著者
山中 勤
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.88, no.3, pp.217-234, 2015-05-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
21
被引用文献数
2

国指定天然記念物である沖縄県の塩川は,水源で塩水が湧き出す特異な河川である.本研究では,その湧出機構を解明するための一助として,湧出量と水質の短期変動に焦点を当てた集中観測を行うとともに,降水・地下水・海水の混合と密度流を考慮した数理モデルを構築した.モデルによる湧出量および溶存イオン濃度の計算値は観測値とよく一致し,特に湧出量の日内変動に関しては潮汐の影響を加味することで良好に再現できた.以上の結果は,ドリーネのような直接浸透域に与えられた降水,石灰岩の亀裂などに存在する地下水,および海水とが地下洞穴内で混合して汽水を形成し,それと海水との密度差および湧水点と地下水面の高度差を駆動力として塩水が湧出するメカニズムを定量的に証明するものである.しかし,地下洞穴の大きさ・形状や水質の経年変化については不確定な部分もあり,今後長期間の観測データを用いてモデルの信頼性を向上させる必要がある.
著者
児玉 恵理
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.3, pp.241-256, 2017-05-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
35

本稿は,深谷市を事例に,各主体による深谷ねぎのブランド化への対応を踏まえて,その課題を考察することを目的とする.深谷市では深谷ねぎの産地偽装を契機として,2002年以降,行政とJAが積極的にブランド化への動きを開始した.しかし,深谷ねぎ産地において産地市場が複数存在していることなどから統一的なブランド規格を設定することが難しくなっている.市町村およびJAの合併に伴い,深谷市の北部と南部とでは自然条件や社会経済条件に違いがあることから,ねぎ生産をめぐってこれら地域間には生産者の意識に温度差が見られる.深谷市のねぎ栽培は,地形の異なる地域にまたがって存在しているために,深谷ねぎのブランド化が滞る要因になっている.深谷ねぎのブランド化は,行政と一部の産地市場による地域振興を目的とした地域ブランド化と,周年栽培とJA外出荷を行う商業的農家による個人ブランド化の二つの方向で進んでいるのが現状である.
著者
張 紅
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2019年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.149, 2019 (Released:2019-09-24)

歴史的街並み景観にみられる地域アイデンティティの創出メカニズムCreation mechanism of residents’ regional identity in the historical street landscape張 紅(筑波大・院)Hong ZHANG(Graduate Student of Tsukuba Univ.)キーワード:歴史的街並み景観 地域アイデンティティ 経済性 公共性 社会性Keywords:Historical street landscape, Regional identity, Economic viewpoint, Public viewpoint, Social viewpoint 歴史的街並み景観は,歴史の積み重ねの中で地域住民が取捨選択を繰り返し,作り出してきたものであり,住民の量的/質的な変化に対して敏感に反応する。そのため,現在日本において進行中の少子高齢化は,歴史的街並み景観に対しても大きな影響を及ぼし,それが顕著な中山間地域の歴史的街並み景観は崩壊の危機に瀕している。それが崩壊することは,地域アイデンティティの崩壊を意味する。景観を望ましい形で保全するためには,地域アイデンティティの創出メカニズムを知り,住民に適切な地域アイデンティティを根付かせるような方法を考えていかなければならない。そこで,本研究では,福島県南会津郡に位置する下郷町の大内宿と南会津町前沢を事例にして,地域特性の異なる2つの地区の保全方法を明らかにした上で,そこから生まれる地域アイデンティティを比較することによって,望ましい地域アイデンティティを創出する保全方法を提案することを目的とした。研究方法は,両地区の住民と行政側に景観保全の経緯や現状などを聞き取り調査し,これらに基づいて地域アイデンティティを決定する因子を抽出し,相互に比較を行い分析した。 大内宿は宿場町で,地区を南北に走る会津西街道の両側に茅葺きの寄棟造の住居が軒を連ね,全戸の妻壁が街道に面するというような景観を呈している。前沢は山村集落で,茅葺きの曲家が集まっている。冬の北風が強くて,そのほとんどが南東向きである。 この2つの地区では3種類の地域アイデンティティが創出されている。大内宿は,観光地化から生まれる経済効果を追求し,活気のある街並みを形成,維持することによって,「生活できる」という実感から経済的な地域アイデンティティが創出され,街並み景観を保全している。しかし,一部の景観が犠牲になり,「形だけの街並み」になりかねないという問題点もある。また,重伝建地区の意味が見失われ,地域アイデンティティの本質も見失われやすい。これに対して前沢は,住民の意見を尊重し,景観保全に重点を置き,急激な観光開発を行わなかったため,経済性に基づく地域アイデンティティが低いまま推移してきた。けれども,このように行政が住民を巻き込み,政策を実施する中で公共的な地域アイデンティティが誘導され,街並み景観が保全される。公共性による地域アイデンティティは最も有力であるが,住民意識の高揚が課題となる。政策提言の出発点への妥協や,担当者の交代による政策実施の不徹底が住民の不公平感を招き,反発が起きる恐れがある。最後に,共有意識や地区への憂慮などによって住民主体に社会的な地域アイデンティティが育まれ,街並み景観が保全されていくといえる。これには,コミュニティ内の中心的人物による牽引,または住民個々人の自覚が必要である。このような社会性に基づく保全の効果は経済性に基づく保全より強いが,少子高齢化の背景があり,現状では社会性だけに頼ることは難しい。 結論として,地域特性や歴史的経緯が異なる大内宿,前沢では,それぞれに地域アイデンティティの創出に作用する因子(経済性・公共性・社会性)のバランスが異なるため,結果的に現地で感じる住民のアイデンティティには大きな差異が生じていると考えられる。経済性・公共性・社会性によって創出される地域アイデンティティは,それぞれ独立したものではなく,相互に関連がある。社会性による地域アイデンティティの創出が望ましいが,その主体である住民の継続的な関与が難しい状況にある中では,生活が確保されなければ(経済性),行政による誘導(公共性)を進めていくことはできない。3つのうちどれか1つに頼らずに,それぞれのメリットを最大限に発揮し,デメリットを抑え,行政と住民が一体となって複合的な対策を取ることで,当該地域の特性に合わせた地域アイデンティティが創出され,歴史的街並み景観を望ましい形で継続的に保全することができると考えられる。
著者
石川 慶一郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.92, no.4, pp.203-223, 2019 (Released:2022-09-28)
参考文献数
45
被引用文献数
6

本稿は,東京都区部のシェアハウスの立地特性および台東区を事例としたシングル女性のシェアハウス居住の実態を明らかにした.分析結果から,シェアハウスの多くは,都心周辺部の鉄道駅付近に立地し,単身者向け賃貸住宅と比較して居住性が高いことが示された.それらは,ファミリー世帯の需要が低い商業地区に立地する住宅が転用されたものである.台東区の女性シェアハウス居住者は,低所得層の者が多い.彼女たちにとってのシェアハウスの優位性は,家賃が低いにもかかわらず,交通利便性の高い場所に住むことができ,台所や浴室といった住宅設備を快適に利用できることだった.一方,シェアハウス運営事業者はその管理物件にシングル女性のニーズを反映させていた.近年のシェアハウスの増加の背景には,都心周辺部での余剰住宅ストックの増加と,職住近接や生活の質の向上を指向するシングル女性のライフスタイルの存在があると考えられる.
著者
埴淵 知哉
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.66-77, 2013 (Released:2013-04-19)
参考文献数
68
被引用文献数
2 3

健康上の危険因子を探る伝統的な研究において,健康や病気は個人の問題としてとらえられてきた.しかし,個人を取り巻く環境,特に近隣の物的・社会的環境が,人々の健康にさまざまな影響を与えることも明らかにされつつある.本稿では,この近隣と健康をめぐる近年の研究動向を整理し,現状と課題について解説することを目的とする.特に,食と身体活動に焦点を当てて近隣の健康影響に関する研究を概観するとともに,近隣環境の測定に関する諸問題について議論する.その上で,近隣環境の多様性を考慮して,日本を対象とした実証研究の展開が必要であることを指摘する.
著者
花岡 和聖 中谷 友樹 矢野 桂司 磯田 弦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.3, pp.227-242, 2009-05-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
27
被引用文献数
2 3

本稿では,京町家のモニタリングを意図した外観調査事業から得られる資料に基づき,京都市西陣地区を対象に,京町家の取壊しと建替えを規定する要因を定量的に把握し考察する.その際に,①京町家自体の特性(構造特性と利用状況),②土地利用規制,③近傍の環境特性と関連する指標群を分析した.その結果,①京町家の取壊しは,京町家の建て方や老朽化の程度を示す建物状態,伝統的外観要素の保存状態,高さ規制,周辺環境を表す近傍変数によって規定されていた.また②近傍変数は,土地利用別に異なる空間的な範域を有し,その影響力も土地利用規制と同程度であることがわかった.さらに③京町家からの土地利用転換では,土地利用規制と近傍の環境特性に加えて,従前の京町家自体の特性が土地利用転換を強く規定していた.以上から,京町家の建替えは,時空間的な連鎖を伴って進展していると考察される.
著者
久木元 美琴
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.2, pp.176-191, 2010-03-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
23
被引用文献数
8 5

本稿では,延長保育サービスへのニーズが高い販売・サービス職業の卓越する地域として地方温泉観光地を取り上げ,サービスの導入・定着のプロセスとその地域的背景を明らかにした.北陸地方の代表的な温泉観光地である石川県七尾市では,市内認可保育所において高い比率で夜間の延長保育サービスが実施されている.この背景には,安定的な女性労働力確保を目的とした旅館組合による保育所設置と市による支援,さらにはニーズを見越した他保育所のサービス導入があった.本事例は,延長保育サービスに対する国家政策の介入がない段階において,認可外保育所が存立しない自治体で,地域固有のニーズに対応するために,企業,地域保育所,地方自治体が積極的に関与した事例として理解することができる.
著者
中西 雄二
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2011年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.101, 2011 (Released:2011-05-24)

_I_ はじめに 1953年12月25日、それまでアメリカ軍政下にあった奄美諸島の施政権が日本政府に返還された。これにより、奄美諸島は鹿児島県に再編入され、引き続いてアメリカ軍政下に置かれた沖縄との間に新たな行政的な分断が生じることとなった。そして、奄美に本籍を置いたまま沖縄で生活する人々は、法的に「外国人」として扱われるとともに、外国人登録の義務化やそれまで保障されていた様々な権利の剥奪をみるに至った。本研究では、沖縄における奄美出身者の法的地位が大きく変動した奄美の施政権返還前後の時期に注目し、沖縄における奄美出身者の就業状況や同郷団体活動の様態を明らかにすることを目的とする。 _II_ 奄美から沖縄への移住 第2次世界大戦前から他地域への移住が数多く認められた奄美諸島であったが、当初、近接する沖縄方面への移住はそれほど多くなく、むしろ日本「本土」の工業地帯や産炭地域へ移住する人々の規模の方が圧倒的に大きかった(『奄美』1930年2月号)。そうした状況が一変したのが、第2次世界大戦後である。特に、沖縄でのアメリカ軍基地の本格的な建設ラッシュが始まり、それに伴う軍作業に従事する労働者需要が高まった1950年以降、奄美から沖縄への「出稼ぎ」移住は急増した。この背景には、1946年2月に沖縄・奄美と「本土」との間の渡航が制限されていたことや、戦後の大規模な引き揚げによって奄美の人口が過去最高を記録するなど、余剰労働人口の顕在化していたことなどが挙げられる。 _III_ 底辺労働者としての就労 1950年半ばには沖縄での軍作業従事者約4万人中、約1万3000人が奄美出身者といわれるまでになった。そのため、1950年代前半を通して、沖縄本島における大島本籍者の居住分布は那覇市周辺の市街地とともに、基地建設が盛んに行われた本島中部への集中傾向が認められた。また、当時、主に男性に特化されていた建設労働者以外にも、女性の「出稼ぎ」も顕著となったが、性産業を含めた底辺労働に従事する人々も少なくなく、しだいに奄美出身者を表す「大島人」という標識が差別的な意味合いを持つ場面も出てくることとなった。沖縄だけでなく、奄美のマス・メディアまでが警察による沖縄在住奄美出身者の検挙事例を強調するような状況で、沖縄で組織された沖縄奄美会は、同郷者の「善導・救済・犯罪防止」を目指す活動を模索する。 _IV_ 奄美返還をめぐる動揺 このような状況で、1953年には当局が把握する正式に本籍を奄美から沖縄に移した奄美出身者だけでも約4万人に達していたが、同年8月に日本政府への奄美の施政権返還が沖縄に先行して決定した。以降、返還時期と返還後の沖縄在住奄美出身者の法的地位の扱いに関する議論が活発化する。例えば、1953年8月18日の『沖縄タイムス』に「沖縄にとって大島の分離は明らかにプラスである。(中略)大島人の多くが引き揚げることにでもなれば、漸く就職難を訴えてきた労働界は供給不足という事態が生ずることになるので沖縄の労働者にとってこの上もない好条件をつくることになる」といった社説が掲載されたり、同年12月に沖縄全島市町村長定例会議が奄美出身者の大規模な郷里帰還を琉球政府に要請したりした。 結果的に、沖縄在住奄美出身者は奄美の先行返還後、沖縄に本籍を移さない限り外国人である「非琉球人」として扱われることとなり、選挙権や公務員への就職資格などを失っただけではなく、他の日本国籍者に与えられていた政府税の優遇措置の適用外に位置づけられるなど、極めて不利な立場に置かれることとなった。 以上の一連の過程を経て、沖縄奄美会に代表される奄美出身者の同郷団体は「公民権運動」と呼ばれる権利回復を求める運動を繰り広げるなどした。しかし、いわゆる「名士」層を主としていた同郷団体は、底辺労働者の同郷者に対する否定的な認識を内在化していたこともあり、広範な層の同郷者を糾合することもなく、結局は1972年の沖縄返還まで、抜本的な処遇改善を達成するには至らなかったといえる。
著者
星川 真樹
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.5, pp.437-458, 2017-09-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
43

本稿では,1993年にウリミバエが撲滅されるまで沖縄県内でのみ流通していたゴーヤーが県外向けに生産・出荷がシフトする過程で,沖縄県の野菜生産農家の経営や生産・出荷体制にどのような変革やインパクトが生じたのかを動態的に地理学的視点から明らかにした.県内有数の野菜産地である糸満市では,ゴーヤー品種の改良,補助事業による施設園芸の促進,生産技術や県外向け出荷規格への順応など,行政・JA・民間・農家がハードとソフトの両面において連携し,ゴーヤーの出荷拡大を後押ししていた.ゴーヤーの出荷先が県内外で多様化したことで,沖縄県の野菜農家が主体的に市場を見極めながら,出荷先を開拓,選択できる新たな経営形態への展開がみられた.ゴーヤー生産拡大は,単に新たな県外向け生産・出荷体制を構築したのではなく,沖縄県の野菜農家が本土の遠隔野菜供給者として再始動するための,新たな基盤整備に大きく寄与していた.
著者
中岡 裕章
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.2, pp.146-161, 2018 (Released:2022-09-28)
参考文献数
31
被引用文献数
1

本稿は,埼玉県飯能市を事例に,エコツアー実施者の参画意識の差異を,その属性や地域特性の観点から分析し,地域づくりを目的としたエコツーリズムの意義と問題点を明らかにした.東京大都市圏郊外に位置するベッドタウンとしての性格が強い市の東部に居住する実施者は,参画理由に生きがいや楽しみを挙げる者が多く,ツアーに経済的利益を求めない傾向がある.一方,人口減少と高齢化が急速に進行する市の中・西部に居住する実施者は,ツアーの経済的な利益によって若者の定着などを期待する傾向がある.このように,実施者の参画意識には地域差が認められる.特筆すべき観光資源のない里地里山地域において,生きがいや楽しみを求める実施者の意向が大きく反映されたツアーが多く行われ,地域内外の交流が促進されたことは意義が大きいと考えられるが,他方でツアーに経済的利益を期待する実施者の意向にはそぐわないものとなっていることも明らかとなった.
著者
木本 浩一 アルン ダス 辰己 佳寿子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2011年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.170, 2011 (Released:2011-05-24)

1.はじめに インド環境森林省は、2010年8月31日、ゾウの保護に関する包括的な報告書Gajah-Securing the Future for Elephants in Indiaを発表した。この報告書は、ゾウに「国家遺産動物 National heritage animal」としての地位を与えるもので、国際地理学連合(IGU)でも最新ニュースとして取り上げられた(2010年11月7日、HPにアップ)。 インドにおける森林経営が大きな転機を迎えたのは、1990年代のことであった(木本:2008)。いわゆる住民参加型森林経営の一種として導入された「共同森林経営Joint Forest Management (JFM)」は、本格導入から10年を迎えようとしている地域が多く、ようやく実際に住民と森林局とがどのように利益配分を行うのかといった「成果」についての議論や活動が始まろうとしている。 現在、インドの森林地域では、以上の他に、都市化や農民のよる入植、ホットスポットの指定など、さまざまな事象がみられる。ただし、ここで注意しなければならないことは、個々のイシューや事象を「地域」という枠組みでみていかない限り、その評価が難しいということである。つまり、先に触れたゾウ問題は、森林をゾウに特化・純化した地域として認定してしまうために、そのことに付随する多くの問題を現象させてきた。また、各種の線引きが為される中で、そもそも森林とは何か、という基本的な問題が喫緊の課題として噴出してくることになった。 2.研究の目的と方法 以上を踏まえ、本報告では、植民地化や独立後の工業政策のもとで実施された森林伐採とは異なる、農民による森林開発の実際について、カルナータカ州マイソール県フンスール郡周辺地域を対象として、検討したい。 農民の入植、開発には2つのタイプがあり、まず遠方から富裕な農民が入植する場合と、次に周辺的な貧しい農民が開拓する場合とにわけられる。
著者
谷野 喜久子 細野 衛 渡邊 眞紀子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.86, no.3, pp.229-247, 2013-05-01 (Released:2017-12-05)
参考文献数
38
被引用文献数
2 2

日本の海岸砂丘構成層の起源として海浜砂,テフラ,大陸風成塵などが知られるが,個々の構成層の形成物質を検証した例は少ない.本研究は構成層の理化学特性に基づき,尻屋崎砂丘の起源と形成史を考察する.砂丘は田名部段丘面(MIS5e相当)上の尻屋崎ローム層を覆い,埋没土層を境に構成層I~Vからなる.最下位層Iを除く上位層II~Vはbi-modal(シルト・砂各画分)の粒度組成を示し活性アルミニウムに富む.この特徴と明度・色特性(H2O2処理)が尻屋崎ローム層に類似することから,砂丘はローム層と段丘構成層の剥離物が再堆積した物と考えられる.砂丘砂の理化学特性(TC≧1%,MI≦1.7)は,それが二次的な風化テフラ付加による黒ぼく土様の化学的特性と腐植性状をもつテフリック レス デューンであることを示唆する.これは地形史的に冬季北西風と直交する西海岸の段丘崖に風食凹地(ブロウアウト)が発達し,その後にヘアピン・縦砂丘が分布することと矛盾しない.
著者
安倉 良二
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.3-20, 2016 (Released:2016-06-23)
参考文献数
49

本研究は,大店立地法に基づく大型店の出店調整について,奈良県と京都府にまたがる平城・相楽ニュータウンにある近鉄京都線高の原駅前を事例に,出店経緯と住民の対応に着目しながら考察した.大型店出店の背景として,空き地の有効活用を進めたい建物設置者と,大型店の出店規制緩和を契機に地域市場で優位に立とうとする小売業者の思惑が一致したことがあげられる.他方,生活環境の悪化を懸念する一部の住民は,運用主体である京都府に出店届出の内容に関する意見書を提出する形で出店調整に介入した.これに対して京都府は,大型店の建物設置者に対して出店届出の内容に関する改善を求める意見を出した.それをふまえて,建物設置者と小売業者は一部の住民との間で大型店の出店に向けた協議を重ねた.大店立地法に基づく大型店の出店調整は旧大店法とは異なり,出店自体を抑制するものではない.こうした制約下で運用主体から出店届出の内容に改善を求める意見が出されたことは,住宅地における大型店の出店に際して店舗に近接する住民の生活環境への慎重な配慮が不可欠であることを示す.
著者
兼子 純
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.73, no.11, pp.783-801, 2000-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
22
被引用文献数
2

本研究は,ホームセンター (HC) チェーンにおける出店・配送システムの空間構造を解明することを目的とする.新潟県に本部を置くK社を事例企業として,その施設の立地展開と,商品の配送システムを分析した.その結果,発注情報が事業本部への一極集中型を示すのに対して,配送はその商品特性により,重層的な空間構造を形成していることが明らかになった.物流センターから各店舗への配送では,夜間,午前,午後の配送時間帯による配送範囲の形成が認められた.これは, (1)商品回転率が低いこと,(2)食品を扱わないこと,(3)配送時に混載が可能であること,(4)配送時間帯が柔軟であること,といったHCの商品特性により,物流費を削減する取り組みを反映した結果である.商品の鮮度や形状を重視する園芸関連商品や重量のある建築用ブロックは, K社物流センターには集約されず相対的に配送範囲が細分化されている. HCチェーンの運営は,物流費の低減にその重点が置かれており,多店舗化・広域化という出店行動を規定している.
著者
荒木 一視
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.65, no.6, pp.460-475, 1992-06-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
22
被引用文献数
5 6

Since World War II Japanese villages have been transformed dramatically. With the shortage of agricultural labor in Japan, villages today have been hurt by the problems of an aging labor force. The Japanese government tried to reorganize the agricultural structure after World War II. But many farmers who hold small cultivated plots have maintained their operations. Under such conditions, it is important to research agricultural change from the point of view of how cultivation is maintained. Nevertheless, at this point in time, few investigations have provided detailed case studies. In particular, it is rare to find a case reported from the view of agricultural production from the agricultural labor side. This paper aims to clarify the mechanism of agricultural continuance by means of a detailed case study in Takamiya-cho, a village in Hiroshima Prefecture. The methodology is as follows. In the previous studies on the shortage of supply of agricultural labor, in addition to many discussions of part-time farmer, two main labor supply source systems have been discussed. One of them is the “weekend farmer” who lives outside his home village and returns to the village to help with his family's farm in the busy farming seasons or on weekends. The other is the trust system of agricultural lands and works. The former is a phenomenon that occurs in individual farm households, but the latter is a system that occurs in groups of farm households. This study investigates how these two systems function in a village with an aged population. Three types of farmer can be classified according to the labor supply situation. The first type is the successor who lives with his aged parents and works in the non-agricultural sector. Where this type of farm household is prevalent, cultivation can be continued because the agricultural labor force will be reproduced even with part-time farming. In such a situation only rice will be cultivated, by a small labor force using agricultural machinery. In the second type, the agricultural labor force is supplied by “weekend farmers.” In this type cultivation is maintained by the labor supply system in each farm household itself. The labor supply of “weekend farmers” is available for mechanized agriculture, but serious problems will occurred in the near future, because there is little probability of reproducing the agricultural labor force. In the third type, the labor force is supplied by an agricultural trust. This type is a labor supply system that works in groups of farm households. This type of labor supply is available not merely in villages with an aged population but also in villages where part-time farming is predominant.
著者
宋 苑瑞 CANTOR Alida CHANG Heejun
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2022年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.182, 2022 (Released:2022-03-28)

近年、カリフォルニア州では深刻な干ばつが発生しており、社会的・生態的にさまざまな影響を及ぼしている。環境への影響としては、地下水の枯渇、大規模な山火事、生態系の劣化などが挙げられる。本研究では、干ばつの影響を強く受けているカリフォルニア州を対象に、農産物の生産と輸出に使用された水の量を仮想水の形で計算した。また、カリフォルニア産の農産物の輸出先や近年の輸出量の変動を把握した。カリフォルニア州の農業輸出に基づき、どの作物が、あるいはどれだけの仮想水が、どの地域に移動しているかを分析した。分析には2010年から2019年までのデータを使用した。この期間には、2014年から2016年にピークを迎えた深刻な干ばつが含まれる。さらに、干ばつが続いている環境下での地下水位の変動を検討し、カリフォルニア州の農業の持続可能性について検討した。カリフォルニア州は、米国内において農業生産額が最大の州であり、全米の野菜の3分の1以上、果物・ナッツ類の3分の2を供給している。カリフォルニア州の農産物輸出は年々増加し、2019年の農産物輸出額は217億ドル(約2兆5千億円)に達した。カリフォルニアが農業生産の世界的リーダーとしての役割を担っているのは、その大規模な灌漑システムに直接起因するものである。干ばつは水に依存する産業に影響を与える可能性がある。継続的な干ばつと水不足に対応するため、カリフォルニア州の農業生産者は、数十年にわたり、地下水の利用に依存している。 カリフォルニア州の農産物の主な輸出先(輸出額の大きい順に)は、欧州連合(EU)、カナダ、中国・香港、日本、韓国、メキシコ、インド、アラブ首長国連邦(UAE)、台湾、トルコであり、これらを合わせると輸出額全体の68%を占めている。2010年から2019年の間に、EU、韓国、インドへの輸出はそれぞれ60%、83%、228%増加した。しかし、各輸出先のシェアは10年間で減少しており、輸出先が多様化している。 輸出農産物に含まれる仮想水量を計算すると、最も多いのは乳製品で、過去10年間で輸出量が大幅に増加した。輸出された乳製品に使用された仮想水の量は、年間60億トンを超える。次に多いのは、アーモンドやピスタチオなどの木の実類である。過去20年間で、ナッツ類(アーモンド、ピスタチオ、クルミ)の輸出額は9.5倍になった。米は4番目に水を大量に消費する製品だが、過去10年間で約10%減少した。カリフォルニア州の乳製品の最大の輸出先はメキシコ、次いでフィリピン、中国・香港、韓国、カナダと続く。特に、フィリピン、台湾、UAE、オーストラリア、韓国への米国産乳製品の輸出の増加率は非常に高い。台湾への乳製品・製品の輸出額は、過去10年間で7.1倍に増加した。同期間にUAE、オーストラリア、韓国への輸出額はそれぞれ4.9倍、3.7倍、3.5倍になった。アーモンドやクルミなどの木の実の輸出額は、過去20年間で約10倍に増加した。また、果物や野菜の輸出額も同期間に2倍以上になった。 カリフォルニア州の農業が主に行われているセントラルバレー地域では、2010〜2019年の間に3メートル以上地下水位が低下した地点が多くみられた。特にカーン郡の一部の地域では、わずか2年間で287cm地下水位が低下した。カリフォルニア州の農業生産の特徴は、海外への輸出量が多いことであり、その結果、仮想水の移動も大きくなっている。生産に大量の水を必要とする乳製品や木の実は、所得水準の上昇に伴い世界的に需要が高まっており、今後も増加することが予想される。 カリフォルニア州では、これらの高価値、高需要の商品の生産を減速する気配がみられない。しかし、カリフォルニア州が農業生産と輸出のために持続不可能な地下水の採取に依存し続ければ、環境への影響は避けられず、生態系にもダメージを与え、次の世代に残す資源も少なくなる可能性が高い。