著者
両角 政彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2020, 2020

<p>2019年9月9日に関東地方を通過した台風15号は,東日本を中心に広範囲にわたって強風による風害や豪雨による水害を発生させる甚大な被害をもたらした。農林水産関係の被害額に限っても,およそ815億円の被害を発生させた(農林水産省「令和元年台風15号に係る被害情報」2019年12月5日付による)。本研究では,台風15号の強風による園芸施設(農業用ハウス)への風害に注目し,被害の大きかった千葉県を事例に,その実態を明らかにし今後検討すべき課題を考察した。研究方法として,全国,千葉県,市町村の広域的な被害状況については,農林水産省『農業災害補償制度 園芸施設共済統計表』と各行政webサイトに掲載された台風被害に関する情報をもとに把握した。内閣府webサイト「防災情報のページ」では激甚災害指定状況を確認した。被害原因となった気象の変化については,気象庁webサイト「各種データ・資料」を使用して分析した。園芸施設被害の状況確認は,2019年11月に八街市,山武市,君津市,鋸南町等へ現地訪問でおこない,被災農家にヒアリングを実施した。</p><p>台風15号の通過にともなう千葉県における農林水産業への被害は,面積で農業施設等に801ha,農作物等に5,073ha,このほかに畜産等にも被害が及んだ。被害額では農業施設等に276億円,農作物等に106億円となり,全体で約428億円に上った。この中でとくにビニルハウスやガラスハウス等の園芸施設への被害額が大きく,200億円を超えた。園芸施設が被害を受けた主な地域は,八街市,富里市,旭市,山武市などの県北部と,南房総市,君津市,袖ヶ浦市,鋸南町などの中部から南部にかけての広範囲にわたった(千葉県農林水産部農林水産政策課「台風第15号の影響による農林水産業への被害について(第8報)」2019年10月11日付による)。現地調査によると,園芸施設への被害は,ビニルの剥がれやガラス板の部分的な割れや落下などの比較的軽度の被害から,パイプハウスの倒壊やガラスハウスの鋼材の折れ曲がりによる半壊や全壊に至る大きな被害まで多様であった。園芸作物の被害は,主として花き(カーネーション,カラーなど)や,野菜(ニンジン,トマトなど)に対するものであった。</p><p>被害原因の誘因である強風について,気象庁webサイト「各種データ・資料」で,千葉県内のアメダス観測地点のうち風速・風向を観測する15地点の2019年9月9日の日最大風速・風向と日最大瞬間風速・風向を確認した。これによると,日最大風速は9地点で,また日最大瞬間風速は10地点でそれぞれ過去最大を更新した。風向は,前者で南東方向から南方向,後者で東南東方向から南南西方向であった。とくに,台風15号の中心経路に近かった「千葉」では,日最大風速35.9m/s(南東方向),日最大瞬間風速57.5m/s(南東方向)を記録した。</p><p>現地では園芸施設のビニルの切り裂きによる事前の対処行動がみられ,被害を受けた園芸施設に隣接する園芸施設が被害を免れた例も散見された。園芸施設そのものの強度に加えて,設置する位置や方向,周辺の地形などの被害原因の素因が被害状況を左右したと推察される。南北方向で設置された園芸施設の破損や倒壊が確認されたが,さらに綿密な調査が必要になる。強風による風害の特徴として,降雪による雪害の面的・集中的な被害と比べて,局地的・局所的な被害の発生の可能性が示唆された。</p><p>2019年9〜10月に発生した一連の台風被害によって,千葉県は「激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律」に基づく政令で激甚災害の指定を受けた。通常では園芸施設を自己復旧すると補償対象ではなくなるため,撤去業者や建設業者への復旧依頼が遅れて再建の見通しが立たない農家もみられた。被災による農業経営上の経済的負担に限定しても,強風による直接的な被害と復旧に掛かる費用,そして復旧までの不耕作期間の収入減や無収入という三重苦が発生している。総合的・統合的・地域的なリスクマネジメントが求められている。</p>
著者
岩佐 佳哉
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2020, 2020

<p><b><u>1</u></b><b><u>.はじめに</u></b> 広島県では,平成26年8月豪雨,平成30年7月豪雨(以下,西日本豪雨と呼ぶ)をはじめ,豪雨に伴う土石流の被害が何度も発生してきた。中でも,1945年9月に広島県を直撃した枕崎台風は,明治以降に広島県で発生した土砂災害の中で最多となる2,012人の死者を出した(国立防災科学技術センター,1970)。枕崎台風は第二次世界大戦の終戦から約1ヶ月後の混乱期に襲来したため,被害の詳細は明らかになっていない。土石流分布も一部の地域を除いて不明である。呉市では土石流の分布が示されているが(広島県土木部砂防課,1951),崩壊源の詳細な分布や正確な位置を読み取ることができない。</p><p>枕崎台風の襲来時期は,米軍により空中写真が多数撮影された時期と重なるため,写真判読によって土石流の分布を詳細に把握できる利点がある。この土石流の分布を明らかにした上で,その要因を検討することは,土石流の発生メカニズムや今後の土砂災害に対する防災を考える上でも重要であると考える。</p><p>土石流分布の要因について,西日本豪雨では地質条件の違いよりも降水量の多寡に関連していることが指摘されている(Goto et al., 2019)。枕崎台風時の降水量分布は広島県土木部砂防課(1951)に示されているが,各観測点の降水量を読み取ることができなかった。</p><p>本発表では,広島県南部を対象に,枕崎台風に伴う土石流分布を明らかにし,その分布要因を検討した。その際,各種資料に基づいて降水量分布を復元し,土石流分布と比較することで,土石流分布の要因を検討した。</p><p></p><p><b><u>2</u></b><b><u>.研究方法</u></b> 1947年から1948年にかけて米軍が撮影した空中写真の実体視判読を行った。判読に使用した空中写真の縮尺は約3,000〜30,000分の1である。判読の際には,谷の中に認められる白い筋を土石流が流下した跡であるとみなし,その最上部を崩壊源としてマッピングした。</p><p>土石流分布の要因を検討するために,当時の日降水量データを復元した。具体的には広島気象台編(1984)や中央気象台編(1985),広島県土木部砂防課(1997),気象庁webサイトを参照して,降水量分布を新たに検討した。作成した降水量分布や地質図と土石流分布を比較することで,土石流分布の要因を検討した。</p><p></p><p><b><u>3</u></b><b><u>.土石流分布の特徴</u></b> 対象地域において,枕崎台風に伴う土石流の崩壊源は,少なくとも4,025箇所で認められた。土石流は江田島市・呉市から東広島市にかけて多く分布し,分布密度の高い範囲が,幅20kmにわたり北東−南西の方向に延びる。一方,広島市中心部や竹原市,三原市では土石流の分布は疎らとなる。分布密度の高い範囲は台風の進路の右側にあたる危険半円にあたる。</p><p></p><p><b><u>4.</u></b><b><u>土石流分布と降水量との比較</u></b><b> </b>対象地域では,呉や黒瀬の観測点において200mmを超える日降水量が記録されている。日降水量が160mmを超える範囲では,土石流の分布密度が高くなっており,枕崎台風でも降水量の多寡が土石流の分布に関連している可能性がある。</p><p>発表時には,地質との関係や西日本豪雨の土石流分布との比較についても言及する。</p><p><b>文献</b>:国立防災科学技術センター(1970)日本主要自然災害被害統計; 広島県土木部砂防課編(1951)『昭和20年9月17日における呉市の水害について』; Goto et al. (2019) Distribution and Characteristics of Slope Movements in the Southern Part of Hiroshima Prefecture Caused by the Heavy Rain in Western Japan in July 2018; 広島気象台編(1984)『広島の気象百年誌』; 中央気象台編(1985)『雨量報告7』; 広島県土木部砂防課(1997)『広島県砂防災害史』</p>
著者
埴淵 知哉
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2020, 2020

<p>新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の流行下では、人混みを避けて人との距離を保つこと(Social distancing)が必要とされ、移動や外出の自粛も求められる。この状況が長期化する中で、人との対面接触を基本とする従来型の社会調査あるいは地域調査は、事実上、実施不可能な状態が続いている。国が実施する統計調査にも影響は及んでおり、2020年国民生活基礎調査は中止となった。その一方、Covid-19をめぐる人々の外出状況や予防行動の把握に対しては、スマートフォンの位置情報やLINEアプリを利用したサーベイ(「新型コロナ対策のための全国調査」)など、新たな技術・方法も活用されている。</p><p></p><p>このようなCovid-19の社会/地域調査に対する影響は、良くも悪くも、インターネット調査の学術利用に関する議論を活発化させる方向に働く。これが距離を保ちながら人々から情報を得ることができる、数少ない有用な調査法だからである。インターネット調査の強みはその迅速性と廉価性にあり、紙の調査票では不可能であった画像データなどの収集も可能である。標本の代表性や測定の精度に課題を抱えつつも、総調査誤差の観点から従来型調査を補完することが期待されている(埴淵・村中 2018)。</p><p></p><p>本発表では、Covid-19流行下で実施されたインターネット調査の事例を紹介するとともに、量的調査だけでなく、フィールドワークやインタビュー調査のオンラインでの実施可能性についても若干の考察を行うこととしたい。</p><p></p><p>一つ目の事例は、緊急事態宣言下における外出行動の把握を目的としたインターネット調査である(2020年5月実施、n=1,200、東北大学)。同調査では、過去三カ月の外出状況について、レトロスペクティブな自己申告データと、iPhoneに自動記録されている歩数の画像データが同時に収集された。注目すべきイベント(この場合は緊急事態宣言)の発生後、短期間のうちにイベント前に遡及したデータ収集を行うこの方法は、従来型調査では不可能なインターネット調査の迅速性を生かしたものといえる。</p><p></p><p>二つ目の事例は、Covid-19流行下における地域住民の予防行動に関するインターネット調査である(Machida et al. 2020、ベースライン調査:n=2,400、東京医科大学)。ここでは2020年2月から7月の間に4回のインターネット調査が実施されており、短期間で繰り返し追跡調査(同一の参加者による回答)を行っている点に特徴がある。刻々と変化する流行状況とそれに対する人々の行動変化(例えば手洗い実施率の推移など)を詳細に把握しうるこの方法も、インターネット調査の迅速性を有効に活用したものといえる。</p><p></p><p>とはいえ、すべての社会/地域調査がオンライン化できるわけではなく、調査手法間には差がみられるであろう。インタビュー調査に代表される質的調査や、現地を訪問して行うフィールドワークがどの程度オンライン環境で実施可能なのか、また翻って考えると、従来型の調査にはどういった方法上の価値があったのかなど、議論すべき課題は多い。「現場の雰囲気」を掴みにくいオンライン調査では、思いがけない偶発的な発見が生じにくいことなどは当然予想される。これらを実証的に探ることが、今後の社会/地域調査法において重要な検討課題になると考えられる。</p><p></p><p> </p><p></p><p>埴淵知哉・村中亮夫 2018. 地域と統計—「調査困難時代」のインターネット調査. ナカニシヤ出版.</p><p></p><p>Machida M, Nakamura I, Saito R, et al. 2020. Adoption of personal protective measures by ordinary citizens during the COVID-19 outbreak in Japan. <i>Int J Infect Dis</i>. 94: 139-144.</p><p></p><p>*本研究はJSPS科研費(17H00947)の助成を受けたものです。</p>
著者
加賀美 雅弘 コヴァーチュ ゾルターン
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.19, 2008

<BR> 1990年代以降,ハンガリーの首都ブダペストにおいては,都市の再生事業が活発化している。これは,行政や経済の中心地としての都市整備を念頭に置いたものであるが,その一方で,市内に多くのロマが集住する地区があり,その生活環境の改善と彼らの社会経済的地位の向上も大きな課題にあげられている。この発表では,ハンガリーの首都ブダペストの特定地区にロマが集住することと,体制の転換とともに激変しつつある都市構造とのかかわりを,特に都市再開発事業に注目して考察する。<BR> ブダペスト市街地における居住者の社会経済的水準や生活環境には著しい格差がみられる。とりわけ19世紀後半から20世紀初頭に市街地化した地区には,暖房やトイレなど基本的インフラの整備が遅れ,住宅の傷みが激しくファサードが劣化した住宅が多く,所得が少なく,失業者や年金生活者が集住する傾向がみられる。<BR> J&oacute;zsefv&aacute;ros区にもそうした住宅が多くみられ,早急な改修が求められているが,ここにはロマが集住していることから,彼らの生活環境の整備も大きな課題になっており,住宅の改修事業を推進するために,ブダペスト市とJ&oacute;zsefv&aacute;ros区の出資によって設立された再開発会社R&eacute;v8が主導となって事業の立案と実施がなされている。<BR> 会社の事業は大きく二つに分けられる。(1)老朽化が激しく,生活環境がきわめて悪い建物をすべて撤去して土地を新しい投資家に販売する。これは事業全体の財源を確保するために不可欠であり,これによって大規模な取り壊しが行われ,まったく新しい市街地が建設される。(2)土地の売却によって得られた資金を用いて他の再開発事業を実施する。これは19世紀の住宅を段階的に改修するものであり,居住者は入れ替わらず,住宅所有者も変更しない。<BR> 具体的な事業としてMagdolna地区のプロジェクトをみてみよう。この事業地区はJ&oacute;zsefv&aacute;ros区の中央部に位置する約34ha,人口は12,068人(2001年)の区域である。都心からわずか2kmほどの位置にありながら,市内でも屈指の貧困地区とされている。1919年までに建てられた建物が地区全体の建物の88%を占めていた。しかも,そのほとんどは建てられた当時の施設や間取りのままであり,改修がなされてこなかったために老朽化が著しい劣悪な居住環境になっている。安い賃貸料を求めて居住する低所得者層が長期にわたって居住してきた。<BR> これらの住宅のほとんどは,社会主義時代には他の地区の住宅と同様,国の管理下におかれていた。それが政治改革とともに区に移管されたが,老朽化が激しい住宅の買い手はつかず,依然として区が所有している。賃貸料は安価なままに据え置かれている。<BR> 居住環境には大きな問題がある。住宅密度が高く,低所得者層が中心で,教育水準が低い。対象となっている住宅の住民はほぼ100%ロマが占めている。他の地区の住民との接触が少なく,衛生や安全の問題を抱えた地区として,再開発が望まれている。<BR> しかしその一方で,住民の居住暦が比較的長く,土地の住民としての意識を比較的強く持っている点を考慮せねばならない。住民同士のつながりもあり,一定のコミュニティを構築している。現存の建物を撤去する再開発事業を実施してしまうと,新設住宅には低所得のロマは入居することができず,コミュニティは崩壊してしまう。当該地区からロマを追い出し,地区の生活環境を高めることはできるが,ロマ自身の生活改善にはつながらず,ロマ問題の解決にならない。<BR> そこで建物の撤去を行わず,住民の転居を伴わない改修事業が企画されている。改修事業は居住者の要望のできるだけ救い上げ,住民が居住したままで住宅の整備がはかられようとしている。また公共空間の設営も重視され,たとえば既存の広場の緑地化,散歩道や広場の造成など住民が利用しやすい空間へと整備が進められている。コミュニティセンターの構築も重要な作業課題であり,地域コミュニティの強化や地区の安全・防犯に向けた情報交換の促進,企業集団の形成などが期待されている。<BR> ロマが居住する点を考慮した事業も展開されている。学校教育を十分に受けていない住民が多く,失業率がきわめて高いことから,幼稚園や小学校を整備し,読み書きや計算など基本的な授業プログラムの実施が計画されている。また成人向けの再教育プログラムも構想に加えられている。
著者
石村 大輔 平峰 玲緒奈
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2019, 2019

1.はじめに<br><br> 中期完新世を代表する日本国内の広域テフラは鬼界—アカホヤ(K-Ah)テフラである.給源である鬼界カルデラから関東地方までは広くその分布が確認されているが,東北地方以北での認定は限られ,その北限は東北地方南部とされている(町田・新井,2003).一方,東北地方を代表するテフラの多くは偏西風の影響により分布が東に偏り,東北地方を広くカバーする完新世のテフラとして十和田火山を給源とする十和田—aと十和田—中掫(To-Cu)テフラが挙げられる(町田・新井,2003).特にTo-Cuテフラは,最近の研究によって(苅谷ほか,2016;石村ほか,2017;Mclean et al., 2018),中部〜近畿地方北部にかけても分布することが確認された.加えて,Mclean et al(2018)により水月湖の年縞堆積物中に認められたことで信頼性の高い年代(5986<b>-</b>5899 cal. BP)が得られている.このようにTo-Cuの分布域や信頼度の高い年代が得られたことから,本テフラは東北〜中部地方にかけての中期完新世を代表する広域テフラとなり得る.しかし,その特徴は個々の地点・研究で得られているのみで,給源から遠地にかけて一様な情報に基づき対比されていない.<br><br> そこで本研究では,給源地域におけるTo-Cuを構成する3ユニット(下位より中掫軽石(Cu),金ヶ沢軽石(Kn),宇樽部火山灰(Ut)(Hayakawa,1985))と下北半島〜三陸海岸,新潟平野,青木湖に分布するTo-Cuの詳細対比を試みる.<br><br>2.手法<br><br> 本研究では,すでに石村(2014),高田ほか(2016),Niwa et al.(2017),石村ほか(2017)によってTo-Cuに対比されている試料と新たに露頭から採取した試料を用いた.<br><br> To-Cuのユニット対比に用いた指標は,火山ガラスの形態,火山ガラスの屈折率,火山ガラスの主成分化学組成である.火山ガラスの形態は,偏光顕微鏡を用いて,火山ガラスの形態を4つに分類し,それらとは別に色付きガラスの個数をカウントした.屈折率測定は,RIMS2000を用いて,30片以上を測定した.主成分化学組成分析(EDS分析)は,首都大学東京所有のエネルギー分散型X線分析装置Genesis APEX2 (EDAX製)と走査電子顕微鏡JSM-6390(日本電子株式会社製)を使用した.<br><br>3.To-Cuユニットの特徴<br><br> 給源地域における各ユニットの特徴について以下に述べる.屈折率測定結果から,Cuの屈折率は高いモード(1.513-1.514)と狭いレンジ(1.512-1.514)を示し,Knの屈折率は,Cuに比べ少し低いモード(1.512-1.513)と少し広いレンジ(1.511-1.514)を示す.一方,Utの屈折率は全く異なる傾向を示し,低いモード(1.505-1.510)と広いレンジ(1.500-1.513)を示す.主成分化学組成の結果から,CuとKnに大きな違いは見られず,値が集中する傾向を示す.一方,Utについては,Cu・Knに比べて値がばらつくのが特徴であり,SiO<sub>2</sub>の値がCu・Knよりも高いものが多い.火山ガラスの形態については,その比率からユニットの対比は難しいが,上記の指標に基づく対比をサポートする上では重要な指標になり得ることがわかった.<br><br>4.遠地におけるTo-Cuユニットの対比・分布<br><br> 上記の特徴に基づき,各ユニットの対比を行ったところ,Cuは,下北半島の中部〜北部には降灰しておらず,著しく南に偏った分布を示す.三陸海岸では全地点で確認でき,また新潟平野や青木湖に降灰したものもCuに対比された.Knは,Cuに比べて北にも広く分布する.確認できた範囲の北限と南限はそれぞれ下北半島北部と三陸海岸南部であり,それらの地点で層厚は1 cm程度認められる.Utは,東南東に偏った分布を示すが,三陸海岸沿いでは給源から約200 km離れた地点でも1 cm程度の層厚を有することがわかった.したがって,最も広く降灰しているユニットはCuである.また,Knも東北地方北部には広く分布している可能性がある.Utについては分布が偏るが,給源から50-100 km内には分布する可能性がある.<br><br>5.まとめ<br><br> 本研究では,To-Cuを構成する各ユニットの特徴を明らかにし,遠地における各ユニットの対比を行った.結果,3ユニットの降灰範囲が明らかとなり,東北地方から中部地方にかけて広くCuが分布することがわかった.したがって,To-CuがK-Ahに代わる東北地方の中期完新世を代表するテフラであることを確認でき,今後,関東〜中部地方での分布が確認されることを期待する.
著者
小室 譲 加藤 ゆかり 有村 友秀 白 奕佳 平内 雄真 武 越 堤 純
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2019, 2019

<b>中心市街地における飲食店の新規開業</b><br> 地方都市における中心市街地では,店主の高齢化や後継者不足および,それに伴う空き地や廃店跡の増加が喫緊の地域課題である。こうした衰退基調にある中心市街地では,これまでにまちづくり三法をはじめ,中心市街地の活性化に向けたさまざまな補助金政策や活性化の方策が官民学により検討されてきた。<br> 本発表では,シンポジウムの主旨であるUIJターンによる起業が中心市街地において進展している長野県伊那市を事例とする。発表手順は,UIJターン者により開業された主に飲食店の実態を報告したうえで,次に対象地域でいかにして,いかなる理由から新規開業が増加しているのか,地域的背景を踏まえて検討する。<br> 伊那市中心市街地では,2000年代以降に都市圏からのUIJターンによる移住者の新規開業が増加しており,2018年9月現在で,52店舗を数える。そのうち,飲食店が過半数の33店舗を占めており,そのほとんどが個人経営である。開業者は主に20〜50歳代であり,移住以前の飲食業や他業種における就業・就学期間を通じて得られた,経験や知見をもとに開業に至る。伊那市中心市街地では,ダイニングバーやスポーツバー,カフェなどである。そして,それぞれの店舗では開業者の経験や知見に裏付けられた地域のマーケットニーズのもと,地酒や地元の食材を積極的に活用し,周辺の官公庁向けにランチ営業をするなど中心市街地において新たな顧客層を獲得するに至っている。<br><br><br><b>新規開業者を支える地理的条件</b><br> まず伊那市内が地方創生関連の補助金や移住先輩者のインターネット上による情報発信のもと,Uターン者はもとより,IJターン予定者の居住地選択に入る地域であることが新規開業の前提として指摘できる。その上で移住者は官公庁や鉄道駅があり,既存の利用客による一定の集客が見込める中心市街地を開業先として選定する。その店舗開業の過程には,高齢化や後継者不足により中心市街地に残存していた低廉な飲食テナント,および開業助成金を開業資金の一部として充てることで大都市圏よりも開業時のイニシャルコストを抑えられることが新規開業を後押ししている。また既存商工会や既存商店主は,こうした中心市街地の空き店舗に対する新規開業者を市街地活性化の新たな救世主として好意的に捉える店舗が多い。事実,一部の既存店主は新規開業者に中心市街地内の空きテナント情報や開業時に申請できる補助金情報を積極的に提供している。<br> 新規開業者の移住・開業経緯の詳細は当日述べるものの,東京大都市圏出身者の中には会社員生活における昇進主義や満員電車の通勤生活に疲弊して,ワークライフバランスを考慮した生活環境を求めて移住を決意する事例がある。こうした開業者にとって個人飲食店の開業は,自己実現の機会であるとともに,移住先の就労機会として移住者やその家族が移住先で生活していけるだけの必要最低限の収入を得るためのなりわいとして成立している。一方で,中心市街地においては新規開業店の増加が単に空きテナントの量的補完にとどまらず,既存店舗の顧客増加,既存商店組織の活性化,開業者ネットワークの構築による中心市街地イベントの創出などの相乗効果として認められる。
著者
葉 倩 王韋
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2015, 2015

1.&nbsp;はじめに<br> オーストラリアでは近年人口増加が著しい。1996年から2011年の15年間に、人口は21.9%(1830万人から2230万人)増加し、同期間、外国生まれ人口は、41.6%(430万人から600万人)増加している。そのなかでも中国系人口は、15年間に3倍の人口に増え、これはインド(4倍増)に次ぐ増加率である。2012年における中国生まれは,イギリス、ニュージーランド生まれに次ぎ3番目に多く,移民人口の6.5%を占めている。近年の中国生まれ人口の特徴としては、若い世代が増加していることであり、これは留学生と若年層の熟練労働者の移民が増加していることに由来している。本研究では、近年における中国系移民増加による中国系の社会空間構造の変化について、首都キャンベラを事例に考察する。<br><br>2. 中国系移民の多様性<br><br> オーストラリアにおける中国系移民の歴史は19世紀半ばのゴールドラッシュの時期にまで遡る。白豪主義の影響で人口が激減するが1970年代以降増加に転じた。1970年以降増加した中国系移民の多くは香港および広東省出身であったが、近年増加しているのは中国(大陸)出身者である。中国系移民は、広東語を話す香港あるいは広東省出身者と北京語を話す中国大陸出身者におおむね分類され、これら2つのエスニックグループは出身時期が異なるため、居住地も異なる傾向がある。またそれぞれのグループ社会的属性も異なり、中国系コミュニティは重層化しつつある。<br><br>3. キャンベラにおける中国系住民の社会空間構造<br><br> 首都キャンベラは政治機能にきわめて特化した都市であり、官庁や行政機関、各国大使館がキャピタル・ヒルに集積し、またオーストラリア国立大学が立地している。こうした都市機能を背景に、住民は公務員と学生が圧倒的に多く、その特徴は移民の人口構成にもみられる。住民の民族別人口構成についてみると、2011年センサスでは、他の州都において外国生まれの上位3位は、1位イギリス、2位ニュージーランドあるいはインド、3位中国であるのに対し、キャンベラでは1位イギリス(外国生まれの17.6%)、2位中国(同8.3%)、3位インド(6.7%)となっており、他都市とは異なる特徴を持つ。中国系移民は、2006年人口から1.8倍(44,000人から80,000人)に増加しており、こうした状況は中国系住民の居住分布にも反映されている。すなわち、近年開発された北部郊外(Gungahlin)地区に中国系住民が急増しており、市中心部に多く居住する中国系オールドカマーとの居住分化の傾向が顕われ始めている。本報告では、キャンベラの中国系住民の社会空間構造の重層化の様相を探究する。<br>
著者
新井 教之
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2019, 2019

<p>サモアの地理教育の特色について,サモアの社会科,地理のシラバスや教科書をもとに分析を行った。サモアの地理教育はニュージーランドやオーストラリアの影響を受けていること,地球温暖化の対応など理科的な要素も強い特徴があった。</p>
著者
天野 宏司
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2002, pp.39, 2002

昭和2&sim;3年にかけ, 富山県内最大手の電気事業者, 富山電気(株)に対し, 電気料金引き下げを要求する電気争議が発生した。需要者側は電力料金の供託による不払い運動を全県下で展開し, これに対し富山電気(株)側は運動の中心人物に対し, 配電線を切断して供給を停止した結果, 全町村を挙げて電球返納&middot;不買運動へと激化していく。この事態に際し, 地元町村自治体はランプの購入代金を補助するほか, 自治体経営による公営電気事業の設立を指向する。最終的に富山電気争議は知事の調停により収束するが, 解決後に富山県自身が発電事業のみを行っていた県営電気事業へ県下の電気事業者を統合しようとしていく。富山電気争議をきっかけとし, 全国的に電気争議が発生するが, 大正末から昭和初頭にかけ, 電気事業者が合併により企業数を減じている一方で公営電気事業は増加していった。背景として電灯争議をきっかけとした公営化を要因の一つと位置づける。
著者
米浜 健人
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.59, 2005

1.はじめに<BR>近年、地方都市における中心市街地の衰退が問題として取り上げられるようになって久しく、商業分野においても中心商業地の衰退という形で問題提起がされている。中心市街地活性化法におけるTMO認定団体においても、商工会議所主導型のTMOが高い割合を占めており(山川2004)商業者のこの問題への注目度の高さが伺えよう。一方で、これまでの中心商業地研究では、中心商業地の衰退について一律に捉える傾向があった。中心商業地内での空間的な違いについては、旧来の商店街と鉄道駅前において衰退傾向の相違が見られることを指摘した研究や、地方都市において大型店同士が駅前立地型と郊外立地型で競合することを指摘する研究があったが、一方でどのような来街層が現在でも中心商業地に残り、どのような層が抜け落ちているのかという点を含めた研究が必要とである。<BR> 当研究では群馬県高崎市をフィールドとして、中心商業地に立地する大型店の特定ターゲット向け改装ならびに中心商業地における個人商業者、路面店舗入居者の動向をまとめた上で、中心性の高い地方都市において、中心商業地が若年齢層向けの街として生き残りを図りうる可能性がある点を指摘する。<BR><BR>2.高崎市における大型店の動向<BR> 高崎市における大型店立地は、中心市街地立地から駅前立地へと移行してきた(戸所1986) また、大店法改正後の1995年ごろになると、郊外への大型店進出が目立つようになった。この流れの中で、駅前立地型大型店4店のうち1店が撤退、残りの店舗も業態転換や大規模改装を行なった。<BR> この中でも、GMSの高崎SATYはファッション主体の高崎ビブレへと改装を行い、若年層向けのファッションを扱う店舗へと性格を買えた。ここでは、若年層とくに10代向けのファッションをリードするとされる東京渋谷のSHIBUYA109などのファッション店より積極的に人気店舗を誘致することによって、高崎における10代とくに中高生のファッション情報の発信地としての生き残りを図った。群馬県では唯一の店舗という戦略を取ることによって、県内全域ならびに近隣県からの集客にターゲットを絞った。ビブレの成功に続く形で、駅ビルの高崎モントレーも同様に、改札口直結階を同様にSHIBUYA109からの店舗誘致する大規模改装を行なった。<BR>3.中心商業地に立地する中・小小売店の動向<BR> 近年になって若年層向けのファッション店の中心商業地進出が目立つようになった。ビブレの改装の成功による高崎駅前への商業核の創出が一つの理由となり、駅前ならびに中心商業地への若年層向けファッション店の立地が目立つようになった。これらの店舗は、ビブレからの回遊客を狙う店舗が主だが、ビブレの客層である10代向けの安い古着などを売る店舗と、ビブレを卒業した20代を主なターゲットとするセレクトショプなどの高額な商品を取り扱う店舗となっている。前者は、主に旧来の空き店舗などに比較的小さなスペースで入居し、後者は区画整理事業によって、これまで中心商業地の中では動線ではなかったビブレ裏側の通りに作られた商業ビル群への入居という分化が見られる。<BR><BR>4.まとめ<BR>高崎市においては、高崎ビブレの10代向け業態転換を機会として、中心商業地における若年齢層向け店舗が増加した。ビブレの改装とそれに伴う周辺店の増加は、東京と同じようなファッションを求めたいが、可処分所得などの理由によって東京への距離が遠い中高生をターゲットとして、高崎駅前に「群馬県における渋谷のミニチュア版」的な空間を作り出し、これまでの商圏よりもより広い地域を睨んだ中心商業地へと変貌したといえる。これらのファッション店舗は客のターゲット層を10代から20代前半の若者へと絞っていることから、公共交通機関を使って中心商業地へと集まる層が主にこの年代なのではないかと考えられる。このことは、高崎のように、ある県内でトップクラスの集客力を持つ可能性がある都市の駅前においては、公共交通機関を利用して来街する若年層をにターゲットを絞り、そのニーズに対応した形でのまちづくりに可能性があることを示唆するものである。一方で課題も見られ、駅前立地型大型店についてはこのような形での生き残りが十分に可能だと考えられるが、その周辺小売店については、粗利が決して高くない中高生向けの商店経営が果たして持続できるか否かという、課題も残っている。<BR><BR>参考文献<BR>山川充夫(2004)『大型店立地と商店街再構築』 八朔社<BR>戸所隆(1986)『商業近代化と都市』 古今書院
著者
助重 雄久 佐竹 里菜
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2013, 2013

Ⅰ 本報告の背景とねらい<BR> 歴史都市を散策する「まち歩き観光」は、古くから老若男女を問わず人気を博してきた。近年では、従来「まち歩き観光」が盛んでなかった地域でも、地域資源を巡るまち歩きによって誘客を図ろうとする動きが広がっている。またインバウンドの促進により、まち歩きをする外国人も増加してきた。<BR> 「まち歩き観光」で求められるのが、散策コースや観光スポットの位置を人々にわかりやすく知らせる観光案内である。「まち歩き観光」を推進する自治体等のなかには、街頭にある観光案内図の整備に力を入れるところも増えてきた。しかし観光案内図のなかには、地図表現に問題があるなど、観光客に的確に情報を伝える役割を果たさないものも目立つ。<BR> 本研究では、街角に設置する観光案内サインの整備に力を入れてきた金沢市と京都市の事例を中心に、観光案内図の問題点とその改善に向けた取り組みを考察し、観光客にとって「わかりやすい観光案内図」に求められる要件を探った。<BR><BR>Ⅱ 金沢市における観光案内サインの整備と問題点<BR> 金沢市は従来、観光案内図や市街図等を課ごとに作成しており、デザインもスケールも不統一であった。また、地図の更新は行っていなかったため、情報が古い地図や汚損した地図も多く、観光客から多くの苦情が寄せられていた。<BR> こうした状況を憂慮した金沢市では、2008年から観光客にもわかりやすい案内図づくりの指針を定め、地図や矢印サイン、歴史説明板等のピクト、文字の大きさや書式、色彩、図面サイズ、地上高等の統一を図った。地図はどこに設置する場合でも正面に見ている方角が上になるようし、表示範囲も観光客が徒歩で行ける範囲を考慮して1km四方とした。<BR> 金沢市は、同時に地図に掲載する情報やマスターマップを課ごとに管理する「縦割り方式」をやめ、景観政策課がとりまとめるようにした。景観政策課では各課から集まった地形・道路・観光地等の情報を収集し、それらをマスターマップ上に盛り込んで地図を作成する。地図は汚損や情報変更の有無に関係なく2年に1度定期更新する。<BR> 本研究では、金沢市が設置した地図が観光客にとって本当にわかりやすいのかを検証するため、観光客100名に聞き取り調査を実施した。また、兼六園下から兼六園に向かう紺屋坂に設置された3枚の観光案内図を観光客の動線上のあらゆる方向から撮影し、見やすさを検証した。<BR> ヒアリング調査の結果、地図の色彩、表示情報、見ている方角を上にした点、目線からみた高さについては大部分の観光客が「わかりやすい」と評価していた。一方、表示範囲に関しては半数の観光客が「他の観光地や駅の位置がわからない」、「広域案内図が必要」と回答した。<BR> また、撮影した写真の分析からは、①案内図の裏側が空白であるため、後方からは地図だと気づかない、②側方から見ると、地図の表示面はまったく見えない、③市以外が設置した案内板や周辺の木々に囲まれ、案内板が観光客の目線に入らない、といった問題点が明らかになった。<BR><BR>Ⅲ 観光客の行動や目線を考えた京都市の観光案内サインアップグレード<BR> 京都市街地は道路が直交していて交差点に特徴がないため、現在位置が把握しにくいことが指摘されていた。また、既存の観光案内図は地名等を4カ国語で表記した結果、寺社等が密集する地域では地図が文字で埋まってしまい、肝心の目的地がわからない状態となっていた。<BR> 京都市ではこうした問題を解消するため、「シンプルで、わかりやすく、京都の町並みに調和した」観光案内サインの設置を検討すべく、平成22年度に「観光案内標識アップグレード検討委員会」を設置した。平成23年度末からは、委員会で策定したガイドラインに基づいた観光案内サインの設置が進められている。観光案内図を含む観光案内板は、日本語と英語のみで観光地や通り名・建物名等を表記するシンプルなデザインに変更された。案内板から徒歩で行ける観光地までの所要時間も表示した。<BR> また、金沢市の案内図に関して指摘した諸問題も、a.遠い観光地間までの移動は徒歩でなく公共交通機関を使うと考え、市内の地下鉄・鉄道路線図を案内図の下に入れる、b.目線に入りやすい地下鉄の出口正面や横断歩道横に設置する、c.案内板の面と垂直方向に「iマーク」を表示して、側方からくる人にも一目で案内板の存在がわかるようにする、d.案内板の裏面に巨大な矢印表示を配置することで、反対側の歩道から横断歩道を渡ってくる人にも一目で案内版だとわかるようにする、といった配慮をすることで解決している。今後観光案内図を設置する地域においても、京都市のように観光客の行動や目線を考慮した案内図づくりが必要といえよう。
著者
深見 聡
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2020, 2020

<p>わが国における観光産業は、2010年代の急速な訪日外国人の増加、過疎地域における交流人口・関係人口の拡大、団体と個人・小グループといった形態の選択肢の多様化など、21世紀の基幹産業としての成長が期待されてきた。そのようななかで、2019年末に中国武漢市での報告に端を発する新型コロナウィルス感染症は、2020年3月にWHOはパンデミック相当との見解を表明した。本稿提出の同年7月末現在、わが国でも経済活動の停滞をはじめ「新たな生活様式」の登場など、その渦中にある。</p><p></p><p> 2020年4月、政府は新型コロナウィルス感染症緊急経済対策の一種として、「Go Toトラベル」キャンペーン事業を打ち出し、7月22日より東京都を対象から外して開始された。星野佳路氏の造語であるマイクロツーリズム、すなわちスモールツーリズムの伸長や、持続可能な観光への後押し効果を期待する論調もある(古田,2020)。また、自治体首長などからは、経済活動の回復への理解や、感染拡大を懸念する声といった賛否両論の声も挙がっている。</p><p></p><p> そこで、本報告は、観光産業への依存度が高い島嶼部に焦点をあて、「Go to トラベル」がもたらす効果と課題を、奄美群島の与論島を事例として予察的な検討を加えていくことを目的とする。</p>
著者
中村 努
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2020, 2020

<p><b>Ⅰ.はじめに</b></p><p> 本発表では,COVID-19の感染拡大に伴って,地域包括ケアシステムにかかわるアクターの行動がどのように変化したのか,今後の感染防止策を踏まえて,地域包括ケアシステムにいかなる対応が求められるのか検証する。従来,地域包括ケアシステムは,地域内外の資源のネットワークに基づいて形成されてきたが,このことは地域によってシステムの形態にバリエーションを生ずることとなった。この地域差がCOVID-19の脆弱性や対策のあり方を決定付ける,いわば要因となって,地域包括ケアシステムにいかなる地域差を新たに生ずるのか考察する。</p><p></p><p><b>Ⅱ.COVID-19感染症対策にみる国別の合理性のバランス</b></p><p> COVID-19の感染拡大の時期において,各国政府が採用した3つの合理性のバランスは図のように整理できる。欧米では,感染者の急拡大を受けて,都市封鎖や厳しい外出規制を敷くようになった国が多くみられる。ただし,スウェーデンは厳しい外出規制を敷かずに,集団免疫の獲得という例外的な措置を採用し続けた。ブラジルも同様に経済活動の維持を基本とした戦略を採用している。一方,中国や韓国,台湾では,ICTによる行動監視という医学的合理性の追求が早期の感染収束に貢献したといわれる。ただ,こうした政策の違いが感染拡大の防止の成否を分けたとは必ずしも言えない。この分類はあくまで感染拡大時の政府の対応を大別したに過ぎず,福祉国家論の枠組みでは差異の要因を説明しきれない。それぞれの政策は,国や地域によって異なる歴史的文脈において,固有の政治,制度,文化,経済の各要素が相互に関連しあうプロセスの帰結とみなせる。今後はウイルスと国内外のアクターとの関係の変化を,長期にわたるプロセスにおいて解釈していく必要がある。</p><p></p><p><b>Ⅲ.地域格差の拡大の可能性</b></p><p> 日本政府が採用した政策は,医学的合理性と経済的合理性を両立させるため,都市封鎖を伴わない比較的緩やかな外出規制にとどまった。しかし,社会的合理性の視点の欠如によって,高齢世帯や障がい者,ひとり親世帯,生活困窮世帯などへの従来の支援が損なわれる可能性がある。彼らはリテラシーの欠如や通信環境の整備にかかる費用負担の大きさから,デジタル格差の被害者にもなりやすい。こうした支援の欠如をカバーする,ソーシャル・キャピタルもまた乏しく,特に人口密度の低い中山間地域において,平常時においても孤立する傾向にあると推察される。他方で,人口密度の高い都市部においても,平常時から長期の自宅待機による虚弱化や孤立が予想され,コミュニティ機能の希薄な地域では必要な支援が行き届かない可能性が高い。以上の地理的条件は,自然災害の発生時に,支援格差としてより先鋭化して現れると考えられる。</p><p></p><p> 医療・介護事業者は非感染患者の外出控えや感染患者への対応を背景に,利益の確保に苦慮している。再び感染症が拡大すれば,閉鎖や倒産による医療・介護崩壊の懸念がある。その空白地域を埋める最後の砦として,子ども食堂や小規模多機能拠点の役割期待がある。しかし,運営者の多くは,COVID-19の感染リスクの懸念と,支援継続の意志との間で揺れ動きながら,十分な支援を実施できていなかった。こうした草の根ともいえる活動団体の運営者とその潜在的利用者もまた,ウィズコロナ政策の被害者といえる。結果として,支援の地域差を伴った地域包括ケアシステムの空間的変容が生じているものと考えられる。</p>
著者
田中 誠也 磯田 弦 桐村 喬
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100267, 2015 (Released:2015-04-13)

本報告では,観光行動を分析する手段としてSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の1つであるツイッターの位置情報付きの投稿データを用いて,アニメ作品のロケ地またはその作品・作者と関連性があり,かつファンによってその価値が認められている場所(「アニメ聖地」)と認められている地点と,アニメファンが多く参加すると考えられるイベントに注目して,聖地巡礼者の①発地と②訪問先を分析し,観光行動研究への活用を検討する.
著者
小島 泰雄
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

1.中国の辛い地域<br> 四川料理が辛いことを説明するのは、夏が暑いことを論じるようなある種の徒労を感じる作業である。「麻辣」が正しい辛さの表現である、四川料理にも辛くない料理がある、湖南人の方が「怕不辣」であるといったことも、耳を傾けるべき指摘であるが、ここでは中国のどこが辛い料理を好むのかについてなされた興味深い報告を紹介したい。藍勇(2001)は、シリーズとして刊行された中国12省市の料理書の調味記載を定量的に分析(「辣度」)し、辛さの地域分化を提示している(下表)。この表は、中国食文化の多様な地域的展開において、一つの特色ある地域文化として四川料理を捉えるべきことを示唆している。<br>2.とうがらしの伝播<br> 辛い四川料理はそれほど長い歴史をもつものではない。その辛さにはとうがらしが主たる貢献をなしていることから、新大陸原産のそれが四川に到達して以降であることは容易に思い至るだろう。<br> この方面の研究も近年、詳細さを深めている。丁暁蕾・胡乂尹(2015)は、明清期の地方誌に記載されたとうがらし関連の記載を全国にわたって丹念にたどり、とうがらしの中国国内での伝播を復原している。初期のとうがらしの呼称である「番椒」は、明朝末期から18世紀までは主に東南沿海地区と黄河中下流という離れた2つの地域で確認され、19世紀前半に東南沿海から北上および内陸に展開している。四川の方志にとうがらしの記載が見られるのは、19世紀になってからとする。方志が数十年間隔で編纂されたことを加味するならば、四川でのとうがらしの普及が18世紀に遡る可能性はあるが、それにしても清朝中期のことである。<br> 新大陸原産の作物が、現代中国の農業と食において欠くべからざる存在となっていることは、とうもろこしやさつまいも、じゃがいもといった主食となる作物、あるいはトマト、なす、かぼちゃといった野菜の名を挙げるだけで十分に理解されよう。これらの入っていない中国料理はなんとみすぼらしいことだろうか。こうした新大陸原産作物の伝播は、時間と空間において決して単純なものではなく、繰り返し様々なルートでもたらされたものとされる(李昕昇・王思明2016)。<br>3.自然地理と歴史地理<br> 熱帯で栽培される胡椒と異なり、とうがらしは温帯でも栽培できる香辛料であり、新大陸から運び出された種子は持ち込まれた世界各地に定着していった。食文化の地域性は、その素材となる動植物の分布・農牧業を媒介項として、気候や地形といった自然地理と結びつけられて解釈されることが一般的である。中国は季節風により夏季温暖多雨であり、とうがらしは農耕地域であればほとんどの地域で栽培しうる。したがって中国における辛さを好む地域性は異なる理路で説明されることが求められることとなる。<br> とうがらしは、寒冷や湿潤に伴う身体的反応と結びつけられてきたが、類似の気候条件で辛さを好まない地域を容易に提示できることから明らかなように、環境決定論的な単純な推論は説得力を持ち得ない。そこで考慮すべきなのが、社会経済的な、あるいは文化的な、言い換えれば歴史地理的な推論である。<br> 現在、中国では各地で四川料理が食べられているが、共通するのがその庶民性である。とうがらしの入った料理は素材の善し悪しをそれほど問わない。とうがらしが定着していった清朝中期、四川はまさにフロンティアであった。多くの移民を受け入れ、人口過剰な情況になった四川には普遍的な貧しさがあり、「開胃」(食欲増進)に顕著な効果のある(山本紀夫2016)とうがらしは、地域住民に歓迎されたと考えられる。<br> ただし前近代の農村の不安定性は、四川に特権的な貧しさを認めないであろう。そこで食文化の連続性が浮かび上がる。中国在来の香辛料である花椒が陝西から四川にかけて多く使われていたとする指摘は、さらに深く考究してゆくに値するであろう。<br> モンスーンアジアに視野を拡げると、胡椒産地であるインドが熱烈なとうがらし受容地域であるのに対して、食文化に関して多様な地域性をもつ中国がとうがらしの受容において選択的であることは、まさに食文化の連続性を物語る対照性と言えるのではないであろうか。
著者
桐村 喬 峪口 有香子 岸江 信介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2014, 2014

<b>I はじめに</b><br> ツイッター(Twitter)は,140文字までの短文をウェブに投稿し,情報を発信・共有できる,代表的なマイクロブログサービスである.日本で投稿される1日7千万件以上(2013年12月)の投稿データの一部は,ツイッターのユーザーに対して無料で公開されている.投稿データには位置情報も含まれ,様々な空間分析も試みられている.<br> ところでツイッターは,ユーザー同士のコミュニケーションにも用いられる.そのため,投稿データには様々な文体で記述された文章が含まれ,方言もそこに含まれているはずであり,投稿データに付与された位置情報を利用して,特定の方言の使用/不使用の状況を地図化できる.すなわち,ツイッターの投稿データは,方言の地理的な分布を分析するための研究資源として活用できるものと考えられる.<br> そこで,本研究では,代表的なマイクロブログサービスであるツイッターの投稿データを,方言の地理的分析のための資料として活用することを目指す.まず,その予備的分析として,方言に関するアンケート調査の結果と,方言を含むツイッターの投稿データの地理的分布との整合性を検証することを目的とする.<br> <b>II 分析資料と方言の選定</b><br> 方言に関するアンケート調査の結果データとして,2007年に岸江が実施した「新方言調査」(以下,方言アンケートと呼ぶ)の結果データを利用する.この調査は,大学生を中心とする全国の1,847名の回答者を対象として行なわれたものであり,回答者の出身地は関東以西の地域に多いものの,全国に散らばっている.ライフメディアによる2013年の調査によれば,若年層ほどツイッターの利用者が多く,方言アンケート回答者の主要な年齢層と一致しており,比較に適している.一方,ツイッターの投稿データについては,2012年2月から2013年11月に投稿された,日本国内の位置情報をもつ約8,700万件を分析対象にする.<br> 方言アンケートの調査票は67項目からなり,地域差が表れやすいと思われるものについて,くつろいだ場面で親しい友人と話す際の言い方を回答させている.ここでは,利用頻度が比較的高いと考えられる,「だから」に注目し,方言アンケートの結果データとツイッターの投稿データを比較する.<br> <b>III 方言アンケートとツイッター投稿データの整合性</b><br> 方言アンケートからは,「だから」についての各方言形式(表1)を使用する回答者を都道府県単位で集計し,都道府県ごとの回答者数に占める割合を求めた.都道府県を比較の空間単位として用いるのは,方言アンケートの回答数が少ないためである.一方,ツイッター投稿データからは,それぞれの形式を含む投稿を抽出し,その位置に基づいて都道府県単位に集計し,都道府県ごとに1,000投稿あたりの投稿数を求めた.<br> 各形式についての方言アンケート回答者の割合と1,000投稿あたりの投稿数との相関係数は1%水準で有意であり,正の相関を示していることから,都道府県単位でみた場合には,方言アンケートの結果とツイッターの投稿データとの整合性はおおむね高いと考えられる.ただし,「だで」の相関係数は,他の形式と比較して小さく,方言アンケートの回答が愛知県に集中しているのに対し,ツイッターの投稿データの場合は愛知県だけでなく,鳥取県でも投稿が多くなっている.国立国語研究所の『方言文法全国地図』(1989)によれば,「だで」は,主に岐阜・愛知県を中心とした地域と,兵庫県北部から鳥取県にかけての地域で使用されており,方言アンケートよりもツイッターの投稿データのほうが伝統方言(高齢者が使用する方言)によく一致している.<br> <b>IV まとめと今後の課題</b><br> マイクロブログの一種であるツイッターの投稿データと,方言アンケートの結果データとの相関関係は正に強く,大規模な方言の調査に一般的に用いられてきたアンケートによって得られる結果と,ツイッターの投稿データから方言を抽出した結果との整合性は十分に高いと考えられる.ツイッターのユーザーに関する詳細な属性を得ることはできないが,22か月分のデータからユーザーの主な生活圏や,会話の相手を知ることができる.これらの情報を総合しながら,方言のアクセサリー化などの方言を取り巻く現代の状況を,広範囲で解明していくこともできよう.<br> 方言の分析資料としての今後の積極的な活用を図るためには,どのような表現がツイッターをはじめとするマイクロブログにおいて使用されやすいのかを,明らかにしていく必要がある.多くは話し言葉主体であるものと思われるが,親しい相手や仕事上の相手,あるいは不特定多数を相手とするのかによって,その文体は異なると考えられ,使用する方言の語彙や頻度も変化してくると予想される.
著者
鈴木 厚志 泉 貴久 福田 英樹 吉田 剛
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2006, pp.82, 2006

1.はじめに 2005年2月23日、イラクや北朝鮮の国位置がわからない大学生や高校生の存在を知らせる見出しが新聞紙面を賑わせた。地理教育専門委員会は、次期学習指導要領の改訂を視座に置き、同年2月22日、文部科学省記者クラブにて三つの提言を行った。その提言の基となる我々が実施した。世界認識調査(以下、調査)は、当時何と話題となり、マスコミにもよく取り上げられていた10か国の位置を問うものであった。我々は調査にあたって、「位置や場所の特徴を学習することは、国土や世界の諸地域を正しく認識する基礎となる」という考えに立った。調査結果は上述のごとくマスコミで大きく報道され、地理の重要性を社会に訴える機会をつくったともいえる。2.調査結果 調査は日本地理学会会員の協力を得、2004年12月から2005年2月上旬にかけて25大学(3,773名)、9高校(1,027名)にて実施した。大学での調査は、会員の担当する授業において実施しており、その結果は地理学に関心ある学生による結果と判断される。高校については、首都圏の進学校が大半を占める。国別の正解率は次のようになり、大学生については高校時代の「地理」履修の有無に基づきクロス集計を行った。3.報道と社会的反響我々は記者会見に先立ち、学会からの提言と調査結果の概要を、記者クラブへ事前配布をした。マスコミ各社はそれを読んで会見に臨んだため、その関心はかなり高かった。記者会見には、全国紙各社と通信社およびNHKと民放1社のテレビ局の記者らが出席した。会見そのものは30分程度であったが、終了後も活発な質問と取材があった。民放テレビ局は、事前配布した調査結果をもとに、会見当日に街頭にて独自取材を行い、我々の調査の妥当性を確認し、その結果を深夜のニュース番組で大きく取り上げた。翌日の朝刊では全国紙のみならず、通信社の配信により、広く地方紙でも記事が掲載された。その後、新聞や雑誌には調査結果をもとにした記者のコラムや読者からの投書、さらに会見当日に出席していなかったテレビ局からも取材依頼が相次いだ。これら二次的なマスコミによる報道は、発表者らも予想しない展開でもあった。4.調査から得た教訓 地理教育専門委員会は、「基礎的な地理的知識を継続して学習し、地理的見方・考え方を確実に定着させることを目指した地理教育」への提言に向けて行った今回の調査と記者会見から、次の三点を教訓として得た。第一は、現状と問題点をきちんと公開することである。会員からすれば今回の調査は単純なものであり、今日の「地理」履修状況や学力低下傾向から、その結果は当然かもしれない。今回の発表は、その結果をありのまま公開したに過ぎないのである。第二は、学会と市民を結ぶチャネルを確保することである。次期学習指導要領の改訂に向けた文部科学省や中教審委員や文教族の国会議員等への陳情活動と並行し、我々は市民を納得させ、世論を味方にする努力を怠ってはならない。外に向かった効率良い情報発信を継続すべきである。第三は、我々会員が地理学や地理教育の基礎・基本をきちんと認識することである。単に地理の重要性やおもしろさを訴えたところで、社会の共感を得ることは難しい。子どもの発達に応じた基礎・基本が整理され、それらを次の世代へ創造的に継承していくことの重要性が、広く会員へ認識されなければならない。
著者
浅見 泰司
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.248, 2008

<BR>1.「地域の知」<BR> 現代社会が抱える諸問題解決のために、社会、経済、文化、自然などの様々な事象を表現する地域情報は基盤情報となる。「地域の知」とは、各地の行政機関や民間の研究機関が蓄積した情報や、地域に生きる人々が持つ情報、研究者が築き上げてきた情報や知識が含まれる。「地域の知」はこれまで、断片的で、共有化されず、時の流れと共に失われてきた。「地域の知」を正の遺産として継承するために、以下の整備が必要である。<BR>2.「地域の知」を充実するための制度整備<BR> 官庁統計のデジタルへの更なる推進、保存期間の見直しなどを行い、地域情報を蓄積する制度の整備が必要である。また、保存・蓄積されている情報を、ニーズに応じて再集計できる仕組みの整備が求められる。位置の高精度化を進め、地図、基本的な最小集計単位の空間データの不整合を解消し、時系列的に比較可能にする必要がある。また、地理参照の整備を行い、町丁目・字コードの利用条件や、住所照合の一致度を向上させる仕組みを検討すべきである。<BR> 民間機関、研究者などが収集した情報を蓄積し、共有化するための制度も整備すべきである。データベース作成が学術的業績になる仕組みや、データベースを評価する仕組みも打ち立てるべきである。<BR>3.「地域の知」統合のための技術開発と研究推進<BR> 「地域の知」を収集、保存、検索、出力などを効率よく行っていくためには、操作システムの開発が必要となる。そこで、以下の機能を持つ「地域情報の共有プラットフォーム」を早急に開発すべきである。<BR>(1)地理参照可能;(2)各種の時系列(暦)と時間に対応;(3)図形(地域)、テキスト、画像、動画、音声、質的データなど様々な情報を一元的に管理;(4)多言語に対応;(5)地理情報検索、暦・時間検索・テーマ検索ができる;(6)視覚化可能;(7)データベースが共有化可能。<BR> 地域情報の詳細化と空間分析手法の高度化の研究も必要である。センサー技術を利用した地域情報の取得に関する研究、地域情報の視覚化に関する研究、次世代GISの研究などにより、地域情報の効果的な取得、表示、分析に関する研究を推進していく必要がある。<BR>4.「地域の知」と社会との関わり<BR> 地域情報の詳細化は、個人と社会の利害関係が対立も懸念され、倫理的側面の検討、法整備が必要になる。<BR> 地域情報の発信者は、地域に携わる誰もが担える。地域情報の整備に関しては、単に公的な機関だけでなく、民間も貢献し、裨益しうる制度も重要である。「地域の語り部」のような、誰もが貢献できる仕組みの構築も必要である。<BR> 「地域の知」の充実は、教育や地域活動にも貴重な資源となり、相互理解や情報格差是正につながる。学校教育における地図やGISを利用した地域情報教育の推進、地域情報をNPOや民間企業などが地域資源として利活用することの促進、そのための産官学連携による地域情報利活用のための地域情報センターの設置などによって、格段に進むことが期待できる。また、常時最新の情報に入れ替えて常に鮮度の高い主題図を集約した電子版地域情報アトラスの刊行も教育や地域活動に有効であろう。<BR>5.「地域の知」の統合の実現<BR> 「地域情報の共有プラットフォーム」開発に対しては、技術的検討およびこれらの運営環境の検討を行うために、10年間程度の「地域情報の共有プラットフォーム」開発プロジェクトを起こす必要がある。そのために、機関横断型のコンソーシアムの設立が必要になると思われる。共有プラットフォームを活かした「地域の知」の蓄積とその応用は、重要な国際貢献の柱になりうる。<BR><BR>註 本稿の内容は日本学術会議地域情報分科会の成果をまとめたものである。
著者
高田 将志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

<br><br>海外の地理学の現状に関しては、近年、地学雑誌において「世界の地理学(Part I)、(Part II)」と題した特集号が組まれた(地学雑誌、第121巻、4号、5号、2012年)。これは2013年に京都で開催された国際地理学会議に向けて企画された特集号であり(村山ほか、pp.579-585)、PartI(地学雑誌、第121巻、4号、2012年)では、イギリス(矢野、pp.586-600)、ドイツ(森川ほか、pp.601-616)、フランス(手塚、pp.617-625)、スイス(大村、626-634)、オーストリア(呉羽、pp.635-649)、スペイン(竹中、pp.650-663)、ポルトガル(池、pp.664-672)、スウェーデン(山下、pp.673-685)、フィンランド(湯田、pp.686-698)、ロシア(小俣、pp.669-716)、ポーランド(山本、pp.717-727)、スロヴァキア(小林ほか、pp.728-734)、ルーマニア(漆原、pp.735-742)、Part II(地学雑誌、第121巻、5号、2012年)では、オランダ(伊藤、750-770)、アメリカ(矢ケ崎、771-786)、カナダ(山下、787-798)、ブラジル(丸山、799-814)、韓国(金、815-823)、中国(小野寺、824-840)、台湾(葉、841-855)、ベトナム(春山、856-866)、インドネシア(瀬川、867-873)、インド(岡橋ほか、874-890)、オストラリア(堤、891-901)、ニュージーランド(菊池、902-912)である。これらの総説では、主に、地理学関連の学会組織や学術研究面の特徴について触れられており、地理教育の点では、主要大学の組織や教育など高等教育に関する記述が中心で、中等教育について触れられている部分は極めてわずかである。また東~東南~南アジアについてみると、韓国、中国、ベトナム、インドネシア、インドが取り上げられているものの、他の国々に関する情報は含まれていない。<br><br>一方、海外の中等教育に関しては、大分古くはなるが1970年代末~1980年代初頭にかけて、帝国書院から「全訳 世界の地理教科書シリーズ」全30巻が刊行されている。これは、主要国の中等教育で用いられている地理分野教科書を全訳したもので、アジア諸国の中では、インド(第11巻)、タイ(第12巻)、インドネシア(第13巻)、フィリピン(第14巻、中国(第23巻)、韓国(第24巻)の6カ国について、取り上げられている。したがってこの6カ国については、教科書分析を行うことで、中等教育レベルの地理教育における時代的変遷についても、ある程度分析することが可能である。<br><br>地理学における高等教育や先端研究の重要性は言うまでもないが、翻って日本の現状を顧みると、中等教育における地理教育は、高等教育や、その先の先端研究の場にも大きな影響を及ぼしていることは明らかである。このような点から、日本のみならず、各国の地理学や地理教育においても、中等教育の実情を明らかにしておくことは、当該国の地理をよりよく理解するために新たな視点を与えてくれるであろう。また、当該国における中等教育における地理教育の実態を明らかにする過程で、日本からの目線で見落としがちな地理的事項を認識できれば、当該国の地誌的記述や日本を含むアジア諸国との国際関係理解の面で、日本の地理教育に資するべきものが発見できることも考えられる。<br><br>発表者は、将来的には、アジア、特に東~東南~南アジアに対象を絞って、各国の中等教育の現場で、地理学がどのようなテーマを扱い、どのような教育システムの下で教えられているかについて、主に、使用されている教科書や資料類の分析と、授業見学、教員へのインタビューなどから明らかにし、各国間の相互比較を行いたいと考えている。そしてその結果をもとに、中等教育レベルでは、国毎にどのような地理的知識・技術・考え方を重視しているのか、とくに自国の地誌や、日本を含む主要な国との国際関係について、どのような観点を重視して教育を行っているか、などを明らかにしたいと考えている。<br><br>上記のような背景を踏まえ、今回の発表では、試みにまず、ブータンとシンガポールというアジアの国について、中等教育がどのような教育システム上の位置を占め、どのような教科書を使用して教育を行っているのかについて調べた結果について報告したい。
著者
川村 和司
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.69, 2005

現在,我が国の地上波民間テレビジョン放送は,日本テレビとTBS,フジテレビ,テレビ朝日,テレビ東京の5系列と三大都市圏内の独立局で構成されている.全国展開が許可されなかった民放キー局各社は,NHKに対抗するため,全国の地方局と系列関係を構築した.すなわち地方の報道を系列局が担当し,多くの番組を在京のキー局が配信するという体制である. 民間放送局は効率的に全国を網羅するため,三大都市圏に次いで,地方中枢都市を有する北海道や福岡,宮城,広島などに系列局を開局した.これはNHKの置局展開を論じた東・宇賀神(1979)の結果に類似している.また,人口や経済規模による民力を反映し,静岡や新潟などの県でも系列局の置局が行われた.一方,民力の脆弱な県で系列局の置局が盛んに行われたのは,政策的に全国の民放4局化が進められた1989年以降である.しかし4局化を達成した岩手や山形, 石川を上回る民力を有しながら,青森や山口など3局化に止まった県も存在する.そこで本研究では,3局地域の中で民力度が最も高い県のひとつである青森県を事例にモアチャンネル需要の特徴とその地域性を明らかにする. 系列局の少ない区域では隣接区域の放送を視聴することで系列の空白を補完する傾向がある.その方法としてはアンテナでの直接受信と,ケーブルテレビが他区域の局の放送を行う区域外再送信があげられる.青森県においても,空白となっているフジテレビ系列やテレビ東京系列を視聴するため,北海道や岩手,秋田の放送をアンテナ受信やケーブルテレビの区域外再送信によって視聴する習慣がある. 青森県における,全県的なフジテレビ系列やテレビ東京系列へのモアチャンネル需要を裏付けるように,隣接区域の放送が受信しやすい地域ほど,アンテナ受信での視聴世帯の割合は高くなり,受信が困難な青森市などでは有料のケーブルテレビ区域外再送信の加入世帯が非常に多くなっている.また青森県内の放送が鮮明に視聴できない地域では隣接区域の放送に頼らざるを得ない状況となっている.一方で,旧南部藩領で岩手県側にも商圏を持つ八戸市周辺や,教育や医療などの一部の面で北海道函館市の都市影響圏に属する下北半島北部のような隣接区域との地域間関係の強い地域では,青森よりも岩手や北海道の放送に親近感を受ける住民も多く,青森県内の民間放送に代わり隣接区域の放送を視聴している世帯もみられた.また過去の隣接区域の放送の視聴経験もモアチャンネル需要に影響を与え,居住地が移動した後も,もとの隣接区域の放送を視聴する傾向が強いことが把握された.以上,青森県でのモアチャンネル需要は,系列局の空白状況,受信状況,地域間関係,また過去の習慣などによって特徴づけられ,地域性を生じさせていると考えられる.