著者
正能 千明 荻野 拓也 我妻 朋美 小塚 和豊 大林 茂 小川 真司 原 行弘
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.BbPI2166, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 リズミカルな下肢のペダリング運動が、健常人の上肢筋を制御する脊髄の反射弓と皮質脊髄路の興奮性に影響を及ぼすことは報告されている。しかし脳卒中片麻痺患者における報告及び実際の上肢機能(パフォーマンス)への影響に対する報告は無く、これを明らかにすることは機能訓練を行う上で重要と考えた。今回、脳卒中片麻痺患者に対する自転車エルゴメーター駆動が麻痺側上肢の痙縮及びパフォーマンスに与える影響について、駆動前後での上肢機能と神経生理学的評価により検証した。【方法】 対象は当院リハビリテーション科に入院あるいは通院中である慢性期の脳卒中片麻痺患者5名(男性3名、女性2名、平均年齢:50±21.9歳)。疾患の内訳は脳梗塞1名、脳出血4名で、左片麻痺4名、右片麻痺1名、発症からの期間は平均2619日(273~8408日)、Stroke Impairment Assessment Set-Motor(SIAS-Motor)上肢近位3:1名、4:1名、上肢遠位1b:5名。利き手は右4名、左1名。Modified Ashworth Scale(MAS)は前腕・手関節・手指grade1~2。本研究への除外条件は重度の高次脳機能障害と手関節・指関節の関節可動域制限、運動の支障となる重度な合併症を有するものとした。 上記対象者5名に対し、自動車エルゴメーター駆動前後に上肢の機能評価と神経生理学的評価を行った。 自転車エルゴメーター(コンビ社製エアロバイク75XL)の設定条件として、乗車姿勢は肘関節屈曲位にて両手でハンドルを保持した座位で、座面はペダルが最下位の時膝関節軽度屈曲となる高さとした。負荷は運動時間10分間、運動強度は年齢推定予測最大心拍数(220-年齢)の60%の値と自覚的運動強度(Borg2~3)を指標とし、リズミカルに駆動でき、連合反応を生じない回転速度(50rpm)とした。 評価方法として、上肢機能は(1)麻痺側手関節・手指の自動関節可動域を測定した。測定肢位は端座位とし、テーブル上に20cm台を置き両肘関節を前腕回内位にて接地した。測定方法は、手関節背屈・掌屈をゴニオメーターにて測定し、手指屈曲・伸展可動域は第2・第5指の指腹―手掌間距離にて測定した。(2)SIAS-Motor上肢近位・上肢遠位評価、(3)手関節・指関節MASの評価を行った。 神経生理学的評価は、誘発電位・筋電図検査装置(日本光電社製Neuropackμ)を用い、(1)麻痺側手関節の自動背屈時、長橈側手根伸筋(ECRL)と橈側手根屈筋(FCR)の表面筋電図を記録した。手関節自動背屈5秒間保持を6セット施行し、5秒間中の2秒間を導出してroot mean square(RMS)値を求めた。RMS6セットの平均値よりECRLとFCRのRMS比(主動作筋/拮抗筋比=ECRL/FCR比)を算出した。(2)麻痺側FCRのH波を導出し、さらに最大上刺激で得られたM波の振幅との比(H/M比)を算出した。【説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言に従い、対象者に研究目的・内容・方法を事前に口頭で説明し、同意を得た上で実施した。【結果】 上肢機能評価では、自転車エルゴメーター駆動後全ての症例において、手関節掌背屈の自動関節可動域は15~35°増加、指腹-手掌間距離は0.5~2.5cm改善が認められた。SIASとMASでは明らかな変化は認められなかった。神経生理学的評価では、自転車エルゴメーター後ECRL/FCR比は11.11~83.55%の増加が認められた。また5名中FCRのH波を誘発できた3名のH/M比は自転車エルゴメーター後、8.2~27.36%減少を認めた。【考察】 今回の結果から、脳卒中片麻痺患者に対しリズミカルな下肢のペダリング運動は、上肢の自動可動域向上、主動作筋(ECRL)の促通、健常人と同様にFCRのH反射減弱の結果が得られた。 H/M比は脊髄反射弓の興奮性を示し、一般的に痙縮患者において増加すると言われている。リズミカルな下肢のペダリング運動は麻痺側上肢脊髄前角細胞の活動を抑制し、痙縮を減弱する作用があると考えられる。また主動作筋/拮抗筋比の増大より相反抑制が増強し、動作効率の改善により上肢の随意運動が向上したと推定できる。また、上肢と下肢の機能的連関が示唆されたが、メカニズムは不明瞭な点が多く、今後その解明が課題であるとともに、更に症例数を増やし検証していきたい。【理学療法学研究としての意義】 本研究より、慢性期の脳卒中患者に対する運動療法として、自転車エルゴメーター駆動は、麻痺側上肢の痙縮を即時的に抑制し、相反抑制を増強する効果がある事が示された。また自転車エルゴメーター駆動後、更に上肢の随意性促通訓練、巧緻性訓練等を連続して行う事は相乗効果を生み、訓練効果が期待できる可能性があると思われる。
著者
笹川 徹 長谷川 恭一 山元 佐和子 吉田 博子 青木 雅裕 山形 沙穂 中村 睦美
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AcOF1005, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】Timed “up and go” test(以下TUG)は、主に高齢者の歩行、バランス機能を評価する指標であり、日常生活活動(以下ADL)の低下や転倒の危険の度合いを知ることができる検査である。TUGはリハビリの効果判定に広く使用されており、判定基準の研究も多数報告されている。しかし、TUGで規定されている椅子条件は、背もたれおよび肘掛け付の椅子であり、臨床においては、この条件に合う椅子を用意することは困難であることが多い。また、肘掛けの有無による検討はされているが、背もたれの有無による検討はまだされていない。本研究の目的は、このTUGに用いられる椅子の背もたれおよび肘掛けの有無により、結果にどのような相違があるかの検討を行い、TUGで用いられている椅子以外でも容易に本検査が行える可能性を検討する。【方法】対象は、60歳以上の杖歩行可能な男性21名、女性29名の計50名(健常者4名、内部疾患7名、運動器疾患31名、脳血管疾患8名)とした。とした。対象の年齢・身長・体重の平均値(標準偏差)は、74.4(6.6)歳、身長155.6(8.8)cm、体重56.5(12.1)kgであった。開始坐位は、背もたれおよび肘掛けの使用有無で4条件とし、各々の実施順番は無作為とした。TUGは、座面高44cmの背もたれおよび肘掛け付椅子を使用した。背もたれを使用する場合は背もたれに寄りかかり、使用しない場合は体幹前後傾の無い状態で行うこととした。肘掛けを使用する場合は肘掛けに両上肢を乗せ、使用しない場合は両手を膝の上に置いた状態で行った。杖使用の場合は、どちらの条件でも杖使用側のみ杖を床についた状態で行うこととした。被験者は、検者の合図で立ち上がり、前進し、3m先の目印の所で方向転換し、元の椅子に戻って腰掛けることとした。被験者にこの課題動作を説明し、やり方が十分理解されたことを確認してから実施に移った。検者は、これらの一連の動作に要する時間を計測した。歩行速度は、結果の変動を少なくするため、“転ばない程度でできるだけ早く”と指示した。統計解析は各分析項目についてPASW(VER.18)を用いて一元配置分散分析を有意水準5%で実施した。【説明と同意】本研究に先立ち、対象者に対し、研究の目的・方法・予測される危険等について説明を行い、書面による同意を得た。【結果】椅子各条件でのTUG結果の平均値(標準偏差)は、背もたれあり・肘掛けありで15.36(7.72)秒、背もたれなし・肘掛けありで15.43(7.66)秒、背もたれなし・肘掛けなしで15.86(8.77)秒、背もたれあり・肘掛けなしで16.25(9.37)秒だった。一元配置分散分析の結果、椅子4条件のTUG結果に有意差は無かった。【考察】今回の実験では椅子各条件でのTUG結果に有意な差は見られなかった。この結果は、背もたれおよび肘掛けの有無において差が出ない可能性があることを示唆し、本検査が背もたれおよび肘掛けの有無に関係なく行える可能性があることを意味する。肘掛けの有無については、Siggeirsdottirらの肘掛けの有無による検討結果である肘掛けのない椅子は肘掛け付の椅子よりも有意に立ち上がりにくいと報告している結果に反する。この要因として、条件を統一しても上肢に疾患があり肘掛けを使用できないものや、杖使用者では、肘掛け使用条件でもほとんど肘掛けに頼らず立ち上がることが影響したと考えられる。松本らは、膝押し群、座面押し群、肘掛け押し群で比較した結果、膝押し群と座面押し群および肘掛け押し群に有意差が認められ、座面押し群と肘掛け押し郡には有意差は認められなかったと報告し、上肢使用に対して具体的な教示をすることが必要であるとしている。また、Siggeirsdottirらは高さ46cmの椅子よりも42cmの椅子はTUG結果が有意に遅いと報告している。差が見られなかった他の要因としては、身長や下腿長の差による開始時の足底接地の有無等も影響していることが考えられる。これらの原因により、立ち上がり方に多様性があることが影響していることが考えられる。今後は、更にサンプル数を多くし、疾患別による検討や下腿長や座面高および杖使用による影響を検討していきたい。【理学療法学研究としての意義】椅子各条件で有意差が無いという結果は、背もたれの無い椅子でも、TUG結果に影響はせず、多数検討されている判定基準を用いることが可能である可能性があることを示唆する。これにより、臨床において、背もたれの無い椅子でもTUGを行うことができ、歩行の自立や転倒リスク予測を行うことができる。
著者
丹保 信人 三根 幸彌 小野 健太 青山 多佳子
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.CbPI1290, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】シンスプリントは下腿の代表的なスポーツ障害であり、一般的に運動に伴う下腿遠位内側部の疼痛と圧痛が主訴とされる。理学療法においては足部への介入が中心となることが多く、足底板を使用した介入の報告も多くなされている。今回、股関節・体幹機能に着目した理学療法が奏効したシンスプリント症例2例を経験した。シンスプリントに対する理学療法の一つの視点として有用ではないかと考えられたため以下に報告する。【方法】1.対象対象はシンスプリントと診断された17歳女性(症例A)と16歳男性(症例B)の2例。2例ともに患側は右であった。競技種目は症例Aはバスケットボール、症例Bは野球。理学療法開始前、症例Aは約2ヶ月間、症例Bは約1ヵ月間、他院にて外用薬を処方され経過観察されていた。2.理学療法評価項目股関節・体幹機能評価として股関節周囲筋筋長検査、股関節周囲筋筋力評価(Manual Muscle Testing:MMT)、フロントランジ、胸骨下角の4項目を実施した。また、疼痛の状態をNumerical Rating Scale(NRS)を用いて評価し、疼痛の経過を記録した。前述の股関節・体幹機能評価より得られた問題点に対して運動療法プログラムを立案し、伝達した。3.その他服薬、外用薬の使用はしなかった。装具や足底板についても同様に使用しなかった。【説明と同意】本人に対して本研究の趣旨を説明し、書面にて同意を得た.また、本研究を進めるにあたり竹田綜合病院倫理委員会の承認を得た。【結果】1.初期理学療法評価症例A:理学療法開始時は疼痛によりランニングが困難であり(NRS5)、歩行時にも疼痛が自覚されていた(NRS1)。下腿遠位内側部に圧痛と腫脹を認めた。股関節周囲筋筋長検査は患側大腿筋膜張筋が陽性。MMTは患側腸腰筋3、中殿筋後部線維が2+。患側フロントランジでは患側下肢にknee in-toe outが観察され、患側への骨盤回旋も伴った。胸骨下角に非対称性は観察されなかった。症例B:理学療法開始時は疼痛によりダッシュが困難であった(NRS4)。下腿遠位内側部に圧痛を認めた。股関節周囲筋筋長検査は患側大腿筋膜張筋が陽性。MMTは患側腸腰筋、中殿筋後部線維が2+。患側フロントランジでは症例Aと同様に患側下肢のknee in-toe outと患側への骨盤回旋が認められた。胸骨下角は患側に狭小化が認められた。2.理学療法介入伝達した運動療法内容は硬化筋ストレッチ、中殿筋後部線維筋力増強運動、股関節・体幹筋協調運動(コアエクササイズ)であった。各運動療法の方法や負荷は来院時の評価結果や疼痛の状態に合わせて適宜変更した。理学療法介入中は、運動や日常生活上で患部に疼痛が出現する動作を、本人と相談の上可能な限り制限した。症例Aは2週に1回で計3回、症例Bは週1回で計4回の外来理学療法をそれぞれ実施した。 3.最終評価結果 症例A:下腿遠位内側部の疼痛は消失し部活動にも完全復帰した。大腿筋膜張筋筋長検査は陰性化した。患側腸腰筋、中殿筋後部線維のMMTは4となった。患側フロントランジでのknee in-toe outはわずかに残存したが患側への骨盤回旋は消失した。症例B:下腿遠位内側部の疼痛は消失し部活動にも完全復帰した。大腿筋膜張筋筋長検査は陰性化した。患側腸腰筋、中殿筋後部線維のMMTは4となった。患側フロントランジでのknee in-toe out、患側への骨盤回旋はともに消失した。【考察】シンスプリント2例に対し、股関節・体幹筋の硬化、筋長の変化とそれに伴う弱化に着目し理学療法を行った。大腿筋膜張筋の硬さと、拮抗する中殿筋後部線維の弱化により、疼痛出現近似動作であるフロントランジでは股関節内旋が優位となっていた。また患側への骨盤回旋を伴うことから体幹筋による骨盤コントロールが不十分であることも疑われた。これらのことから、股関節・体幹における複合的な機能障害の結果としてknee in-toe outが生じやすくなっていると考えた。理学療法評価から得られた問題点に対しては、股関節・体幹を協調する機能的複合体として捉え、運動療法プログラムを立案、伝達するように考慮した。症状の消失に至った理由としては、運動療法を通して股関節・体幹機能に改善が得られたことにより、knee in-toe outを防止する効率の良い下行性運動連鎖が獲得されたためではないかと考えた。【理学療法学研究としての意義】シンスプリントに対する理学療法においては、足部からの上行性運動連鎖だけではなく、股関節・体幹からの下行性運動連鎖の影響を考慮することの重要性が示唆された。
著者
高氏 涼太 河野 奈美
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.EdPF1048, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】人類が二足歩行を行うようになった時から、腰痛は逃れることの出来なくなった健康障害の1つであり、多くの現代人がこの腰痛に悩まされている。平成19年の有訴者率において腰痛は最も高い症状であり、日常生活や労働を行う上で問題となるため、腰痛予防を行うことは重大な課題となる。厚生労働省は「職場における腰痛予防対策指針」を策定し、作業環境を含め作業姿勢や重労働者のコルセット使用、作業前体操等推進しているものの、農作業に携わる場合の腰痛予防は十分行われているとは言えない状況である。今回、農業を行っている人を対象とし、農作業時に生じる腰痛動作を明らかにし、農作業時の腰痛予防策を検討したので報告する。【方法】対象は、福井県JA全国農業協同組合連合会に依頼し同意が得られた職員および、兼業農家とし、選択式および記述式調査票を配布し後日回収した。調査項目は、年齢、性別、身長、体重、腰痛経験の有無、ここ1年間の腰痛の有無、農作業時の腰痛状況、また、生活状況を把握するために生活様式や食事について質問した。統計処理はSPSS 15.0J for Windowsを用い腰痛と各要因との関係についてχ2検定を用いて行った。【説明と同意】福井県JA全国農業協同組合連合会および、兼業農家に依頼し、本研究の目的と調査内容を説明し同意を得た。【結果】調査票を配布した70名中、記入漏れのない53名(有効回答率76.8%)、男性38名、女性15名、平均年齢49.5歳(23~73歳)であった。腰痛経験ありと回答した人は53人中44人となり男性32名、女性12名、平均年齢49.5歳(30~73歳)、腰痛経験率83.0%であった。さらに、ここ1年間の腰痛率は75.0%で、男性71.9%、女性83.3%と男女差はみられなかった。主な生活場所は和室88.0%、洋室12.0%、就寝場所は布団74.0%、ベッド26.0%と和式生活が多かったが、食事する場所は、76.0%が椅子と回答した。食事は3食取っていると回答した人は82.0%で、1週間に3.9回魚や肉を摂取していた。生活状況や食事と腰痛経験の有無との関係について有意差はみられなかった。腰痛発症状況は、急性腰痛症などで急激に痛みを呈した8名、急性腰痛症を経験していなくとも徐々に痛くなった22名は、腰痛の頻度に関係なく我慢できる痛みと回答していた。腰痛が生じる環境は屋外での作業71.0%と多く、寒い時に腰痛が出ると回答した人は50.0%であった。農作業で初めて腰痛が生じた動作は前屈や中腰姿勢で13名、重量物の取り扱い動作で6名であった。腰痛経験者の農作業の内容として、水田35.0%、畑作24.0%、林業16.0%であった。【考察】今回の調査結果から、腰痛経験の有無と生活状況と食事との関係について有意差が見られなかったため、農作業時の動作が主な原因と考えられる。農作業による腰痛率は約83.0%と高く、従来言われている前屈や中腰といった姿勢、重量物の取り扱い動作などによるものがほとんどであった。さらに、軽トラックに乗るときに腰痛を生じていることが明らかとなった。これは、普通の車に比べ、乗車空間が狭く、乗車時に体幹の回旋動作が要求され腰への負担が大きくなることで腰痛が発症すると考えられることから、乗車時の腰への負担の少ない動作指導も必要と考える。農作業動作では、水田において田植えと稲刈りの時期に腰痛があると回答した人が多くみられた。田植えでは特にうせという作業、収穫期では稲刈り、米袋を運ぶという作業において腰痛が生じていた。畑作では、肥料運びといった種付けの時期や、収穫時で腰痛が生じると多く回答していた。林業では、傾斜での動作・作業時に腰痛を生じると回答した人が多く見られた。農作業時の姿勢は、作業環境を変えることの出来ない状況であることや腰部への負担が継続的にかかるため、同一姿勢での作業は1時間以内にしたり、休憩をしたりする指導は必要と考えられる。しかし、一般的な腰痛予防対策では不十分であり、今後さらなる調査を実施し、腰痛と農作業関連動作について詳細に検討していく予定である。【理学療法学研究としての意義】農作業時の腰痛予防に対し、理学療法士が地域に積極的に参加して指導することが望ましいが、現状では十分に行われていない。本研究によって、腰痛が生じる農作業時期や内容が一部明らかとなったことで、今後、農作業者の腰痛に対する指導内容のヒントとなるものと考える。
著者
玉木 彰 大島 洋平 解良 武士
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.DcOF1088, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】呼吸理学療法では,胸郭柔軟性の改善を目的に,胸郭伸張法,肋骨の捻転,胸郭の捻転,シルベスター法などの徒手的な胸郭可動域練習を実施している。これらの治療対象は呼吸器疾患のみならず,神経筋疾患や脳血管障害患者など幅広く,呼吸理学療法におけるコンディショニングの一つとしてプログラムに組み込まれることが多い。ところで,これらの胸郭可動域練習によって期待できる治療効果としては,胸郭柔軟性の改善だけでなく,換気量の増大,胸郭周囲筋の筋緊張抑制,リラクセーションなどが挙げられているが,これらの効果を裏付ける根拠となるデータは殆どないのが現状である。そこで本研究では,徒手的な胸郭可動域練習の効果を明らかにする目的で,治療前後における肺・胸郭のコンプライアンスや呼吸運動出力などを分析し,胸郭可動域練習の生理学的意義について検討した。 【方法】対象は健常な成人男性13名とした。年齢は22.1±2.8歳,身長は176.1±5.4cm,体重は66.5±9.7kgであった。各対象者に対し,初めにスパイロメーター(ミナト医科学社製AS-407)を用いて肺活量(VC)を測定した。測定は3回行い最大値を採用した。次に背臥位となり安静時の一回換気量,呼吸数などの換気パラメーターおよび,呼吸運動出力の指標として気道閉塞圧(P0.1)を測定した。方法は気道閉塞装置(Inflatable Balloon-Type™ Inspiratory Occlusion)に流量計とマスクを直列に接続し,対象者の口から息が漏れないよう,測定担当者が固定した。さらに最大吸気位からゆっくり力を抜いて段階的に息を吐かせ,各肺気量位における肺容量と気道内圧の関係から圧量曲線を求め,肺・胸郭のコンプライアンスを測定した。これらの測定を以下に示す胸郭可動域練習の治療前後で同様の手順で実施した。 治療として実施した胸郭可動域練習は,全て背臥位における徒手胸郭伸張法,肋骨の捻転,胸郭の捻転の3種類とした。手技方法は,「呼吸理学療法標準手技(2008)」に掲載されている方法に準じて両側の胸郭に対し実施した。治療時間は実際の臨床を想定し,各手技の実施時間を約2分間,合計約6分間とした。統計解析は,治療前後における各測定項目について,対応のあるt検定を実施し,有意水準は5%未満とした。【説明と同意】全ての被験者には,本研究の主旨を口頭および書面で説明し,同意を得た上で測定を実施した。【結果】肺活量は治療前後でそれぞれ,4.98±0.57L,5.01±0.61Lと有意な増加は認められず,また圧量曲線から求めた肺・胸郭のコンプライアンスは治療前後でそれぞれ,5.22±1.59L/cmH2O,5.65±1.86 L/cmH2Oと有意な改善は認められなかった。一方,安静時のおける一回換気量も治療前後で変化が認められなかったにも関わらず,呼吸運動出力を示すP0.1(1.81±0.45cmH2O,1.18±0.45cmH2O)や呼吸数(14.21±4.33回/分,12.76±3.59回/分),吸気時間(1.96±0.54秒,2.64±0.84秒),呼気時間(2.32±0.55秒,2.84±0.78秒),吸気呼気時間比(0.85±0.11,0.93±0.13)には治療前後で有意な改善が認められた。【考察】本研究では,呼吸理学療法におけるコンディショニングとして実施されている胸郭可動域練習の生理学的意義について,呼吸機能や肺のコンプライアンス,呼吸運動出力の面から検討した。その結果,肺活量や肺のコンプライアンスには治療前後における改善は認められなかったが,P0.1や吸気時間,呼気時間などにおいて有意な改善が認められた。P0.1は中枢からの呼吸運動出力を反映すると考えられ,横隔神経活動との相関があることから,呼吸努力を間接的に捉えることができるため,呼吸困難に関する研究の指標として使われている。したがって,従来は胸郭可動性を改善することで胸郭柔軟性(胸郭コンプライアンス)や肺活量(肺のコンプライアンス)の改善などが得られると考えられてきたが,本研究の結果から,胸郭可動域練習の生理学的意義は呼吸運動出力の低下,すなわち呼吸困難の軽減やリラクセーション効果であることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果は,これまで実施されてきた胸郭可動域練習の効果に関する生理学的意義を明らかにするものであり,今後の呼吸理学療法のエビデンス作りに寄与するものである。
著者
吉川 桃子 平谷 尚大 佐々木 克尚 小松 勝人 掛水 真紀 福岡 知之 津野 雅人 沖田 学
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AbPI2023, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 リハビリテーションや運動指導における言語は,患者に運動学習を促すための方法の1つである.宮本ら(2005)は,臨床において主観的で抽象的な言葉の重要性を唱えている.また,日岡ら(2010)は,知能が低下した患者に行為を共感覚を用いた抽象概念で説明することが有効であると報告している.さらに,言語と運動について平松ら(2009)は,擬態語の提示は意図する行為をシミュレートさせる可能性があり,擬態語は言語教示において運動をシミュレートさせる有効な手段の一つであると述べている.しかし,使用する副詞や比喩表現の違いが実際の動作へ及ぼす影響について検討されたものは少ない.そこで,本研究の目的は情態副詞,擬態語,メタファー言語が実際の動作にどのような影響を及ぼすかについて明らかにすることである.【方法】 対象は健常成人6名 (男性2名,女性4名:平均年齢20.8±1.47歳)とした.実験の内容を理解できない者や条件の理解を誤った者は除外した.実験課題は,紙面上に描かれた外周800mmの正方形を右回りに2分間のトレースを行う課題(平林ら,1998)である.その際,以下の4つの条件を設定して行った.条件1は何も教示なしで課題を行わせた.条件2は「ゆっくりなぞって下さい」の文章を提示して行わせた(情態副詞条件).条件3は「じわじわなぞって下さい」の文章を提示して行わせた(擬態語条件).条件4は「1番遅く動くものは何ですか?」と問い,「そのようなイメージでなぞって下さい」の文章を提示して行わせた(メタファー言語条件).これら4つの条件をランダムに提示した.また,知的機能検査としてMini-Mental State Examination(以下,MMSE),Frontal Assessment Battery(以下,FAB),Trail making test A(以下,TMT-A),ブーバ/キキ実験を実施した.統計処理は,各条件のトレースした長さをKruskal-Wallis testを用いて比較検討した.また,各条件の特性を分析するために,個人別に長くトレースした順に順位付けを行い,それらにMann-Whitney’s U testを用いて比較検討した.なおBonferroniの不等式修正法を用いた有意差調整により統計学的有意水準を0.0083未満とした.【説明と同意】 全ての対象者から事前に本研究の目的,方法を十分に説明し,書面で同意を得た.【結果】 知的機能検査の平均値と標準偏差は,MMSEは29.7±0.8点,FABは17.3±0.8点,TMT-Aは82.1±24.6秒であり,対象者は知的能力や注意能力が低下していなかった.ブーバ/キキ実験では全ての対象者がでこぼこした図形が「ブーバ」,ぎざぎざの図形が「キキ」と判断した.統計処理の結果は,各条件でのトレースした長さの平均値と標準偏差は,条件1は16979.2±12739.86mm,条件2は4031.33±3272.83mm,条件3は2166±1372.41mm,条件4は1531±1350.74mmであり,各条件間で有意差は認められなかった.しかし,個人別にトレースの長い順に順位付けを行ったものは, 全ての対象者が条件1を最も長くトレースした.そのため,条件1は他の4つの条件と比較し,有意にトレースした長さが長かった.また,条件2は条件3より長くトレースした人数が有意に多かった.【考察】 今回の研究では,具体的な運動速度を提示せずに自由に動作を行わす場合と比較し,速度の遅い意味をもった言語を提示することで動作がより遅くなった.その中でも,動きやその状態の質および様子を表す副詞を修飾した場合と比較し,音や速度をイメージさせるような副詞を修飾した場合により動作への影響が大きくなった.つまり,単純な動作指示に情態副詞,擬態語,メタファー言語を修飾することで,より意味に対応した形に運動制御が変化し,さらに擬態語は情態副詞より運動制御に影響を及ぼすことが明確となった.これは,擬態語が情態副詞と比較し,状態や感情,身振りなどの音を発しないものをいかにもそれらしく音声に例えて表した語句であるため,より動作のイメージが想起されやすかったためであると考える.【理学療法学研究としての意義】 本研究では,情態副詞,擬態語,メタファー言語の提示が運動制御に影響を与えることを明らかにした.このことから,単純な運動指示を提示するのではなく,状態副詞,擬態語,メタファー言語を修飾することが運動指導においてより有効な方法であることが示唆された.今後は,認知症高齢者や脳卒中患者を対象として本研究の応用性を検討する必要がある.
著者
髙橋 司 榊 真智子 管 利大 佐々木 佑佳 小野 愛季 西山 徹 小林 武
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AdPF1007, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 バランスは「質量中心を安定性限界(Limit of Stability: LOS)内に保持する能力」と定義される。また、筋力はバランスの構成要素の一つであるため、筋力低下が生じることでバランス能力が低下する。 バランスに関する先行研究は、立位バランスと姿勢調節筋について述べられているものが多い。主要姿勢筋は、主に安静立位姿勢を保持する役割を担っているが、足圧中心(Center of Pressure: COP)が絶え間なく移動している安静立位では、主要姿勢筋の活動のみでなく、当然足関節背屈筋なども関与している。しかし、足関節背屈筋と立位バランスの関係についての研究報告は主要姿勢筋に比べ数件しかなく、LOSとの関連は報告されていない。 しかしながら、臨床場面では脳卒中や腰椎椎間板ヘルニア、腓骨神経麻痺などによって前脛骨筋(Tibialis Anterior:TA)の筋力発揮が障害される疾患に多く遭遇する。TAの機能不全が立位LOSに与える影響を明確にすることは、臨床場面に有益な情報をもたらすと考える。これらの理由から、本研究はTAの筋力低下が立位LOSに与える影響を明確にすることを目的とした。【方法】 対象は健常男性21名(年齢21.1±1.0歳、身長170.5±5.9cm、体重61.4±6.4kg、BMI 21.1±1.3kg/m2)、対象筋は両側TAとした。測定項目は、徒手筋力計での足関節最大背屈筋力と重心動揺計を用いたクロステストでの足圧中心位置とし、各々TAの筋疲労前後で測定した。筋疲労はクロステスト実施中の筋力回復を考慮し、体重10%の重錘を足背部に負荷して30%以下になるまで背屈運動を行った。クロステストは、閉脚立位にて15秒間の静止立位後、前後左右ランダムにCOPを可能な限り移動させ、その位置を各々10秒間保持させた。疲労前後の平均COP位置を対応のあるt検定を用いて比較・検討した(p<0.05)。【説明と同意】 全被験者に対して実験実施前に本研究の目的・方法について、文書と口頭にて説明し実験参加の同意を得た。【結果】 疲労運動による足関節最大背屈筋力は、疲労前249.2±39.6N、疲労後63.1±27.0Nであり、疲労直後の筋力は疲労前の23.1±5.9%となった。足長と足幅のそれぞれ半分の位置を原点として、x座標は正で右方、負で左方に、そしてy座標は正で前方、負で後方に位置していることを示す。疲労前の静止立位位置は(-1.6±6.0,-12.3±8.3)%。LOSは、前方(-3.9±9.1,43.7±23.3)%、後方(-4.3±7.9,-48.3±23.9)%、右方(38.3±9.3,-10.9±7.2)%、左方(-49.1±9.3,-6.0±10.5)%であった。疲労後の静止立位位置は(-2.7±6.1,-17.2±11.8)%。LOSは、前方(-3.2±6.6,37.3±21.9)%、後方(-5.9±10.5,-38.2±23.9)%、右方(32.5±8.5,-17.9±10.7)%、左方(-38.2±10.6,-16.6±12.2)%であった。疲労前に比べ、疲労後のLOSは、足長・足幅に対して前方:6.9%、後方:10.1%、左方:10.6%、右方:5.8%それぞれ有意に減少した(p<0.05)。 また、疲労後の静止立位時と左右方向での姿勢保持時におけるCOP位置(y座標)は静止立位:4.9%、左方:10.6%、右方:7.0%それぞれ有意に後方へ変位した(p<0.05)。【考察】 TAの筋疲労前後での立位LOSは、疲労前に比べて疲労後は全方向で有意に減少した。また、静止立位時や左右方向での姿勢保持時におけるCOP位置は静止立位、左方、右方、それぞれ有意に後方へ変位した。 COPが前方移動すると母趾側荷重となり、足関節回内位となる。足関節の回内運動は内側縦アーチの降下を引き起こすことになる。後方移動では下腿は後方傾斜し、左右移動では外方傾斜する。 TAは内側縦アーチの保持を担い、閉鎖性運動連鎖では下腿の後方、外方傾斜の制動に関与する。そのため、TAの筋力低下により下腿の後方、外方傾斜の制動作用と内側縦アーチの保持作用の減弱が生じ、LOSが減少したと考える。また、静止立位位置と左右方向のCOP後方変位(y座標)については、足関節戦略での姿勢調節が関係していると考える。静止立位では、ヒラメ筋とTAの持続的な等張性活動によって姿勢を制御している。TAが疲労するとヒラメ筋とTAの筋活動比率が崩れ、TA劣位の姿勢制御となる。そのため、COPの後方変位が生じたと考えられる。【理学療法学研究としての意義】 臨床場面では脳卒中や腰椎椎間板ヘルニア、腓骨神経麻痺などによってTAの筋力発揮が障害される疾患に多く遭遇する。TAの機能不全が立位LOSに与える影響を明確にすることは、臨床場面に有益な情報をもたらすと考える。
著者
永井 宏達 建内 宏重 高島 慎吾 遠藤 正樹 宮坂 淳介 市橋 則明 坪山 直生
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AeOS3002, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 肩関節に疾患を有する症例では,肩甲骨,鎖骨の動態に異常をきたしていることが多い.そのため,臨床場面では,セラピストが肩甲骨や鎖骨の動態を正確に把握し,適切な肩甲骨,鎖骨の運動を獲得することが重要である.一般に,肩関節疾患を有する患者における肩甲骨の異常運動としては,肩甲骨の内旋(外転),前傾,上肢挙上時の肩甲骨の挙上,下方回旋などが報告されており,上肢の挙上動作を行う上では障害となる.一方,肩甲骨の動態・アライメントに影響を及ぼす因子として,脊柱が後彎することで肩甲骨の前傾,内旋,下方回旋は生じやすくなるとされる.しかしながら,脊柱の回旋が肩甲骨,鎖骨の動態に及ぼす影響は明らかにはされていない.日常生活場面での上肢挙上動作には,体幹の回旋を伴っていることも多く,体幹回旋による影響を明らかにすることは臨床的に重要である.そしてこれらの情報は,より効果的な肩甲骨トレーニング開発の一助となると思われる.本研究の目的は,体幹回旋が上肢挙上時における肩甲骨・鎖骨の動態に及ぼす影響を明らかにすることである.【方法】 対象は健常若年男性19名(20.9±0.7歳)とし,測定側は利き手上肢とした.測定には6自由度電磁センサーLiberty (Polhemus社製)を用いた.5つのセンサーを肩峰,三角筋粗部,胸骨,鎖骨中央,S2に貼付し,肩甲骨,鎖骨,上腕骨の運動学的データを収集した.測定動作は,座位での両上肢挙上動作とし,矢状面において3秒で挙上し,3秒で下制する課題を実施した.測定回数は,体幹回旋中間位・体幹同側(測定側)回旋位・反対側(非測定側)回旋位でそれぞれ3回ずつとし,その平均値を解析に用いた.体幹の回旋角度は、それぞれ30°に規定した。なお、解析区間を胸郭に対する上肢挙上角度30-120°として分析を行い,解析区間内において10°毎の肩甲骨,鎖骨の運動学的データを算出した.なお,肩甲骨,鎖骨の運動角度は,胸郭セグメントに対する肩甲骨・鎖骨セグメントのオイラー角を算出することで求めた.肩甲骨は内外旋,上方・下方回旋,前後傾の3軸とし,鎖骨は鎖骨前方・後方並進,挙上・下制の2軸として解析を行った.統計処理には,各軸における肩甲骨・鎖骨の角度を従属変数とし,体幹の回旋条件(中間・同側・反対側),上肢挙上角度を要因とした反復測定二元配置分散分析を用いた.有意水準は5%とした.【説明と同意】 対象者には研究の内容を紙面上にて説明した上,同意書に署名を得た.なお,本研究は本学倫理委員会の承認を得ている.【結果】 上肢挙上時の肩甲骨の外旋は,体幹を同側に回旋することで有意に増大していた (同側回旋位>中間位>反対側回旋位,体幹回旋主効果: p<0.01) 。また、肩甲骨の上方回旋も、体幹を同側に回旋することで有意に増大していた(同側回旋位>中間位=反対側回旋位,体幹回旋主効果: p<0.01)。肩甲骨の後傾は体幹中間位よりも両回旋位の方が増大していた(同側回旋位=反対側回旋位>中間位,体幹回旋主効果: p<0.05)。一方、上肢挙上時の鎖骨の後方並進は体幹を同側に回旋することで有意に増大していた (同側回旋位>中間位>反対側回旋位,体幹回旋による主効果: p<0.01)。鎖骨の挙上は体幹を反対側に回旋をすることで有意に増大していた(反対側回旋位>中間位>同側回旋位,体幹回旋主効果: p<0.01) 。【考察】 本研究の結果,上肢挙上時に体幹を同側に回旋することで、肩甲骨は外旋,上方回旋が大きくなり,鎖骨は後方並進が大きく、挙上が小さくなることが明らかになった.体幹を反対側へ回旋させると、逆の傾向がみられた。これらの結果は,体幹の回旋状態が,肩甲骨の動態に影響を及ぼしていることを示唆している.体幹同側回旋に伴う,これら肩甲骨,鎖骨の動態は,肩関節疾患を有する患者にみられる異常運動とは逆の動態を呈していると思われる.体幹を同側に回旋することにより,肩甲骨が外旋方向に誘導され,肩甲骨周囲筋の筋力発揮が得られやすくなったことが影響している可能性がある.一方で、体幹を反対回旋した場合の上肢挙上時には、肩甲骨では上肢挙上には不利な方向へ運動が生じる傾向にあり、鎖骨では上肢挙上動作を代償する挙上運動が観察された。【理学療法学研究としての意義】 肩甲骨の内旋,下方回旋の増加,鎖骨後方並進の減少は,肩関節疾患を有する多くの患者に特徴的にみられる.また,上肢挙上時の過度な鎖骨の挙上も,僧帽筋上部線維による代償的な肩関節挙上動作として多くみられる.これらの特徴を有する症例に対しては,体幹の回旋も取り入れながらプログラムを実施することで,正常に近い肩甲骨運動を促通し,より効果的に理学療法を進められる可能性がある.
著者
馬場 直義 森 篤志
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.BbPI1196, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 ジストニアは姿勢異常や捻転、不随意運動など日常生活動作を行う上で大きな阻害因子となる運動障害を主徴とする。梶はジストニアを「異常な反復性または捻転性の筋収縮により特定の動作や姿勢が障害される病態」と定義している。有病率はパーキンソン病の約1/5の頻度で、病変の広がりにより局所性・分節性・全身性に分類される。その特徴として特定部位への知覚入力やその変化が異常な筋収縮を改善させる知覚トリックが挙げられる。この知覚現象は運動の制御に際して固有知覚入力に対する運動出力の不適合が存在することを反映しており、外的な知覚入力により不適合が補正されると考えられている。 今回、パーキンソン病により分節性に右上肢下肢にジストニアを呈し、特に足関節に強い内反をきたし、知覚トリックによる即時的な補正が有効ではなかった症例を経験した。そこで即時的効果による補正ではなく、感覚の学習によって知覚入力に対する運動出力の不適合が補正され、ジストニアの異常な筋収縮が改善されるかについて検討した。【方法】 端座位をとらせた対象者の足底と床の間に素材や形状は同じだが硬さの異なる2種類のスポンジを挿入し、足底(一部、足背)と接触させ、足関節の底屈・背屈、内返し・外返しを自動運動で行わせることにより、スポンジの硬さを識別する課題を実施した。研究方法は課題介入期、通常の理学療法による非介入期がそれぞれ10日間のBA法とし、各40分間で週5回の介入とした。 課題において対象者はプラットホームにて端座位を保持し、左右の足底面は十分に床に接地可能な状態とした。スポンジの硬さを比較する部位の組み合わせは、左右の足底、右足足底の内側と外側、右足足底前足部と踵部、右足足底前足部と右足足背の4パターンとし、それぞれ20回、2種類のスポンジの硬さの違いを識別させた。スポンジは3種類(硬い・中間・軟らかい)の硬さの異なるものを用意し、段階的にその組み合わせを変え難易度を上げていった。 介入前、介入期後、非介入期後の3回、足関節の関節可動域測定(自動)、足底の二点識別測定、Mini Mental State Examination(以下MMSE)、自画像描写、内省報告の各測定結果を分析した。【説明と同意】 対象者とご家族には発表の趣旨と目的を説明し、書面にて同意を得た。【結果】 介入期後では介入前より関節可動域で右足関節背屈が10°改善。二点識別測定では1~3mmの認識距離の短縮。MMSEでは24/30点から30/30点と短期記憶に改善がみられた。自画像描写においては右上肢の書き損じがなくなり、四肢が描かれて具体的となった。内省報告では介入前は右下肢を「捨ててしまいたい足」といった内容であったが、介入後は「足の中からあぶくが出てくる」とより具体的な内省をされるように変化した。歩行に関しても介入前は内反足にて立脚時に前足部外側のみの接地しか出来なかったが、介入後はほぼ足底全面の接地が可能となった。 非介入期後では介入後より関節可動域で右足関節背屈が5°改善。MMSEでは26/30点と若干の短期記憶に低下みられた。内省報告は「大事にしなければね」などと愛護的な言葉が聞かれるようになった。二点識別測定、自画像、歩行には著明な変化はみられなかった。【考察】 ジストニアは姿勢異常や捻転、目的動作に対する不随意運動を主徴とし、本態は外界からの感覚情報や脳内の運動指令を統合して、適切な運動準備状態を作成する過程の異常であると考えられる。その特徴の1つに知覚トリックが挙げられる。知覚トリックは本来であれば必要でない感覚刺激を行うことにより、障害された運動感覚連関に何らかの補正が行われることで成立すると考えられている。本症例では知覚トリックによる即時的効果はなかった。しかし「特定部位への知覚入力やその変化が異常な筋収縮を改善させる」といった知覚トリックの知見をもとに、対象者に足底でスポンジの硬さの違いを識別させ、感覚の学習によりジストニアによる異常な筋収縮が改善するかという目的で理学療法介入を行った。その結果、足関節背屈可動域の拡大、二点識別測定での認識距離短縮、歩容の改善に繋がった。これは、学習により足部からの適正な情報入力が可能となったことで運動感覚連関の適正化が図られたことによるものと考えられる。また、非介入期後においても改善の持続が認められたことより、介入による学習効果が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 ジストニアに対する先行研究は少ない。今回、即時的効果ではなく、感覚の学習によりジストニアの異常な筋収縮が改善する可能性が示唆された。今後は症例を重ねて検討していく必要がある。
著者
廣田 新平 柴 喜崇 荻野 裕 高瀬 幸 畠山 莉絵
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.EcOF2106, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 近年,要介護者数は増加し,家族が介護を行う割合も高くなっている(荒井,2002).特にパーキンソン病(以下,PD)は60歳代での発症率が高く(Adams,2009),直接,死因となる疾患でないため,長期介護が必要となり,在宅介護での家族の介護負担が大きな問題になっている. 介護負担に関連する要素の一つである睡眠障害はうつ(兼坂,2007),蓄積疲労感(山田,1999)とも関連しており,主介護者の睡眠障害は長期間の介護を行う上で重要視すべき問題である.実際に,睡眠障害はPD患者だけでなく,主介護者でもみられ,主介護者とPD患者の睡眠障害には関連があることが報告されている(Pal,2004).本研究の目的は3年間のPD患者の症状変化が主介護者の睡眠障害に与える影響を明らかにすることとした.【方法】 特発性PD患者14名(Modified Hoehn & Yahr StageIII~V)と同居中の主介護者を対象に調査した.調査項目は睡眠障害の指標としてPittsburgh Sleep Quality Index(PSQI)(/21点),PDの重症度はUnified Parkinson`s Disease Rating Scale(UPDRS)(/202点),うつ病の評価はGeriatric Depression Scale15(GDS15)(/15点)を用い,その他,年齢,性別,介護サービス(訪問リハ,通所介護事業,通所リハ)の合計利用時間などの基本情報の調査も行った.なお,PSQIは6点以上で睡眠障害ありと判断される(Doi,2000).PSQI,GDS15は主介護者,患者を対象とし,調査を行った.1年目をベースラインとし,3年後に同項目の追跡調査を実施し,ベースライン調査時の値と追跡調査時の値の3年間の差を変化量とし算出した.また,PSQI,UPDRSに関しては下位項目の変化量を算出し検討した.それぞれの変化量の相関はSpearmanの順位相関係数,変化の相違はWillcoxon検定にて検討した.なお,有意水準は5%とした.【説明と同意】 参加者には本研究内容を口頭及び書面にて十分説明を行い,自署により同意を得た.【結果】 睡眠障害ありであったものは,全体対象者14名中,ベースライン調査時の主介護者6名(42.9%),PD患者9名(64.3%),追跡調査時の主介護者11名(78.6%),PD患者10名(71.4%)であった.ベースライン調査時,追跡調査時で主介護者のPSQI合計点,下位項目に有意な悪化はみられなかった.一方,PD患者でもベースライン調査時,追跡調査時でPSQI合計点,下位項目に有意な悪化はみられなかったが,下位項目[睡眠剤の使用]のみに悪化傾向がみられた(P=0.07). 主介護者のPSQI合計点の変化量とPD患者PSQI合計点の変化量の間に中等度の有意な相関がみられ(r=0.56,P=0.04),PD患者のUPDRSの変化量とPD患者のPSQIの変化量,PD患者のUPDRSの変化量と主介護者のPSQIの変化量の間には相関はみられなかった.一方で主介護者のPSQIとPD患者のGDS15の変化量の間に中等度の有意な相関がみられた(r=0.61,P=0.02). 3年間の変化量でみるとUPDRS合計点は15.4±20.8(点)と有意に悪化したが,GDS15は主介護者&#8331;0.07±2.6(点),PD患者&#8331;0.5±3.7(点)と,悪化はみられなかった.一週間の介護サービス時間は変化量3.1±5.6(時間)であり,有意に増加していた.【考察】 PD患者だけでなく,主介護者にも睡眠障害は多くみられた.主介護者とPD患者のPSQIの変化量に相関がみられ,PD患者自身の睡眠障害の変化が主介護者の睡眠障害に影響を及ぼすことが示唆された.また,主介護者の睡眠障害はPD患者のうつ症状の悪化に影響をうけることが示されたが,PDの総合的な症状の悪化による影響は見られなかった.PD患者のUPDRSとPSQIの変化量に相関はなく,睡眠剤の使用・介護サービス時間の増加から,PD患者は症状に伴う,睡眠障害の悪化を睡眠剤,介護サービスの利用で対処していると考えられる.また,主介護者は睡眠障害があるにも関わらず,睡眠導入剤などの医学的介入を行っていないことが推測された.【理学療法学研究としての意義】 本研究により,主介護者はPD患者と同様に睡眠障害があるが,PD患者に比べ睡眠障害への対処が十分でないことが示唆された.しかし,主介護者の睡眠障害はPD患者の睡眠障害,うつ症状の悪化に影響を受けるため,PD患者の睡眠障害やうつ病の症状の軽減を図ることで,主介護者の睡眠障害は軽減すると考えられ,主介護者の睡眠に対してもPD患者の睡眠障害,うつ症状を軽減することが重要であることが明らかになった.
著者
清水 英里 長尾 知香
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.CbPI2230, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】我々は変形性膝関節症に対する運動療法として、ピラティス専用器具リフォーマーを使用している。その際、自重で行う場合よりリフォーマーを使用した後の方が、歩容改善や患者の自己効力感が得られるケースが多い。そこで今回、実際に自重で行う場合とピラティス専用器具リフォーマーを使用して行った場合、どのような効果の違いがあるか検証する。【方法】対象は変形性膝関節症を有する患者で、本研究の概要を説明し同意が得られた患者16名(女性14名男性2名、平均年齢74.8±8.1歳)。除外基準は、急性症状を有する者、観血的治療の既往、圧迫骨折、重度の骨粗鬆症を有する者とした。評価項目は基本属性(性別、年齢、身長、体重)、日本版膝関節症機能尺度(以下JKOM)、徒手筋力計にて大腿四頭筋・ハムストリングス・中殿筋・腸腰筋の筋力、体幹MMT、5m歩行速度、フットプリントとした。くじ引きでピラティス群とコントロール群の2群に分類し、週2~3回来院時に以下の運動を約3ヶ月間実施した。コントロール群:ハーフスクワット,片脚ハーフスクワット,ランジ,段差使用での足関節底背屈運動。ピラティス群:タワーバー、リフォーマーにてフットワーク,フットワークシングルレッグ,ランジ,ローワーアンドリフト,ランニング【説明と同意】被験者には書面にて研究内容を十分に説明し、ヘルシンキ宣言に基づき了承と同意サインを得た。【結果】各評価項目を介入前後で測定し、得られた結果についてt検定もしくはWilcoxon符号付順位和検定を行ない、有意水準は5%未満とした。介入前後において、ピラティス群のJKOM、VAS、中殿筋疼痛側・非疼痛側、5m歩行速度、コントロール群の中殿筋疼痛側、5m歩行速度に有意差を認めた。【考察】筋力の有意差が認められたのは、ピラティス群の疼痛側・非疼痛側中殿筋、コントロール群の中殿筋疼痛側のみであった。全て立位で行う運動であったコントロール群の支持基底面が足部であったのに対し、主にsupineで行うピラティス群は体幹が支持基底面となっていたため、骨盤の傾斜や回旋などの代償運動がおこりづらかったこと、目からのfeedbackにより自ら修正できた点が大きな要因となったと考える。また、70歳前後の高齢者では、最大努力筋収縮の50%でのトレーニングの方が筋力増強率が高いという報告もあり、ピラティス群はコントロール群に比べ低負荷であった為、運動制御がしやすかったという点も、ピラティス群のみ両側共に有意差が認められた理由と考える。中殿筋は立位時において膝関節の内側負荷を減少させる為、除痛効果につながるとされている。その為、今回大腿四頭筋やハムストリングスには有意差がみられなかったが、中殿筋の筋力upによって膝の痛みが軽減したと思われる。また、コントロール群においても中殿筋は疼痛側のみ有意差が認められたが、中殿筋によって歩行時の立脚期の安定化が得られ、5m歩行速度は両群ともに改善がみられたと考える。一方で、5m歩行速度は両群共に有意差が認められたにも関わらず、JKOMスコアはピラティス群のみに有意差がみられた点だが、第1報でも述べた通り、ピラティス・エクササイズは自己効力感が高く、心と体のコントロールを可能にする為、身体機能面のみならず心理面においても改善が図れたものと考える。また、ピラティス・エクササイズでは筋出力の量的な改善は中殿筋のみであったが、下肢・体幹の動きの中での筋出力、筋間協調性の質的な面での改善が得られ、それがADL、QOLの向上に繋がったのではないかと考える。【理学療法学研究としての意義】高齢化の進む中、ますますクリニックでの予防的リハが重要となるであろうが、その中でもより加速的・効果的な運動療法の展開が、外来通院患者のモチベーション向上も含めて必要であると思われる。単に減量や関節内注射、筋力トレーニングだけでなく、運動様式の違いによって、より目的とする部分へ加速的に効果を出していくために、今回はCKCでも支持基底面、関節固定部位、姿勢と抵抗量の異なる様式での差を検証した。得られた結果から強調されるべきことは、厳密な条件設定で行えるピラティス・エクササイズの方が有意に機能面の変化をもたらし、更にADLや心理面にも波及するということである。筋力増強という観点だけにこだわらず、筋の機能をいかに引き出し、それをいかにADL,QOLの向上に繋げていくかという点では、変形性膝関節症に対し、CKCで行う運動療法の手段としては、ピラティス・エクササイズの方がより効果的であったことが、本研究により実証されたといえる.
著者
酒井 潤也 森中 義広 日野 工 廣戸 優尊
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.BbPI1179, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】脳卒中片麻痺者の歩行における特異的変形の一つに反張膝が挙げられる。反張膝の誘発原因の一つに、下腿三頭筋の高緊張による尖足にて下腿後方倒れを引き起こし、反張膝へと移行する高緊張型(尖足性)反張膝。もう一つは、下肢全体の低緊張にて立脚期の膝折れやスナッピング膝の歩行不安定、その恐怖感を解消するためロッキング歩行を意図的に行い反張膝に移行する低緊張型反張膝で、どちらも膝関節ロッキングによる長年の歩行継続で重症化、歩行困難へと陥る変形である。一般的な反張膝の予防・解決法として、短下肢装具による背屈位矯正で立脚期の下腿前倒しを強制的に行い、膝関節の屈曲モーメントを発生させる手段が多用される。我々は逆に足関節を過度に矯正せず底屈位でheel補高を行い、床面に対するSVA(Shank to Vertical Angle:下腿前傾角)を整え、立脚期に閉じた力学的連鎖(CKC:Closed Kinetic Chain)を形成する手法にて、歩行の推進力を損なわせず反張膝変形の進行・重症化予防を両立。今回、様々な片麻痺反張膝に対する本下肢装具療法の有効性を検証した。【対象】Case1.女性50歳、平成5年脳動静脈奇形Ope(左片麻痺)、下肢Br.stage4、SHB(背屈2度)装着。筋緊張軽度亢進、内反尖足と元々の膝関節ルーズニングにて反張膝を来たす。反張膝角度6度。Case2.男性78歳、平成1年脳梗塞発症(左片麻痺)、下肢Br.stage3、SHB(底背屈0度)装着。痙性麻痺の伸筋優位型、尖足による立脚期の膝ロッキング出現。日常の歩行量も多く、体重も重いため放置すれば重症化し歩行困難に陥る症例。反張膝10度。Case3.男性80歳、昭和55年脳出血(左片麻痺)、Br.stage3、SLB装着。筋緊張非常に亢進、強度尖足・ロッキング歩行を続けたことで強度反張膝変形を来たす。本下肢装具療法介入前に何度もSLB破損。反張膝30度。Case4.女性75歳、昭和63年脳梗塞発症(左片麻痺)、Br.stage4、低筋緊張にて膝の不安定性解消のため意図的なロッキング歩行、次第に反張膝が強くなった。反張膝25度。【説明による同意】報告する患者、家族には本下肢装具療法に対する費用と歩行訓練内容、歩行量、転倒リスク、訓練期間、撮影、学会発表など説明し同意を得ている。【方法】上述4症例に対し、反張膝変形の進行・重症化予防と歩行能力向上の目的で、足関節と膝関節の同時制御が可能なC.C.AD継手付P.KAFOを処方。評価項目は発症から本下肢装具療法介入までの期間、10m歩行スピード、歩数、重複歩距離の比較。また立脚期の膝過伸展(反張膝)角度の比較と反張膝の進行予防度合いを評価した。【結果】Case1.発症から9年経過し当院外来受診。P.KAFO Set up(足継手底屈3度後方制限、膝継手屈曲5度伸展制限)、患側heel1cm補高。10m歩行9秒→5秒、歩数24歩→14歩、重複歩距離83cm→143cm、立脚期の反張膝角度6度→0度。処方後6年経過の現在、他院の外来リハ通院中。反張膝変形は増悪なし、歩行レベルは維持出来ている。Case2.発症1年6ヶ月経過し外来受診。P.KAFO(足継手底屈2度後方制限、膝継手屈曲5度伸展制限)、患側heel1cm補高、健側補高1cm。10m歩行108秒→7秒、50歩→12歩、重複歩40 cm→166cm、反張膝角度10度→0度。処方後18年経過、反張膝は増悪なし、歩行レベル維持。Case3.発症15年、当院受診。P.KAFO(足継手なし底屈5度固定、膝継手屈曲10度伸展制限)、患側heel2cm補高、健側補高2.5 cm。10m30秒→20秒、34歩→24歩、重複歩59 cm→83cm、反張膝30度→0度。処方後7年経過、反張膝は増悪なし、歩行レベル維持。Case4.発症1年、当院入院。P.KAFO(足底屈5度後方制限、膝屈曲10度伸展制限)、患側heel2cm補高、健側補高2.5 cm。10m34秒→22秒、29歩→22歩、重複歩69 cm→90cm、反張膝30度→0度。処方後11年間は反張膝増悪なく歩行レベルは維持していたが、脳梗塞再発により歩行不能となった。【考察】反張膝変形の本矯正装具に求められる方法は、1.過度な背屈矯正をしない(下腿三頭筋の過度なストレッチを防ぎ、疼痛軽減や装具との反発を解消)、2.底屈位の足関節を床面から垂直に立ち上げる麻痺側heel補高(下腿後方倒れ防止)、3.麻痺側heel補高に合わせた健側補高(骨盤の左右差を調整、麻痺側振り出しスペースの確保)、4.膝継手を使用し適度な伸展位(屈曲位)制御で膝関節の保護を行う。ことが有効と考える。【理学療法学研究としての意義】反張膝に対する膝関節の制御には、足底からのSVAを整えた膝関節を中心としたCKCの形成原理に基づき装具処方を再考すべきである。
著者
藤平 保茂 富樫 誠二 藤野 文崇 久利 彩子 小枩 武陛 村西 壽祥 岸本 眞 古井 透 酒井 桂太
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.GbPI2458, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】臨床実習は、理学療法士(以下、PT)を目指す学生にとって臨床での理学療法を経験できる重要な学外授業であり、 810時間以上(18単位)を受けなければならない必須科目である。臨床実習に臨む学生(以下、実習生)は、臨床実習指導者(以下、指導者)の指導のもと、さまざまな経験を通して成長していく。その中で、実習生が、指導者から「積極性がない」との指摘を受けることがある。これは、臨床実習評価において、しばしば問題視される点である。しかし、実習生の積極性に対する先行研究では、「積極性とは、自ら進んで物事を行う性質」という概念は一致されているものの、実習生の積極的な行動とはどのような行動であるのかを具体的に示した研究は、我々が文献検索した限りでは見当たらなかった。筆者らは、第50回近畿理学療法学術大会にて、指導者が抱く実習生への「積極性がある」因子を報告した。今回の研究目的は、理学療法臨床実習評価において、指導者が抱く「積極性がない」因子とは何かを調査し、検討することである。【方法】<調査表>独自に作成した調査票で、質問内容は、「臨床実習において、『積極性がない実習生』とはどのような学生であるか」であった。自由記載にて回答を求めた。<対象>本学の臨床実習受け入れ施設に勤務する127名のPTであった。そのうち、指導者経験のある臨床経験2年目以上の90名(男性67名、女性23名、平均臨床経験年数9.7年)の調査表を分析の対象とした。<分析方法>得られた回答をキーワードにて細分化し、KJ法を用いてカテゴリーに分類した。 【説明と同意】本研究は、大阪河﨑リハビリテーション大学倫理委員会規則に従うもので、調査にあたっては、対象者に本研究の主旨を説明し、同意を得た。 【結果】細分化したキーワードは、181語であった。これらをカテゴリー別に分類し、さらに社団法人理学療法士協会による「臨床実習教育の手引き」第4・5版を参考に技術教育から生じる行動での分類を行ったところ、態度面を行動目標とする情意領域と、知識、問題解決面を行動目標とする認知領域にあることがわかった。情意領域に属するキーワードは129語で、全体の71.3%を占めた。これらを構成するカテゴリーには、「行動できない・しない」(35語、全体の19.3%)、「目的意識・意欲がない」(32語、17.7%)、「疑問を持たない・考えない」(20語、11.0%)、「質問しない」(17語、9.4%)、「コミュニケーションがとれない」(14語、7.7%)、「反応がない・乏しい」(7語、3.9%)、「その他」(4語、2.2%)があった。また認知領域に属するキーワードは52語で、全体の28.7%であった。これらを構成するカテゴリーには、「意見を言わない」(20語、11.0%)、「課題が遂行できない」(18語、9.9%)、「自主学習しない」(12語、6.6%)、「自己評価(分析)しない」(2語、1.1%)があった。【考察】PTは、対象者としっかりコミュニケーションをとり、十分な関心と責任を持って理学療法業務に取り組むことが必要不可欠かつ重要であることを認識している。そのため指導者は、実習生に対し、実習への目的意識や意欲・関心が低い、実習を受ける態度が悪い、問いかけに対する反応が悪い、対象者や関係スタッフ以外の方と関わらない、わからないことがあっても質問しない、自分の意見を述べない、自分の考えを基に行動できなく指導者からの指示待ち行動をとる、課題ができないことが、「積極性がない」行動と捉えているものと考えられる。今回の調査にて、指導者は、「積極性がない」とは情意領域に問題があること、つまり、実習への取り組み姿勢や態度が良くないことを重大な因子と捉えていることが明確となった。知識や問題解決能力を身につけることは当然重要であるが、実習生が臨床実習に入る前に十分な心構えが出来ているか、理学療法の専門性を理解したうえでどれだけ自ら進んで対象者のために考え行動するのか、といった実習態度への関心の高さを裏付けている結果となった。養成校の教員は、臨床実習において学生指導が円滑になされるよう、学生への学内教育を強化しなければならない。【理学療法学研究としての意義】臨床実習指導者が抱く実習生の積極性について、実習生の積極的な行動とはどのような行動であるのか、その具体的な行動因子を確認することができた。今回の結果は、臨床実習における学生指導において、積極性を評価する上で参考になるものと考える。さらに、臨床実習における客観的に積極性を測定するための積極性評価尺度の作成を試みようと考えているが、その基盤となる意義のある研究である。
著者
堤本 広大 土井 剛彦 三栖 翔吾 小松 稔 壬生 彰 小野 玲 大澤 千絵 春名 未夏 平田 総一郎
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AcOF1001, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】地域高齢者の転倒予防は介護予防の観点から重要視されており、高齢者の転倒リスクアセスメントは数多く存在する。Timed Up & Go(以下TUG)や5 Chair Stands(以下5CS)、Trail Making Test(以下TMT)等では、身体機能や認知機能が維持された高齢者を対象に行うと有用である。しかし、要介護者のように多様な機能低下がみられる高齢者の場合、転倒要因はさらに多様化し、どのような評価方法が転倒リスクアセスメントとして適しているかは未だ明らかになっていない。我々が考案したMultiple-Step-Test(以下MST)は、転倒に関わる因子である運動機能、認知機能を二重課題条件下で実施することが可能である。立ち上がり動作など重心の上下移動が困難な対象者でも、遂行可能なステップ動作のみで行え、どのような施設でも行える省スペース性を持ち合わせる。また、高齢者がテスト自体を楽しむことができるゲーム性を有した新しい転倒リスク評価法である。以前、我々はMSTと過去の転倒経験の関連性、および検査に再現性を有していることを報告したが、今回、同施設にて、1年間前向きに転倒発生調査を行ったデータを利用し、運動機能評価であるTUG、5CS、および認知機能検査であるTMTと比較し、MSTの転倒リスク評価法としての有用性を検討することを目的とした。【方法】本研究は、デイサービス施設を利用する地域在住女性高齢者95名( 83.8 ± 6.6歳)の中から、MSTが杖使用でも実行できない者、および認知機能障害の著しいもの (MMSE:16以下)を除外した59名( 83.1 ± 6.4歳)を対象とした。また、MST計測後、全対象者における1年間の転倒発生を前向きに調査した。MSTの設定として、フープ(直径140cm)と同心半円(直径240cm)を4本のテープで3等分し、各区画には、数字(1~3)を記載したナンバーボードを設置した。MSTのルールは、合図ともにテスト開始し、数字の順にフープ内から全区画内への跨ぎ動作を行うことである。区画内へ接地した後、毎回フープ内に戻るように指示し、3のナンバーボードからフープ内に戻った時点で終了とし、所要時間を計測した。開始前は対象者には後方を向かせ、ナンバーボードをランダムに設置し、各対象者2回計測を行い、所要時間の短いデータを採用した。統計解析は、MST、TUG、5CS、TMT-A、TMT-Bそれぞれの所要時間に関して、Wilcoxonの順位和検定にて転倒群と非転倒群の群間比較を行った。転倒予測能を検討するため、ROC解析によりROC曲線下面積(AUC)を算出した。【説明と同意】本研究は神戸大学医学倫理委員会の承認を得た後に実施し、対象者より、事前に書面と口頭にて研究の目的・趣旨を説明し同意を得た。【結果】対象者は転倒群14名 (24%)と非転倒群45名 (76%)に分かれた。転倒群と非転倒群における年齢、性別、BMIにおける対象者特性に有意な差は認められなかった。全対象者が各転倒リスク評価に要した所要時間の中央値(四分位)は、MSTは21.8( 17.7 &#8211; 31.1 )、TUGは15.0( 13.1 &#8211; 19.5 )、5CSは14.8( 12.5 &#8211; 19.3 )、TMT-Aは160.0(110.8 &#8211; 240.0 )、TMT-Bは205.7( 160.0 &#8211; 288.0 )であった。転倒群と非転倒群で比較すると、MST、およびTUGにのみの群間に有意な差が認められた( p < 0.05 )。群間に有意な差が認められたMST、およびTUGについてROC解析を行うと、MSTのAUCが 0.72、感度が0.86、特異度が0.61で、TUGのAUCが0.71、感度が0.86、特異度が0.55であった。【考察】本研究の対象者に関しては、転倒リスク評価としてMST、およびTUGは高い転倒リスク予測能を有していることが示唆された。5CSやTMTのように、身体機能や認知機能を単独で評価するアセスメントと比較すると、MST、およびTUGは、ステップ動作や方向転換など複合的な運動を必要とするテストであるため、転倒リスクの高い高齢者と低い高齢者との身体能力差が表出しやすかった可能性が考えられる。また、MSTに関しては、数字を順に追い捜すという認知機能も必要なため、TUGと比較して、より特異度が高かったのではないかと考えられる。TUGとは異なり、MSTはゲーム性を有したDual-taskという側面を有しているため、今後、転倒リスクの評価だけではなく、高齢者に対する転倒予防の介入法としても有用である可能性を検討する必要があると考えられる。【理学療法学研究としての意義】本研究の結果から、高齢者の転倒リスク評価の一つとして、身体機能と認知機能の両方を同時に必要とするMSTの有用性が示されたと考えられる。
著者
徳田 裕 荻田 讓 米澤 徹哉
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.DaOI1031, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 静脈性浮腫及び深部静脈血栓症(DVT)予防に対する理学療法として運動療法,物理療法,間欠的空気圧迫法,弾性包帯,下肢挙上等を併用することが多い.その中でも,下肢挙上に関するDose(高さ,時間)についての報告は30cm程度が静脈性浮腫の改善に有効との報告しか見受けられない.そこで今回,下肢挙上高及び挙上時間の違いが静脈還流速度に与える影響を検討し,下肢挙上のDoseを明確にすることを目的とした. 【方法】 対象は疾患の既往がない健常成人56名(男31名,女25名,平均年齢21.2±2.4歳,平均体重59.3±9.6kg)を無作為に下肢挙上高15cm群(15cm群)に19名,30cm群に20名,45cm群に17名振り分けた. 方法は,室温約24°C,湿度約50%の条件下で,10分間の馴化時間の後に,背臥位にて左下肢の膝窩静脈の血流速度をデジタルカラー超音波診断装置,プローブはリニア探触子(7.5MHz)を用いパルスドプラ法にて測定した.次に,左下肢を15cm,30cm,45cmの台へそれぞれ挙上させ5,10,15,20分後に同様の方法にて血流速度を測定した.測定項目は収縮期最高血流速度(PSV)とした.統計処理は,各挙上高群の経時的PSVの比較には一元配置分散分析を用い,有意差を認めた場合,多重比較検定には挙上前との比較を目的にTukey-Kramer法を用いた.更に,有意差を認めた各挙上高・挙上時間の群間の比較には挙上前を基準とした変化率を算出し一元配置分散分析で有意差を認めた場合,同時間の比較にMann-whitneyのU検定を用いた.有意水準は危険率5%未満とした.【説明と同意】 全ての対象者には研究の目的,方法,期待される効果,危険性,個人情報保護について口頭および書面にて説明し,研究参加の同意を得た.【結果】1.各挙上高における経時的PSVの比較 Tukey-Kramer法による多重比較検定の結果,15cm群では挙上前と比べ10分後,15分後,20分後に有意な増加を認めた(p<0.05).30cm群では挙上前と比べ5分後,10分後,15分後に有意な増加を認めた(p<0.05).45cm群では挙上前と比べ5分後に有意な増加を認めた(p<0.05).2.各挙上高・挙上時間の群間比較 Mann-whitneyのU検定の結果,30cm:15分に比べ15cm:15分は有意に高値を示した(p<0.05).15cm:10分に比べ30cm:10分は有意に高値を示した(p<0.01).30cm:5分に比べ45cm:5分では増加傾向を示した.【考察】 静脈血流速の検討にはPSVが多用されており有用性があると考え,本研究の測定項目とした. 重力による血行動態への影響として血液は血管内で部位により位置エネルギーの差を生じ垂直方向へ圧力勾配を持つ.これを静水圧と呼び,1cmにつき0.7mmHgの圧変化がある.下肢挙上位では高さに応じて静水圧を受け,動静脈の陰圧化が生じ,これにより静脈毛細血管の再吸収及び動脈毛細血管での濾過の抑制が生じる. 結果より,挙上高と挙上時間に関するDoseでは,15cm:20分,15cm:15分,30cm:10分,45cm:5分が静脈還流速度を速めることが明確になった.従って下肢を挙上する場合には,Dose(高さ,時間)を検討し実施する必要性があると考えられる.また挙上高45cm群においては,施行中痺れを訴えた者がいて静脈還流速度も低下傾向にあったため,動脈に虚血を生じさせるDoseとなるリスクも考えなければいけないことも示唆された.【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果より,静脈還流速度を促進する下肢挙上のDose(高さ:時間)が明確となり,理学療法臨床場面での浮腫治療及びDVT予防における下肢挙上に関する一つの目安を示すことができたと考えられる.
著者
坂本 淳哉 後藤 響 近藤 康隆 本田 祐一郎 片岡 英樹 濱上 陽平 横山 真吾 中野 治郎 沖田 実
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AcOF2005, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 先行研究によれば,関節包に由来した拘縮の発生メカニズムとして線維化の発生が指摘されている.ただ,この線維化の発生状況を詳細に検討した報告はなく,その発生メカニズムも明らかになっていない.一方,手掌腱膜の線維増生によって生じるDupuytren拘縮は,コラーゲン合成に関わるサイトカインを産生する筋線維芽細胞の著しい増加がその発生メカニズムに強く関与しているとされ,肺や肝臓などといった内蔵器の線維化にも筋線維芽細胞の増加が関与していることが近年報告されている.つまり,不動による関節包の線維化に対しても筋線維芽細胞の増加が関与しているのではないかと仮説できる.そこで,本研究では,膝関節不動モデルラットの関節包における線維化の発生状況と筋線維芽細胞の変化を組織学的・免疫組織化学的手法を用いて検討した.【方法】 実験動物には12週齢のWistar系雄性ラット12匹を用い,無作為に無処置の対照群(n=5)と両側後肢を股・膝関節最大屈曲位,足関節最大底屈位にてギプス包帯で4週間不動化する不動群(n=7)に振り分けた.実験開始時は,各群すべてのラットを麻酔し,0.3Nの張力で膝関節を伸展させた際の可動域(ROM)を測定した.そして,実験終了時は,不動群においては前述の方法でROMを測定した後,両側後肢後面の皮膚を縦切開し,膝関節屈筋群を切除した後に,再度,ROMを測定した.なお,対照群においては皮膚の切開や筋の切除は行わず,麻酔下でROMを測定した.その後は,両側膝関節を摘出し,最大伸展位の状態で組織固定を行い,脱灰処理の後,矢状断にて2分割し通法のパラフィン包埋処理を行った.そして,右膝関節の各試料から5μm厚の連続切片を作製し,105μm厚(連続切片21枚)につき1枚,のべ3枚の切片を抜粋し,コラーゲン線維の可視化のためにPicrosirius Red染色を施した.次に,各試料の染色像における後部関節包を40倍の拡大像でコンピューターに取り込み,画像処理ソフトを用いて画像上に縦,横50μm間隔に格子線を描いた.そして,後部関節包のコラーゲン線維束上に存在する格子線の交点の総数を計数し,対照群の平均値を基準に不動群のそれを百分率で算出した.また,筋線維芽細胞のマーカーとして使用されている抗alpha-smooth muscle actin(alpha-SMA)抗体を用いて免疫組織化学的染色を施した後,後部関節包におけるalpha-SMA陽性細胞の出現率を計測し,各群で比較した.なお,統計手法にはMann-WhitneyのU検定を適用し,5%未満をもって有意差を判定した.【説明と同意】 本実験は,長崎大学動物実験指針に基づき長崎大学先導生命科学研究支援センター・動物実験施設で実施した.【結果】 実験終了時の不動群のROMは,対照群のそれに比べ有意に低値を示し,不動群のすべてのラットは皮膚の切開と筋の切除後もROM制限が残存していた.次に,Picrosirius Red染色像を検鏡すると,不動群では後部関節包の肥厚や線維増生が認められた.そして,前述の方法で画像解析を行った結果,対照群の平均値に対する不動群の百分率は有意に高値を示した.また,不動群におけるalpha-SMA陽性細胞の出現率は対照群のそれに比べ有意に高値を示した.【考察】 今回の結果,実験終了時の不動群のROMが対照群のそれに比べ有意に低値であったことから,拘縮の発生は明らかである.そして,不動群では皮膚の切開と筋の切除後もROM制限が残存しており,これは関節構成体にも拘縮の責任病巣が存在することを示唆している.先行研究によれば,正常関節の運動時の組織抵抗寄与率は関節構成体の中でも関節包が最も大きいといわれており,この残存したROM制限は関節包に由来するところが大きいと考えられる.そして,Picrosirius Red染色像の画像解析の結果は,不動群の後部関節包におけるコラーゲン増生を示しており,不動によって線維化が発生しているといえよう.そして,不動群に認められたalpha-SMA陽性細胞の出現率の増加は,筋線維芽細胞の増加を意味しており,これは不動によって惹起された後部関節包の線維化の発生に関与していると推察される.ただ,線維化の発生時期やその分子メカニズムは不明であり,今後の検討課題と考える.【理学療法学研究としての意義】 今回の結果は,ラット膝関節を屈曲位で4週間不動化すると後部関節包に線維化が惹起され,この変化には筋線維芽細胞の増加が関与する可能性が見出された.つまり,これらの結果は,関節包由来の拘縮の発生メカニズムの解明の一助になる成果と考える.
著者
廣重 陽介 浦辺 幸夫 榎並 彩子 三戸 憲一郎 井出 善広 岡本 健
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.FeOS3067, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】スポーツ現場で頻繁に遭遇する足関節外側靭帯損傷において、競技復帰が遅れる要因のひとつとして長期にわたる腫脹の残存があげられる。腫脹など受傷直後の炎症反応のコントロールにはRICE処置が用いられ、応急処置として浸透している。近年、組織修復促進効果があるとされている(Owoeyeら,1987、藤谷ら,2008)マイクロカレント刺激(Microcurrent electrical neuromuscular stimulation,MENS)もRICEと併用することがあり、筆者らも腫脹の軽減に有効であると考えている。しかし、MENSが腫脹軽減に効果があるというエビデンスは十分でなく、MENS単独での有効性を報告した文献は見当たらない。 本研究では、MENSが急性期に発生する腫脹を軽減するか否かを検討することを目的とした。【方法】対象は足関節外側靭帯損傷と診断され、視覚的に腫脹を認め、受傷後72時間以内、初回損傷、RICE処置を施していない患者22名とした。対象をMENS施行群(MENS群)11名(男性6名、女性5名)と非施行群(安静群)11名(男性5名、女性6名)に無作為に分けた。MENS群の年齢(平均±SD)は35.3±18.9歳、身長は162.9±11.2cm、体重は58.5±7.1kg、安静群の年齢は30.2±19.7歳、身長は163.3±7.5cm、体重は60.8±14.7kgであった。 説明と同意の後、水槽排水法にて足部・足関節の体積を測定した。その後、安静背臥位にて2個のパッド(5cm×5cm)を前距腓靱帯の距骨、腓骨付着部付近に貼付し、MENS群はMENSを20分間施行し、安静群は通電せず20分間安静を保った。再び体積を測定し、最後に医師から処方された理学療法を実施した。MENSにはDynatron950plus(Dynatronic Corporation,USA)のmicrocurrent modeを使用し、周波数0.5Hz、パルス幅1sec、刺激強度50μAとした。 測定値より、各群の体積、腫脹の程度およびその変化率を求めた。腫脹の程度は、水槽排水法による健常者の足部・足関節の体積は左が1.4%大きい(廣重ら,2010)ことを考慮し、非受傷側の体積から受傷側における受傷前の体積を算出し、これを基準とした。 統計学的検定として、各群におけるMENS前後、安静前後の腫脹の程度の差には対応のあるt検定を、MENS群と安静群との腫脹の程度の差、腫脹変化率の差には対応のないt検定を用い、危険率5%未満を有意とした。【説明と同意】対象には事前に研究の目的と方法に関する説明を十分に行い、紙面にて同意を得て測定を行った。本研究は当院倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号1001)。【結果】MENS群で、MENS施行前の足部・足関節の体積(腫脹の程度)は977.0±111.1ml(106.2±3.9%)、施行後の体積は967.2±107.0ml(105.2±4.1%)となり9.8±6.9ml(1.0±0.7%)減少した。(p<0.05)。安静群で、安静前の体積は911.4±167.1ml(106.5±3.4%)、安静後の体積は909.2±166.6ml(106.2±3.2%)となり2.2±4.7ml(0.3±0.6%)減少したが、有意差は認められなかった(p=0.16)。 各群の腫脹の程度に有意差は認められなかった(p=0.86)。 各群の体積減少率を比較すると、MENS群の体積減少率が有意に大きかった(p<0.05)。【考察】MENSについて、Gaultら(1976)が阻血性皮膚潰瘍患者に施行したところ治癒が早まったと報告して以来、様々な臨床効果が報告されている。森永(1998)は、MENSは微弱電流を通電することで組織損傷時に生じる損傷電流の働きを補い、ATPやたんぱく質の合成を速め、組織修復促進の効果が期待される物理療法であるとしている。従来の電気刺激がはっきりした通電感覚を与えるのに対し、MENSは感覚刺激のない微弱な電流を使用するため、不快感を与えることなく治療を行うことができる。 MENSの腫脹に対する効果を認める者もいるが、その客観的評価や基礎的なデータはほとんどみられず、効果に対して懐疑的意見もあった。しかし今回、足関節外側靱帯損傷患者の急性期においてMENS使用前後で足部・足関節の体積が有意に減少したことから、MENS単独でも腫脹の軽減に効果が認められた。 本研究における腫脹の軽減はそれほど大きくはなかったが、水槽排水法を用いた信頼性が高い方法(廣重ら,2010)で測定したため、少ない体積変化も正確に読み取ることができたと考えられる。 板倉(2008)は、足関節外側靭帯損傷後の理学療法(MENS+冷却)で10~26mlの体積減少を認めたと報告している。今回の減少量9.8±6.9mlを考慮すると、他治療との併用においてもMENSの腫脹軽減に対する効果は大きいと考えられる。 作用機序など分からないことが多いが、今後、臨床研究により様々な使用方法を検討していきたい。【理学療法学研究としての意義】MENSは足関節外側靱帯損傷患者の急性期において腫脹の減少に有効であり、早期復帰の一助と成り得ることが示唆された。
著者
村上 幸士 齋藤 昭彦 永井 康一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AcOF2028, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】近年、スポーツ現場や医療現場において、体幹の安定化を目的とした体幹深部筋群のトレーニングやそのメカニズムを解明するための研究が注目されている。また、リアルタイムに深部組織を、非侵襲的に確認できる超音波診断装置を使用した腹横筋の収縮を筋厚としてとらえる研究も行われている。その一方、腹横筋の収縮に伴う筋膜の変化や腰痛との関連性を比較する研究は少ない。本研究では、腹横筋の収縮による胸腰筋膜の変化を腰痛の有無にて比較することを目的として、腹横筋の筋厚変化と筋・筋膜移行部の変化を同一画像にて検証した。【方法】研究に対して、同意を得られた男性51名(22.9±4.0歳)を対象とした。まず、腰痛評価表にて、腰痛に対する問診・アンケートを行い、腰痛にて受診経験のある群(以下、A群)、ときどき腰痛を認めるが受診経験のない群(以下、B群)、腰痛を経験したことのない群(以下、C群)に分類した。次に、超音波診断装置(東芝社製NEMIO SSA-550A)での測定は、臍レベルに統一し、腹部周囲にマーキングを行い、画像での確認をもとに最終的なプローブ(7.5MHz、リニア形PLM-703AT)位置を決定した。測定肢位は腹臥位とし、安静時は腹横筋の先端(筋・筋膜移行部)を画像右端に合わせ、収縮時に変化する腹横筋をイメージングし、動画画像としてDVDに記録した。この時、腹横筋の収縮は、口頭指示および超音波画像による視覚的フィードバックにて行った。なお、すべての測定は左右行い、くじ引きにて順不同に実施した。記録した動画画像より画像編集ソフトWin DVDを用いて、静止画像を抽出し、画像解析ソフトImage Jを用いて、安静時および腹横筋収縮時の筋厚および画像左端と腹横筋先端との距離を測定し、変化量を算出した。これらの変化量に対し、一元配置分散分析およびBonferroniの多重比較検定を用い、各群を比較した。統計処理はSPSS version 10.0J for Windowsを用い、有意水準を5%とした。【説明と同意】得られたデータは研究責任者が責任を持って管理し、倫理的な配慮や研究内容・目的・方法および注意事項などを記載した研究同意書を作成した。この研究同意書を元に、個別に研究責任者が被験者に対し説明を行い、被験者が十分に研究に対し理解した上で必ず同意を求め、直筆での署名を得た。【結果】腰痛に対する問診の結果、被験者51名は、A群20名、B群17名、C群14名に分類された。左側、右側ともに、筋厚の変化量は有意差を認めなかった。一方、腹横筋先端の移動距離の変化量は、左側:A群2.0±1.6mm、B群5.1±2.3mm、C群5.1±1.7mm、右側:A群2.5±2.3mm、B群5.2±2.2mm、C群6.0±1.9mmであり、両側ともにA群に対し有意差を認め、いずれも低値を示した。【考察】腹横筋は、深部(中心部)に位置し脊椎分節を安定させるローカル筋システムに分類され、後方では胸腰筋膜に、前方では腹部筋膜に停止し、その筋膜系を介して腰椎骨盤の安定性に影響を与える。また、胸腰筋膜の中層の線維は腰椎横突起に収束し、椎骨の動きは筋膜の長さの変化に関係し、筋・筋膜移行部を外側方向に引く(緊張増加)ことで前額面上の運動をコントロールする。この胸腰筋膜の緊張には腹横筋の収縮が関与する。本研究の結果、B群およびC群では腹横筋の収縮(筋厚増加)に伴い筋・筋膜移行部の移動距離も大きくなり、胸腰筋膜は側方に引かれた。しかし、A群では、腹横筋の収縮(筋厚増加)に伴う筋・筋膜移行部の外側方向への動きが低下していた。この要因として筋膜自体の可動性の低下が考えられる。つまり、腰痛にて受診経験のある群では、腹横筋の収縮がみられても、胸腰筋膜を外側へ引くことができず、筋膜を介した脊椎の分節的安定性を得ることができない可能性が示唆された。今後は、腹横筋のトレーニングを効果的に行う目的でも、腰部(腰胸筋膜)へのアプローチが必要と考える。【理学療法学研究としての意義】最近では、超音波診断装置での測定が有用である腹横筋の筋厚測定などの体幹深部筋に関する研究が注目されている。しかし、胸腰筋膜を介して脊椎の分節的安定性に作用する腹横筋の収縮による筋厚増加を、胸腰筋膜の変化と同一画像にて比較する研究はあまり行われていない。さらに、腹横筋と筋膜の関係や腰痛との関連性を検討した研究は少ない。よって、同一画像にて測定した腹横筋の収縮による胸腰筋膜の変化と腰痛との関連性を明らかにすることは、腰痛の1つの影響因子や病態の把握がより明らかになると考えられる。今後、超音波診断装置にて腹横筋の筋厚を測定する時に、加えて、腹横筋の先端の移動距離まで測定を行い、胸腰筋膜の動きも分析することは,腰痛の影響因子や脊椎の分節的安定性を考える上で有用である。以上を本研究にて明らかにできた。
著者
細木 一成 丸山 仁司 福山 勝彦 鈴木 学 脇 雅子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AbPI2012, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】体幹筋の筋緊張軽減や、リラクゼーション効果を得る手段として乗馬療法やフィットネス機器のジョーバなどの先行研究が発表されている。第45回日本理学療法学術大会において立位、座位バランス能力が低下した方にロッキングチェアの自動振幅運動で同様の効果が得られるのではと考え、体幹後面筋の筋緊張が有意に低下することを発表した。今回、体能力低下や、認知症などによりロッキングチェアによる自動的振幅運動の遂行が困難な方を対象に他動的に振幅運動を行ない、自動振幅運動と同様に効果の有無を検討した。効果判定の手段として、他動的振幅運動前後のFFD(finger-floor distance)の変化を測定し、若干の知見を得たので報告する。【方法】被験者は都内理学療法士養成校に在学する腰部に整形外科的既往疾患のない成人男女10名(男性4名、女性6名、平均年齢21.2±0.8歳)とした。5分間の安静座位を取らせた後、床上を-とし0.5cm刻みでFFDの測定を行なった。次に被験者をロッキングチェア(風間家具のヨーロッパタイプ)上に安楽と思われる姿勢で着座させた。下肢を脱力し床に足底を接地した状態で、人為的に3分間前後に揺らすことを指示した。振幅させる周期は各被験者がロッキングチェアに着座した状態で起こる固有の振動数と同期させた。振幅の大きさは後方には足底を設置した状態が保て、前方にはバランスを崩し体幹後面筋に筋収縮が起こる防御姿勢を取らない範囲とし、3分間被検者が安楽に感じるように配慮した。ロッキングチェアでの運動後、施行前の方法でFFDの測定を行なった。運動前後のFFDおよび前方移動能力の値についてウィルコクソンの符号順位和検定を用いて比較検討した。有意水準は5%未満とした。なお統計処理には統計解析ソフトエクセル統計2008 for Windowsを使用した。【説明と同意】被験者に対し目的・方法を十分説明し理解、同意を得られた者のみ実施した。実施中に体調不良となった場合は速やかに中止すること、途中で被験者自身が撤回、中断する権利があり、その後になんら不利益を生じず、また個人情報は厳重に管理することを事前に伝えた。【結果】FFDは振幅運動前で平均-8.5cm±11.1cm、振幅運動後で平均-1.6cm±8.7cmと振幅運動後に有意に増加した(p<0.01)。【考察】FFDが有意に増加したのは、ロッキングチェアによる他動的振幅運動で、体幹後面筋に対する筋緊張の変化が得られたと考えられる。佐々木らによれば体幹の筋緊張、体幹回旋筋力といった体幹部分の機能異常や能力低下が、片麻痺患者の寝返り、起き上がりなどの動作を困難にすると述べ、柏木らによればFFDの増加を伴う体幹の柔軟性の改善は、高齢慢性有疾患者の活動性向上や、意欲向上が認められると述べている。これらより高齢慢性有疾患者の寝返り、起き上がりなどの基本動作能力、意欲の向上を考えると理学療法士が個別に行なう理学療法以外に、高齢慢性有疾患者自身もしくは家族が自主的に行なう運動が必要となってくる。このような運動は継続することが重要で、簡便さが必要になり負担が大きければ継続が困難となる。これらのことを考慮し簡便で安価に導入できるロッキングチェアの他動的振幅運動は、体幹筋の機能異常が原因で、寝返り、起き上がりなどの基本動作能力、意欲の低下している高齢慢性有疾患者に対して有効で、好影響を及ぼすものと推測する。【理学療法学研究としての意義】ロッキングチェアを使用した他動的振幅運動はFFDの増加を伴う後部体幹筋の柔軟性の改善に効果があり、高齢慢性有疾患者が自主的に行なう運動に対し有効であると考える。
著者
松本 剛 山口 元太朗 秦 大介 坂野 喜一 利倉 悠介 田上 友香理 上野 隆司
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.CcOF2079, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 肩関節後面筋のトレーニングは上腕骨の回旋運動を用いてトレーニングされることが多い。しかし、肩関節後面にある回旋筋の棘下筋、小円筋の走行を考えると、側臥位で肩関節屈曲位からの水平外転運動もトレーニングの方法として適切なものと考えられる。そこで今回水平内転方向の負荷をあたえ、側臥位にて肩関節屈曲角度を変えた状態で肩後面筋の筋活動を計測し、その筋活動を肩関節下垂位での外旋運動(以下1st外旋)と比較することで回旋運動を伴わない状態での肩関節後面の筋活動を明らかにすることを目的とした。【対象および方法】 対象は肩関節に愁訴のない男性18名(年齢24.4±3.9歳、身長173.6±5.8cm、体重67.6±11.1kg)で運動特性のない非利き手(全例右利き)を計測に用いた。測定肢位は側臥位にて仙骨部と足部を壁に接地し、体幹は20°屈曲位とし頚部と体幹の側屈、回旋はおこさないよう指示した。計測肢位は1st外旋位、肩関節60°屈曲位、90°屈曲位、120°屈曲位、150°屈曲位で前腕遠位部に重垂1kgを把持させ、それぞれ8秒間の等尺性収縮を計測した。被検筋は三角筋後部線維(DP)、小円筋(TM)、棘下筋(ISP)とし、得られた波形は2秒間の平均振幅を求め各筋の最大収縮時の値で正規化(%MVC)した。筋電計はMYOSYSTEM1400を用い解析にはMyoresearchを用いた。統計学的分析には二元配置分散分析および多重比較検定を用い有意水準5%未満とした。【説明と同意】本研究の対象者には研究前に主旨と方法を口述にて説明し書面にて同意を得た。【結果】 %MVCは各筋DP、TM、ISPの順に1st外旋位では、2.06±1.33%、3.67±1.55%、3.32±1.45%、60°屈曲位で11.35±6.46%、6.43±2.67%、4.36±1.74%、90°屈曲位で9.91±5.22%、7.40±3.73%、5.53±2.44%、120°屈曲位で、6.03±3.05%、7.86±6.06%、5.70±2.43%、150°屈曲位で7.58±4.15%、8.96±5.29%、5.78±2.47%であった。DPでは1st外旋位とすべての肢位、60°屈曲位と120°屈曲位150°屈曲位、90°屈曲位と120°屈曲位150°屈曲位において有意差を認めた(P<0.05)。TMでは1st外旋とすべての肢位、60°屈曲位と150屈曲位°に有意差を認めた(P<0.05)。ISPにおいては有意な差は認められなかった。DPは60°、90°屈曲位において活動量が増加し、1st外旋位は有意に活動量が減少していた。TMは120°、150°屈曲位で筋活動量が増加し、1st外旋で有意に減少していた。ISPは1st外旋と屈曲位との活動量に有意差はないが肩関節の屈曲角度の増加に伴い筋活動の増加が認められた。【考察】 DPは1st外旋位と比較すると他の全ての肢位に有意な活動量の増加がみとめられた。Reinoldらは側臥位での1st外旋は三角筋の活動を抑制した状態で棘下筋、小円筋を選択的に活動することができると報告している。今回の結果はこの報告の通り1st外旋位でのDPの活動は他の全ての肢位と比較すると活動量は減少していた。逆にTMは報告とは異なり1st外旋位での活動量が他の全ての肢位よりも増加した。またTMは60°屈曲位と比較すると150°屈曲位で有意に活動量が増加していた。TMは肩甲骨外側に起始部をもち上腕骨大結節外側部に停止部をもつ筋である。肩関節が挙上位になるとその距離は離れ筋の長さは長くなる。これによって仕事量が増加しTMの活動量が増加したと考えられる。DPは他に60°、90°屈曲位では120°、150°屈曲位と比較すると有意に活動量が増加していた。これはDPが起始部を肩甲棘、停止部を三角筋疎面にもち肩関節60°、90°屈曲位での水平内転方向への負荷は起始部と停止部が直線上にあり、筋の走行に対して垂直方向に負荷がかかるため活動量が増加したと考える。120°、150°屈曲位で活動量が減少した理由は上腕骨が挙上するにつれて肩甲棘に起始部をもつDPは起始部と停止部が近く、筋の走行が一直線にならず水平方向へ参加する筋線維の量が減少したためと考えられる。ISPは肩関節が挙上するに伴い活動量も増加傾向をしめしたが、有意な差はなかった。これはISPが起始部を肩甲骨棘下窩という広範囲にもつこととKuechle、Kuhlmanらは中部繊維や下部繊維の大きさは外転により顕著な差が生じず、上肢挙上に伴い筋の発揮する力は小さいことから、肢位に関わらず最も強力な外旋筋であると報告していることから肩関節屈曲角度の増加に伴い筋の長さが長くなり増加傾向をしめしたが、有意な差がみとめられなかった一因と考える。【理学療法学研究としての意義】 臨床場面において肩関節屈曲方向の可動域獲得ができれば回旋運動を伴わずとも肩後面の筋活動を高めることができる。等尺性の筋力トレーニングでは負荷量だけでなく起始停止の位置つまり、筋の走行を考慮した様々な角度、肢位で実施することが重要である。