著者
町田 夏雅子 石川 ひろの 岡田 昌史 加藤 美生 奥原 剛 木内 貴弘
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.65, no.11, pp.637-645, 2018

<p><b>目的</b> 東京五輪開催決定後,国内外で受動喫煙規制強化を求める声が増え厚生労働省が対策強化に取り組んでいる。本研究では受動喫煙規制に関する新聞報道の現状と傾向を内容分析により明らかにし,行政側の報告書との比較から課題を示すことを目的とした。</p><p><b>方法</b> 分析対象は全国普及率が上位の3紙(朝日・読売・毎日)の2013年9月7日から2017年3月31日までに発行された東京本社版の朝刊と夕刊で,キーワードとして「受動喫煙・全面禁煙・屋内喫煙・屋内禁煙・建物内禁煙・敷地内禁煙」を見出しか本文に含む記事のうち,投稿記事および受動喫煙規制に関係のない記事を除いた182記事である。規制に対する肯定的記載および否定的記載に分けた全37のコーディング項目を作成した。また行政側が発表した内容を記事が反映しているかを考察するため,平成28年8月に厚生労働省が改訂発表した喫煙の健康影響に関する検討会報告書(たばこ白書)より受動喫煙に関する記載を抜き出し,コーディング項目に組み入れた。</p><p><b>結果</b> コーディングの結果,記事数の内訳はそれぞれ肯定的107,否定的7,両論併記50,その他18であった。両論併記のうち否定意見への反論を含むものが14記事(28%)であり,反論の内容は主に「屋内禁煙による経済的悪影響はない」,「分煙では受動喫煙防止の効果はない」という記載であり,いずれもたばこ白書に明示されている内容であった。</p><p><b>結論</b> 受動喫煙規制に関する新聞記事は,規制に肯定的な内容の一面提示が最も多く,最も読み手への説得力が高いとされる否定意見への反論を含む両論併記の記事は少数であったが,社説においては両論併記の記事が一定数認められた。もし新聞が受動喫煙規制に対して賛成なり反対なり何らかの立場を持つのであれば,記者の意見を述べる社説において,反対意見への反論を含む両論併記を行えば,社説の影響力が高まるかもしれない。また,報道が不十分と考えられるトピックも見られ,受動喫煙規制に関する新聞報道の課題が示唆された。</p>
著者
三瓶 舞紀子 藤原 武男 伊角 彩
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.68, no.6, pp.393-404, 2021-06-15 (Released:2021-06-25)
参考文献数
29

目的 欧米の研究では,妊娠期や出産後早期に泣きに関する知識やその対処に関する知識教育をすることで,乳幼児揺さぶられ症候群を予防できるといわれている。しかし本邦で妊娠期におけるこれらの教育の効果を検証した研究はない。本研究では,厚生労働省が作成した乳幼児揺さぶられ症候群予防のための教育的動画「赤ちゃんが泣きやまない」を妊娠期に視聴することによる知識向上に関して検証することを目的とした。方法 2013年4月1日~2014年3月31日の間に全国の46自治体で,妊娠中の両親学級の機会を利用して教育的動画の視聴と効果検証のための調査票の配布を行った。調査票の主な項目は,本人および家族の属性,妊娠がわかった時の状況,泣きおよび揺さぶりに関する知識であり,泣きおよび揺さぶりに関する知識についてはビデオ視聴後にも確認した。5,246人に調査票を配布し4,769人から回収し(回答率91%),泣きに関するおよび揺さぶりに関する知識について回答がある4,647人(有効回答率89%)を分析対象とした。 これまでの研究と同様に,泣きに関する知識については「赤ちゃんが泣いているときにいつもどこか具合が悪いサインだと思いますか」など計6問,揺さぶりに関する知識については「泣き止ませるために赤ちゃんを激しく揺さぶることは,良い方法だと思いますか」など計2問で測った。4件法による回答を0~3点とし,それぞれ動画視聴の前後で合計点を0-100点に換算し前後比較した。さらに属性に関して層別化および前後の増加分に対する回帰分析を行った。結果 泣きに関する知識については,視聴前後で17.5点(95%信頼区間;CI;17.1-17.9),揺さぶりに関する知識については,視聴前後で6.8点(95%CI;6.3-7.2)と,有意に知識の増加が認められた。これらは,属性等に関してそれぞれ層別化しても,同様の結果であった。さらに,知識の増加分に対する共変量の回帰分析の結果,泣きに関する知識では,回答者が男性,第1子,うつ傾向ではない者が知識の増加がより顕著であった。揺さぶりに関する知識では男性,第1子,妊娠時の気持ちに「予想外だがうれしかった」と回答した者が知識の増加がより顕著であった。結論 乳児の泣きおよび揺さぶりに関する教育的動画の妊娠期の視聴により,父親となる者を含むどの属性においても知識の向上が確認された。
著者
横溝 珠実 二宮 忠矢 片岡 久美恵 中塚 幹也
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.68, no.6, pp.425-432, 2021-06-15 (Released:2021-06-25)
参考文献数
18

目的 子どもへの虐待防止のためには,妊娠中から社会的ハイリスク妊産婦への支援を開始する必要がある。岡山県が独自に開始した「妊娠中からの気になる母子支援」連絡システムの現状と成果を検討する。方法 2011年運用開始からの8年間の取り組みを振り返り,運用前の状況や開始のための準備,運用の実際,連絡事例の内容等について検討した。「妊娠中からの気になる母子支援」連絡票4,598件のうち,連絡票送付時期および17項目のリスクの種類について単純集計を行った。また厚生労働省の平成30年度福祉行政報告例より岡山県の児童虐待相談対応件数の推移を明らかにした。結果 岡山県内の分娩取扱医療機関および分娩取扱いはないが妊婦健診を実施している医療機関52施設のうち,すべての医療機関(100%)が岡山モデルに参加していた。医療機関で気になる妊産婦を把握し,連絡票を送付した時期は,2011年~2018年の8年間全体でみると,妊娠中が56.1%,産後が43.6%,無記入0.3%となっていた。連絡事例の内容をみると社会的リスク因子として「未婚」1,318件(28.7%),「精神科的支援が必要」1,090件(23.7%),「10代の妊娠」769件(16.7%),「夫・家族の支援不足」801件(17.4%)などが高率であった。岡山県内における児童虐待相談対応件数は「妊娠中からの気になる母子支援」連絡票を活用したシステム開始の翌年である2012年以降は減少に転じており,2012年度の相談件数1,641件に比べ,2018年度は850件と半減していた。各保健所と産科医療機関等との連絡会議などを通じて,連絡事例の検討や連携システムのあり方などについて継続的に協議を重ねていくなかで,岡山県内において本システムが浸透し,定着しつつあった。結論 職域のハードルを越えて,「気になる」という感覚を共有することで,支援を必要とする妊産婦を見落とさない環境が整いつつある。また,その後も地域に応じたネウボラの取り組みや産婦健診,産後ケア事業,養育支援訪問等の普及や医療機関と行政の連絡会議が各保健所単位で定期的に行われていること等により,虐待リスクの可能性がある妊産婦への支援を早い段階で開始することで,虐待が深刻になってからの相談や通告件数が減少してきている可能性がある。
著者
古城 隆雄 尾島 俊之 中俣 和幸 家保 英隆 田中 剛 牧野 伸子 鈴木 孝太 平山 朋 山本 光昭 鶴田 憲一
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.68, no.6, pp.385-392, 2021-06-15 (Released:2021-06-25)

目的 公衆衛生の進歩発展および向上のためには,科学的な根拠に基づく政策の展開が求められ,学術と行政の連携が重要である。そこで,日本公衆衛生学会を活用しながら,学術と行政のさらなる連携の推進方策を検討することを目的に,日本公衆衛生学会学術行政連携検討委員会(委員長:鶴田憲一)の活動を行った。方法 学術行政連携検討委員会を2018年度~2019年度の2年間に3回開催し,さらにメールによる意見交換を行った。また,2019年10月24日に第78回日本公衆衛生学会総会において「根拠に基づく公衆衛生政策(EBPM)の具体的事例とノウハウ(学術行政連携検討委員会)」と題したシンポジウムを開催し,学術と行政の両者から,これまでの連携の具体的事例とノウハウについて発表し,参加者との質疑を通じて今後の課題についても議論した。活動報告 学術行政連携検討委員会の検討では,日本公衆衛生学会の運営における連携,行政業務データの精度に関する共通認識,行政におけるデータ活用の推進,人材確保と育成による連携の重要性があげられた。シンポジウムでは,委員長から学術行政連携検討委員会の設立経緯と趣旨を説明した後,データの活用に関する行政と学術のギャップについて,目的,研究の位置づけ,データ形式,人材,データ提供への課題の5点について整理した。続いて,行政の観点から,都道府県行政と公衆衛生学会の連携,地方行政職員の演題発表の変化,災害対応における学術への期待について,学術から,大学による行政の調査研究の支援,行政と連携したエビデンスづくりについての報告と質疑が行われた。結論 学術と行政の連携により,行政にとっては,根拠に基づく政策形成の深化とそのための人材育成が推進できる。また,日本公衆衛生学会総会開催は,公衆衛生従事者の資質の向上と経済効果につながる。学術にとっては,求められる研究内容の把握やデータ活用が推進できる。
著者
平部 正樹 藤後 悦子 藤城 有美子 北島 正人 藤本 昌樹 竹橋 洋毅
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.68, no.6, pp.412-424, 2021-06-15 (Released:2021-06-25)
参考文献数
28

目的 私立広域通信制高校の生徒を対象に質問紙調査を行い,通信制高校選択に関わるストレスから生徒を分類し,そのタイプごとに精神健康度に関わる要因を抽出した。方法 私立A広域通信制高校の全国11キャンパスに所属する全生徒3,888人を対象とした。調査期間は2015年10月から2016年1月であった。クラスごとの一斉ホームルーム時に,担任教員が,調査票を直接配付・回収した。調査票は,基本項目,精神健康関連項目,ライフスキル項目から構成されていた。精神健康関連項目については,通信制高校入学前のストレス,入学後のストレス,通信制高校選択に関わるストレスについて,「学業」,「友人関係」,「教師との関係」,「部活動」,「学校行事」,「家庭環境」,「健康状態」,「バイト・仕事」の8領域から尋ねた。精神健康度を計る指標として,Kessler 6(以下,K6)を用いた。結果 2,424人からの有効回答を得た(回収率,62.3%)。通信制高校入学前と入学後のストレスの変化については,男女ともに,「バイト・仕事」領域以外で入学後にストレスが低下していた。通信制高校選択に関わるストレスの8領域の得点により大規模クラスタ分析を行った結果,6群が抽出された。各群におけるK6得点に関わる要因を抽出したところ,すべての群で健康状態が強く関わっていた。加えて,学業ストレス高群,友人関係ストレス高群,家庭・健康ストレス高群については,通信制高校選択の理由となったストレスが,入学後も精神健康度の低さに結びついていた。学校関連ストレス複合群については,友人関係に加え,家庭環境が精神健康度の低さと関連していた。全ストレス高群は,とりわけ学業との関連が強かった。ライフスキルについては,ストレスマネジメントスキルや意志決定スキルの高さが精神的健康度の高さと関わっていた。結論 通信制高校生徒の精神健康度の向上のためには,そのニーズを把握し,そのタイプに応じた支援を行うこと,その際にストレスへの対処と,ライフスキルを伸ばすことが重要であることが示された。今後,通信制高校生徒への支援実践につながることが期待される。
著者
米山 京子 池田 順子
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.51, no.12, pp.1008-1017, 2004 (Released:2014-08-29)
参考文献数
13

目的 食事からのカルシウム(Ca)摂取量の増大は長期授乳婦の骨密度低下を阻止し得るか,また,長期授乳により低下した骨密度の回復について,骨代謝を考慮して検討する。方法 1 年間以上の授乳婦について,授乳中の Ca 摂取量を食事指導により増大させた群(M 群)と授乳中に乳・乳製品を殆ど摂取しなかった群(N 群),および非授乳群(C 群)について,超音波法による骨密度測定および尿,血液(M, C 群のみ)中の骨代謝指標の測定を出産後 1~12週に開始し,その後半年に 1 回の頻度で最長 2 年間追跡測定,それらの変化を 3 群または 2 群間で比較検討した。結果 1. M 群の Ca 摂取量は平均1,032 mg/日で,日本人の授乳婦の栄養所要量に較べ幾分少なかった。 2. 骨密度変化のパターンは 3 群間で有意に異なり,1 年後に N 群では有意に低下(−8.0%),C 群では有意に上昇したが,M 群では有意な変化は認められなかった。開始時の骨密度値および出産回数を考慮して,1 年後の骨密度変化率は 3 群間および M, N 群間で有意であった。 3. 1 年半後の骨密度変化率は 3 群間で有意差は認められなかった。 4. M 群では開始時および半年後の尿中 Hydroxyproline/Creatinine は N 群より有意に低く,1 年後の尿中 Calcium/Creatinine は有意に高かったが,C 群とは両指標とも有意差は認められなかった。 5. M 群では 1 年後までの血清中 Bone alkaline phosphatase は C 群の半年後の値に較べ有意に高く,1 年後までの Osteocalcin も高い傾向であった。結論 授乳に対して Ca 摂取量が充足されれば,1 年以上の長期授乳でも骨密度低下はみられない。長期授乳により骨密度が低下した場合も平均的には離乳後半年で開始時まで回復するが,授乳期間中の骨密度の極端な低下は母児双方にとって好ましくない。
著者
椛 勇三郎 西田 和子
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.98-106, 2007

<b>目的</b>&emsp;近年,眼精疲労を引き起こすと考えられる生活習慣の激変が子どもたちの視力低下を引き起こしているのではないかと懸念されている。本研究では,女子中学生の視力低下に関連する要因を検討するために,生活習慣や生活環境に着目し視力低下との関連性を評価することを目的とした。<br/><b>方法</b>&emsp;女子中学生を対象に生活習慣に関する横断的調査を実施し,視力低下要因に関する統計的分析を行った。屈折力の測定を行わない学校健診では,精度が高い測定を期待することは難しい。また,変数によっては非対称で右に裾を引く分布およびはずれ値が存在する。これらの影響を受けにくくするために,本論文では対象とする変数をすべてカテゴリー化してロジスティックモデルによって解析した。ロジスティックモデルの構築には,グラフィカルモデリングによって要因間の相互関連性を調べたうえで,AIC(赤池情報量基準)によるモデル選択技法を適用した。<br/><b>結果</b>&emsp;ロジスティックモデルより得られた主要な結果として,自宅や学習塾での勉強時間,読書時間,親や兄弟のメガネやコンタクトレンズの使用状況,睡眠時間で調整した TV からの視聴距離が「2 m 未満」の「2 m 以上」に対する調整オッズ比は2.08で有意であった(95%CI: 1.23-3.50)。しかし,TV の視聴時間が「2 時間以上」の「2 時間未満」に対する調整オッズ比は,1 に近くモデルに選択されなかった。自宅や学習塾での勉強時間が「2 時間以上」の「2 時間未満」に対する調整オッズ比,読書時間が「2 時間以上」の「2 時間未満」に対する調整オッズ比,親や兄弟がメガネやコンタクトレンズの「使用あり」の「使用なし」に対する調整オッズ比は,いずれも有意であった。<br/><b>結論</b>&emsp;以上より,女子中学生の視力低下に関連する要因として「TV からの視聴距離」のほうが「TV の視聴時間」よりも強い関連性を持つ要因であることが示唆された。さらに,視力低下要因の多変量的評価をオッズ比で与えた結果は,教育現場における生活習慣,生活環境の改善を推進する上で有意義なものと考える。
著者
足立 ちあき 毛利 好孝
出版者
Japanese Society of Public Health
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.14-21, 2011

<b>目的</b> 新型インフルエンザの集団感染が疑われた高等学校に対する疫学調査,患者への対応等を通して,新感染症発生時の初期対応にかかる課題を明かにする。<br/><b>方法</b> 5 月16日,神戸市内で国内初の新型インフルエンザ患者の発生が確認,報告された直後に集団発生が疑われた高校で,インフルエンザ様症状の認められた高校生14人を対象に,集団検診,PCR 検査および疫学調査等を実施した。<br/><b>結果</b> 渡航歴やインフルエンザ様症状を呈している者との接触歴がある者はいなかった。PCR 検査の結果,14人中 9 人が新型インフルエンザと確定診断された。患者 9 人については,発熱,咳,頭痛,倦怠感等の症状がみられたが,成田空港検疫所で 5 月 8•9 日に確定診断された 4 症例に比べ,発現率が低かった。確定時には,すでに抗インフルエンザウイルス薬の処方等を受け,臨床症状が消失し,感染性の低さも示唆されたため,入院治療が必要でないことが明らかであり,とくに患者発生の多かった神戸市では入院病床数が限界に近づいていたため,9 人全員に対し入院勧告を行わなかった。家族等濃厚接触者にも感染を疑う臨床症状を認める者がいなかったことから,不要不急の外出を控えるよう理解を求めるにとどめた。<br/><b>結論</b> 今回,兵庫県において新型インフルエンザの国内初発例を確認し,早期の段階でまん延状態と言える状況となった経験から,新感染症の発生時には,発生地域から得られる臨床症状,経過等の情報を速やかに収集•分析し,各時点におけるウイルスの特徴や感染力等を見極めた上で,地方自治体において,柔軟な対応をとれる体制を整備する必要があると考える。
著者
吉江 悟 高橋 都 齋藤 民 甲斐 一郎
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.51, no.7, pp.522-529, 2004 (Released:2014-08-29)
参考文献数
19

目的 行政保健師は,介護保険が実施される以前から高齢者介護サービス提供に携わるなかで,高齢者ケアマネジメントの経験・知識を蓄積してきた。原則としてその役割が介護支援専門員へ移管された介護保険施行後も,様々な対象からの相談対応を行っている。本研究では,高齢者在宅介護における対応困難事例のうち,これまであまり焦点の当てられなかった同居家族が問題の主体となるものに焦点を絞り,行政保健師の視点からみてどのような状況が対応困難と認識されているか明らかにし,具体的内容の類型化を行うことを目的とした。方法 人口67,000人,高齢化率約19%の長野県 A 市の平均経験年数10年の行政保健師に対し,同居家族が問題の主体となる対応困難事例の具体的内容を探る目的で,約90分のフォーカスグループインタビューと,1 人平均約60分の個別インタビューを実施し,インタビュー内容を質的に分析した。フォーカスグループインタビューには 6 人の保健師が参加し,個別インタビューはフォーカスグループインタビューの参加者 4 人を含む計 5 人に対して実施した。結果 同居家族が問題の主体となる対応困難事例について,「生じている介護の問題」と,その背景要因としての「同居家族の背景」の 2 つの大カテゴリーに関して,その具体的内容が分類された。 「同居家族の背景」に含まれるカテゴリーとして「1)精神・知的障害がある」,「2)介護意欲が低い」,「3)人間関係が悪い」,「4)他人が家に入ることに抵抗がある」,「5)金銭面の問題がある」が抽出され,「生じている介護の問題」に含まれるカテゴリーには「a)家族による介護量の不足」,「b)サービスの受け入れ拒否」,「c)介護における逸脱行動」が抽出された。結論 同居家族が問題の主体となる高齢者在宅介護の対応困難事例について具体的内容の類型化を行った。今回挙げられたような背景を同居家族がもつ場合には,将来対応困難となる可能性を考慮することが重要である。
著者
角野 香織 増田 理恵 張 俊華 木島 優依子 中村 桂子 橋本 英樹 佐藤 菜々 中芝 健太 大久 敬子 藤井 伽奈 橋本 明弓 片岡 真由美 里 英子 小林 由美子
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.186-194, 2021

<p><b>目的</b> 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の急速な感染拡大を前に,保健所は感染者の把握・追跡の中核的役割を担う一方,その機能がひっ迫する事態に陥った。日本公衆衛生学会から保健所機能の支援を訴える声明が発出されたことを受け,教育研究機関に所属する筆者らは,都内保健所での支援に参加した。本報告は,支援の経緯を記述し支援体制への示唆をまとめ,保健所と教育研究機関が有機的に連携するうえで必要な要件を考察すること,支援を通して見えた保健所における新型コロナウイルス感染症への対応の課題を提示すること,そして支援活動を通じた公衆衛生学専門職育成への示唆を得ることなどを目的とした。</p><p><b>方法</b> 本支援チームは,2大学の院生(医療職13人・非医療職5人)から構成され,2020年4月から約2か月の間支援を行った。支援先は人口約92万人,支援開始当初の検査陽性者累計は約150人,と人口・陽性者数共に特別区最多であった。本報告は,支援内容や支援体制に関する所感・経験を支援メンバー各自が支援活動中に記録したメモをもとに,支援体制の在り方,支援中に得られた学び,支援を進めるために今後検討すべき課題を議論し報告としてまとめた。</p><p><b>活動内容</b> 支援内容は,「新型コロナウイルス感染症相談窓口」「帰国者・接触者相談センター」での電話相談窓口業務,陽性者や濃厚接触者への健康観察業務,陽性者のデータ入力他事務業務であった。各自が週1~2日での支援活動を行っていたため,曜日間の情報共有や引継ぎを円滑に行うために週1回の定例ミーティングやチャットツール,日報を活用した。</p><p><b>結論</b> 教育研究機関が行政支援に入る際には,感染拡大期の緊張状態にある保健所において,現場の指揮系統などを混乱させないよう支援者として現場職員の負担軽減のために尽くす立場を踏まえること,学生が持続可能な支援活動を展開するための条件を考慮することが必要であることが示唆された。一方,本支援を通して保健所の対応の課題も見られた。行政現場の支援に参加することは,教育研究機関では経験できない現場の課題を肌で感じる貴重な機会となり,院生にとって人材教育の観点でも重要だと考えられた。新型コロナウイルスの感染再拡大ならびに他の新興感染症等のリスクに備え,今後も教育研究機関と行政がコミュニケーションを取り,緊急時の有機的関係性を構築することが求められる。</p>
著者
関 なおみ 貞升 健志 甲斐 明美 中島 由紀子 渡瀬 博俊 上田 隆 前田 秀雄 小林 一司 石崎 泰江 広松 恭子 岩下 裕子 本 涼子 神谷 信行 栗田 雅行 田原 なるみ 長谷川 道弥 新開 敬行 林 志直
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.62, no.5, pp.238-250, 2015

<b>目的</b> 2014年 8 月,代々木公園が感染地と推定されるデング熱が発生した。これに対し,東京都の各担当部署が関係自治体と協力して対策を講じた。本経験は公衆衛生活動として他自治体や関係機関に共有すべき貴重な事例であると考え,報告する。<br/><b>方法</b> 8 月26日~11月 5 日に東京都が国内感染のデング熱流行に対して実施した対策について,1)リスクコミュニケーション・情報共有,2)患者への対応,3)蚊への対策,4)検査対応,の 4 分野について経過をまとめ,得られた結果について分析を行った。患者の疫学情報については2014年第 1~44週保健所受理分を対象とした。デング熱の国内感染が疑われる患者の血清および蚊検体の検査は東京都健康安全研究センターで実施した。<br/><b>結果</b> 都庁内に設置されたデング熱専用相談電話窓口に寄せられた相談件数は3,005件であった。東京都が実施した報道発表回数は,患者届出受理数および専用相談電話実績について39回,蚊の対策について 9 回であった。<br/> 東京都における国内感染症例は108件(男性62.7%,年齢中央値31.1(3~77)歳)で,2014年 第35~44週に報告されており,第36週がピーク(35件)となっていた。推定発症日の分布は 8 月 9 日~10月 7 日,推定感染日の分布は 8 月 3 日~10月 3 日であった。このことから,7 月下旬には代々木公園内にデング熱ウイルスに感染した蚊が複数生息していた可能性が示唆された。<br/> 代々木公園で週 1 回実施された蚊の調査(全11回のべ200トラップ)で捕集された蚊の総数は1,152頭で,種の同定においてヤブカ属が73.7%(856頭)であった。ヤブカ属を対象としたデングウイルス検査では,9 月 2 日,9 月 9 日,9 月16日分について陽性となった。<br/> デング熱の国内感染が疑われる患者の血清241件について確定検査を実施し,うち78件が陽性(国内感染症例73件,輸入症例 5 件)となった。ウイルスが検出された国内感染症例の血清および蚊検体の遺伝子解析では,すべて血清型 1 型 遺伝子型I型であり,全株の相同性が埼玉県在住の初発患者から分離されたウイルスの遺伝子配列と99%以上一致し,都内で感染したデング熱患者の原因ウイルスは単一のデングウイルスであった可能性が高いと考えられた。<br/><b>結論</b> 2020年のオリンピック,パラリンピック開催を予定している東京都としては,デング熱をはじめとした蚊の媒介する輸入感染症の国内発生について対策の強化が必要と考えられた。
著者
古閑 美奈子 藤井 まさ子
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.68, no.5, pp.320-330, 2021-05-15 (Released:2021-06-03)
参考文献数
31

目的 本研究では,食品群の中でもっとも食塩摂取量が多い調味料に注目し,調味料を使用した料理の摂取状況を明らかにすることを目的とした。方法 平成26年山梨県民栄養調査で得られた20歳以上の503人のデータを用いた。食塩を含む調味料の摂取状況については,調査票の内容に基づき使用頻度の多いしょうゆ,塩,味噌,めんつゆ,ケチャップ,ソース,マヨネーズ,顆粒和風だし,固形ブイヨン,中華だし,ドレッシング,ルウの12種類を抽出し,食塩摂取源調味料とした。調味料の食塩摂取量は,世帯の総摂取量,案分比率より個人ごとの調味料の摂取量を算出し,日本食品成分表を使用して食塩量を求めた。料理区分は,ご飯類,めん類,汁物類,焼き物類,炒め物・揚げ物類,煮物類,和え物類,その他の8区分に分類した。朝食・昼食・夕食別の料理ごとの食塩摂取源調味料の摂取者割合および寄与率を算出した。また,年齢階級と料理ごとの食塩摂取源調味料の摂取者割合の関連,料理ごとの食塩摂取源調味料からの食塩摂取量の関連を検討した。結果 1日の食事で食塩摂取源調味料を摂取する者の割合は,しょうゆ86.3%,塩84.5%,味噌73.4%,顆粒和風だし69.6%であった。食塩摂取源調味料を使用した料理を摂取する者の割合は,和え物類84.5%,汁物類74.2%,焼き物類67.0%,煮物類67.0%であった。料理ごとの調味料摂取をみると,汁物類に味噌を使用する摂取者割合は67.8%であった。年齢階級と料理別の食塩摂取源調味料の摂取者割合の関連については,汁物類および和え物類は,年齢階級が上がるにつれ,摂取する者の割合が有意に増加した(P<0.001)。炒め物・揚げ物類および焼き物類は,年齢階級が上がるにつれ,摂取する者の割合が有意に減少した(P<0.001, P=0.028)。年齢階級と料理ごとの食塩摂取源調味料からの食塩摂取量との関連は,年齢階級が上がるにつれ,和え物類からの食塩摂取量が有意に増加している(P=0.008)一方,炒め物・揚げ物類からの食塩摂取量は年齢階級が上がるにつれ有意に減少していた(P<0.001)。結論 本県において,食塩摂取源となる主な調味料を摂取する者の割合について年齢階級別にみると,汁物類,和え物類は年齢が上がるほど有意に増加した。一方で,焼き物類,炒め物・揚げ物類は若年者の摂取が多かった。年齢別に食塩摂取源調味料の摂取に違いがあることを踏まえて,調味料の使用量を減らす啓発をすることが重要であることが示唆された。
著者
山田 卓也 福田 吉治 佐藤 慎一郎 丸尾 和司 中村 睦美 根本 裕太 武田 典子 澤田 亨 北畠 義典 荒尾 孝
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.68, no.5, pp.331-338, 2021-05-15 (Released:2021-06-03)
参考文献数
29

目的 本研究の目的は,地域在住自立高齢者に対する膝痛改善教室(教室)が医療費の推移へ与える効果を検討することであった。方法 2015年1月から2月の間に山梨県都留市A地区在住の自立高齢者を対象に非ランダム化比較試験として4週間の教室を実施した。本研究の分析対象者は,教室の介入群で教室のすべての回と最終評価に参加した28人と,教室の非介入群で再調査にも回答のあった70人のうち,死亡・転出者と対象期間に社会保険に加入していた者を除外し,医療費データの利用に同意が得られた49人(介入群20人,非介入群29人)とした。医療費データは,2014年1月から2018年12月の傷病名に関節症のコードを含む医科入院外レセプトとそれに関連する調剤レセプトの合計を用いた。教室開催前の2014年を基準とする2015年から2018年までの各年の医療費の変化量を算出し,その間の医療費の推移に及ぼす介入の効果を線形混合効果モデルで分析した。結果 医療費の変化量の推移に対する教室の効果(調整平均値の群間差:介入群−非介入群)は,対象全期間を通じて有意差は認められなかった(全期間−5.6千円/人,95%CI:−39.2-28.0)。各年では,2015年9.3千円/人(95%CI:−39.6-58.3),2016年−2.0千円/人(95%CI:−44.4-40.5),2017年−10.3千円/人(95%CI:−42.5-21.9),2018年8.2千円/人(95%CI:−39.1-55.4)であり,介入による有意な医療費抑制効果は確認されなかった。結論 今後は介入プログラムや対象人数を増やすなどの改善を行ったうえで,引き続き検証する必要がある。
著者
籠谷 恵 朝倉 隆司 佐久間 浩美
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.68, no.5, pp.349-362, 2021-05-15 (Released:2021-06-03)
参考文献数
39

目的 本研究は,養護教諭のキャリア発達に資するためプラトー化の関連要因を明らかにすることを目的とした。方法 2017年3月に東京都,神奈川県,埼玉県,千葉県の小学校,中学校,高等学校のうち1,000校を層化無作為抽出し,養護教諭1,000人に調査票を送付した。養護教諭の専門職的自律性(変革),職場におけるソーシャル・サポート,仕事関連ストレッサーからワーク・エンゲイジメントを介してプラトー化につながるという概念枠組みを作成し,階層的重回帰分析とパス解析により検証した。結果 335人の養護教諭のデータを分析対象とした。パス解析の結果,内容的プラトー化に影響していたものは,ワーク・エンゲイジメント,主体的学習,質的負担,経験年数であった。ワーク・エンゲイジメントには主体的学習,追求,情報的サポート,道具的サポート,情緒的サポート,役割の曖昧さ,養護教諭の職位が影響していた。パスモデルの適合度は,CFI=1.00, RMSEA=0.00, SRMR=0.01と概ね良好であった。決定係数は,内容的プラトー化がR2=0.41,ワーク・エンゲイジメントがR2=0.45であった。階層プラトー化に影響していたものは,ワーク・エンゲイジメント,主体的学習,学歴,職位,スクールカウンセラーの配置であった。ワーク・エンゲイジメントには主体的学習,追求,情報的サポート,道具的サポート,情緒的サポート,役割の曖昧さ,職位が影響していた。パスモデルの適合度は,CFI=1.00, RMSEA=0.00, SRMR=0.01と概ね良好であった。決定係数は,階層プラトー化がR2=0.25,ワーク・エンゲイジメントがR2=0.45であった。結論 プラトー化の低い養護教諭は,ワーク・エンゲイジメントと主体的学習が高いことが示唆された。養護教諭のプラトー化を防ぐには,主体的学習を高める支援や職場環境づくり,経験年数を考慮した現職研修などが求められる。
著者
城寳 佳也 井上 大樹 大藏 倫博
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.68, no.5, pp.363-371, 2021-05-15 (Released:2021-06-03)
参考文献数
24

目的 より多くの高齢者の運動実践を促すため,身体状況や体力レベルが大きく異なる高齢者に対応した運動プログラムを普及させる取り組みとして低強度運動であるストレッチングを指導できる高齢運動ボランティアを養成することとした。本稿では,茨城県つくばみらい市でおこなった「シニアストレッチリーダー(以下,SSL)養成講座」について,講座内容の紹介と受講による高齢者の身体機能,ストレッチング実践頻度への効果および講座終了後の活動について報告することとした。方法 参加者は市の広報および回覧で募集した。養成講座は8週間,1回120分,全8回で構成した。講座では「SSL養成テキスト」を使用し,ストレッチング理論や高齢者への運動指導法を中心に講義をおこなった。実技はストレッチングフォームの確認やサークル指導のロールプレイングを中心におこなった。またグループディスカッションでは柔軟性が低下する要因や自宅でのストレッチング実践状況について5人1グループで話し合った。 受講前後の身体機能の変化を評価するために,関節可動域(柔軟性),5回椅子立ち上がり時間(下肢筋力),開眼片脚立ち時間(静的バランス能力),10 m通常・最大歩行時間(歩行能力)の測定をおこなった。また,ストレッチング実践頻度の変化については,自記式アンケートと日誌を用いて評価をおこなった。その他,受講後に講座に関する評価をおこなった。活動内容 第1回SSL養成講座には29人(男性15人,女性14人,平均年齢69.7±3.8歳)が参加し,全員がSSLとして認定された。受講後,柔軟性および歩行能力が向上し(P<0.05),ストレッチング実践頻度は有意に増加した(P<0.001)。講座に関する評価は,参加者全員が「有意義だった」と回答した。また,96.6%が「今後,サークル指導に携わりたい」と希望したことから,講座終了後,2つのサークルを設立し活動を始めている。結論 講座の受講により柔軟性および歩行能力が向上し,ストレッチング実践頻度が増加したこと,またサークル指導に携わりたいと希望する者が多かったことはSSL養成講座の受講が高齢者の健康維持・増進に寄与する可能性がある。特別な道具を使用せず実施可能な低強度運動であるストレッチングを普及させるSSLの養成と活動を支援する取り組みは,他地域においても展開が可能であると考える。
著者
廣川 空美 森口 次郎 脊尾 大雅 野村 洋子 野村 恭子 大平 哲也 伊藤 弘人 井上 彰臣 堤 明純
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.68, no.5, pp.311-319, 2021-05-15 (Released:2021-06-03)
参考文献数
17

メンタルヘルス不調者のサポートのために,地域職域連携が謳われているが,実行性のある取り組みは少ない。とくに小規模事業場は課題が多く,地域と職域との密接な連携による対策が求められる。地域で実践されている好事例や認識されている課題を挙げ,メンタルヘルス対策の連携の阻害要因を整理し,実行性のある連携方法を提案することを目指したシンポジウムを開催した。 産業保健総合支援センターを核にした地域専門医療機関との連携による事例では,地域の専門医療機関の情報提供とその有効活用の工夫が示された。地域における産業保健を支援する医療リソースの把握と事業場への情報提供は産業保健総合支援センターが貢献できる領域である。 京都府では,医師会や行政が,地域の産業医,精神科医,人事労務担当者等関係者間で,連携目的に応じた定期的な会合や研究会を開催しており,多様な「顔の見える」多職種連携が展開され,関係者間で発生する課題や不満も含めて議論されている。 社会保険労務士として企業のネットワークを,障害者雇用に活用している事例では,地元の事業活動の核となる金融機関や就労移行支援事業所等と連携して,有病者や障害者のインターンを中小企業で受け入れるプロジェクトが展開されている。フルタイムの雇用にこだわらず,事業場のニーズと有病者の就業可能性をすり合わせる仕組みは,メンタルヘルス不調者の復職などに応用できる可能性がある。 相模原市では,評価指標を設定しPDCAを回しながら零細企業を対象とする支援を行っている。具体的には,市の地域・職域連携推進連絡会において,中小事業所のメンタルヘルス対策を含めた健康づくりの推進を目的に,事業所を訪問し,健康経営グッドプラクティスを収集して,他の中小事業所の事業主へ周知する取り組みを行っている。 連携の阻害要因には,職場から労働者の家族等に連絡が取りにくい点,メンタルヘルス不調者が産業保健のケアの対象から漏れたときの支援の維持方法,保健師等専門職がいない職場でメンタルヘルスを進める工夫,サービスを展開するマンパワーの不足が挙げられた。職域と地域の連携のギャップを埋めるためには,保健師や臨床医を含む関係者による,それぞれのメリットを求めた連絡会や勉強会等の顔の見える関係づくりは有用で,小規模事業場へのアプローチは健康問題全般の支援にメンタルヘルスを組み込む形で行うことが受け入れやすいと考えられた。
著者
阿部 彩
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.68, no.5, pp.339-348, 2021-05-15 (Released:2021-06-03)
参考文献数
28

目的 本研究は,祖父母世代の貧困が親世代の貧困を統制しても孫のBMIと抑うつに影響があるのかを明らかにすることを目的とした。方法 東京都(2016年)が行った都下の4つの自治体の小学5年生,中学2年生,高校2年生の年代の全児童とその保護者を対象とした子どもの生活実態調査(有効回収数8,367票,有効回答率42.0%)のデータを用いて,まず,祖父母世代の貧困と親の貧困による4つの貧困タイプに分類し,BMIと抑うつの値の差を検証した。次に,祖父母世代の貧困が親世代の貧困と親世代のBMIと抑うつと関連し,それらを介して孫のBMIと抑うつと関連するといった関係に加え,直接的にも孫のBMI・抑うつに関連するというモデルを仮定し,モデルの適合性と変数間の関連を,構造方程式モデリング(SEM)を用いて分析した。分析に用いたのは,保護者票の回答者が母親であった小学5年生2,407票,中学2年生2,415票であった。指標には,孫にはBMIとバールソン児童用抑うつ尺度(DSRS-C),親にはBMIおよびK6を用いた。結果 抑うつについては,祖父母世代では貧困であったが,現在貧困でない層は非貧困層に比べ統計的に有意に抑うつ指標が高かった。しかし,BMIについては統計的な有意差はなかった。また,SEM分析の適合度は,BMIの場合はCFI=0.907,RMSEA=0.036,抑うつ指標の場合はCFI=0.810,RMSEA=0.037であった。祖父母の貧困は,BMIについては親のBMIを介して子のBMIと正に関連しているものの,直接的な関連や親の貧困を介した関連は見られなかった。しかし,抑うつについては,親の貧困,親の抑うつを介した正の関連に加え,直接的な正の関連が認められた。結論 抑うつについては,祖父母世代の貧困は,親の貧困と抑うつを介さない祖父母世代からの不利の蓄積が孫の抑うつと正に関連しており,その対策には,現時点の親と子の状況の改善のみならず,将来,子が親となる時に不利を孫に伝承しない「3世代アプローチ」が必要である。一方,BMIについては,親と子の2世代の現時点のBMIに対する政策が有効であると考えられる。
著者
矢野 真沙代 橋本 英樹
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.67, no.11, pp.811-818, 2020

<p><b>目的</b> 高齢運転者による交通事故を防止するべく,免許の"自主"返納をめぐる議論が進んでいる。しかし,"自主"返納の意思決定プロセスやだれがそれに関わっているのかについて現状では情報が乏しい。本研究では,高齢による運転免許の"自主"返納を経験した高齢者を中心に,それを取り巻く人々や環境との間の関係,高齢者の身体認識の変化に注目しつつ,意思決定のプロセスと"自主"の意味を明らかにすることを目的とした。</p><p><b>方法</b> 探索的目的を鑑み質的研究法を選択した。日常生活で自動車運転の頻度が高く,自主返納率が全国に比し低い茨城県に着目した。同県A市の一般医療機関を受診中の高齢者のうち,配偶者と暮らしており,運転免許を返納ないし返納を検討中の男性8人を対象に半構造化面接を行った。個別インタビューにて免許取得・返納時期,生活内での運転の意義,免許返納に至る過程と相談者の有無,免許返納後の生活等を尋ねた。インタビュー結果を録音し逐語録に起こしたのち,グラウンデッド・セオリー・アプローチに基づき分析した。</p><p><b>結果</b> 当事者は,運転中や日常生活において自分の意思に身体が伴わない《身体の乖離》を経験することで,これまで《身体》は《自分》に内在化され意識していなかった状態から,《身体》を操作する《自分》を日常的に意識しなくてはならないことに戸惑っていた。家族や周囲からの運転技能に対する疑念,運転事故のリスクをめぐるやり取りは,意識化された《自分》にどう対峙するかによって,異なる形で《自主》返納のプロセスにつながっていた。《自分》が事故リスクを抱えた《身体》として内在化された場合,《自分》は喪失され《自主》返納は周囲の意見に折れる形で決定されていた。一方《自分》を過去の人生経験に照らして《再評価》した場合,《自分》を社会のなかで実現する手段として《自主》返納は選択・実行に移されていた。いずれも返納後に生じる《不便》は生じていたが,《自分》の《再評価》がなされたケースでは,返納の判断を積極的に意味づけることができていた。</p><p><b>結論</b> 高齢による運転免許返納の意思決定過程は障害の受容過程と近似しており,《自主》返納は,加齢をきっかけとした,《自分》と《身体》,そして社会との関係性の断絶事象であると考えられた。以上から,自分・身体・社会の関係性の再構築を促すことが"自主"返納による心理的影響を緩和するうえで必要であることが示唆された。</p>