著者
山下 清海
出版者
地理空間学会
雑誌
地理空間 (ISSN:18829872)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.32-50, 2009

本研究は,インドの華人社会の地域的特色について考察するとともに,コルカタのチャイナタウンの現状を記述・分析することを目的とした。インドの華人は,イギリス植民地時代の首都であったコルカタに集中してきた。広東省籍が最も多く,特に客家人が最大多数を占め,彼らの経済活動は皮革業と靴製造業に特化してきた。1962 年に発生した中印国境紛争に伴う両国の関係悪化により,海外へ「再移民」する華人が増加し,華人社会は衰退し,今日に至っている。インドにおいてチャイナタウンが唯一存在するコルカタには2つのチャイナタウンがある。ティレッタ・バザール地区は衰退しているが,中印国境紛争までは繁栄し,その名残として,会館,廟,華文学校などの華人の伝統的な施設が集中している。一方,タングラ地区は,近年の皮革業の衰退により,皮革工場から中国料理店への転換が著しく,今日では中国料理店集中地区となっている。
著者
山下 清海
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.58, no.5, pp.295-317, 1985-05-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
58
被引用文献数
1

植民都市の一つであったシンガポールの中心部における華人方言集団のすみわけと,その崩壊について分析した.華人会館の会員の分布や会館:施設の分布を検討した結果,第二次世界大戦後も戦前とほぼ同様に,方言集団が互いにすみわけていた.しかし,そのような伝統的すみわけパターンは,シンガポールのマレーシアからの分離独立 (1965年)後,とりわけ1970年代以降,崩壊し始めた.その要因としては,1.華人をとりまく言語環境の変化(とくに英語優先化), 2. 華人のシンガポールへの定着化の進行と,方言集団内の相互扶助機能の低下, 3. 外資導入による工業化の進展に伴う華人の伝統的経済構造の変化, 4. 都市再開発の進行による方言集団の集中地区の崩壊, 5. 方言集団のすみわけの崩壊を促進させる人民行動党政府の諸政策,などが重要なものとしてあげられる
著者
山下 清海 松村 公明 杜 国慶
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2007年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.69, 2007 (Released:2007-04-29)

研究の背景と目的 日本の三大中華街(横浜中華街,神戸南京町,長崎新地中華街)は,いずれも幕末の開港都市に形成された伝統的なチャイナタウンと位置づけられる。三大中華街は,主として日本人を対象に,中国料理店を中核としながら観光地として発展してきた。これに対して,近年の華人ニューカマーズの増加に伴い,東京・池袋駅北口周辺に新興のチャイナタウンが形成されつつある。このチャイナタウンは,主として華人ニューカマーズを対象にサービスを提供する中国料理店,食材店,書店,ネットカフェなどが集積して形成された点に大きな特色がある。 アメリカ・カナダをはじめ欧米では,都心近くに形成された伝統的なチャイナタウン(オールドチャイナタウン)とは別に,近年,中国大陸・台湾・香港・東南アジアなどからの華人ニューカマーズによって新たなチャイナタウン(ニューチャイナタウン)が形成されている(山下,2000)。このようなグローバルな傾向の中で,池袋チャイナタウンは,日本最初のニューチャイナタウンとして位置づけることができる。なお,池袋チャイナタウンという名称は,報告者の一人である山下が,三大中華街とは性格が異なるチャイナタウンであることを強調するために,敢えて「中華街」という名称を用いずに,2003年,「池袋チャイナタウン」と名づけたものである (山下 2003,2005a)。 本研究では,池袋チャイナタウンの形成プロセスを明らかにするとともに,三大中華街との比較考察を通して,池袋チャイナタウンのニューチャイナタウンとしての特色について考察することを目的とする。 池袋チャイナタウンの形成と特色 池袋チャイナタウンの位置は,西池袋1丁目の歓楽街と重なり合う。新宿や新橋と並んで,池袋は戦後の闇市などで多額の収入を得た華人が投資する繁華街の一つであった。1980年代半ば以降,日本語学校で日本語を学ぶための就学生ビザによって来日を果たす福建省や上海周辺出身などが急増した。池袋周辺には日本語学校が集中し,付近に残されていた低家賃の老朽化したアパートに彼らが集住するようになった。 チャイナタウンの形成においては,中核となる店舗の存在が大きい。池袋チャイナタウンの中核となっているのは,中国物産のスーパーマーケットチェーン店「知音」である。「知音」では中国書籍・ビデオ販売に加えて,中国料理店や旅行会社を併設するほか,中国語新聞(フリーペーパー)やテレホンカードも発行する。 池袋チャイナタウンが位置する池袋駅西側周辺には,華人が居住するアパートが多いが,池袋駅東側の東池袋,大塚周辺にも,華人が多く居住している。また,華人ニューカマーズの定住化傾向に伴い,単身者が結婚後,より広い住宅を求めて,埼京線や京浜東北線の沿線の埼玉県の公団住宅やアパートに移り住む郊外化の傾向もみられる(江・山下 2005b)。彼らの職場は東京都内が多く,勤務を終え,帰宅する途中に買物,食事などで立ち寄りやすい池袋の位置は,チャイナタウン形成の一つの重要な要因になっている。 池袋チャイナタウンの最近の傾向として,中国東北3省(遼寧・吉林・黒龍江)出身者の進出が顕著であることが指摘できる。東北3省には朝鮮族が多く,朝鮮語と日本語には文法をはじめ類似点が多いため,朝鮮族にとって,日本語は学び易い外国語であった。また東北3省は,伝統的に日本語教育が盛んな地域であった。中国東北3省出身者の増加に伴い,池袋チャイナタウンでは,中国東北料理店あるいは中国朝鮮族料理店が増加している。 池袋チャイナタウンは,新宿区大久保地区のコリアンタウンがそうであったように,今後,日本人の顧客を取り込むことにより,チャイナタウンとしてさらに発展する可能性を有している。 〔文献〕 山下清海 2000.『チャイナタウン―世界に広がる華人ネットワーク―』丸善. 山下清海 2003.世界各地の華人社会の動向.地理 48:35-41. 山下清海 2005a. 「池袋チャイナタウン」の誕生. 山下清海編『華人社会がわかる本―中国から世界へ広がるネットワークの歴史,社会,文化』146-51.明石書店. 江 衛・山下清海 2005b.公共住宅団地における華人ニューカマーズの集住化―埼玉県川口芝園団地の事例―.人文地理学研究 29:33-58.
著者
山下 清海 尹 秀一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2008年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.157, 2008 (Released:2008-07-19)

問題の所在 韓国は「チャイナタウンがない国」と呼ばれてきた。それは,第二次世界大戦後,韓国政府が国内の華人に対して厳しい政策をとって来たために,形成されたチャイナタウンが消滅したこと,あるいは新たなチャイナタウンが形成されなかったことを示している。 しかし,1992年の韓国と中国の国交樹立を契機に,韓国における華人社会を取り巻く状況は大きく変化した。韓国と中国の間の貿易や人的な交流が深まるとともに,韓国政府や韓国人の華人に対する対応も変わってきた。それらの変化の象徴が,かつて形成されていたチャイナタウンの再開発や新たなチャイナタウンの建設構想である。 報告者の一人である山下は,2000年に仁川(インチョン)を調査し,かつてのチャイナタウンおよび華人社会の状況について報告した(山下 2001)。その後,仁川のチャイナタウンは「仁川中華街」として,急速に再開発復興された。本報告は,仁川中華街の再開発の過程と現状を明らかにするとともに,仁川中華街の再開発の意義について考察するものである。 なお,現地調査は,2007年3月および2007年11月に実施し,仁川中華街繁栄聯合会,韓中文化館,仁川広域市中区庁,仁川中山中・小学校(華僑学校),中国料理店をはじめとする華人経営店舗などから聞き取り,資料収集を行うとともに,仁川中華街の土地利用・景観調査を実施した。 仁川における華人社会の変遷 1882年,朝清商民水陸貿易章程により,仁川は,釜山,元山とともに中国側に開港された。そして,仁川には清国租界が設けられ,チャイナタウンが形成された。華人の出身地をみると,黄海を挟んで対岸に位置する山東が最も多かった。 第二次世界大戦後,李承晩政権(1948~60年)および朴正煕政権(1963~79年)の下で,民族経済の自立を掲げて実施された華人の経済活動に対する厳しい規制強化により(外国人土地所有規制,外貨交換規制,飲食業への重課税など),華人社会は大きな打撃を受けた。韓国での生活を諦めざるを得なくなった多数の華人は廃業して,アメリカ,カナダ,台湾,日本など世界各地に移住し,仁川のチャイナタウンは事実上消滅した。 仁川中華街の再開発 2001年から仁川広域市中区庁は,外国租界時代の歴史的建造物が多く残る地区を整備して,新たな観光ベルトを形成する事業を開始した。その中核をなすのが「仁川中華街」の建設であった。2002年,サッカーの日韓共催ワールドカップの際,多数の中国人の来訪も期待されていた。 2002年には,仁川広域市中区庁のさまざまな部門の職員が,仁川中華街再開発の参考とするために,横浜中華街を視察に出かけた。また同年には,仁川中華街のシンボルとなる最初の牌楼(中国式楼門)が,仁川の姉妹都市である山東省威海市の寄贈で建設された。その後,さらに二つの牌楼,三国志壁画通り,韓中文化館,中華街公営駐車場などが建設され,チャイナタウンらしい街路や景観がしだいに整ってきた。 仁川中華街の再開発に伴い,仁川中華街の外部で中国料理店やその他の店舗を営んでいた華人が,仁川中華街で開業するようになった。2001年には5軒しか残っていなかった中国料理店は,2007年11月の調査では,30軒あまりに増えた。また,約30軒の中国物産,食品などの店舗が,仁川中華街に立地している。規模の大きな中国料理店では,中国出身の料理人や従業員を雇用している。また,中国物産,食品店の経営者の多くは,最近山東省などから来韓した「新華僑」である。 仁川中華街の再開発事業は,仁川広域市,特に中区庁が主体となって進められた。財政的な支援も,仁川中華街の建設計画も,ほとんどが行政側によるものである。地元の華人社会は,これまでの仁川中華街の再開発では,付随的な役割しか果たしていない。この背景には,これまでの韓国政府の非常に厳しい対華人政策により,華人社会の経済的,社会的な力が徹底的に弱体化されてきたことを反映している。 〔文献〕 山下清海 2001.韓国華人社会の変遷と現状.国際地域学研究(東洋大学) 4:261-273.山下清海『東南アジア華人社会と中国僑郷―華人・チャイナタウンの人文地理学的考察―』117-135.古今書院に再録. 尹 秀一 2005.韓国―中国語ブームと韓流のなかで―.山下清海編『華人社会がわかる本―中国から世界へ広がるネットワークの歴史,社会,文化』186-198.明石書店.
著者
山下 清海 小木 裕文 張 貴民 杜 国慶
出版者
地理空間学会
雑誌
地理空間 (ISSN:18829872)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.1-26, 2012

中国では,多くの海外出稼ぎ者や移住者を送出した地域を「僑郷」とよんでいる。本研究では,浙江省の主要都市である温州市に隣接し,伝統的な僑郷であった青田県が,新華僑の送出により,僑郷としての特色がいかに変容してきたかについて,現地調査に基づいて考察することを目的とした。山間に位置し貧困であった青田県では,清朝末期には,特産品である青田石の加工品を販売するため,陸路でシベリアを経てヨーロッパに出稼ぎする者も少なくなかった。光緒年間(1875 ~ 1908 年)には,ヨーロッパよりも日本へ出稼ぎに出る者が増加した。しかし,関東大震災の発生後,日本への出稼ぎの流れは途絶え,青田人の主要な出国先は,ヨーロッパになっていった。中国の改革開放政策の進展に伴い,海外渡航者が急増し,青田県では出国ブームが起こった。その主要な渡航先はスペイン,イタリアを中心とするヨーロッパであった。海外在住者からの送金・寄付・投資などにより,僑郷である青田県の経済は発展した。ヨーロッパ在住者やヨーロッパからの帰国者の影響は,僑郷の景観や住民のライフスタイルにも現れている。
著者
山下 清海
出版者
東洋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1995

本研究では、アメリカ・東南アジア・日本におけるチャイナタウンを対象に、チャイナタウンの形成および変容について比較検討し、各地のチャイナタウンに共通する普遍的性格を明らかにするとともに、各地域のチャイナタウンの地域的性格を解明し、それらの背景について考察することを目的とした。まず、チャイナタウンに関する内外の関係文献を収集し、文献資料のデータベースの作成を行った。また、日本の三大中華街(横浜・神戸・長崎)の現地調査を行うとともに、東南アジアのシンガポール・クアラルンプール・ジャカルタのチャイナタウンの現地調査を実施した。アメリカのチャイナタウンに関しては、本研究開始前の平成6年〜7年にかけて実施した調査成果を整理するとともに、多数の文献から考察した。これらの結果、次のようなことが明らかになった。日本の三大中華街は、いずれも観光地としての性格が強く、近年ますますその傾向を強めている点に大きな特色がある。これに対して、サンフランシスコやニューヨークなどのアメリカのチャイナタウンの一部には、日本と同様に観光地になっている所もあるが、近年、中国大陸・香港・台湾・東南アジアなどからの新来の華人の増加に伴い、郊外にニューチャイナタウンが形成されつつある。東南アジアのチャイナタウンを全体的にみると、現地の華人社会に対して経済的、社会的、文化的サービスを提供する機能が強く、チャイナタウンが観光地化しているところは少ない。
著者
山下 清海 小木 裕文 松村 公明 張 貴民 杜 国慶
出版者
地理空間学会
雑誌
地理空間 (ISSN:18829872)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.1-23, 2010

本研究の目的は,日本における老華僑にとっても,また新華僑にとっても代表的な僑郷である福建省の福清における現地調査に基づいて,僑郷としての福清の地域性,福清出身の新華僑の滞日生活の状況,そして新華僑の僑郷への影響について考察することである。1980 年代後半~ 1990 年代前半における福清出身の新華僑は,比較的容易に取得できた就学ビザによる集団かつ大量の出国が主体であった。来日後は,日本語学校に通いながらも,渡日費用,学費などの借金返済と生活費確保のために,しだいにアルバイト中心の生活に移行し,ビザの有効期限切れとともに不法残留,不法就労の状況に陥る例が多かった。帰国は,自ら入国管理局に出頭し,不法残留であることを告げ,帰国するのが一般的であった。1990 年代後半以降には,福建省出身者に対する日本側の審査が厳格化された結果,留学・就学ビザ取得が以前より難しくなり,福清からの新華僑の送出先としては,日本以外の欧米,オセアニアなどへも拡散している。在日の新華僑が僑郷に及ぼした影響としては,住宅の新改築,都市中心部への転居,農業労働力の流出に伴う農業の衰退と福清の外部からの労働人口の流入などが指摘できる。また,新華僑が日本で得た貯金は,彼らの子女がよりよい教育を受けるための資金や,さらには日本に限らず欧米など海外への留学資金に回される場合が多く,結果として,新華僑の再生産を促す結果となった。
著者
矢ケ崎 典隆 山下 清海 加賀美 雅弘 根田 克彦 山根 拓 石井 久生 浦部 浩之 大石 太郎
出版者
日本大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2011-04-01

多民族社会として知られるアメリカ合衆国では、移民集団はいつの時代にも異なる文化を持ち込み、それが蓄積されて基層(古いものが残存するアメリカ)を形成してきた。従来のアメリカ地誌は表層(新しいものを生み出すアメリカ)に注目した。しかし、1970年代以降、アメリカ社会が変化するにつれて、移民の文化を再認識し、保存し、再生し、発信する活動が各地で活発化している。多様な文化の残存、移民博物館、移民文化の観光資源化に焦点を当てることにより、現代のアメリカ地誌をグローバルな枠組みにおいて読み解き直すことができる。アメリカ合衆国はまさに「世界の博物館」である。
著者
山下 清海 小木 裕文 松村 公明 張 貴民 杜 国慶
出版者
地理空間学会
雑誌
地理空間 (ISSN:18829872)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.1-23, 2010

本研究の目的は,日本における老華僑にとっても,また新華僑にとっても代表的な僑郷である福建省の福清における現地調査に基づいて,僑郷としての福清の地域性,福清出身の新華僑の滞日生活の状況,そして新華僑の僑郷への影響について考察することである。 1980年代後半~1990年代前半における福清出身の新華僑は,比較的容易に取得できた就学ビザによる集団かつ大量の出国が主体であった。来日後は,日本語学校に通いながらも,渡日費用,学費などの借金返済と生活費確保のために,しだいにアルバイト中心の生活に移行し,ビザの有効期限切れとともに不法残留,不法就労の状況に陥る例が多かった。帰国は,自ら入国管理局に出頭し,不法残留であることを告げ,帰国するのが一般的であった。 1990 年代後半以降には,福建省出身者に対する日本側の審査が厳格化された結果,留学・就学ビザ取得が以前より難しくなり,福清からの新華僑の送出先としては,日本以外の欧米,オセアニアなどへも拡散している。 在日の新華僑が僑郷に及ぼした影響としては,住宅の新改築,都市中心部への転居,農業労働力の流出に伴う農業の衰退と福清の外部からの労働人口の流入などが指摘できる。また,新華僑が日本で得た貯金は,彼らの子女がよりよい教育を受けるための資金や,さらには日本に限らず欧米など海外への留学資金に回される場合が多く,結果として,新華僑の再生産を促す結果となった。
著者
山下 清海
出版者
地理空間学会
雑誌
地理空間 (ISSN:18829872)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.32-50, 2009

本研究は,インドの華人社会の地域的特色について考察するとともに,コルカタのチャイナタウンの現状を記述・分析することを目的とした。インドの華人は,イギリス植民地時代の首都であったコルカタに集中してきた。広東省籍が最も多く,特に客家人が最大多数を占め,彼らの経済活動は皮革業と靴製造業に特化してきた。1962 年に発生した中印国境紛争に伴う両国の関係悪化により,海外へ「再移民」する華人が増加し,華人社会は衰退し,今日に至っている。インドにおいてチャイナタウンが唯一存在するコルカタには2つのチャイナタウンがある。ティレッタ・バザール地区は衰退しているが,中印国境紛争までは繁栄し,その名残として,会館,廟,華文学校などの華人の伝統的な施設が集中している。一方,タングラ地区は,近年の皮革業の衰退により,皮革工場から中国料理店への転換が著しく,今日では中国料理店集中地区となっている。
著者
藤巻 正己 江口 信清 生田 真人 平戸 幹夫 山下 清海 田和 正孝 祖田 亮次 ルスラン ライニス タールミジー マスロン
出版者
立命館大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2006

本研究では、(1) 人口・社会経済地図による俯瞰的分析、(2) クアラルンプル大都市地域やパハン州などの農山漁村、サラワク州内陸部の先住民族居住地域における虫瞰的現地調査を通じて、マレーシアにおける貧困問題の表出状況とその差異や要因について、地域的・民族集団的多様性という観点から探究した。その成果については、公開セミナーの開催、他の研究組織との国際シンポジウムの共催、そして研究報告書(180頁)の刊行をもって公開された。
著者
村山 祐司 山下 清海 森本 健弘 兼子 純 呉羽 正昭 松井 圭介 仁平 尊明 山下 亜紀郎 田林 明 手塚 章
出版者
筑波大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2010-04-01

本プロジェクトでは,人文地理学者が培ってきた豊富なフィールドワークの経験や蓄積にもとづき,暗黙知とされてきたフィールドワークを体系的に考察することにより,方法論の「ホワイトボックス」化に挑んだ.研究そのものを遂行するノウハウや研究論文の論旨を組み立てる方法などに注意を払いつつ,データを系統的に取得・蓄積・管理・分析・可視化・伝達する汎用的な方法を探究した.さらに,GISデータ解析のポータルサイトを立ち上げ,時空間データベースの活用実験を行うとともに,空間解析を主体としたフィールドサイエンスの確立に向けて議論を重ねた.本研究の成果はウェブで公開した.