著者
川村 淳一郎 田代 勝範 池畑 雅啓 脇田 昌明 橋口 伸吾 田代 なお子 染 海王 日高 道生
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.BbPI1151, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】脳卒中片麻痺患者におけるトイレ動作・トイレ移乗とBerg Balance Scaleの関連【方法】脳卒中片麻痺患者のリハビリテーションにおいて、トイレ動作・トイレへの移乗の獲得は入院中のActivities of Daily Living(以下ADL)拡大や自宅復帰時の重要な因子とされている。そこで、脳卒中片麻痺患者におけるFunctional Independence Measure(以下FIM)のトイレ動作・トイレ移乗とBerg Balance Scale(以下BBS)を始め、各評価項目との関連性を検討する。【説明と同意】対象者は入院・外来・併設特老入所者の脳卒中片麻痺患者28名(年齢80.5±8.9歳男性11名、女性17名)。評価項目としてFIM(トイレ動作・トイレ移乗)・BBS・下肢Brunnstrom stage(以下BRS)・非麻痺側筋力(膝関節伸展筋)を計測し、歩行可能群は5m歩行速度・連続歩行距離を測定しトイレ動作・移乗動作と各評価項目との関係性を計った。さらにFIMトイレ動作・移乗が自立群と非自立群に対象者を分類し、BBS総合・静的バランス項目・動的バランス項目との関連を見た。相関についてはspearmanの順位相関係数を用いて検討した。統計学的有意水準は危険率1%未満とした。【結果】本研究は実施時に口頭にて、内容・目的を十分に説明し、患者および家族の同意を得て実施した。【考察】FIM(トイレ動作)3.0±2.0点・FIM(トイレ移乗) 3.6±2.0点であった。評価項目ではBBS18.0±17.3点・下肢BRS3.2±1.5・非麻痺側筋力4.1±0.8・5m歩行速度0.18±0.3m/秒・連続歩行距離26.9±38.3mとなった。spearmanの順位相関係数においてFIM(トイレ動作・トイレ移乗)とBBS・BRS・非麻痺側筋力・5m歩行速度・連続歩行距離で有意な正相関があった。(P<0.01) BBS総合点は自立群42.2±8.8点、非自立群11.7±11.9点・BBS静的バランス項目は自立群12±0点、非自立群5.7±3.4点・動的バランス項目は自立群32.2±8.8点、非自立群6.0±8.9点とすべての項目において有意な差を認めた。【考察】 今回の結果よりトイレ動作・トイレ移乗に対してすべての項目で相関が認められたが、単的な評価項目であるBRS・非麻痺側筋力に比べ複合的なバランス能力を必要とするBBS・5m歩行速度・連続歩行距離でより強い相関が見られた。中でもBBSには極めて強い正の相関があることが認められた。脳卒中片麻痺患者におけるBBSの評価に関しては麻痺の程度、健側下肢の筋力・歩行能力・姿勢反射、感覚系が深く関与しており、FIMのトイレ動作・トイレ移乗の項目にも深く関与していることが再確認できた。BBSに関しては過去の論文より、高齢者・脳卒中片麻痺患者のバランステストとしては、有用性は証明されており、テストの再現性も高く信頼性と妥当性が確認されている。このことからも、トイレ関連動作は高度なバランス能力を必要としている。両動作のFIM6・7の自立群ではBBS動的バランス項目(起立・着座・移乗・閉脚立位・リーチ・物を拾う・振り向き・タンデム)が可能であったことから全方向の重心移動と移動した位置で保持する能力が必要と推測される。今回の対象者である脳卒中片麻痺患者のトイレ動作でのFIM減点項目としてズボンの上げ下げが最も減点される項目であり、上下への重心移動と調節が困難であったと考えられる。また、トイレ移乗でのFIM減点項目として立位保持から着座があげられ、こちらも後方へのバランス能力が必要だったと考える。BBS動的バランス項目でトイレ動作自立群、非自立群では有意な差が認められたのは上記のような動的バランス調整能力が必要であるからである。脳卒中片麻痺患者においてバランス能力が低下している場合、生活動作としてのトイレ動作・トイレ移乗動作の完全自立は困難であり、ADLを拡大するためには人的介助あるいは福祉用具によってバランス能力を補助することが必要となってくる。【理学療法学研究としての意義】脳卒中片麻痺患者のバランス能力を評価することによってトイレ動作・移乗への介助量を推量する一つの指標になり、入院中・自宅復帰後のADL・QOL拡大を図るための対応がとれる前段階的アセスメントとなりうる。
著者
曽我 孝 宮本 礼人
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.CbPI1323, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 関節包や靱帯などの軟部組織の伸張性や、筋緊張により関節可動範囲は変化し、正常可動範囲を超えると関節の緩みや亜脱臼を伴う。そして全身的に関節が緩い場合、靱帯損傷や亜脱臼などを生じる可能性が高くなる。 臨床場面では靱帯損傷症例を経験することがあるが、その中でも膝前十字靱帯(以下、ACL)損傷症例は多い。ACL損傷症例において膝関節弛緩性を評価することは重要であり、ACL再建術後も定期的に評価を行う。そこで今回ACL損傷症例の全身の関節柔軟性と膝関節弛緩性(特にACLに着目して)との間に関連性があるかどうかを検討した。【方法】 今回ACL損傷と診断され、当院で半腱様筋腱、薄筋腱を用いてACL再建術を施行した31名(男性11名、女性20名、平均年齢30.6±11.4歳)を対象とした。関節柔軟性の評価は中嶋のLooseness Testを使用し、手関節、肘関節、肩関節、股関節、膝関節、足関節に脊柱を加えた7部位を評価した。7項目中3項目以上が陽性であれば全身の関節柔軟性は高いと判定した。膝関節弛緩性の評価は膝関節前方弛緩測定器(KNEE LAX3、GATSO社製)を使用し、術前、術後6ヶ月の両膝関節前方移動量を測定した。KNEE LAX3における前方移動量は132Nの力を加えたときの数値(単位:mm)である。得られた結果からLooseness Testと前方移動量(健側、患側、患健差)の相関関係を調べた。統計学的分析としてピアソンの相関係数を用いて検定した。なお有意水準は5%未満(P<0.05)とした。【説明と同意】 対象者には本研究の主旨を十分に説明し、同意を得てから測定を実施した。測定に必要な個人情報、測定結果などは本研究のみに使用し、対象者のプライバシーが保護されていることを加えて説明した。【結果】 今回Looseness Testと術前後の両膝関節前方移動量との間には正の相関が認められると仮定していたが、実際相関が認められたのは術前患側(r=0.5896、P=0.0004)、術前患健差(r=0.4458、P=0.0119)のみであった。【考察】 術前患側の膝関節弛緩性が全身の関節柔軟性と正の相関があることより、ACLを損傷した場合、全身の関節柔軟性が高いほどACL以外の軟部組織の伸張性及び筋緊張が膝関節弛緩性に影響すると考えられる。関節柔軟性を決める要因としては靱帯や関節包、筋肉(筋膜)、腱、皮膚などが挙げられる。この中で特に関節柔軟性に関与しているのが靱帯や関節包で、次いで筋肉(筋膜)と言われ、腱や皮膚の影響は小さい。今回膝関節弛緩性についてはACLに着目して研究を行ったが、ACL本来の柔軟性は全身の関節柔軟性にそれほど関連がないことから、膝関節においては関節包や筋肉(筋膜)が膝関節柔軟性に大きく影響しているのではないかと考えられる。今後、関節包や筋肉などの軟部組織が関節柔軟性にどれほど関連しているかを検討していきたい。【理学療法学研究としての意義】 ACL損傷症例のほとんどがスポーツによる受傷であり、その大半がスポーツ復帰を強く希望されている。その為に再建術を施行されるが、症例によっては手術までに長期間を要する場合がある。関節柔軟性が高い場合、膝関節への負担を考慮すると関節の支持性を高めるTrainingが重要となってくる。また再断裂や反対側の予防的観点からも同じことが言える。
著者
水元 紗矢 島田 周輔 神原 雅典 石原 剛 加藤 彩奈 大野 範夫 鈴木 貞興 小笹 佳史 浅海 祐介 吉川 美佳
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.CbPI1300, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】変形性膝関節症において、異常な膝回旋運動を呈しているという報告を散見する。膝回旋はわずかな運動であり、回旋を評価することは難しい。内外側ハムストリングスは膝屈曲においては共同筋だが、回旋では拮抗筋となるため筋活動をみることで膝回旋運動を推察することができる。我々は第45回の本学会で下肢アライメントと歩行時筋活動との関係について、Q-angle高値側は内外側ハムストリングス筋活動比(M/L比)が低いと報告した。臨床において足位や後足部アライメントが脛骨回旋異常を引き起こしている症例を経験することから、今回足位および後足部回内外アライメントがM/L比に与える影響について検討したので報告する。【方法】対象は膝に障害のない健常男性10名(平均年齢27.5歳±1.9歳)の左膝10肢である。足位と後足部アライメントを変化させた条件下で、片脚スクワットを行なわせた際のM/L比を比較検討した。課題運動は片脚立位から膝屈曲60°の片脚スクワットである。上肢は胸の前で固定し、反対側の下肢は膝屈曲位、膝内外反および股関節内外転中間位で後挙させた。スクワットは屈曲2秒、屈曲保持2秒、伸展2秒の計6秒間とし、計3回行った。被験者には十分練習を行った上で計測した。筋活動の算出にはスクワット伸展2秒間の大腿二頭筋(BF)、半腱様筋(ST)、半膜様筋(SM)の筋活動を計測した。筋活動の記録には表面筋電計(Megawin Version2.0、Mega Electronics社)を用いた。得られた筋活動のRoot Mean Square(RMS)振幅平均値を算出し、計3回の平均値を各筋のRMSとした。さらに膝屈曲45°での最大等尺性収縮を100%として正規化し、%RMSを算出し各筋の%RMS を求めた。ST、SMに対するBFの割合をそれぞれST/BF比、SM/BF比とした。足位は、床に対して足長軸を進行方向に向けた位置をtoe 0°、それより5°外側に向けた位置をtoe-outとした。後足部アライメントは、入谷の方法をもとに2mmのパットを用いて回内位(PR)、中間位(NP)、回外位(SP)を誘導した。検討項目は、ST/BF比とSM/BF比を以下に示す3通りの方法で比較検討した。1.(1) NP・toe0°とNP・toe-out、(2) NP・toe0°とPR・toe0°とSP・toe0°、(3) NP・toe-out とPR・toe-out とSP・toe-outとした。2.NP・toe-outでのST/BF比とSM/BF比を検討した。各筋の%RMSを比較した。統計学的解析には、二元配置分散分析法と多重比較検定、対応のあるt-検定を用いた。有意水準は5%未満とした。【説明と同意】 ヘルシンキ宣言に基づき、被験者には研究の主旨を十分に説明し同意を得た上で計測した。【結果】1-(1) toe0°とtoe-outではST/BF比、SM/BF比とも有意差を認め(P<0.05)、toe-outでBFの活動が高くなった。1-(2) toe0°では、ST/BF比でPRとSP間に有意差を認めた(P<0.05)。1-(3) toe-outでは、SM/BF比でNPとPR間に有意差を認め(P<0.05)、PRでBFの活動が高まり、SMの活動低下がみられた。2. toe-outでのST/BF比とSM/BF比は有意差を認めなかった。【考察】 本研究により、荷重位での足位および後足部アライメントによりM/L比が変化することが示された。Scott.K(2009)はtoe-outでのエクササイズにてM/L比の減少が起こると報告しており、本研究の結果もそれを支持する結果となった。toe-outにてBF筋活動が高まることは、内旋方向へ誘導される下腿の運動を制御した結果ではないかと考えた。toe-out・PRにおいてSM/BF比は減少を認めたが、ST/BF比は有意差を認めなかった。この理由としては、STとSMの筋機能の違いによるものと考えた。SMは筋形状とレバーアームの関係により浅屈曲で筋活動が優位になり、STは深屈曲で筋活動が優位となる。回旋作用としてはSMに比べSTで作用が高い。本研究ではスクワット60°屈曲位で行ったことから、SM筋活動の抑制が起きたためSM/BF比に有意差を認めたと考えた。【理学療法学研究としての意義】本報告で、足位および後足部アライメントの変化によるST/BF比、SM/BF比の基礎的データが得られた。足位および後足部アライメントが内外側ハムストリングスの筋バランスに影響を与えることが示された。スクワット運動や荷重位でのエクササイズにおいて、足位や後足部アライメントを考慮する必要があると考えた。
著者
木島 亜依
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.BeOS3024, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 当院では装具療法をPTアプローチの1つとして、積極的に治療やADL場面での活用が出来るよう、早期作製を掲げ取り組んでいる。年間300本近く処方される中には、両側支柱付き長下肢装具(以下KAFO)も多く含まれているが、KAFOに特化した治療効果や作製時期などの検証は行ってきていない。脳卒中ガイドライン2009においても、「短下肢装具」使用における歩行の獲得、治療効果は高いエビデンスレベルで推奨されているが、「長下肢装具」の効果を挙げられているものは乏しく、症例報告も少ない。 当院の取り組みの検証とエビデンスの構築に向け、本研究では、当院に入院し1本目に装具を処方された者を分析し、下記を検証することでKAFOの効果を明らかにする。1.KAFO処方による治療効果(入院時、退院時のADLの変化)2.処方時期と治療効果の関連性を明らかにし、装具の早期作製の有効性を検証【方法】 2009年4月1日~2010年8月31日の期間に、当院に入院したのべ1046人中、脳血管障害を呈した患者で、装具を1本目に処方された332名。(内訳:KAFO142名、両側支柱付き短下肢装具72名、プラスチック製短下肢装具63名、オルトップ9名、Gait Solution29名、その他16名)そのうち片麻痺患者に限定し(外傷性脳損傷、水頭症術後、入院期間中に急性増悪し入退院を繰返した者は除く)、KAFOを1本目に処方した66名(以下K群)と両側支柱付き短下肢装具又はプラスチック製短下肢装具を1本目に処方した95名(以下A群)を対象とした。 方法は、K群とA群の基本情報をカルテより抽出し、両群とで下記項目について統計学的に比較検討した。(1)基本情報は、年齢、性別、疾患名、発症日、入院日、退院日、装具処方日、処方時の下肢Brunnstrom Recovery Stage(以下BRS)、入院時・退院時のFIM運動項目(以下M-FIM)、転帰とする。(2)K群とA群の入院期間、M-FIMについての比較(Mann-Whitney検定:有意水準は0.05とした)(3)K群とA群各々の発症から装具処方までの日数と、M-FIM利得の相関【説明と同意】 本研究に使用するデータの管理に関しては、当院の倫理規定に準じて行った。【結果】(1)K群は男性33名・女性33名、A群は男性61名・女性34名で、平均年齢はK群73.3±12.0歳、A群66.4±13.9歳であった。装具処方時のBRSは、K群はBRS2以下が52名、BRS3が12名、BRS4以上が2名に対し、A群はBRS2以下が9名、BRS3が54名、BRS4以上が32名であった。在宅復帰率(自宅、有料老人ホーム)はK群が54.5%、A群が75.8%であった。(2)入院期間は、K群の平均が140.0±39.3日、A群の平均が132.0±92.1日で有意差があり、K群の入院期間の方が長かった。入院時M-FIMについては、K群の平均が29.7±14.0点、A群の平均が39.2±14.4点で有意差があり、K群の方が、重症度が高かった。また、M-FIM利得ではK群の平均が14.7±14.3点、A群の平均が26.4±13.1点で有意差があり、退院時までのM-FIMの変化もK群の方が低かった。(3)発症から処方までの日数では、K群の平均が51.4±24.0日、A群の平均が45.1±45.1日であった。K群の発症から処方までの日数とM-FIM利得には、弱い相関関係が認められたが、一方A群は発症から処方までの日数とM-FIM利得の相関関係には、有意な差は認められなかった。【考察】 K群は、A群に比べ重症度が高いケースが多く、M-FIM利得についても、A群よりも得られる効果は低く、入院期間は長い傾向にあった。しかしK群は、早期作製するほど、退院時のM-FIMが上がる傾向があったことから、下肢の運動機能が比較的重度でも、早期よりKAFOを使用しアプローチしていくことで、退院時のADL向上につながる可能性があり、早期作製の意義はあると考える。一方A群については、発症から処方までの日数とM-FIM利得においての相関が得られなかった事から、K群よりも、慎重に装具作製の時期を見極める必要があると思われる。 本研究では、K群の早期作製の効果については一定の知見が得られたが、入院期間は長く、M-FIM利得が低い値であり、KAFO自体の効果についての立証は困難であった。これは入院時、退院時M-FIMともにK群は重症度が高く、ばらつきがあったことが原因と考えられる。また、重症患者の治療効果には、KAFOのみの効果ではなく、入院期間やADLに様々な要因が影響すると予測され、KAFO対象者のより詳細な調査、分析が必要と思われる。今後はKAFOの効果検証に向けて、適応基準など対象を増やしながら検証を継続していきたい。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果より、KAFOは早期作製するほど効果が得られやすい事から、早期リハビリテーションの一助として、下肢の運動機能が重度でも早期よりKAFOを活用していくことは有用と考える。
著者
日岡 明美 沖田 学 片岡 保憲 炭岡 良 横野 志帆 海部 忍 北中 雄二 土橋 孝之
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.BbPI2175, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 共感覚は,一種類の感覚情報によって他の感覚が引き起こされる現象である.つまり,共感覚は複数の感覚モダリティにまたがって脳の中で無関係に思える抽象的な情報を結びつける能力である(Ramachandran,2005).この共感覚を利用した抽象概念の照合は,回答や判断を明確に伝えることのできない知的機能が低下した脳卒中片麻痺患者の意思決定を表現する手がかりとなる可能性が推察されている(日岡,2010).また,言語発達の遅延や他人と感情を共有して,意思疎通を図ることが困難な症状を呈する自閉症児においても抽象概念の照合が意思決定を表現する手がかりとなる可能性が考えられる.本研究目的は脳卒中片麻痺患者および自閉症児に共感覚を問う課題を実施し,抽象概念を照合する能力と説明する能力を知的機能という視点から分析することである.【方法】 脳卒中片麻痺患者30名(男性8名,女性22名,平均年齢76.3±11.2歳)および自閉症児14名(男児10名,女児4名,平均年齢8.5±1.9歳)を対象にブーバ/キキ実験を実施した.手順として,二つの異なる図形(でこぼこした図形,ぎざぎざの図形)を提示し,「この形は,一つは『ブーバ』,もう一つは『キキ』と言います.どちらが『ブーバ』でどちら『キキ』ですか.」と指示し,判断を求めた.回答が得られた後に,「ブーバ」と判断した理由(以下,質問1),「キキ」と判断した理由(以下,質問2)についてのインタビューを実施した.また,知的機能評価として,レーヴン色彩マトリックス検査(以下,RCPM)を実施した.質問1,2におけるインタビュー結果から両方の説明が可能であった群(以下,A群)と両方または片方の説明が不可能であった群(以下,B群)に分類した.脳卒中片麻痺患者と自閉症児のそれぞれ2群間のRCPM得点をMann-WhitneyのU検定を用いて比較分析した.なお,有意水準は5%未満とした.【説明と同意】 すべての対象者および保護者に本研究目的の説明を行い,同意を得た.【結果】 ブーバ/キキ実験において,でこぼこした図形が「ブーバ」,ぎざぎざの図形が「キキ」と判断した脳卒中片麻痺患者は30名中29名,自閉症児は14名中13名であった.RCPMの平均値および標準偏差は脳卒中片麻痺患者では16.3±8.6点(最小値0,最大値30点)であり,自閉症児では24.5±9.3点(最小値は0,最大値34点)であった.2群の内訳は,脳卒中片麻痺患者ではA群16名,B群13名,自閉症児ではA群5名,B群8名であった.脳卒中片麻痺患者の2群間のRCPM得点の中央値の比較では,A群は19点,B群は14点(p<0.05)であり,A群がB群に比べ有意に得点が高かった.自閉症児の2群間のRCPM得点の中央値の比較では,A群は28点,B群は27点であり,有意差は認められなかった.【考察】 本研究において,でこぼこした図形が「ブーバ」,ぎざぎざの図形が「キキ」と判断した対象者が殆どであったことから,脳卒中片麻痺患者および自閉症児は抽象概念を照合する能力が保たれているということが明らかになった.また,抽象概念を照合する能力が保たれている対象者のなかに知的機能が高い者と低い者が存在していた.この結果は脳卒中片麻痺患者および自閉症児において,抽象概念を照合する能力と知的機能は乖離した能力であるということが示唆された.さらに,抽象概念の照合を説明できたA群と説明できなかったB群をRCPMの得点で比較した際,脳卒中片麻痺患者ではA群はB群に比べて知的機能が高かったが,自閉症児では差を認めなかった.このことは,抽象概念の照合を説明する能力は,脳卒中片麻痺患者では知的機能に依存しているが,自閉症児では非言語性の知的機能の視点からは測ることのできない能力であることが推測された.本来,図形と音との抽象概念の照合は言語の進化に重要であり,人の発達とともに備わってきたものであると推測されている(Ramachandran,2001).本研究結果から,脳卒中片麻痺患者のように,脳機能になんらかの破綻が生じても一度備わった抽象概念を照合する能力は残存している可能性が推察された.加えて,自閉症児のように,言語発達の遅延や意思疎通が困難な症状があり,脳機能の発達過程にあるものでも,抽象概念を照合する能力は形成されている可能性が推察された.【理学療法研究としての意義】 本研究において,対象者の殆どが抽象概念を照合する能力が保たれていた.よって,意思疎通が困難であり,知的機能が低下した脳卒中片麻痺患者および自閉症児に対し,抽象概念を用いた手法が治療介入の手がかりになり得る可能性が示唆された.
著者
松本 浩希 加納 一則 真田 将幸 中川 法一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AbPI1105, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 中殿筋は、解剖学的構造より前部・中部・後部繊維に分けられ、それぞれの部位によって機能が異なる。しかし、従来の筋活動に関する報告は中殿筋を筋全体として捉えたものが多く、筋の各部位ごとに筋活動をみているものは少ない。中でも、荷重位での筋活動に関する調査は特に少なく、体重支持期に骨盤傾斜を制御する重要な役割は、大殿筋上部繊維及び中殿筋前部繊維が担っているとの報告もあるが、統一した見解にも至っていないのが現状である。荷重時の中殿筋各繊維の筋活動量を明らかにすることは、骨盤傾斜を抑制するための運動療法を実施する際に、有意義な情報になると思われる。そこで、表面筋電図を用いて立位荷重肢位での中殿筋前部繊維、中部繊維における筋活動量を調査した。【方法】 対象は、下肢・体幹に整形外科的・神経学的疾患のない健常者9名(男性:8名、女性:1名、23.3±1.9歳)とした。方法は、重心を前後左右に偏位させた片脚立位時の中殿筋前部・中部繊維の筋活動量を、表面筋電図を用いて測定した。筋電図の測定にはNORAXON社製Myosystem1200を用い、解析にはNORAXON社製Myoresearchを用いた。測定側は右側とし、直径22mmの電極を用い、双極誘導法にて電極間距離を20mmとした。各筋繊維の電極の設置は池添らの方法に準じ、皮膚抵抗は、10KΩ以下となるように皮膚前処理を行った。対象脚は右下肢とし、1.通常の片脚立位(重心中間位)2.左股関節軽度屈曲・左膝関節伸展位での片脚立位(重心前方位)3.左股関節軽度伸展・左膝関節伸展位での片脚立位(重心後方位)4.体重の5%の負荷を肩関節外転90°で右上肢遠位へ加えた肢位での片脚立位(重心同側位)5.体重の5%の負荷を肩関節外転90°で左上肢遠位へ加えた肢位での片脚立位(重心対側位)を測定肢位とした。各動作の筋電波形を整流平滑化処理し、波形の安定している3秒間の積分値を求めた。次に、背臥位での中殿筋最大等尺性収縮時の波形を100%MVCとし、各片脚立位時の%MVCを求めた。各片脚立位時の前部繊維と中部繊維の%MVCにおける差の検定には、t-検定を用いた。統計処理は、SPSS17.0を用いた。【説明と同意】 今回の調査は、当院の倫理委員会の規定に基づいて実施した。また、研究の趣旨、測定の内容、個人情報の取り扱いに関して説明を行った上で研究協力の承諾を得た。【結果】 結果は、重心中間位が前部繊維で37.7±19.4%、中部繊維が27.0±11.0%(P<0.05)。重心前方位では前部繊維が47.8±25.7%、中部繊維が37.4±16.7%(P=0.052)。重心後方位では前部繊維が30.5±18.3%、中部繊維が31.6±16.7%(N.S.)。重心同側位では、前部繊維が30.3±18.1%、中部繊維が26.6±12.2%(N.S.)。重心対側位では、前部繊維が46.0±23.1%、中部繊維が35.5±15.6%(P<0.05)であった。【考察】 本研究の結果、各片脚立位時の%MVCは、重心中間位および対側位において、中殿筋の前部繊維が中部繊維と比し有意に大きかった。また重心前方位においては、前部繊維が中部繊維と比し大きい傾向を認めた。これは、解剖学的に中殿筋の前部繊維は腸骨稜前方から大転子上縁に起始、停止を持ち、中部繊維は腸骨稜外側から大転子外側面に起始、停止を持つため筋活動量に差が生じたものと考えられる。重心中間位には、骨盤後方回旋を伴って片脚立位を行うので、前額面上の骨盤傾斜を抑制するのに前部繊維の筋活動が高まるのではないかと考えた。そして、重心対側位には重錘負荷、前方位では左下肢の自重による骨盤傾斜を抑制するために中殿筋の筋活動量が増加したと思われる。重心後方位に有意差を認めなかったのは、股関節伸展時に骨盤が前傾し、前部繊維の起始と停止が近づいたため筋効率が低下したためであると考えられる。そして、重心同側位に有意差を認めなかったのは、片脚立位保持に中殿筋機能の必要性が低下し、筋全体としての活動量が低下したためと考える。今回、重心位置の変化によって、前部繊維、中部繊維に活動量の差が認められ、中殿筋に負荷をかける肢位には前部繊維が有意に働く可能性が示唆された。今後は、歩行時の中殿筋の部位別の活動や変形性股関節患者での筋活動を検討していきたい。【理学療法学研究としての意義】 先行研究では、荷重位で中殿筋の部位別での機能を調査した報告は少ない。中殿筋のそれぞれの部位での機能を知ることは、歩行分析・リハプログラムの立案などの際に、有意義な情報になると思われる。
著者
石阪 姿子 田中 彩乃 八木 麻衣子 西山 昌秀 岩﨑 さやか 立石 圭祐 大沼 弘幸 清水 弘之
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.CbPI2198, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 変形性膝関節症(以下,膝OA)における股関節周囲筋筋力増強は膝関節負荷軽減や膝関節痛軽減,運動機能向上などの効果が得られたとする研究が散見され,トレーニングプログラムの一つとして行われることが多い.しかし実際に膝OA患者の股関節周囲筋の筋力水準を提示した研究は少なく,健常者と比較してどの程度の筋力水準なのかは不明である.よって運動処方の際に,目標とする筋力水準を設定出来ない現状がある. 本研究では膝OA患者の股関節周囲筋の年代別筋力水準を提示し,筋力低下の有無や程度を検討することを目的とした.【方法】 対象は当院に人工膝関節全置換術目的に入院した重度膝OA女性患者71名(以下,OA群)と過去6ヶ月に1週間以上の臥床経験が無く独歩可能で日常生活活動が自立し,さらに骨・関節疾患,脳血管障害,神経・筋疾患の既往や認知症が無いという取り込み基準を満たす女性56名(以下,コントロール群)の合計127名である. 筋力測定は等尺性筋力測定装置μ-Tas(アニマ社製)を使用し,股関節外転,伸展,膝関節伸展筋力を約5秒間の最大努力により2回測定,その最大値を記録した.OA群は手術予定側,コントロール群は全例右下肢の筋力値を採用,体重で除した値を用いた. 統計解析には統計ソフトSPSS(Ver.12.0J)を使用した.属性の比較,OA群とコントロール群の筋力値の水準比較には対応のないt検定を使用,筋力値に対する体重の影響を検討するために体重を共変量とし,共分散分析をおこなった.OA群,コントロール群各々における各年代間の筋力値の比較は一元配置の分散分析を使用した.なお,統計学的判定の有意水準は5%とした.【説明と同意】 倫理的配慮として当院倫理委員会の承認を得た(承認番号第1313号).対象者には研究についての適切な説明を行い十分に理解した上で同意を得た.【結果】 属性において両群の体重に有意差を認めたが,共分散分析を行った結果,筋力値に対する体重の影響は棄却された. 年代別筋力値の体重比(単位kgf/kg)を60歳代(OA群13名/コントロール群18名),70歳代(48名/20名),80歳代(10名/18名)の順に述べる.膝関節伸展筋力はOA群では0.26±0.10,0.27±0.09,0.24±0.05,コントロール群では0.47±0.14,0.39±0.09,0.38±0.10, 股関節外転筋力ではOA群では0.23±0.11,0.22±0.08,0.20±0.08,コントロール群0.33±0.08,0.28±0.05,0.27±0.09, 股関節伸展筋力ではOA群では0.23±0.11,0.23±0.08,0.23±0.07,コントロール群0.40±0.11,0.31±0.09,0.27±0.12であった.OA群とコントロール群との比較では80歳代の股関節外転,伸展筋力以外すべてにおいて有意にOA群の筋力が低値であった(p<0.05). また,コントロール群とOA群各々における各年代の筋力値の比較ではコントロール群の股関節伸展筋力にのみ60歳代から80歳代にかけて有意な筋力低下がみられたが(p<0.01),OA群では60歳代から80歳代にかけての筋力値に統計学的な有意差は見られなかった.【考察】 OA群ではコントロール群と比較し,従来から筋力低下がおこるといわれている膝関節伸展筋力のみならず,股関節外転,伸展筋力にも筋力低下を生じていることがわかり,その予防対策やトレーニングの必要性が示唆された.トレーニングプログラムとして股関節周囲筋の筋力増強を図る場合には,今回の結果から得られたコントロール群の年代別筋力値を目標値の一つとして使用できると考える.しかし,今回は筋力値とパフォーマンスや疼痛との関連,また,下肢のアライメントや身体活動量の違いなどとの関連は検討しておらず,今後の課題である. また,OA群ではコントロール群に見られる加齢による筋力低下の傾向が見られなかった.疾患由来による筋力低下が60歳代においてすでにみられるが,その後,加齢による筋力低下は見られない.重度膝OA患者ではあるが全例歩行が可能であったことから,今回得た筋力値は日常生活維持可能な最低限の筋力水準であることが予想された.高齢女性では予備体力低下が問題であり,今後は筋力低下を生じる前に予防策を講じる必要性があると考えられた.【理学療法学研究としての意義】 本研究の意義は膝OA患者において膝関節伸展筋力とともに,股関節周囲筋にも筋力低下を生じていることを示した点、またその水準を示した点である.股関節周囲筋の筋力トレーニングを実施するにあたり、目標値を設定する一助となると考える.
著者
財前 知典 小関 博久 田中 亮 多米 一矢 川崎 智子 小谷 貴子 小関 泰一 平山 哲郎 川間 健之介
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AbPI1023, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】歩行は個人によって特徴があり、それは健常成人においても同様である。健常成人における歩行の特徴を把握することは運動器疾患の予防の観点からも大変重要であると考える。そこで今回、踵離地(以下HL)において早期群と遅延群に分類し、両群における歩行時下肢筋活動の違いについて調査し、中足骨後方部分の横アーチ挙上における下肢筋活動変化と主観的歩きやすさの変化について比較検討した。【方法】被験者は健常成人17名24脚(男性16脚、女性8脚、平均年齢24.7±2.2歳)とした。各被検者の自然歩行をFoot switchにて計測し、その信号を基に立脚期を100%として時間軸の正規化を行った。Perryの歩行周期を基に49%をHL標準値として、49%よりHLが早い群を早期群、遅い群を遅延群に分類した。入谷式足底板における中足骨後方部分の横アーチパッドの貼付位置に準じて、パッドなしから2mmまでを0.5mm刻みで貼付し、その時の下肢筋活動と膝関節及び骨盤前方加速度を多チャンネルテレメータシステムWEB7000(日本光電社製)にて測定した。なお、それぞれの歩行距離は40mとした。被検筋は腓腹筋内外側頭(以下GM・GL)・前脛骨筋(以下TA)・後脛骨筋(以下TP)・長腓骨筋(以下PL)・大腿直筋(以下RF)・内外側ハムストリングス(以下MH・LH)とした。サンプリング周波数は1kHzとし、得られた加速度波形ならびに筋電図波形をBIMUTAS-Video for WEB(キッセイコムテック社製)で取り込み、筋電図波形では30~500Hz、加速度波形は0~10Hzの周波成分を抽出した。また、各被検筋に対して最大等尺性随意収縮を行い、安定した2秒間の筋電積分値(以下IEMG)を基準として各筋における歩行中の%IEMGを算出した。各被検筋における%IEMGを1%階級に分割したうえで、HL前10%、HL後10%の%IEMGを比較検討した。なお、加速度に関してはHL前10%、HL後10%及びHL時の加速度も併せて算出した。また、早期群及び遅延群におけるパッドの高さによる主観的歩きやすさの違いに関してはマグニチュード推定法(以下ME法)を用いて比較検討した。統計処理にはJava Script-STAR version 5.5.4jを用いて2要因5水準の混合配置の分散分析を行い、有意確率は5%未満とした。【説明と同意】被験者にはヘルシンキ宣言に沿った同意説明文書を用いて本研究の趣旨を十分に説明し、同意を得たうえで実施した。【結果】 HL早期群と遅延群では、遅延群においてHL前10%でGLの筋活動増大がみられ〔F(1,20)=11.11〕、HL後10%でTP、PLの有意な筋活動増大がみられた〔TP:F(1,20)=5.75、PL:F(1,20)=5.99〕。膝関節前方加速度に関しては、HL後10%で早期群に比較して遅延群において有意な増大がみられたが〔F(1,20)=7.51〕、骨盤の前方加速度においては有意差がみられなかった。また、ME法における歩きやすさの主観的評価については、早期群と遅延群において有意な差はみられなかったものの早期群において1.5mm以上のパッドを歩きやすいと感じ、遅延群においては1mm以下のパッドが歩きやすいと感じる傾向にあった〔F(1,20)=2.35〕。【考察】本研究の結果により、HL遅延群ではHL前10%においてGLの筋活動が増大し、HL後10%においてTPとPLの筋活動が増大した。これは遅延群ではHLが遅く、下腿前傾が増大するために制御作用として働くGLの筋活動が増大するものと推察する。また、HL後に生じるTPとPLの筋活動増大は、HLが遅延することにより、その後の身体前方推進力を増大する作用としてTPやPLの筋活動を増大させた事が考えられる。このことは、遅延群においてHL後の膝関節前方加速度の増大がみられたことと関連があるものと思われる。 また、ME法における歩きやすさの主観的評価に関しては有意差がみられなかったものの早期群では高めのパッドが歩きやすいと感じ、遅延群では低めのパッドを歩きやすいと感じる傾向にあった。中足骨後方部分の横アーチパッドは高く処方するとHLが遅延し、低めに処方するとHLが早期に生じるとされている。早期群ではパッドの高さを高く処方することで、HLが遅延した結果、主観的歩きやすさが増大し、遅延群ではパッドの高さを低く処方することでHLが早期に生じ、主観的歩きやすさが増大したものと推察される。【理学療法学研究としての意義】本研究ではHLを基準に健常成人を早期群と遅延群に分類し、歩行時下肢筋活動の違いを検証し、かつHLの速さに影響を及ぼすと考えられる中足骨後方部分の横アーチパッドの高さの変化によって両群の主観的歩きやすさの変化を比較検討した。健常成人は今後運動器疾患になる可能性があり、健常成人の歩行の特徴を明らかにすることは、運動器疾患の予防を行う上で非常に重要であると考える。
著者
川端 悠士 林 真美 南 秀樹 溝口 桂
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.BbPI1131, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】脳卒中のリハビリテーションにおいては自立歩行獲得までの期間は車椅子が移動手段となる.また重度の障害により歩行獲得が困難と予想される例も少なくなく,その場合には移乗動作獲得・介助量軽減を目的とした理学療法プログラムを施行することとなる.片麻痺患者へ適切な理学療法を提供するためには,早期から正確な目標設定を行うことが重要である.2009年に改定された脳卒中治療ガイドライン2009でも予後を予測しながらリハビリテーションを実施することが推奨されている.片麻痺患者における歩行能力予後に関する報告は多く散見されるが,我々の渉猟範囲では移乗動作能力経過に影響を与える要因を検討した報告は見当たらない.臨床上,下肢の運動麻痺が重度で歩行が困難あっても移乗が自立する症例を経験することは多く,移乗動作能力に影響を与える要因として,歩行能力に関連する要因とは異なる要因が存在することが考えられる.そこで本調査では発症6週後の移乗動作能力に与える発症2週後の患者生物学的要因・機能障害要因について調査することを目的とする.【方法】対象は当院へ入院となり理学療法開始となった脳卒中患者で,テント上に一側性病変を有する初発例107例とした.このうち対象者除外基準(詳細略)に該当する48例を除いた59例を対象とした.移乗動作能力についてはFIM(機能的自立度評価法)を用い,発症6週後における普通型車椅子・ベッド(P-bar設置)間の移乗動作能力を評価した.移乗動作能力の評価にあたっては非麻痺側・麻痺側方向への移乗の両者を評価し,動作能力レベルの低いものを採用した.移乗動作能力経過を予測する要因として以下17項目について前方視的に調査した.性別,年齢,入院前における障害老人の日常生活自立度,診断名,麻痺側の5項目についてはそれぞれ診療録より抽出した.また発症後2週後の機能障害について,SIAS(脳卒中機能評価法)を使用し,麻痺側運動機能(上肢近位・遠位,下肢近位股・近位膝・遠位),体幹機能(腹筋力・垂直性),感覚機能(下肢触覚・位置覚),非麻痺側機能(握力・大腿四頭筋筋力),視空間認知の12項目を評価した.移乗動作能力とその他17項目について,単変量解析(Mann-WhitneyのU検定・Spearmanの順位相関係数)を用いて分析した.単変量解析で移乗動作能力に関連のあった項目を独立変数,移乗動作能力を従属変数としてStepwise法による重回帰分析を行い,移乗動作能力に影響を与える要因を抽出した.なお重回帰分析の実施にあたってはVIF(分散拡大要因)を算出し多重共線性に配慮した.【説明と同意】対象者またはその家族へ本研究の主旨を説明し同意を得た.【結果】対象例59例の移乗動作能力の中央値は5点,独立群22例,監視群6例,介助群31例であった.単変量解析の結果,移乗動作能力と関連のあった項目は,入院前生活自立度・麻痺側下肢運動機能(近位股・近位膝・遠位)・腹筋力・垂直性・下肢触覚・下肢位置覚・握力・大腿四頭筋筋力・視空間認知であった.重回帰分析の結果,移乗動作能力に影響を与える要因として,第1に垂直性,第2に麻痺側股関節運動機能,第3に腹筋力,第4に入院前日常生活自立度が選択され,決定係数R2は0.85となった.各変数のVIF値1.32~4.22の範囲であった.【考察】移乗動作能力経過に影響を与える要因として,体幹機能・麻痺側股関節運動機能・入院前生活自立度が重要であることが明らかとなった.SIASにおける垂直性・腹筋力はそれぞれ前額面・矢状面における座位保持能力の指標である.移乗動作は「座位保持」・「起立」・「立位保持」・「方向転換」・「着座」で構成される動作であり,動作の開始である座位保持の能力が予測要因として重要であると考えられた.また移乗動作能力経過に影響を与える要因として体幹機能の他に,麻痺側股関節の運動機能と入院前の生活自立度が抽出された.麻痺側方向への移乗では方向転換の際,麻痺側下肢を前方へ踏み出す必要があり,移乗動作能力の予測要因として麻痺側股関節の運動機能が重要であると考えられた.さらに入院前の生活自立度が高いほど,非麻痺側機能・動作学習能力が高いと思われ,入院前の生活自立度も移乗動作獲得に影響を与える要因として重要であることが明らかとなった.本研究の限界として調査期間が短いことが挙げられる.今後は多施設共同研究も含めた長期的な前向き調査が必要である.【理学療法学研究としての意義】移乗動作に限定してその能力経過に影響を与える要因を検討した報告は無い.本研究は脳卒中片麻痺患者の移乗動作能力経過を予測する上で臨床的に大きな意義がある.
著者
浅野 大喜 福澤 友輝 岩見 千恵子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.BbPI2133, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】重度の痙性四肢麻痺児は,時として強度の全身伸展筋緊張を伴った後弓反張姿勢を呈し,安楽な臥位姿勢をとることができずに睡眠障害や脊椎変形などの二次障害につながりやすい.またその強い筋緊張のために母親が抱くこともまた寝かせることもできずに,子どもだけでなく家族のQOL低下につながる.そこで今回,全身の後弓反張姿勢によりQOLの低下を主訴にもつ2症例に対し,自己身体の認識を目的にダブルタッチ(二重接触)を用いたアプローチを実施し改善が得られたので報告する.【方法】対象は,全身の後弓反張姿勢が2ヶ月以上持続しており,薬物による筋緊張や睡眠のコントロールが困難な2例.症例Aは3歳女児.原因不明の脳炎による痙直型四肢麻痺.症例Bは3歳男児.分娩時の低酸素性虚血性脳症による痙直型四肢麻痺.2例ともGMFCSレベル5,Chailey姿勢能力発達レベルはレベル1で,安静背臥位を維持することができず,後弓反張姿勢が顕著であった.全身的に外部からの接触刺激に対して過敏な状態となっており,常に不機嫌で睡眠も確保できない状態であった.治療仮説としては,接触による自己の身体認識の欠如から体幹背面と床面との関係性が作れない状態と考えられたため,まず手掌に対し弱い接触刺激を受け入れることから行い,徐々に手指の屈筋緊張が緩和されたところで,自分で自分の身体に触れるダブルタッチを可能な範囲で他動かつ愛護的に行った.それにより自己身体部位の位置関係の学習と身体図式の獲得がなされ,環境に適応することが可能になると考えた.ダブルタッチはまず手と体幹,手と口,手と顔周囲,足部と足部からはじめ,筋緊張の緩和に伴い徐々に手と下肢,足と口へと進めた.頻度は外来にて症例Aは2週に1回,症例Bは週1回実施し,可能な範囲で自宅でも行ってもらった.【説明と同意】本発表にあたり,対象児の両親に口頭にて説明を行い同意を得た.【結果】2例ともアプローチ開始から3~4ヶ月後,四肢・体幹の過剰な伸展筋緊張は減少し,抱っこやリラックスした左右対称の背臥位の保持が可能となった.また易刺激性も減少し,睡眠時間の確保が得られるようになり家族のQOLも向上した.Chailey姿勢能力発達レベルはレベル3へと向上した.さらに2例とも下肢の交互性の屈伸自発運動が出現するようになった.【考察】今回,後弓反張姿勢を呈する四肢麻痺児に対し外界との相互作用の入口としての手への接触課題と注意,さらに体幹の身体図式獲得のためのダブルタッチを実施し,体幹の筋緊張制御が得られ,左右対称の背臥位姿勢が可能となった.胎児期や新生児からの身体図式の形成過程として,まず手と口周辺の接触による認識から始まり体幹や下肢の認識へと進んでいくと考えられている.この過程において直接手で触れることのできない体幹背面については体幹・下肢伸展時の子宮壁との接触や,出生後には床面との接触による相互作用の経験が重要な役割を果たしていると考えられ,身体図式形成のためにはダブルタッチや外界との接触経験が重要であることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】本報告は脳性麻痺児の身体認識という内部表象の形成を目的としたアプローチの症例報告であり,外見上の姿勢評価にとらわれない認知的な視点で評価,治療することの重要性を示唆するものである.
著者
平沢 良和 山本 浩基 上野 順也 尾崎 泰 藤盛 嵩浩 好井 覚
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.CbPI1211, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】異所性骨化とは、通常骨化の起こらない組織に新生骨が発生する異常骨化現象である。整形外科やリハビリテーションの領域では、外傷後の拘縮した筋に関節可動域(Range of Motion;ROM)改善のための強制的外力が過度に加わった時に生じる化骨性筋炎として経験的に知られている。異所性骨化を併発すると、一旦運動療法を中止して局所の安静を図る必要があり、ROM制限の原因となることが多い。しかし、異所性骨化の診断には一般的に単純X線検査が用いられるため、X線像では軟部組織の評価は困難であり、異所性骨化がROMに及ぼす病態について不明である。今回、我々は異所性骨化を合併した大腿骨顆上骨折に対し、超音波検査(Ultrasonography;US)を行い、運動療法を継続した結果、正座が可能となるまで回復した症例を経験した。本研究の目的は、今回実施したUSでの異所性骨化の経時的変化について報告することである。【方法】対象は右大腿骨顆上骨折(AO/ASIF分類C1型)と診断された60歳代女性である。観血的整復内固定術(Zimmer NCB distal femoral plating system)後、膝蓋骨上内方に認めた腫瘤に対しUSを実施した。USにはGEヘルスケア社製LOGIQ9および10MHzリニアプローブを使用した。測定肢位は端坐位とし、測定部位は膝蓋骨直上から大腿骨長軸に近位へ5cm、内側へ3cmの部位で、腫瘤がプローブの中心となるように長軸走査を行った。大腿骨が鮮明に描出されるようにプローブの角度を調整し、膝関節屈曲-伸展の自動運動時の動態を撮像した。撮像した動画より腫瘤部の動態について定性的に観察を行った。測定は術後1ヵ月、術後2ヶ月、術後3ヵ月、術後7ヵ月に実施した。【説明と同意】対象には本研究の趣旨を説明し同意を得た上で実施した。【結果】術後1ヵ月のUSでは、腫瘤は高エコー像と低エコー像が混在する血腫であり大腿四頭筋との癒着を認めた。また血腫内部には音響陰影を伴う高輝度エコー像を認め、膝関節屈曲-伸展に応じて可動性を有していた。術後2ヵ月のUSでは血腫は骨化し、大腿骨との連続性を認めた。血腫と大腿四頭筋との癒着は剥離され、大腿四頭筋の滑走を認めていた。術後3ヵ月、術後7カ月のUSでは異所性骨化は経時的に縮小していた。【考察】異所性骨化の発生過程において、NicholasまたはKewalramaniらが述べる急性期の段階では、X線像での骨化は陰性であり、局所の腫脹、発赤、熱感やROM制限などの理学所見と、赤血球沈降速度、アルカリホスファターゼやクレアチニンホスホキナーゼなどの血液データが早期診断の指標となる。本症例では、局所の腫脹、熱感やROM制限を呈し、膝関節屈曲時に疼痛を認めたが、血液データによる評価は行われていなかった。後方視的にX線像を精査すると、術後1ヵ月の時点でわずかではあるが腫瘤部に仮骨形成を認めており、USでも血腫内部に仮骨と思われる音響陰影を伴う高輝度エコー像を認めた。しかし、当時はUSでの異所性骨化の動態に関する報告がなく、術後1ヵ月の時点では異所性骨化と判断できず、血腫が大腿四頭筋に癒着したものと考え、癒着剥離目的に大腿四頭筋の滑走を主眼とした膝関節屈曲-伸展の自動運動を継続した。術後2ヵ月のX線像では異所性骨化の形成を確認できたが、USでは大腿四頭筋と異所性骨化の癒着は剥離されており、また熱感や疼痛は消失しROMも拡大傾向であったため運動療法を継続した。機械的刺激が骨形成を促進すると考えられるため、異所性骨化の発生部位が関節運動により機械的刺激が加わるかどうかの判断が重要となる。術後1ヵ月では、仮骨を含む血腫は大腿四頭筋に癒着しており関節運動に伴い機械的刺激が加わり、骨形成を促進した可能性がある。術後2ヵ月では、X線像では異所性骨化を呈していたが、USでは大腿四頭筋などの軟部組織外に異所性骨化を認め、機械的刺激が加わらないと判断し、通常の大腿骨顆上骨折の運動療法を継続した。異所性骨化は経時的に吸収され術後1年のX線像では消失しており、運動療法を継続することで増悪することはなかった。本症例のX線像での異所性骨化は、USではKewalramaniが述べるcontiguous to boneであり、運動療法を継続することに問題はなかったと考える。【理学療法学研究としての意義】USでは軟部組織の動態観察が可能であり、異所性骨化の早期発見および発生部位を把握する上で非常に有用である。X線像だけで運動療法の中止を判断するのではなく、USにて異所性骨化の関節運動に伴う動態を判断した上で運動療法の適否を決定する必要がある。
著者
長屋 秀吾 成瀬 友貴
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AbPI2102, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】握力は、簡便で安全に計測可能な評価項目の一つである。多くの身体機能・能力との相関が報告されており、握力により種々の能力を予想することも可能である。対象者の握力を比較検討する際、文部科学省による年齢別握力平均を用いて比較検討することが可能である。しかし、発表されている握力は立位での平均値であり、座位や臥位での握力と比較検討することの妥当性は低い。この問題は同一の対象者での効果判定においても同様のことがいえる。先行研究では肢位別にすべての握力が相違するといった結果や、一部は相違するといった結果が報告されている。しかし、対象が高齢者のみに絞られている研究や実験対象者が著しく少ない研究などの課題が生じている。そこで今回の研究では健常成人の立位、座位、臥位における握力の違いを改めて明らかにし、また、各肢位間の関係を明らかにすることにより座位、臥位の握力を立位の握力へ補正し、より正確なデータでの比較検討を可能にすることを目的とした。補正は有意差の検定が可能である点、親しみやすい用語である点、分かりやすい数値である点からハンデ率を用いて行った。当研究でのハンデ率は、立位値を基準として肢位の違いをハンデとみなし、各肢位での値を立位値で除しその平均を求めたもの、と定義した。【方法】対象は健常成人50名(男27名、女23名)平均年齢27.78±6.67歳(男27.7±6.78歳、女27.87±6.4歳)である。立位、座位、臥位1(肩関節屈曲0度)、臥位2(肩関節軽度屈曲位で握力計とベッド上10cmの高さで計測)の4肢位にて計測した。計測は右左の順で2回ずつ行い最大値を採用した。1日の計測は1肢位のみとした。計測の順序は、被験者自身の選択により行なった。立位での計測は基本的に文部科学省新体力テストに準じた方法で実施した。座位での計測は背もたれ・肘掛を用いない端座位で股・膝関節は屈曲90度、足関節背屈0度にて行なった。臥位はほぼ立位と同様であるが、臥位1では握力計をベッドに押しつけないことを注意した。4肢位計測後、壁立位(壁に踵、体幹、頭部を接触させた状態で計測)を実施した。統計は各肢位間の有意差に関してはフリードマン検定(間隔尺度に対する統計法は通常反復測定一元配置分散分析を用いるが、今回は有意差の判定を行うには対象者が少ないことからフリードマン検定を用いた)、分散分析はシェッフェ法、立位値と臥位値の関係についてはピアソン関率相関を用いた。有意水準は5%とした。ハンデ率は小数点以下四捨五入とした。【説明と同意】参加者は、病院職員及び学生である。全参加者に対して、本研究の目的、方法を紙面と口頭にて説明し同意を得た。【結果】立位値と座位値の間には有意差は認められなかった。臥位1値と臥位2値の間にも優位差は認められなかった。一方、立位値、座位値と臥位1値、臥位2値の間には有意差が認められた(P<0.01)。再計測を行った壁立位値に関しては、立位値と座位値のそれぞれの間に有意差が認められた(P<0.05)。一方、壁立位値と臥位1値、臥位2値の間にはそれぞれに有意差が認められなかった。立位値と臥位1値との間には強い相関がみられ(r=0.89)、ハンデ率は臥位1値が立位値に対して93%だった(t>1.95)。【考察】立位値、座位値間と臥位1値、臥位2値、壁立位値間の有意差がなく、また、立位値、座位値と臥位1値、臥位2値、壁立位値間に有意差が認められた。それぞれの共通点、相違点は下肢、体幹、頭部の位置関係が考えられる。臥位1、臥位2、壁立位は各部位がベッド、壁に接しており、固定された状態となっている。一方、立位、座位は体幹と頭部が固定されている。つまり、矢状面では体幹と頚部の前屈による肘関節の屈曲により、上腕二頭筋の代償が作用したことや、体幹の前屈により同じ屈筋群としての手指屈筋群が働きやすくなったこと、前額面と水平面では体幹の側屈と回旋により末梢の筋を促通させたこと、などが立位値、座位値と臥位1値、臥位2値、壁立位値間の握力に優位な差を生じさせた理由ではないかと考えられる。【理学療法学研究としての意義】臨床において握力を計測し、時間的変化や他者平均値との比較を行う場合、同肢位での計測値が最も妥当性が高い。しかし、何らかの理由により同肢位での計測が困難な場合は、立位値と座位値間に関しては、それらを比較検討しても問題はないと考えられる。この結果は先行研究の健常高齢者に対する研究と類似しており、健常成人に対しても同じことがいえると考えられる。一方、立位値、座位値と臥位値間を比較検討することは妥当ではないと考えら、臥位値を立位値、座位値間と比較検討するには93%のハンデ率を考慮し補正する必要があると考えられる。
著者
福添 伸吾 玉利 光太郎 河村 顕治
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AdPF1005, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】歩行中,身体は2つの機能的単位であるパッセンジャー(上半身と骨盤)とロコモーター(骨盤と下半身)に分けられ,ロコモーターの筋活動の有無や程度はパッセンジャーの姿勢で決定される(月城,2005)。しかしながら,歩行中のパッセンジャーの姿勢がロコモーターの筋活動に与える影響については良く分かっていない。先行研究(高橋,1998)より体幹を股関節において35°に屈曲させた歩行では,大殿筋,中殿筋,大腿二頭筋の筋活動が歩行周期を通しておよそ200%に増加したと報告がある。しかし,健常人がこのような姿勢で歩行することは稀であり,むしろいわゆる猫背と言われる上部体幹屈曲姿勢を呈す場合が多い。本研究では,パッセンジャーの姿勢がロコモーターの筋活動に与える影響について検討し,その際歩幅や歩行速度,股関節の運動が両者の関係に影響を与えるか明らかにすることを目的とし以下の研究を行った。【方法】対象は,整形外科学的・神経学的に問題のない健常男性15名(年齢22.1±1.2歳,身長:170.5±4.1cm,体重:63.5±8.1kg)とした。歩行条件は1)体幹装具を装着(上部体幹中間位)での歩行(以下,条件A),2)体幹装具を装着で上部体幹屈曲位での歩行(以下,条件B)の2条件とし,それぞれ5回ずつ実施した。なお歩行は快適速度とした。体幹装具は,ダイヤルロック式サブオルソレン装具を使用した。矢状面上の歩行動作をデジタルビデオカメラ(SONY,HDR-CX550),により撮影し,動画解析ソフトDartfish(株式会社ジースポート),を用いて踵接地時の股関節屈曲角度と上部体幹屈曲指標を計測した。なおこれらを同定するため,マーカーを対象者の右上前腸骨棘,右上後腸骨棘,右肩峰,右大腿骨外側顆,右大転子に貼付した。歩行中における大殿筋,中殿筋,大腿筋膜張筋,大腿直筋,内側広筋,外側広筋,半腱様筋,大腿二頭筋(以下,BF)の筋活動を表面筋電計(Noraxon社製)を用いて測定した。最大等尺性収縮時の筋活動を100%として標準化し,踵接地から0.1秒間の積分値を求めた。統計は条件間の筋活動の違いを対応のあるt検定, B条件での筋活動上昇を説明する変数を同定する目的で重回帰分析をそれぞれ実施した(alpha=0.05)。【説明と同意】対象者には事前に本研究の目的を十分説明し,EMGを用いた運動機能測定に関する十分な理解と協力の意思を確認し,同意書を得た上で実施した。【結果】条件Aに対して,条件Bで筋活動が上昇した筋群は,BF(p=0.004)であった。また,重回帰分析によりBFの筋活動上昇を説明する変数として,歩幅(B=3.069,p=0.044)と股関節屈曲角度(B=-0.400,p=0.082)が抽出された。【考察】条件Aに対して条件Bでは,BFのみ有意に筋活動の増大を認めた。条件Bでは条件Aよりも重心線が通常よりも前方に移動するため,外的股関節屈曲・膝関節伸展モーメントが増大した結果,拮抗する大腿後面の筋群を中心に筋活動量が増大したと考えられる。殿筋群は,単関節筋であり主に関節の安定化に寄与すると言われているが,上部体幹屈曲位での歩行においては,脊柱起立筋とハムストリングスを結ぶ筋・筋膜を介して(Myers,2001)股関節でなく膝関節にストレスが大きくかかった可能性がある。 BFの筋活動上昇を説明する変数として,股関節屈曲角度の減少が抽出された。これは骨盤後傾角度の増大に伴うBFの筋活動の増加を意味している。この理由については推測の域を出ないが,上部体幹屈曲による腰椎の代償的伸展がより困難な者は,踵接地時の外的体幹屈曲モーメントが高まった結果BFの活動が亢進した可能性がある。また,骨盤後傾角度の増加に伴って股関節は自動的に外旋し,膝関節は屈曲・内反する(佐保,1996)と言われており,その反応的活動としての膝関節外反保持のため,BFが活動を高めた可能性も否定できない(福井,1997)。これらの結果から,上部体幹屈曲はBFの筋活動を亢進させ,BFの活動は股関節屈曲角度の増減に関連することが示唆された。【理学療法学研究としての意義】若年健常者男性において腰椎疾患有病率は非常に高く,臨床現場ではハムストリングスの短縮やタイトネスが散見される。こういった病態の一因として上部体幹の屈曲姿勢,いわゆる猫背が関与している可能性は以前より指摘されていたものの,それを実証したものは無かった。本研究はその根拠を呈示できたのではないかと考える。踵接地時のBFの活動に股関節屈曲が関与している要因として前額面上の運動機能連鎖の作用も考えられ,今後の検討課題である。
著者
江戸 優裕 柿崎 藤泰 山本 澄子 角本 貴彦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AbPI2115, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 体幹は身体質量の50%以上を占め(松井1956)大きな慣性を有することから、その運動が動作に与える影響は小さくない。それを裏付けるように、体幹の特異的な運動が腰痛や下肢の整形外科的疾患に結び付くことや、動作の効率性を損ねる要因になり得るという主張は散見される。 体幹運動の中でも特に回旋に関する報告は多く、古くから様々な知見が得られている。しかし、それらのほとんどは三次元的に生じる体幹運動から回旋角度のみを抽出して分析したものであり、回旋に伴う副次的な運動を含めて分析した研究は少ない。臨床的には体幹の回旋動作に側屈等が伴ってくることで、あたかも骨盤に対して胸郭が前後左右に並進してくるような動きを呈することが多い。また、物理学的にも剛体の運動は回転と並進で表わされるため、体幹運動についても回旋のみでなく、並進を加えて分析することによって、より本質的な動態を把握できるものと考える。 そこで、本研究では体幹の回旋に伴って生じる骨盤に対する胸郭の並進運動を計測し、若干の知見を得たので報告する。【方法】 対象は健常成人12名(男性8名・女性4名、平均年齢25.8±4.1歳)とした。 計測課題は静止立位と、立位での身体回旋動作とした。回旋については左右交互に4回ずつ、一定速度で無理のない範囲で行った。計測には三次元動作解析装置VICON-MX(VICON PEAK社製)を使用し、両側のASIS・PSIS・烏口突起、そして第1胸椎棘突起の計7点に貼付した赤外線反射標点の三次元位置座標を計測した。得られた標点の位置データから、骨盤に対する胸郭の相対的な回旋角度と、左右・前後への並進量を算出した。尚、並進については骨盤の局所座標系(両ASISの中点と両PSISの中点を結ぶ線の中点を原点とする)に胸郭中心(両烏口突起の中点とT1を結ぶ線の中点)を投影させて算出した。 そして、回旋方向別にXを回旋角度[°]・Yを並進量[mm]とする散布図を求め、更に最小二乗法により一次方程式に近似した。得られた直線の傾きを、回旋に伴う並進の割合を示す並進率(並進量/回旋角度)として分析に使用した。 統計学的分析における検定方法については結果に記した。尚、有意水準は全て5%とした。【説明と同意】 対象者には研究の主旨を口頭で説明し、参加に同意を得た。【結果】・体幹の回旋に伴って、回旋とは反対方向への胸郭の並進が生じた(側方並進率-0.58±0.44)。また、回旋に伴い前方への胸郭の並進が生じた(前方偏位率0.42±0.31)。これらの並進率は、例えば10度の体幹右回旋に約6mmの胸郭左方並進と4mmの前方並進が伴うことを意味する値である。・回旋動作における側方並進率と前方並進率の関係において、ピアソンの相関係数を求めた結果、有意な正の相関が認められた(p<0.05・r=0.46)。・静止立位での体幹肢位(回旋側及び側方偏位側)により分類した右回旋動作と左回旋動作における並進率の比較について、対応のあるt検定を用いたところ、前方・側方共に有意な差は認められなかった。【考察】 体幹の回旋動作は純粋な軸回旋運動ではなく、回旋とは反対方向及び前方への胸郭の並進が伴う運動であることを確認した。 また、前方並進と側方並進は相関関係にあり、互いに補完的に生じていることが示唆された。つまり、回旋時に対側並進が大きければ前方並進は小さく、逆に前方並進が大きければ対側並進は小さいという関係にあることが分かった。このことは、臨床において対側並進と前方並進のどちらか一方の動きに対して介入を加えることで、他方の動きをコントロールできる可能性があることを示唆していると考える。こうしたアプローチの妥当性に関しては、今回の分析に含めていない骨盤・胸郭の傾斜等が結果への交絡となっている可能性もあるため、更なる検討が必要である。 立位時の体幹肢位と回旋動作時の並進率については、今回は一定の関係を認めなかったが、建内ら(2010)は立位姿勢と体幹回旋可動域には関連があることを報告している。このことから、立位時の体幹肢位は動作時の回旋量の指標にはなり得るが、回旋に伴う胸郭の並進を反映するものではないことが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 体幹の回旋動作は、臨床的にも研究的にも回旋角度のみを指標とされる場合が多いが、実際には前後左右への並進を伴う三次元運動である。そして、副次的に生じる前方並進と側方並進の間に一定の関係が認められたことは、体幹運動の評価にとって有益な情報であると考える。
著者
小林 彩 吉尾 雅春 岩本 直己 桜井 真紀子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.BbPI2156, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】小脳梗塞後の症例では、協調運動障害、平衡障害が問題となる事が多いが、今回左上方1/4の視野障害、左側への注意障害、眩暈が大きな問題となった小脳梗塞患者を担当した。アプローチの結果、視野の著明な改善が見られたのでここに報告する。【方法】対象:36歳女性。2010年3月11日に左視野障害を自覚、眼科受診し左同名半盲と診断された症例である。3月12日に脳神経外科病院入院となり、CT・MRI画像にて右小脳半球、右一部後頭側頭回に梗塞巣を認めた。3月24日眩暈増悪しMRIにて右椎骨動脈閉塞、右後下小脳動脈領域を中心とした小脳半球に鮮明な脳梗塞を認めた。5月17日当院入院となる。主訴は左側から人が近づいてきても見えない、文字を見ているとぼやけて読めなくなってくるであった。初期評価:入院時のCT画像において右Broadmann17野鳥距溝の下唇に一部脳梗塞巣が確認された。動作レベルは、居室内伝い歩きレベル・病棟内歩行器歩行レベルであった。起居動作、歩行時の方向転換にて眩暈が出現し、頭部回旋にて眩暈増悪がみられた。左側方への追視や音読においては、努力することによって眩暈増悪と疲労感の訴えがみられ、意識的に逃避しているとの事であった。ハンドヘルドダイナモメーターを用いた筋力測定にて、体幹屈曲右27.4N・左26.5N、肩関節屈曲右47.0N・左40.2N、股関節屈曲右57.8N・左60.8N、膝関節伸展右133.3N・左139.2Nであった。視覚評価として、縦方向A4紙に50mm文字を横4文字・縦4列、25mm文字を横6文字・縦9列に記載したランダムな平仮名の複写を行った。立位にて患者正面に複写用の紙を置き、その左側・左上方に課題用紙を置いた。その結果、左隅3から5文字の複写が困難であった。座位では患者正面の机上に複写用の紙を置き、その左側・左上方に課題用紙を置いた。座位では左側の複写で、左隅2,3文字の複写が困難であった。また、座位で机上においた5mmの文字の音読では、20行中12行目から文字がぼやけ困難となった。全文の音読には、閉眼や紙面から視線を外すなどの動作を行い、濁点や類似した文字の読み間違いがみられた。音読速度は、2分24秒であった。眼科における視覚検査においても左上方1/4に著明な視野障害が認められた。アプローチ:上記諸問題に対して、個別筋への筋力強化、タンデム歩行・スラローム歩行などの応用歩行、サイドステップ、頭頚部回旋運動を実施した。追視運動の獲得がみられた後、視覚と運動の複合的アプローチとして、頚部・体幹の回旋運動を伴うキャッチボール、バドミントン、DVDを用いたエアロビクスダンスを実施した。【説明と同意】本研究の趣旨を説明し、同意協力を得、当院倫理委員会の承認を得た。【結果】最終評価時、院内ADL自立、自転車走行自立レベルであり、新聞の音読も可能なレベルに改善が認められた。筋力は、体幹屈曲右149.9N・左121.5N、肩関節屈曲右148.0N・左140.1N、股関節屈曲右223.4N・左238.1N、膝関節伸展右277.3N・左270.5Nと著明に改善みられた。複写検査では、座位および、立位での50mm文字は1ヶ月、25mm文字は3ヶ月経過時に複写可能となった。音読検査では20行全文が音読可能となり、速度も1分25秒に短縮した。また、眼科にて行った視覚検査においても左上方の視野障害は認められなかった。【考察】本症例の視野障害は、発症後2ヶ月経過時のCT画像において右Broadmann17野鳥距溝の下唇に一部脳梗塞巣が確認され視覚障害が認められたものの、5ヶ月経過時に視覚障害は認められない。そのため、本症例にみられた視覚障害はBroadmann17野のみに由来するものではないと考えられる。SchmahmannとShermanにより報告された小脳病変により生じる小脳性認知・情動症候群:cerebellar congnitive affective syndrome:CCASの一つとして挙げられている空間認知障害が認められたと考えられる。空間認知障害は、臨床的特徴として視空間の統合障害が挙げられている。追視運動や回旋運動など複合的な小脳へのアプローチにより視覚情報の統合が行えるようになり、視野拡大につながったと考えられる。【理学療法学研究としての意義】小脳へのアプローチにより、平衡感覚や失調の軽減だけでなく、視覚・情報の統合などの効果も期待される。また、脳画像から視覚野に問題が見られず、視覚障害が認められた場合のアプローチとして、小脳へのアプローチの有効性が認められた一症例として今後の治療や研究に繋げたい。
著者
中村 朋博 吉塚 久記 吉住 浩平
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AbPI2116, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 足部は歩行中、床面に唯一接している体節であることから、足部内の位置的変化は上位関節の運動連鎖の変容を生じさせるとの報告がある。その中でも距骨下関節は近位の骨・関節への荷重伝達の中核をなすため、同関節の機能的な破綻は立脚期の身体全体に影響を及ぼすものと考えられる。 臨床では、 距骨下関節・横足根関節過回内を呈した症例を多く経験するが、その様な症例では回内側立脚初期において円滑な重心移動が阻害されている印象を受ける。しかし、足部に関する三次元解析機器を用いた先行研究は少ない。そこで、距骨下関節の回内固定により、床反力および下肢関節モーメントに如何なる影響が生じるかを検討した。【方法】 対象は足部に整形外科的、神経学的既往を有さない健常成人15名(男性15名、平均年齢20.8±1.5歳、平均身長169.6±3.4cm、平均体重61.0±3.5kg)とした。被検者の反射マーカーの設置は臨床歩行分析研究会の推奨する15点マーカー法を採用した。解析動作は自由歩行と距骨下関節回内固定の2条件とし、それぞれ至適速度での歩行を三次元動作解析システムVICONMOTION SYSTEM社製VICON MX・AMTI社製床反力計)を用いてサンプリング周波数100Hzにて計測した。また、距骨下関節の固定は非伸縮性ホワイトテープを使用し、距腿関節底背屈に制限を与えずに川野の扇型スパイラル法で利き足を測定肢とし、回内位で固定した。比較項目は利き足側下肢の立脚期における床反力鉛直成分・床反力前後成分・足関節底背屈モーメントのピーク値と積分値であり、それぞれを体重で正規化した。また、床反力鉛直成分に関しては立脚期中に示す二峰性波形の第一頂点に到達する時間も算出した。なお、統計学的解析には対応のあるt検定を用い危険率は5%未満とした。【説明と同意】 ヘルシンキ宣言を遵守し、全ての被検者に研究主旨を説明後、紙面にて同意を得た。 【結果】 足関節背屈モーメントのピーク値は自由歩行0.154±5.9%,回内歩行0.100±0.3%となり、回内歩行時では有意に低下していた。(p>0.01)。また、床反力鉛直成分の第一頂点までの所要時間は自由歩行0.125±3.3秒、回内歩行0.135±3.3秒となり、回内歩行時では有意に低下していた(p>0.05)。なお、その他の床反力前後成分・足関節底屈モーメントには有意差が認められなかった。【考察】 床反力鉛直成分の第一頂点に至る過程は歩行時の踵接地から足底接地の時期に該当する。今回、距骨下関節を回内固定することにより、踵接地から足底接地において有意な所要時間の遅延が認められた。入谷は距骨下関節回内位では、立脚初期に重心移動の時間的停滞が出現すると報告している。 一般的に、踵接地の距骨下関節回内位では距骨が踵骨に対して底屈することにより距腿関節は背屈方向へと偏位し、距骨下関節回内を伴った距腿関節背屈は足部全体を外反位にしやすくなる。また、足部外反位は距腿関節背屈の主動作筋と補助筋のバランスを変化させる。そのため、踵接地から足底接地に移行する際の足関節底屈への制動が阻害されやすく、足関節背屈モーメントが低下したものと推察される。 今回、距骨下関節回内固定に伴う足関節背屈モーメントのピーク値が低下したにも関わらず、踵接地から足底接地までの所要時間が遅延したのは、距骨下関節回内により距腿関節が背屈方向へ偏位した結果として、踵接地時の距腿関節の底背屈の切り替えが遅延し、踵接地から足底接地までの所要時間の遅延が生じたものと推測される。【理学療法学研究としての意義】 今回の結果から距骨下関節の回内変位は立脚初期の荷重のタイミングを遅延させる因子となるとともに足関節背屈モーメントを低下させることが分かった。このことから、距骨下関節の回内変位は立脚初期の下肢の荷重機構に大きな影響を及ぼすとともに足関節背屈筋群に対して大きなストレスを加えている可能性があると考える。今後は症例数を増やし立脚初期だけではなく、立脚中期以降の多角的視点から歩行を分析する必要があると考えられる。
著者
堀江 淳 直塚 博行 田中 将英 林 真一郎 堀川 悦夫
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.DbPI2373, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 呼吸困難感受性(Borg Scale Slope(BSS))、運動時呼吸困難閾値(Threshold Load of Dyspnea(TLD))と身体機能、運動耐容能との関係を分析し、BSS、TLD評価から推測できる影響要因とその対応策について検証すること。【方法】 対象は、病状安定期にある慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者13例(全例男性)、平均年齢71.1±6.9歳、BMIは22.5±4.2kg/m2)であった。肺機能検査は、%FVCが97.8±20.6%、FEV1.0%が51.2±22.7%、%FEV1.0が57.3±24.3%であった。modified Medical Research Council(mMRC)息切れ分類は、Grade1が7名、Grade2が6名であり、GOLD病期分類はstage 1が3名、stage 2が4名、stage 3が4名、stage 4が2名であった。除外対象は、重篤な内科疾患を合併している者、歩行に支障をきたすような有痛性疾患を有する者、研究の主旨が理解出来のない者とした。 BSS、TLDは、1分間に10wattのramp負荷で心肺運動負荷テスト(CPX)を実施、1分ごとに修正ボルグスケールにて呼吸困難感を聴取し算出した。また、CPXの測定項目は、最高酸素摂取量Peak V(dot)O2、酸素当量、炭酸ガス当量、Dyspnea Index(DI)、O2 pulse変化量、SpO2変化量とした。その他の測定項目は、気道閉塞評価(FEV1.0%、%FEV1.0)筋力評価(握力、大腿四頭筋力、呼吸筋力)、6分間歩行距離テスト(6MWT)、漸増シャトルウォーキングテスト(ISWT)、長崎大学呼吸器疾患ADLテスト(NRADL)とした。 統計解析方法は、BSS、TLDとCPXの測定項目、その他の測定項目の関係をPearsonの積率相関係数で分析し、相関係数0.5以上を相関ありとした。また、mMRCのgrade 2と3の比較をPaired t検定で分析した。なお、帰無仮説の棄却域は有意水準5%未満とし、統計解析ソフトはSPSS version 17.0を使用した。【説明と同意】 本研究は、ヘルシンキ宣言に沿った研究として実施した。対象への説明と同意は、研究の概要を口頭及び文章にて説明後、研究内容を理解し、研究参加の同意が得られた場合のみを本研究の対象とした。その際参加は任意であり、測定に同意しなくても何ら不利益を受けないこと、また同意後も常時同意を撤回できること、撤回後も何ら不利益を受けることがないこと、個人のプライバシーは厳守されることを説明した。【結果】 TLDは、FEV1.0%(r=0.61)、%FEV1.0(r=0.56)、6MWT(r=0.90)、SWT(r=0.85)、NRADL (r=0.87)と有意な相関が認められ、V(dot)O2(r=0.53)、DI(r=-0.56)は有意ではないものの相関が認められた。一方BSSは、全ての項目と有意な相関が認められなかった。mMRCのgrade 2と3の比較において、TLDは、grade 2がgrade 3より有意に息切れの出現が遅かったものの(p<0.05)、BSSは、grade 2とgrade 3に有意な差は認められなかった。【考察】 COPD患者の運動耐容能、ADLを改善させるためには呼吸困難感の感受性ではなく、呼吸困難感の閾値を低下させること、所謂「感じはじめてからの強くなり易さではなく、如何に感じはじめることを遅らせるか」の重要性が示唆された。TLDを鈍化させる対策として、運動時の気管支拡張剤を有効に活用し気道閉塞の程度を可及的に改善すること、換気予備能をもたせることが考えられ、それにより運動耐容能、ADLを改善させる可能性を有するのではないかと考察された。【理学療法学研究としての意義】 COPD患者の運動耐容能トレーニングの重要性は認識され、多くの施設で理学療法プログラムに取り入れられている。しかし、運動時の呼吸困難感を詳細に評価し、患者個人に合わせた気管支拡張剤の有効活用を行いながら、理学療法を実施している施設はごく一部である。本研究は、少数例ながら運動時の呼吸困難感を詳細に評価し、その影響要因を明確にし、今後の運動耐容能、ADL改善のための呼吸困難対策について考察できたことは、意義深い研究となったものと考える。
著者
小口 美奈 雫田 研輔 青木 幹昌 畑 幸彦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.CbPI1241, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 人工股関節全置換術(以下THA)は近年,術式の変化やクリニカルパスの短縮などにより入院期間の短縮が勧められているが,十分な運動機能が獲得されないまま退院に至っているという報告もある.しかし術後経過に伴った,歩行能力やバランス能力,筋力など運動機能の回復に関する報告は少ない.今回THAを施行された患者の術後6ヵ月までの運動機能の変化を明らかにする目的で,下肢筋力の中でも手術侵襲により影響を受けやすい股関節外転筋力と,術後活動性に影響するといわれる膝関節伸展筋力に着目し,歩行能力やバランス能力に及ぼす影響について調査したので報告する.【方法】 対象は,当院において2009年4月から2010年3月の間に,変形性股関節症に対しTHAを施行した症例のうち,術後6ヵ月間の評価が可能であった17例17股(平均年齢67.1歳,男性8名,女性9名)とした.術式は全例殿筋貫通侵入法(以下 Bauer法)であり,全例術後約3週で松葉杖歩行にて自宅退院となった.術前と術後2ヵ月,3ヵ月および6ヵ月において,歩行能力とバランス能力,股関節外転筋力および膝関節伸展筋力の経時的変化を評価した.歩行能力として最大歩行速度(以下MWS)を,機能的バランスとしてFunctional Balance Scale(以下FBS)を測定した.股関節外転筋力と膝関節伸展筋力は等尺性筋力計μTasF-1(アニマ社製)を使用し,最大等尺性筋力を3回測定し平均値を体重で除して標準化(Kgf/Kg)した.また,歩行能力およびバランス能力と,股関節外転筋力および膝関節伸展筋力との関連性を調査した.統計学的検討は, MWSとFBS,股関節外転筋および膝関節伸展筋の術前と術後各時期における比較にMann-Whitney’s U検定を行い,また各時期におけるMWSおよびFBSと股関節外転筋力,膝関節伸展筋力に対して単回帰分析を行った.【説明と同意】 対象者に本研究の趣旨と目的を詳細に説明し,参加の同意を得た.【結果】 MWSの平均値(m/min)は術前67.1,術後2ヵ月60.8,術後3ヵ月77.3,術後6ヵ月81.8であり,術後3カ月以降で術前と比較して有意に高値を示した.FBS(点)の平均値は術前51.0,術後2ヵ月50.7,術後3ヵ月55.7,術後6ヵ月55.9であり,術後3ヵ月以降で術前と比較して有意に高値を示した.また,股関節外転筋力の平均値(Kgf/Kg)は,術前7.4,術後2ヵ月9.1,術後3ヵ月8.3,術後6ヵ月8.9であり,術前に対し術後どの時期でも有意差は認められなかった.一方,膝関節伸展筋力の平均値(Kgf/Kg)は,術前22.1,術後2ヵ月21.3,術後3ヵ月24.5,術後6ヵ月26.8であり,術後3ヵ月で向上傾向を示し,術後6ヵ月で術前と比較して有意に高値を示した.MWSと股関節外転筋力の関係は術前にのみ有意な相関を示し(r=0.5),膝関節伸展筋力とは術後2ヵ月以降で有意な相関を示した(r=0.4). FBSと股関節外転筋力,膝関節伸展筋力の関係は術前にのみ有意な相関を示した(r=0.4,r=0.7).【考察】 今回の研究から,歩行能力とバランス能力は術前と比較して術後2ヵ月で下がる傾向を示し,術後3ヵ月から有意に回復することがわかった.術後2ヵ月の時点は,退院し自宅にて生活している時期であり,松葉杖歩行から杖なし歩行に移行する時期でもある.転倒等に対しての環境設定,患者教育も特にこの時期で必要と考えられた.また術後2ヵ月において,歩行能力と有意な正の相関関係を認めたのは,膝関節伸展筋力のみであった.Bohannon RWによると膝関節伸展筋力は股関節周囲筋力や足関節背屈筋力よりも歩行能力と関連が強いとされている.また塚越らは下肢荷重の低下による筋萎縮や筋力低下は殿筋群やハムストリングスに比べて大腿四頭筋のほうが遥かに大きいと報告している.当院クリニカルパスでは術後2ヵ月までは,部分荷重の時期であるため,膝関節伸展筋力の低下が危惧される.したがって,術後2ヵ月までは,特に膝関節伸展筋力を向上させることで,この時期の歩行能力低下を抑えることができると思われた.それにより,入院期間の短縮化が図られている現在,退院時の歩行能力低下によるリスクを避けられる可能性がある.【理学療法学研究としての意義】 入院期間の短縮化が図られている現在,術後早期から膝関節伸展筋力に対する積極的なトレーニングが必要であると思われた.また今後,股関節疾患に対して股関節周囲筋力に焦点を当てるのみならず,膝関節伸展筋力の評価も重点的に行っていくことが必要であると思われた.
著者
林 典雄 浅野 昭裕 青木 隆明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.CaOI1021, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】肘関節周辺外傷後生じる伸展制限に対する運動療法では、特に終末伸展域の改善には難渋することが多い。その要因について筆者らは、上腕筋の冠状面上での筋膜内における筋束の内側移動、上腕骨滑車を頂点とした遠位筋線維の背側へのkinkig、加えて長橈側手根伸筋の筋膜内後方移動、上腕骨小頭と前面の関節包と長橈側手根伸筋のmusculo-capsular junctionでの拘縮要因などについて、超音波観察を通した結果を報告してきた。一方、肘伸展制限は前方組織にのみ由来するわけではなく、肘伸展に伴う後方部痛の発生により可動域が制限される症例もまれではない。このような肘終末伸展に伴う後方部痛は、関節内骨折後の整復不良例や肘頭に発生した骨棘や遊離体が原因となる骨性インピンジメントを除けば、後方関節包の周辺組織の瘢痕や関節包内に存在する脂肪体に何らかの原因を求めていくのが妥当と考えられる。本研究の目的は、後方インピンジメント発生の好発域である30°屈曲位からの終末伸展運動における肘後方脂肪体の動態について検討し、運動療法へとつながるデータを提供することにある。【方法】肘関節に既往を有しない健常成人男性ボランティア10名の左肘10肘を対象とした。肘後方脂肪体の描出にはesaote社製デジタル超音波画像診断装置MyLab25を使用した。プローブは12Mhzリニアプローブを用いた。方法は、被験者を測定台上に腹臥位となり、左肩関節を90°外転位で前腕を台より出し、肘30°屈曲位で他動的に保持した。その後徐々に肘を伸展し、15°屈曲時、完全伸展時で後方脂肪体の動態を記録した。 画像の描出はプローブにゲルパッドを装着して行った。上腕骨後縁が画面上水平となるように肘頭窩中央でプローベを固定すると、上腕骨後縁、肘頭窩、上腕骨滑車、後方関節包、後方脂肪体、上腕三頭筋が画面上に同定される。その後、上腕骨後縁から肘頭窩へと移行する部分で水平線Aと垂線Bを引き、水平線Aより上方に位置する脂肪体と垂線Bより近位に位置する脂肪体それぞれの面積を計測し、前者を背側移動量、後者を近位移動量とした。脂肪体面積の計測はMyLab25に内蔵されている計測パッケージのtrace area機能を使用した。統計処理は一元配置の分散分析ならびにTukeyの多重比較検定を行い有意水準は5%とした。【説明と同意】なお本研究の実施にあたっては、本学倫理委員会への申請、承認を得て実施し、各被験者には研究の趣旨を十分に説明し書面にて同意を得た。【結果】背側移動量は30°屈曲時平均26.7±10.5mm2 、15°屈曲時平均42.2±16.1mm2 、完全伸展時平均59.7±15.5mm2であった。完全伸展時の脂肪体背側移動は、30°屈曲時、15°屈曲時に対し有意であった。30°屈曲時と15°屈曲時との間には有意差はなかった。近位移動量は30°屈曲時平均5.4±2.9mm2 、15°屈曲時平均11.9±8.4mm2 、完全伸展時平均20.6±10.8mm2 であった。完全伸展時の脂肪体近位移動は、30°屈曲時に対し有意であった。30°屈曲時と15°屈曲時、15°屈曲時と完全伸展時との間には有意差はなかった。【考察】本研究で観察した後方脂肪体は滑膜の外側で関節包の内側に存在する。肘後方関節包を裏打ちする形で存在するこの脂肪体は、超音波で容易に観察可能であり、薄い関節包の動態を想像する際に、伸展運動に伴う脂肪体の機能的な変形を捉えることで、間接的に後方関節包の動きを推察することが可能である。今回の結果より後方脂肪体は、肘の伸展に伴い肘頭に押し出されるように機能的に形態を変形させながら、より背側、近位へ移動することが明らかとなった。この脂肪体の移動は併せて関節包を背側近位へと押し出す結果となり、後方関節包のインピンジメントを回避していると考えられた。我々は以前に後方関節包には上腕三頭筋内側頭由来の線維が関節筋として付着し、肘伸展に伴う挟み込みを防ぐと報告したが、後方脂肪体の機能的変形も寄与している可能性が示唆された。投球に伴う肘後方部痛症例や関節鏡視下に遊離体などを切除した後の症例で伸展時の後方部痛を訴える例では、後方脂肪体の腫脹像や伸展に伴うインピンジメント像をエコー上で観察可能であり、肘後方インピンジメントの一つの病態として認識すべきものと考えられた。【理学療法学研究としての意義】実際の運動療法技術においては、後方関節包自体の柔軟性はもちろん、肘頭窩近位へ付着する関節包の癒着予防が脂肪体移動を許容する上で重要であり、内側頭を含めた上腕骨からの引き離し操作も拘縮治療を展開するうえでポイントとなる技術と考えられる。
著者
建内 宏重 谷口 匡史 森 奈津子 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AcOF2020, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 腹臥位での股関節伸展運動は、股関節伸展筋のトレーニングとして一般的に用いられている。しかし、股関節伸展運動には、骨盤・脊柱の前傾・伸展や回旋、および脊柱伸展筋群の過剰な筋活動を伴うことが多い。このような代償的な運動や筋活動は、腰痛のリスクにもなり得ると考えられる。したがって、股関節伸展運動時の運動パターンおよびそれに影響を与える要因について分析することは重要である。我々は、股関節伸展運動時の骨盤運動や体幹筋群の筋活動に影響を及ぼす要因として、股関節周囲筋の筋活動バランスを仮定した。すなわち、伸展運動時の同時活動(屈曲筋群の活動)や股関節伸展筋群内での筋活動優位性が運動パターンに影響を及ぼす可能性があると考えた。本研究の目的は、股関節伸展運動における股周囲筋群の筋活動バランスと運動時の体幹筋筋活動や骨盤傾斜との関連性を明らかにすることである。【方法】 対象は、整形外科的および神経学的疾患を有さない健常若年成人16名とした(男性9名,女性7名;年齢,24.3 ± 5.2歳)。測定課題は、ベッド上腹臥位での右股関節伸展運動(屈曲30度から伸展10度まで)とした。下肢の挙上位置を各被験者および各試行で一定にするために、伸展10度で大腿遠位部背面にバーが接するように予め設定した。1秒間でバーに大腿部が接するまで股関節を伸展し、その肢位を3秒間以上保持させた。骨盤・脊柱の固定は行わなかった。測定前には、課題に慣れるために複数回の練習を行った。 測定には、Noraxon社製表面筋電図と、Vicon社製3次元動作解析装置を用いた。筋電図の測定筋は、右側下肢の大殿筋(Gmax)、半腱様筋(ST)、大腿直筋(RF)、大腿筋膜張筋(TFL)、および両側の脊柱起立筋(腰部)、多裂筋(腰部)、外腹斜筋、内腹斜筋・腹横筋混合部の計12筋とした。各筋とも、股関節伸展位で保持している時の3秒間の平均筋活動量を求め、各筋の最大等尺性収縮時の筋活動量で正規化した。加えて、正規化した筋活動量から、RF/(Gmax+ST)、TFL/(Gmax+ST)、ST/Gmaxの各比を算出し、筋活動バランスの指標とした。なお、先行研究に基づいて、最大筋活動量の5%以上の筋活動を意味のある筋活動と定義し、活動量が5%未満の筋は分析から除外した。動作解析では、反射マーカーを両側の上後腸骨棘と腸骨稜頂点に貼付し、安静腹臥位の骨盤肢位を基準として股関節伸展位における骨盤の3平面の角度を求めた。筋活動量、骨盤角度ともに、5試行の平均値を解析に用いた。股関節伸展筋の個々の筋活動量、筋活動バランス指標と体幹筋筋活動量、骨盤角度との相関関係を、Spearmanの順位相関係数により分析した。【説明と同意】 倫理委員会の承認を得て、対象者には本研究の主旨を書面及び口頭で説明し、参加への同意を書面で得た。【結果】 Gmaxの筋活動量が高いと反対側の脊柱起立筋の筋活動量が高くなる傾向を示した(r = 0.58, p < 0.05)が、骨盤傾斜との関連はなく、右側STの筋活動量はどの変数とも有意な関係を認めなかった。伸展運動時のRFの筋活動量は、最大筋活動量の5%未満であったためRF/(Gmax+ST)は分析より除外した。TFLの筋活動量は最大筋活動量の5%以上であり、TFL/(Gmax+ST)が高いと骨盤の前傾角度が増加する傾向を示し(r = 0.52, p < 0.05)、同側の内腹斜筋・腹横筋混合部の筋活動量が増加する傾向を示した(r = 0.51, p < 0.05)。しかし、内腹斜筋・腹横筋混合部の筋活動量は最大筋活動量の5%未満であった。また、ST/Gmaxが高いと同側の脊柱起立筋筋活動量が高くなる傾向を示した(r = 0.57, p < 0.05)。【考察】 本研究の結果、股周囲筋の筋活動バランスが骨盤の前傾角度や脊柱起立筋の筋活動量に影響を与えることが明らかとなった。股関節伸展時に股屈曲筋であるTFLの過剰な同時活動があると股関節の伸展運動が制限されるため、代償的に骨盤前傾が増加したものと思われる。また、運動学的機序は明確ではないが、ST優位での股関節伸展運動は、同側の脊柱起立筋の筋活動増大につながる可能性も示された。股関節伸展に関わる筋のモーメントアームは、股関節伸展域ではSTよりもGmaxの方が大きくなるため、ST優位での股関節伸展運動は効率の悪い運動になると思われ、そのことが脊柱起立筋の筋活動増大を引き起こしているのかもしれない。【理学療法学研究としての意義】 本研究は、股関節周囲筋の筋活動バランスが骨盤の前傾角度や脊柱伸展筋群の過活動と関連することを示しており、臨床で多用される股関節伸展運動の注意点について重要な示唆を与えると考えられる。