著者
荒木田 美香子 藤田 千春 竹中 香名子
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.66, no.8, pp.417-425, 2019-08-15 (Released:2019-09-21)
参考文献数
26

目的 本研究は教員や保育士などの教育関係職,保健医療職の発達障害に対する認知を一般社会人と比較検討し,発達障害児者への社会の認知を向上させるための情報提供のあり方を検討することを目的とした。方法 2016年に842人の20-69歳の成人(男性418人,女性424人)を対象に発達障害名とその対応の認知について,Web を活用した横断調査を行った。職業(教育関係職,保健・医療職)および家族・友人に発達障害がいる者,それ以外に分けて認知状況を分析した。結果 「発達障害」を聞いたことがあると回答した者の割合は91.5%であったが,発達障害児者に対する何らかの対応や支援を回答できた割合(対応に関する認知)は26.5%であった。そのうち教育関係職および保健医療職の回答は,「発達障害」という言葉を認知していた割合は100%に近かったが,対応に関する認知の割合はそれぞれ63.9%,42.9%であった。回答者の発達障害に関する情報源はテレビやラジオ番組が67.1%と最も多く,次いでインターネットであった。学校と回答した者は11.3%,職場と回答した部分は9.9%であった。結論 教育関係職や保健専門職においては,発達障害の対応に関する理解を基礎教育および現任教育において充実させる必要性が示唆された。加えて,広くマスコミを介した情報提供を行うことの重要性が明らかとなった。
著者
湯浅 資之
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.64, no.3, pp.123-132, 2017 (Released:2017-03-30)
参考文献数
46
被引用文献数
1

目的 1945年第二次世界大戦に敗戦した日本では,終戦直後から1960年代半ばまでの20年間に,乳児死亡の激減や平均寿命の延伸など特筆すべき健康改善がみられた。まだ経済的に貧困状況にあった日本とりわけ郡部では,なぜ短期間の内に国民の健康水準を劇的に高めることに成功したのであろうか。その理由としてこれまで政府主導の公衆衛生政策の寄与が強調されてきたが,その他の政策介入による検討は極めて限られてきた。そこで本稿では,地域保健医療政策に加え,非保健医療領域の政策介入が健康改善に寄与したと考えられる仮説を文献考証により検討した。仮説の検討 戦後日本の劇的健康改善は,さまざまな省庁による多様な政策が相乗的に広範な健康決定要因に介入した結果によってもたらされたと考えられる。厚生省は地域保健医療事業を実施し,母子死亡や結核死亡の低減に直結する保健医療サービスを提供した。農林省は生活改善普及事業を実施して個人や家族のライフスタイルの変容,生活・住環境の改善,社会連帯の強化を促した。また農業改良普及事業により農家の安定経営を促進し,健康的な生活の保障に必要な家計の確保を図った。文部省は社会教育事業を実施して民主主義や合理的精神の普及に努め,人々の迷信や前近代的風習を打破して健康的生活を促すヘルスリテラシーの醸成に寄与した。結論 公衆衛生政策だけではなく,生活,経済や教育など広範囲な健康決定要因を網羅した各種政策が実践されたことではじめて,戦後日本の健康改善が短期間に達成できたと考えられた。この過程をより詳細に検討することは,まだ貧困にあえぐ開発途上国支援の方策を検討することに寄与し,また財源縮小に直面する今日の日本においても人口減少・高齢化対策に対して社会保障の充実以外の選択肢を検討するうえで貴重な示唆を提供してくれると思われる。
著者
成田 美紀 北村 明彦 武見 ゆかり 横山 友里 森田 明美 新開 省二
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.171-182, 2020-03-15 (Released:2020-04-01)
参考文献数
40

目的 日本人高齢者の食品摂取の多様性指標の一つに,食品摂取多様性スコアがある。高齢者を対象とした研究では,身体機能や生活機能,転倒リスク,サルコペニア等との健康アウトカムと食品摂取の多様性の関連が報告されているが,多様な食品摂取による各種栄養素の多寡や食事の特徴について十分検討されていなかった。本報は,高齢者における食品摂取多様性スコアと栄養素等摂取量,食品群別摂取量および主食・主菜・副菜を組み合わせた食事日数との関連を明らかにすることを目的とした。方法 東京都板橋区在住で65~84歳の高齢者182人を対象とした。食品摂取の多様性指標は,熊谷らの食品摂取多様性スコア(DVS)を使用し,0~3点を低群,4~6点を中群,7~10点を高群に分類した。並行して,3日間の自記式食事記録を行い,1日当たりの栄養素等摂取量,食品群別摂取量および主食・主菜・副菜を組み合わせた食事が1日2回以上の日数(以下,バランスのとれた食事日数)を求めた。性,年齢,エネルギーを調整した一般線形モデルによりDVS区分と各食事関連指標との関連について検討した。また,各栄養素の推定平均必要量(EAR)を下回る者の割合を算出し,多重ロジスティック回帰分析によりDVS区分の栄養素別不足リスクを推定した。結果 DVS高群に比し低群ではバランスのとれた食事日数が有意に低値を示した(DVS低群1.4(1.2-1.6)日,中群1.8(1.6-1.9)日,高群1.9(1.7-2.1)日,傾向性P=0.001)。DVS高群に比しDVS低群ではエネルギー,たんぱく質・脂質のエネルギー比率,総たんぱく質,食物繊維,カリウム,マグネシウム,リン,ビタミンK,ビタミンB12の摂取量が有意に低値を示し,炭水化物・穀類のエネルギー比率,炭水化物摂取量は有意に高値を示した。ビタミンCのEARを下回るオッズ比はDVS高群に比し低群で有意に高値を示し,マグネシウム,亜鉛,ビタミンB6のEARを下回るオッズ比DVS中群で有意に高値を示した。結論 DVSが高いことは,たんぱく質および微量栄養素のより多い摂取と有意な関連があり,主食・主菜・副菜を組み合わせた食事を行う機会が多いことが明らかになった。DVSは高齢期に望ましい多様な食品や栄養素の摂取につながる食事の評価指標となり得ると考えられる。
著者
中野 隆之
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.211-220, 2020-03-15 (Released:2020-04-01)
参考文献数
33

目的 近年高齢者の間でジョギング・ランニング活動の実施率が以前と比較して高まっている。本研究はジョギング・ランニング活動をおこなう高齢者のQOLの特徴とジョギング・ランニング活動との関連を調査した。方法 質問紙調査は2014年11月から2015年7月までの間に,7つのマラソン大会会場で60歳から81歳までの83人のマラソン参加者を対象としておこなわれた。性別と年齢のほかに,ジョギング・ランニング活動における走行年数,走行距離(km/月),走行頻度(回数/週),マラソン大会参加回数(回数/年)およびQOLが調査された。QOLはWHOQOL26の質問票により測定された。この質問票は全体,身体的領域,心理的領域,社会的関係,環境領域から構成される。QOLとそれ以外の項目との関連は,相関分析と重回帰分析を使って分析された。結果 対象者の多くは5年以上の走行年数,1月あたり150 km以下の走行距離,1週間あたり1回から4回の走行頻度,1年あたり1回から10回のマラソン大会の参加回数であった。対象者のうち65歳以上の男女別にQOLをみると,平均値(SD)は男性が3.8(0.4),女性が4.1(0.5)であったが,この得点は,日本の高齢者を対象とした先行研究での得点よりも高いものであった。またジョガー・ランナーによくみられる下肢障害など体の痛みを示すものはみられなかった。 全体的なQOLが年齢と走行頻度との間で,社会的関係に関するQOLが性別と走行年数との間で,また環境領域に関するQOLが走行年数との間で,それぞれ正の有意な相関が示された。結論 調査対象となった高齢者にとって可能な限り,より多くの走行頻度と,より長い走行年数を考えたジョギング・ランニング活動をおこなうことと「全体」,「社会的関係」,「環境領域」のQOLの高さとの間に有意な関連があることが示唆された。この研究結果をさらに厳密に解釈するためには,より多くの対象者や変数を使った対照研究,縦断研究が必要である。
著者
五十嵐 彩夏 相田 潤 草間 太郎 小坂 健
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.183-190, 2020-03-15 (Released:2020-04-01)
参考文献数
28

目的 海外での研究では職場での受動喫煙暴露は,事務系労働者に比べて,建設業や運輸業などの肉体労働者で多いことが明らかになっている。日本では職場での受動喫煙への暴露には,社会経済状況による格差が存在することが明らかになっているが,業種と職場での受動喫煙状況との関連を明らかにした研究は我々の調べた限り存在しない。本研究は業種と職場での受動喫煙との関連を明らかにすることを目的とした。方法 2017年に日本で20-69歳の男女5,000人を対象として行われたウェブ調査を用いて,横断研究を行った。日本標準職業分類の11業種に就業している者および職場での受動喫煙について回答した者のうち,直近30日以内に喫煙していない者を分析対象とした(n=1,739)。独立変数は業種とし,①管理的・専門的・技術的,②事務的,③販売・サービス,④保安,⑤農林漁業,⑥生産工程・運搬・清掃・包装等,⑦輸送・機械運転・建設・採掘の 7 群に分類した。従属変数は職場での受動喫煙の有無とした。共変量として性別,年齢,学歴,所得,職場の喫煙環境,受動喫煙に対する意識を用いた。ポアソン回帰モデルを用いて,業種の違いによる職場での受動喫煙の Prevalence ratio を算出した。結果 分析対象者は平均年齢43.3歳(SD=11.9),男性60.5%で,過去 1 か月間に職場で受動喫煙があった者は529人(30.4%)であった。受動喫煙があった者の業種内での割合は,①管理的・専門的・技術的で171人(27.9%),②事務的で155人(27.1%),③販売・サービスで116人(33.7%),④保安で10人(45.5%),⑤農林漁業で 7 人(31.8%),⑥生産工程・運搬・清掃・包装等で39人(34.5%),⑦輸送・機械運転・建設・採掘で31人(58.5%)であった。多変量解析の結果,非喫煙者において,事務的に比べ販売・サービスで1.27倍(95%信頼区間(95% CI):1.04-1.56),保安で1.61倍(95% CI:1.02-2.56),輸送・機械運転・建設・採掘は1.75倍(95% CI:1.33-2.31)職場で受動喫煙の暴露があった。結論 改正健康増進法により事業所での受動喫煙防止対策はすすむが,業種によっては職場での受動喫煙防止対策が取り残される可能性があるため,職場での受動喫煙状況をモニタリングする必要がある。
著者
本橋 隆子 小平 隆雄 中辻 侑子 松浦 和子 益子 まり 高田 礼子
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.191-210, 2020-03-15 (Released:2020-04-01)
参考文献数
18

目的 都市生活者の近所付き合いの現状と日常生活の支援や近所の人・ボランティアによる受援に関連する要因を明らかにし,都市部における互助の課題とその解決策を検討する。方法 川崎市宮前区に居住する30歳以上の男女1,000人を対象に,「宮前区民のくらしを豊かにするためのアンケート」を実施した。本研究で使用した調査項目は,基本属性(性別,年代,居住形態など),近所付き合い,個人情報提供の意思,手段的日常生活活動(以下,IADL)に対する支援の意思と受援の意思である。IADL別の支援と近所の人・ボランティアによる受援に関連する要因を検討するために,基本属性,近所付き合い,個人情報提供の意思,IADLの対する支援の意思を独立変数とし,二項ロジステック回帰分析を行った。結果 407人を有効回答とした。近所付き合いは「生活面で協力」11.8%,「立ち話程度」33.3%,「あいさつ程度」46.0%,「付き合いなし」9.0%であった。支援してもよいと回答した人の割合が最も高かったIADLは声かけ・見守りで60.1%,次いでゴミ出しが51.7%であった。一方,声かけ・見守りを近所の人・ボランティアにお願いすると回答した人は27.7%,ゴミ出しは28.5%であった。次に「支援する」と有意に関連した要因は,女性,近所付き合い(立ち話程度・生活面で協力)であった。個人情報提供に対する抵抗は支援の阻害要因となっていた。「近所の人・ボランティアによる受援」と有意に関連した要因は,女性,各IADLに対する支援の意思であった。一方,持ち家は受援の阻害要因となっていた。結論 都市部では,定住や居住年数によって近所付き合いが親密になるとは限らなかった。都市部の近所付き合いはあいさつ程度が主流だが,日常生活の支援には会話ができる程度の近所付き合いが必要であることが明らかとなった。また,見守りやごみ捨てなどの簡単な日常生活の支援はしてもよいと考えている人が多い一方で,自分に支援が必要となった場合は近所の人・ボランティアにお願いする人は少なかった。しかし,近所の人・ボランティアによる受援は,各IADLの支援の意思が関連しており,支援と受援には相互関係があった。都市部における日常生活の「互助」の促進には,会話ができる近所付き合いを目指すだけでなく,支援を経験する機会を増やす取り組みが必要であることが示唆された。
著者
豊島 泰子 鷲尾 昌一 高橋 裕明 井手 三郎 荒井 由美子
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.59, no.6, pp.390-398, 2012 (Released:2014-04-24)
参考文献数
15

目的 新型インフルンザ(A/H1N1)流行シーズンにおける小中学校の児童•生徒のインフルエンザ罹患状況,インフルエンザワクチン接種状況,保護者のワクチン接種行動について検討する。方法 三重県の一学校法人学園に通学する小学生(440人),中学生(493人)の保護者に対し,2010年 9 月,無記名の調査用紙を学級担任より,児童•生徒に配布し,自宅で,保護者に児童•生徒に関する情報を記入,担任に提出してもらった。2010/2011シーズンにワクチン接種予定の児童•生徒と非接種予定の児童•生徒の保護者の回答を比較した。結果 2009/2010シーズンでは小学生の70.8%,中学生の55.2%の児童•生徒が,季節性•新型ワクチンのいずれかまたは両方を接種していた。2010/2011シーズンでは小学生の72.4%,中学生の55.8%が,ワクチン接種をする予定であった。2009/2010シーズンでは55.0%の児童•生徒がインフルエンザに罹患し,その97.2%が抗インフルエンザ薬の投与を受けていた。2010/2011シーズンに子どもにワクチン接種をする予定の保護者は非接種予定の保護者に比べ,2009/2010シーズンに子どもがワクチン接種をした割合,子どもが風邪をひきやすい体質である割合,子どもに兄弟姉妹がいる割合,2009/2010シーズンに保護者自身がワクチン接種をした割合が多かった。一方,2009/2010シーズンの子どものインフルエンザ罹患や同居家族のインフルエンザ罹患,高齢者の同居はワクチン接種意向とは関連を認めず,保護者の意識や保健行動が児童•生徒のワクチン接種と関係していた。保護者の64.9%が学校で,児童•生徒へのインフルエンザワクチン接種が行われることを希望していた。結論 新型インフルエンザの流行は,翌シーズンである2010/2011シーズンにおける児童のインフルエンザワクチン接種予定者率の上昇につながっていた。小学生の保護者は,子どもが風邪を引きやすい体質がある場合はワクチン接種を行うと考えていた。  また,保護者の64.9%が学校でワクチン接種が行われることを希望していた。子どものワクチン接種意向は2009/2010シーズンの罹患とは関係なく,保護者自身のワクチン接種と関係しており,接種率の向上には保護者の意識を変えるか,保護者自身が子どもを医療機関に連れて行かなくてもインフルエンザワクチン接種ができるようにすべきと考えられた。
著者
臼田 寛 玉城 英彦 河野 公一
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.51, no.10, pp.884-889, 2004 (Released:2014-08-29)
参考文献数
24

目的 世界保健機関(WHO)憲章の第 1 原理である健康定義について①その制定経緯,②戦後の物質文明に対する反動から生じた健康定義改正論の経緯,③近年,特に WHO が健康に影響を与えると指摘している要素を検証し,今後の健康定義の位置付けを考察する。方法 主に WHO の公式文書より関係資料を引用し検証と考察を行った。結果 終戦直後,WHO は健康への関心を一般普及させるために健康定義を制定した。そのため健康定義は physical, mental, social の 3 要素を核とした平易で親しみやすい口語調の文章で作成された。しかし,戦後の経済復興による物質文明の追求過程において spiritual dimension の欠落が指摘された。WHO 創立50周年を記念して行われた WHO 憲章見直しではイスラム圏担当の WHO 東地中海地方事務局が spiritual と dynamic を健康定義へ追加する提案を行った。しかしこの提案は1999年の第52回世界保健総会(WHA52: 52th World Health Assembly)で否決された。 近年,健康は持続可能な開発の中心概念に採用されている。また,たばこ規制枠組み条約(FCTC)のような健康問題に関わる各論分野の画期的国際合意がなされ,健康に対する関心は向上を続けている。WHO の指摘する健康危険因子は途上国の貧困問題など多くあり,今後これらが健康定義の解釈に影響を与えることも予想される。結論 健康定義改正案が否決されて以来,現在まで 5 年あまりの期間が経過している。このことは健康定義が従来的意味しか持たないという消極的あるいは保守的見解を示しているのではない。むしろ spiritual, dynamic を健康定義に追加しようという議論に一定の決着をつけたことは,加盟国間で健康の解釈に思想や宗教,民族性による差が生じた場合や,時代変遷によって健康の解釈に差が生じた場合に,解釈の方向性を現行の WHO 健康定義へ集約させる原動力として効果的に働いたと解釈されるべきであろう。よって今後,WHO 健康定義の軸である physical, mental, social の 3 要素はますますその重みと解釈の幅を持って弾力的に普及拡大していくものと予想される。
著者
北村 明彦 清野 諭 谷口 優 横山 友里 天野 秀紀 西 真理子 野藤 悠 成田 美紀 池内 朋子 阿部 巧 藤原 佳典 新開 省二
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.134-145, 2020-02-15 (Released:2020-02-22)
参考文献数
27

目的 高齢者の保健事業と介護予防の一体的実施が進められる中,生活習慣病やフレイル関連の各因子が地域在住高齢者の自立喪失に及ぼす影響の強さ(ハザード比)と大きさ(寄与危険度割合)を明らかにする。方法 群馬県草津町において,2002~11年の高齢者健診を受診した65歳以上の男女計1,214人(男性520人,女性694人)を対象とし,平均8.1年(最大13.4年)追跡した。自立喪失は,介護保険情報による要介護発生または要介護発生前の死亡と定義した。生活習慣病因子として,高血圧,糖尿病,肥満,腎機能低下,喫煙,脳卒中・心臓病・がんの既往等を,機能的健康の関連因子として,フレイル区分,低体重,貧血,低アルブミン血症,認知機能低下を採り上げた。フレイル区分は,phenotypeモデルの5つの構成要素(体重減少,疲弊,活動量低下,歩行速度低値,握力低値)のうち3項目以上該当をフレイル,1~2項目該当をプレフレイルと定義した。Cox比例ハザードモデルを用いた回帰分析により,各要因保有群における自立喪失発生の多変量調整ハザード比(HR),集団寄与危険度割合(PAF)を算出した。結果 自立喪失発生者数は475人(要介護発生372人,要介護発生前死亡103人)であった。対象者全体でみると,自立喪失の多変量調整HRはフレイル,プレフレイル,認知機能低下,脳卒中既往,喫煙において1.3~2.2倍と有意に高値を示した。自立喪失のPAFは,プレフレイルが19%,フレイルが12%と他の要因に比し高率であった。男性では自立喪失のPAFは,プレフレイルが19%と最も大きく,次いで喫煙が11%であり,女性では,フレイル,プレフレイルがともに18%,腎機能低下が11%であった。前期高齢者では,フレイル,プレフレイルの他に脳卒中既往,貧血,低アルブミン,認知機能低下,喫煙,糖尿病における自立喪失の多変量調整HRが有意に高く,自立喪失のPAFは,プレフレイルが18%,フレイルが13%,喫煙が11%であった。結論 高齢者健診の受診者を対象とした検討の結果,自立喪失に寄与する割合が最も大きい要因はフレイル,プレフレイルであった。前期高齢期からフレイル予防,ならびに生活習慣病の予防・改善を図ることが集団全体の自立喪失の低減に寄与すると考えられた。
著者
岩佐 一 石井 佳世子 吉田 祐子 安村 誠司
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.42-50, 2020-01-15 (Released:2020-02-04)
参考文献数
36

目的 子育ては心身ともに負担の大きい活動である。子育て期の女性は,育児・家事の過重負担や児からの頻繁な要求により常態的に注意力が制限されやすいこと,認知機能が低下しやすいことから,様々な失敗(「認知的失敗」)を経験しやすいことが考えられる。本研究では,3か月~6歳の児を養育している女性を対象として調査を行い,①認知的失敗尺度であるShort Inventory of Minor Lapses(SIML)の日本語版を開発し,②認知的失敗尺度の計量心理学的特性(因子分析,妥当性の検証,信頼性の検証,分布形状の確認,就労状況・末子の年齢・児の人数による得点の比較)を行った。方法 インターネット調査会社に委託して調査を実施し,3か月~6歳の児を養育する母親310人を分析の対象とした(25~45歳,常勤職員155人,主婦155人)。認知的失敗尺度SIML(15項目,5件法),就労状況,母親の年齢,末子の年齢,児の人数,世帯収入,育児サービスの利用状況,1日の睡眠時間,疲労感,神経症傾向を調査項目として使用した。結果 SIMLは1因子から成る尺度であることが確認された。記憶愁訴,睡眠時間,疲労感,神経症傾向の各変数と認知的失敗得点の相関はそれぞれ,0.66,−0.17,0.32,0.22(すべて,P<0.01)であった。クロンバックのα係数は0.94であり十分な信頼性が確認された。認知的失敗を従属変数として3要因分散分析を行ったところ,末子の年齢(0~3歳:34.9±11.5点>4~6歳:32.6±10.5,偏η2=0.013),児の人数(1人:32.4±11.3<2人以上:34.9±10.9,偏η2=0.014)の主効果が有意であった。母親の年齢を共変量とする3要因共分散分析を行ったところ,末子の年齢の主効果が有意であった(偏η2=0.014)。結論 子育て期の女性を対象として,認知的失敗尺度SIML日本語版の計量心理学的特性(因子構造,妥当性,信頼性,得点分布)が確認された。
著者
吉田 由美 高木 廣文 稲葉 裕
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.69-77, 1995-02-15
参考文献数
32
被引用文献数
11
著者
草間 太郎 相田 潤 東 大介 佐藤 弥生子 小野寺 保 杉山 賢明 坪谷 透 髙橋 達也 小坂 健
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.26-32, 2020-01-15 (Released:2020-02-04)
参考文献数
20

目的 東日本大震災は2011年3月に発生したが,2018年11月現在においても宮城県内では約1,100人の被災者が仮設住宅に入居している。家を失い仮設住宅へ移住することは健康状態を悪化させる可能性があることが報告されている。しかし,仮設住宅入居者の健康状態を長期間にわたって調査した研究はほとんどない。さらに,災害公営住宅入居者まで対象にした研究は我々の知る限り存在しない。本研究の目的は災害公営住宅も含めた応急仮設住宅入居者の震災後からの健康状態の経年推移を明らかにすることである。方法 本研究は宮城県内のプレハブ仮設住宅・民間賃貸借上住宅・災害公営住宅に入居している20歳以上の男女を対象とした繰り返し横断研究である。調査期間は2011年度から2017年度までの7年間である。従属変数として主観的健康感を用い,独立変数として調査年度および入居している住居の種類を用いた。また,共変量として性・年齢を用いた。多変量ロジスティック回帰分析を用いて調整オッズ比(aOR)および95%信頼区間(95%CIs)を算出した。結果 本研究の対象者は延べ179,255人であった。平均年齢は災害公営住宅で一番高く,2017年度で63.0歳であった。主観的健康感の悪い人の割合は民間賃貸借上住宅入居者では経年的に減少していたが,プレハブ仮設住宅入居者においては減少していなかった。また,災害公営住宅入居者はプレハブ仮設住宅・民間賃貸借上住宅入居者に比べて,主観的健康感の悪い人の割合が大きかった。多変量解析の結果,調査年度が新しいほど有意に主観的健康感が良くなっていた(P for trend <0.001)。また,民間賃貸借上住宅入居者とプレハブ仮設住宅入居者の間に有意差は見られなかったが,民間賃貸借上住宅入居者に比べて災害公営住宅入居者では有意に主観的健康感が悪い者が多かった(aOR, 1.20;95%CI, 1.15-1.27)。結論 入居者の健康状態は経年的に改善傾向にあった。しかし,とくに災害公営住宅では健康状態の悪い者の割合が高く,今後も入居者の健康状態をフォローアップし,適切な介入をしていく必要があると考えられる。
著者
大曽 基宣 津下 一代 近藤 尚己 田淵 貴大 相田 潤 横山 徹爾 遠又 靖丈 辻 一郎
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.15-25, 2020-01-15 (Released:2020-02-04)
参考文献数
33

目的 健康日本21(第二次)の目標を達成するため,各自治体は健康課題を適切に評価し,保健事業の改善につなげることを求められている。本研究は,健康日本21(第二次)で重視されるポピュレーションアプローチに着目して,市町村における健康増進事業の取組状況,保健事業の企画立案・実施・評価の現状および課題について明らかにし,さらなる推進に向けたあり方を検討することを目的とした。方法 市町村の健康増進担当課(衛生部門)が担当する健康増進・保健事業について書面調査を実施した。健康増進事業について類型別,分野別に実施の有無を尋ねた.重点的に取り組んでいる保健事業における企画立案・実施・評価のプロセスについて自記式調査票に回答してもらい,さらに参考資料やホームページの閲覧などにより情報を収集した。6府県(宮城県,埼玉県,静岡県,愛知県,大阪府,和歌山県)の全260市町村に調査票を配布,238市町村(回収率91.5%)から回答を得た。結果 市町村の健康増進事業は,栄養・食生活,身体活動,歯・口腔,生活習慣病予防,健診受診率向上などの事業に取り組む市町村の割合が高かった。その中で重点的に取り組んでいる保健事業として一般住民を対象とした啓発型事業を挙げた市町村は85.2%,うちインセンティブを考慮した事業は27.4%,保健指導・教室型事業は14.8%であった。全体では,事業計画時に活用した資料として「すでに実施している他市町村の資料」をあげる市町村の割合が52.1%と半数を占め,インセンティブを考慮した事業においては,89.1%であった。事業計画時に健康格差を意識したと回答した市町村の割合は約7割であったが,経済状況,生活環境,職業の種別における格差については約9割の市町村が考慮していないと回答した。事業評価として参加者数を評価指標にあげた市町村は87.3%であったのに対し,カバー率,健康状態の前後評価は約3割にとどまった。結論 市町村における健康増進・保健事業は,全自治体において活発に取り組まれているものの,PDCAサイクルの観点からは改善の余地があると考えられた。国・都道府県は,先進事例の紹介,事業の根拠や実行可能な運営プロセス,評価指標の提示など,PDCAサイクルを実践するための支援を行うことが期待される。
著者
中村 正和 田淵 貴大 尾崎 米厚 大和 浩 欅田 尚樹 吉見 逸郎 片野田 耕太 加治 正行 揚松 龍治
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.3-14, 2020-01-15 (Released:2020-02-04)
参考文献数
45

目的 本報告の目的は,加熱式たばこの使用実態,健康影響,ニコチン供給装置としての製品特性に関わるエビデンスをもとに,本製品の流行がたばこ規制の主要政策に与える影響を検討し,今後の規制のあり方について政策提言を行うことである。方法 加熱式たばこの使用実態,有害化学物質の成分分析,ニコチン供給装置としての製品特性に関する文献検索には医学中央雑誌とPubMedを用い,11編を収集した。そのほか,国内の公的研究班の報告書と海外の公的機関の報告書から8編を収集した。 本製品の流行がたばこ規制に与える影響については,WHOがMPOWERとして提唱する6つの主要政策を取り上げた。本検討にあたっては,上述の19文献に加えて,たばこ規制の現状に関わる計26編の文献や資料を収集して用いた。結果 わが国では2013年12月から加熱式たばこの販売が開始され,2016年から流行が顕著となっている。2016年10月の時点で,日本は国際的に販売されている加熱式たばこ製品の90%以上を消費している。加熱式たばこは,紙巻たばこに比べるとニコチン以外の主要な有害物質の曝露量を減らせる可能性がある。しかし,病気のリスクが減るかどうかについては明らかでなく,紙巻たばこを併用した場合には有害物質の曝露の低減も期待できない。また,ニコチンの曝露ならびに吸収動態は紙巻たばこと類似しており,ニコチン依存症が継続して,その使用中止が困難になる。 加熱式たばこの流行は,WHOが提唱する6つの主要政策のいずれにおいても,現状の日本のたばこ規制の下では悪影響を与える可能性が考えられた。結論 加熱式たばこの流行に対して公衆衛生上の懸念が指摘されているが,その規制のあり方を検討するためのエビデンスが不足している。今後,加熱式たばこの健康影響のほか,紙巻たばこ使用への影響,たばこ政策に与える影響について研究を進める必要がある。健康影響が解明されるまでは,公衆衛生の予防原則の観点から紙巻たばこと同様の規制を行うべきである。
著者
石田 実知子
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.33-41, 2020-01-15 (Released:2020-02-04)
参考文献数
30

目的 本研究は,高校生の自他への暴力行動の予防的介入に関する知見を得ることをねらいとして,自他への暴力行動に対するレジリエンスと反すうおよび怒りとの関連について検討することを目的とした。方法 高校生1年生~3年生327人に対して無記名自記式質問紙調査を実施した。有効回収数は280票(85.6%)であった。これらのデータに対し,レジリエンスが直接的に暴力行動に影響すると同時に,反すう,怒りを通して自他への暴力行動に影響するとした因果関係モデルを仮定し,そのモデルの適合性と変数間の関連性について構造方程式モデリングを用いて解析した。上記モデルには統制変数として性別・学年を投入した。結果 仮定した因果モデルのデータへの適合度はCFI=0.980,RMSEA=0.043であった。変数間の関連性に着目すると,レジリエンスと反すうおよび自他への暴力行動間に統計学的に有意な負の関連性が認められた。一方で反すうと怒り,怒りと自他への暴力行動間は統計学的に有意な正の関連性が認められた。本分析モデルにおける暴力行動に対する寄与率は82.9%であった。なお,統制変数のうち性別のみレジリエンスと正の,暴力行動と負の統計学的に有意な関連性が認められた。結論 構造方程式モデリングを用いた分析の結果,レジリエンスは,反すうを低減させると同時に直接的に自他への暴力行動を低減させることが明らかとなった。また,反すうは怒りを介して自他への暴力行動に強い影響を与えていることが示された。レジリエンスを高めることや,怒りを増強させる反すうを抑制することが予防的介入に有効であることが示唆された。
著者
和田 耕治 太田 寛 阪口 洋子
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.259-265, 2011 (Released:2014-06-06)
参考文献数
26

目的 新型インフルエンザ A(H1N1)2009が海外で発生した初期に,わが国では停留措置が行われた。停留は,国民の安全•健康を守るための措置である一方,個人の行動を数日間にわたって制限することになるため,人権を最大限尊重して最小限の人を対象に行うべきである。本研究では,今後新たに発生した新型インフルエンザの流行初期において最適な停留措置を行うための意思決定のあり方について検討を行った。方法 インフルエンザの感染性や航空機などの公共交通機関での感染の事例,停留の有効性などに関する文献と新型インフルエンザ A(H1N1)2009の流行の初期において停留措置に関わった者へのインタビューから得られた知見をもとに検討を行った。結果 停留の意思決定をする際には,停留の必要性の検討,対象者を最低限にするための対応,対象者の人権確保,代替策について検討を行う必要がある。 必要性の検討では,新型インフルエンザが停留の対象とすべき公衆衛生上の脅威であるか,停留を行うことによって国内での流行のはじまりを遅らせることができる時期であるか,停留措置を緩和するまたは解除するなどの意思決定の場,を検討する。 停留対象者を最小限にするための対応については,感染者に曝露する人を出さないためにもインフルエンザ様症状のある者が航空機に搭乗しないよう国民への呼びかけ,対象者の選定が感染者との曝露に応じた決め方になっているかを検討する。 停留が必要と判断された際の対象者の人権確保については,停留期間が最短であるか,対象者の人権(個人情報,施設での快適性)は守られているか,対象者のメンタルヘルスや,慢性疾患などの治療への対応が確保できているか,外国人を停留する場合の各国言語を勘案した十分な説明ができているかを検討する。また,停留代替策の検討として自宅待機などの選択肢を検討する。結論 停留措置の意思決定は,流行の初期において判断が求められるため病原性などの情報は限られている。また,停留の意思決定を行うためのエビデンスは現段階で十分には得られていない。そのようななかで考慮すべき点を多面的に検討し,最適な停留措置を意思決定することが求められる。
著者
福田 吉治 林 辰美
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.62, no.7, pp.347-356, 2015 (Released:2015-08-27)
参考文献数
41
被引用文献数
5

目的 健康づくりに関するメッセージ(健康メッセージ)の受け止めやその反応は,個人の特性により異なると考えられる。本研究は,一般住民がどのような健康メッセージに効果があると認識しているかを明らかにし,基本的属性や社会経済的要因による認識の違いの有無を明らかにすることを目的とする。方法 山口県(山口市および岩国市)に在住する30~59歳の1,200人を無作為に抽出し,構造化質問紙を用いた郵送調査を行った。質問は,個人特性(性別,年齢,婚姻状況,学齢,世帯収入等),健康メッセージの効果の認識などにより構成した。健康づくりのテーマは,禁煙勧奨,がん検診勧奨,減量勧奨とし,それぞれに複数のメッセージを示し,もっとも効果があると思うものを選択してもらった。個人特性とメッセージの選択の関係を分析した。結果 445人より回答があった(回答率37.1%)。総じて,「健康影響」を示すメッセージに効果があると回答したものがもっとも多かった。性別や年齢に加えて,婚姻状況,学歴,収入はメッセージの効果の認識と有意な関係が認められた。禁煙勧奨での「受動喫煙」は高学歴,節酒勧奨での「依存症」は低収入,がん検診勧奨での「家族のため」と「自己負担」はそれぞれ低学歴と低収入と有意な関係があった。結論 勧奨する行動によって違いは認められるが,性別,年齢,婚姻状況,学歴,収入が健康メッセージの効果の認識と関連していた。このことから,健康メッセージの提供にあたり,社会経済的要因を含む個人特性を考慮することの必要性が示唆された。
著者
赤澤 正人 松本 俊彦 勝又 陽太郎 木谷 雅彦 廣川 聖子 高橋 祥友 川上 憲人 渡邉 直樹 平山 正実 亀山 晶子 横山 由香里 竹島 正
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.57, no.7, pp.550-560, 2010 (Released:2014-06-12)
参考文献数
37
被引用文献数
1

目的 わが国の自殺者数は,平成10年に 3 万人を超えて以降,11年に渡りその水準で推移しており,自殺予防は医療や精神保健福祉の分野に留まらず,大きな社会的課題となっている。本研究では心理学的剖検の手法で情報収集がなされた自殺既遂事例について,死亡時の就労状況から有職者と無職者に分類し,その心理社会的特徴や精神医学的特徴の比較•検討を通じて,自殺既遂者の臨床類型を明らかにし,自殺予防の観点から有職者ならびに無職者に対する介入のポイントを検討することを目的とした。方法 心理学的剖検の手法を用いた「自殺予防と遺族支援のための基礎調査」から得られたデータをもとに分析を行った。調査は,自殺者の家族に対して独自に作成された面接票に準拠し,事前にトレーニングを受講した精神科医師と保健師等の 2 人 1 組の調査員によって半構造化面接にて実施された。本研究で用いた面接票は,家族構成,死亡状況,生活歴,仕事上の問題,経済的問題等に関する質問から構成されていた。なお,各自殺事例の精神医学的診断については,調査員を務めた精神科医師が遺族からの聞き取りによって得られたすべての情報を用いて,DSM-IVに準拠した臨床診断を行った。本研究では,2009年7 月中旬時点で23箇所の都道府県•政令指定都市から収集された自殺事例46事例を対象とした。結果 有職者の自殺者は,40~50代の既婚男性を中心として,アルコールに関連する問題や返済困難な借金といった社会的問題を抱えていた事例が多かった。無職者では,有職者に比べて女性の比率が高く,20~30代の未婚者が多く認められ,有職者にみられたような社会的問題は確認されなかった。また,有職者では死亡時点に罹患していたと推測される精神障害としてアルコール使用障害が多く認められたのに対して,無職者では統合失調症及びその他の精神病性障害が多く認められた。結論 自殺予防の観点から,有職者に対しては,職場におけるメンタルヘルス支援の充実,アルコール使用障害と自殺に関する積極的な啓発と支援の充実,そして債務処理に関わる司法分野と精神保健福祉分野の連携の必要性が示唆された。一方で,無職者に対しては,若い世代の自殺予防に関する啓発と支援の充実,統合失調症と自殺に関する研究の蓄積の必要性が示唆された。
著者
加藤 美生 石川 ひろの 奥原 剛 木内 貴弘
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.66, no.12, pp.746-755, 2019-12-15 (Released:2019-12-25)
参考文献数
18

目的 複数の国や地域で事業展開する研究開発型多国籍製薬企業は,社会的貢献の対象である患者団体との繋がりが深い。社会的貢献の内容は多岐にわたり,寄付金や協賛費などの直接的資金提供から,企業主催の講演会などに伴う費用などの間接的資金提供,患者団体への依頼事項(原稿執筆や監修,調査)への謝礼,さらには社員による労務提供がある。研究開発型企業の場合,ユーザーである患者の声を生かし,より患者に寄り添った医薬品の開発が求められる。そのため,企業と患者団体との関係性に関する透明性を担保することは,あらゆるステークホルダーにとって重要である。本研究の目的は研究開発型多国籍製薬企業の社会的貢献活動と患者団体の関係の透明性を確保するための情報開示動向を,日米欧の業界団体規程を軸に把握することである。方法 欧州製薬団体連合会(EFPIA),米国研究製薬工業協会(PhRMA),日本製薬工業協会(JPMA)による「製薬企業と患者団体との関係の透明性」に関連する規程の記述内容について,「透明性」「対等なパートナーシップ」「相互利益」「独立性」の4概念を用いて質的帰納的に分析した。結果 記述内容のほとんどは「透明性」に関していた。最も具体的に記載されていたのはEFPIAの規程であり,患者団体の制作物内容への影響を与えないことや企業主催あるいは患者団体主催のイベントやホスピタリティに関する記載があった。3団体の規程とも財政支援や活動項目の目的や内容について,記録をとることを課していた。しかし,透明性の確保のための情報公開については,PhRMAでは必須とせず,JPMAでは明確な更新スケジュールについて明記がなかった一方,EFPIAでは年1回公開情報の更新を義務付けていた。「対等なパートナーシップ」については,相互尊重,対等な価値,信頼関係の構築などのワードが共に抽出された。いずれの規程も「相互利益」についての言及がなかった。「独立性」に関しては,いずれの規程も患者団体の独立性を尊重または確証することが記述されていた。結論 各団体が規程を示し,各会員会社による自発的な情報開示を推奨していたが,団体によりその詳細の度合いが異なっていた。業界団体の規程は会員会社のポリシーの基となることから,できるだけ詳細にかつ地域を超えて,同様の情報開示内容や規程が揃えられることが望まれる。