著者
嶺崎 寛子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究の目的は「ムスリマ(イスラーム教徒の女性)によるイスラーム言説の創出および利用の実態を、彼女たちの日常実践と法識字レベルとに注目して明らかにすること」である。本年度の研究では、1)イスラーム言説にかかるムスリマの主体的活動について研究するとともに、2)2011年に起きた革命といわゆる「アラブの春」についての情報収集と分析を行った。本年度は具体的には、1)イスラーム言説の利用について、女性説教師の活動を事例として、権威というキーワードを用いて論じた英語論文を完成させた。この論文はオランダ・ライデンの著名な出版社、ブリル社から刊行された論文集に査読を経て掲載された。この本にはインデックスの語句の選定・語句説明の執筆、アラビア語の英語表記の方法等の決定、分担執筆など、論文だけではなく包括的な形で関わった。MLを立ち上げ、世界各国をフィールドにする多国籍の他の執筆者とEメールで意見交換しつつ、決定し、分担して執筆する過程で、学術的な国際的ネットワークを築くことが出来たことも今年度の成果である。2)アラブの春で宗教界が果たした役割について、現地紙等を資料にキリスト教、イスラームについて整理・分析を行った。日本語で読める、宗教界にフォーカスしてアラブの春を分析した研究はなかったため、本論文はアラブの春を多角的に理解するため、一定の貢献をしたといえよう。(嶺崎寛子「エジプト、1月25日革命を読む-宗教の視点から」『国際宗教研究所ニュースレター』70.東京:国際宗教研究所、pp.11-16)。
著者
岡 まゆ子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

1.卵胎生ウミタナゴを用いた母仔間移行研究大槌湾にて採集したウミタナゴの親魚(n=25)と胎仔(n=10)中の有機塩素系化合物(OCs)濃度を調査した。胎仔は出生直前に指数関数的に汚染物質を体内に蓄積していることが明らかとなった。これは、親魚の血液に含まれるリポ蛋白のうち有機塩素系化合物と親和性の高い種類が妊娠後期に分泌されるためであることが推測された。最終的に胎仔中の濃度と親魚中の濃度は平衡に近い値を示した。これは妊娠期間の長い卵胎生魚に特徴的であることが考えられ、胎仔への危険が高いことが明らかとなった。2.サケ科魚類におけるOCsの蓄積特性サクラマスは降海する降海型と一生を河川で過ごす残留型が存在する。降海型サクラマスは約1年半の河川生活ののち、降海する。約1年後に母川回帰し、遡上後約4ヶ月河川で成熟を待ってから産卵する。各成長段階におけるOCs蓄積を調べるために、幼魚から回帰親魚まで幅広い生殖腺指数(GSI)を持つサクラマス中のOCs濃度を調べた。海洋生活期を経たサクラマスは降海直後と比較して筋肉中で最大58倍、肝臓中で最大11倍にOCs濃度が増加した。卵形成の時期が近くなるにつれ、肝臓へと脂肪は集中する。この時、OCsの肝臓中濃度が筋肉中濃度の約7倍となり、降海直後の約4倍と比較すると高い値を示した。このことから、OCsも脂肪とどもに肝臓へと移行することが示唆された。卵形成がさらに進むと肝臓中で合成された脂肪や蛋白が卵へと移行し、肝臓中OCs濃度は徐々に減少した。肝臓中OCs濃度はGSIが5%付近で筋肉中濃度と並び、最後には筋肉中濃度より下回ることが明らかとなった
著者
清水 健
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

今年度は主に(100)面と(110)面極薄SOI MOFETにおける移動度をより詳細に調べるための試作活動、および方向依存性を理論的に検討するための数値計算の両面における活動を開始したところであった。より具体的には、極薄SOIにおける移動度の方向依存性を調べるために共通チャネルを有する(110)面極薄SOI MOSFETを実際に試作し、評価を開始したところである。実験結果について今のところ大きな進展はないが、少なくとも当初の机上予測どおり、厚膜を有するSOI MOSFETにおいては定量的に移動度の方向依存性を比較することが可能であることを確認した。今後の課題については、SOIが10nmを切るような極薄膜において移動度を比較することが可能であるかを、実験および測定の両面から検討する必要がある。他方、数値計算においては若干の進展があり、SOI膜厚に依存して伝導方向の有効質量に変化が生じることを理論的に確認することができた。以上の結果については、実験結果とあわせて何らかの形で学会や論文誌へ投稿する予定である。これまで移動度、ひいては電流の方向依存性について十二分な議論がなされている状態からは程遠く、以上の結果を広く公開することは、学術活動としての評価のみならず、産業界へもメッセージを発信することが可能であると考えている。また、前年度に学会へ投稿していた論文が無事に採択されたので、6月にハワイで開催されたIEEE Silicon Nanoelectronics Workshopにおいて口頭発表を行った。本結果については今年度に明らかになったものではないので詳細は省くが、特別研究員の科研費で出張を行ったので報告しておく。自身の発表に際しては質疑も行い、また発表後の休憩時間にも複数の異なる研究グループから詳細について質問を受けたので、一定の評価はなされたものと考えている。
著者
藤井 眞理子 大塚 一路 高岡 慎
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

本研究では、短期から長期までを含む金利の期間構造全体の時間変動、すなわち、ある特定の時点における満期方向へのクロスセクションの動きとそれらの時間を通じたダイナミックな変動を3次元空間における一体的変動として把握し、記述するモデルを構築した。特に、近年のマクロ・ファイナンスのアプローチをも参考としてマクロ経済状況と期間構造の3次元的変動の関連を考慮したモデル構築を行った。準備として利付国債のデータからゼロイールドの時系列を求め、はじめにレジームの変化を想定したモデルによる分析を進めた。すなわち、アフィン期間構造モデルにレジームのマルコフスイッチングを考慮したモデルおよびより柔軟なランダム・レベルシフトのモデルを期間構造の時系列に適用した結果、一定の局面転換が統計的に検出され、それらがマクロ経済状況の変化ないし金融政策の転換等に対応していることが観察された。このため、マクロ経済変数との関係を明示的に考慮する期間構造の変動モデルを仮定して実証分析を進めた。まず、イールドカーブをNelson-Siegelモデルと呼ばれる関数で近似し、カーブを特徴付けるレベル、傾き、曲率という3要素の時間変化に影響を与えるマクロ変数について検証した。次に、この分析により適切と考えられるマクロ変数を用いてカーブの3要素と期間構造を状態空間モデルの枠組みを用いて同時にモデル化し、カルマンフィルタによる推定を行ってモデルを特定した。このモデルは、全体としてはイールドの3次元変動をよく近似できるが、過去の個別の局面を分析すると具体的なマクロ変数の選択には改善の余地もあることも分かった。なお、本研究では、仮想ポートフォリオを用いたカリブレーションなどについては十分に研究を進めるに至らず、今後の課題となった。
著者
目黒 紀夫
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年度はケニアにおいて約3ヶ月の現地調査を行い、それと前後して3件の学会発表と2本の研究成果を発表した。現地調査では、利害関係者間の合意形成のあり方を集中的に調査した。第一に、新たに野生動物保護区を建設しようとする国際NGOと地域住民が結成する土地所有者グループのあいだの集会の様子を参与観察した。国際NGOは保護区がもたらす便益について曖昧さを残した説明を続けながら住民とのあいだに建設の契約を取り交わすことに成功したが、その後に契約内容を正確に理解していない住民とのあいだに軋轢を持つようになった。住民は土地所有権が契約によってどのように制限されるかを理解しておらず、相互に不信感を持つ住民と外部者のあいだでいかに協働体制を構築するかは大きな課題であることが判明した。また、共有地上に建設された野生動物サンクチュアリを経営する観光会社の契約更改が近づき、新しく契約する会社をどこにするかをめぐり地域コミュニティのリーダー間で対立が生じた。結果として、好条件を提示していた会社との契約が不可能となっていた。これまでリーダー表立って相互に敵対することはなく、土地の私有化にともないコミュニティ内の紐帯に変化が生じており、それがコミュニティ全体の利益を阻害する可能性があることが確認できた。地域コミュニティを主体とした野生生物保全の可能性を、これまで外部者が持ち込むプロジェクトの成果から検討してきたが、本年度の調査からはプロジェクトが一定の成果を上げたとしてもコミュニティ内および地域内外の人間関係が良好でない時には、保全に向けたイニシアチブが地域において生まれにくいことが明らかとなった。
著者
角陸 順香
出版者
東京大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

本研究は、サステナブルビルディングの現状を踏まえた上で、特にサステナブル改修について焦点を絞り、既存建築物のサステナブル化を受け入れる社会システムについて明らかにすることを目的としている。そのため、はじめに新築工事、改修工事の両方の現状について調査を行った。現在使用されている構造補強、熱や空気などの建築環境性能向上、エコマテリアル使用、環境共生の仕組みの設置などのサステナブル技術や、その背景となる経済的、社会的要求などについて整理するために、先進事例の多い公共施設などを中心に文献調査を行った。さらに、意思決定プロセスの観点から、具体的なサステナブル改修の事例について関係者へのインタビューや現地調査を行った。本年度の成果は、具体的には以下の通りである。1. 現在、日本国内及び海外においてサステナブルビルディングと評価されているものに関して、新築、改修を問わず、建物概要や採用されている技術等について、既往研究論文、書籍、雑誌などの文献を通して情報収集し整理する。用途を限定せず出来るだけ多くの事例収集を行うが、特に先進事例の多い公共施設について重点的に調査を行う。検索する雑誌は「新建築」「a+u」「日経アーキテクチュア」「Re」「月刊リフォーム」とした。2. 1の調査結果をまとめて分類しデータベースを作成して、サステナブルビルディングの現状に関する情報を整理した。3. 文献調査をもとに、この分野における有識者にインタビュー調査を行い、広い見識を得た。4. 国内の事例に関して、現地調査と関係者へのインタビュー調査を行った。
著者
岡野 栄之
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

神経系に発現している遺伝子の多くは、選択的スプライシングにより遺伝子産物の多様性を形成し、偏在的に発現している遺伝子の中でも神経系における特有の構造と機能を獲得しているものが知られている。この結果生じる遺伝子産物の多様性は、複雑な神経系の発生過程と可塑性等において重要な役割を果していることが予想される。しかしながら、この神経系における選択的スプライシングの機構、特にそこに関与する遺伝子産物に関しては、殆ど知見がない。申請者は、神経系のスプライシングを調節していると考えられる神経細胞特異的RNA結合性蛋白質をコードするmusashi遺伝子を、ショウジョウバエ神経系に異常を有する変異体のスクリーニングにより同定することに既に成功している。loss-of-function typeのmusashi変異体においては、成虫の外感覚器を構成する細胞群(Neuron,Glia,Tricogen,Tormogen)の発生過程における運命決定における異常が観察された。即ち、NeuronとGliaの前駆細胞(Neuron Glia Progenitor,NGP)がTricogenとTormogenの前駆細胞(Socket Shaft Precursor;SSP)に形質転換していることが明らかとなった。従って、ショウジョウバエmusashi遺伝子産物は、RNA結合性蛋白質として、post-transcriptional levelにおいて下流遺伝子群の発現を調節することにより、神経発生過程における細胞の運命決定を制御していると考えられた。更に我々は、より複雑で高次の神経系を有する哺乳類におけるmusashi遺伝子ファミリーの役割を明らかにするために、musashi遺伝子のマウス相同分子(mouse-musashi)の単離にも成功しており、これも神経系特異的なRNA結合性蛋白質をコードすることを明らかにした。mouse-musashi遺伝子産物は、神経系の未分化幹細胞において発現しており、ショウジョウバエの相同分子との類似性より、これも、哺乳類神経発生過程における細胞の運命決定を制御していると考えられた。又、本分子のRNA結合能の証明についても成功しており、今後下流標的遺伝子の同定をおこなって行きたい。
著者
伊藤 太二 伊庭 英夫
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

本研究では、AP-1結合配列を持つ標的遺伝子の発現誘導に刺激特異性が見られる現象を支える分子機構を解明すべく、SWI/SNF複合体にsubstoichiometricalに結合する因子の同定と生化学活性の解析を行った。特に、BRG1に結合する因子群の中に見いだされたp54^<nrb>及びPSFに焦点を当て、これとSWI/SNF複合体構成成分との結合に関する生化学的解析とその結合が果たす役割について精査し、以下の成果を得た。1.p54^<nrb>はSWI/SNF複合体構成成分のうち、BRG1、Brm、BAF60aと直接結合する。一方、Ini1との直接結合は見られない。2.p54^<nrb>及びPSFはBRG1型及び、Brm型SWI/SNF(もしくはこれらに類似した)複合体に結合する。3.p54^<nrb>及びPSFは初期転写、splicing、'A to I'にeditingされたRNAの核内保持等に機能する多機能性タンパク質である。したがって、これと結合するBrmがalternative splicing過程に関与しているか精査した。元々BRG1の発現を欠くヒト非小細胞肺癌由来H1299細胞株において、Brmのノックダウンを行い、SWI/SNF複合体の機能を失わせたところ、Brmのノックダウン後二ヶ月以内に、細胞の老化を伴うgrowth arrestが観察された。4.3で観察されたgrowth arrestはテロメアの短小化を伴うものであり、Brmをノックダウンすると、AP-1の標的遺伝子であるtelomerase reverse transcriptase(TERT)遺伝子の初期転写量が減少し、かつその転写産物が受けるaltenative splicingのパターンが変化し、不活性なTERTタンパク質をコードすると考えられるmRNAの割合が増加することが判明した。5.H1299細胞内では、Brm、p54^<nrb>はTERT遺伝子のプロモーター領域及びalternative splicingのacceptorを含む領域に特異的に局在している。本研究から、p54^<nrb>を含むSWI/SNF(もしくはこれに類似した)複合体は、恐らくはAP-1をはじめとする転写制御因子群によってTERT遺伝子のプロモーターに動員され、転写開始を誘導した後、その複合体分子が引き続いてalternative splicing過程にもcisに作用し、活性のあるTERTタンパク質の効率良い発現に多段階で機能すると考えられた。そして、AP-1の標的遺伝子群の中でも、特定の遺伝子群に対してのみ、p54^<nrb>を含むSWI/SNF複合体が多段階で機能し、効率良い遺伝子発現制御を行っている可能性が示唆され、AP-1の持つ多機能性を説明するための端緒が見いだされた。
著者
安楽 泰孝
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

前年度までに静電相互作用力を形成駆動力とする100-300nmのNano-PICsomeを容易に作り分けることに成功した。しかしながらこれらの粒子は生理条件下での安定性が低いため、申請目的にあるような生体内でデリバリーキャリアとして応用する際に問題が生じる。そこで当該年度では、まず水溶性の縮合剤である1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide hydrochloride)を用いてPIC膜中にアミド結合を形成することで、生理条件下でも安定にサイズと構造を維持可能な架橋Nano-PICsomeを調製することに成功した。さらにこの架橋Nano-PICsomeは、従来のNano-PICsomeとは異なり「耐凍結乾燥」「耐遠心濃縮安定性」を有していることをも明らかとした。また、加える架橋剤の量でPIC膜の透過性をコントロールできることも示し、選択透過性を有するNano-PICsomeという新しいベシクルキャリアの提案を行った。さらにサイズの異なる架橋Nano-PICsome(100-200nm)を調製し、担がんマウスの尾静脈より循環血液中に導入することによって、その血中滞留性および臓器分布を評価した。その結果、100-150nmの架橋Nano-PICsomeは、がん組織における血管壁が物質透過性の亢進を示すという性質(EPR効果)に基づいて、がん局所への高い集積性を示すことを明らかとした。一方、サイズを大きくした150-200nmのNano-PICsomeは、約20時間という著しく長い血中半減期を達成出来ることが明らかとなった。この値は、これまで報告されている他の中空粒子型キャリアと比較して、同等かもしくはそれ以上であり、今後、生体内長期循環型デリバリーキャリアとして応用展開される可能性が示唆された。このように本研究は、サイズと構造が厳密に制御された中空粒子を設計する独創的な指針の提案や得られた成果の薬物送達システムとしての高い有用性から考えて、バイオマテリアルの分野において極めて秀逸であると考えられる。
著者
算用子 麻未
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2007

長く採った挿し穂の基部と先端の両端を挿しつけアーチ状にしたアーチ型挿し木の実用方法として、小崩壊が起こり、裸地化した林道法面への緑化を考える。アーチ型挿し木での緑化の特徴は、アーチ部分へ土砂が堆積、固定されると、その土砂に植物が侵入してくることも期待できることにある。今回はアーチ型挿し木の可能な崩壊地の形態や、有効な挿し穂の配置方法の検証を目的とする。試験は東京大学附属演習林である千葉演習林と秩父演習林で行った。挿し穂の長さは80cm、両端の挿しつけ深さは各20cmとし、挿し穂を階段状に配置した。一部の挿し穂には挿し穂の抜け防止針金を実施した。樹種は千葉演習林でウツギを、秩父演習林ではフサフジウツギとバッコヤナギを使用した。また、秩父演習林では挿し付け直後にシカによる食害が発生したため、柵を設置した。千葉演習林では試験区を3ケ所設置したが、全体の生存率は35.2%と非常に低い。これは主に水分条件の悪さが影響したためと考えられる。挿し穂の抜け防止針金は非常に有効であったが、挿し穂が枯死してしまうと挿し穂が折れることが多く、それでは意味を成さないので、やはり挿し穂の生存率を上げることが重要であると言える。秩父演習林は、秋までの生存率がフサフジウツギで81.7%と非常に高かった。フサフジウツギは、シュートの成長もよく、ウツギと比べて葉も大きいため、視覚的な緑化効果は非常に高い。しかし、今回の試験地は冬季に積雪があり、その重量に耐えきれず多くの挿し穂が流亡し、3月には生存率が38.3%まで落ち込んだ。結果として、アーチ型挿し木だけで崩壊の進行や積雪による挿し穂の流亡を防ぐことは困難であり、実用するためには、斜面長の短い斜面に限るか、間伐材を利用した方法との併用など対策が必要であると言える。また、今回は試験期間が短かったため、アーチ部分への土砂の体積は観察されなかった。
著者
黒木 忍
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究は,触覚ディスプレイを用いて自然な手触り感の伝達・共有を行うための基盤を確立することを目的としている.リアリティのある自然な触刺激を複数種類提示できるような触覚ディスプレイの設計は,提示情報の量が爆発的に増えてしまうという問題を抱えており,未だ実現されていない.触覚ディスプレイの設計においては,まず「ヒトが触覚的に外界をどのように認識しているのか」を部分的に解明し,情報量を絞って効率的な提示を行う必要性がある.我々の皮下に存在する複数種の受容器は,各々が異なる時空間精度で皮膚変形の符号化を行っているため,末梢における符号化の違いが中枢における情報処理の違いにも結びつくと考えられる.そこで本研究では,ヒト指先において高い空間分解能を持つMeissner小体(RA系)と高い時間分解能を持つPacini小体(PC系)の2つの系に着目し,低周波振動するピンでRA系を,高周波振動する円柱でPC系を選択的に活動させることで情報処理過程の分離を行い,入力信号の時空間的な解釈について心理物理実験を用いて調べた.片手の人差し指と中指に対し2つ振動を加えて実験を行った結果,低周波振動を用いた場合と高周波振動を用いた場合ではその他の条件を揃えても2振動の関連付けられ方が異なること,特に高周波振動では振動の加えられた時間や位置の知覚が不明瞭になることが明らかになった.この結果は,末梢における受容器密度の違いだけからは説明することができない.高周波振動は,小型の振動子で提示が可能であること,また小さな振幅で知覚を引き起こすことが可能であることから,携帯電話やゲーム機など,従来の触情報提示デバイスでは広く用いられてきている.しかし今回の結果は,高周波振動では空間的な2点が1点に縮退するのみならず,時間的な2点も1点に縮退することを示唆しており,歩行支援や方向指示などへの高周波振動の利用には一定の注意が必要となることを示している.
著者
BAKHRONOVA Munisa (2010) バフロノヴァ M (2009) BAKHRONOVA MUNISA (2007-2008)
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年度は、11月17日~12月16日まで28日間ウズベキスタン、サマルカンド市内の旧市街に位置する伝統的な4つのマハッラ(Xuja・Zudmurod(タジク人が主に居住)、Qoraboy Oqsoqolマハッラ(タジク人とユダヤ人が居住)、Ozodマハッラ(ジプシー、タジク人が居住)、Obodマハッラ(トゥルクメン人、タジク人が居住))において最終的なフィールドワークを実施した。さらに、それぞれの4つのマハッラ内で行われる女性のみの集まり、Bibi SeshanbeやBibi Mushkulkushodに参加し、行事を仕切る女性のリーダーにも聞き取り調査を行いました,今までの質問票調査、インタービューの最終結果をまとめ、それぞれのマハッラのリーダー(Oqsoqol,Noib)、サマルカンドのコミュニティ社会、マハッラの歴史などに詳しいサマルカンド国立外国語大学、Samiboey Xurshed教授、文献調査の検索などに協力をえたウズベキスタンの首都タシュケントのIjtimoiy Fikr(Public Opinion Study Center)の方々にお会いし、最終的な調査結果の報告をした。本研究のウズベキスタンのコミュニティ社会の研究にどのような貢献をもたらすことができるのか、成功と欠点について皆さんの意見、指摘などを聞いた。最後に、サマルカンド国立外国語大学の英語学部3、4年生向けのSamiboev教授のセミナーにも参加し、最後に30分の研究発表をする機会あった。また、2011年1月12日~22日まで11日間欧州の首都ブリュッセルのシンクタンクCentre for European Policy Studies(CEPS,世界でのトップ10位に入る非常に優れたシンクタンクの一つである)。最近では、中央アジア出身の博上課程の優れた若手研究者がCEPSに数人集まっており、1月に行われた集まり会に参加することができ、自分の研究を紹介する機会を与えられた。
著者
有賀 弘 高橋 進 曽根 泰教 坂野 潤治 半沢 孝麿 佐々木 毅
出版者
東京大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1986

本研究の目的は, 政治過程における議会の機能を政治思想史的, 政治史的, 現状分析的に多角的に検討することにある. こうした政治学的なアプローチを駆使することによって, 単なる法制度論のレベルで終わりがちだった議会制の研究は, より一層の前進を見ることができるのである.本研究による第一の成果は, 20世紀に入ってからの行政国家化, 福祉国家化とともに議会機能が低下したという通説的な理解である議会無能論ないしは議会無用論に対して, 再検討を加えた結果, 次の点が明らかになったことである. (1)シンボル・統合機能, (2)立法機能, (3)代表機能, (4)(議院内閣制における)行政部形成機能, (5)争点明示機能, (6)行政部統制機能, (7)政治的補充機能などのすべての議会機能が一様に低下したのではない. むしろ「政治」課題や案件の増大に伴って, 政策形成や決定の機能は, 議会だけでなく行政部や政党, マス・メディアや「運動」などの政治的生体に分担されるようになったが, その多くは, 議会の媒介的機能を通じて政治の「場」に登場してきているという点である.第二の成果は, 従来の議会研究においては, 議会制民主主義のモデルとしてのイギリスや強い影響力をもつアメリカの議会がおもに歴史的視点に立って分析されてきたが,本研究においては, 両国だけでなくドイツ, イタリア, オランダそして日本の議会も分析の対象とし, しかも比較的最近の動向まで扱っているために, かなり網羅的になった点である.とくに日本の議会制については, 戦前の帝国議会と戦後の国会の双方を扱い, しかも議会機能の諸モデルの検討や代替モデルの仮説的提示, 各種の事例やデータによる分析を行っており, 包括的な検討が加えられた.本研究の成果は, 今後さらに議会研究を進める際, その重要な拠り所となるであろう.
著者
田近 英一 多田 隆治 橘 省吾 関根 康人 鈴木 捷彦 後藤 和久 永原 裕子 大河内 直彦 関根 康人 後藤 和久 大河内 直彦 鈴木 勝彦 浜野 洋三 永原 裕子 磯崎 行雄 村上 隆
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2006

約25億~20億年前に生じた全球凍結イベントと酸素濃度上昇の関係を明らかにするため,カナダ,米国,フィンランドにおいて地質調査及び岩石試料採取を実施し,様々な化学分析を行った.その結果,同時代の地層対比の可能性が示された.またいずれの地域においても氷河性堆積物直上に炭素同位体比の負異常がみられることを発見した.このことから,氷河期直後にメタンハイドレートの大規模分解→温暖化→大陸風化→光合成細菌の爆発的繁殖→酸素濃度の上昇,という可能性が示唆される.
著者
原田 慈久
出版者
東京大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2007

低温域の水の電子状態を軟X線発光分光を用いて観測し、水素結合の切断に相当するピークが氷の領域でも一部残り、これが内殻正孔ダイナミクスによるものである可能性を示した。一方、アセトニトリル-水混合系においては、低温域で水混合のミクロ不均一性が増大しても電子状態の変化は小さく、ゆらぎのサイズは軟X線発光で電子状態変化を捉える領域に比べて十分大きいことが示唆された。
著者
天川 裕史 高畑 直人
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

二次イオン質量分析計(SIMS)によるホウ素同位体比の基礎的な分析手法の検討を行い、標準試料(NIST951)と併せ幾つかの実試料(海水、温泉水、大気の凝縮水)のホウ素同位体比の測定を行った。SIMS(使用機器はNanoSIMS)の測定にはシリコンウェハー上で試料溶液を赤外線ランプで乾固したものを供した。その際、従来は測定試料中のホウ素の散逸を防ぐため、ホウ素を除去した海水の添加を行う手法が推奨されてきた。しかし、NanoSIMSによる分析においては海水を標準試料や温泉水に添加するとホウ素のビーム強度はむしろ何も添加しない場合に比べ著しく低下し、この手法は必ずしも有効ではないことが示された。海水試料については単に乾固したものとその上に金の蒸着を行ったものの分析を行った。金の蒸着を行っていない海水のδ^<11>B値を直近のNIST951の測定値を用い計算すると+32〜+73となり、推奨値の+39.5とは異なる値となった。一方、金の蒸着を行った海水のδ^<11>B値を同様に金の蒸着を行ったNIST951の測定値を用い計算すると+44〜+46となり、より推奨値に近い値となった。金の蒸着にはブランクめ問題が懸念されるものの、確度の高い分析を行う上では有効かもしれない。温泉水試料のδ^<11>B値は+2.6と+5.6となり、Kanzaki, et. al.(1979)やNomura, et. al.(1979)やNomura, et. al.(1982)による日本の火山ガスの値の範囲(+2.3〜+21.4)の値となった。また、大気試料のδ^<11>B値(+1.7)は、Miyata, et. al.(2000)により報告されている東京大学海洋研究所周辺で採取した大気試料の分析値(-5.1、-1.8、+5.0)と大きくは異なっていない。これらの事実は、NanoSIMSは天然試料のホウ素同位体比の分析に十分堪えうることを示している。
著者
堀江 一之 高橋 賢 川口 春馬 町田 真二郎
出版者
東京大学
雑誌
特定領域研究(B)
巻号頁・発行日
1998

今年度は、昨年度から引き続き行ってきている単一色素を含む両親媒性高分子ユニマーの光化学ホールバーニングの研究に加えて、(1)高効率発光デンドリマーの合成とその単一微粒子分光および、(2)蛍光法による刺激応答性微粒子の単一微粒子観察とその評価を行った。前者については、コアにジフェニルアントラセン、表面にピレンを有する2世代のデンドリマー分子を合成した。溶液中337nmの光で主にピレンを励起した場合、デンドロンではピレンのエキシマー蛍光が観測されるが、デンドリマーではピレン由来の発光は全くみられず、コアからの発光のみが観測された。デンドリマー稀薄溶液から基板上に作成した凝集体微粒子は、溶液中よりも短い寿命を示した。また溶液中、凝集体いずれの場合も、エネルギー移動に由来する発光の立ち上がりは観測されず、エネルギー移動が非常に高速に起こると結論した。後者については、表面にpoly(N-isopropylacrylamide)(PNIPAM)を有し、環境に応じて粒径を変化させるコアシェル型微粒子のゲル内部もしくはヘア末端に、蛍光プローブであるダンシル基を導入し、シェル層のミクロな極性・粘性を評価した。水-アセトン混合溶媒中での微粒子の粒径は、通常の(コアシェル型でない)PNIPAMゲルと同様の挙動を示した。しかし、プローブ周囲の極性・粘性を反映する蛍光ピーク波長は、水中で微粒子とゲルとでは大きく異なり、微粒子のプローブ周囲が疎水的であると示唆された。水-メタノール、水-DMSO混合溶媒系でも同様の結果となった。共焦点レーザー走査型蛍光顕微鏡により、微粒子個々の観察を行ったところ、コアに相当する部分がシェル層より明るい像が得られた。以上の結果より、疎水性プローブであるダンシル基は、水中ではポリスチレンコア近傍に寄り集まると考えられる。
著者
大野 宗祐
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

本研究の目的は、天体の超高速度衝突時に発生する蒸気雲内における化学反応の速度を実験的に求めることと、その求まった反応速度が地球や惑星の表層環境や生命の進化にどのような影響を与えたかを解明することである。今年度は、衝突蒸気雲内部における硫黄酸化物の酸化還元反応の反応速度を実験的に推定するとともに、求まった反応速度を用い、今から6500万年前のK/T事件において硫黄酸化物がどのような環境変動を引き起こしたのかについて、理論計算を行った。本研究の手法で推定された硫黄酸化物の反応速度は、既存の気相反応の文献値よりも大きく、衝突蒸気雲の最終生成物は低温で安定な三酸化硫黄が支配的であったであろうことを意味する。この場合、K/T事件の際放出された硫黄酸化物が速やかに硫酸エアロゾルを形成したと推測される。この硫酸エアロゾルの大気中での滞留時間が、環境変動を議論するうえで非常に重要である。しかしながら、既存のK/T事件の際の硫酸エアロゾルの大気中の滞留時間の推定結果は全て、衝突直後大気中で共存していたはずのケイ酸塩の再凝縮物を無視していたため、滞留時間を何桁も過大に見積もっていた。そこで本研究では、ケイ酸塩と硫酸エアロゾルとの相互作用を考慮に入れて硫酸エアロゾルの大気中における滞留時間を計算した。その結果、硫酸エアロゾルの滞留時間は数日以内と非常に短いという結果が得られた。これは、硫酸エアロゾルによる日射遮蔽はごく短期間で終了するかわり、強い酸性雨が全球的に降ったということを意味する。本研究では計算した硫酸の降下フラックスに基づき、海洋表層の炭酸イオン濃度を推定した。硫酸の降下が大気海洋間のガス交換の特徴時間よりも圧倒的に速いため炭酸の緩衝系が弱められ、従来の推定よりも数十分の一まで炭酸イオン濃度が減少すると言うことがわかった。
著者
久方 瑠美
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度は、視野安定および物体の定位に関連する錯視として「運動による位置ずれ」錯視と、輪郭運動および眼球運動との関係を実験的に検討した。「運動による位置ずれ」とは、ぼやけた静止輪郭内に運動するもの(例えば正弦波)が存在する場合、静止輪郭が内部の運動方向へずれて知覚される現象である。従来の研究では、静止している輪郭へ内部正弦波の運動がどう影響するかについて調べられて来た。そこで本研究では、輪郭自体も内部正弦波と独立に運動する場合において「運動による位置ずれ」がどのように発生するのかを調べるために実験を行った。その結果、輪郭自体が運動していてもそれに関係なく、輪郭の位置ずれは内部正弦波の運動方向へ発生することが明らかになった。さらに、網膜上において刺激の輪郭が内部正弦波と逆方向に運動している場合に、位置ずれ量が大きくなる非対称性が明らかになった。この実験結果から、網膜上の運動情報が「運動による位置ずれ」に重要であることを示している。今後、この実験結果をふまえて、どのような種類の運動が運動による位置ずれに重要であるか検討していくことができるだろう。