- 著者
-
渡辺 満久
- 出版者
- The Association of Japanese Geographers
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- pp.41, 2006 (Released:2006-05-18)
関東南部では,4つのプレートが衝突しているため,これまでにも多数の大きな被害地震が発生してきた.江戸時代以降,関東南部から発生したやや大振り(M8クラス)な海溝型地震は,1703年元禄地震・1923年関東地震である.これらの巨大地震の発生前には,ほとんど地震が発生しない静穏期と東京湾周辺における小振り(M7クラス)な直下地震の多発時期があった.その繰り返しをもとに,政府中央防災会議は,埼玉県を含む首都直下地震発生の危険性と被害想定結果を公表した.1923年以後の静穏期が終了し,活動期に入ったと判断したのである.これによって,地震防災全般への関心は高まった.しかし,そこでの議論をみると,地震は「どこでも起きる」ことがあまりに強調されすぎており,我々には理解し得ない内容もあることに危惧を抱く.「関東ローム層が厚い地域では活断層は発見されにくい」,「地震は既知の活断層だけで発生するわけではなく,2004年中越地震はその典型である」といった記述は,いずれも事実と異なり,防災対策を講ずる上で大きな障害となる.未知の活断層が伏在している可能性が高いのは,ローム層の分布域(古い土地)ではなく,ローム層のない「新しい土地」である.中越地震は既知であった活断層が引き起こした直下地震であり,一定規模以上の地震は,起こるべき場所(活断層分布域)に起きているのである.文科省地震調査研究推進本部は,今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の分布図を公表した.中越地震がこの図の発生確率が小さい地域で発生していることも,「どこでも起こる」ことを強調する根拠となっている.しかしながら,この図には,確率計算に必要な資料が不足地域であっても,何らかの数値が示されていることに注意が必要である.中越地震の震源域では,「発生確率」に関わる基礎的な資料はほとんど何もない.「発生確率が低い」ことが明らかであったわけではない.地震被害は,揺れによる被害と,土地の食違いによる被害に分けて考えるべきである.震源域では揺れが激しいので,それによる被害も大きくなる.しかし,やや遠くで発生した地震であっても,地盤が悪い地域では揺れが大きくなるので,居住地以外で発生する地震にも注意を払わなければならない.まさに,地震は「どこでも起こる」と考えておく必要がある.後者の被害は,活断層のずれによって,周辺の建造物が倒壊するものである.1999年台湾の集集地震においては,この被害が際立っていた.土地の食違いによる被害は,震源域以外では発生しない.地震防災に対する意識を高める上においては,「どこでも起こる」という指摘にはある一定の意味がある.しかし,阪神淡路大震災や中越地震時の被害のような大きな地震被害は,大きな揺れと土地の食い違いによって,震源域に発生するのである.巨大な地震被害に備えるためには,地域を特定した対策が必要となる.そのためには,どこに,どのような活断層が存在するのか,活断層を特定した政策レベルでの防災対策が必要となる.そこに目を向けず,「どこでも起こる」という理解だけに立脚していては,間違いなく,巨大な惨劇が繰り返される.政府中央防災会議や文部科学省地震調査研究推進本部の研究成果のうち,埼玉県に関わる部分は,基本的には「どこでも起こる」地震を想定したものである.唯一,埼玉県北西部の「深谷断層」の活動性を考慮した内容があるものの,この活断層の活動履歴等はほとんど不明である.また,埼玉県南東部の「綾瀬川断層」は深谷断層の南東方向延長部にあり,一連の活断層帯となっている可能性が高いものの,綾瀬川断層の活動性は全く考慮されてない.このため,「被害予測」も「確率分布図」も,リアリティを欠くものとなっていると言わざるを得ない.深谷断層は,群馬県高崎付近から連続してくる大活断層(関東平野北西縁断層帯)である.また,その南東への延長部,東京都江戸川区・千葉県浦安市周辺にも,深谷断層と同様のずれが確認されている.綾瀬川断層はこれらの活断層をつなぐ位置にあり,ずれ方も同じである.調査未了地域があるものの,高崎から東京まで,長さ約120kmの長大な活断層が首都圏直下に存在する可能性が提示されている.これが見落とされているとすれば,大変大きな問題である.政府中央防災会議は「東京湾北部」を震源域とする地震も想定し,被害を予測している.上記の長大な活断層は,この想定震源域に達するものであるが,その地震像は想定を大きく上回る可能性がある.「どこでも起こる」地震に備えることも重要ではあるが,それだけでは活断層周辺における巨大な地震被害を軽減することはできない.綾瀬川断層の活動性(活動様式,最新活動時期,平均的活動間隔など)を明らかにすることが非常に重要である.