著者
尾崎 正時
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.63, no.4, pp.255-260, 2012 (Released:2013-02-13)
参考文献数
15

骨盤部の放射線治療中には,下痢を来すことが多い。重篤な場合は一日十数回の水様便となる。当施設では,放射線照射による下痢を水毒による泄瀉と考え,五苓散エキス製剤で治療している。その治療効果を,前立腺癌根治照射例で検討した。2008年1月から2010年12月までの3年間に当施設で根治的放射線治療を完遂しえた前立腺癌患者28例を検討対象とした。予防的全骨盤照射を行った高リスク群は18例,予防的小骨盤照射を行った中等度リスク群は8例,予防的骨盤照射を行わなかった低リスク群は2例であった。全骨盤照射例18例中15例(83.3%),小骨盤照射例8例中5例(62.5%),計20例に下痢を認めた。五苓散エキス通常使用量で20例中18例(90%)で症状の消失・改善を認めた。常用量で効果の無かった2例では,五苓散エキス倍量で症状改善を認めた。五苓散は,放射線照射による下痢に対して有効であった。
著者
宮崎 忠昭
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.63, no.6, pp.363-368, 2012 (Released:2013-07-19)
参考文献数
31

インフルエンザは,高熱,頭痛,筋肉痛,腹痛,および下痢等の症状を伴う感染症であり,罹患者の症状が重篤化した場合,急性脳症や肺炎などにより死亡することもある。その原因となるインフルエンザウイルスに対しては,抗ウイルス作用を有するインターフェロンが生体防御に重要な役割を担う。我々は,ウイルスのRNAポリメラーゼが,このインターフェロンの発現誘導を阻害していることを見出した。さらに,ポリメラーゼにはSiva-1というアポトーシス誘導分子が会合し,ウイルス増殖および宿主細胞のアポトーシス誘導に働くことを明らかにした。これらの分子はインフルエンザの病態形成,およびウイルス増殖に重要であることが示唆される。最近,我々は銀翹解毒散および麻黄湯エキスにウイルスの増殖抑制効果があることを示した。そこで,現在,有機溶媒によりこれら成分を分画し,HPLC システムにより抗ウイルス活性物質の単離を進めている。
著者
石川 利博
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.66, no.3, pp.223-227, 2015 (Released:2015-11-05)
参考文献数
16
被引用文献数
1 1

向精神薬,特にベンゾジアゼピン系薬による依存が問題になってきている。これまで,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors;SSRI)のような代替薬がベンゾジアゼピン系薬に置換できるのではないかと示唆されてきた。今回,向精神薬を柴胡桂枝湯,柴胡桂枝乾姜湯,帰脾湯,加味逍遥散,柴胡加竜骨牡蛎湯などの漢方薬に置換しえた神経症の2症例を報告する。2症例はベンゾジアゼピン系薬を中止する際,症例1は反跳が,症例2は離脱症状と症状再発が出現した。これらの症状は徐々に解消していったが,漢方薬もまたその役を担ったと思われる。漢方治療はベンゾジアゼピン系薬などの向精神薬の代替療法になりうることが示唆された。
著者
高橋 秀実
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.1-9, 2013 (Released:2013-07-20)
参考文献数
8

1990年代に入り,現代免疫学は体内免疫システムを,主として体表面に配置された異物(邪気)に対する記憶形成を伴わない「自然免疫」と血液中を循環し記憶形成をともなう「獲得免疫」に大別し,その認識抗原の実体ならびに機能について研究を展開してきた。一方,2000年以上前に記載された「黄帝内経」には,我々の体内には邪気と闘う「衛気(えき)」と「営気(えいき)」の2つのシステムが構築されており,前者「衛気」は体表面に配置され発汗調節を担い,「濁」である物質群を制御するのに対し,後者「営気」は「清」と呼ばれる純化された物質を選別し「栄養素」として「血管」内に送り込み,血液の運行を含め全身を統御するものであることが記載されている。本総説では,以上の点を踏まえ,「衛気」と自然免疫;「営気」と獲得免疫との関連性について概説し,「東洋医学」と「西洋医学」とを統合した新たな「医学」を模索する上への礎としたい。
著者
吉良 枝郎
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.57, no.6, pp.757-767, 2006-11-20 (Released:2010-03-12)

なお攘夷の激しい維新当初より, 京都官軍病院にイギリス公使館医を医師として招聘し, ついで御所への西洋医学の導入を認め, 典薬寮医師として蘭方医を採用し, 元年末には医学校である大学東校を開校し, 近い将来での医師開業試験の実施を布達した。明治新政府は, わが国の医学として, 初めて, 積極的に西洋医学を受容した。漢方医の影響下にあった旧幕府とは, 極めて対照的である。戊辰戦争で貢献した英国公使館医は, 大学東校の病院長兼医学教師に就任した。政府内には, 従来のオランダ医学に代わって, わが医学の教師役はイギリス医学がとの雰囲気があった。一方長崎医学校で学んだ若い蘭方医達は, 世界の医学界をリードしているとして, ドイツ医学のわが国への導入を提案した。厳しい討議のすえ, ドイツ人医学教師の招聘が決定された。初代のミュルレルは, 伝統的医学教育に固執する日本人教師らの抵抗を抑え, 厳しく, 徹底的に医学校を改革した。医学生は, 予科3年, 本科5年に亘り, 基礎科学, 基礎医学, 臨床を, ドイツ人教師によりドイツ語で教育された。極めて特異な事であったが, わが国初の医制を作り上げるためには欠くべからざる事であった。
著者
山岡 傳一郎 伊藤 隆 浅間 宏志 佐橋 佳郎 三谷 和男 姜 東孝 安井 廣迪 渡辺 均
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.270-280, 2017 (Released:2017-12-26)
参考文献数
18
被引用文献数
1 6

漢方製品の使用量と金額は近年増大しているが,輸入生薬単価の上昇と保険薬価低下のために,漢方薬を扱う業界には長期低落傾向がみられる。生薬国内生産はこの30年間減少し続けているが,状況改善への試みがなされている。福島県の会津産人参生産量は153トンから8トンに減少したが,圃場の拡大と栽培期間短縮の研究が開始された。奈良県では生産から販売までの一貫体制の構築に取組み,大和当帰を用いた新たな商品開発販売のため,生産者,製薬・食品メーカー,大学研究機関による協議会が活動している。また薬用作物の国内生産に向けて,農林水産省,厚生労働省ならびに日本漢方生薬製剤協会は,3年間にわたり生産者と製薬各社とのマッチング会議を各地で開催してきた。漢方による医療費削減のためには,漢方製剤だけでなく煎薬などの生薬を直接用いた治療のできる医療体制が必要である。生薬国内生産コストを賄う施策に関する議論が望まれる。
著者
春田 道雄 井上 文明 水嶋 丈雄
出版者
The Japan Society for Oriental Medicine
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.665-672, 2000-01-20 (Released:2010-03-12)
参考文献数
20

アカシジアに対して西洋薬の抗パーキンソン病薬を投与しても効果がなかった症例に, 三黄瀉心湯や桃核承気湯を投与した。非定型精神病1例, 精神分裂病3例, いずれも女性で身体的な証は全て実証であり, 4例とも便秘を認めた。三黄瀉心湯6g (EK-13) をベースに症例1と症例4にはさらに桃核承気湯7.5g (TJ-61) を併用した。4例とも「ムズムズする。いてもたってもいられない」というアカシジアを疑わせる訴えは共通しており,『大黄』を含む三黄瀉心湯を処方することにより数日で症状が消退した。精神科における薬物療法では,アカシジアなどの錐体外路症状への対処が大切であるが, 抗パーキンソン病薬などが奏効しない症例がみられる。このような場合に三黄瀉心湯などの漢方薬を使用することにより, 服薬履行が高まるものと期待された。さらに『大黄』には向精神作用や瀉下作用もあるため, 薬物総量を減量できると思われた。
著者
田原 英一 村井 政史 犬塚 央 岩永 淳 大竹 実 土倉 潤一郎 矢野 博美 木村 豪雄 三潴 忠道
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.62, no.6, pp.718-721, 2011 (Released:2012-03-21)
参考文献数
4

小半夏加茯苓湯を後鼻漏の15症例に対して投与した。有効10例,無効5例の,自覚症状,他覚所見を検討した。全例で嘔気は認めなかった。有効例では鼻汁の性状が水様で,振水音を聴取したものを多く認めた。鼻汁が粘調で,振水音を認めなかった症例は無効であった。小半夏加茯苓湯は明らかな嘔気を伴わなくても,鼻汁が水様であり,振水音を聴取する後鼻漏に試みてよい方剤と考えられる。
著者
本間 行彦 高岡 和夫 與澤 宏一 片岡 是充 後藤 壮一郎 千丈 雅徳 水島 宣昭 辻 和之 今井 純生 水谷 保幸 角谷 憲史 恩田 芳和 新井田 榮路 新井 慎治 根岸 利幸 越前屋 幸平 藤田 克裕 宮本 光明 小関 利行
出版者
The Japan Society for Oriental Medicine
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.47, no.2, pp.245-252, 1996-09-20 (Released:2010-03-12)
参考文献数
7
被引用文献数
2 2

かぜ症候群に対する麻黄附子細辛湯 (株) ツムラ, TJ-127) の有用性を検討するため, 封筒法による総合感冒薬との比較試験を行った。対象はTJ-127群83例, 総合感冒薬群88例で, 性, 年齢, 発病から投薬までの期間など, 両群の背景因子に有意差はみられなかった。結果として, 全般改善度では, TJ-127群は中等度改善以上が81.9%であり,一方総合感冒薬群は60.3%であった (P<0.01)。また, 患者に各種症状の経過をかぜ日記として記載してもらい, それらを検討した結果, 発熱, 熱感, 全身倦怠感, せき・たんの各症状において, TJ-127群の方が総合感冒薬群より有意に短期間に消失することが認められた。安全性においてもTJ-127群に問題となるものは認められなかった。以上の成績から, TJ-127はかぜ症候群の治療に有用な薬剤と考えられた。
著者
伊関 千書 鈴木 雅雄 古田 大河 佐橋 佳郎 鈴木 朋子 金子 明代 上野 孝治 三潴 忠道
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.131-139, 2015 (Released:2015-08-12)
参考文献数
39
被引用文献数
1

症例は45歳女性で,X-2年4月より全身性疼痛,発熱,倦怠感,冷え,下痢,食欲不振,めまい,頭痛,不眠などを発症し,X-1年5月に当センターにて線維筋痛症と診断された。X 年5月に入院時,慢性疲労症候群も合併していると診断された。手の少陰経と太陽経に発汗と血管攣縮を伴う疼痛発作が毎日出現しており,複合局所疼痛症候群(CRPS)と診断された。通脈四逆湯(乾姜9g,甘草4g,烏頭6g)を処方後,ほとんどの症状の軽減がみられ,CRPS 発作には大烏頭煎(烏頭1g,蜂蜜10g)の頓服が有効であった。鍼灸治療では,心気血両虚証と心庳証に対し,神門,内関,三陰交,太衝,足三里,陰陵泉,心兪,肩中兪,風池へ配穴し低周波鍼通電治療(1~4Hz)を併用し,手の少陰経と少陽経へは子午流注経絡弁証も用いたところCRPS 発作頻度が減少した。湯液と鍼灸の併用は,難治性の疼痛症候群合併症例に有効であった。
著者
中山 毅 西原 富次郎 深田 せり乃
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.105-110, 2017 (Released:2017-10-20)
参考文献数
13
被引用文献数
1

食欲不振や嘔吐の症状を伴った妊娠悪阻の患者を対象とし,六君子湯による悪阻への治療の可能性についての後方視的検討を行った。方法は,北川らの提唱するEmesis index(EI)を用い,小半夏加茯苓湯内服,メトクロプラミドを投与した群を比較対照とした。すべての群において,内服後のEI 合計値の低下を認めたが,特に六君子湯群7日後のEI 合計値が,他群より有意に低下していた。また項目別の検討では,六君子湯群における悪心,嘔吐,食欲低下のスコア値が,小半夏加茯苓湯,メトクロプラミド投与群と比較し有意に低値であった。六君子湯が妊娠悪阻に対して,小半夏加茯苓湯やメトクロプラミド投与と同等に効果があり,特に悪心嘔吐や食欲低下といった症状の強い妊娠悪阻を軽快させる可能性が示唆された。また奏功しない症例の多くは気滞スコアが高い傾向にあり,随証療法の必要性,ならびに理気剤への変方を考慮することが必要であろう。
著者
河野 雅洋
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.729-734, 2007-07-20 (Released:2008-09-12)
参考文献数
13

当帰芍薬散が著効した絨毛膜下血腫の2症例を経験した。2例とも妊娠第2三半期おいて絨毛膜下血腫による性器出血がみられた症例である。当帰芍薬散を投与したところ, 投与後1週以内に性器出血はみられなくなった。絨毛膜下血腫も投与後2週以内には消失し, 妊娠39週で2470gおよび3324gの児を経腟分娩した。漢方学的所見では2例ともお血, 水滞および四肢の冷えを認めた。絨毛膜下血腫の存在は妊娠転帰に悪影響を及ぼす可能性があり, 何らかの対策が必要であると思われるが, 現在までのところ西洋医学において有効な治療法は確立されていない。今回の2症例では当帰芍薬散が著効したことから, 絨毛膜下血腫の治療法として当帰芍薬散も有効な選択肢の一つになり得るものと考えられた。
著者
松本 毅 形井 秀一
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.140-146, 2015 (Released:2015-08-12)
参考文献数
10
被引用文献数
1

日本では,他の国にはない,精製度の高いモグサが作られている。しかし,近年,中国産ヨモギが輸入され,それを原料とした製品も販売されているが,それらの現状は,詳しく報告されていない。そこで,日本国内のモグサ製造,加工,国内卸業を行っている14社に対して,2011年11月16日に郵送で,製造の現状と問題点など15領域29項目について,アンケート調査を実施した。その結果,有効回答は,14社中12社(85.7%)で,仕入れについては,ヨモギの葉が,国内産88t,外国産45t,モグサが,国内産13t,外国産50t だった。製造時期は,11月下旬から3月下旬頃までであった。製造用機器は,石臼,長通し,唐箕などで,多くは職人により手作りで製作されていた。今回の調査では,ヨモギやモグサの納入や輸出に関する事柄,製造や製造機器に関する現状,また,製造業者の抱えている問題点や今後の展望などについて検討することができた。
著者
本間 行彦
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.64, no.6, pp.352-357, 2013 (Released:2014-05-16)
参考文献数
9
被引用文献数
1

漢方医学が医学研究や臨床の現場において未だに一人前と認知されていない理由として,大学を中心とした多くの医学研究者の「漢方は科学でない」という評価によると思われる。このことは漢方の普及を著しく妨げ,漢方で改善されるべき悩める多くの患者の救済を制限していると思われる。このことから,漢方が科学であることを証明することは急がれねばならない。著者は,今回,科学とはなにかを主テーマとする「科学哲学」の視野から漢方の「証」の成立を中心に検討し,漢方は確固とした科学であると結論した。
著者
陣内 厚子 木村 容子 伊藤 隆
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.56-59, 2017 (Released:2017-07-05)
参考文献数
15

症例は35歳男性で,主訴は眼瞼痙攣である。特に仕事中に右眼瞼が痙攣するようになり,眼科では異常なしと言われ,漢方治療を希望して受診した。疲れやすい等の気虚を疑う症状と,胸脇苦満の所見から,柴胡桂枝湯や芍薬甘草湯を使用したが改善を認めなかった。証を再検討したところ,体格は中等度以上で筋肉質であり,自覚症状からは虚弱な印象を受けたが,虚証ではなく中間証~実証であると判断した。また眼瞼痙攣は,暑くてのぼせる時に起き,上半身の汗や頭痛の症状を認めていたことから,上焦の実熱証と考え黄連解毒湯を開始した。八週後に眼瞼痙攣が軽減し,六ヵ月後に消失した。頭痛やのぼせの症状も改善した。 眼瞼痙攣に対する黄連解毒湯の報告はこれまでにない。同方剤は実熱証による眼瞼痙攣に対しては効果が期待できると考えられる。
著者
小野 孝彦
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.10-15, 2013 (Released:2013-07-20)
参考文献数
26
被引用文献数
2

近年,糖尿病性腎症,慢性腎炎,腎硬化症など各種の腎疾患をひとまとめにして慢性腎臓病と呼んでいる。レニン・アンジオテンシン系に働く治療薬は慢性腎臓病治療の第1選択とされているが,七物降下湯は併用効果が期待される。基礎的研究では糖尿病性腎症の進展に八味地黄丸の抑制効果がある。近年の研究から腎炎や一次性ネフローゼ症候群において,柴苓湯はステロイドや免疫抑制薬の減量効果が期待される。慢性腎炎やネフローゼ症候群の背景となる病態として,柴朴湯の治療は頻回の上気道炎を減少させ,柴苓湯はアレルギーの関与が考えられるネフローゼ症候群に対して効果的な場合が見られる。小児の IgA 腎症に対して,前向きの臨床試験による柴苓湯効果のエビデンスも得られている。透析に至る前の慢性腎不全に対して温脾湯は,透析導入への延長効果が知られている。五苓散は血液透析時の透析困難を改善し,腹膜透析においては腹膜線維化の問題点に対して柴苓湯の改善効果が期待される。
著者
高山 真 沖津 玲奈 岩崎 鋼 渡部 正司 神谷 哲治 平野 篤 松田 綾音 門馬 靖武 沼田 健裕 楠山 寛子 平田 宗 菊地 章子 関 隆志 武田 卓 八重樫 伸生
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.62, no.5, pp.621-626, 2011 (Released:2011-12-27)
参考文献数
7
被引用文献数
9 8

平成23年3月11日に発生した東日本大震災は,巨大な地震と津波により東日本の広い範囲に甚大なる被害をもたらした。東北大学病院では被災地域への医療支援を行ない,漢方内科においても東洋医学を中心とした活動を行なった。ライフラインが復旧せず医療機器の使用が困難な中にあって,医師の五感により病状を把握し治療方針を決定できる東洋医学は極めて有効な診断・治療方法であった。被災直後には感冒,下痢などの感染症と低体温症が課題であり,2週間経過後からアレルギー症状が増加し,1ヵ月以降は精神症状や慢性疼痛が増加した。感冒や低体温に対する解表剤や温裏剤,咳嗽やアレルギー症状に対する化痰剤,疼痛やコリ,浮腫に対する鍼治療・マッサージ施術は非常に効果的であった。人類の過酷な歴史的条件の下に発達した東洋医学は大災害の場でも有効であることを確認した。
著者
武原 弘典 松川 義純 田中 裕 山本 修平 堀谷 亮介 西森(佐藤) 婦美子
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.69, no.3, pp.246-251, 2018 (Released:2019-02-27)
参考文献数
13

発達障害に合併する睡眠障害に対して漢方治療が有効であった2例を報告する。症例1はアスペルガー障害の15歳女子で,主訴は起床困難,入眠困難,易疲労性であった。陰血不足で肝気の昂りが抑えられず,緊張興奮状態に陥り易く上記症状が生じると考えた。抑肝散に甘麦大棗湯を併用し,起床困難は改善し毎日通学できるようになった。症例2は注意欠如多動性障害の17歳男子で,起床困難や倦怠感,易疲労性が主訴でしばしば緊張興奮状態となった。小建中湯内服で症状はやや改善傾向があったが,肝気を巡らす四逆散を併用後は毎日通学できるようになった。漢方医学では睡眠も含め精神の安定には血が重要であり,また幼少期は気血の不足がおこりやすいと捉えており,発達障害における二次障害の治療に際し補陰血に着目することが有用であると考えた。
著者
木村 容子 田中 彰 佐藤 弘 伊藤 隆
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.34-39, 2017 (Released:2017-07-05)
参考文献数
28
被引用文献数
1 1

背景:月経時片頭痛は他の時期の発作に比べて治療抵抗性であることが多い。呉茱萸湯で効果不十分な月経時の片頭痛に黄体ホルモンによる水滞の病態に着目して五苓散を併用した。対象と方法:呉茱萸湯を3ヵ月間投与し,月経時の片頭痛が残存した陰証の月経関連片頭痛患者37名(中央値37歳,範囲23—48歳)を対象とした。呉茱萸湯の服用は継続し,残存する月経時の頭痛に対して月経1週間前から月経終了時まで五苓散を追加した。結果:月経時の片頭痛が軽快した症例は26例(70%)。改善群では,発作時の随伴症状として頭重感(p = 0.003),浮腫(0.006),めまい(0.014),尿不利(0.014)が有意に認められ,雨前日に頭痛の悪化を認めることも多かった(0.004)。結語:発作時に頭重感や尿不利など水滞症状が顕著な場合は,呉茱萸湯に五苓散を月経周期に合わせて投与することが有効であると考えられた。