著者
土居 晴洋
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2023年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.126, 2023 (Released:2023-04-06)

わが国では明治期以降の近代化の過程で,死亡数の増加とともに,火葬率が上昇し,葬送の在り方が変容した。本報告は,大正から戦前期における埋葬と墓地の時間的推移と地域的特色を,葬送に関する都道府県単位のデータを利用して考察する。
著者
植村 円香
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.137-154, 2022 (Released:2022-06-04)
参考文献数
33
被引用文献数
4

本研究では,ハワイ島における新たな担い手によるコナコーヒー生産の実態とその課題を明らかにするとともに,彼らがコナコーヒー産地に与えた影響について考察することを目的とする.1890年代以降,コナでは日系移民がコーヒーの原料となるチェリーを生産し,島内の精製工場に出荷していた.しかし,1980年代以降に世界的なスペシャリティコーヒーブームが起きると,新たな担い手がコーヒー生産を開始した.彼らは,チェリーの生産,精製,焙煎を行い,豆を消費者等に販売していた.しかし,新たな担い手は,害虫被害によるチェリー生産量の減少などから豆の販売価格を上げざるを得ず,それが消費者離れにつながるという課題に直面していた.また,新たな担い手が産地に与えた影響として,彼らは衰退しつつあった産地の回復に貢献したが,従来とは異なる品種や精製方法を導入して独自の風味を追求することで,コナコーヒーの風味が多様化するという課題をもたらした.
著者
関戸 明子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.265-285, 2022 (Released:2022-08-06)
参考文献数
52
被引用文献数
3

本稿では,明治期の東京における温泉浴場について,公文書,新聞記事,案内書などの資料を精査して,施設の形成過程や分布の変遷を明らかにした.そして当時の社会的背景をふまえたうえで,温泉浴場という場所の意味について考察した.東京では1870年代前半に温泉を名乗る浴場が現れ,1870年代後半から「開化」を象徴するものとして流行した.それは人工的な温泉であり,薬湯,温泉地より原湯を運んだもの,湯の花を入れたものであった.風紀や衛生面で問題のあった浴場の改良も進んだ.1877年には44の浴場は市街地とその近隣に多く分布していた.1885年には178の浴場は市街地に集中的な立地がみられ,その外縁部への展開も認められた.1897年には,浴場が淘汰された結果,市街地外縁部に立地するものが目立つようになった.それらの温泉浴場は,手軽な行楽地として,繁華な市街地から離れて保養する場所となっていた.
著者
庄子 元 甲斐 智大
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.22-32, 2023 (Released:2023-01-07)
参考文献数
15

本稿の目的は青森県南部町と秋田県東成瀬村を事例に,特定地域づくり事業協同組合の性格の地域差を明らかにすることである.両地域では地域外からのサポートによって労働者派遣法に対応した運営体制の構築やホームページの整備が進められ,事業協同組合が設立されている.また,南部町では求人のウェブサイト,東成瀬村では地域内のハローワークを通じてマルチワーカーが募集された.そのため,南部町のマルチワーカーは地域外からの新規就農希望者であるのに対し,東成瀬村は地域内居住者が主である.こうした属性の違いから,南部町ではマルチワーカーに対する農業技術の研修を充実させている一方,東成瀬村ではマルチワーカーへの手当を厚くしている.したがって,両地域の事業協同組合は,南部町では新規就農希望者が農業技術を習得する学びの仕組みとして機能しているのに対し,東成瀬村は地域内の居住者が安定して雇用されるための仕組みといえる.
著者
永田 彰平 高橋 侑太 足立 浩基 中谷 友樹
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2023年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.205, 2023 (Released:2023-04-06)

Ⅰ.研究の背景 2019年12月に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が現在まで続いており,感染拡大期には,各国でロックダウンによる感染の封じ込めが試みられた.日本においても,2020年4月に1回目の緊急事態宣言が全国で発出されて以来,各都道府県の流行状況に応じて,緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が実施され,外出の自粛や飲食店に対する休業あるいは時短営業が要請された. ロックダウンなどの非薬物的介入(NPIs: non-pharmaceutical interventions)による人流変化と感染推移の関係は各国で多く検証されており(Zhang et al. 2022),日本では,1回目の緊急事態宣言下での人流抑制と感染緩和の有意な関連が示されている(Yabe et al. 2020; Nagata et al. 2021).しかし,先行研究の多くは流行初期を対象としているため,デルタ株が流行しワクチン接種が進んだ第5波や,オミクロン株が流行した第6波以降のNPIs実施に伴う人流変化と感染推移の関連は確かめられていない. 本研究は,流行初期から第7波におけるNPIs実施の人流抑制を介した感染推移への効果を都道府県ごとに検証した. Ⅱ.方法 1. 人流変化指標の作成 まず,流行前の全国の4次メッシュを性別・年齢階級別滞留人口の時間的な変化パターンに基づき排他的な6類型(低密度住宅地区,過疎・山間地区,居住無し昼間流入地区,高密度住宅地区,職住混在地区,オフィス街・繁華街)に分類した.次に,COVID-19流行下における各都道府県の日別・地区類型別滞留人口を流行前のものと比較し,人流変化指標を作成した.滞留人口データは,株式会社ドコモ・インサイトマーケティング提供のモバイル空間統計を用いた. 2. NPIsの効果検証 感染拡大指標を被説明変数,NPIs(緊急事態宣言,まん延防止等重点措置)の実施を説明変数,各地区類型での人流変化指標を媒介変数として媒介分析を実施した.それぞれの変数は日単位の時系列データとして整理され,状態空間モデルによりパラメータ推定を行った.なお,ワクチン接種の普及や変異株の出現により,NPIsの効果が時期で異なることが想定されたため,分析期間をデルタ株流行前(第1~4波: 以下I期),デルタ株流行+ワクチン接種普及期(第5波: 以下II期),オミクロン株流行以降(第6波以降: 以下III期)に分けた. Ⅲ.結果 媒介分析の結果,I期の東京都では,NPIsの実施がオフィス街・繁華街での夜間の滞留人口を減少させ,感染抑制に寄与したことが示された.また,NPIs実施の感染抑制効果のうち,オフィス街・繁華街での人流低下による効果は19%であったと推定された(95%ベイズ信用区間: 6% - 35%).一方,II期やIII期では,NPIsの実施が人流を低下させたものの,感染抑制への効果は認められなかった. 宮城県や大阪府でも同様に,I期においてはNPIsの実施によるオフィス街・繁華街での人流低下が感染抑制に寄与したが,II期以降のNPIsの効果は認められなかった. Ⅳ.考察 流行初期はNPIsによる人流抑制が感染緩和を規定する主な要因であったが,ウイルスの伝播性の変化やワクチンの普及,自粛疲れなどにより,NPIsによる人流抑制が感染推移に及ぼす影響は小さくなったことが示唆された. 参考文献 Nagata, S., et al. 2021. Mobility change and COVID-19 in Japan: mobile data analysis of locations of infection. J. Epidemiol., 31(6), 387-391. Yabe, T., et al. 2020. Non-compulsory measures sufficiently reduced human mobility in Tokyo during the COVID-19 epidemic. Sci. Rep., 10, 18053. Zhang, M., et al. 2022. Human mobility and COVID-19 transmission: a systematic review and future directions. Ann. GIS, 28(4), 501-514.
著者
佐藤 廉也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.93, no.5, pp.351-371, 2020-09-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
41
被引用文献数
4

森の資源に依存して暮らす人びとが生涯を通じて植物知識をいかに獲得していくのかを検討するために,エチオピアの焼畑民マジャンギルを対象に植物知識を測るテストを実施し,その結果を性・年齢に注目しつつ分析した.テストは植物名の知識,樹木利用知識,樹木の断片から樹木名を同定する能力,というレベルの異なる3種を設定した.その結果,植物名と利用知識では,10歳代には急激に,20歳代以上には緩やかに,年齢とともに得点が増加する傾向が認められる一方,生業の性分業に由来すると推測される知識量の性差がみられた.同定テストでは,30歳代までは年齢が高くなると得点も高くなる傾向があるのに対し,40歳代以上では逆に年齢と得点に負の相関が認められ,知識のレベルによって獲得・維持パターンが異なるという結果が得られた.以上の結果と生業活動に関する情報を合わせ,植物知識が生業活動と密接に関連しつつ獲得・維持されるという示唆が得られた.
著者
杉江 あい
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.312-331, 2018 (Released:2018-05-31)
参考文献数
20

2017年8月25日以降,67万人以上のロヒンギャ難民がミャンマー国軍による弾圧を逃れてバングラデシュに流入した.この前代未聞の人道危機を受け,バングラデシュ政府およびさまざまな国際機関やNGOが協働して支援を行っている.本稿はロヒンギャ難民支援の実態をフィールドワークによって明らかにし,キャンプ・世帯間の支援格差がどのように生じているのかを検討した.現行の支援体制は,多種多様な支援機関とその活動を部門内/間で調整し,またキャンプの現状を迅速かつ頻繁に把握・公開して支援活動にフィードバックする機構を備えている.しかし,最終的には支援の濃淡を解消するための全体的な調整よりも,各支援機関による現場選択が優先されてしまい,中心地から遠く,私有地に立地するキャンプでは支援が手薄になっていた.このほかにも,配給のプロセスやその形態,共同設備の管理等,現行の支援体制において改善すべき具体的な問題が明らかになった.
著者
梶田 真
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.6, pp.587-607, 2012-11-01 (Released:2017-11-16)
参考文献数
86
被引用文献数
2 1

本稿では,1990年代以降,ボトムアップ型・内発型の農村開発の推進を図ってきたEU・LEADER事業に関する学術研究の展望を行った.これらの研究は,農村開発をめぐるアクター間の権力関係の問題や,効果的なパートナーシップ構築における専門的な支援者の重要性,事業評価を通じた学習やエンパワーメントの重要性を明らかにしている.また,現場の動きを踏まえた理論化を通じて,内発型・外来型の二分論を超えた新内発型農村開発論の提起も行われている.こうした成果は,地域的・制度的な文脈の違いはあるものの,現代の日本の農村においてボトムアップ型・内発型農村開発を進める上での重要な論点を示している.また,現場の動きと社会理論の双方を踏まえて,より精緻な農村開発理論を提示しようとする試みは,農村開発に関わる研究者の研究戦略を考える上でも多くの示唆を与えるものである.
著者
松原 宏
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.57, no.7, pp.455-476, 1984-07-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
47
被引用文献数
1

本稿では,大手不動産資本によるオフィス形成の特徴や役割を明らかにするため,オフィスビルの配置,テナントの特徴,都市形成への影響の3点について検討を行なった. 先発で東京都心部に大量の土地を所有する三菱地所は,丸の内に一点集中的にビルを配置させ,オフィス街を形成してきた.これに対し,三井不動産は所有地の少なさを超高層ビルによる点的開発で補い,オフィス空間の拡大を図った.そして両社とも,おのおののグループ企業の本社・支所の拠点を形成してきた.一方,後発の日本生命は,地方中核都市などに分散的にビルを配置させ,急成長で多事業所を必要とする企業に空間を提供した.また,森ビルは港区虎ノ門周辺で,戦前からの所有地を基盤に,住宅・商店と混在するかたちでビルを建設し,対事業所サービス関連企業を主なテナントとしてきた. このように,系列,参入時期,土地所有によりオフィス空間の形成はさまざまであるが,大手不動産資本は,オフィスのより一層の集積を可能にし,あわせて都心形成を特徴的におしすすめてきたのである.
著者
田中 圭 中田 高
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.1, pp.62-78, 2018-01-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
16

広島市北郊で2014年8月20日未明に発生した土石流は山麓緩斜面に広がる住宅地を襲い,74名の犠牲者を伴う大災害を引き起こした.このような被害が発生した理由として,高度経済成長期における急速な宅地開発であると指摘されている.本稿では41名の犠牲者が集中した八木3丁目を対象に,撮影時期の異なる空中写真から作成したDSMを基に建物の建築時期を推定し,GISを用いて建築時期別に建物被害と土石流との関連について分析を行った.また,発災前にUAVを用いて撮影した範囲において,発災後に撮影を行い,それら画像からDSMなどを作成し,災害の状況を詳細に比較検討した.これらの分析結果から壊滅的な被害を受けた建物は,高度経済成長期以降に渓流の谷筋に建築されたものに集中したことがわかった.単純な高度経済成長期による宅地開発ではなく,土石流の発生危険度が高い地域に建物が建築され続けたことが,被害拡大の素因であることが明らかになった.
著者
淺野 敏久 金 枓哲 平井 幸弘 香川 雄一 伊藤 達也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.223-241, 2013 (Released:2013-11-01)
参考文献数
13
被引用文献数
2

本稿では,韓国で2番目にラムサール登録されたウポ沼について,登録までの経緯とその後の取り組みをまとめ,沼周辺住民がそうした状況をどのように受け止めているのかを明らかにした.ラムサール登録されるまでの過程や,その後のトキの保護増殖事業の受け入れなどの過程において,ウポ沼の保全は,基本的にトップダウンで進められている.また,湿地管理の姿勢として,「共生」志向というよりは「棲み分け」型の空間管理を志向し,生態学的な価値観や方法論が優先されている.このような状況に対して,住民は不満を感じている.湿地の重要さや保護の必要性への理解はあるものの,ラムサール登録されて観光客が年間80万人も訪れるようになっているにも関わらず,利益が住民に還元されていないという不満がある.ウポ沼の自然は景観としても美しく,わずか231 haほどの沼に年間80万人もの観光客が訪れ,観光ポテンシャルは高い.湿地の環境をどう利用するかが考慮され,地元住民を意識した利益還元や利益配分の仕組みをつくっていくことが課題であろう.
著者
神田 竜也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.1, pp.21-43, 2010-01-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
25
被引用文献数
1 2

本稿では,長門市油谷地区の事例を中心にして,肉用牛繁殖農家の水田放牧導入とその普及要因を明らかにし,水田放牧の規模拡大および新規導入を可能とする条件について検討した.油谷地区における水田放牧の普及要因には,①放牧施設の整備に関連する事業の助成を利用できたこと,②肉用牛飼養の省力化,飼料コストの削減に水田放牧が効果的であること,③畜舎近くのまとまった土地を放牧地に利用できたこと,④地域リーダーの存在を指摘できる.また,放牧地の確保と放牧面積拡大,低コストによる放牧施設の整備,先発放牧農家の指導的役割が,水田放牧の新規導入と継続のための条件として位置づけられる.水田放牧による畜産的土地利用は,耕作放棄の進む中山間地域において,肉用牛繁殖農家の高齢化対策と新たな農地管理策としての可能性を有している.
著者
三木 理史
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.89, no.5, pp.234-251, 2016-09-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
60

本稿の目的は,1920年代における漢人の満洲への出稼移動に着目し,満鉄旅客輸送の特徴を明らかにすることにある.その具体的課題は,満鉄の鉄道旅客輸送の実態と,旅客の中心であった出稼者の移動の2点の解明で,本稿の分析結果は以下の4点にまとめられる.1. 出稼地は次第に南満から北満へと移行し,出稼者が満鉄線と中東鉄道線の利用増加を促進した.2. 出稼者の入満経路は大連経由が増加して京奉鉄路経由が減少した.3. 出稼者は三等や貨車搭乗(四等)で割引運賃や無賃による利用が多く,輸送人員も非常に大量であった.4. 北満への出稼者誘致は当初吉林省が積極的で中東鉄道東部線沿線を中心に進み,中ソ国境での紛争や自動車輸送の進展などの事情によって,次第に未開発地の多い西部線沿線へと移った.鉄道にとって無料や低運賃の出稼者輸送の意義は,大量性に加えて,穀物輸送貨車の空車回送の間合い運用が可能な点にあった.
著者
三浦 尚子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

<b>1.問題の所在</b><br>&nbsp; 現在の社会政策は,社会経済構造の変容に伴って生じた諸問題の解決を「社会的包摂social inclusion」に希求している。政策立案にかかわる宮本(2013)によれば,社会的包摂とは,排除された人々の単なる保護ではなく,その社会参加と経済的自立の実現を重視する概念である。ただし宮本の推奨する社会的包摂は,市場労働を意味する雇用を中心に,家族,教育等を周辺に位置づけており,雇用中心の政策基調であることに変わりはない。<br>&nbsp; しかしアーレント(2015)の『活動的生』に依拠すれば,労働は人間の根本活動の一つであり,ほかの根本活動である制作や行為(活動)に対して優位な概念ではない。むしろ,人間の複数性を前提とし言論と不可分である行為(活動)にこそ,最も価値の高い活動力とする。<br> そこで本発表では,「地域」で生活する精神障害者の日常的な諸活動を通して展開される社会的包摂の過程を,当事者の「ケア空間」(三浦2016)の活用に注目して検討する。研究対象は,東京都R自治体の精神障害者通過型グループホームを利用し,「ケア空間」の形成に一役を担った元入居者17名とする。障害の程度は,障害支援区分認定調査で区分2から区分3と判定された者が多い。確定診断は統合失調症が最も多く,次に(大)うつ病,アスペルガー障害,認知症,境界例パーソナリティ障害,薬物依存,てんかん等が挙げられる。東京都R自治体は,精神保健福祉の先進事例地域である。調査方法は,非構造化インタビュー調査と参与観察を併用し,期間は2015年12月から断続的に実施した。<br><b>2. 被調査者の日常的な諸活動を通じた「ケア空間」の形成</b>&nbsp;&nbsp;<br> 調査の結果,被調査者の日中の活動先としては作業所が目立ち,「地域生活」が「病院の外の場全般ではなく,作業所だとかそんな場」(立岩2013)であることが示された。被調査者の語りによれば,「なんちゃってB」(三浦2013)を自称し,居場所的な役割を果たしてきた作業所では,職員の人事異動に伴い「ケア空間」の揺らぎが見られた。長期の通所者は就労と結婚を機にほぼ通所しない選択をしたが,まだ体力や精神力の面で不安を抱え他の作業所に活動の場を移せない者は,むしろ作業所内で「ケア空間」の復活を試み,他機関への相談等,孤軍奮闘している様子が見受けられた。また,別の作業所にて職員とのトラブルにより退所を余儀なくされた被調査者は,日中の活動先を失い「朝も昼もプラプラする」ことへの悲嘆と憤怒の表情を見せたが,衝動性を自制しその場にいた者との「ケア空間」が壊れないよう配慮していた。<br> 作業所以外にも,自宅近隣の店舗で店員に友人となるよう依頼する者や,アルバイト就労先で統合失調症と伝え,疾病や障害への理解を上司や同僚に求めながら勤務する者がいた。また一人で自宅にいるとうつ状態に陥る者は,通過型グループホームに日参して現入居者に食事を作る等自らケアする立場に立つことで,耐え凌いでいた。<br>&nbsp; 公的なサービス事業の利用のほか,ボランティア活動と専門学校通学で週7日すべてに日中の活動先があった事例は,自傷行為抑制のため被調査者自らが計画した生活スタイルであり,ケアする/される立場のバランスを取りながら,「地域で暮らす楽しみ」を見出していた。 &nbsp;被調査者は,個々別々の方法ではあるが,精神的な安定と居心地の良い場所の獲得に向け,当事者活動の一環として「ケア空間」の形成が試されている点が明らかとなった。<br><b>3. 雇用から活動中心の社会的包摂の実現に向けて<br></b>&nbsp; 本調査で得られた知見は,以下の通りである。(1)被調査者は,精神的に安定している場合はその維持のためにかなり活動的であったが,活動内容は労働に限定されず多種多様であった。(2)被調査者の活動には居場所の獲得が含意されており,通過型グループホームの経験を生かして専門の施設以外でも「ケア空間」の形成が試されていた。(3)活動先の「ケア空間」が脆弱化したとしても,東京都R自治体のメンタルヘルスケアのネットワークが機能して,(1),(2)の実現を後援していた。 <b><br>文献<br></b> アーレント,H.著,森 一郎訳2015.『活動的生』みすず書房. <br> 立岩真也2013.『造反有理-精神医療現代史へ』青土社. <br> 三浦尚子2013.障害者自立支援法への抵抗戦略-東京都U区の精神障害者旧共同作業所を事例として.地理学評論86:65-77. <br> 三浦尚子2016.精神障害者の地域ケアにおける通過型グループホームの役割-「ケア空間」の形成に注目して.人文地理68:1-21. <br> 宮本太郎2013.『社会的包摂の政治学-自立と承認をめぐる政治対抗』ミネルヴァ書房.