- 著者
-
湯澤 規子
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
- 巻号頁・発行日
- vol.74, no.5, pp.239-263, 2001-05-01 (Released:2008-12-25)
- 参考文献数
- 30
- 被引用文献数
-
1
本稿では生産者の生活と紬生産との関わりを視野に入れて,結城紬生産地域における機渥の家族内分業の役割を明らかにすることを目的とした.その際,織り手の生活と紬生産の全体像をとらえるため,ライフヒストリーを分析対象とし,考察を進めた.結城紬生産地域では, 1980年頃まで年間約3万反に及ぶ結城紬が安定的に生塵されてきた.そこでは,生産関連業者が原料や製品の流通,加工を分業しており,さらに機屋と呼ばれる製織業者における生産工程は家族内分業によって担われている.機屋においては「織り」,「緋括り」,「下椿え」という三っの生産工程が存在し,妻が織り,世帯主が緋を括り,世帯主の父母が下持えに従事するというような家族内分業がみられる.結城紬の生産工程はすべてが手作業で行われ,緋括りや織りなど,特定の技能が要求される.家族内分業は,緋の括り具合や糸の織り込み具合など,生産者一人ひとりが持っ技能上の特徴に規定されており,その特徴は生産者の間でお互いに把握されていることが重要である.また,家族構成員の数や構成員それぞれの性別,年齢の違いなどは家族内における紬の生産環境に影響を与えており,それによって家族内分業にも違いがみられる.紬生産に従事している家は,農作業や家庭内で営まれる家事・育児を含めた労働力需要を家族労働力で調節する中で紬生産を行っている.長期的にみれば,家族構成員の出生や死亡,就学,就職,結婚などによって変動する家族労働力構成に対応して,紬の生産形態を変化させる例もみられる.本稿ではそのような生活と紬生産間の調節を家族内分業の柔軟性によるものと考えた.家族内分業には上記のような,農作業や家事労働との調節が含まれているため,紬生産の経営形態転換時においても,農作業や家事に従事する家族労働力の有無が直接的に影響を及ぼしていた.そのため,経営形態転換時の対応は各機屋ごとに多様であった.各機屋の多様な動向は,経営転換,廃業という行動が,外部からの経済的影響によって生じるというよりは,外部からの経済的影響がある中で,さらに各機屋が有する家族的な条件に規定されて生じていることを示している.