- 著者
-
田上 善夫
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2007, pp.198, 2007
<BR>I はじめに<BR> 山地周辺などに社寺をはじめ多くの信仰施設がおかれるが,その成立は近世の新田開発や寺社政策による寺町の形成以前にさかのぼるものが多い。また西国三十三観音霊場などの伝統的な霊場の札所も,山の中腹や山麓に多くおかれる。それらはさらに樹木,巨岩,滝などの傍らに位置することも多いが,神社にせよ寺院にせよそれのみでなく,境内社や小祠その他多くの施設の複合として存在するものが多い。こうしたものの中には,その影響範囲が山岳とその周辺地域にとどまらず,全国的に広がるものもみられ,また地域にはそれらの影響範囲が重畳している。こうした施設の個々の位置における関係,またそれらの相互間での関係について,若干の検討を試みる。<BR>II 山岳にかかわる信仰施設<BR> 中央日本のとくに北信越,東海,日本海地方を中心に,立山,朝日,八乙女,戸隠,鹿沢,身延,秋葉,蓬莱,谷汲,横蔵,青葉,中山,大山,清水,美保などにおいて,主要な施設について現地調査を行った。また山岳信仰に通じる施設は,現在もさまざまな神社などとなって伝わっている。このうち神社について,「全国神社祭祀祭礼総合調査(神社本庁,1995)」を利用して,主要なものを抽出した。神社名称またそのよみかたはさまざまであるが,たとえば白山神社は,はくさん,しらやま,しらみね,などとよむものとした。抽出した主要な神社について,全国で集計すると,山について山・嶽・峰にかかわる名を冠するもの,また水について水・滝にかかわる名を冠するものがとくに多い(表)。また固有の山岳名を冠するものも多く,白山,大山などはとくに多い。一般に数が多いほど広域にわたるが,富山の牛嶽や新潟の守門などのように少数のものは地域的な分布にとどまっている。<BR>III 関連する主要な神社の分布<BR> 前記の山岳にかかわる主要神社は,およそ以下のような範囲に広がる。羽黒神社は,越後と,山形・置賜から中通りを経て関東平野に多くの分布がみられる。日光神社は関東平野北部と越後平野に,赤城神社は群馬と埼玉方面に多い。富士神社は中央日本に多いが,富士山周辺にはみられない。弥彦神社は越後平野と会津に,戸隠神社はとくに安曇野に多く,石動神社は,能登から越後平野に多く,立山神社は立山周辺と石川・福井,剣神社は宝達,上越,福井,濃尾に多い。白山神社は北陸とくに福井,濃尾平野を中心とするが,白山から東方へ広がり関東にも多く,中心は福井市,岐阜市付近にある(図)。分布範囲は平野部に広がる一方,全体での中心は経済・社会的中心から異なる位置にある。<BR>IV 山岳社寺の変容<BR> 先述の白山の神の本地は十一面観音とされるように,神仏のかかわりは深く,寺社には神宮寺や鎮守社が相伴われるものが多い。神社の名称に山や水を示すものが多いように,もともと多くは山岳においてさまざまに祀られ,さらに中には地方の山岳の神あるいは祖先の神として,有力なものも現れたと考えられる。多くの神社の祭神には大和の神名が含まれ,さらに本地の仏が祀られるとともに,さまざまな信仰施設の複合へと変容した。さらにとくに地方において多様な対象を結んで霊場が開創されているが,広域においても神仏の複合した霊場が開創されている。中世における一国霊場のもつ神官・僧侶と為政者の領国支配の機能が指摘されるが,こうした山岳社寺の複合にも多くの機能が含まれるものと考えられる。