著者
阿形 亜子 釘原 直樹
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.108-115, 2014 (Released:2014-03-18)
参考文献数
27

近年,好ましい人物であるとの評判を獲得できることが向社会的行動を引き出すという競争的利他主義(Van Vugt, Roberts, & Hardy, 2007)が,多くの研究で注目を集めている。そこで本研究では,個人の貢献にともない評判が形成されうる状況がパフォーマンスを促進するかどうかを検討した。発展途上国に寄付する物品を作成する場面を用いて,貢献量を他者に呈示できる個人条件と,自己の貢献量が提示できない集団条件を設定し,実験をおこなった。併せて,作業量に伴って参加者自身に金銭報酬が与えられる物質的報酬条件との比較をおこなった。その結果,寄付物品作成場面を用いた潜在的報酬条件において,集団条件よりも個人条件でパフォーマンスが高まり,評判が形成されうる状況が寄付行動を促進することが示された。一方,潜在的報酬条件と物質的報酬条件の間で,パフォーマンスに差はみられなかった。最後に,実験操作の問題点について考察し,向社会的行動の促進要因としての評判の効果について議論をおこなった。
著者
吉田 琢哉 高井 次郎
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.47, no.2, pp.118-133, 2008 (Released:2008-03-19)
参考文献数
64

人はさまざまな状況の中で多様な自己を認知しており,この自己認知の多面性についてはこれまでさまざまな観点から検討が加えられてきた。しかし,そもそも状況の持つどのような要因によって自己認知が変容するのかについては,充分な実証研究がなされていない。さらに,この自己認知の多面性と精神的健康との関連については,自己概念の分化研究により一貫して負の関連が見られているが,自己の表象が分化していることが必ずしも精神的健康と負の関連を持つとは考えにくい。そこで本研究では,他者からの期待という視点を取り入れ,他者から期待される人物像が異なる状況間では,自己認知は期待に沿う方向に変容するのか,また,このような方向での自己認知の変容は状況特定的な自己評価ならびに精神的健康とどのような関連をもつのか,について検討した。その結果,他者からの期待は自己認知の変容を促す規定因の一つであることが示された。また精神的健康との間には関連は見られなかったものの,状況特定的な自己評価に対しては,状況ごとに期待されている方向への自己認知の変容が正の影響を及ぼしていた。またここでの自己認知の変容や期待認知の変容は,セルフ・モニタリングのうち,他者行動への感受性により規定されるものであった。これらの結果にもとづき,さらなる状況精査の必要性や,セルフ・モニタリングの位置づけなどが議論された。
著者
高口 央 坂田 桐子 黒川 正流
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.83-97, 2005 (Released:2006-02-18)
参考文献数
28
被引用文献数
1

本研究では,企業組織において調査を実施し,職場集団内の2名のリーダーによるリーダーシップ機能の分担を吟味するとともに,リーダーが複数存在することと,所属従業員のモラール,帰属意識,およびストレスとの関連を検討した。日常業務に関わる複雑さの認知,集団サイズ,また支社の部署数を状況の複雑性として取り上げた。各集団の2人のリーダーのうち,1人は職制上の管理者(係長,もしくは班長),もう1人は各部署に一名配置されている組合委員とした。有効回答者数8,758名のうち,管理職,組合委員,および出向者を除外した788部署の5,670名(男性4,793名,女性805名,不明72名)を分析対象とした。分担の形態を吟味した結果,管理監督者のみが統合型であるよりも管理監督者と組合委員の2人がともに統合型である部署が多く存在することが確認できた。効果性について,2名がともに統合型である部署が,管理監督者のみが統合型である単独統合型と同等以上の成果を得ていることが示唆された。加えて,状況の複雑性が高い場合に,複数リーダーの有効性が示された。
著者
田村 美恵
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.37-48, 2010 (Released:2010-08-19)
参考文献数
43

本研究では,自己や内集団他者,及び,外集団他者に関する手がかり情報が,内集団や外集団における合意性推定にどのような影響を及ぼすのかについて検討した。その際,最小条件集団パラダイムを用いて内集団―外集団状況を作り出し,自己,内集団他者,外集団他者のいずれかの課題遂行の「結果」(成功または失敗)をフィードバックすることで,手がかり情報の内容を実験的に操作した。その結果,「自己」の結果に関する情報がフィードバックされた場合には,自己と同一の結果に対する合意性をより高く推定する「フォールス・コンセンサス効果」が,内集団においてのみ見出された。一方,「内集団他者」に関する情報がフィードバックされた場合には,これとは異なり,内集団に関する推定と外集団に関する推定との間で,「対比的」な合意性推定パターンが見出された。具体的には,提示された内集団他者と同一の結果に対する合意性が,内集団において高く推定される一方,外集団においては低く推定される傾向が見出された。また,「外集団他者」の結果がフィードバックされた場合にも,同様に,「対比的」な合意性推定パターンが見出された。この場合には,提示された外集団他者と同一の結果に対する合意性が,(当該他者の所属集団である)外集団において高く推定され,(当該他者の非所属集団である)内集団においては低く推定されていた。これらの結果を,自己に関する情報と他者に関する情報の属性の差異に注目して考察した。
著者
宮﨑 友里
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.147-160, 2019 (Released:2019-03-26)
参考文献数
48

本稿は,地方自治体の行動原理について,社会心理学の理論を適用することの有用性を探るものである。これまで,政治社会学や政治心理学において,国家から個人に至るまで政治主体の心理性は繰り返し確認されてきた。しかしながら,政治主体を地方自治体に限定した場合,心理性の検討は極めて限定的であったと言えるだろう。地方自治体は各種の政策形成に取り組んでいるが,その中でも経済的利潤の増大を目的としているとは捉えがたい観光政策が散見される現状は注目に値する。そこで本稿では,地方自治体を自律した行為主体と措定し,その政策形成過程に対して,集団一般の行動原理について心理的側面から説明してきた社会的アイデンティティ理論の観点を導入して解釈する。注目する点は,地方自治体としての集団概念と,観光資源活用の関連である。本稿では,水俣市を事例として,水俣病を用いた来訪者誘致に至る過程について,水俣市の集団概念に注目しながら追跡する。事例分析の結果は,水俣市において水俣病経験が先進的経験として肯定的に意味づけられた時,水俣病を用いた来訪者誘致への取り組みが進展した,というものである。
著者
黒川 光流
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.1-14, 2012 (Released:2012-10-25)
参考文献数
22

本研究では,リーダーの管理目標および課題の困難度が,リーダー-フォロワー間葛藤に対するリーダーの対処方略およびその効果性認知に及ぼす影響を,実験室実験により検討した。実験参加者は大学生72名であり,リーダー役1名,フォロワー役2名の3名集団で意思決定課題に2回取り組んだ。1つは容易課題,もう1つは困難課題であった。また,半数のリーダーは課題志向的目標を,残りの半数は関係志向的目標を設定した。いずれの条件でも,リーダー-フォロワー間葛藤に対して,リーダーは協力を用いることが最も多く,またその効果性を最も高く認知していた。困難な課題では,課題志向的リーダーは主張や譲歩を用いることも多く,関係志向的リーダーは譲歩を用いることが少なかった。ただし,いずれの条件でも,主張の効果性は最も低く認知されていた。また困難な課題では,譲歩の効果性は低く認知されていた。各葛藤対処方略の用いられ方とその効果性認知との関連は明確にならなかったが,困難な課題では,リーダーの管理目標に応じて,リーダー-フォロワー間葛藤に対してリーダーが用いる対処方略が異なることが示唆された。
著者
橋本 剛 吉田 琢哉 矢崎 裕美子 森泉 哲 高井 次郎 Oetzel John G.
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.91-103, 2011 (Released:2012-03-24)
参考文献数
62
被引用文献数
1 4

日米の大学生を対象とした質問紙調査によって,高親密/低親密関係それぞれにおける対人ストレッサー頻度,それらとソーシャルスキルの関連,およびディストレスへの影響の文化差について検討した。対人ストレッサー頻度に関して,対人葛藤(ケンカや対立)の文化差は示されなかったが,対人過失(迷惑をかけること)と対人摩耗(本音の抑制や気遣い)については文化と親密性の効果が見いだされ,なかでも日本・高親密条件では他の条件と比較して対人過失の頻度が最も高く,一方で対人摩耗は相対的に低かった。対人ストレッサー頻度の文化差に対するソーシャルスキルの影響として,日本のほうがアメリカよりも高親密関係の対人過失頻度が高いという文化差に対するスキルの媒介効果が有意であった。また,高親密関係における対人葛藤頻度とスキルの関連について,アメリカでは高スキルほど対人葛藤頻度が低いという負の関連が示されたが,日本ではそのような関連は示されないという文化の調整効果が見いだされた。対人ストレッサーとディストレスの関連については,高親密関係の対人ストレッサーについて,アメリカより日本の方がディストレスとの関連が強いという文化差が見いだされた。
著者
大森 哲至
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.60-75, 2010 (Released:2010-08-19)
参考文献数
41
被引用文献数
1

2005年2月1日,三宅島の住民は2000年に起きた噴火から4年5ヵ月ぶりに帰島を果たした。しかし,その現状は噴火から7年が経過する現在でも島内の広い範囲で環境法16条に基づく火山ガスの基準を満たしていない。本研究では,精神健康調査票(GHQ28)を用いて,繰り返される災害下で復興活動に取り組む三宅村坪田地区住民の精神健康を検討した。主要な結果は以下の通りであった。精神医学的障害のおそれがある閾値点6点以上のハイリスク者は,住民の63. 6%であり,災害による精神健康への影響が長期化していた。ハイリスク者は全年齢階層で男性よりも女性に多く,男女とも60歳以上の高齢者に多かった。また,ハイリスク者の発生に寄与するリスク要因を分析した結果,最も相対危険度の高いのは,性別の要因であり,女性は男性の3. 8倍の危険度となっていた。次いで,相対危険度の高いのは,今後の生活や復興活動に対する悩みの有無であり,悩みのある人はない人の3. 3倍の危険度となっていた。さらに,仕事の回復していない人は回復している人の2. 8倍の危険度となっていた。
著者
高木 邦子
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.22-35, 2003 (Released:2004-02-17)
参考文献数
39
被引用文献数
1 1

本研究は,否定的対人感情の形成における「認知経路」と「情動経路」の影響力を比較し,「認知経路」において否定的対人感情の形成に影響を及ぼす責任帰属要因を示すことを目的とする。 研究1では,クラスメイトとの葛藤状況を描写した3つの仮想場面を238名の高校生に提示し,各場面における不快情動,責任帰属,相手への否定的対人感情への評定を求めた。階層的重回帰分析の結果,否定的対人感情形成における「情動経路」と「認知経路」の両経路の存在が示唆され,特に,回避場面と支配場面において「認知経路」の影響力が強いことも示された。責任帰属の影響については「意図的―正当」と「無意図的―回避不能」への帰属が,「意図的―不当」と「無意図的―回避可能」への帰属よりも否定的対人感情の形成に促進的に影響を及ぼすことが示された。 研究2では,244名の高校生に,研究1で「認知経路」の影響力が強かった回避場面と支配場面を提示した。その後,「意図的―不当」「意図的―正当」「無意図的―回避可能」「無意図的―回避不能」から任意の帰属情報を提示し,否定的対人感情の評定を求めた。帰属群間での一元配置分散分析の結果,「意図的―正当」と「無意図的―回避不能」への帰属情報を与えた際に,形成される否定的対人感情が低いことが確認された。 以上の結果から,「認知経路」が否定的対人感情の形成に及ぼす影響が強い場合は,否定的対人感情の形成に「意図的―不当」と「無意図的―回避可能」への帰属が促進的に,また「意図的―正当」と「無意図的―回避不能」への帰属が抑制的に作用することが示唆された。
著者
野波 寬 田代 豊 坂本 剛 大友 章司
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.23-32, 2016 (Released:2016-10-06)
参考文献数
28
被引用文献数
2 2

原発・廃棄物処分場・軍事基地などの迷惑施設をめぐっては,立地地域少数者と域外多数者との間で利害の不均衡が発生する。この不均衡に関心を示さない域外多数者に対しては,不均衡を知った上で非意図的に迷惑施設を受容する域外多数者に対してよりも,立地地域少数者の怒りや不満といったネガティヴな情動が喚起されるだろう。シナリオを用いた実験の結果,この予測は支持された。また立地地域少数者の情動反応には,利害の不公平に対する評価のほか,域外多数者への共感も,大きな影響を及ぼすことが示された。集団価値モデルにもとづき,立地地域少数者の立場に対する域外多数者からの関心の呈示は,前者が後者からの敬意を推測する手がかりになると考察した。以上の結果より,迷惑施設をめぐる公的決定の過程で,立地地域少数者と域外多数者との相互作用を検討する重要性について論じた。
著者
木村 昌紀 磯 友輝子 大坊 郁夫
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.69-78, 2011 (Released:2012-03-24)
参考文献数
33
被引用文献数
1 3

本研究の目的は,関係に対する展望が対人コミュニケーションに及ぼす影響を関係継続の予期と関係継続の意思の観点から検討することである。先行研究では,実験操作による外発的な関係継続の予期に注目していた。そこで本研究では,自発的に生起した関係継続の意思に注目して,これらの関係に対する展望が対人コミュニケーションに及ぼす影響の共通点と相違点を調べた。未知関係20組40名と,友人関係25組50名の大学生が実験に参加した。結果は以下のとおりであった。先行研究と一致して,これからも関係が続いていくと思うときは,コミュニケーションの動機づけが促進されて,対人的志向性の個人差が消失した一方で,その場限りの一時的な関係と思うときは,社会的スキルの高い人ほど,積極的にコミュニケーションに取り組んでいた。また,先行研究では,関係継続の予期があるときは相手を知るために視線量が増加したのに対して,本研究では,関係継続の意思があるときは発話量が増加して,対人コミュニケーションをポジティブに認知していた点が異なっていた。そして,関係継続の意思が対人コミュニケーションに及ぼす影響の程度は,友人関係よりも未知関係において大きかった。
著者
上原 俊介 船木 真悟 大渕 憲一
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.32-42, 2011 (Released:2011-08-30)
参考文献数
37
被引用文献数
1

人間関係に関して怒りが果たす重要な役割とは,相互作用を制御している関係規範,つまり相互の欲求に応じる責任を浮き彫りにすることである。この見方にしたがえば,他者が個人的欲求に応じなかったとき,親密他者に対しての方が,非親密な他者に対してよりも,怒り感情は強いと予想される。だが,本研究では,関係規範の違反に対する怒り反応は,種々の状況要因によって調整されると仮定して,以下の仮説を検討した。すなわち,親密他者が欲求に応じなかったときに非親密他者よりも怒りが強いのは,相手が特異的欲求に応じなかった場合(仮説1)と,個人が欲求情報を伝達しなかった場合(仮説2)に限られるであろうと仮説を立てた。大学生75名を対象にシナリオ調査を実施した。要因計画は人間関係(親密vs.非親密)×欲求の種類(特異的vs.非特異的)×欲求情報の伝達(ありvs.なし)である。各参加者は,人間関係と欲求情報伝達の水準を変化させた4バージョンのシナリオのうちひとつに配置された。特異的欲求と非特異的欲求のシナリオはいずれのバージョンについても含まれている。各シナリオを読んだ後,参加者はそのとき感じた怒りの強度を評定するよう求められた。分析の結果,仮説1は支持されたが,仮説2は不支持であった。これらから,親密他者に向けた怒りは利己心を反映している可能性が示唆された。
著者
松木 祐馬
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
pp.1822, (Released:2019-09-25)
参考文献数
27

本研究は,集団極性化の説明理論に基づき,テキストベースで進行する集団討議への接触が個人の態度変容に与える影響について検討することを目的とした。具体的には,討議参加者が内集団成員であるか匿名者であるかと,実験参加者の意見が討議中において多数派意見であるか少数派意見であるかを操作し,内集団成員性と意見の優勢性が個人の態度変容に与える影響について,ベイジアンANOVAを用いて検証した。実験は2度に渡って行われ,分析には1回目の実験と2回目の実験両方に参加した68名のデータのみ使用した。分析の結果,接触した討議において自身の意見が少数派意見であった場合には態度の軟化が生じ,自身の意見が多数派であった場合には,討議が匿名者間で行われた場合のみ,態度の極化が生じることが示された。以上の結果から,テキストベースで進行する集団討議への接触においても,集団極性化現象と類似した態度変容が生じることが示唆された。
著者
小森 めぐみ 村田 光二
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.2-14, 2010 (Released:2010-08-19)
参考文献数
29
被引用文献数
3

本研究では,社会的状況を手がかりとした自発的感情推論が生じるかどうかを,そして視点取得がその推論に果たす役割を,記憶課題を用いて検討した。実験1では,参加者はさまざまな状況に置かれた人物についての記述文を記憶した。記述文から推論される感情語が後に手がかりとして呈示された場合には,手がかりがない場合と比べて記述文の再生が促進されることが示された。実験2では,参加者は特定の感情が表出された人物の顔と名前の対を記憶した。その表情が事前に呈示された同一人物の記述から推論される感情と一致する場合には,そうでない場合と比べて対連合記憶課題の成績が良いことが示された。これらの傾向は視点取得した場合(実験1)にはより強く見られ,状況に注目した場合(実験2)には記憶課題全体の成績を向上させた。二つの実験で見られた記憶の促進効果は,人が表情などの表出行動からだけでなく,他者の置かれた状況からも,その人の感情を自発的に推論する場合があることを示しているだろう。また,視点取得が他者の置かれた状況への注目を強め,推論を促進させる可能性も示しているだろう。
著者
山中 咲耶 吉田 俊和
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.21-31, 2011 (Released:2011-08-30)
参考文献数
33

他者の面前や重要な場面において,思ったように能力を発揮できないことは,しばしば“あがり”と表現される。本研究では,“あがり”を緩和する状況要因として,面前の他者からのフィードバックと,個人差を示すパーソナリティ要因として特性的共感性に着目し,これらの要因が主観的感情体験と課題遂行に与える影響について検討した。その結果,課題遂行時に面前の他者からポジティブなフィードバックを知覚した遂行者は,ネガティブなフィードバックを知覚した遂行者よりも,主観的な“あがり”意識が低くなった。さらに,特性的共感性が高い人の方が低い人と比較して,ネガティブなフィードバックを知覚した際,主観的“あがり”意識がより高くなった。また,主観的な“あがり”意識の高低とパフォーマンス中の失敗数には,中程度の相関が示された。以上より,他者からのポジティブなフィードバックは,“あがり”の緩和効果を持つ可能性があることが示された。また,“あがり”が他者からの評価への意識と関連すること,さらに他者への意識だけでなく,他者からどれだけ影響をうけるかという個人特性,すなわち特性的共感性と深く関連した現象であることが示唆された。
著者
香川 秀太
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.171-187, 2019 (Released:2019-03-26)
参考文献数
31
被引用文献数
5

本稿では,これまでの経済中心の資本主義社会ないし新自由主義に代わり構想され,出現しつつある「未来の社会構造」に関する哲学的諸議論(とりわけ,柄谷行人の交換論とHardt & Negriのマルチチュード)に着目し,それらと心理学的フィールド研究,ないしヴィゴツキー派心理学の活動理論との発展的な接合を試み,ポスト社会構成主義(ないしポスト活動理論)への道筋を探る。具体的には,第一に,Scribnerによる「歴史の四層構造モデル」を用いて従来の活動理論研究の限界を指摘し,各々の共同体や個人史レベルの議論だけでなく,社会構造の世界史に着目した議論の必要性を論じる。第二に,活動理論家Engeströmによる「生産様式の世界史」の議論の限界を指摘し,それを乗り越えうるものとして,柄谷の交換様式の世界史の理論を取り上げる。第三に,「次の社会」の萌芽的な事例として,相模原市藤野周辺地域での,資本制の価値観を乗り越えうる諸活動に着目する。第四に,事例をふまえて,従来の交換論や贈与論が,「独立した自己と他者」の間の「有体物・無体物の行き来」という移送(トランスファー)の言説に依拠してきたことを指摘し,この「移送的交換」では「次の社会構造」の展開が困難なことを指摘する。そして最後に,移送的交換がもたらす,「財の獲得か贈与か」の二元論を越える概念として,「創造的交歓(creative intercourse)」を提案する。
著者
福野 光輝
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.45, no.1, pp.55-64, 2005 (Released:2006-04-29)
参考文献数
18
被引用文献数
1

本研究では,紛争当事者の利害関心に関する一般市民の認知が公共事業における紛争解決手続きの選好に与える効果を検討した。全国の一般成人を対象に質問紙調査を実施し791名から回答を得た。分析の結果,公共事業をめぐる利害対立において,公共事業への賛成を主張する当事者に対して利己的な関心が知覚されるにつれ,また反対当事者に対して利他的な関心が知覚されるにつれ,一般市民は住民投票や直接交渉,調停,意見聴聞といった解決手続きを選好した。一方,事業に反対する当事者に対して利己的な関心が知覚されたり,事業に賛成する当事者に利他的な関心が知覚された場合,一般市民は行政主導の解決手続きを選好した。
著者
田戸岡 好香 石井 国雄 村田 光二
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.112-124, 2015 (Released:2015-03-26)
参考文献数
24

ステレオタイプ抑制後にはステレオタイプのアクセスビリティが増加するリバウンド効果が生起する。これまでの抑制研究では,スキンヘッド男性のような少数派や高齢者のような地位が低いとみなされる対象に関する抑制が扱われてきたが,本研究では嫉妬的ステレオタイプを抑制した後のリバウンド効果について検討した。ステレオタイプ内容モデルによれば,我々は成功した外集団に対して有能だが冷たいとみなすことがある。ただし,そうした対象をいつも冷たいとみなすわけではなく,特に競争意識を知覚した時にネガティブな特性が顕現的になることが示されている。そこで,本研究では,抑制対象に対する競争意識の知覚がリバウンド効果の生起を調整することを検討した。参加者はキャリア女性(実験1)もしくはエリート男性(実験2)が他者と働いている場面を記述した。その際,半数の参加者にはその人物の冷たいというイメージを抑制するよう教示し,半数にはそういった教示は与えなかった。その後,ステレオタイプのアクセスビリティを測定した。実験の結果,抑制対象に競争意識を感じやすい場合にはリバウンド効果が生起し,感じにくい場合にはリバウンド効果が生起しなかった。ステレオタイプ抑制を対人認知の観点から検討することの意義について考察した。
著者
野村 竜也
出版者
The Japanese Group Dynamics Association
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.73-86, 2000-07-15 (Released:2010-06-04)
参考文献数
26
被引用文献数
1

本稿は, オートポイエーシス理論とその数理的記述モデルを紹介し, オートポイエーシスの数理的記述が社会心理学においてもたらす含意を検討することを目的とした。最初に, オートポイエーシス理論を概観し, その特徴を明らかにした上で, 社会心理学の隣接分野での展開について記述した。次に, オートポイエーシス理論の難解さの原因について, 外部観察主義者の定義を含めてこの視点から検討し, 現時点での数理的記述モデルについて外部観察主義的視点から紹介を行ない, その問題点について検討した。最後に, 現在の社会心理学分野の状況におけるオートポイエーシスの数理的記述の持つ含意について検討した。
著者
小林 仁 渥美 公秀 花村 周寛 本間 直樹
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.180-193, 2010 (Released:2010-02-20)
参考文献数
15
被引用文献数
1

本研究では,人々によってすでに馴致された生活環境を対象として,その環境を一瞬未知の状態へと変換し,新たな馴致を促すという一連の流れを発生させる手法について,実践プロジェクトによるアプローチを試みた。Moscovici(1984=八ッ塚,未公刊)による社会的表象の議論をもとに,社会的表象としての現実の馴致プロセスについて概観し,その後,原(2005)の「未知化」という概念を参考に,未知化の技法と未知化後に事象を再び馴致してゆく方法について検討した。「未知化」の方法として,プロジェクト型ツールの設計および実践を行った。実践のフィールドとして,筆者らが所属する大阪大学キャンパスを設定した。参加者が阪大(ハンダイ:大阪大学の略称)に関する情報を詳細に獲得し,各々が今まで知らなかった阪大を再発見してゆくDATA HANDAIプロジェクトは,2005年10月より始まり,2007年9月現在も継続して進行中である。活動は領域横断的に実施され,教員5名と学生20名あまりを中心として活動を行った。プロジェクトの成果として数十枚に及ぶ情報カードを作成した。結果として,参加者の言説の変化や活動に関するエスノグラフィーが得られた。本研究では,このプロジェクトを対象として,未知化を解説し,既知から未知へ,そして新たな既知として現前する社会的表象の分析を行った。