著者
前田 竜孝
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.92, no.6, pp.381-396, 2019-11-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
30
被引用文献数
4

本稿では,水産物直売所の開設が漁業経営にどのような影響を与えたのかを,大阪府岬町の深日漁業協同組合に所属する経営体を事例に考察した.深日においては,1950年代以降漁協が運営する共販市場が主な出荷先として機能してきたが,2017年4月にA店が町内に開店したことで流通構造が大きく変化した.直売を始めた経営体は漁獲金額を大幅に上昇させた.一方で,水産物の処理や箱詰め,店舗までの輸送といった作業が必要となり,集出荷作業に要する時間は増加した.加えて,直売の開始によって市場価値が低く共販市場で取引されてこなかった水産物の出荷先が確保されたことも判明した.この出荷の傾向は,くず魚を多く漁獲する底引網を営む経営体には有利に作用したが,その他の漁業種類を営む経営体には影響しなかった.このように,新たな流通システムが地域に導入される際,経営体間で変化の度合いにどのような差異があったのかは検討すべき重要な課題である.
著者
成瀬 厚
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.74, no.8, pp.470-486, 2001-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
56

特定の場所を表象する方法と動機を探求するために,写真家田沼武能の東京に関する作品を意味論的側面と制度的側面から分析した.作者の自己同一性と表象される場所との関係に故郷概念から接近した.意味論的分析から引き出された,田沼作品に通底するnature概念は,この関係を修辞的に結び付けている.戦後の東京下町で青年期を経験した田沼は,その変貌に戸惑いを感じ,処女作『武蔵野』 (1974年)で人間の外なる自然景観と過去の人々が残した建築物や遺物などの文化景観を記録した.この作品は土地そのものの不変の特質を強調したが,『東京の中の江戸』 (1982年)では,人々の表情や生活様式を画像化することを通じて,土地に根付いた人間の生活の不変性,すなわちある種の人間の本性を主張した.『東京の戦後』 (1993年)は撮り続けた写真を1990年代の彼の解釈によって編成したもので,一つの教科書的な歴史物語を呈している.こうした作品生産を通して,作者のアイデンティティは彼自身の自発的な力と出版界などの制度による諸力の中で相互作用的に形成された.
著者
久井 情在
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.92, no.6, pp.364-380, 2019-11-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
28
被引用文献数
2

「平成の大合併」後,旧市町村が「ローカル・ガバメントからローカル・ガバナンスへ」という変化を体現する空間単位として注目されている.本稿では,旧市町村がローカル・ガバナンスの構成単位として定着する可能性について,大分県佐伯市の旧町村地域政策である2つの事業を事例に考察した.具体的には佐伯市と合併した旧8町村のうち,旧直川村と旧米水津村におけるそれぞれの事業の実施主体と活動スケールを調べた.その結果,当初は両地域とも行政の主導によって旧村スケールの事業が展開されており,旧米水津村ではスケールが保たれたまま,徐々に住民主導に移行していた.一方,旧直川村では実施主体が小地域スケールの住民団体に置き換わっており,旧村スケールの住民主導の実施主体は現れていない.このことは,旧市町村スケールにおけるローカル・ガバナンスの勃興が,必ずしも期待できないことを示唆している.
著者
小林 基
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.5, pp.376-394, 2018-09-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
52

農産物産地の形成と産地間競争に関する既往の研究では,イノベーションが競争を駆動するものとして認識されていたが,その具体的なプロセスと地域的差異については必ずしも詳しく論じられていない.本稿は農業において技術の研究開発から普及を経て導入に至る過程をつなげて把握すべく,イチゴの品種の育成・普及を素材として検討した.この結果,まず,規模の大きな産地は小さな産地より速く品種が普及する傾向にあること,大きな産地ほど多くの品種が育成・登録されていることが伺えた.また,大きな産地では県内の試験場で育成された特定の品種の最終的な普及率が高かった.これらの産地では農協を通じた系統出荷率が高く,農協は,新品種への転換の方針決定と情報提供により,普及の速さと最終的な普及率を高めていた.産地におけるイノベーションは,研究の規模と蓄積,生産者の組織化の態様という各産地の事情を反映した過程であるといえる.
著者
平野 淳平 三上 岳彦 財城 真寿美
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.4, pp.311-327, 2018 (Released:2022-09-28)
参考文献数
26
被引用文献数
1

広島の古日記天候記録に記された降水日数を基に夏季の気温変動を復元する目的で研究を行った.まず,1901–1950年の気象データを用いて6,7,8月の気温(月平均気温,月平均日最高気温,月平均日最低気温)と降水日数の相関係数の空間分布を調べた.その結果,西日本で7月と8月に月平均日最高気温と降水日数に強い負相関が認められ,降水日数から推定する気温要素として月平均日最高気温が最も適していることが判明した.次に,西日本の広島における古日記天候記録の降水日数を基に1779年以降の7月と8月の月平均日最高気温を復元した.その結果,東日本で飢饉が発生した1780年代,1830–1840年代は,広島の月平均日最高気温が低下していたことが推定された.一方,1820年代と1850年代は,19世紀の中で相対的に月平均日最高気温が高い年代であったことが推定された.
著者
上杉 昌也 樋野 公宏
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.3, pp.249-266, 2018-05-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
56
被引用文献数
1

犯罪発生の集積パターンの特定やその要因の説明のため,犯罪研究においてミクロな空間単位が重視されつつある.本稿は従来よりもミクロな空間単位である街区レベルの犯罪発生要因を明らかにすることを目的とし,街区レベルの犯罪機会理論と近隣(町丁字)レベルの社会解体理論について検証した.東京都杉並区における空き巣発生を対象としたマルチレベル分析の結果,街区レベルの対象や監視性の違いが近隣内での犯罪率の差異を説明すること,またこれらとは独立に近隣レベルの社会的環境もまた街区レベルの犯罪発生に寄与していることが明らかになり,日本の都市住宅地において,異なる空間レベルで統合された犯罪機会理論と社会解体理論が有効であることが示された.これらの知見は,異なる犯罪発生プロセスがそれぞれの空間レベルで作用することを示唆するものであり,犯罪現象の統合的な理解や解明に加えて,防犯対策など実践面での応用も期待される.
著者
埴淵 知哉 中谷 友樹 村中 亮夫 花岡 和聖
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.1, pp.97-113, 2018-01-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
20
被引用文献数
1

近年の国勢調査においては,未回収や未回答に起因する「不詳」の増加が問題になっている.本研究は,小地域レベルの「不詳」発生における地理的特徴を探り,地域分析への影響と対処法について検討することを目的とした.2010年国勢調査を用いて「年齢」,「配偶関係」,「労働力状態」,「最終卒業学校の種類」,「5年前の常住地」に関する不詳率を算出し,都市化度別の集計,地図による視覚化,マルチレベル分析をおこなった.分析の結果,「不詳」発生は都市化度と明瞭に関連していると同時に,市区町村を単位としたまとまりを有していることが示された.このことから,国勢調査を用いた小地域分析において「不詳」の存在が結果に与える影響に留意するとともに,今後,「不詳」発生の傾向を探るための社会調査の実施や,データの補完方法についての基礎研究を進める必要性が指摘された.