- 著者
-
竹内 啓一
野澤 秀樹
- 出版者
- The Association of Japanese Geographers
- 雑誌
- Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
- 巻号頁・発行日
- vol.61, no.1, pp.59-73, 1988-05-31 (Released:2008-12-25)
- 参考文献数
- 105
- 被引用文献数
-
3
5
近年日本において「地理思想」あるいは「地理思想史」の研究が隆盛をみている。ここでいう「地理思想(史)」とはアカデミズムの世界における地理学に限らず,原始・未開社会における地理的知識やコスモロジー,さらに空間認知の発達やテリトリー意識の形成についても含まれる。すなわち「地理思想」とはアカデミズムのジャーゴンによってしか表現されえない地理学の思想(学説,方法など)に限られるものではなく,さまざまな社会集団がそれぞれの場所において,言語に限らないあらゆる種類の表現手段-絵画的なもの,地図的なもの,記号的なもの,景観に表現された空間計画など-によって表現された地理的知の認識にかかわるものである。 日本においてこのような「地理思想(史)」研究が盛んになってきたのは1970年代末から80年代に入ってからで,理論・計量地理学革命が与えた地理学方法論・認識論への反省によって,「行動主義」,「現象学」,「ラディカル」,あるいは「構造主義」などさまざまな立場の地理学が主張されて来た時期に対応している。つまり理論・計量地理学が拠って立った実証主義の認識論に対する反省から,上述のような「地理思想」を探ることによって,近代地理学の認識方法に対する反省の糸口を見出そうとするものである。そのような反省は,近代的な科学としての地理学成立以前の地理的知の認識だけでなく,アカデミズム成立後における在野の地理学,あるいはアカデミズム内におけるアウトサイダーの地理学にも目を向けさせることにもなる。 本稿では日本の地理学史研究において正統的な位置をしめ,かつ研究業績も多い欧米の地理学,地理学者についての学説史的研究については触れない。従って,本稿では日本の地理思想,あるいは地理学思想を対象とした近年の日本における研究成果について,次の四つの研究テーマに分けて,研究動向を展望するものである。 近代以前の伝統的,あるいは土着(インド,中国を含む)の地理思想, 2) アカデミズム成立以前の,いわゆる明治期の啓蒙思想家の地理思想, 3) アカデミズム地理学の成立に関わった地理学者,およびアカデミズム成立後の,いわゆる在野の地理学者の地理思想, 4) 日本の近代地理学の発達と社会的,イデオロギー的状況についての諸研究である。なお,伝統的地理思想の研究に大きな刺激を与えている絵地図史の研究,並びに民俗学的研究については隣接諸科学と重なり研究成果が膨大になるため,ほとんどふれることができなかった。