著者
南川 和宣
出版者
広島修道大学
雑誌
修道法学 (ISSN:03866467)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.81-115, 2004-02-27

1 0 0 0 OA 西園寺公望伝

著者
白柳秀湖 著
出版者
日本評論社
巻号頁・発行日
1929
著者
金山 浩司
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

1940年代日本における技術論--技術とはどういう性格をもつものかという論点をめぐる--論争を、従来は知られていなかった当時の論者の論考を渉猟・精読しつつ、再構成する作業を行った。1930年代に日本の技術論論争はマルクス主義に傾倒していた論者たちの間でマルクス主義の概念装置を用いて行われており、戦後もこの傾向が引き継がれていたが、言論弾圧が苛烈化した1930年代後半から終戦までの時期の技術論論争史はよく調べられてこなかった。代表的論者の一人である相川春喜に着目することで、かつてマルクス主義に傾倒し「転向」した知識人の一部が、戦時下の日本でもてはやされた反機械論、全体論の観点--これはマルクス主義の基本的観点と相反するものではない--を技術論の中に持ち込むことで、従来の論争を換骨奪胎しつつ、また当時の状況下で要請されるような理論的装置を用いつつ、高度な言論活動を維持しようとしていたことが明らかになった。また、当時の相川の議論は高名な物理学者である武谷三男との討論を通じて一面においては鍛えられたものでもあり、これを精読することは戦後の武谷の技術論を再検討するうえでも役立つものである。こうした成果は2月、東京工業大学において開かれたセミナーの席上で口頭発表され、現在学会報告・論文化の準備を進めている。また、ソ連と日本との科学哲学分野における知的交流についても若干の調査を行った。日本の物理学者坂田昌一が、最晩年(1960年代末)にソ連の科学哲学者オメリャノフスキーの慫憩に応じて素粒子論の哲学的問題に関する論考を執筆していたことが明らかになった。ロシア語で発表された同論考を訳とともに日本人読者に紹介する準備を進めている。ソ連における物理学をめぐる哲学論争についてロシア史研究会年会において発表し、この内容を英語の論考にまとめ科学史の学術雑誌に投稿した。現在、査読結果に応じた修正を行ってしいる。
出版者
日経BP社
雑誌
日経ネットビジネス (ISSN:13450328)
巻号頁・発行日
no.82, pp.96-99, 2001-09-25

「てくてくねっと」は、有機野菜とエコロジー雑貨を販売する電子商店だ。実店舗で好調な有機野菜がネットで売れず、試しに女性用布ナプキンを販売したところこれが大当たり。今では月商200万円を売り上げる。 長野県飯田市。JR飯田駅から徒歩7〜8分のところに、有機野菜とエコロジー雑貨の店「てくてく」がある。
出版者
日経BP社
雑誌
日経ア-キテクチュア (ISSN:03850870)
巻号頁・発行日
no.689, pp.18-23, 2001-04-02

さな扉に車いすをゴツンゴツンとぶつけながら介護ステーションへの侵入を試みるおじいさん,おだやかな顔でみんなの洗濯物をたたむおばあさん——なかにはしっかりと話す人もいるが,この特別養護老人ホームに入居するほとんどの人は重度の痴呆の症状を表す高齢者だ。 1978年に完成した特別養護老人ホーム玉川ホームの老朽化に伴い,痴呆専用棟となる南棟が増築された。
著者
内野 博司 田中 江里 岡野 信雄 船越 昭治 京極 英雄 中島 健太 本多 勇介 淵之上 康元 田中 萬吉 米丸 忠 北田 嘉一
出版者
日本茶業学会
雑誌
茶業研究報告 (ISSN:03666190)
巻号頁・発行日
vol.2000, no.89, pp.45-58, 2000-08-31 (Released:2009-12-03)
被引用文献数
1 1

煎茶用品種'むさしかおり'が埼玉県茶業試験場 (農林水産省茶育種指定試験地) によって育成された。'むさしかおり'は1967年に種子親'やぶきた'と花粉親27F1-73'の交配によって得られた実生群から選抜された。1990年から1996年に埼玉33号の系統名で16場所で栄養系適応性検定試験,裂傷型凍害及びもち病の特性検定試験が実施された。その結果,優良と認められ1997年に茶農林46号'むさしかおり'として命名登録された。樹姿は開張型で樹勢は強い。成葉の大きさは'やぶきた'よりも小さい。一・二番茶の収量は'やぶきた'と同等か多い。幼葉はやや軟らかく光沢のやや多い緑色である。挿し木発根性及び本圃での活着は良好である。一番茶の摘採期は,寒冷地では'やぶきた'より2~3日,温暖地及び暖地では3~6日遅い中晩生である。耐寒性は青枯れ抵抗性,裂傷型凍害抵抗性とも'やぶきた'より優れる。製品の色沢は濃緑であり細くよれ,すっきり爽やかな香気,濃厚な水色・旨味に特徴があり優秀である。炭疽病の被害は'やぶきた'より少なく中程度である。耐寒性が強いので,関東茶産地及びこれと気象条件の類似する東海・近畿・四国・九州の山間冷涼地で,寒害発生の常習地帯に適する。

1 0 0 0 OA 官報

著者
大蔵省印刷局 [編]
出版者
日本マイクロ写真
巻号頁・発行日
vol.1889年06月15日, 1889-06-15
著者
小嶋 康生
出版者
摂南大学
雑誌
経営情報研究 : 摂南大学経営情報学部論集 (ISSN:13402617)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.69-97, 2000-02

バブル後、日本経済は恐慌状態に突入したが、中小企業への打撃が大きく、その影響は地方経済にも大きな傷跡を残した。なかでも中小工業の集積度の高い大阪経済は全国で最も事態は深刻である。小論は、いま、大阪の中小工業に何が起こっているか、その実態を究明するとともに先行きの展望を試みた。大阪経済は、袋小路にはいってしまっている。一つは循環的要因で、もう一つは構造的な要因によってである。"平成恐慌"の影響は大きい。バブル後この10年間、局面によって干満の潮の差はあるが、中小金融機関の破綻、相次いだ企業倒産、失業者の増加、地価・株価の急落、消費不振による"縮み現象"が続く。全国で大阪の数値が一番、厳しい。アジア貿易の比重が高いだけに大阪の失速は海外にも波及、アジア各国経済をも揺さぶった。この危機を脱するため政府の一連の緊急経済対策が幾度も出され、財政、金融両面において最大限の梃入れがあった。とりわけ金融再生を眼目にした制度改正の実施、そのなかで相次ぐ日銀特融、史上最低のゼロ金利、全都市銀行への国家資金注入など異例ともいえる措置が連発された。他方、毎年、巨額な赤字国債が組まれ、大型の財政出動が"財政危機"のなかで繰り返された。それら効果もあり、99年年初から潮の目は変わったとされるが、大阪経済は改善の兆候は99年夏現在まだ、でていない。最悪の状態は脱したとしても一本調子に反転、浮揚とはいかない。なぜか。海外市場要因もあるが、構造的な問題を抱えているからである。とりわけ、中小工業の経営者は先行き不透明感を抱く。それは、金融ビッグバンに代表される財界標準への制度移行が絡んでいるからである。自由化、規制緩和などにより、戦後続いた経営の枠組みが変更され、ビジネス環境は様変わりとなりつつある。その路線を、この機に、さらに推進せんとするのが、経済戦略会議の『日本経済再生への戦略』であり、産業競争力会議がまとめた「産業再生」関連法である。日本経済10年の足踏み、この遅れをどう取り戻すか。基本は規制緩和、自由化、国際化とする。この流れに棹さすのが、大企業の多国籍化、グローバルな展開である。それは世界的な潮流になりつつあるとはいえ中小企業にとっては敵対的路線である。バーゼル協約が銀行の貸し渋りを生み、企業倒産が相次いだ事例を見ても明らかである。このような状況の中で大阪の中小工業は二重、三重の負荷を背負わされる。一つは傾向的に進む円高による輸出不振。為替レートが大企業の貿易レートで決まっていることを見れば、その被害者といえる。二つ目は、大企業の工場の海外移転に伴う産業空洞化現象。三つめは"大競争時代"とはやし立てられているが、途上国からの製品流人、Uターン流入。要素資源格差で敗退を余儀なくされている。四つめは大企業の内製化が進んできており、発注減に。五つめには親会社の製品多角化についていくための技術的、資金的な困難である。このような難題が相次ぎ産地企業、下請け企業を問わず、倒産、廃業が急増している。間違いなく産地は崩壊、また下請け企業が集積したクラスターも瓦解寸前にある。この事態はいずれは大企業にも跳ね返り、このままでは大阪経済は縮小し、地域社会にも甚大な影響をもたらすであろう。方向転換が求められている。これまでの大企業追随のあり方を清算、オルタナティブな道の模索なくして、明日の中小工業はない。
著者
経済学会
出版者
京都大學經濟學會
雑誌
經濟論叢 (ISSN:00130273)
巻号頁・発行日
vol.125, no.3, 1980-03
著者
天川 晃 我部 政男 木村 昌人 古関 彰一 福永 文夫 増田 弘 雨宮 昭一
出版者
横浜国立大学
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1992

今年度は沖縄でのヒアリングを含め2度の合宿と4回の研究会を行ったほか、総括班主催のシンポジウムにも参加した。研究分担者ごとの研究進捗状況に若干の差異はあるが、総括班シンポジウムで増田・木村の2名が各自の研究報告を行なった。具体的活動成果として、第一に9月に沖縄で行なった沖縄占領関係者に対するヒヤリング調査をあげることができる。政治、経済、教育関係者とのヒアリングを行い、占領下の沖縄の実情を聴取し、沖縄と本土各府県の占領との比較研究に関する多くの示唆を与えられた。また我部のアレンジによって沖縄の研究者・研究機関との情報交換を行なうとともに現地での関係文献の収集も行なった。第二に、司法制度と法曹関係者の人的研究は政府間関係の観点からも追放の影響の観点からも重要な検討課題であり、古関を中心に司法制度と弁護士会関係の資料収集を行った。古関は9月にできなかった沖縄の司法関係者とのヒアリングも別個に行なった。第三に、地方レベルの占領関係資料の収集を継続し外務省・終連関係資料、内務省関係資料、府県知事の伝記資料などを収集・分析した。第四に、木村を中心に全国の商工会議所を中心とする調査を継続し地方経済エリートの交替を政治過程の関係をマクロ的に観察した。研究班としての研究成果のとりまとめは総括班の成果報告と調整を計りつつ行なう予定であるが、福永の民政局の政党政策に関する分析、増田の平野力三の公職追放過程の研究など、研究分担者が部分的に成果の公表を行うことができた。また、天川が『学術月報』に「府県から見た占領改革」を執筆し研究班の研究の一端を紹介した。
著者
小藤 康夫
出版者
専修大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

本研究は「経済環境激変下における金融機関の経営行動」として、誰の目から見ても大転換したと認識された小泉純一郎首相(2001年4月〜2006年9月)のもとでの金融行政を対象にしている。それは大きく2つに分けることができる。ひとつは竹中平蔵金融相の「金融再生プログラム」であり、もうひとつは伊藤達也金融相の「金融改革プログラム」である。第1部では竹中平蔵金融相の金融行政を分析している。竹中氏が主導した02年秋の金融再生プログラムでは、当時の大手銀行グループに不良債権処理の抜本的改革を迫った。「会計」を武器としながら大手銀行の財務内容の劣悪さを曝け出し、経営改革を迫る強引な手法は過去の協調を重視した金融行政とまったく対照的なやり方であった。ここでいう会計的手法とは銀行の貸出債権を評価するにあたって新たにDCF法を採用したことであり、また将来の税金の前払いに相当する繰延税金資産を厳格に評価したことであった。これだけで大手銀行の財務内容は一転し、不良債権問題に向かって積極的に取り組まざるを得ない状況に追い詰められていった。第1部ではこうした竹中氏による大手銀行の不良債権問題への取り組みに焦点をあてながら、本当に正しい手法であったかを検討している。第2部では伊藤達也金融相によって策定された金融改革プログラムに注目し、そこで展開されている大手銀行グループ向けの金融コングロマリット化と、地域金融機関に向けたリレーションシップバンキングについて分析している。金融庁による金融改革プログラムで展開されている内容は現実の問題を直視すれば、実行するのが極めて難しい。それを強引に民間金融機関に強いれば、ただ混乱をもたらすだけである。まさに金融行政リスクの顕在化となる。本来、民間金融機関は市場の規律にしたがって行動すればよい。もちろん、将来の動きを先取りする能力が備わっていればそれでよい。しかし、成熟した日本経済は将来の動きが読み取りにくい。だからこそ、民間金融機関にとって市場からのシグナルにしたがって忠実に行動する必要がある。第2部はそうした考え方に基づきながら金融改革プログラムを中心に検討し、その内容に無理があることを理論的・実証的に明らかにしている。
著者
芦野 園子 渡辺 一郎 小船 雅義 奥村 恭男 大久保 公恵 中井 俊子 平山 篤志
出版者
NIHON UNIVERSITY MEDICAL ASSOCIATION
雑誌
日大醫學雜誌 (ISSN:00290424)
巻号頁・発行日
vol.67, no.5, pp.293-298, 2008-10-01

ブルガダ症候群 (BS) における心室細動 (VF) の発生機序として,右室流出路心筋活動電位波形の第 1 相の増強とそれに続く活動電位ドームの減高,消失に基 づく phase 2 reentry が注目されている.我々は BS と対照群に対し右室流出路 (RVOT) で単相性活動電位を記 録し,有効不応期 (ERP) および心筋活動電位持続時間 (MAPD) の回復特性について検討を行った.対象は電気生理学的検査で 3 連早期刺激までで VF が誘発された BS 9 例および対照群 8 例.基本周期刺激時における MAPDは 2 群間で有意差がなかった.しかし ERP および最短拡張期間隔における MAPD は BS で有意に短縮していた.また MAPD 回復曲線より算出された最大の傾き (slope max) は BS の方が急峻の傾向を示した.以上より,RVOT における心室早期刺激時の MAPD の短縮および slope max の急峻化が BS の VF 発生に関与していると考えられた.