著者
大原 重洋 廣田 栄子 大原 朋美
出版者
一般社団法人 日本聴覚医学会
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.198-205, 2020-06-30 (Released:2020-07-16)
参考文献数
20

要旨: インクルーシブ環境にある聴覚障害児童・生徒7名 (平均聴力レベル78.9 ± 18.6dBHL : 52.5~107.5) を対象に, 無線補聴システムの効果について検討した。雑音負荷語音明瞭度検査と, 主観的評価 (視覚的アナログスケール: VAS, 聞こえの感覚尺度: SSQ) を用いて評価した。その結果, 無線補聴システムの使用により, 雑音下の語音聴取能力が10~20%向上した。 同システムによる改善効果は, 高い雑音負荷条件 (SN 比 0~-5dB) で顕著であった。一方, 主観的評価 (VAS) による教室での聴取改善率は40%と高く, 改善の背景として, 話者音声の聴取努力 (SSQ) の低減の効果が考えられた。無線補聴システムの評価では, 雑音負荷語音聴取成績に加え, 児童・生徒の教室場面での主観的な評価を用いることの有効性を指摘できる。
著者
久場 博司
出版者
日本聴覚医学会
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.59, no.4, pp.211-217, 2016

<p>要旨: 我々が音の来る方向を聞き分ける (音源定位) 際には, 左右の耳に達する音のマイクロ秒レベルの時間差 (両耳間時差) が, 脳の聴覚神経回路で検出される。 この聴覚神経回路には, 音の周波数に応じた分子・細胞レベルでの様々な分化がみられる。 例えば, 聴神経からの時間情報を中継する蝸牛神経核では, シナプスの伝達様式とイオンチャネルの発現量が異なることにより, 周波数帯域間での神経活動の時間揺らぎの違いが補正され, 正確な時間情報の伝達が可能になる。 一方, 左右の蝸牛神経核からの時間情報を比較することで, 時間差情報の検出を行なう神経核では, イオンチャネルの発現量と局在が異なることにより, 周波数帯域に応じた入力頻度の違いに関わらず正確な時間情報の比較を行うことができる。 このように, 脳の聴覚神経回路の形態と機能は, 音の周波数に応じて異なり, このことにより正確な両耳間時差の検出が実現されている。</p>
著者
白井 杏湖 河野 淳 齋藤 友介 冨澤 文子 野波 尚子 太田 陽子 池谷 淳 塚原 清彰
出版者
一般社団法人 日本聴覚医学会
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.61, no.6, pp.576-582, 2018-12-28 (Released:2019-01-17)
参考文献数
26
被引用文献数
1

要旨 : 人工内耳 (以下 CI) を装用する中学生40人を対象に, 相対式学力検査である教研式 NRT (国語) を実施し, 5段階評定値 (評定5が最良) を確認するとともに, CI 手術時年齢, CI 装用期間, 直近の CI 装用閾値および語音聴取能, WISC で評価した動作性知能 (以下 PIQ) ならびに言語性知能 (以下 VIQ), 在籍する学校種, との関連について検討した。国語学力の評定値は,「読み」「書き」ともに評定2が最も多かった。国語学力と, CI 手術時年齢, 装用期間, 装用閾値および聴取能においては, 有意な相関を認めなかった。他方, 国語学力と VIQ および PIQ, 学校種は有意に関連していた。「読み」では PIQ と r=0.4, VIQ と0.6,「書き」では PIQ と0.6, VIQ と0.7,「読み」と学校種は0.50で相関が示された (p<0.01)。しかしながら, 偏回帰分析により VIQ の影響を固定すると, 学校種と「書き」との関連は消失した。
著者
和田 哲郎 廣瀬 由紀 西村 文吾 星野 朝文 上前泊 功 田渕 経司 大久保 英樹 原 晃
出版者
Japan Audiological Society
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.61-67, 2012
被引用文献数
1

平成13年の医師法の一部改正により聴覚障害者が医師になることが可能となった。しかし, 医学教育で求められる極めて多くの情報を, どのように聴覚障害医学生に伝えるかという方法論は確立されておらず, 公的な支援制度もない。我々は, 上記の医師法改正後, 全国で3人目となる聴覚障害医学生を受け入れた。様々な関係団体と協力し, 本人の日常コミュニケーション手段である手話あるいはパソコン要約筆記を用いて情報保障に努めた。講義にはパソコン要約筆記が, 臨床実習では手話通訳が有効であった。しかし, 専門用語など特殊な内容が多いため, 対応可能な手話通訳者の養成と確保などの課題も明らかとなった。スムーズな支援のためには, 1) リーダーシップ, 2) きめ細かな連絡, 3) 信頼関係が鍵になると考えられた。個々の障害学生の希望と教育環境によって対応は変わってくると考えられるが, このような経験が蓄積, 共有され, 今後の聴覚障害学生教育の一助となることを希望し報告する。
著者
立木 孝
出版者
Japan Audiological Society
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.53, no.6, pp.653-663, 2010

ストレプトマイシンの発見以来, 我が国では結核の死亡率が著明に減少したが, 同時に副作用としての難聴が発生した。ストレプトマイシンによる難聴は個人差が大きく, 難聴になる人は少なくても, 高度の難聴になった。難聴の症例が増加するうちに, その中に同じ家族, 或は家系内に複数の難聴者が発生する場合が少なくないことがわかった。いわゆる家族性ストマイ難聴である。<br>家族性ストマイ難聴症例の家系図を仔細に検討するうちに, 難聴者は必ず母系に発生する (母からのみ伝わり, 父からは伝わらない) ことがわかった。母系に遺伝する遺伝病として, ミトコンドリアの異常が検討され, その結果, ミトコンドリアDNAの1555変異によるものと判明, 家族性ストマイ難聴は遺伝疾患であると結論された。更に家族性ストマイ難聴の家系メンバーを詳細に検討して行くと, その中にはストマイを使用せずに同じような難聴になる人がいて, その数は必ずしも少なく無いことがわかった。その結果, ストマイ難聴は, 生まれながらの内耳の素因 (家族性内耳性難聴) を持つ者にストマイが絡んで生じたもの, という考えが生まれた。家族性内耳性難聴自体は必ずしも母系ではないので, 「ストマイ難聴が家族性にあらわれる母系の難聴」, 更に今後ストマイなき時代の家族性ストマイ難聴, はどう出現するのか, 臨床聴覚学のひとつの問題である。
著者
小関 芳宏 大内 利昭 神崎 仁
出版者
Japan Audiological Society
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.33, no.2, pp.186-192, 1990-04-28 (Released:2010-04-30)
参考文献数
7
被引用文献数
1 1

聴力正常な成人6名12耳を対象として自発耳音響放射 (s-OAE) と誘発耳音響放射 (e-OAE) のFFT解析を行い, 両者の関係について検討を行った。 s-OAEは4耳に認められ, その周波数は, e-OAEが最も明瞭に記録できる周波数とほぼ一致していた。 また, この4耳では持続性e-OAEを示した。 等刺激音圧下e-OAE音圧曲線, 予想及び実測e-OAEパワースペクトラム, e-OAEのFFT解析の結果から, e-OAE記録時には, s-OAEの周波数においてe-OAEが出現し易い傾向が認められた。 無刺激音時におけるs-OAEの時間軸の平均加算記録結果からは, 本e-OAE記録系におけるs-OAEのsynchronizationは無いと考えられた。 また, 刺激音の位相を変化させた場合には, s-OAEの周波数おけるe-OAEは, 刺激音の位相に対応して出現していた。 以上より, s-OAEが認められる耳では, 刺激音がトリガーとなり刺激音とs-OAEのsynchronizationが起き, 持続性e-OAEとして記録されると推測された。
著者
中川 尚志
出版者
一般社団法人 日本聴覚医学会
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.123-135, 2015-04-28 (Released:2015-09-03)
参考文献数
67

要旨:蝸牛生理機能は Davisのbattery theory に代表される電気生理と Békésy の travelling wave を起点とする蝸牛内の力学的特性の二つの側面からの解析が共同し, 進歩してきた。音響機器としてみると 100dB を超える広い dynamic range と 100kHz という極めて高い周波数まで受容する特性を有する。蝸牛は①音情報の神経情報への機械電気変換機能, ②周波数分析装置, ③増幅器 (active process) の三つの働きを有している。音は振幅, 周波数, 位相の三成分からなる。蝸牛によって分析された音の三成分は, 振幅を神経の発火頻度, 周波数を蝸牛神経の部位, 位相は 2kHz 以下では蝸牛神経の活動電位の発火のタイミング, 中高音域では時間による変化である envelope 情報として, 中枢へ伝えられる。詳細な知見をまじえて, これらの機能を概観し, 内耳性難聴の病態を蝸牛生理機能より解説した。
著者
川瀬 哲明
出版者
一般社団法人 日本聴覚医学会
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.61, no.3, pp.177-186, 2018-06-30 (Released:2018-08-11)
参考文献数
26

要旨: 聴覚系は音情報の処理システムである。難聴を訴えて受診する患者の診察では, 聴覚系の各パーツの病理を分析的に考えるとともに, それらの病理が聴覚系全体へ与える影響を統合的に考慮する, 局所と全体の視点からの理解が重要となる。本稿では, 聴覚系の代表的パーツ (外有毛細胞, 内有毛細胞―蝸牛神経シナプス, 中枢聴覚情報処理機構) の病理に起因する聴覚障害について概説した。1) 外有毛細胞障害では, 典型的な「内耳障害」の像 (補充現象を伴う閾値上昇) を呈すること, 2) Auditory Neuropathy とHidden Hearing Loss は, いずれも内有毛細胞―蝸牛神経シナプスの病理が一因となっているが, 前者では神経スパイク情報の同期障害 (質的障害) が, 後者では閾値が高いニューロンの量的障害が中心病態として推察されること, 3) 聴覚情景分析メカニズムの障害は, 聴覚情報処理障害の一因となりえること, などを紹介した。
著者
杉浦 彩子 サブレ森田 さゆり 清水 笑子 伊藤 恵里奈 川村 皓生 吉原 杏奈 内田 育恵 鈴木 宏和 近藤 和泉 中島 務
出版者
一般社団法人 日本聴覚医学会
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.69-77, 2021-02-28 (Released:2021-03-20)
参考文献数
23

要旨: 補聴器がフレイルに与える影響を明らかにすることを目的に, 補聴器導入前と補聴器導入約半年後に基本チェックリスト (Kihon Check List: KCL) を実施し, その変化について検討した。 補聴器装用歴のない60歳以上の補聴器外来初診患者64名において, 補聴器導入前後における KCL 総得点の平均は, 装用前が5.1点, 装用後が4.9点で, 有意な変化は認めなかった。KCL の下位項目である日常生活関連動作, 運動器機能, 低栄養状態, 口腔機能, 閉じこもり, 認知機能, 抑うつ気分も有意な変化は認めず, KCL の質問項目それぞれについての検討で, 質問1(公共交通機関での外出) のみ有意な変化を認めた。KCL 総得点がロバスト方向へ変化した群としなかった群の特性の違いについて検討したところ, 補聴器導入前の KCL 総得点が高得点であること, 良聴耳聴力がよいことが有意にロバスト方向への変化と関連していた。一方, KCL 総得点のフレイル方向への変化の有無における特性は明らかでなかった。
著者
鈴木 恵子 井上 理絵 梅原 幸恵 秦 若菜 清水 宗平 佐野 肇 中川 貴仁 山下 拓
出版者
一般社団法人 日本聴覚医学会
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.196-204, 2019-06-30 (Released:2019-07-17)
参考文献数
23

要旨: 高齢期難聴への介入方法を検討するための資料を得る目的で, 通所リハビリテーション利用中の難聴高齢者 (良聴耳 35dB 以上) を対象に補聴器試聴を行った。38例中7例は既に自機を装用中であった。未装用の31例中9例が補聴器試聴を受諾し, 7例が3か月間の試聴を継続して5例が自機購入に至った。既装用群は未装用例と比べ難聴重症度が高かったが, 受諾群と非受諾群の聴力には有意差なく, 悪い条件下の語音の聴取で, 受諾群が非受諾群より聞こえにくさを強く自己認識しており, 補聴器に関心を持つ率も高かった。補聴効果はテレビ音声や会話の聴取に加え, 環境音やことばの超分節的要素の聴取に及び, 言語理解の制限された失語症例においても情緒的な安定や意思疎通の改善として表れた。要介護, 要支援高齢者の聴覚スクリーニングの必要性が示唆されるとともに, 補聴器の試聴さえ受け入れなかった非受諾群を補聴に誘導する方策の検討が次の課題として残された。
著者
大金 さや香 城間 将江 小渕 千絵 榎本 千江子 加藤 秀敏 加我 君孝 原島 恒夫
出版者
一般社団法人 日本聴覚医学会
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.65, no.6, pp.574-583, 2022-12-28 (Released:2023-01-18)
参考文献数
21

要旨: 人工内耳装用の後天性聴覚障害成人 (以下成人) 28名と先天性聴覚障害小児 (以下小児) 34名に対し, 旋律に関連する知覚能力と旋律の識別方略の特徴を検討する目的で, ピッチ識別, 3音のピッチパターン識別, 旋律識別の課題を実施した。その結果, 小児ではピッチ識別, ピッチパターン識別は有意に良好で, 旋律識別は両群共に困難であった。旋律の誤答分析から, 成人では同リズム内での誤答が多くリズムによる識別方略を有効に使用していたと推察されたが, 小児では一定の誤りの傾向は見られず, 課題の旋律がピッチやリズムを主体とした旋律としては学習されていないことが推測された。ピッチ識別は, 重回帰分析により先天性小児期 CI か後天性成人期 CI かの違い, 及び語音弁別能が関与している可能性が示唆された。今後, 旋律知覚のメカニズムの特徴を明らかにし, それぞれの特徴に配慮した音楽の聴取方法や楽しみ方など検証する必要があると考えられた。
著者
三瀬 和代 白馬 伸洋 暁 清文 田原 康玄 伊賀瀬 道也 小原 克彦 三木 哲郎
出版者
一般社団法人 日本聴覚医学会
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.54, no.6, pp.671-677, 2011 (Released:2012-02-09)
参考文献数
11
被引用文献数
2 1

当院の老年内科が「抗加齢ドック」を実施しているのに呼応し, 当科でも2009年12月に「聴力ドック」を立ち上げ, 抗加齢ドックと連携して予防医学的観点から加齢性難聴の研究を始めた。聴力ドック開始から7か月間に, 抗加齢ドック受診者216名のうち96名 (44.4%) が聴力ドックを受診した。聴力ドックの受診は60歳代から増加する傾向にあり, その受診理由は「難聴の自覚」が最も多かった。抗加齢ドックで実施している脈波伝搬速度 (PWV) や頸動脈内膜中膜複合体肥厚度 (IMT) の結果と周波数ごとの聴力レベルとの関係を重回帰分析したところ, PWVでは8kHzの聴力レベルと, IMTは4kHzと8kHzの聴力レベルと有意な関連が認められた。この結果は, 高齢者の高音域聴力低下に動脈硬化が関与していることを示唆する。
著者
下方 浩史
出版者
Japan Audiological Society
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.51, no.3, pp.177-184, 2008-06-30 (Released:2010-08-05)
参考文献数
9
被引用文献数
6 5

聴力の加齢に伴う変化は個人差が大きく, その個人差には, 内的要因としての遺伝子多型と数多くの外的要因の関与が考えられる。これらを明らかにしていくことが, 高齢者の聴力の低下を予防して, 高齢者が豊かな老後を過ごすために重要である。われわれは名古屋市内の12万人の18年間にわたる大規模な追跡のデータから, 聴覚の加齢変化を確認するとともに, 国立長寿医療センターで行っている住民調査の結果をもとに, 高齢者の聴力に個人差を生じさせる因子を中心に解析を行った。加齢によって聴力は高音域ほど低下し, 男性は女性よりもその影響が大きかった。また1989年以降の18年間ですべての年代で聴力は低下していた。聴力の加齢変化には遺伝子多型の影響が大きかった。糖尿病, 虚血性心疾患, 腎疾患などの慢性疾患が聴力と関連しており, 特に動脈硬化との関連が大きかった。また騒音曝露, 喫煙と聴力との関連が認められた。