著者
大嶽 秀夫
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

1993年の「政治改革」は、派閥の力を弱めることによって、相互に矛盾する二つの動きを日本政治に生み出した。一つは、党執行部のリーダーシップの強化であり、もう一つは個々の議員の相対的自律性の強化である。いずれの方向が今後優勢となるかはみきわめが難しいが、その行方を左右するものとして、2つの要因が重要である。一つは、与党が連立をいつまで必要とするかである。公明党との連立が不可避である限り、党執行部の党内統制力は強い状態にとどまるであろう。他方、もう一つの要因として、1970年代中期からのポピュリズムの断続的登場が挙げられる。ポピュリズムとは、通奏低音としての政治不信(政党とくに与党と官僚への不信)を背景に、時折現れる特定政治家への高い期待の急浮上(と急落)のことであるが、これが近年再三にわたって登場している。日本新党ブームを起こして首相に就任した細川護煕、(自社さ連立時代に)厚生大臣として薬害エイズ問題を「解決」し国民的人気を博した菅直人、派閥内で孤立していながら国民的人気で自民党総裁に選ばれ、九六年総選挙で自らを党の「顔」にしたテレビCMによるイメージ・キャンペーンで勝利を収め、「六大改革」に邁進した橋本龍太郎、森政権時代に「加藤の乱」で国民の喝采を博した加藤紘一、二〇〇一年の自民党総裁選挙で突如人気をさらった小泉純一郎と田中真紀子のコンビなどが、こうした突発的で強い期待を集めた政治家たちである。以上の特定政治家への国民的支持の一時的急上昇の主体は無党派層が中核となっっているとみられるが、それが自民党内権力構造に大きな影響を与えている。そして、その支持を背景として、九〇年代以降のポピュリストたちは、ネオ・リベラル型政策を掲げて、日本政治の改革に邁進する姿勢を示してきた。換言すれば、党内基盤の弱いポピュリスト政治家たちは、(自分の所属する政党を含む)政党や官庁を敵に仕立てて、改革の姿勢を演出する。これが今日日本政治の常態となっているのである。
著者
大嶽 秀夫
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

1975年以降、アメリカでも日本でも、政治不信の高まりを背景に、政治のプロフェショナルでないという姿勢、すなわち素人イメージを演出したアウトサイダー的政治家が、突発的に人気を得るという現象が、間歇的にしばしば発生した。これを近年の政治学では、ポピュリズムという概念を再定義して表現するようになった。ポピュリズム概念は、政治学では従来、ロシアのナロードニキ、アメリカの革新運動、ラテンアメリカの政治体制をさす言葉として使われてきたが、最近は、カーター以来の大統領による「going public」の手法ならびに米国の減税運動に典型的にみられる直接民主主義的運動を表す言葉として、新たな意味賦与をともなって使われるようになった概念である。日本でも同様の現象がみられ、1976年の新自由クラブ、1989年の土井社会党、1993年の日本新党、そして2001年の小泉・眞紀子ブームがそれに当たる。これらのポピュリストたちは、政治腐敗を最大の課題として登場しており、中でも田中派の流れをくむ経世会、橋本派を最大の標的とした。言い換えると、政治学でいうクライアンティリズムに対する「改革」をスローガンとしていたのである。この対立図式は、米国の都市政治におけるマシーン政治と改革運動との対立の再現である。問題は、しかし、これらの日本のポピュリストたちは、小泉純一郎を除いて、いずれも短命に終わっていることである。本研究では、小泉がなぜ例外的にその人気を維持し、改革を達成できたかを検討した。そのために、ケーススタディ・アプローチをとって、(1)道路公団改革、(2)郵政民営化、(3)イラクへの自衛隊派兵、(4)北朝鮮拉致問題の4つの争点につき、実証的に研究を行った。そして、橋本内閣によって導入された首相の権限拡充という制度的変化と、小泉自身のもつリーダーシップ能力に検討を加え、通常制度論を援用していわれているような前者ではなく、後者の方がより重要な要因であったとの結論に導いている。
著者
黒崎 文雄
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

1.「急速熱分解反応を可能にする新規低コスト炭素化炉の開発・設計」急速熱分解反応を可能にする加熱方法として、黒鉛型枠に原料を充填し通電加熱する方法を採用した。通電加熱法の場合、試料量の増加や大面積の実現のためには、黒鉛型枠を大きくする必要がある。しかし、熱容量が増加するため、急速度での昇温はより困難であった。そこで、型枠の厚みを極力薄くした黒鉛型枠を設計・自作し、実験結果をもとに黒鉛型枠の最適化を検討した。その結果、急速熱分解反応を可能にする昇温速度の制御の実現と従来に比べて、10倍程度の重量と面積を有するマクロ・ポーラス炭素材料の合成に成功した。2.「急速熱分解を応用して合成したマクロ・ポーラス炭素材料の多孔質構造の評価と普遍化」加熱温度400℃以下の炭素化物では、著しく早い昇温速度であっても、マクロ・ポーラス炭素材料特有の三次元ネットワーク構造は存在せず、原料の微細構造が維持されていた。一方、加熱温度450℃以上の炭素化物では、昇温速度1℃/秒以上の場合、三次元ネットワーク構造を有していた。また、保持時間による影響はほとんど確認されなかった。以上の結果より、従来の加熱温度より低い温度での合成や保持時間が短縮化できることが示され、より少ないエネルギーでマクロ・ポーラス炭素材料を合成し得ることが示された。3.「原料の疎水性および乾燥方法の相違による微細構造変化」昇温速度以外のファクターによるバイオマス原料の微細構造の崩壊および凝集現象を検討した。t-ブチルアルコールへの溶媒置換したキチンナノファイバーを原料とし、炭素化したところ、原料の微細構造の崩壊が起こらず、原料の微細構造が維持されたナノファイバーカーボンが得られた。原料の疎水性および乾燥方法をファクターとして、急速加熱法に組み込むことで、マクロポーラス炭素材料の特徴である多孔質構造の制御の幅を広げることができると期待される。
著者
吉田 治典 RIJAL Hom Bahadur
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

ネパール・ヒマラヤ地域における伝統的住宅の冬の熱的主観申告調査と温熱環境調査を行い,居住者の熱的満足度と中立温度について以下のことを明らかにした。1)温冷感,快適感と適温感の快適範囲の出現頻度が高く,居住者は温熱環境への満足度は高いといえる。2)Griffiths法で求めた中立温度は,住宅A,B,Cを合わせると10.7℃であり,居住者の着衣量の調節や冬の適応によって,中立温度は一般的に言われている快適範囲より低い。3)住宅Cの中立温度は12.9℃であり,住宅Aより4.5K,住宅Bより2.3K高く,居住者がある程度適応範囲を持っていることから,中立温度の大小は暴露気温の大小によって決定され,同一地域内で中立温度の差がある。また,ネパールの亜熱帯地域における伝統的住宅の夏の温熱環境と居住者の温熱感覚に着目し,パッシブクーリングの観点から分析した。その結果,居住者は室内だけではなく室外や半戸外を適切に利用するパッシブな生活様式をもつこと,気候に則した広い土間床,土や煉瓦の壁,巨大壷などのパッシブ的要素を持つ住宅が形成されていること,近代的な建築材料の利用が必ずしも温熱環境の改善にはつながらないこと,室内で裸火のイロリを利用するためエネルギー効率が良くないこと,などを見出した。得られた成果は以下の通りである。1)居住者の滞在場所に関する調査から,居住者が内部,半外部,前庭を時間的に移動して居住温熱環境を緩和している実態が示された。2)昼間の土間の表面温度は外気温より土壁造で7.4K,煉瓦造で5.9K低い。土間,土壁,煉瓦壁,壷などには夏に涼しく保つのに有効的である。3)開放型イロリで多量の薪を燃焼している台所の昼間の室温が37.7℃であり,台所の過熱を処理する必要がある。4)屋根裏表面温度は昼間に草葺きで37.9℃,粘土瓦葺きで39.4℃,セメント瓦葺きで42.2℃であり,草葺き屋根の断熱性がもっとも高い。
著者
大江 浩一 岡本 和紘 三木 康嗣
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010

剛直構造としてスピロフルオレンを導入した複素環(フラン、チオフェン、ピロール、イミダゾール)を構成単位として、種々のπ共役有機オリゴマーを合成し、それらの発光特性や電気化学特性を調査した。スピロフルオレン構造によって、その分子中のπ共役構造の平面性が著しく向上し、固体状態における分子間相互作用のみを抑制できることが明らかとなった(機能性保持と性能向上)。また、スピロフルオレン構造に基づくスピロ共役が発光特性に及ぼす効果についても明らかにすることができた。これにより有機溶媒に対する適度な溶解性と高いガラス転移温度を有する熱安定性に優れたπ共役有機分子を構築することができた。
著者
多賀 茂 中川 久定 中川 久定 多賀 茂
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
1999

多賀-18世紀においてもフランスでは、いまだ自国の文学を固有の伝統を持つ一つの集合体として見る考え方は一般的ではなかった。いわば「フランス文学史」という観念はいまだ一般的には成立していなかったのであり、古代ギリシア・ローマの古典とそれに対するヨーロッパ近代の古典という図式のほうが支配的であった。ところが、史上初めて「フランス文学史」と名乗った文献は17世紀にまでさかのぼる。エリート的学問層の集団であり、批評術的歴史研究の中心であったベネディクト派修道会によって編纂が開始されたフランス文学史がそれである。ただしここには、文学史をさまざまな美的価値が連続的に現れては消える過程と見なす考え方はない。彼らにとって文学史とは、フランス語で書かれた文書のうち詩・小説・歴史・思想などの領域に属するものすべてが形成する集合体のことであった。中川-18世紀のフランス社会において、ギリシア・ラテンの古典はいったいどのような役割を果たしたであろうか。ディドロ・ダランペール編『百科全書』、パンクーク編『百科全書補遺』の初校目の分析を通して、次のようにこの問題の解明を行った。古代から18世紀にいたるヨーロッパにおいて生み出されたさまざまな著作のうち、「古典的」という修飾語を冠するに足りるものはどれであるかについての合意が成立したのは、18世紀半ばであった。他方、18世紀のフランス社会は、ギリシア・ラテンの古典を同時代的状況に適用する試みを多数生み出すことにも成功していた。たとえば、プラトンの『ソクラテスの弁明』は、ヴォルテール、ルソー、ディドロの3人によって、当時の状況に適応するような形で、独自の仕方で読み直され、解釈された。こうして、18世紀フランス社会は、古典を媒介とすることによって、ヨーロッパ文明の連続性を継承しつつ、しかも同時に自己革新をはかることに成功した特異な世紀であった。
著者
市川 正敏
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2008

本研究は、細胞膜に代表される脂質二分子膜に於ける局所的な変形形状に働く力を、主に細胞サイズの小胞を実験系として用いて解明するのが目的である。脂質膜上に局所構造を作る一つの手段は相分離現象を利用する事である。相分離した膜面は条件によってはマイクロメーターサイズの凸凹を作る。相分離現象は一般に2成分以上の混合系で観察される。この膜面の相分離現象は生命現象に関わるラフトと関係が深いと言われており、基礎的な膜の物理を理解する事で生命現象の理解に貢献できると期待できる。本研究では、膜をレーザートラップによって直接的に力を測定する実験も実施し、直接的に測った力とベシクルの形態や局所構造の観察の両面から、局所構造が生む力を解明した。平成21年度は、前年度に構築した実験系を用いて行った混合脂質脂質ベシクルの伸張実験に続いて、相分離する混合脂質の伸張実験を行い両者を比較した。荷電混合脂質においては荷電密度が上昇すると共に表面張力係数が上昇し、曲げ剛性率はほとんど変化が無かった。一方で、相分離混合脂質系では、伸張時に相分離が誘起、進行させられる事が観察された。相分離が進行中に測定された力学プロファイルは荷電混合脂質でも得られた通常のプロファイルとは大きく異なり、相分離の進行や誘起を力学測定から検知する事が可能である事が明らかになった。これは、蛍光プローブ等を用いた観察的手法だけでなく、力計測からも相分離を測定できることを示すものである。この結果を論文として報告した。また、構築した装置を用いて脂質分子以外のソフトマテリアルの力学測定を行い、特徴的な力学的性質を明らかにした。
著者
大西 正光
出版者
京都大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2006

インフラプロジェクトでは、複数の(実際には多数の)リスク要因が存在していることが通常である。しかし、複数リスク下における、プロジェクトリスクの最適なリスク分担構造について、未だ理論的な裏付けによって導かれたものは存在しない。本研究では、インフラプロジェクトにおける複数リスクのアンバンドリングを考慮した最適リスク分担構造を、合理的意思決定モデルを用いることによって、演繹的に導き出した点に新たな貢献がある。
著者
南 暁彦
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

構造相転移において、ある温度領域で秩序相と無秩序相が共存する効果に付いて、弾性効果を考慮に入れたモデルを構築し、それによって安定状態として秩序相と無秩序相が共存するミニマルなモデルを提示することに成功した。これは昨年から行っている中間状態の研究の3次元版であり、これによって3次元系でも中間状態が発生し、2次元と同じ手法で相図を解析することが可能となった。
著者
山中 大学 前川 泰之 深尾 昌一郎 橋口 浩之
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1995

本研究の目的は,中小規模(水平スケール10^1〜10^3km程度,時間スケール10^1〜10^3分程度)の大気擾乱のうち,最も大きな階層である中間規模温帯低気圧(梅雨・秋霖季の亜熱帯前線帯に卓越)や熱帯低気圧の力学的構造について,過去に蓄積されたMU・境界層・気象レーダー観測結果を総合的に解析するとともに,観測を継続的に実施することによって解明することであった.2年間における成果の概要は以下の通りである:1.梅雨・秋霖季中間規模温帯低気圧の研究1986年以来の梅雨季(6〜7月)・秋霖季(9〜10月)の対流圏〜下部成層圏領域におけるMUレーダー(VHF帯)による標準観測データ(風速3成分,成層度,乱流風速分散)を,雨滴エコーなどを入念に除去してデータベースとして整備した.特に1991年6月17日〜7月8日に行った梅雨季3週間連続観測については,同時に行ったラジオゾンデ・気象レーダー(X,C,Ku帯)・気象衛星・気象庁客観解析結果などとともに整理し,中間規模低気圧構造,地上低気圧中心に相対的な鉛直流変動(対流雲群)の水平分布(階層構造),個々の対流雲の構造と時間変化などのほか,下部対流圏の低気圧通過に伴う対流圏界面ジェット気流や下部成層圏慣性重力波,乱流の分布特性と強度(鉛直渦拡散係数)などの時間変化も得た.また1992年6〜7月に行なった境界層レーダー(UHF帯)・MUレーダー同時観測からは,中間規模低気圧の鉛直位相構造が対流圏下部(大気境界層)で逆転する例,中〜上部対流圏‘generating cell'の構造と降水粒子降下などを検出した.1995年6月上旬に実施した新たな観測では,約10年前に観測されたようなcold vortexの通過に遭遇し,今回は中心よりかなり南側の詳細な構造を得ることに成功した.3.台風およびその温帯低気圧化の研究秋霖季の観測結果のうち,強い台風の中心付近を観測した1991年9月19〜20日(台風9019号),1994年9月29〜30日(台風9426号)の2つのケースについて,MUレーダー水平風速を気象庁資料と組み合わせることにより,台風中心からの水平距離の関数としての接線・動径風速に換算し,全体的には典型的な熱帯低気圧の軸対称構造を確認したが,非対称構造や時間変化など温帯低気圧化も示唆された.特に台風9428号については,様々な中心通過経路および時刻について計算を繰り返して,15分程度の間隔で前後2回ある地上気圧低極の間の時刻に中心がレーダーのほぼ真上を通過したとの結論を得た.また角運動量,渦度,ヘリシティ(速度と渦度の内積)など準保存量の解析も行なった.さらに地上・気象レーダー・レ-ウィンゾンデ・衛星,関西電力堺火力発電所境界層レーダーなどの観測データも解析し,MUデータとの比較から,最盛期の熱帯低気圧の特徴であるwarm core構造を持つことを確認するとともに,中心部が竜巻に見られるような螺旋構造を持ち,そのため局所的に高気圧性回転しているように観測されることがわかった.1995〜96年には顕著な台風がMU観測所に接近することはなかったが,1996年7月17〜18日には台風9606号の中心付近を部分的に観測した通信総合研究所山川観測所(鹿児島県)境界線レーダーのデータを解析した.また過去にいくつか観測された台風崩れの梅雨・秋霖季中間規模低気圧についても,新たに解析を試みた.以上の研究を通じて,台風の中心付近や,梅雨前線帯の雲の階層構造に伴う3次元風速変動が初めて実測されたと言える.さらにVHF/UHF帯レーダーの中間規模低気圧・台風研究への有用性と具体的観測方法が確立され,メソ気象学の分野に新しい側面を切り開いたことも特筆すべきである.
著者
今堀 博
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2008

一般に、側壁への共有結合による化学修飾は、パイ共役性を破壊し、単層カーボンナノチューブ(SWNT)の電子状態を大きく変化させることが知られている。一方で、我々はこれまでに、SWNT側壁へのエノラートアニオンの環化付加反応、いわゆるビンゲル反応による修飾は、SWNTの電子状態にほとんど変化を起こさないことを実験的に見出した。本研究では、密度汎関数(DFT)法を用いて、ビンゲル反応修飾により得られるSWNTの構造や電子状態を理論的に考察した。ここで、チューブ軸に対して付加した3員環面が垂直あるいは垂直により近いものをType 1、平行あるいはより平行に近いものをType 2として表記する。Type 1およびType 2の(8,8)SWNTに対して構造最適化を行ったところ、Type 2では反応した側壁上の2つの炭素間の距離が1.57Aであるのに対し、Type 1では2.23Aとなり、結合の切断が示唆された。また、(10,5)SWNTを用いた場合にも、同様にType 1の場合に結合の開裂を伴うことが示唆された。さらに、無修飾およびType 1、Type 2のSWNTモデルに対して電子構造の考察を行ったところ、(8,8)および(10,5)SWNTのいずれにおいても、Type 1では、軌道のエネルギーが無修飾の場合と比べてほとんど変化せず、チューブ全体に電子が非局在化していた。一方Type 2では、付加基付近への電子の局在化が見られ、軌道のエネルギーが無修飾と比べて大きく変化していることがわかった。以上の結果とビンゲル反応修飾後に電子状態が保持されるという実験結果を考え合わせると、実験ではType 1の立体配置での付加反応が優先的に進行したと考えられる。今回、理論的結果とあわせて考察することで、SWNTの側壁化学修飾における結合様式の推定を行うことができた。
著者
木島 梨沙子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

気象庁気象研究所の高解像度全球気候モデル(GCM20)による現在気候再現ならびに100年後予測の出力時間雨量を用いて,100年確率降水量といった異常降雨指標の解析を行った.初めにGCM20による異なる時間スケールの極端降雨の再現性を検証し,その上で将来気候で起こりうる,時間スケールの異なる極端降雨現象の変化とその変化が洪水へ与える影響の評価を行った.具体的には,GCM20から推定された異なる時間スケールD(D=1,7,15日)の年最大雨量ならびにその100年確率降雨量の再現性を,全球雨量計観測情報の日雨量データを用いてさまざまな地域で検証を行った.その結果,日本やアメリカといった中・高緯度の国においてはD=1日スケールでの年最大雨量の再現性は良く,100年確率降雨の推定精度も良い一方で,アジアの低緯度域における極値降雨の評価には,D=15日程度の時間積分値が必要であることを明らかにした.またアジアモンスーン域を対象として,異なる時間スケールD(D=1,3,6,12時間,1,7,15日)の100年確率降雨量の将来変化を解析した.また,将来変化については100kmの空間平均値を用いた評価方法を提案し,多くの領域で将来変化の顕著なトレンドを抽出することに成功した.さらに,年最大D雨量の生起する季節(月)の変化にも着目し,降雨の時期の移動が将来の洪水に及ぼす影響を検討した.極値降雨が生起する時期についてはメコン河流域において顕著な将来変化を認め,将来,年最大15日雨量の生起する時期が9月から8,月に早まる傾向にあることを示し,将来,メコン河下流域の洪水のピークを早めることに寄与する可能性があることを提示した.またその15日雨量の将来変化をもたらした要因として,気象場の解析を行った.
著者
梶浦 晋
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2001

東アジアにおける仏典開版の歴史や流布の研究のため、国内外で調査をおこなった。日本においては、京都大学人文科学研究所、京都国立博物館、大谷大学図書館、東京大学東洋文化研究所、国立国会図書館、静嘉堂文庫、大東急記念文庫、お茶の水図書館成簣堂文庫、根津美術館、建仁寺、北京の中国国家図書館、北京大学図書館、台北の国家図書館、故宮博物院文献館等収蔵の宋元版等の調査をおこなった。日本における金版大蔵経の収蔵情況および流通についてあきらかにした。お茶の水図書館所蔵の高麗刊『大般若波羅蜜多経』巻第巻第第二十一第二百七十六は、元官版大蔵経と密接な関係があり、漢訳大蔵経刊行史上重要な遺品であることを確認し報告した。京都大学人文科学研究所所蔵の宋・金・元版仏書は、調査を完了し、目録および主要な典籍の解題の作製中である。中国国家図書館、国家図書館、故宮博物院文献館等では、『妙法蓮華経』『金剛般若経』など、主として単刻の仏典を調査おこない、日本伝存の宋元刊本との相異点などについて研究を進めた。上記調査を行った機関の所蔵本や各種目録を参考にして、内外の図書館や研究機関あるいは寺院所蔵の、中国および朝鮮半島開版の古版仏典所在リストの作成し、本科研の報告書に「日本現存宋金元版仏典リスト(暫定版)」として収録した。
著者
庄垣内 正弘 熊本 裕 吉田 豊 藤代 節 荒川 慎太郎 白井 聡子 間野 英二 梅村 坦 樋口 康一
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2002

本研究の目的は、ロシア科学アカデミー東方学研究所サンクトペテルブルグ支所に保管されている中央アジア古文献の調査と整理、未解明文献の解明であった。この目的を遂行するために研究代表者あるいは分担者は度々ロシアに出向いて調査し、また、ロシアから専門家を招いて共同研究をおこなった。また中01央アジア古文献研究に携わるロシア以外の国へも出向き、当該国の研究者を招聘して研究の推進に役立てることもした。研究代表者庄垣内はロシア所蔵の未解明ウイグル語断片について研究し、『ロシア所蔵ウイグル語文献の研究』(2003,374p.+LXXVII)を出版した。ロシア科学アカデミー東方学研究所E.クチャーノフ教授は荒川慎太郎の協力を得て、『西夏語辞典(夏露英中語対照)』(2006,800p.)を出版した。語彙を扱った世界初の西夏語辞典である。一方、同研究所上級研究員A.サズィキンは、樋口康一の協力も得て、『モンゴル文「聖妙吉祥真実名経」』(2006,280p.)、『モンゴル語仏典カタログ』(2004,172p.)を出版した。吉田豊と熊本裕はそれぞれソグド文献、コータン語文献研究に従事した。また梅村坦等はロシア所蔵文献カタログ作成に取り組んだ。間野英二はチャガタイ語文献『バーブルナーマ』ロシア所蔵写本を、藤代は同じくシベリア言語資料を、白井聡子はハラホト出土のチベット語仏教仏典をそれぞれ研究し、解説とテキストを出版した。研究成果の詳細についてはメンバーによる論文集CSEL vol.10、及び報告書冊子を参照されたい。古文献の研究には膨大な時間と労力を必要とする。本研究も予定の計画を完遂できたとはいえないが、とりわけロシア人研究者の協力をえて、一般に公開できる程度の質を保持したかなりの量の成果をあげたものと満足している。
著者
緒方 知美
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

1)平安時代に制作された紺紙金字経典((2)〜(5)、(7)〜(9))、および料紙装飾経典((1)(6))の調査を行った。東京・浅草寺本法華経并開結(11世紀)、(2)中尊寺交書一切経のうち賢劫経巻第十一・阿毘曇心経巻第二(3)神護寺一切経のうち諸法最上王経(4)伝藤原頼通筆無量義経断簡(11世紀)((2)〜(4)は兵庫・黒川古文化研究所所蔵)、(5)兵庫県歴史博物館保管中尊寺交書一切経のうち大般若経巻第二百九十八、(6)和泉市久保惣記念美術館本法華経方便品第二、(7)山口・遍明院本法華経、(8)静岡・妙立寺本藤原基衡発願法華経并開結(保延4年)、(9)福島・松山寺本紺紙金字法華経。(特に表記のない作品は12世紀)2)中国の蘇州・瑞光寺塔発見紺紙金字法華経に関する実地見学・資料収集を行なった。3)平安時代の紺紙金字経典制作に関する文献記録を収集した。作品調査の結果、(1)や(6)の料紙装飾経では、遠視点による細密画風という特殊描法が共通し、それ以外の紺紙金字経とは明らかに異なる系譜にあり、作者も別系統のものを推定すべきであること、本文書体は、11世紀((1)(4))の温雅なものから12世紀の扁平な典型的写経体へと変化すること、紺紙金字経典見返し絵の絵画様式としての完成期が12世紀にあること、が確認された。調査によって明らかとなった、書体と見返し絵の様式展開の並行現象、材質・技法上の共通性、そして当時の記録から考察して、書写をおこなう筆者と見返し絵や表紙絵を描く画家は別個の存在ではなく、経典制作を専門的に行う僧侶として共に活動し、院政期に僧綱位を与えられ社会的地位を確立される「経師」集団の一員として、作善業としての経典書写に自主的な意識をも持って参加していたという仮説を導いた。作者の自主的参与を可能にする経典制作環境が、平安時代の経絵様式の成立を導いた原因となったと結論した。
著者
小林 優
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

ホウ素は植物の生育に不可欠の元素であり、欠乏すると組織の壊死や不稔など多様な生理障害が発生する。しかしホウ素が不足することでそれら障害が発生するメカニズムは明らかでない。このメカニズムを解明するため、植物の培地からホウ素を除去したときに生じる応答を詳細に解析した。その結果ホウ素が欠乏すると細胞に活性酸素が蓄積し、それが原因で細胞死に至ることが明らかとなった。また植物細胞は培地からのホウ素消失を直ちに感知することも明らかとなった。
著者
石田 祐三郎 田中 克 坂口 守彦 吉永 郁生 左子 芳彦 内田 有恒 深見 公雄
出版者
京都大学
雑誌
一般研究(A)
巻号頁・発行日
1988

有用魚類の稚仔魚の成育、変態、着定などの生理およびそれらを促進する細菌および微細藻の生理活性物質を究明し、さらにそれら有用因子の遺伝子導入技術を応用し、魚類生産に貢献するとともに、魚類生理態学や水産微生物学の発展に資することを目的とした。得られた成果は下記の通り。1.ヒラメの変態期には、胃や幽門垂の分化・甲状腺の顕著な増加・胸腺組織の成熟など消化系・内分泌系・リンパ系諸器官に顕著な変化が観察された。変態後期コルチゾルの濃度上昇に続いて甲状腺ホルモン(T_4)濃度が著しく上昇した。これらの器官の発達やホルモンレベルには顕著な水温依存性が確認された。以上の知見より、ヒラメの変態期には多くの器官の分化や体の仕組みの変化とホルモンレベルの一過性の急上昇が集中して生じることが明らかとなった。2.ヒラメ稚仔魚の着定を促進する微生物をPVAに固定して探索し、微細藻としてChattonella antiquaを、細菌としてAcinetobacter sp.SS6ー2株を得た。それぞれを分画し、着定促進が認められたのは、C.antiquaのエタノ-ル不溶画分とSS6ー2株のアセトン不溶性画分であった。3.稚魚の摂餌誘引や成長促進をする微細藻の探索を行い、渦鞭毛藻類、とりわけCrypthecodinium cohniiが有効であり、その成分がジメチル・スルフォプロピオン酸(DMSP)であることを見出した。DMSPはメチオニンから脱炭酸酵素によりメチルチオプロピオン酸(MTP)を経て生合成されることを明らかにし、現在本酵素の精製を行っている。4.C.cohniiに、PEG法によってカナマイシンの耐性遺伝子とGUS遺伝子をもつプラスミドpUC19の導入を試み、耐性株にGUS活性の上昇がみられた。5.緑藻アナアオサのプロトプラストを調整し、それを再生し、葉状体形成型と仮根葉状体形成型の2タイプを得た。それらプロトプラストに遺伝子導入を試みているがまだ成功していない。
著者
中村 聡史
出版者
京都大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2006

本研究では,人間とコンピュータ上のコンテンツとの関わりをより自然なものとするため,生活の中で人間がすでに慣れ親しんでいる紙の表裏の関係に注目し,板状コンピュータの両面に直接操作可能なタブレットディスプレイを備えた両面ディスプレイシステムを実装した.また,その上で動作するアプリケーションの可能性,コンテンツの可能性などを明らかにした.本年度は特に,これまでに実現し動作環境を整備したタブレットPC(A4サイズ)サイズ,PDAサイズの両面ディスプレイに加え,iPod touchによる両面ディスプレイも構築した.さらに,その上で実際に動作する未来のアプリケーションを模索し,表では通常のウェブ閲覧,裏では別の操作を行えるような仕組みを実現した.実際に実現した仕組みは,編集操作によりウェブページの閲覧性を向上させる仕組み(Editable Web Browser),ウェブ検索の再ランキングを行える仕組み(Rerank-by-Example),ブラウジングとウェブ検索を融合する仕組み(WeBrowSearch),コンテンツの信憑性を診断する仕組みなどである.また,両面を利用して並列検索および並列再ランキングを行う仕組みも実現した.こうした研究を実際にユーザベースで評価を行うことにより,その有用性と可能性を明らかにした.また,美術系の大学生に両面ディスプレイを利用したコンテンツ作成を依頼し,その可能性を模索した.特に,表と裏のコンテンツがそれぞれ独立でストーリーとして成り立つものの,各シーンで相互に干渉しあっており,表裏を切り替えながら楽しむコンテンツは興味深く,多くの利用者に評価された.以上のように,本研究は非常に意義深く重要性の高いものであった.
著者
阿形 清和 中村 輝
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2002

本研究では、全能性・多能性をもつ幹細胞や生殖細胞の制御にRNAがどのように関わっているのかを明らかにすることを目標としている。特に、幹細胞や生殖細胞の細胞質に、なぜ巨大なRNA-タンパク質複合体があるのか、その必然性と生物学的な意味について明らかにすることを目標とした。近年の研究は、それらの巨大RNA-タンパク質複合体が翻訳制御に関与している可能性と、核内のクロマチン構造を制御している可能性の2つを示唆している。共同研究者である中村らは、ショウジョウバエを使って生殖細胞における翻訳制御の重要性を遺伝学的・生化学的に示すことに成功した。一方、プラナリアにおいては、幹細胞で発現しているRNA結合タンパク質について網羅的に調べたところ、細胞質に存在するものと核内に分布するものの両方があり、それらをRNAi法で機能解析したところ、他の遺伝子の発現に影響を与えるものや、幹細胞そのものが消失するものが得られた。これらの結果は、幹細胞の制御にRNAが多岐にわたってダイナミックに関わっていることを示唆しており、今後は生化学的なアプローチを組み入れて解析していくことが必要であることが明らかとなった。
著者
川瀬 慈
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

平成21年度は、エチオピア無形文化遺産を対象にした多数の民族誌映画制作で知られるエチオピア・ゴンダール出身のサムソン・ギオルギス氏(パリ在住)や、ユネスコ無形文化局局長のデュベル氏をはじめとするスタッフ等へ、保護・振興すべき「無形文化遺産」の認識、映像作品の管理・活用に関する聞き取り調査を行った。同時に、以上の点について、自らの経験を踏まえて、積極的な提言を行った。さらに、エチオピア音楽・芸能に関する民族誌映画を国際学会や各種のセミナー、大学講義の場で公表し、音楽・芸能を支える技や知識の、将来にむけた望ましい伝承法、そしてその記録方法論をテーマにした討論を積み重ね、映像記録した。以上で得られた見解や問題点を、論文にまとめ公表した(研究発表を参照)。また、第11回英国王立人類学協会国際民族誌映画祭(英国リーズメトロポリタン大学)において開催された無形文化映像コンペティションにおいて審査委員を務め、世界各地の無形文化を対象にした民族誌映画を批評し、制作者、参加者と広く意見交換を行った。国際映像人類学理事会(IUAES, Commission on Visual Anthropology)理事として、理事会ウェブサイト構築に着手した(http://www.cva-iuaes.com。本ウェブサイトは今後、無形文化遺産を対象にした民族誌映画投稿の場となるのみならす、記録、表象の方法論をめぐるインタラクティブな議論のプラットフォームとして発展していく予定である。無形文化を対象にした映像記録を一方向的に実践するのではなく、映像の送り手、受け手、管理者等との重層的かつ、インタラクティブな意見交換を行うことは、国際的な動向の中で、映像実践をとらえ、映像人類学研究をひろく社会に開かれた応用的学問として昇華させうる可能性を持つ。