著者
里村 雄彦 沖 大幹 渡辺 明 西 憲敬
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1999

ドップラーレーダー解析研究では,タイ気象局(TMD)チェンマイレーダーとタイ王立人工降雨農業航空局(BRRAA)オムコイレーダーを中心に,1998-2000年のモンスーン雨期のレーダーエコー強度を解析し,その特徴を調査した。その結果,どちらのレーダー観測範囲においても,下層のエコー全面積はモンスーン雨期を通じて,昼前に急速に面積を増大して15-16時に最大を迎え,夜から翌日の朝にかけて緩やかに減少するという顕著な日変化を示すことがわかった。次に,観測範囲に欠けがないオムコイレーダーデータを中心に,詳しいエコー解析を行った。まず、エコー移動方向の解析を行ったところ,5-7月はほぼすべての日の大多数のエコーが近辺の対流圏下層と同じ風向の南〜南西風と同じ向きに動いていること,10月前半はエコー移動方向も卓越風向も逆転していることが明らかとなった。さらに,レーダー観測範囲の南半分を山岳地形にほぼ平行な11本の帯に分割し,それぞれの帯領域内のエコー面積の日変化を調べた。その結果、5-7月の南西モンスーン期においては,タイ北部山脈風上側のベンガル湾およびミャンマー海岸地域では朝に,山岳地域では午後に最大となる日変化をしていた。しかし,風下側にあたるタイ北部では,山岳からの距離が離れるとともにエコー面積増大の開始時刻や最大時刻が遅れることを,明瞭に示すことができた。さらに,風向の逆転した10月にも,風下側で同様な位相の遅れを認めることができた。雲解像モデルによる数値実験においては,スコールラインの東への移動がインドシナ地域の降水日変化の主要な原因であるという結論を得た。この数値モデルから提案された仮説が,上記レーダー観測から証明された。気象衛星赤外データと雨量計網を用いた解析研究では,バングラディシュからインドシナ半島全体に及ぶ広い範囲での降水日変化の様子を,詳細に調べた。その結果,降水日変化には海陸の差だけでなく,たとえば同じインドシナ半島内でも夕方から夜の早いうちに最大となる平原部や,深夜から夜明け前に最大になる一部山岳域など変化に富んでいることが明らかになった。また,3次元領域気候モデルによるインドシナ半島の長期間シミュレーションによって,タイ東北部の森林伐採がインドシナ半島の降水に与える影響を評価した。その結果,森林伐採を行った地域での平均降水量の減少は9月に発生にすることがわかった。これらデータ解析と数値実験の結果から,南西モンスーンが強い8月には十分な水蒸気が供給されるために森林伐採の影響は少なく,季節風の弱まる9月に局地的な森林伐採の影響が降水量減少となって現れると結論できた。
著者
村田 靖次郎
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2008

フラーレンC70の内部に1個または2個の水素分子が内包された場合、フラーレンπ共役系がどのような影響を受けるかに興味がもたれる。そこで、最近当研究室で合成された水素内包C70の外側への付加反応を検討した。(H2)2@C70、H2@C70、C70の混合物(モル比,2:70:28)と0.44当量の9, 10-dimethylanthracene(DMA)をo-dichlorobenzene-d4(ODCB-d4)に溶解させ、30、40、50℃における平衡混合物の1H-NMRスペクトルを測定した。その結果、DMAの付加により生成した(H2)2@1およびH2@1の内包水素がδ21.80およびδ22.22に観測され、いずれも未反応の(H2)2@C70(δ23.80)およびH2@C70(δ23.97)のものより低磁場にシグナルを与えることがわかった(化合物1は、C70とDMAの付加体)。これらの内包水素のシグナル比ならびに1H-NMRより見積もった未反応DMAの濃度から、各温度の平衡定数K1およびK2を算出し、ファントホッフの式よりΔG1およびΔG2をそれぞれ計算した(Table1)。その結果、K2はK1より約15〜19%小さいことがわかった。すなわち、内包水素分子の個数により反応の原系と生成系のエネルギー差が影響を受けることが明らかとなった。
著者
大久保 恒夫
出版者
京都大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1990

当該課題に関して最終年度であるが所期の成果を挙げることができた。すなわち,(1)種々の大きさの2種のポリスチレン粒子の組み合わせからなる二元合金構造を沈降平衡下で発現させた。電気2重層を含む粒子の実効径の比に応じて種々の合金構造や超格子が発現した。また反射スペクトルのピ-ク波長の高さ依存性からコロイド合金の結晶弾性率が求められた。18〜108Paであった。(2)二元コロイド合金構造などの構造化コロイド分散液の粘度特性を明らかにした。合金構造を発現している分散液の比粘度は混合比のわずかな変化により大きく変化した。鋭いピ-クが1個ないし2個出現した。(3)高度な単分散性粒子を完全に脱塩することにより2〜8mmにも及び巨大なコロイド単結晶を発現させることに世界で初めて成功した。コロイド結晶の成長過程の速度論的解析やコロイド単結晶のモルホロジ-研究に道を拓くものである。(4)コロイド単結晶がクリスマスツリ-上のランプのように明滅する現象を初めて見い出した。これは,単結晶の回転のブラウン運動にもとずくことが判明した。(5)多種類のコロイド結晶系の弾性率の測定を完成し,定式化に成功した。(6)コロイド結晶の融解温度を測定した。実測値は湯川ポテンシャル(斥力)を用いた理論に良く一致した。また,コロイド結晶が融解する臨界濃度も脱塩が完全になるほど低濃度側へシフトした。(7)コロイド分散液の屈折率特性を明らかにした。(8)コロイド粒子の回転拡散定数をストップトフロ-法で決定し,顕微鏡法で粒子の並進拡散定数を直接決定した。電気二重層や粒子間の静電的斥力が重要であることを裏づける結果を得た。(9)中性高分子および高分子イオン溶液の特異的粘度挙動を通じて電気二重層の重要性が示された。(10)包接的会合反応などの高速反応の速度論的解析を行った。(11)その他,単分子膜内のアルカリ加水分解反応の解析を表面張力法で行うユニ-クな手法を開発した。
著者
奥野 拓也
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

本年度は昨年度まで用いてきたNiFe多結晶試料に加えCoNbZrアモルファス合金試料を用いて磁気渦中心の垂直磁化(吹き出し磁化)の磁気的性質を調べ、ブロッホポイント(BP)と呼ばれる原子サイズの磁気構造が関係する磁化反転過程CoNbZrはNiFeと同様磁気異方性が無視できるほど小さく、NiFeと比べ構造のみが違う(多結晶とアモルファス)系であると考えられる。まず膜厚60nmのCoNbZrアモルファス膜を直径450mmの円盤状ドットに加工し、CoNbZrアモルファス膜における吹き出し磁化の反転磁場を測定した。その結果、NiFe試料と比較して、反転磁場値はほぼ同じであった。両者の飽和磁化はほぼ等しく、反転磁場値は飽和磁化に依存することが示唆される。一方、反転磁場分布はCoNbZr試料の方が明らかに小さくなり、反転磁場分布が膜質によって大きく依存することがわかった。吹き出し磁化の反転過程においては原子サイズの磁気構造であるブロッホポイント(BP)が試料表面に生成し、進行すると考えられており、結晶粒界といった交換結合のミクロな分布が反転磁場分布に大きくするという以上の結果は、吹き出し磁化の反転過程がBPの生成、進行を伴うことを強く支持する。次に上記CoNbZr試料を用いて反転磁場の温度依存性を調べた。強磁性転移温度より十分低い温度領域では、反転磁場の温度依存性を調べることは、外部磁場に対するエネルギー障壁の高さの変化を調べることになる。反転磁場の温度依存性より、吹き出し磁化の磁化反転におけるエネルギー障壁の変化は外部磁場の1乗に比例することが判明し、通常の微小磁性体の3/2乗に比例する振舞いとは異なることがわかった。また、Thiavilleらがシミュレーション計算により求めたエネルギー障壁の外部磁場依存性と比較すると、実験結果との良い一致はみられなかった。シミュレーションではメッシュサイズ以下の微細磁気構造は原理的に再現できないことから、この結果は吹き出し磁化の反転に際し彼らのメッシュサイズ(2nm)以下の磁気構造、つまりBPの出現を示唆する。
著者
宮宅 潔
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

本研究では、張家山漢簡「二年律令」をはじめとした新出法制史料を中心としつつ、中国辺境地域から出土した木簡史料にも依拠して、秦漢時代の刑罰制度、爵制、地方統治制度などに改めて考察を加えた。刑罰制度については、主に労役刑制度に焦点を絞り、数種類の無期労役刑が労役の強度という単一の基準によって段階づけられていたのではなく、家族・財産の没収の有無、刑徒の地位が子孫に継承されるか否か、といった複数の条件の相違によってそれらの軽重が定められていたことを明らかにした。同時に、没収制度が前漢文帝期に廃止されていることに着目し、この時代に無期労役刑が消滅し、すべての労役刑に刑期が設けられたことの背景、意味についても新たな見方を提示した。文帝期はまた、漢帝国の地方制度にも変革が起こった時代、具体的には諸侯王に対する締め付けが強化され、郡県制を通した全領土の直轄統治に向けて舵がきられた時代と考えられてきた。だが「二年律令」に見える諸侯王関連の規定は、必ずしも皇帝と諸侯王たちとの、不断の緊張関係が存在したことを明示するものではない。少なくとも文帝期には、諸侯王国の存在を前提とした地方統治が志向されていたものと考えられる。爵制に関していえば、「二年律令」には有爵者の特権を規定した条文が数多く含まれる。従来の爵制研究では、中国での研究は特権の存在を自明のこととして捉える傾向にあった一方で、我が国においては爵の持つ本質的な意義はそれら特権とは別の部分にあるとの所説が有力であった。改めて「二年律令」の諸規定を検討すると、確かにその中には実効性のない、やがては空文化したであろう特権も含まれるものの、いくつかの特権は確かに存在していた。それらが有爵者の社会的地位を規定し、君主への求心力を生み出していたと考えるべきである。
著者
東野 達 山本 浩平 南齋 規介 小南 裕志
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2007

化学輸送モデルを用いた人為起源二次粒子生成量の評価には、人為起源のみならず植物起源VOC発生量の正確な推定が必要であるが、東アジアにおける実測例は極めて少ない。前年度はコナラ個葉のイソプレン放出速度を計測したが、森林全体からの放出量推定精度を検証するため、簡易渦集積(REA)法を用いてコナラ群落からのイソプレン放出フラックスを夏〜冬に実測した。その結果、イソプレンの放出は気温と日射量に相関があり、紅葉により葉が黄色に変色するとイソプレン放出がなくなること、盛夏時のイソプレンフラックスはアマゾンの実測値を凌ぐことが初めて明らかとなった。一方、個葉の実測値とモデル式に基づく積み上げ法による森林全体のイソプレン推定放出量と、REA法による正味のイソプレンフラックスとの間には約1〜3割の差があり、イソプレンの森林内での分解や再吸収について観測する必要性が分かった。これらのデータはわが国で初めて得られた成果である。大気化学輸送モデルを用いて、わが国三地域への二次汚染物質沈着量の寄与度を日中韓の4部門について評価した。その結果、夏・冬に中国、建築・製造部門からの硫酸塩の寄与が大きいことが示された。二次粒子影響ポテンシャルによる経済部門の相互依存性解明の前段として、日本、中国などのアジア諸国と米国を含む10ヶ国のアジア国際産業連関表をもとに、各国の76経済部門におけるエネルギー消費量を各種統計データから推計し、さらにCO_2排出量に変換して部門別内包型原単位を求めた。対象10ヶ国の内包CO_2排出量のうち中国、米国が突出しているが、米国は他国への誘発量が最も多く、逆に中国は他国への誘発量は少なく他国からの誘発量が最大であることが明らかとなった。また、日本の最終需要による海外誘発量は、電力部門が最大で次いで輸送部門であることが分かった。
著者
古賀 崇
出版者
京都大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2009

本研究では、日本および諸外国の制度に関する比較研究を通じ、「政府情報の保存・アクセス」について「情報管理」と「法制度」の側面から学際的知見を獲得することを目指した。中心的な成果としては以下の論文を上梓することができた。(1)日本での「政府情報の保存・アクセス」に関する最近の政策動向について、「公文書」「政府ウェブサイト」「政府刊行物」という中心的動向を意識しつつ、これらの枠を越えての「電子環境下での包括的な政府情報管理の必要性」という観点で論じた。(2)米国アリゾナ州での「電子的な政府情報の保存・アクセス」の取り組みについて、従来の「図書館的枠組み」「文書館的枠組み」を越えた枠組みをモデルとして想定していること、またオープン・ソフトウェアを駆使しつつ政府機関自身が柔軟な「保存・アクセス」のシステムを構築していること、を論じた。本研究ではこれらに加え、「MLA連携(博物館・図書館・博物館の連携)」についても、「政府情報の保存・アクセス」というテーマとのつながりを意識しつつ、成果を示すことができた。
著者
塩谷 雅人 西 憲敬 長谷部 文雄 山崎 孝治
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
1999

この研究課題では,熱帯域のオゾンと水蒸気の分布に注目し,大気微量成分の放射・光化学的な影響を評価する上で鍵となる成層圏と対流圏間の物質交換過程について,おもに全球および定点観測データや数値モデルをもちいた研究をおこなった.さらに,熱帯域における観測データの不足を補うために,オゾン・水蒸気ゾンデ観測を実施した.この観測キャンペーンは,過去4年間にわたり,熱帯の西部・中部・東部太平洋域の3地点でのべ18回(熱帯東部太平洋における船舶からの観測を1回含む)にのぼる.同時に,上部対流圏から下部成層圏における簡便な水蒸気観測をおこなうために,高精度で高感度な鏡面冷却方式露点/霜点温度計("Snow White")の開発改良を海外の研究者と共同でおこなってきた.これらの研究活動の主な成果は,以下のような論文として取りまとめられている.1)観測キャンペーンで得た水蒸気ゾンデデータにもとづき,これまで観測のなかった熱帯対流圏界面領域での水蒸気変動の季節性,地域性を明らかにした(Voemel et al.,2002).2)東太平洋域での水蒸気ゾンデデータから,圏界面付近のケルビン波が成層圏の水蒸気量を規定している可能性を示唆した(Fujiwara et al.,2001).3)全球データおよび大気大循環モデルを用い,熱帯対流圏界面の気温と鉛直流のENSOのシグナルを抽出しそのメカニズムについて考察した(Hatsushika and Yamazaki,2001).4)熱帯東太平洋で船舶から世界ではじめてのオゾンゾンデ観測をおこない,そこでの対流圏オゾン変動を明らかにした(Shiotani et al.,2002).5)鏡面冷却型水蒸気センサ'"Snow White"を既存のさまざまな水蒸気センサーと相互比較することによって,そのパフォーマンスを明らかにした(Fujiwara et al.,2003;Voemel et al.,2003).
著者
永田 憲史
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

財産的制裁をどのような場面で利用していくべきか、どのように使い分けていくべきかを明らかにする一助とするため、個々の財産的制裁の目的について探究を行なった。第一に、アメリカ合衆国の被害弁償命令に関する立法、判例、運用及び改革提案について、前年度に引き続いて研究を行ない、犯罪者が惹起した結果を犯罪者に認識させつつ、損害の回復を行なう目的を有していることを確認した。第二に、アメリカ合衆国で利用が拡大している、刑事司法で生じる費用・手数料の犯罪者への賦課に関する立法、判例、運用及び今後の動向について研究を行ない、犯罪により生じる負担を犯罪者に認識させつつ、国庫収入の増大を図る目的が存在することを考察した。第三に、没収に関するアメリカ合衆国及びドイツの立法、判例、運用及び議論を参考にすることにより、(1)財産に関連する場面では、犯罪収益を剥奪する目的があること、(2)犯罪収益を罰金により剥奪することもあり、没収と罰金の境界線がしばしば不明確であることを確認した。第四に、罰金刑に関するアメリカ合衆国及びドイツの立法、判例、運用及び議論について研究を行ない、その日的が多岐にわたり、それゆえ、罰金額の量定の理由が分かり難くなっていることを確認した。以上から、犯罪により被害者に直接生じる被害を被害弁償命令で、刑事司法に及ぼされる負担を費用・手数料で、犯罪収益を没収でそれぞれ取り扱うこととし、それ以外の要素、すなわち犯罪態様や法秩序の侵害などだけを罰金で取り扱うことにより、どのような負担を誰に与えたのかを犯罪者にも被害者にも一般国民にも明確にすることができ、有用であると考えるに至った。
著者
大串 隆之 高林 純示 山内 淳 石原 道博
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2003

植物-植食性昆虫-捕食者からなる多栄養段階のシステムを対象にして、フィードバック・ループの生成メカニズムとしての植物-植食者相互作用の重要性を実証し、その高次栄養段階に与える影響とメカニズムの生態学的・化学的・分子生物学的基盤を明らかにした。さらに、植食者の被食に対する植物の防衛戦略とその結果生じる間接効果についての理論も発展させた。これまでの3年間の総括を行い、間接効果と非栄養関係を従来の食物網構造に組み込んだ新たな「間接相互作用網」の考え方を提唱した(Annual Review of Ecology, Evolution, and Systematics 36:81-105)。さらに、「間接相互作用網」の生態学的意義とその概念の適用について世界に先駆けて単行本の編集を行った(Ohgushi, T., Craig, T. & Price, P.W. 2006. Ecological Communities : Plant Mediation in Indirect Interaction Webs, Cambridge Univ. Press)。本プロジェクトの成果の多くは、すでに国際誌に公表されている(研究発表リストを参照)。これらの成果に基づいて、植物の形質を介した間接効果が植物上の昆虫群集における相互作用と種の多様性を生み出している重要なメカニズムであることを指摘し、間接相互作用網に基づく生物群集の理解のための新たなアプローチを確立した。このように、本プロジェクトは陸域生態系の栄養段階を通したフィードバック・ループの実態解明と理論の確立に大きな貢献を成し遂げた。
著者
植野 優
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

私は銀河系内宇宙線の起源として殻型の超新星残骸に注目している。シンクロトロンX線が超新星残骸で宇宙線が加速されている証拠となっている。しかし、知られている220個の超新星残骸のうち、10天体程度からしかシンクロトロンX線が受かっていないため、宇宙線加速が超新星残骸で普遍的に行われているかどうかがわかっていない。そこで、本研究ではシンクロトロンX線を示す超新星残骸を新たに発見することで、他の超新星残骸と何が異なるのかを明らかにし、また、シンクロトロンX線を示す超新星残骸が銀河系内に何天体程度存在するのかを推定することを行った。透過力に優れた硬X線による銀河面のサーベイであるASCA銀河面サーベイのデータを詳細に解析したところ、超新星残骸の候補を新たに、10天体発見した。この結果は、初年度や2年度目のG28.6-0.2やG32.45+0.1の発見と合わせると、電波のサーベイで見つからなかったような超新星残骸がまだ銀河面に数多く存在することを示している。さらに、これらの超新星残骸のスペクトルはX線がシンクロトロンである可能性が高いことを示している。つまり、今後のX線サーベイによってシンクロトロンX線を示す超新星残骸が数多く見つかるであろうことが分かった。また、これらの超新星残骸が電波で暗いのは、物質密度の低いところに存在していることを示唆し、そのような超新星残骸からシンクロトロンX線が検出される可能性が高いといえる。これら、超新星残骸の研究と平衡して、X線偏光測定装置を開発している。本年度は読み出し回路の完全2次元化を行った。その結果の性能評価のため、偏光度の高い放射光を用いて実験を行った。ネオンやアルゴンの検出ガスを用い、8keVや15keVのX線に対して偏光測定に成功した。今後は、増幅率の一様性の改善などを行う必要がある。
著者
川ノ上 帆
出版者
京都大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

代数幾何学において重要であるが長年未解決である正標数の特異点解消の問題に向け、本研究者の提唱したIFPというプログラムを発展させる形で研究を進めた。IFPの枠組みで特異点解消の為の不変量を定義し、爆発を経ない状態ではこの不変量が理想的な形で機能することを示した。また爆発に際して不変量が適切に振舞う為の要件を解析することで、狭義変換を用いるより良い不変量の可能性を見出し関連する部分的結果を得た。
著者
宮島 朝子 堀田 佐知子 大島 理恵子 若村 智子 近田 敬子
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

本研究は,健康レベルの異なる在宅高齢者を対象に,生活環境と生活リズムの実態を把握し,それらの関係性を「人間-環境系」の視点から分析することを目的として,平成14〜16年度の3年間にわたって行った。調査は2つの方向で進めた。一方は病院から在宅への環境移行に伴い,「在宅療養者」の生活リズムや心理・社会的な側面がどのように変化していくかを追跡した調査である。対象者の選定はH県内のリハビリテーション系病院の回復期病棟に依頼し,同院を退院した男女4名を対象として調査を行った。その内1名については,月1回1週間のデータ収集を行い,退院後4ヶ月間にわたる経過を追うことができた。もう一方は「在宅高齢者」,即ち自宅で健康的な生活を送っている高齢者の,生活リズムの実態を把握した調査である。対象者はH県立看護大学の「まちの保健室」の来談者の内65歳以上の男女9名と,A町睡眠を通じた健康づくり支援事業において,睡眠に関する個別支援が必要とされた8名の計17名を対象とした。これらの調査をもとに,報告書冊子は「在宅療養者」では,以下の3つの方向からまとめた。第1は4ゲ月間にわたってデータ収集を行った在宅療養者1事例について,病院から在宅への環境移行に伴う生活リズムの実態を分析し考察した。第2は同じ対象者が遭遇した住宅改修に焦点を当て,看護の視点からの改修に対する提案をまとめた。第3は同じ対象者とその介護者の夜間睡眠と心身機能の実態を分析し考察した。これらの研究を「人間-環境系」の視点からまとめると,環境移行に伴う在宅高齢者の生活リズムは身体機能の回復により徐々に整ってはいくがばらつきがあること,障害受容など心理的な側面の回復には時間を要し療養生活の初期に継続した支援が必要であること,介護をする家族は療養者の生活リズムに影響を受け十分な睡眠がとれていないことなど,生活環境と生活リズムは相互に影響を受けあっていることが把握できた。本研究の成果から示唆された諸課題について,今後さらに研究を発展させていきたい。
著者
古木 葉子 (鬼頭 葉子)
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

社会学者ギデンズの議論とティリッヒ思想を比較検討し、社会状況におけるティリッヒ思想の役割について研究を行った。近代以降、伝統的な共同体が変化する中で、個人の行為の基準とは何か、道徳的判断について考察した。ティリッヒまたギデンズによれば、我々の時代において、近代以前の伝統的な共同体の物語や展望が揺らいでいる。そのため、個人の行為の基準や体系的認識に対する信念が個人の判断に委ねられるようになった。しかし、人間は何らかの共同体に起源を持ち、自分がどこへ向かうのかを、自らの行為によって選択していかざるを得ない存在である。ティリッヒは、個人が共同体において、何をなすべきかの基準を「道徳的命法」として提示した。道徳的命法とは、共同体において他者の人格を肯定せよ、という命令であり、その根底には宗教的次元がある。現在、個人の行為が影響を及ぼす「他者」の範囲は拡大しつつあり、この基準は、より個人の高い見識や判断を必要とする困難な問題である。また、ティリッヒの死の思想について、同時代の実存主義・実存哲学ならびに同時代のキリスト教神学における死についての考察と比較しつつ明らかにした。ティリッヒは存在論に基づく実存の分析を行う点で、ハイデガーやヤスパースとの接点を持つ。また、「私個人の死」を思惟の対象とする点で、ジャンケレヴィッチの方法とも共通する。二つ目に、ティリッヒはさらに死の向こう側について語るが、この立場は、人間から見た時間軸(過去-現在-未来)と、神の時間軸(始め-終わり)が異なるという時間概念の特徴に基づく。三つ目に、ティリッヒの死の思想に関する問題点。ティリッヒが希望を見出している「永遠」については「わからなさ」を残し、モルトマンのように今「わかる」希望を語る立場とは異なる。また実存的分析に基づく「死」は、他者や世界との関係性といった観点から捉えることは難しい。
著者
三浦 研
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

前年度は、阪神大震災の被災者対策として設置され、異なる社会福祉法人に運営委託されたケア付き仮設住宅2棟を対象として、介助行為および入居者-職員間の会話から、両ケア付き仮設住宅において入居者-職員の関係性や雰囲気に違いが見られること、またそうした差異が職員のシフトやケアスタンスの相違に依ることを示し、同一設置形態のグループリビングユニット間に見られる差異を画タイ的に示したが、本年度は、引き続き両ケア付き仮設住宅がグループハウスに統合される過程を中心に調査を行い、小規模グループリビングにおけるケアの継続性と入居者の適応過程について、行動観察と入居者-職員間の会話内容に基づき考察し、小規模グループリビングの施設転居直後、居室滞在率が高まり「閉じこもり傾向」が見られること、入居者による自発的な会話が減少するだけではなく、その内容も介助に関連する割合が増え、より多くのサポートを必要とする受け身の状態となることから、平常時に増してケアが必要となること、また、適応過程全般にける入居者による自発的会話と日常会話の割合の時系列的変化から、入居者-職員の関係性が構築される過程を示した。また、ケアスタッフが変化しないグループとケアスタッフが新しくなるグループを比較し、施設転居に伴う影響がケアスタッフの変化したグループに強く現れることから、小規模グループリビングにおいて、ケア環境の継続性が物理的環境と同様に重要であることなどを、高齢者グループリビングの統合過程から示した
著者
泉 安彦
出版者
京都大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2008

1. 神経幹細胞賦活作用の評価系の構築中脳初代培養細胞を用いた神経幹細胞賦活作用の評価系の構築を目的とした。中脳初代培養細胞に神経幹細胞が存在することは確認できたが、神経幹細胞からドパミンニューロンへの分化は起こっていなかった。GABAAアンタゴニストであるビククルンおよびピクロトキンの処置により神経系細胞のうち成熟神経細胞の割合が上昇し、ドパミンニューロン数が増加した。このことから、GABAAアンタゴニストは中脳初代培養細胞において神経前駆細胞からニューロンへの成熟過程を促進することが示唆された。また神経系細胞のうち成熟神経細胞の割合を算出する方法は神経分化成熟過程を評価できることが分かった。2. 神経投射再生作用の評価系の構築黒質-線条体神経投射をin vitroで再構築し、評価系として有用であるか検証した。シリコン製隔離壁を用い領域内に中脳細胞を播種し、領域外へ進展した成長円錐の距離を測定する。この方法では、主に軸索を評価できていることが分かった。プロテインキナーゼ阻害薬スタウロスポリンおよび神経栄養因子GDNFがドパミンニューロンの突起伸長を促進することを確認し、さらに、薬剤処置による突起伸長様式の違いが観察された。また、前述のシリコン製隔離壁外に線条体細胞を播種したところ、線条体細胞に向けてドパミン神経突起が伸長することを明らかとした。したがって、本評価系は黒質から線条体へのドパミン神経投射をin vitroで反映しており有用なものであることが分かった。
著者
土井 元章 林 孝洋 細川 宗孝 水田 洋一
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010-04-01

花卉の香り育種に有用な知見を得るため,バラを用いて以下の実験を行った.芳香性品種の花弁からは,モノテルペノイド,セスキテルペノイド,芳香族アルコール,酢酸エステル,ジメトキシトルエンが検出された.また,これらのバラ切り花の香りには鎮静効果と精神的疲労低減効果が認められた.モノテルペノイド合成酵素遺伝子として2遺伝子がクローニングされた.このうちRhMTS2は被子植物の非環式モノテルペノイド合成酵素遺伝子群に分類され,芳香性品種のかたい蕾で高発現していた.ゲラニル二リン酸合成酵素としては,RhGPPS-LSU1,RhGPPS1が単離でき,前者は芳香性品種すべてと非芳香性の1品種で高発現していた.
著者
駒込 武 冨山 一郎 板垣 竜太 鳥山 敦
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010-04-01

本研究では、近代日本において「辺境」とされた地域において空間的移動と社会的移動の可能性がどのように開かれていたのか、その中で学校教育がどのような役割を果たしたのかを解明した。具体的には、奄美諸島の経験を基軸としながら、かつて日本の「植民地」とされた台湾・朝鮮や、「内国植民地」と称された琉球諸島・北海道を含めて、これらの地域に生きる人びとが高学歴の取得を通じて脱「辺境」を志向しながらも、その試みが挫折したプロセスを分析した。また、いわば「法制化された不自由」が存続した時代に構築された資本格差が、「法制化された不自由」撤廃後の不平等を存続させるための重要な因子としての役割を果たしたことを指摘した。
著者
小杉 賢一朗
出版者
京都大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2002

土壌水を採取するための吸引圧制御型ライシメータを桐生森林水文試験地内のマツ沢流域に設置した。土壌水の採取深度は,50cmおよび100cmとした.おそよ2週間に1度の頻度で現地を訪れ,自動採水された土壌水サンプルの回収を行った。2002年5月から2003年12月の浸透水量は深度50cm,100cmで降水量の各々60%,51%であった.桐生試験地の年平均降水量,流出量は1630.0mm,872.9mm(流出率53.6%)であるが2002年は渇水年であり,各々1179.3mm,405.3mm(流出率34.4%)であったことと比較して,ほぼ妥当な量の採水が行われたと考えられた。採取された水のSiO2濃度は,地温の季節変動と高い相関を示していた。2002年5月から2003年10月までの平均濃度,積算移動量は深度50cmが12.6mg/l,555.7mg,深度100cmが16.9mg/l,711.3mgであった.自然濃縮だけでなく50cm以深からも供給されている結果は,不飽和水帯においては深く浸透するほど多く溶け出すという既存の知見に一致した。深さ50cmで採水された浸透水の硝酸態窒素濃度が,2002年10月以降急激に上昇して12月始めにピークとなり,その後減少することがわかった。カルシウム,マグネシウム等のカチオンの濃度は硝酸態窒素濃度と非常に高い相関を持ち,硝酸濃度の増加に追随して,土壌溶液の電気的中性を維持するように土壌コロイドから引き出されたものと推察された。深さ100cmで採水された浸透水の硝酸態窒素やカチオンの濃度は,深さ50cmの浸透水と比べてほぼ一ヶ月後にピークを持つ変化を示し,溶質が下層土壌に徐々に移動していく様子が明らかとなった。ただし2003年の観測では,両深度とも硝酸態窒素濃度の増加が観測されず,採水機設置時の土壌や植生の撹乱が初年度の硝酸態窒素濃度の上昇に関係している可能性が指摘された。
著者
高倉 弘喜
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本研究では,データベースの主記憶常駐化を実現するために必要となる耐障害方式の開発について研究を行った。近年の計算機はノートパソコンでも数百メガバイトの主記憶を搭載可能であるが、現在主に利用されている二次記憶データベースではその高速性を十分に発揮できない。一方、主記憶には揮発性や電気的衝撃に弱いなどの問題点があるため、主記憶データベースを実現するには二次記憶と同等の耐障害能力を保証するバックアップシステムが必須になる。そこで、本研究では以下の点について研究を行った。1. 部分的主記憶データベースシステムの構築主記憶にデータベース全体を常駐,させる方式は前年度に提案したが、マルチメディアデータは極めて巨大であり、数ギガバイトの主記憶をもってしてもそのすべてを主記憶に常駐させることは不可能である。そこで、ホットスポットデータのみを主記憶に常駐させ、それ以外のデータは従来のシステムと同様に二次記憶に保存する部分的主記憶データベースを構築した。2. 部分的主記憶データベースシステムのバックアップ方式の開発部分的主記憶データベースシステムでは、主記憶データと二次記憶データとの間で検査点時刻が異なるためデータベース全体の一貫性維持が問題となる。そこで、前年度に提案した方式を部分力主記憶データベースシステム向きに拡張した。上記の方式を携帯型地理情報システムに実装し、映像情報をユーザインタフェースとして、GPSおよび姿勢センサーから得られた情報で地理情報を検索・追加・更新するシステムを試作し、携帯時の障害発生に対する有効性について検証を行った。