、研究代表者(中川)と研究分担者(松平)とが、それぞれ言語リズムと音楽リズムを分担して、これまでの考察結果を持ち寄りアンソロジー『地球の音楽』(東京外国語大学出版会)に「カラハリ狩猟採集民グイ人の歌」を執筆し、刊行した。(4)については、松平が日本アフリカ学会第58回学術大会で「グイ・ヒーリングダンスのリズム」を報告した。それら以外にも、本研究課題に関連する実績として、高田が日本発達心理学会第33回大会で「音楽性の学際的探究からの提言: 「音楽的な子どもたち」に導かれる発達観へ」を発表し、また、中川が日本音声学会第35回大会特別講演として「多数のクリック子音をもつ言語は音韻体系をどう組織化するか:“コイサン”諸語の子音・母音・音素配列」を発表した。