著者
高屋 康彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.2, pp.131-144, 2011-03-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
39
被引用文献数
3

花崗岩地形の形成過程を理解するためには, 酸性条件下の化学的風化で生成される二次生成物の特徴をとらえる必要がある.そのため本研究では, 風化変質実験を実施した.実験では同一形状に整形した花崗岩および鉱物4種(黒雲母, 斜長石, アルカリ長石および石英)と酸溶液とを56日間反応させ, 試料表面の化学組成をXPSで求めた.低pH条件下の花崗岩の変質では, 黒雲母が顕著に溶解してケイ素酸化物(水酸化物)が形成された.中性から弱酸性条件下では, 斜長石の溶解によるpH増が黒雲母からの鉄酸化物(水酸化物)の沈殿を促進した.同時に, 黒雲母の溶解による水溶液中のMgなどの陽イオンの存在が斜長石の変質におけるアルミニウム酸化物(水酸化物)の沈殿を遅らせた可能性がある.このような構成鉱物間の相互関係は, 黒雲母の反応性を高めている.野外での花崗岩風化の特徴の一つである鉄錆の生成は, 斜長石の溶解によって促されることが明らかになった.
著者
青山 雅史
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.1, pp.44-60, 2011-01-01 (Released:2015-01-16)
参考文献数
50
被引用文献数
1 1

飛騨山脈南部槍・穂高連峰における山岳永久凍土の有無およびその分布状況を明らかにするため,小型自記温度計を用いて,気温および地温の観測をおこなった.気温観測の結果,槍・穂高連峰主稜線上は不連続永久凍土帯の気温条件下にあることが判明した.また,地表面温度観測の結果,本山域のカール内に存在する岩石氷河や崖錐斜面上の多数の地点における晩冬季の積雪底地表面温度(BTS)の値は,それらの地点に永久凍土が存在する可能性があることを示した.特に,大キレットカール内の岩石氷河上では,永久凍土が存在している可能性が高いことを示すBTSや年平均地表面温度などの値が複数年にわたって得られた.地表面が特に粗大な礫から成る地点では,冬季の地表面温度の低下が他地点よりも顕著であった.これは,冬季に粗大礫の上部が積雪面上に露出し,その露出部が寒冷な外気により冷却され,礫自体の冷却が進行していくことによりもたらされたものと考えられる.
著者
増山 篤
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.6, pp.585-599, 2010-11-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
23

本稿の主目的は,一つの地域が空間的に連坦し,最大限均質な部分地域へ区分される必要条件を導くことである.地理学では,部分地域が連坦し,最大限均質になるという2条件を満たす地域区分がしばしば試みられる.こうした区分のために,さまざまな方法が提案されてきたが,先の2条件を厳密に満たすものはない.2条件を満たそうとする地域区分は,最適化問題としてとらえられる.一般に,最適化問題の解法は最適解が満たす必要条件に基づく.地域区分に関しても最適性の必要条件があれば,期待するような部分地域を見出すのに有用と考えられる.そこで,2条件を満たす地域区分となる必要条件を理論的に導出し,その必要条件に基づく地域区分方法について検討した.その結果,まず,等値線に従う区分が,必要条件を満たすことが分かった.また,等値線の組合せによって,二つの条件を厳密に満たすのは困難だが,従来の方法を上回る区分が期待できることが示された.
著者
與倉 豊
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.6, pp.600-617, 2010-11-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
40
被引用文献数
1 2

本稿は,グローバル企業の知識結合に着目し,日本企業による外資導入の実績に関する資料を基に,社会ネットワーク分析を用いて組織間の関係構造を考察した.さらに共分散構造分析を用いて,知識結合に基づく企業間ネットワークの特性と,企業のパフォーマンス(経済的成果)との関連性について検討した.分析の結果,製造業18業種がコンポーネント数や平均次数といったネットワーク統計量の差異によって六つのグループに類型化された.ノード数が多く複雑なネットワークを,ブロックモデルを用いて縮約化することによって,知識結合において重要な役割を果たすグローバル・ハブが抽出された.また,多母集団同時分析によって,ネットワークの関係構造において優位な位置にあるノードほど,財務諸表で測られる企業のパフォーマンスに対して正の影響を与えることが示された.さらに,医薬品や電気機器,自動車等,精密機械など科学的・分析的知識を必要とする業種ほど,ネットワーク優位性の影響が強く働くことが明らかになった.
著者
瀬戸 真之 須江 彬人 石田 武 栗下 正臣 田村 俊和
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.3, pp.314-323, 2010-05-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
27
被引用文献数
5 2

福島県の御霊櫃峠(約900 m)には,西北西の強風にさらされることが多い斜面に構造土が存在する.この構造土は,扁平礫が露出した帯と植生が密生した帯とが,数十cm~2 mほどの間隔で交互に配列している.両方の帯とも傾斜方向にかかわらず,ほぼ西北西–東南東の卓越風向に伸びる.伸びの方向が最大傾斜方向と直交する所では階状土,一致する所や傾斜が緩い所では縞状土の形状を示し,本稿では「植被階状礫縞」と呼ぶ.本研究では,低標高山地斜面に構造土が発達する点に注目し,その詳細を記載した.階状土部分の断面では,階段状を示すのは堆積物上面のみで,堆積物と基岩との境界面はほぼ一様の傾斜で,地表の礫は植被に乗り上げている.植被階状礫縞は,強風により積雪を欠く裸地で植被が卓越風向に平行な縞状に発達し,凍結・融解で傾斜方向に礫が移動し,卓越風向にほぼ直交する向きの斜面では植被に堰き止められ,ほぼ一致する向きの斜面ではそのまま移動して形成されたもので,現在も発達中と考えた.
著者
小島 大輔
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.6, pp.604-617, 2009-11-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
33
被引用文献数
3 3

本稿では,日本人のカナダ旅行の発展に伴う日本人向け現地旅行業者の活動の展開に着目し,旅行目的地とその供給体系との関係について分析を行った.1970年代まで,日本人のカナダ旅行の供給体系はアメリカ旅行の供給体系のサブシステムだった.カナダでは主に現地の日系人が設立した旅行業者が媒介部門の役割を担い,日本人の旅行目的地においてカナダ西部と東部は,それぞれアメリカ西部と東部のそれに統合されていた.1980年代になると,東西両地域を含んだ旅行商品の大量供給や夏季以外の旅行商品の開発が行われた.また,日本人カナダ旅行者の急増に伴い,柔軟な催行体制を用いた日本系旅行業者の進出によって,アメリカ旅行の供給体系から独立したカナダ旅行の供給体系が構築された.1990年代後半の日本人カナダ旅行者数のピーク以降,日本から進出した日本系旅行業者は,季節変動に対し労働力の数量的・機能的柔軟さを高め,その存続を図っている.
著者
佐藤 仁
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.6, pp.571-587, 2009-11-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
50
被引用文献数
1 2

本稿の目的は戦前から戦後にかけての日本の資源論をレビューした上で,そこに通底する考え方を明らかにし,資源論の独自性を確認することである.資源論のサーベイは過去20年以上行われておらず,地理学においても資源論という分野名称は 1990年代にはほぼ消滅した.しかし,かつての資源論には,今なお評価すべき貢献が多く残っている.本稿では,特に資源論が盛んであった1950年代から1970年代にかけての議論,特に石井素介,石光 亨,黒岩俊郎,黒澤一清といった資源調査会と関わりの深かった論者の総論部分を中心に取り上げ,そこに共通する考え方や志向性を紡ぎだす.筆者が同定した共通項は,1)資源問題を社会問題として位置づける努力,2)現場の特殊性を重視する方法論,3)国家よりも人間を中心におき,国民に語りかける民衆重視の思想,である.経済開発と環境保護の調和がますます切実になっている今日,かつての資源論に体現された総合的な視点を新たな文脈の中で学び直すべきときが来ている.
著者
宮 由可子 日下 博幸
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.4, pp.346-355, 2009-07-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
22
被引用文献数
1 2

関東平野で冬季に吹く局地風「空っ風」について気候学的な解析を行い,日変化や鉛直構造を明らかにした.結果は以下の通りである.①空っ風日の地上風は明瞭な日変化を示す.関東平野の北西~西北西風の卓越する地域では,日中の風速は冬期平均の2倍近くに達する.②空っ風日の境界層上部の風速は昼前に小さく,夕方に大きくなる.③空っ風日の大気の安定度は冬期平均のそれに比べて弱い.これらの特性は,空っ風日には多くの運動量が地上まで輸送されていること,空っ風が熱対流混合風の性格を持っていることを示唆している.④空っ風日の相対湿度・日降水量は日本海側で高く関東平野で低い.1日当たりの日射量は日本海側で少なく関東平野で多い.これらの傾向は冬期平均に比べてより顕著である.以上の結果は,空っ風がフェーン現象を伴っており,この現象がもたらす晴天が混合層の発達をより助け,熱対流混合層の性格をより強めていることを示唆している.
著者
渡邉 英明
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.1, pp.46-58, 2009-01-01 (Released:2011-05-12)
参考文献数
49
被引用文献数
2

本稿では,江戸時代における定期市の新設・再興の実現過程について,幕府政策との関係に注目して考察した.幕府機関は,市場争論の裁定において,新市を規制する方向で政策を運用している.その中で,新市実現への道は2通りあった.一つは,新市を出願し,近隣市町への影響がないと承認されること,もう一つは,開催の既成事実を経年的に積み重ねることである.手続きを踏まえない新市は,近隣市町から訴えられれば差止めとなるが,近隣市町が黙認する限り公儀は積極的に介入しなかった.開設経緯が不詳の定期市のいくつかは,こうした過程で実現したことが想定される.また,定期市の再興も,新設に準じる行為と認識されていたが,定期市開催の由緒を証明できる市町の場合,公儀に願い出た上で再興が実現された例も確認できる.その際には,周辺市町への周知が行われ,再興を承認する請証文が回収された.
著者
曽我 とも子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.92, 2009

福原は12世紀末に平清盛が造成した都で,安徳天皇の行幸から半年で平安京に還都した上,後に建造物は全て焼き払われた。このため,都市としての福原の姿を詳細に再現することは難しい。本研究は,福原に造営された安徳天皇新内裏の位置を陰陽五行思想の考え方をもとに推測した。<BR> 清盛は福原の鎮護のために多くの神社を勧請した。そのうち新内裏造営にあたり注目すべき2つの神社がある。比叡山になぞり,日吉山王権現(大山咋神)を祀った丹生山の丹生神社と,都の鬼門よけに京都の北野天満宮を勧請した北野天満神社である。新内裏の位置と推定する荒田町から,丹生山は陰陽五行思想で天を表し,最も神聖視される西北方位にある。荒田町から東北に位置する北野天満神社の神使は牛,神紋は松である。松と牛を合わせると,「松=八白」「牛=土星」で「八白土星」となり,八白土星の方角は丑寅である。<BR>丹生山から南東方向に直線を引くと,線上に菊水山,大山咋神社,荒田八幡神社,および大輪田泊にあった七宮神社が位置する。北野天満神社から南西に引いた線上には宇治野山(熊野神社),大倉山が位置する。この2線の交点が新内裏であった可能性が高い。<BR>道教思想において北極星に次いで重視されたのが北斗七星で,北極星を中心とした北斗と南斗の角度が約67度である。<BR>丹生山と,北野天満神社から引かれた線の交点は約67度となり,この67度の地点を新内裏(北極星)とし,丹生山にある丹生神社を南斗六星,北野天満神社を北斗七星とみなして配置したと考えられる。
著者
野澤 一博
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.352-373, 2020 (Released:2020-12-25)
参考文献数
57
被引用文献数
1

イングランドでは,2011年の地域産業パートナーシップの組成以降,都市協定,成長協定,権限移譲協定,合同行政機構の組成,公選制市長などと立て続けに政策が展開されている.本稿では,地域産業パートナーシップ設立以降のイングランドにおける権限移譲政策の展開を明らかにし,地域がどのように国の政策を受容し,どのように変容していったかについて明らかにすることを目的とする.事例として取り上げた北東イングランドでは,ノース・オブ・タイン,北東,ティーズバレーの三つの合同行政機構が形成された.合同行政機構は,新市場主義において都市地域の集積効果を利用した経済開発のために生み出された新しいガバナンスであり,その管轄領域は,政府との協定により権限が積み重なられることにより正当化されている.
著者
森野 友介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.88-101, 2014

スクリーンスケイプはスクリーンの映像だけではなく,その背後にあるさまざまな事象とその構造を含んだ概念である.この概念を用いることで現実の空間とサイバースペースの垣根を越えた研究が可能であり,双方の空間にわたる情報化社会にアプローチすることができる.映像の背後には技術,マーケティング,社会状況,コミュニケーションの4種類の要素がある.本稿では2Dのビデオゲーム空間の視点に注目した分析と聴き取り調査を行うことで,主に技術やマーケティングに関する調査を行った.その結果,コストと技術の制約の中でクリエイターは性能を最大限に活かす努力を行ってきたこと,技術の発展に伴い,ビジネスモデルが複雑化し,マーケティングの影響が徐々に強くなり,ビデオゲームの内容も変化したことが分析できた.このように,技術とマーケティングの影響を受けつつビデオゲームのスクリーンスケイプが発達したことが明らかになった.
著者
埴淵 知哉
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.127-135, 2016 (Released:2016-03-15)
参考文献数
5

本論文の目的は,『地理学評論』の掲載論文および著者にみられる特徴とその変遷について,基礎的なデータを提示することである.1980年から2013年までの掲載論文を対象として,年齢・性別・所属・身分という四つの著者属性と,分野・種類・著者数・原作という四つの論文属性を取り上げ,論文数の分布とその時系列変化を集計・分析した.その結果,多くの論文と著者属性およびそれらの組み合わせに時系列変化がみられ,「女性」「大学院生」の著者の割合の変化や,「人文」「短報」「共著」「学位」論文の割合の増加傾向,また,投稿–受理期間の長期化といった特徴的な変化が示された.これらの変化をもたらした制度的・環境的要因を検討することが,今後の課題として指摘された.
著者
和田 崇
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2018年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.53, 2018 (Released:2018-12-01)

スポーツの地理学的研究は19世紀から散発的に行われてきたが,その数が増加したのは1960年代になってからである。それ以降,地域差の記述から計量分析,人文主義的考察,知覚分析,GISの活用へと,地理学全体の動向に対応するかたちで研究が断続的に行われてきたが,スポーツは一貫して地理学の周辺領域に位置づけられてきた。しかし,スポーツは現代では経済的・社会的・政治的に重要な役割を果たすようになっており,空間や場所はスポーツの重要な要素となることから,地理学的な立場・観点からスポーツ研究を行う意義・必要性は高まっている。以上を踏まえ,本研究は,英語圏諸国におけるスポーツを対象とした地理学的研究の動向を整理し,主な論点を提示することで,日本におけるスポーツの地理学的研究への示唆を得ることを目的とする。 1960年代以降の英語圏諸国においてスポーツの地理学的研究を牽引したのは,「スポーツ地理学の父」と呼ばれるアメリカ人地理学者ルーニーRooneyである。彼は,スポーツの起源,伝播,地域差,組織,景観などの分析の必要性を提起し,計量分析の手法を用いて,主に合衆国におけるスポーツ活動の地域差を分析した。その集大成がAtlas of American Sportsであり,各競技組織のデータをもとに合衆国における82競技の普及状況を地図に表すとともに,13地域各々のスポーツ活動の特徴を記述した。 ルーニーに続いて,英語圏諸国のスポーツ地理学を牽引したのがイギリス人地理学者ベイルBaleである。彼もイギリスにおけるスポーツ活動の地域差の描出から研究を始めたが,次第に研究関心を広げ,サッカースタジアムの立地と地域への影響,選手のキャリアと地域間移動,スポーツ景観,スポーツを通じたトポフィリアの形成など,人間と場所に着目した人文主義的な研究成果を次々と発表した。また彼は,スポーツ地理学の確立を目指して,概ね10年おきにスポーツ地理学の研究動向と課題を整理した著作を発表した。このうちBale(2000)は,1960年代以降のスポーツの地理学的研究について,①ルーニーらを中心とするスポーツ活動の地域差を描き出す研究に加え,②スポーツの伝播や選手の移動,フランチャイズの移転など空間的流動に関する研究,③スポーツイベントやスタジアム建設が地域に与える影響に関する研究,④文化地理学や社会地理学の分析枠組を用いたスポーツ景観に関する研究,の4つに分類した。 ルーニーそしてベイル以降のスポーツ地理学は,商業化・グローバル化の進展という時代の変化を踏まえつつ,実証的研究が積み重ねられてきた。このうち②については,サッカーや野球,陸上競技などを例に,(エリート)スポーツ選手の国際的移動のメカニズムがグローバル・バリュー・チェーン(GVC)やグローバル・プロダクション・ネットワーク(GPN),ソーシャル・キャピタルなどの概念を用いて説明されたりしてきた。③については,スタジアム建設が地域社会に与えるプラスの効果とマイナスの影響が距離減衰効果やNIMBYの概念を用いて検討されたり,オリンピックやサッカーW杯などの大規模イベントが都市再生や地域社会にもたらすプラスの効果(知名度向上,集客促進,スポーツ振興など)とマイナスの影響(ゴーストタウン化,社会的弱者の排除など)が考察されたりしてきた。④については,ルフェーブルLefebvreの空間的実践や差異空間などの概念を用いてプレイヤーの身体と競技施設の関係性が考察されたり,トゥアンTuanのトポフィリアの概念を用いて住民等のチームやスタジアム,街に対する愛着が説明されたり,スリフトThriftの非表象理論を用いて身体運動を分析する必要性が指摘されたりしている。Koch(2017)は,これらの研究をさらに進めるために,批判地理学の概念や手法を取り入れて,スポーツと権力(国家・企業等),エスニシティ,ジェンダー,空間などについて実証的に解明していく必要があると提起している。 上述したように,英語圏諸国ではルーニーやベイルの先駆的業績を受けて,地理学全体の動向に対応しつつ,多様な観点からの研究が蓄積されてきた。今後取り組むべき(残された)研究課題としては,a) スポーツ施設やスポーツイベントのレガシー効果の検証,b) スポーツツーリズムの実態分析,c) スポーツ用品産業の実態解明,などがあげられよう。また,英語圏諸国の地理学者が取り上げたのは主に競争的スポーツであり,余暇・レジャー,保健(健康維持・増進),教育としてのスポーツを取り上げた研究は少なく,そうした研究の充実が期待される。さらに,対象地域は英語圏諸国が主であり,スポーツの地理あるいはスポーツ空間のさらなる理解のためには,日本を含めた他の国・地域における実態解明も必要となろう.
著者
根田 克彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.345-363, 2019 (Released:2019-10-05)
参考文献数
46
被引用文献数
1

本研究は,中心市街地活性化基本計画を策定した奈良市を事例として,大型店開発のための都市計画決定と大規模小売店舗立地法に基づく審議を,県と市のマスタープランに即して検討した.県と市のマスタープランは中心市街地の発展を示す一方で,商業施設の不足を克服するために,幹線道路沿道の商業開発を認めている.そのため,県と市の都市計画審議会は,大型店が中心市街地に及ぼす影響を考慮せず,大型店開発のために市街化区域の拡大を認めた.しかし,住居系用途地域で大型店が集積し,用途地域の種類と実際の土地利用が乖離している.
著者
小長谷 有紀
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会 E-journal GEO
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.34-42, 2007
被引用文献数
4 2

モンゴル牧畜システムは移動性が高いという特徴に加えて,多くのオスを維持し,多種の家畜を多角的に利用するという特徴を有しており,自然環境のみならず,社会環境にも適応的であった.それは単なる生存経済ではなく,軍事産業であり情報産業でもあった.20世紀になると社会主義的近代化のもとで脱軍事化すなわち畜産業化が進行した.市場経済へ移行してからは,牧畜に従事する人々すなわち遊牧民の間で地域格差と世帯格差が拡大している.今日,遊牧民たちは必ずしも自然環境だけではなく,むしろ社会環境に対して積極的に適応して移動している.
著者
牛山 素行
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2018年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.000185, 2018 (Released:2018-06-27)

2004~2017年の日本の土砂災害,洪水災害による死者・行方不明者の発生位置と,ハザードマップによる土砂災害危険箇所・浸水想定区域,地形分類図から読み取った地形との関係を解析した.土砂災害犠牲者の約9割が土砂災害危険箇所で遭難しているが,洪水災害犠牲者で浸水想定区域内での遭難者は4割弱にとどまる.2016年台風10号,2017年7月九州北部豪雨では,こうしたハザードマップから危険性が読み取りにくい箇所での犠牲者が目立った.一方,地形との関係を見ると,洪水災害犠牲者の8割以上が低地で遭難していることがわかり,地形分類図が基本的なハザードマップとして有効であることが示唆されるが,利用上の課題も考えられる.
著者
近藤 昭彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.109, 2020 (Released:2020-03-30)

2019年秋季に千葉県は台風15号、19号および台風21号の影響による風水害に見舞われた。一連の災害で最も広域の被害があったのは台風19号であり、この時は千葉県はむしろ被害は少ない印象を報道は与えたように思う。台風19号が、その後開催されたシンポジウム等では中心課題となったようである。しかし、連続する風水害が三重苦となった地域も多い。これは災害に対する外からのまなざしと内からのまなざしの違いといえる。前者では研究の成果の公表、後者では行政による災害対応、ボランティアや被災者自身を含めた復旧・復興が具体的なアクションとなるが、災害をわがこと化し、ふたつのまなざしを融合させる意識の醸成が大切だろう。 台風15号による強風は家屋の破壊、送電網の切断、倒木等の被害が生じたことはこれまでに報告されている通りである。災害の誘因は強風であるが、素因としての人間的側面をいくつか挙げることができる。・建物の老朽化:人口減少、高齢化と関連・雨戸の機能の失念:伝統的家屋の機能の再認識・森林管理の不全:拡大造林とその後の林業の不振 長引く停電は多くの家庭で不便を生じさせたが、多くの場所で末端の電信柱が倒れたため、復旧が追いつかなかったためである。これは送電システムに対する課題であり、これを機に自然エネルギーの活用策が進むと良いと思う。 土地利用、土地条件および地形と水害の関係は地理学の課題であり、防災、減災の要といえる。今回もこれらの関係が説明可能な事例が多く見られた(仮説を含む)。・JR佐倉駅東方高崎川鏑橋における氾濫(台風21号) 市街地が高崎川の沖積低地に発展したため、高崎川が市街地に入る部分が狭窄部となっており、従前から治水上の課題であった。・茂原の氾濫(台風21号) 概ね想定された範囲で浸水が発生したが、この地域は天然ガス鹹水の揚水による地盤沈下が進行している。地盤沈下と治水安全度の関係は現時点では不明であるが、受益と受苦の関係性に関わる社会的な問題でもある。・八街市の氾濫(台風21号) JR八街駅は台地上にあり、台地面上に市街地が発達している。関東ローム層底部には常総粘土層が発達しており、昔から湿潤な土壌を好む里芋の産地である。台地上によく見られる皿状地(台地の離水過程で形成された地形)では従前から夕立程度の雨でも広く湛水する地点が多数存在した。・長柄町、長南町の氾濫(台風21号) 丘陵地帯に位置する長柄町、長南町でも氾濫が発生した。ハザードマップはできていたが、浸水想定区域外でも浸水が発生した。この地域は上流部に塊状泥岩である笠森層が分布し、降雨時に飽和帯が発生しやすい。地質の特徴が急な浸水の発生を促した可能性がある。 以上のように、土地条件と水害の関連を地理学的知識に基づいて説明することは可能である。知識を智慧に変え、短期的だけではなく長期的な観点から災害に強い地域を創ることは地理学に課せられた課題であろう。 現在、多くのダムでは事前放流を行い、豪雨に備える対策をとっている。印旛沼でも台風15号の際に事前放流を行い、水位を下げた結果、沼の水位を低く抑えることができた。二つの排水機場を動作させなかった場合は水位は計画高水位を超えたであろうことを水資源機構は報告している。また、印旛沼土地改良区では排水ポンプを止めて、収穫後の水田を湛水させることにより印旛沼の水位上昇抑制に貢献している。隠れた努力、行為を知ることも防災意識向上への契機となりえる。 君津市久留里では台風15号により停電、断水等の被害に見舞われたが、上総掘りの自噴井が役に立ち、給水車を他地域に配置ができた事例があった。浅層地下水が利用できる富里市では発電機によるポンプの稼働で給水ができたという話を聞いた。地域の自然資源の活用は災害に強い地域づくりの要となるだろう。 ハザードは避けられないものだとしても、それをディザスターにしない方法を地理学的知識に基づき、生み出すことがでる。それが防災に関わる教育の目標である。一方、我々は近代文明の成果である治水施設により守られていることを知ることも重要である。 災害は地域で発生するので、地域ごとに素因を明らかにすることによって地域の安全を創り出すことができる。本文では十分な検証を経ずして記述している部分もあるが、今後の防災教育では地域の人が地域を知ることにより、地域の安全に関わる知識を生み出すことが災害に対して強い地域を創り出すことになる。それが必履修化される「地理総合」の目指すところではないだろうか。
著者
久保 倫子 由井 義通
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 = Geographical review of Japan (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.5, pp.460-472, 2011-09-01
参考文献数
21
被引用文献数
8

本研究は,「メジャーセブン」と呼ばれる主要なマンション事業者によるマンション供給の特性および供給戦略を分析し,1990年代後半以降の東京都心部におけるマンション供給の変化を明らかにすることを目的とした.1990年代後半以降,東京都心部においては「コンパクトマンション」と呼ばれる小規模世帯向けの分譲マンションが供給されるようになった.メジャーセブンによるコンパクトマンションの供給は2000年以降単身女性向けに始まった.2005年以降は,単身男性や核家族による都心部でのマンション需要が顕在化したことを受けて,事業者によって,超高層マンションの供給を中心としコンパクトマンションをこれに取り込んだものや,高級なコンパクトマンションに特化したブランドを確立したもの,さらに東京周辺区部での比較的安価なコンパクトマンションの供給を進めたものなどに分化していった.事業者によって,コンパクトマンションの供給地域や販売価格,対象とする世帯が異なるため,東京都心部においてはコンパクトマンションの供給戦略は多様化した.これによって,東京都心部においては,住宅タイプによる居住分化がより複雑化したと考えられる.
著者
與倉 豊
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.158-177, 2012-09-28 (Released:2012-09-28)
参考文献数
50
被引用文献数
2

本稿では,研究会や異業種交流会などへの参加によって構築されるインフォーマルネットワークが,イノベーションや知識創造において果たす役割を考察した.事例として取り上げたのは産業支援機関による研究会への支援体制が整っている静岡県浜松地域である.当該地域における研究会参加主体のデータベースを構築し,インフォーマルネットワークが有するポテンシャルを社会ネットワーク分析を用いて検討した.そしてインフォーマルネットワークの関係構造と,共同研究開発に基づくフォーマルネットワークの形成との関連性について考察した.その結果,特定の主体が複数の研究会に参加することによって,新奇的な知識を異なる研究会の間で伝達し,イノベーションや知識創造において重要な役割を果たしていることが明らかになった.そのような主体は,フォーマルネットワークの形成において主導的な役割を果たし,先端的な知識や市場情報を流通させる可能性が高いことが示された.長年にわたり開催される研究会では参加主体が同質的になり,多様な主体との接触が抑制される傾向にある.しかし,浜松地域の場合には県外からの参加主体や,複数の研究会に流動的に参加する主体によって,新奇的な知識を獲得するチャネルが確保されることにより,信頼を基にしたフォーマルネットワークが形成され,「認知的ロックイン」が回避されうることが示唆された.