著者
白川 琢磨
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.132, pp.209-242, 2006-03

福岡県豊前市を中心とする旧上毛郡一帯に展開する豊前神楽の特徴の一つは,勇壮な駈仙(ミサキ)舞であり,毛頭鬼面で鬼杖を手にした駈仙と幣役との迫力ある「争闘」が見所となっており,また幼児を駈仙に抱かせる事で無病息災を祈る民間信仰も付随している。ところが,現地の神楽講には,この争闘を天孫降臨に際して猿田彦が天鈿女を「道案内」している場面だという伝承が存在し,観衆の実感との乖離を生み,実感との余りの落差から笑いまでもたらしている。これまで,豊前神楽は民俗芸能の枠組で里神楽と位置づけられ,岩戸の演目が最後に行われることから出雲系とされ,湯立は伊勢系,駈仙の装束や振舞には豊前六峰の修験道の影響も一部見られるという解釈が一般的であったが,本論ではこの神楽を宗教儀礼として捉え直し,その観点から上述の乖離を儀礼行為と説明伝承とのズレとして解釈することを主題としている。まず,儀礼主体として社家に注目し,彼らが近世期に吉田神道の裁許を得る以前には押し並べて両部習合神道の神人であり,豊前六峰の一つである松尾山という寺社勢力の山外の周縁部末端に位置づけられていたと類推した。湯立・火渡など現行の演目やその祭文には,神楽が本来,そうした寺社勢力の末端として行なった「加持祈祷」であったことを示す証拠がかなり残されている。さらに,駈仙と幣役との争闘に関しては,現在残されている近世期の祭文を,中国地方の中世末期の「荒平」の祭文と比較することを通じて,例えば「神迎」の演目などに典型的に表象されているように,現在伝えられる記紀神話の天孫降臨(道案内)ではなく,中世神話の天地開闢譚(天照もしくは伊弉諾と第六天魔王との争闘)に基くかもしれないことを指摘した。つまり,儀礼行為はほぼ原型を伝えるのに説明言説が変更されてしまったことが乖離を派生したと捉えたのである。この変更は近世期の神楽改変の一環であり,その背景には思潮動向としての反密教的な廃仏運動があり,やがて明治初期の神仏分離,神楽については神職演舞禁止令で頂点を極め,神楽は皮肉な事ではあるが史上初めて民間に伝えられるのである。Nowadays you can see some characteristic Kagura (sacred dance) performances called "Buzen Kagura" in the Buzen district in northern Kyushu. I had the opportunity to see a typical dance, Misaki, that means Pilot Deity, but actually an ogre, a couple of years ago. I was strongly impressed, especially by the fierce battle between the priest and the ogre, with the other audience. However, the leader of the Kagura group explained to us that the battle was Leading the Way soon later. The hall was filled with quiet laughter. Laughter is generally caused by some kind of contradiction. In this case it was pointed out that there was a gap between a ritual performance and its oral tradition. Why did it occur? First, we focus on the subjects that were performing and maintaining the Kagura dance exclusively. They were not Shinto priests whom we can see nowadays, but esoteric Buddhist-Shinto priests at least in the early Edo period. Even today we can recognize some fragments of Tantric spells in the Kagura scripts left there. Therefore, Buzen Kagura should be seen as originally a magico-religious ritual which was believed to accomplish some objectives, rather than as folk art. Then, we can understand why frequent alterations of Kagura occurred through the Edo period. They were based on the reactionary anti-Buddhist movements that were composed of Revival Shinto thinkers and priests who all shared the perspective of longing for antiquity. They altered most of the Kagura scripts without a troubled conscience to fit with The Record of Ancient Matters and Chronicles of Japan. However, their alteration of Kagura has not been completed yet. Rather, they left it uncompleted and could not but hand them down to people because of the ban on dancing by Shinto priests in the early Meiji period. And this is the reason why there is a discrepancy between what was performed and what was explained about Buzen Kagura.
著者
水谷 令子 久保 さつき 西村 亜希子
出版者
日本食生活学会
雑誌
日本食生活学会誌 (ISSN:13469770)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.55-61, 1996

三重県における粥占いを調査し, 稲作農業との関連について考察した.<BR>1.粥占いは, 四日市から松阪までに分布しており, この領域は, 伊勢平野の稲作地帯とほぼ一致している.<BR>2.占いの対象は, ほとんどが, 稲作の早稲, 中稲, 晩稲である.一部では, 麦, 小豆, 野菜類が加わっている.<BR>3.粥占いはおそらく, 小正月に民俗行事として行われていたものが, 後になって, 五穀豊穣を願う神事としても行われるようになったと考えられる.<BR>4.ある地域では, 小豆粥を用いて占いが行われている.小正月に小豆粥やぜんざいを食べて無病息災を願う風習があることとの関連が考えられる.
著者
森山 一郎
出版者
日本商業学会
雑誌
流通研究 (ISSN:13459015)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.101-118, 2016 (Released:2017-05-25)
参考文献数
21

小売業者主導の垂直的流通システムについては、これまで資本統合を伴わない管理型を中心に検討が進められてきた。しかし、実際には、小売業者が生産段階の垂直統合に乗り出す例は少なくない。このような企業型と呼ぶべき生産段階への関与は、小売業者主導の垂直的流通システムに関して看過されてきた嫌いがある。そこで本稿では、その最も初期的な事例であり、かつ長期にわたる取り組みを経て品質面での競争優位を獲得したダイエーの牛肉事業を取り上げ、その展開プロセスとそれが成果を生むに至った要因を検討した。本稿における検討の結果、ダイエーの牛肉事業が垂直統合を通じて競争優位を獲得することができたのは、それが牛肉という漸進的な技術・品質改善が有効な商品分野であったこと、垂直統合の継続性が担保されたこと、過度に物量を追求しなかったことによるものであることが示唆された。このような検討結果は、小売業者主導の垂直的流通システムに関して、垂直統合の観点も含め、さらに詳しく検討する余地があることを示している。
著者
Ganesh C. Jagetia
出版者
SOCIETY FOR FREE RADICAL RESEARCH JAPAN
雑誌
Journal of Clinical Biochemistry and Nutrition (ISSN:09120009)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.74-81, 2007 (Released:2007-03-14)
参考文献数
60
被引用文献数
139 181

Ionizing radiations produce deleterious effects in the living organisms and the rapid technological advancement has increased human exposure to ionizing radiations enormously. There is a need to protect humans against such effects of ionizing radiation. Attempts to protect against the deleterious effects of ionizing radiations by pharmacological intervention were made as early as 1949 and efforts are continued to search radioprotectors, which may be of great help for human application. This review mainly dwells on the radioprotective potential of plant and herbal extracts. The results obtained from in vitro and in vivo studies indicate that several botanicals such as Gingko biloba, Centella asiatica, Hippophae rhamnoides, Ocimum sanctum, Panax ginseng, Podophyllum hexandrum, Amaranthus paniculatus, Emblica officinalis, Phyllanthus amarus, Piper longum, Tinospora cordifoila, Mentha arvensis, Mentha piperita, Syzygium cumini, Zingiber officinale, Ageratum conyzoides, Aegle marmelos and Aphanamixis polystachya protect against radiation-induced lethality, lipid peroxidation and DNA damage. The fractionation-guided evaluation may help to develop new radioprotectors of desired activities.
著者
児嶋 由枝
出版者
上智大学
雑誌
上智史學 (ISSN:03869075)
巻号頁・発行日
vol.51, pp.157-176, 2006-11-30

平田耿二先生退職記念号
著者
林 邦彦
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
no.93, pp.213-238, 2019

13世紀のノルウェーでフランス語原典からノルウェー語に翻案された後,さらにそれがアイスランド語に翻案されたと考えられている,アーサー王伝説を扱ったサガ作品群のうち,身に着ける女性の不貞に応じて極端に伸び縮みするマントを扱った『マントのサガ』(Möttuls saga)と呼ばれる作品は,フランス語作品『短いマントの短詩』(Le Lai du Cort Mantel)がノルウェー語への翻案を経てアイスランド語に翻案されたものと考えられているが,この『マントのサガ』を基にして,恐らくは15世紀にアイスランドで成立したと考えられている『マントのリームル』(Skikkjurímur)と呼ばれる物語詩は,基本的な物語内容は『マントのサガ』を踏襲しているが,『マントのサガ』と比較すると,作品中,次々と不貞が明らかとなる女性やその相手と思しき男性に対するアーサー王の態度,およびアーサー王と臣下の騎士達との関係の描き方に大きな改変が施されていることがわかる。
著者
林 邦彦
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
no.96, pp.207-234, 2020

ノーン語(Norn)とは, 8 世紀から9 世紀にかけて,ブリテン島北部やその近辺の諸島に植民したノルウェー人ヴァイキングが当地にもたらした,その使用言語である古ノルド語(Old Norse)に由来する言語で,特にオークニー,シェットランド両諸島では比較的長く用いられ,19世紀末に消滅したとされる。その消滅前に採録されたノーン語の言語資料の一つに,通例,Hildinaとの作品名で呼ばれるバラッドがあり,その物語内容は,主人公の女性Hildinaと彼女を取り巻く二人の男達をめぐる三角関係を扱ったものであるが,本稿では,Hildinaの物語素材をめぐる先行研究での指摘内容を整理した上で,Hildinaの物語の特徴に焦点を当て,ノーン語と近縁関係にあるフェロー語で伝承されているバラッド作品群のうち,ノーン語のHildinaと比較的類似した物語内容を持つ作品と比較しながら,Hildinaの物語の特徴をより浮き彫りにし,関連作品群の中に位置づけることを目指したい。
著者
矢野 暢
出版者
中央公論新社
雑誌
中央公論 (ISSN:05296838)
巻号頁・発行日
vol.102, no.6, pp.p228-238, 1987-05
著者
藤木久志著
出版者
東京大学出版会
巻号頁・発行日
1985
著者
垂水 千恵
出版者
愛知大学現代中国学会
雑誌
中国21 = China21 (ISSN:13428241)
巻号頁・発行日
no.2, pp.229-232, 1997-12-20
著者
福田 文雄 植田 尊善
出版者
The Japanese Association of Rehabilitation Medicine
雑誌
リハビリテーション医学 (ISSN:0034351X)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.29-33, 2001-01-18 (Released:2009-10-28)
参考文献数
10
被引用文献数
11 6

頸髄損傷の評価法として,我々は当センターで考案した独自の評価法を用いている.横位評価として改良Frankel分類を,高位評価として頸髄損傷高位判定評価法を用い,受傷後7日以内に入院し6ヵ月以上経過観察できた294例を対象に,その神経回復を解析し麻痺の予後予測を試みた.改良Frankel B1,B2,B3からD以上への回復は,それぞれ20,32,80%となり,B3はB1,B2に比して有意な差を認めた.同様に改良Frankel C1,C2からD以上への回復は61%と97%であり有意な差がみられた.Frankel分類を細分化することにより,四肢麻痺の機能障害を一層明瞭に評価できるだけでなく,急性期頸髄損傷の神経学的回復において予後予測として有用である.
著者
横山 真男
雑誌
研究報告音楽情報科学(MUS) (ISSN:21888752)
巻号頁・発行日
vol.2015-MUS-107, no.14, pp.1-6, 2015-05-16

西洋クラシック音楽では純正律や平均律で楽器を調弦して演奏を行い,また,作曲家もこのルールで音楽を提供してきた.しかし,現代音楽においては既存の半音 12 音による音階にあてはまらない新しい音を模索してきており,たとえば半音をさらに細かくした 1/4 音や 1/6 音といった微分音や,平均律とは異なる民族的な音律を導入したりする試みがなされてきた.本発表では,黄金比により計算された音律と,その手法で調弦したヴァイオリン属による音楽の作曲手法を提案する.