著者
三宅 康幸 小坂 丈予
出版者
特定非営利活動法人日本火山学会
雑誌
火山 (ISSN:04534360)
巻号頁・発行日
vol.43, no.3, pp.113-121, 1998-06-10
被引用文献数
4

A steam explosion occurred at about 14:30 JST, February 11th, 1995, in the hot-spring area near Yakedake volcano, central Japan. More than six workers were near the site of the explosion for the road construction, and four of them were buried by the ejected material and killed. A small initial explosion began at the bottom of a 4m deep moat dug by a backhoe and it was followed by the maximum explosion, which ejected about 6,000m^3 of blocks (maximum length is more than 2m) and mud, with steam and volcanic gas. The ejecta contain gravels of welded tuff, granite and mesozoic sedimentary rocks, which are the components of a pyroclastic dike of Pliocene age, and pumiceous lapilli tuff derived from the terrace sediments covering the pyroclastic dike. The explosion caused a landslide from the western cliff and the vent was buried by the slid debris, most of which was blown away by the second explosion. All of these processes took place within a few minutes. A small depression (20×5m^2) on the west of the mound of the ejecta may represent part of the vent; its depth is estimated to be about 60m or more. Gaseous S0_2(<30ppm) and H_2S(<90ppm) were detected at the explosion site for three days after the explosion. The chemical composition of gas collected from the holes drilled after the explosion were nearly same as the gas from the summit crater of the Yakedake volcano. Because a wall-like Low-Q zone is suggested by seismologists beneath Yakedake volcano and the explosion site, it is most probable that there existed a magma beneath the explosion site and that the heat for the explosion was supplied by the magma and gas exsolved from the magma.
著者
永村 眞
出版者
智山勧学会
雑誌
智山学報 (ISSN:02865661)
巻号頁・発行日
vol.52, pp.1-25, 2003
著者
植村 邦彦
出版者
関西大学経済・政治研究所
雑誌
価値変容と社会経済システム
巻号頁・発行日
pp.185-211, 1999-03

チェチェンの分離独立運動への武力介入に動員され、苛烈な戦闘を経験して帰還したロシア軍兵士の間に、「チェチェン症候群」と呼ばれる精神的混乱が広がっている。アフガンとは違って、「相手は同じ言葉を話し、同じ国に属する人々だった」ことが要因の一つだという(1997年2月19日付朝日新聞)。旧ユーゴスラビアの内戦においても、おそらく同じような「症候群」は存在しただろう。同じ言語(セルボ=クロアチア語)を話す、同じ「国民nation」だった人々が、異なる「民族ethnic group」として敵対する。ここ数年にわたって私たちが目撃してきたのは、国際的な階級的連帯を大義としたはずの「社会主義」の幕が下りた後、一つの国家がいくつもの「民族」に解体し、「国民的アイデンティティ」がより小さな規模で新たに再構築されていく姿である。ひとをかつての同胞殺しへと駆り立てる「民族」あるいは「国民」とは、いったい何なのだろうか。「民族/国民」や「ナショナリズム」をどのように理解すべきかという問題は、19世紀と20世紀を通していまなお最大の思想的課題であり続けている。欧米では、「nation, nationality, ethnicity」や「nationalism」に関する研究の蓄積を経て、近年では、「国民nation」を資本主義世界システム内部で形成された「想像の共同体」あるいは「虚構のエスニシティ」ととらえる画期的な研究が現れている。本論文は、近代における「国民的アイデンティティ」の形成を、「想像の共同体/虚構のエスニシティ」の形成という問題視角から検討し、そのうえで、「国民」間の価値序列意識と「国民的アイデンティティ」とがどのように接合しているかを明らかにしようとするものである。そのために、まず最初に、「国民」と「国民的アイデンティティ」をめぐる様々な理論的アプローチを整理し、方法的概念を明確にすることにしたい。これらの研究は、とりわけ1980年代以降には、「人種主義」や「エスニシティ」に関する研究とも重なり合う形で活況を呈しているので、後者に関する理論的アプローチの検討も不可欠になる。第二に、こうして獲得された方法的概念を用いて、「国民」間の価値序列意識と「国民的アイデンティティ」との接合を、近代日本の事例に即して具体的に明らかにしたい。この場合、「国民」意識の形成と「西洋」認識との関連が問題となるはずである。最後に、「国民的アイデンティティ」の中核をなす「ナショナリティ」意識の変容の可能性について、「ナショナリティの脱構築」を掲げる最近の研究を手がかりとして考えてみることにしたい。
著者
柏原 宏紀
出版者
關西大学經済學會
雑誌
関西大学経済論集 = Economic review of Kansai University (ISSN:04497554)
巻号頁・発行日
vol.67, no.4, pp.695-710, 2018-03

本論文は、日本の近代化が速やかに達成された理由を探るべく、明治初年の洋行官僚について検討したものである。具体的には、明治零年代後半に時期を限定し、政府内各組織における洋行官僚を抽出して表として掲げ、それらを集計して、人数や割合の変化について考察した。結果として、当該期に洋行官僚は政府で高い価値を帯び、政府内に占める彼らの割合が、全体としても各組織単位でも増加していたことが判明し、西洋を念頭に置いた近代化政策を進める人材が確保されていたことが明らかになった。
著者
西村 安博
出版者
同志社大學經濟學會
雑誌
経済学論叢 (ISSN:03873021)
巻号頁・発行日
vol.64, no.4, pp.1356-1313, 2013-03

論説(Article)日本中世の裁判手続に関する理解の現状に関して、次の内容を明らかにした。第一に、「所務沙汰」において「当事者主義」は「原則」であるとする理解は、戦前の研究以降、継承されている。第二に、「検断沙汰」においては、「所務沙汰」における用語使用の例に倣って「弾劾主義」=「当事者主義」と定義され、用語使用の混乱が見られる。第三に、裁判手続の特色を描き出すためには、「証拠」法の究明が必要であるとの課題を示した。This study looks to clarify theories vis-à-vis legal procedures as practiced in medieval Japan, based on theories pertaining to the Kamakura shogunate. First, the prewar theory that the adversary system was, in principle, inherent in the trial of Shomu-sata, continued to be upheld. Second, the accusatorial principle used in the trial of Kendan-sata had come into use within the adversary system, but because of a misunderstanding; for this reason, there has been some confusion with regard the legal procedures therein. Third, the author addresses the means of establishing proof—an understanding of which is needed to clarify the realities of trials during that time.
著者
安部 惠子
出版者
プール学院大学
雑誌
プ-ル学院大学研究紀要 (ISSN:13426028)
巻号頁・発行日
no.48, pp.31-45, 2008

The purpose of this study was to examine the influence that a contact surface of foot sole in the childhood gives an athletic capability and a physical characteristic. The result is as follows.It developed that a child of a concave type was superior in instantaneous power and agility, and was shown the boys who had a center of gravity backward was inferior in instantaneous power, agility and stamina. In addition, it developed that the child who was a flatfoot and a center of gravity backward had high form index readings.In conclusion, it developed that contact surface of foot sole in the childhood has strong connection with an athletic capability and a physical characteristic. Results suggest that the periodical photography of the contact surface of foot sole image may become the one of important documents for healthy evaluation.
著者
印牧 信明
出版者
日本海事史学会
雑誌
海事史研究 (ISSN:03869105)
巻号頁・発行日
no.51, pp.p1-38, 1994-06
著者
松本 晴美 深澤 早苗
出版者
社団法人日本家政学会
雑誌
日本家政学会誌 (ISSN:09135227)
巻号頁・発行日
vol.58, no.11, pp.681-692, 2007-11-15
被引用文献数
3

健康上望ましい食意識・食行動の確立に及ぼす中学生の家庭での食生活環境と給食調理方式の影響を明らかにすることを目的として,給食が外部委託方式,センター方式,単独調理場方式の各2校,計6校の中学生の家庭の食生活状況,日常の食意識・食行動,学校給食に対する意識・評価,健康状態について調査を行い,それら相互の関連及び給食調理方式問の比較を行った.さらに,家庭における適切な食品摂取や夕食摂取状況は,中学生の健康的な食生活管理に対する意識を高め,そのことが学校給食での食教育や食料・食文化に対する関心の高さにつながっているという仮説をたて,パス解析による解明を試みた.分析対象は1年生から3年生計1,378名であり,以下の結果を得た.(1)中学生の家庭での食生活状況,日常の食意識・食行動,学校給食に対する意識・評価,健康状態では,各項目の回答割合や標準因子得点で学校間に有意差が認められた.学校給食が単独調理場方式である2校では,朝食及び獣鳥肉類,豆類,野菜類,果物類,牛乳の摂取頻度が高く,健康状態も良好であり,うち1校では給食に対する意識・評価が高かった.センター方式の1校では,学校給食に対する意識・評価の6つの標準因子得点のすべてが6校中最も高かった.とくに第I因子「嗜好」の得点が他校に比べて極めて高く,成人期の健康に対する関心も高かったが,他の1校とともに家庭での食品摂取状況が適切でなく,健康度が低かった.外部委託方式である2校では,学校給食に対する意識・評価の6つの因子の標準得点すべてが他の4校に比べて低く,うち1校では家庭での朝食摂取や食品摂取状況が最も不適切であり,精神的健康度が低かった.(2)学校給食に対する意識・評価の潜在変数を「食教育への関心」と「文化・社会性」,日常の食意識・食行動の潜在変数を「安全性・栄養表示への関心」と「摂食行動」,家庭での食生活状況の潜在変数を「食品摂取状況」と「夕食摂取状況」としてパス解析を行った結果,豆類や魚類のような伝統的な食品の摂取に配慮された家庭での食事内容や,楽しく会話の多い夕食摂取状況が,食品の安全性や栄養表示への関心,健康に配慮した望ましい摂食行動を伴う日常の食意識・食行動に大きく影響し,そのような食意識・食行動が,学校給食における食教育や地域の食文化,食料生産に対する意識や関心を高めていることが示された.
著者
伊藤 拓也 高岡 正憲
出版者
同志社大学
雑誌
同志社大学理工学研究報告 (ISSN:00368172)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.1-8, 2009-04

アーチェリーにおいてフィンガーリリースを行う場合、弦が指から離れることで左右方向にも押す力が生じる。アーチェリー競技者はこの逸脱を,的を真に狙わないことで埋め合わせをしなければならず、これらはアーチェリーパラドックスと呼ばれている。さらに引き込まれた弦が放されると、矢のポイントによる慣性力によって圧縮荷重が生じ、グリップとの相互作用を複雑にする.矢は弓の回りを曲がることで接触を避けるために正確な周期で振動させるべく,調整されなければならない。弓矢のパラメータとフィンガーリリースにおける矢の動きの依存性を知ることは重要である。我々は先にあるアーチェリーパラドックスの動力学モデルをアーチェリー競技者にとってより適合させるために改善した。我々のモデルには題名にもあるようにフィンガーリリースだけでなく弦の二次元運動も考慮に入れている。最良の状態に調整された値を得るために,我々は弓矢のパラメータとフィンガーリリースにおける矢の動きの依存性について調べた。In archery, when using a finger release, there is a force pushing the bowstring to the lateral direction away from the fingers. An archer must compensate this deviation by not really aiming at a target, which is called "The Archers Paradox". Furthermore, when the drawn bowstring is released, a compression force is applied due to the inertia of the point of an arrow, which makes the interaction with a grip complex. An arrow must be coordinated correctly to oscillate at just the right frequency to avoid the interaction by bending around the bow. It is important to know the dependence of arrow motion on bow-arrow parameters and finger release.We propose a dynamical model for the archery paradox, improving previous models to be more suitable for archers. The tilted motions in the finger release as well as the two-dimensional motions of the bowstring are considered in our model. To obtain tuned values, we have investigated the dependence of arrow's motion on the bow-arrow parameters and the finger release.
著者
佐藤 友梨 サトウ ユリ SATO Yuri
出版者
西南学院大学大学院
雑誌
西南学院大学大学院研究論集 (ISSN:21895481)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.123-134, 2016-02

エーリッヒ・フロムはその著書『自由であるということ』 の中で旧約聖書における神・人・歴史観を再解釈し、人間存在における自由という概念を提起している。フロムの代表作は1941年に刊行された『自由からの逃走』であり一貫して自由ということが主題となっている。第一次世界大戦後古い君主政治から新しいデモクラシーに代わって、人々は自由を手に入れたはずなのに、またしても新しい強力な権力〈ファシズム〉に服従し始めたのは何故かという問題意識がフロムの著作には一貫して流れている。フロムは他にも様々な著作を刊行しているが、それらは基本的に『自由からの逃走』で示された議論を展開したものとして理解できる。つまり、1966年に刊行された『自由であるということ』におけるフロムの議論は、『自由からの逃走』で示された議論を、旧約聖書というユダヤ教の書物から再解釈することによって発展または変容させたものであると考えられる。この意味において、『自由であるということ』を旧約の妥当な解釈を行った著作であるか否かを議論することは有意義ではない。しかし、フロムの議論は社会心理学的な面が注目されがちであるが、フロムは宗教と精神分析に独自の接近法で考察を行っているため、フロムの自由の議論においては宗教的側面に着目することが可能である。以上のことから、本稿ではフロムの社会学的及び精神分析学的側面を認めつつも、実存論的次元を明らかとするために、人間の精神の深部に迫る宗教的側面に特に注目する。