著者
青木 啓成 村上 成道 児玉 雄二
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101362, 2013

【はじめに、目的】野球による肘関節障害は、内側型、外側型、後方型に分類される。特に内側型の障害が多く、内側上顆障害、内側側副靭帯損傷、尺骨神経障害などがある。尺骨神経障害はしびれのみでも競技能力に影響を与え、保存療法に抵抗する場合があるため手術治療を要することが多いと報告されている。尺骨神経障害は手術療法の報告はあるものの、理学療法アプローチに関する報告は渉猟した限り見あたらない。今回、投球を契機に生じた尺骨神経障害に対する保存療法を経験したので、共通所見と具体的な理学療法について報告する。【対象、方法】対象は2007年1月~2012年9月までに当センターで尺骨神経障害と診断され理学療法が処方された4例である(年齢14歳~16歳)。受傷機転につては、3例は一球投球した際に強い痛みが増強したエピソードがあり発症から受診までの期間は3~4週であった。1例は肘伸展位荷重時に強い痛みを生じ、受診までに3ヶ月経過していた。主訴は肘関節自動運動での肘内側の痛みに加え、ランニングで痺れや痛みが増強し、投球は困難であった。4例の共通所見は、肘関節は10~20度の伸展制限(健側比)を認め、肩関節は外転90度内旋、伸展制限が顕著であった。チネルサインは上腕内側遠位に認め、小指外転筋力の低下や尺骨神経領域の感覚障害は認めなかった。触診上は上腕内側・外側筋間中隔、円回内筋、肘筋と上腕三頭筋の付着部に滑動障害を認めた。競技復帰の条件は、しびれや痛みがなくランニング・バッティングが可能になり、かつ塁間投球が80%の強度で可能となることとし、復帰までの経過を後方視的に診療録より調査した。【倫理的配慮、説明と同意】患者・保護者には初回受診の際に個人データの使用許可を得た。【結果】治療方針は初診から3週間の理学療法で症状が改善しない場合に投薬とMRI検査を実施し、6週間で改善を認めない場合は神経伝導速度の検査を実施する。4例中、投薬、MRI検査、神経伝導速度検査を実施したのは1名であった。3例の競技復帰までの期間は受傷後12.5週~14週であった。受診までの期間が長かった1例はバッティングが可能になったが、十分な強度の投球が困難で完全復帰できなかった。理学療法プログラムは、まず、肘関節の伸展制限の改善を最優先した。徒手的に橈骨頭周囲のmobility改善、肘頭外側・肘筋下の癒着改善をはかり、更に上腕外側・内側筋間中隔の滑動性の改善のために徒手で同部位を圧迫しながら肘関節の他動運動を反復した。また、初期には肘関節の自動運動を中止し、他動運動を推奨したことが可動域改善に有効であった。肩・肘関節可動域と肘・上腕の軟部組織の滑動性を改善させることで徐々にチネルサインは消失し、受傷後6週程度でランニングが可能となった。その後バットスイングを開始し、肩甲帯・体幹の柔軟性・安定性や肘周囲の筋力を高めながらバッティング練習、シャドーピッチングへ移行した。シャドーピッチングの痛みが無くなった段階で実際の投球へと進めた。【考察】いずれの症例も緩徐に運動時痛が増強するのではなく、急激な運動時痛が特徴である。そのため、肘内側から後面に炎症症状をきたした可能性が高く、尺骨神経周囲の軟部組織や内側筋間中隔の癒着が症状の要因であったと考えられた。内側筋間中隔の癒着部は徒手的に圧迫するとしびれが出現しやすい。そこで同部位の滑動を改善させるために、まず上腕遠位外側筋間中隔ならびに上腕筋と上腕三頭筋の連結障害を改善させた。結果的にそれが上腕内側筋間中隔の緊張を緩和することにつながり、尺骨神経のストレス減少につながったと考えられた。林は超音波解剖所見より上腕骨小頭前面の60%を上腕筋が覆被すると報告している。つまり、上腕筋の緊張緩和は肘関節伸展制限の改善にも大きく影響したと考えられ、肘筋周囲の滑動性改善のみでは伸展制限は改善しなかった可能性が高い。肘の伸展制限の改善を最優先したことで日常生活上の上腕部のリラクゼーションが得られたことも改善要因の一つであったと考えられた。また、セルフケアとしての肘関節自動運動は、結果的に上腕二頭筋・三頭筋の緊張を高めることになってしまったことから上腕筋間中隔の緊張が緩和されないことが推察された。そこで自動運動を中止し、他動運動に切り替えたことは初期の肘関節可動域改善において重要なポイントであった。尺骨神経障害の理学療法において注意する必要性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】野球による尺骨神経障害に関する保存療法や理学療法については具体的な報告が皆無である。このような臨床症例の報告は患者の症状改善のみならず理学療法士の治療技術の発展のためにも意義があると考える。
著者
西沢 喬 今井田 憲 吉村 孝之 馬渕 恵莉 佐分 宏基 小田 実 長谷部 武久
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【はじめに,目的】大殿筋は歩行の立脚相初期時に最も働くとされており,大殿筋の萎縮は,跛行の原因と報告されている。大殿筋筋活動を増加させる方法として,嶋田らはフォースカップル作用を狙い,腹筋群を働かせ骨盤後傾させる方法を報告している。大殿筋筋力強化・体幹安定化エクササイズとして臨床でブリッジ動作は多く用いられている。しかし,ブリッジ動作では腰背部痛が時折発生することがあり,ブリッジ動作時筋活動の特徴を知ることは重要である。ブリッジ動作の先行研究において股関節・膝関節の異なる角度での筋活動を比較した報告は多い。しかし,ブリッジ動作の骨盤肢位の違いによる筋活動の報告は,骨盤傾斜が背部筋筋活動に及ぼす影響の報告はあるが,背部筋と腹部筋の筋活動を検討した報告は少ない。そこで,腹筋群を活動させ脊柱起立筋の過活動を予防,大殿筋を活動させることで大殿筋の選択的な運動になると仮説を立てた。本研究は,健常成人男性を対象として表面筋電図を用い,骨盤肢位の違いによる大殿筋のフォースカップル作用を使ったブリッジ動作を行い大殿筋,脊柱起立筋,腹直筋,外腹斜筋の筋活動を解析し,特徴を明らかにすることを目的とした。【方法】対象は腰部・股関節に疾患のない健常成人男性20例(年齢28.95±5.4歳)。筋活動の比較には表面筋電図(Myosystem G2)を用い,測定筋は左側の大殿筋(仙骨と大転子を結んだ中央点),脊柱起立筋(第1腰椎棘突起から4cm外側),腹直筋(臍部外側1cm正中より2cm外側),外腹斜筋(臍より15cm外側)の4筋とした。測定肢位は背臥位,上肢を胸の前で組み,股関節内外転中間位,膝関節屈曲90°からのブリッジ動作とし,肩関節から膝関節まで一直線になる肢位で5秒静止した。測定条件は通常ブリッジ(以下,BR)と口頭指示による骨盤後傾位ブリッジ(以下,BTBR)の2種類とした。各条件の測定はランダムに行った。骨盤後傾の確認として,ブリッジ動作時をデジタルカメラで撮影し,上前腸骨棘と恥骨結合を結んだ線と大転子と大腿骨外側顆中心を結ぶ線の頭側になす角度を正とした。BR,BTBR時の骨盤後傾角度を画像解析ソフトImage Jを用いて測定し,骨盤傾斜角とした。また,BTBR時の骨盤傾斜角を同一検者が画像で確認し検者内信頼性を算出した。筋電図の測定区間は各条件の等尺性収縮5秒間のうち波形が安定した3秒間の積分値を算出した。最大等尺性収縮(MVC)はケンダルのMMT5を100%として正規化し,各条件での筋活動を%MVCとして算出した。さらに各条件で脊柱起立筋に対する大殿筋筋活動を大殿筋/脊柱起立筋比として表した。各条件における筋活動の比較には,対応のあるt検定を行った。統計学的分析にはSPSS12.0Jを用い,有意水準は5%とした。【結果】骨盤後傾の信頼性はICC(1,1)0.83であった。骨盤傾斜角はBR:4.8±8.4度,BTBR:12.9±12.4度であった。BTBRがBRと比べ有意に大きかった(P<0.05)。大殿筋筋活動はBR:10.26±6.1%,BTBR:20.13±10.8%,脊柱起立筋筋活動はBR:44.25±11.6%,BTBR:56.15±19.9%,腹直筋筋活動はBR:1.68±1.3%,BTBR:3.83±3.0%,外腹斜筋筋活動はBR:2.64±2.0%,BTBR:5.59±3.6%であった。全ての筋活動でBTBRがBRと比べ有意に高かった(P<0.05)。大殿筋/脊柱起立筋比はBR:0.23±0.1,BTBR:0.41±0.2であった。大殿筋/脊柱起立筋比はBTBRがBRと比べ有意に高かった(P<0.05)。【考察】大殿筋/脊柱起立筋比において,BTBRではBRに対し有意増加した。つまり,骨盤自動後傾させると大殿筋筋活動が脊柱起立筋筋活動に比べ相対的に増加したと考えられた。BTBRでは,自動で骨盤を後傾させることで,骨盤傾斜角が大きくなりフォースカップル作用にて,骨盤後傾主動作筋である腹直筋,外腹斜筋の筋活動が有意に増加し骨盤後傾したと考えられた。この腹筋群の相反神経抑制により脊柱起立筋の過活動が抑制でき,大殿筋/脊柱起立筋比が増加したと考えられた。ブリッジ動作での,大殿筋エクササイズはBTBRが大殿筋の選択的な運動になること可能性が考えられた。【理学療法学研究としての意義】BTBRは,大殿筋選択的エクササイズとして有用であることが示唆された。臨床におけるブリッジ動作における殿筋筋力強化・体幹安定化エクササイズの一助として意義のあるものと考えられた。今後の展開として高齢者や疾患別に詳細な筋活動を分析することで,安全で有用なエクササイズにつながると考えられた。
著者
小松 真一 工藤 慎太郎 村瀬 政信 坂崎 友香 林 省吾 太田 慶一 浅本 憲 中野 隆
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.36 Suppl. No.2 (第44回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.A3P3017, 2009 (Released:2009-04-25)

【【目的】Fabellaとは,大腿骨外側顆の後面において腓腹筋外側頭腱の内部に位置する1cm前後の種子骨であり,15%~35%前後の発現頻度で認められる.Fabellaは大腿骨外側顆との間にfabello-femoral関節を構成するとされ,Weinerらは,fabella部の鋭い疼痛,限局性圧痛,膝伸展時痛を有する症例を同関節の変性であると考え,fabella症候群として報告している. 一方,fabellaの関節面は,関節軟骨を欠き結合組織線維に覆われている場合が多いとする報告もある.このような例では,結合組織の変性や炎症,周囲の滑膜および関節包の炎症が認められるという.また,fabellaのみでなく種子骨一般の組織学的構造に関する検討は少ない.そこで今回,fabellaの周辺を局所解剖学的に観察するとともに,fabellaの組織学的構造の観察を行い, fabella症候群および総腓骨神経麻痺との関連について検討した.【方法】愛知医科大学医学部において『解剖学セミナー』に供された実習用遺体44体を使用した.膝窩部から下腿後面を剥皮後,皮下組織を除去して総腓骨神経を剖出した.腓腹筋外側頭の起始部を切離してfabellaを剖出し,総腓骨神経との位置関係を観察した後,fabellaを摘出した.Fabellaは脱灰してパラフィン包埋後,前額面と矢状面の薄切切片(5&#13211;)を作成し,ヘマトキシリン‐エオジン, マッソン・トリクロームおよびトルイジンブルー染色を行って観察した.なお,解剖の実施にあたっては,愛知医科大学解剖学講座教授の指導の下に行った.【結果】Fabellaは44体88側中16体30側(36.4%)において確認できた.その全例において,総腓骨神経がfabellaの表層を走行し,fabella部より遠位で深腓骨神経,浅腓骨神経,外側腓腹皮神経に分岐していた.Fabellaは,頂点を表層に向けた三角円錐形を呈していた.組織学的には,fabellaの辺縁部は関節面を含め線維芽細胞を含む膠原線維で被覆されていた.内部の組織学的構造は,髄腔を有する骨組織からなる例と,硝子軟骨組織からなる例が見られた. 【考察】Fabellaの関節面は関節軟骨を欠き,結合組織によって周辺の関節包や腱に癒合していた.また,fabellaはfabella-腓骨靭帯などの後外側支持機構によって支持されるため,可動性に乏しいことが示唆された.さらに,内部の組織学的構造から,fabellaは軟骨組織が機械的刺激によって骨組織に置換されて形成されると考えられた.このようなfabellaの組織学的構造やその個体差が, fabella症候群や総腓骨神経麻痺の発症に影響することが示唆された. Fabellaの表層を総腓骨神経が走行することから,総腓骨神経麻痺の症状の有無を考慮することが,fabella症候群の診断に有用であると示唆された.換言すれば,腓骨頭直下における総腓骨神経麻痺との鑑別が必要であると考えられる.
著者
加藤 太郎
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0899, 2014 (Released:2014-05-09)

【目的】安定した姿勢保持や円滑な動作遂行のためには各関節の安定が必要であり,この安定には単関節筋が寄与している。姿勢保持や動作遂行時の問題点に,体幹安定性の低下が着目されることが多い。体幹・骨盤帯の安定化に重要な体幹深層筋は,骨盤底筋群,腹横筋,多裂筋,横隔膜で構成される。臨床において体幹深層筋の機能に左右差があると,姿勢評価において骨盤水平面アライメントの左右差を認めることが多いとされる。骨盤水平面アライメントは内方腸骨(以下,インフレア),外方腸骨(以下,アウトフレア)で表現されることがある。超音波画像診断装置を用いた腹横筋厚測定によるインフレアとアウトフレアの比較では,インフレア側の腹横筋厚は厚く,アウトフレア側の腹横筋厚は薄いと報告されている。そして,体幹の安定性に左右差を認める症例に対して,アウトフレア側腹横筋の収縮を促通する目的で,腹式呼吸やストレッチポール等を用いる報告がされている。姿勢評価で,骨盤のインフレア,アウトフレアを確認することは体幹深層筋の機能評価として臨床的意義がある。骨盤水平面アライメントは臼蓋の位置を変位させるため,股関節回旋角度に影響を与えると考えられる。しかし,骨盤水平面アライメントと股関節回旋角度の関係についての報告は少ない。そこで,本研究は骨盤水平面アライメントと股関節回旋角度の関係を明らかにすることを目的とした。【方法】対象は,健常成人男性11名(年齢22.1±0.3歳,身長172.0±5.8cm,体重65.3±6.3kg)であった。インフレアとアウトフレアの測定肢位は静止立位とし,先行研究に基づき上前腸骨棘(以下,ASIS)が他方と比べて前内下方位をインフレア,後外上方位をアウトフレアとし触診を用い測定した。股関節回旋角度は東大式角度計を用い,日本整形外科学会,日本リハビリテーション医学会の「関節可動域表示ならびに測定法」に従い,座位で股関節と膝関節を90°屈曲位とし,内旋可動域(以下,内旋角度)と外旋可動域(以下,外旋角度)を測定した。測定者は,正確性を期すために熟練者とし,他動的股関節回旋運動実施者と角度測定者の2名とした。インフレア側とアウトフレア側における内旋角度,外旋角度に対し,Wilcoxonの符号付き順位検定を用いて分析検討した。統計処理はSPSS ver.21.0J for Windowsを使用し,有意水準は危険率5%とした。【倫理的配慮】本研究はヘルシンキ宣言に沿って実施した。全対象者に事前に本研究内容を書面および口頭で十分な説明を行い署名にて同意を得た。尚,本研究は文京学院大学保健医療技術学部倫理委員会の承認の下で実施した。【結果】骨盤水平面アライメントはインフレア側が右9名,左2名であり,右インフレアが有意に多かった(p<0.05)。インフレア側とアウトフレア側の比較ではインフレア側内旋角度23.64±4.52°,アウトフレア側内旋角度20.45±5.68°であり,内旋角度はアウトフレア側と比べてインフレア側が有意に大きかった(p<0.05)。また,内旋角度と外旋角度の比較ではアウトフレア側内旋角度20.45±5.68°,アウトフレア側外旋角度28.18±5.6°であり,アウトフレア側は内旋角度に比べて外旋角度が有意に大きかった(p<0.05)。【考察】インフレア,アウトフレアは現時点では明確に定義されてはいないが,先行研究より仙骨面に対する寛骨の回旋や傾きの相違であると考えられる。触診によるASISの高さの相違から評価する方法が報告されており,本研究にも同法を用いた。骨盤アライメントにおいて仙腸関節の可動性は重要ではあるが,寛骨の動きは股関節の影響を大きく受ける。足底を接地していない状態では,インフレアは寛骨の前方回旋と前傾を伴うため,臼蓋は前外方へ向き大腿骨は内旋方向へ変位し,アウトフレアは寛骨の後方回旋と後傾を伴うため,臼蓋は後内方へ向き大腿骨は外旋方向へ変位すると考えられる。本研究結果も,臼蓋の向きが反映された結果であると考える。本研究により,体幹深層筋の機能に関連のある骨盤水平面アライメントは,股関節回旋角度とも関連のあることが明らかとなった。これは,体幹深層筋の機能を評価,治療介入するうえで,股関節回旋角度も含めて考察する必要があると考えられる。しかし,足底が接地している状態でインフレア側の足部が内向きになっていることは臨床上ほとんど認められない。これより,本研究の足底接地時と非接地時の分析検討は今後の課題である。【理学療法学研究としての意義】本研究により,体幹深層筋の機能に対して股関節回旋角度からの評価,治療介入も加えられる可能性を示唆でき,その股関節回旋方向の指標,選択に応用できると考える。
著者
西下 智 簗瀬 康 田中 浩基 草野 拳 中尾 彩佳 市橋 則明 長谷川 聡 中村 雅俊 梅垣 雄心 小林 拓也 山内 大士 梅原 潤 荒木 浩二郎 藤田 康介
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【目的】肩関節は自由度が高く運動範囲が広いが,関節面が小さいため回旋筋腱板(腱板)の担う役割は重要である。肩関節周囲炎,投球障害肩などに発生する腱板機能不全では棘上筋,棘下筋の柔軟性低下が問題となることが多く,日常生活に影響を及ぼすこともある。柔軟性向上にはストレッチング(ストレッチ)が効果的だが,特定の筋の効果的なストレッチについての研究は少ない。棘下筋に関してはストレッチの即時効果を検証する介入研究が行われているが,棘上筋ではほとんど見当たらない。棘上筋の効果的なストレッチは,複数の書籍では解剖学や運動学の知見をもとに,胸郭背面での内転(水平外転)位や伸展位での内旋位などが推奨されているが定量的な検証がなされていないため,統一した見解は得られていないのが現状である。棘上筋のストレッチ肢位を定量的に検証したのはMurakiらのみであるが,これは新鮮遺体を用いた研究であり,臨床応用を考えると生体での検証が必要である。これまで生体における特定の筋のストレッチ方法を確立できなかった理由の一つに,特定の筋の伸張の程度を定量的に評価する方法が無かったことが挙げられる。近年開発された超音波診断装置のせん断波エラストグラフィー機能を用いることで,計測した筋の伸張の程度の指標となる弾性率を求める事が可能になった。我々はこれまでに様々な肢位での最大内旋位の弾性率を比較する事により「より大きな伸展角度での水平外転・内旋もしくは,最大伸展位での内旋」が棘上筋の効果的なストレッチ方法であると報告(第49回日本理学療法学術大会)したが,最大内旋を加える必要性については未検証であった。そこで今回我々は,効果的な棘上筋のストレッチ方法に最大内旋が必要かどうかを明らかにすることを目的とした。【方法】対象者は健常成人男性20名(平均年齢23.8±3.1歳)とし,対象筋は非利き手側の棘上筋とした。棘上筋の弾性率の計測は超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能を用い,棘上筋の筋腹に設定した関心領域の弾性率を求めた。計測誤差を最小化できるように,計測箇所を肩甲棘中央の位置で統一し,2回の計測の平均値を算出した。弾性率は伸張の程度を表す指標で,弾性率の変化が高値を示すほど筋が伸張されていることを意味する。計測肢位は,上腕の方向条件5種と回旋条件2種を組み合わせた計10肢位とした。方向条件は下垂位(Rest),胸郭背面での最大水平外転位(20Hab),45°挙上での最大水平外転位(45Hab),最大水平外転位(90Hab),最大伸展位(Ext)の5条件,回旋条件は中間位(N)と最大内旋位(IR)の2条件とした。統計学的検定は各肢位の棘上筋の弾性率について,方向条件と回旋条件を二要因とする反復測定二元配置分散分析を行った。なお統計学的有意水準は5%とした。【結果】全10肢位のそれぞれの弾性率(平均±標準偏差,単位:kPa)はRestNが8.9±3.1,RestIRが7.3±2.5,20HabNが11.9±5.3,20HabIRが10.9±4.3,45HabNが27.1±11.0,45HabIRが28.0±13.8,90HabNが22.6±7.8,90HabIRが27.3±10.8,ExtNが31.0±7.2,ExtIRが31.8±8.4であった。統計学的には方向条件にのみ主効果を認め,回旋条件の主効果,交互作用は認めず,中間位と最大内旋位に有意な違いがなかった。方向条件のみの事後検定ではRestに対して20Hab,45Hab,90Hab,Extの弾性率が有意に高値を示し,更に20Habに対して45Hab,90Hab,Extの弾性率が有意に高値を示した。【考察】棘上筋のストレッチ方法はこれまでの報告同様,Restに比べ20Hab,45Hab,90Hab,Extが有意に高値を示した事,また,20Habに比べ45Hab,90Hab,Extが有意に高値を示した事から,伸展角度が大きい条件ほどより効果的なストレッチ方法であることが再確認できた。しかし,回旋条件の主効果も交互作用も認めなかったことから最大内旋を加えることでの相乗効果は期待できない事が明らかとなった。この結果は新鮮遺体での先行研究が推奨する最大伸展位での水平外転位を支持するものであった。このことから書籍などで推奨されていた胸郭背面での水平外転位のストレッチについては水平外転や内旋よりも伸展を強調すべきであることが明らかとなった。【理学療法学研究としての意義】本研究では弾性率という指標を用いる事で,生体の肩関節において効果的な棘上筋のストレッチ方法が検証できた。その肢位はより大きな伸展角度での水平外転もしくは最大伸展位であったが,最大内旋を加えることによる相乗効果は期待できないことが明らかとなった。
著者
松田 徹 清水 恭平 原田 鉄平 原 泰裕 加藤 研太郎
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.44 Suppl. No.2 (第52回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0708, 2017 (Released:2017-04-24)

【はじめに,目的】膝関節の安定性は大腿四頭筋と半腱様筋,半膜様筋,大腿二頭筋(以下ハム)の協調的な同時収縮が必要とされている。階段降段時においても同様に大腿四頭筋とハムの協調的な筋活動が必要になると思われる。階段降段時のハムと大腿四頭筋の筋活動の報告(清水2012)があるが,各筋の爪先接地~全足底接地間の最大随意収縮(以下%MVC)の報告は筆者の調べた限りでは見当たらない。そこで今回筋電図を用いて降段時の爪先接地~全足底接地間での大腿四頭筋(大腿直筋,内側広筋)と半膜様筋(以下内ハム),大腿二頭筋(以下外ハム)の筋活動量を明らかにすることを目的とする。【方法】対象は整形外科的疾患の既往のない健常人男性7名,女性3名(平均年齢:19.2±0.8歳)とした。測定は階段シミュレーター(蹴上20cm,踏み面30cm)を使用し,手すりなしの降段を本人が降りやすい速度(以下,comfort)と48拍/分のメトロノームに合わせた降段(以下,slow)の2条件で3回ずつ筋電図を計測した。測定条件は手すり未使用の1足1段で,十分練習した後に左下肢から1歩目を降り,2歩目の右下肢で計測した。筋電図は日本光電社製NORAXSONを使用し内側ハム,外側ハム,内側広筋,大腿直筋の筋活動を検出した。各筋の筋電図の導出部位は先行文献に準じた。同時に爪先接地から全足底接地までのタイミングを確認するため動画を撮影した。タイミングの把握のためにランドマーク(膝関節内側裂隙,内果,母趾中足骨底内側,母趾内側)に印を付けた。筋電図の解析の際にはwindows media playerを使用し,爪先接地~全足底接地間(以下,接地時間)における筋放電量の和を接地時間で割り3回の平均値を算出した。なお動画はサンプリング周波数1000Hzで撮影したものをコマ送りし目視にて爪先接地,全足底接地を確認した。算出した平均値とあらかじめ測定した各筋の安定した3秒間の等尺性最大収縮で割り,各筋の%MVCを比較した。統計学的解析には,統計ソフトウェアR-2.8.1を用い,Syapiro-Wilk検定にて正規化を確認し,正規化が認められたものにはt検定,無いものにはMan-whitney検定かけ比較した。優位確率を5%未満とした。【結果】各筋のcomfort,slowともに優位差は認めなかった。Comfortでは中央値が内ハム22.87,外ハム18.34,大腿直筋23.77,内側広筋22.96。slowでは平均値が内ハム19.35,外ハム14.23,大腿直筋14.87,内側広筋13.61であった。【結論】Comfort,slowともに階段降段時の爪先接地~全足底接地間では大腿直筋と同等の筋活動が内ハム,外ハムに認められた要因として2関節筋である拮抗筋同士が相反的に活動し合っていることが予測される。先行文献(市橋2001)では高齢者の階段昇降時の同時収縮の報告があるが本研究では健常人においても階段降段時の内ハム,外ハムの筋活動量の必要性が示唆された。
著者
山本 圭彦 浦辺 幸夫 前田 慶明 森山 信彰 岩田 昌
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0764, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】膝前十字靭帯(anterior cruciate ligament:ACL)損傷は,着地時など非接触場面での発生が多く,ACL損傷予防として,膝関節中間位で着地することが指導されている。片脚着地時の膝関節外反角度と下肢の筋活動を調査した研究では,大殿筋の筋活動が高い者は膝関節外反角度が小さくなることが示されている(Kaneko, 2013)。しかし,正しい動作の指導を実施した後に膝関節外反角度と筋活動がどのように変化するかは明らかとなっていない。そこで,本研究の目的は,膝関節が中間位になるような動作指導を実施し,指導前後の片脚着地の膝関節外反角度と筋活動の変化を確認することである。これまで,動作指導に伴う筋活動の変化を調査した研究がないため,導入として,1回の動作指導での変化について検討を試みた。仮説は,「動作指導後は片脚着地時に膝関節外反角度の減少と大殿筋の筋活動は増加する」とした。【方法】対象は,膝に外傷歴のない健康な女性10名(平均(±SD)年齢:19.9±0.9歳,身長:157.7±3.4cm,体重:48.1±2.4kg)とした。対象とする足は,ボールを蹴る足と反対の足とした。運動課題は,高さ30cmの台から60cm前方に片脚で着地(single leg landing:SLD)させた。動作は,2台のデジタルビデオカメラ(周波数240Hz,EX-ZR400,CASIO)を用いて記録した。膝関節外反角度は,上前腸骨棘,膝関節軸中央,足関節軸中央がなす角度とした。角度は,動作解析ソフトウェア(Dip-motion,DITECT社)により算出し,足尖接地時の膝関節外反角度と着地後の最大膝関節外反角度を抽出した。筋活動は,表面筋電位計測装置Personal-EMG(追坂電子機器社)を使用して,大殿筋,中殿筋,内側広筋,外側広筋,半膜様筋,大腿二頭筋の6筋を計測した。ACL損傷は,着地後50ms以内に生じることが報告されていることから(Krosshaug, 2007),解析期間は着地前50msと着地後50msの2区間とした。各筋の%EMGは,最大等尺性収縮時の筋活動を基に正規化を行った。動作指導は,スクワット,フォーワードランジ,ジャンプ着地を課題として,動作中に膝関節が内側に入らないよう膝関節と足尖の向きが一致する動作を指導した。スクワットとジャンプ着地は,両脚と片脚の2種類行った。動作指導は,10分間と統一した。統計学的解析は,動作指導前後のSDL時の膝関節の角度と各筋の筋活動をWilcoxon testを用いて比較した。なお,危険率5%未満を有意とした。【結果】動作指導前の膝関節外反角度は,足尖接地時で平均(±SD)3.68±1.65°,最大膝関節外反角度で15.13±6.29°であった。指導後は,それぞれ1.84±2.27°と9.69±4.22°であった。足尖接地時および最大膝関節外反角度は,指導後に有意に減少した(p<0.05)。動作指導後の筋活動の変化は,着地前50msで大殿筋と外側広筋のみ有意に増大した(p<0.05)。着地50ms後では,すべての筋で動作指導前後に有意な変化は認めなかった。【考察】動作指導後の膝関節外反角度は,足尖接地時および最大膝関節外反角度ともに減少を示し,1回10分間の動作指導でも着地時の動作は継時的に変化することが確認できた。筆者らが注目した筋活動に関しては,着地前の大殿筋と外側広筋のみ筋活動が増大した。動作指導後には最大膝関節外反角度は減少したにも関わらず,着地後の筋活動は変化が認められなかった。よって,着地動作の膝関節外反角度の変化は,着地後の筋活動よりも着地前の筋活動が関与していることが伺える。大殿筋の筋活動が増大した要因として,Johnら(2013)は,大殿筋の筋活動が低い者は膝関節外反角度の増大とともに股関節内旋角度が大きくなると述べている。大殿筋は,股関節外旋筋であり,着地後の股関節内旋角度を制御すると考えられている。そのため対象者は,着地前の段階で股関節を外旋させることにより,着地後の股関節内旋角度を減少させようと準備していたと推察される。実際,足尖接地時の時点で膝関節外反角度は,減少しているため,足尖接地前から動作の変化は生じていると考えられる。これは,ACL損傷予防の動作指導では,着地前からの動作も分析していくことが今後の課題と考える。今回は,1回の動作指導による膝関節外反角度と筋活動の変化を確認したが,今後は長期的に指導を行い,筋活動の変化を検証していく必要があると考える。【理学療法学研究としての意義】本研究は,着地前の大殿筋や外側広筋が膝外反角度の制御に関わっていることを示し,ACL損傷予防にとって有用な結果を提供できたと考える。
著者
伊藤 創 葉 清規 能登 徹 川上 照彦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】肩関節周囲炎とは,加齢的退行性変性を基盤として発生する疼痛性肩関節制動症と定義されており,病態・病因は未だはっきりと確立されていない。肩関節周囲炎の特徴的な症状として,夜間痛が挙げられる。夜間痛とは,夜間に起こる肩の疼痛の事をあらわし,患者の睡眠を妨げることで生活の質を著しく低下させると言われている。夜間痛の臨床的特徴に関して,山本らは65歳未満の女性に多く,肩関節回旋制限例に多いと報告しており,石垣らは,肩関節屈曲制限例に多いと報告しているなど,統一された見解がないのが現状である。本研究の目的は,初回評価時に夜間痛を有する肩関節周囲炎患者に対し,治療経過において1か月後の夜間痛の改善に関連する因子を調査することである。【方法】対象は当院で2014年7月から2015年9月より理学療法介入(運動療法・物理療法等)を行い,調査可能であった片側性肩関節周囲炎患者67例(男性26名,女性41名,平均年齢61.7±12.9歳)とした。除外基準は,両側性肩関節周囲炎,腱板断裂,石灰沈着性腱板炎と診断された症例とした。評価項目は,カルテから基本情報として,性別,罹病期間,年齢,その他の評価項目として初回評価時の安静時痛,夜間痛(初回・1ヶ月後),運動時痛,肩関節屈曲・外転・下垂位外旋の関節可動域(以下,ROM)の9項目を調査した。夜間痛の有無については,岩下らの報告をもとに問診評価で行い,夜間就寝時に疼痛があり睡眠を妨げてしまう程度の痛みがある症例を夜間痛有とした。夜間痛に関連する因子について,初回評価時に夜間痛を有し,理学療法開始1か月後に夜間痛が残存したか否かを従属変数,基本情報及びその他の評価項目を独立変数として,ロジスティック回帰分析にて解析した。統計処理は,R-2.8.1(CRAN freeware)を使用し,有意水準は5%とした。【結果】初回評価時に夜間痛を有した症例は32例であり,その内1か月後評価において,夜間痛を有した症例は12例であった。理学療法開始1か月後の夜間痛の改善に影響があった因子は,肩関節下垂位外旋ROM(オッズ比:0.84,95%信頼区間:0.70-0.97)であった。【結論】初回評価時に夜間痛を有する肩関節周囲炎患者の,理学療法開始1ヶ月後の夜間痛の改善に対する危険因子は,肩関節下垂位外旋ROMが小さいことであった。
著者
清水 厳郎 長谷川 聡 本村 芳樹 梅原 潤 中村 雅俊 草野 拳 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】肩関節の運動において回旋筋腱板の担う役割は重要である。回旋筋腱板の中でも肩の拘縮や変形性肩関節症の症例においては,肩甲下筋の柔軟性が問題となると報告されている。肩甲下筋のストレッチ方法については下垂位での外旋や最大挙上位での外旋などが推奨されているが,これは運動学や解剖学的な知見を基にしたものである。Murakiらは唯一,肩甲下筋のストレッチについての定量的な検証を行い,肩甲下筋の下部線維は肩甲骨面挙上,屈曲,外転,水平外転位からの外旋によって有意に伸張されたと報告している。しかしこれは新鮮遺体を用いた研究であり,生体を用いて定量的に検証した報告はない。そこで本研究では,せん断波エラストグラフィー機能を用いて生体における効果的な肩甲下筋のストレッチ方法を明らかにすることを目的とした。【方法】対象は健常成人男性20名(平均年齢25.2±4.3歳)とし,対象筋は非利き手側の肩甲下筋とした。肩甲下筋の伸張の程度を示す弾性率の計測は超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能を用い,肩甲下筋の停止部に設定した関心領域にて求めた。測定誤差を最小化できるように,測定箇所を小結節部に統一し,3回の計測の平均値を算出した(ICC[1,3]:0.97~0.99)。弾性率は伸張の程度を示す指標で,弾性率の変化は高値を示すほど筋が伸張されていることを意味する測定肢位は下垂位(rest),下垂位外旋位(1st-ER),伸展位(Ext),水平外転位(Hab),90°外転位からの外旋位(2nd-ER)の5肢位における最終域とした。さらに,ExtとHabに対しては肩甲骨固定と外旋の有無の影響を調べるために肩甲骨固定(固定)・固定最終域での固定解除(解除)と外旋の条件を追加した。統計学的検定は,restに対する1st-ER,Ext,Hab,2nd-ERにBonferroni法で補正したt検定を行い,有意差が出た肢位に対してBonferroniの多重比較検定を行った。さらに伸展,水平外転に対して最終域,固定,解除の3条件にBonferroniの多重比較検定を,外旋の有無にt検定を行い,有意水準は5%とした。【結果】5肢位それぞれの弾性率(平均±標準偏差,単位:kPa)はrestが64.7±9.1,1st-ERが84.9±21.4,Extが87.6±26.6,Habが95.0±35.6,2nd-ERが87.5±24.3であった。restに対し他の4肢位で弾性率が有意に高値を示し,多重比較の結果,それらの肢位間には有意な差は認めなかった。また,伸展,水平外転ともに固定は解除と比較して有意に高値を示したが,最終域と固定では有意な差を認めなかった。さらに,伸展・水平外転ともに外旋の有無で差を認めなかった。【結論】肩甲下筋のストレッチ方法としてこれまで報告されていた水平外転からの外旋や下垂位での外旋に加えて伸展や水平外転が効果的であり,さらに伸展と水平外転位においては肩甲骨を固定することでより小さい関節運動でストレッチ可能であることが示された。
著者
岡元 翔吾 齊藤 竜太 遠藤 康裕 阿部 洋太 菅谷 知明 宇賀 大祐 中澤 理恵 坂本 雅昭
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】投球障害後のリハビリテーションでは,病態の中心である肩甲上腕関節への負担を最小限に抑えることが不可欠であり,肩甲胸郭関節や胸椎の動きを十分に引き出し良い投球フォームを獲得する練習として,シャドーピッチング(以下,シャドー)が頻用される。しかし,硬式球を用いた投球(以下,通常投球)時の肩甲胸郭関節と胸椎の角度については過去に報告されているが,シャドーに関しては明らかにされていない。本研究では,シャドー時の肩関節最大外旋位における肩甲上腕関節,肩甲骨および胸椎の角度を明らかにし,運動学的観点より通常投球との相違を検証することを目的とした。【方法】対象は投手経験のある健常男性13名(年齢24.9±4.8歳,身長173.9±4.3cm,体重72.1±7.3kg,投手経験11.2±5.2年)とした。測定条件は通常投球とタオルを用いたシャドーの2条件とし,いずれも全力動作とした。動作解析には三次元動作解析装置(VICON Motion Systems社製,VICON 612)を使用し,サンプリング周波数は250Hzとした。反射マーカーはC7,Th7,Th8,L1,胸骨上切痕,剣状突起に貼付した。また,投球側の肩峰,上腕遠位端背側面,前腕遠位端背側面に桧工作材を貼付し,その両端にも反射マーカーを貼付した。得られた三次元座標値から肩関節最大外旋位(以下,MER)時の肩関節外旋角度(肩全体の外旋角度),肩甲上腕関節外旋角度,肩甲骨後傾角度,胸椎伸展角度を算出した。また,非投球側足部接地(FP)~MERまでの時間と各関節の角度変化量を算出した。尚,各条件とも2回の動作の平均値を代表値とした。統計学的解析にはIBM SPSS Statistics ver. 22.0を使用し,対応のあるt検定を用い,有意水準は5%とした。【結果】肩関節最大外旋角度は,通常投球145.4±14.2°,シャドー136.4±16.8°と有意にシャドーが小さかった(p<0.01)。その際の肩甲上腕関節外旋角度は,通常投球98.4±16.7°,シャドー91.8±13.1°と有意にシャドーが小さかった(p<0.01)が,肩甲骨後傾角度と胸椎伸展角度は有意差を認めなかった。FP~MERの時間は,通常投球0.152±0.030秒,シャドー0.167±0.040秒と有意にシャドーが長かった(p<0.05)が,角度変化量は有意差を認めなかった。【結論】シャドーは通常投球に比して,MER時の肩甲骨後傾角度や胸椎伸展角度に差はないが,肩甲上腕関節外旋角度が小さくなったことから,関節窩-上腕骨頭間での回旋ストレスが軽減する可能性が示唆された。また通常投球では,重量のあるボールを使用する上,短時間に同程度の肩甲上腕関節での外旋運動を求められるため,上腕骨回旋ストレスが大きくなる可能性が考えられる。投球障害後のリハビリテーションにおいて,シャドーは肩甲胸郭関節や胸椎の動きが確保され障害部位への負担が少ない動作となることから,ボールを使った投球動作へ移行する前段階での練習方法として有用であると考える。
著者
中村 翔 小林 一希 颯田 季央 工藤 慎太郎
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0152, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】外側広筋(VL)は膝関節の主要な伸展筋であり,さらに内側広筋と共同して膝蓋骨の安定性に寄与している。しかし,臨床で遭遇するVLの過緊張は内側広筋とのアンバランスを引き起こし,膝蓋骨の正常な運動を阻害する。そして膝蓋大腿関節症といった膝周囲の疼痛を引き起こす原因となるため,膝蓋大腿関節の機能改善のためには,VLに対する治療が重要となる。我々は先行研究において超音波画像診断装置を用いて膝関節屈曲運動時のVLの動態を観察した結果,膝屈曲運動時にVLは後内側に変位することを報告した(中村2015)。そしてEly test陽性例に対して,VLの動態を考慮した運動療法を行った結果,VLの動態の改善や筋硬度の減少といった結果が得られたことを報告した(中村2015)。しかし,我々が考案した運動療法と従来から行われているストレッチングの効果について比較をしていない。そこで今回は両介入における即時効果の比較検討をしたので報告する。【方法】対象はEly testが陽性であった成人男性20名40肢とした。対象を無作為にVLの動態を考慮した運動療法を行う群(MT群)とストレッチングを施行する群(ST群)の2群に振り分けた。MT群は膝関節自動屈曲運動に伴い,VLを徒手的に後内側に誘導する運動療法を行った。回数は10回を1セットとし,3セット行った。ST群は他動的に最終域まで膝関節を屈曲するストレッチングを行った。回数は30秒を1セットとし,3セット行った。測定項目は膝関節屈曲運動時のVL変位量(VL変位量)と筋硬度を介入前後に測定した。VL変位量は超音波画像診断装置を用いて,Bモード,リニアプローブにて,膝関節自動屈曲運動時のVLの動態を撮影した。そして,得られた動画を静止画に分割し,膝関節伸展位と屈曲90度の画像を抜き出し,VLの移動した距離をImage-Jを使用して測定した。筋硬度は背臥位,膝伸展位で筋硬度計を用いて,大腿中央外側にて測定した。統計学的処理にはR2.8.1を使用し,介入前後の比較にはWilcoxonの符号付順位検定を行い,群間の比較にはMann-Whitney検定を行った。いずれも有意水準は5%未満とした。【結果】介入前の両群間の各変数に有意差は認めなかった。介入前のVL変位量は,MT群8.3mm(7.5-9.7),ST群8.7mm(8.1-10.2),介入後はMT群12.5mm(11.7-13.5),ST群11.9mm(11.1-13.4)であり,両群とも介入前後で有意差を認めた(p<0.05)。介入前の筋硬度は,MT群1.5N(1.5-1.6),ST群1.5N(1.4-1.5),介入後はMT群1.4N(1.4-1.5),ST群1.5N(1.4-1.5)であり,両群とも介入前後で有意差を認めた(p<0.05)。介入後の両群間の比較では,VL変位量,筋硬度ともに有意差を認めた(p<0.05)。【結論】筋の動態を考慮した運動療法はストレッチングと比較して,膝関節屈曲運動時の筋の動態および筋硬度が改善したことより,本法は短軸方向への筋の柔軟性改善に有効な手段であることが明らかとなった。
著者
福田 章人 澳 昂佑 奥村 伊世 川原 勲 田中 貴広
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0026, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに,目的】国内において内側型変形性膝関節症(膝OA)患者は2400万人いると推測されている。膝OA患者は高齢化社会となり年々,増加している。膝OA患者では,疼痛から日常生活での活動量が減少することにより下肢筋力が低下し,更に膝OAが進行するという悪循環を招いてしまう。膝OA患者は歩行立脚期における膝内反モーメントの増加によって,膝関節内側コンパーメントの圧縮応力が増加し,痛みが誘発されることが明らかとなっている。さらに膝内反モーメントの増加によってlateral thrustが出現する(Schipplenin OD.1991)。これに対して外側広筋は1歩行周期において筋活動を増加することによって膝内反モーメントの増加やlateral thrustによる側方不安定性に寄与し,初期の膝OAにおいては膝内反モーメントを制動することが知られている(Cheryl L.2009)。しかしながら,この外側広筋の筋活動が立脚期,遊脚期それぞれの周期別の活動については明らかにされていない。この筋活動の特徴を明らかにすることによって,膝関節に対する歩行周期別トレーニング方法の開発に寄与すると考えられる。そこで本研究の目的は膝OA患者における歩行中の外側広筋の筋活動の特徴を表面筋電図(EMG)を用いて明らかにすることとした。【方法】対象は健常成人7名(25歳±4.5)と片側・両側膝OA患者4名(85歳±3.5)とした。膝OAの重症度の分類はKellgran-Lawrence分類(K/L分類)にIIが4側,IIIが1側,IVが2側であった。歩行中の筋活動を計測するための電極を外側広筋,大腿二頭筋に設置し,足底にフットスイッチを装着させた。歩行計測前,MMTの肢位にて3秒間のMVC(Maximum Voluntary Contraction)を測定した。歩行における筋活動の測定は音の合図に反応して,快適な歩行速度とした。解析は得られた波形を整流化し,5歩行周期を時間正規化した。各筋の立脚期,遊脚期,MVCの平均EMG振幅を算出した。各歩行周期の平均EMG振幅は%MVCに正規化した。統計処理はOA患者のEMG振幅とK/L分類の関係をSpearmann順位相関係数を用いて検証した。健常成人とOA患者のEMG振幅を歩行周期別にMann-Whitney U-testを用いて比較した。有意水準は0.05とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に基づき対象者の保護には十分留意し,阪奈中央病院倫理委員会の承認を得て実施された。被験者には実験の目的,方法,及び予想される不利益を説明し同意を得た。【結果】OA患者のK/L分類と1歩行周期における外側広筋のEMG振幅は有意な正の相関関係を示した。1歩行周期における外側広筋,大腿二頭筋のEMG振幅は健常成人と比較して有意に増加した。また,立脚期,遊脚期それぞれの外側広筋,大腿二頭筋のEMG振幅は健常成人と比較して有意に増加した(立脚期健常成人:21.79±3.63%,膝OA:72.09±19.06%,遊脚期健常成人:15.8±4.3%,膝OA:39.3±18.8%)。【考察】健常成人と比較して,外側広筋の筋活動が増加したことは先行研究と一致した。OA患者のK/L分類と1歩行周期における外側広筋の筋活動が相関したことは,側方不安定が増加するにつれて外側広筋の筋活動が増加したことを示す。さらに遊脚期,立脚期の周期別に外側広筋の筋活動が増加したことは立脚期における側方安定性に寄与する外側広筋の筋活動を遊脚期から,準備している予測的姿勢制御に関連している反応である可能性が示唆された。また,遊脚期において外側広筋,大腿二頭筋の筋活動が増加することにより正常な膝関節の関節運動を行えないことが示唆された。【理学療法学研究としての意義】変形性膝関節症患者の歩行時筋活動を解明することで歩行能力改善を目的とした歩行周期別トレーニングとして,遊脚期における筋活動に着目する必要性を示唆した。
著者
田中 克宜 西上 智彦 壬生 彰 井上 ゆう子 余野 聡子 篠原 良和 田辺 曉人
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2016, 2017

<p>【はじめに,目的】</p><p></p><p>中枢性感作(Central Sensitization:CS)は,中枢神経系の過興奮による神経生理学的な状態を示し,慢性疼痛の病態の一つであることが示唆されている。CSは疼痛だけでなく,疲労や睡眠障害,不安,抑うつなどの身体症状を誘発することから,CSが関与する包括的な疾患概念として中枢性感作症候群(Central Sensitivity Syndrome:CSS)が提唱されている。近年,CSおよびCSSのスクリーニングツールとしてCentral Sensitization Inventory(CSI)が開発され,臨床的有用性が報告されている。CSIはCSSに共通する健康関連の症状を問うPart A(CSI score)および,CSSに特徴的な疾患の診断歴の有無を問うPart Bで構成される。我々はこれまでに言語的妥当性の担保された日本語版CSIを作成し,筋骨格系疼痛患者において,CSI scoreと疼痛や健康関連QOLとの関連を報告している。また,人工膝関節置換術前にCSI scoreが高いと3ヶ月後の予後が不良であることも報告されており,CSIが予後を予測するスクリーニング評価として有用であることが報告されている。しかし,保存療法において,CSIが治療効果を予測する評価であるかは不明である。今回,筋骨格系疼痛患者においてCSIを用い,理学療法介入前のCSと介入後の疼痛および健康関連QOLの関連について調査し,CSIがCSのスクリーニング評価として有用であるか検討した。</p><p></p><p></p><p>【方法】</p><p></p><p>外来受診患者を対象に介入前にCSI,Euro QOL 5 Dimension(EQ5D),Brief Pain Inventory(BPI)を評価した。その後,3ヶ月理学療法を継続した46名(男性17名,女性29名,平均年齢55.1±16.3歳,頚部8名,肩部7名,腰部19名,膝部6名,その他6名)を対象に,EQ5D,BPIを再評価した。介入は関節可動域練習,筋力増強運動,動作指導といった標準的な理学療法を行った。CSI scoreと3ヶ月後のEQ5D,BPI(下位項目:Pain intensity,Pain interferenceの平均点を使用)の関連をSpearmanの順位相関係数を用いて検討した。また,CSSに特徴的な疾患の診断歴の有無で2群(CSS群,no CSS群)に分け,3ヶ月後のEQ5D,BPIについてMann WhitneyのU検定を用いて比較検討した。統計学的有意水準は5%とした。</p><p></p><p></p><p>【結果】</p><p></p><p>CSI scoreの中央値は21.5点(範囲:3-48点)であった。CSI scoreと3ヶ月後のEQ5Dは有意な負の相関を認め(EQ5D:r=-0.332,p<0.05),BPIと有意な正の相関を認めた(Pain intensity:r=0.425,p<0.01;Pain interference:r=0.378,p<0.01)。また,CSS群(n=14)における3ヶ月後のEQ5Dはno CSS群(n=32)に比べて有意に低く,Pain interferenceは有意に高かった(p<0.01)。</p><p></p><p></p><p>【結論】</p><p></p><p>介入前のCSI scoreが3ヶ月後のEQ5D,BPIと有意な相関を認めたことから,CSIがスクリーニング評価として有用である可能性が示唆された。また,CSSに関連する疾患の診断歴もリスクとして考慮する必要性が示唆された。これらのことから,CSI scoreが高い症例に対して,早期からCSを考慮した治療戦略を実施する必要性が示唆された。</p>
著者
岡棟 亮二 宮下 浩二 谷 祐輔 太田 憲一郎 小山 太郎 松下 廉
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2016, 2017

<p>【はじめに,目的】</p><p></p><p>臨床において胸郭へのアプローチが肩関節機能の改善に奏功することは多い。実際,胸郭は肩複合体の構成要素であり,肩挙上に伴い胸郭の前後径,横径拡大が生じることが報告されている(花村ら1977)。しかし,その胸郭拡大が制限された際の肩関節運動の分析は十分になされていない。本研究の目的は,胸郭拡大制限が肩前方挙上運動に与える影響を三次元動作分析で明らかにすることである。</p><p></p><p>【方法】</p><p></p><p>対象は肩関節に疼痛のない男子大学生19名(20.0±1.3歳)とした。体表のランドマーク上に反射マーカを貼付した。その後,胸郭拡大制限の有無の2条件で立位両肩前方挙上運動を動画撮影した。胸郭拡大制限は,最大呼気状態の胸郭の肩甲骨下角直下と第12胸椎レベルに非伸縮性コットンテープを全周性に貼付するという方法で行った。撮影動画から動画解析ソフトにより各反射マーカの三次元座標値を得た後,宮下らの方法(2004)に準じて角度算出を行った。算出角度は肩屈曲角度(肩最大前方挙上時の体幹に対する上腕のなす角度),肩甲骨後傾角度,肩甲上腕関節(GH)屈曲角度とした。胸郭拡大制限の有無の2条件における各角度を,対応のあるt検定を用いて比較した。また,対象ごとに胸郭拡大制限の有無による肩甲骨後傾角度およびGH屈曲角度の増減を検討した。</p><p></p><p>【結果】</p><p></p><p>肩屈曲角度は制限なし148.9±16.3°,制限あり141.0±15.5°で有意差を認めた(p<0.01)。肩甲骨後傾角度は制限なし56.1±11.4°,制限あり53.3±11.6°で有意差を認めた(p<0.01)。GH屈曲角度は制限なし91.2±15.1°,制限あり89.7±14.5°で有意差はなかった(p=0.44)。対象ごとに胸郭拡大制限の有無による肩甲骨後傾角度およびGH屈曲角度の増減を検討すると,制限なしに比べ制限ありで(a)肩甲骨後傾角度が減少し,GH屈曲角度が増加(7例),(b)肩甲骨後傾角度が増加し,GH屈曲角度が減少(4例),(c)肩甲骨後傾角度,GH屈曲角度ともに減少(8例)の3パターンに分類された。</p><p></p><p>【結論】</p><p></p><p>肩甲骨の運動は胸郭の形状に影響を受けるといわれる。肩挙上時,胸郭には拡大運動が生じるため,胸郭の形状も変化すると考えられる。本研究においては,胸郭拡大制限により肩前方挙上に伴う胸郭の形状変化が妨げられたと推察される。その結果,肩甲骨運動が制限され,肩屈曲角度の減少につながったと考えた。しかし,肩甲骨,GHの動態を対象ごとに分析すると,胸郭拡大制限によりいずれかの動きを増加させ代償を行うパターン(a,b)と,いずれの動きも制限されるパターン(c)が存在し,その動態は対象により様々であった。肩関節障害発生の面から考えると,パターンaのような代償方法はGHへの負担を増加させるためリスクが高いことが推察される。不良姿勢,胸郭周囲筋群の作用,加齢による肋軟骨の骨化などにより胸郭拡大は制限されるが,その際の対象ごとの肩甲骨,GHの動態の違いが肩関節障害の発生リスクと関連する可能性がある。</p>
著者
駒村 智史 草野 拳 爲沢 透 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2016, 2017

<p>【はじめに・目的】</p><p></p><p>肩関節水平内転や内旋可動域の制限因子として挙げられる肩関節後方の軟部組織の伸張性低下は一般的に肩関節後方タイトネスと呼ばれている。肩関節後方タイトネスは,上腕骨頭の前方偏位が関わるインピンジメントや内旋可動域の制限と関連することが示唆されており,その一因として棘下筋の柔軟性低下が挙げられている。先行研究により,棘下筋のストレッチング方法として,肩甲骨を固定し肩関節を水平内転する方法(cross-body stretch)が推奨されている。筋硬度の低下や関節可動域の増加といったストレッチ効果は実証されているが,上肢挙上動作などの肩甲骨が関わる動作において棘下筋に対するストレッチングが肩甲骨運動に及ぼす影響は不明である。そこで本研究の目的は,棘下筋のスタティックストレッチング(SS)による棘下筋の柔軟性向上が上肢挙上時の肩甲骨運動に与える影響を明らかにすることとした。</p><p></p><p></p><p>【方法】</p><p></p><p>対象は健常若年男性15名(22.3±1.2歳)の非利き手側上肢とした。SSは上記のcross-body stretchとし,SS時間は3分間とした。SS前後において,6自由度電磁気式動作解析装置(Liberty;Polhemus社製)を用いて肩関節屈曲運動時の肩甲骨運動(外旋,上方回旋,後傾)を計測した。</p><p></p><p>SSによる棘下筋柔軟性向上の指標には超音波診断装置(Aixplorer, Supersonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能より算出される弾性率を用いた。弾性率は低値を示すほど筋の柔軟性が高いことを意味する。棘下筋の弾性率がSS前(pre)に比べ,SS直後(post1)とSS後の肩甲骨運動計測後(post2)に低値を示すことを包含基準とし,計9名を解析対象とした。</p><p></p><p>統計解析は,10度毎の各肩関節屈曲角度における肩甲骨角度より,時期(SS前,SS後),角度(30~120度)の2要因による反復測定二元配置分散分析を行った。主効果を認めた場合は事後検定としてBonferroni法による多重比較およびt検定を行った。有意水準は5%とした。</p><p></p><p></p><p>【結果】</p><p></p><p>各弾性率(平均±標準偏差,単位:kPa)はpreが34.2±7.4,post1が28.6±7.3,post2が29.2±8.4であり,preに対し,post1,post2において有意に低値を示した。二元配置分散分析の結果,肩甲骨外旋において時期における主効果を認めた。事後検定の結果,SS前に対し,上肢挙上30-80°においてSS後に有意に外旋角度が増大した。また,肩甲骨上方回旋と後傾に関しては,交互作用および時期における主効果を認めなかった。</p><p></p><p></p><p>【結論】</p><p></p><p>Cross-body stretchにより棘下筋の弾性率が低下すると,上肢挙上動作時の肩甲骨外旋角度が増大することが明らかとなった。これより,cross-body stretchが,上肢挙上運動時の肩甲骨運動の改善に有効である可能性が示唆された。</p>
著者
水野 良亮
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2016, 2017

<p>【はじめに,目的】投球障害を有する選手には肩関節可動域制限や筋力低下がみられ,これらを発生要因と考えられている。しかし,これらは医療機関を受診した選手の病態に基づいた報告が多く,肩関節機能の低下は痛みに伴う結果である可能性もある。野球の現場では,選手の肩関節機能は練習継続など様々な要因によって日々変化しており,かつ一日の中でも変動していると実感することが多い。このような現場における高校野球選手の肩関節可動域についての日常的かつ経時的な変化に関する研究は少ない。そこで,本研究では7日連続で高校野球投手の肩関節外旋・内旋可動域を測定し,その経時的変化について分析した。</p><p></p><p>【方法】対象はT高校硬式野球部の投手8名(2年生2名,1年生6名)とし,測定は5日間の夏季合宿とその前後1日ずつの7日間連続で行った。測定時間は1日の中で①練習前(6~9時),②練習中(9~17時),③練習後(17~22時)の3回とした。また4日目は悪天候により屋外で活動できず,いわゆるノースローデーとなった。測定項目は肩関節外旋可動域と肩関節内旋可動域とし,投球側のみの測定とした。測定肢位は日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会の方法に準じて肩90度外転位,肘90度屈曲位とし,背臥位で他動的に最大位を保持してデジタルカメラで撮影した。画像解析ソフト(ImageJ)を用いて,画像から肩関節外旋可動域・肩関節内旋可動域を算出した。7日間の測定期間から1日目と7日目の結果を除外し,測定時間の条件が統一可能であった2日目から6日目の練習前のデータについて分析した。統計分析には一元配置分散分析及びTukey-Kramer法を用いて,全ての測定日の組み合わせで多重比較検定を行った。有意水準は5%未満とした。</p><p></p><p>【結果】外旋可動域は2日目133±9度,3日目124±11度,4日目132±8度,5日目126±8度,6日目123±7度であり,内旋可動域は2日目46±8度,3日目44±9度,4日目41±7度,5日目51±10度,6日目47±7度であった。外旋可動域では2日目と3日目,2日目と6日目,3日目と4日目,4日目と6日目との間に有意差を認めた。内旋可動域では,4日目と5日目に有意差を認めた。</p><p></p><p>【結論】野球の現場において投手の肩関節外旋・内旋可動域は決して一定ではなく,日々変化していることが明らかとなった。特に内旋可動域制限は投球障害の主要因と考えられており,可動域の確保が投球障害予防には重要となる。今回の結果では2日目から経時的に内旋可動域が減少する傾向にあったが,4日目の休養により5日目には有意に回復していた。これは障害予防にとって重要な知見になると考える。一方,外旋可動域は日々変動を認め,4日目の休養の影響もみられなかった。肩外旋可動域は疲労以外の要因の影響も受けやすいと推察される。外旋可動域は障害のみならずパフォーマンスにも影響を与えるため,変動の要因をさらに検討する必要がある。</p>
著者
吉田 怜 冨田 和秀 野崎 貴宏 河村 健太 門間 正彦 大瀬 寛高
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.46 Suppl. No.1 (第53回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.I-126_1, 2019 (Released:2019-08-20)

【はじめに】肋間筋は胸郭の拡張, 縮小に関わり, 呼吸運動において重要な役割を果たしている. その働きは胸郭の部位により異なることが基礎実験で報告されているが (Le Bars, 1984), ヒト肋間筋の呼吸運動としての働きは十分に解明されていない. また, 先行研究では肋間筋活動を針筋電図により評価されているが, 気胸のリスクを有するため臨床的評価として容易に使用しづらい. 近年, 超音波画像検査における筋収縮を評価する報告が散見されており(Hodges PW 2003, Kian-Bostanabad S 2017), 侵襲を伴わないため理学療法の評価にも用いられている. 本研究の目的は超音波画像検査を用いて, 吸気時の肋間筋の筋厚を計測することで呼吸運動時におけるヒト肋間筋の筋収縮を分析することとした.【方法】対象は, 喫煙歴のない健常成人男性7名 (平均年齢23.7 ± 2.4 歳) とした. 実験方法は被験者に仰臥位を取らせ, 安静呼気と吸気抵抗負荷課題による最大努力吸気を行わせ, 超音波画像検査を用いて肋間筋の筋厚を計測した. 測定部位は胸郭右側の前面・側面・後面の肋間とした. 前面部は第1-6肋間で, 胸骨右縁から外側2.5-3.0㎝, 側面部は第3, 6, 9肋間で, 腋窩前縁から上前腸骨棘を結ぶ線上, 後面部は第3, 6, 9肋間で胸椎棘突起から外側5.0 – 6.0㎝で測定した.安静呼気時と最大努力吸気時の筋厚の変化をWilcoxonの符号付き順位検定を行った. 解析にはIBM SPSS Statistics Ver. 22.0を用い, 有意水準は5 %とした.【結果】安静呼気時/最大努力吸気時の筋厚の中央値 (25%値: 75%値) (mm) は前面部肋間で, 第1肋間: 2.10 (1.20: 2.60)/2.60 (2.00: 3.70), 第2肋間: 2.50 (1.60: 2.60)/3.10 (2.50: 3.60), 第3肋間: 2.20 (1.50: 3.40)/3.10 (2.20: 3.80), 第4肋間: 2.70 (2.20: 3.20)/3.20 (2.80: 3.40), 第5肋間: 1.80 (1.60: 3.20)/2.60 (2.30: 3.30), 第6肋間: 2.30 (2.00: 3.00)/2.90 (2.00: 3.00)であり, 第1, 2, 3, 4肋間で有意差を認めた. 側面部肋間と後面部肋間では有意差を認めなかった.【考察】努力性吸気課題条件下での超音波画像検査によるヒト肋間筋収縮評価は, 前面部肋間の第1, 2, 3, 4肋間で安静呼気時に比べ, 有意な筋厚増加を認めた. 前面部肋間筋である傍胸骨肋間筋は吸息性筋活動を有することが報告されており (De Troyer, 1998), 本結果も同部位において肋間筋厚の増大を示すことから先行研究と同様に吸息性活動を示す所見と考えられた. 一方, 動物実験では側面部肋間, 後面部肋間で吸息性筋活動を認めているのに対し, 本結果では側面部肋間と後面部肋間での吸気性筋収縮に伴う肋間筋厚の増大を捉えることができなかった.【結論】ヒト肋間筋収縮は, 超音波画像検査を用いて評価することが可能であった. 努力性吸気に伴う肋間筋厚の増大を前面部肋間筋で確認することができた.【倫理的配慮,説明と同意】本研究は茨城県立医療大学倫理委員会の承認を得た. 本研究の実施にあたり, 被験者へは実験内容を十分に説明し, 研究参加は自由意志に基づいて行った. また研究への参加を拒否された場合でも不利益が生じないことを説明し, 研究の途中であっても断る権利を保障した.
著者
赤口 諒 川崎 有可 大住 倫弘 森岡 周
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0348, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに】近年,慢性痛患者の中で痛みが強い者は,不公平をより強く感じている報告されており,その不公平感は痛みの破局的思考,抑うつの程度とも関連があるとされている(Scott, 2012)。不公平感は社会において自己が他者と公平でない場合に抱く感情である。このことから痛みを有する患者は他者と比較することで不安が高まる場合,痛みの感受性に影響を与えると考えられる。一方で,他者との比較で起こる情動には妬みがある。妬みとは他者が自己よりも優れた物や特性を有する場合に起こる情動であり,それが自己に焦点されると劣等感,他者に焦点されると敵対心を伴うとされている(Smith, 2007)。そこで,本研究は妬みの情動経験が痛みの主観的強度に与える影響を明らかにすることに加え,妬み情動の中の劣等感と敵対心のうちのどちらが痛みに影響を与えるかを明らかにする。【方法】対象は健常大学生20名(Affect群14名,Control群6名)とした。心理学的評価としてState-Trait Anxiety Inventory(以下STAI)を用いて状態・特性不安の評価を行った。実験は,①痛み刺激,②課題(Affect群:情動刺激,Control群:シャム刺激),③痛み刺激の手順で行った。痛み刺激には熱刺激装置PAIN THERMOMETER(ユニークメディカル社制)を用いた。刺激部位は非利き手の前腕とした。また,実験中の痛みの慣れの要素を除外するため,実験前に47-49℃の刺激をランダムに10施行(60秒インターバル)行った。痛み刺激の評価はVisual Analog Scale(以下VAS)を用いて行った。情動刺激には被験者本人が主人公となるように設定されているシナリオ課題を作成した。これは会社員の主人公が重大な企画を任されることとなっていたが,不運にも交通事故に遭い,ライバルに手柄をすべて奪われることで妬み情動を抱かせる内容となっている(スライド枚数約130枚,所要時間約7分)。情動刺激の評価には妬みだけでなく,妬みの要因である劣等感,敵対心の情動喚起量をVASにより行った。シャム刺激には世界格国の国旗を説明したスライドを作成した(スライド枚数約20枚,所要時間約7分)。統計解析は課題前後の痛みの主観的強度の比較において対応のあるt検定を用いた。情動喚起量と痛みの主観的強度の相関関係にはピアソンの相関係数を用いた。また,劣等感が高い群(評価結果が中央値以上の者)におけるSTAIと課題後の痛み増加量の相関関係にはピアソンの相関係数を用いた。なお,有意水準は5%とした。【結果】課題前後の痛み主観的強度の比較において,Affect群において有意な痛みの増加を認めた(p<0.01)がControl群では認められなかった。情動喚起量(妬み,劣等感,敵対心)と痛み主観的強度の相関関係は,敵対心のみ課題前の痛み主観的強度(r=0.543,p<0.05),課題後の痛み主観的強度(r=0.594,p<0.05)と正の相関関係が認められた。また,劣等感が高い群において,STAI1(状態不安)と痛みの増加量の間にのみ正の相関関係が認められた(r=0.829,p<0.05)。【考察】課題前後の痛みの比較では,Affect群にのみ有意な痛みの増加が認められたことから,妬みが痛みの主観的強度に影響を与えることが示唆された。一方で,情動評価における敵対心が課題前後それぞれの痛み評価と正の相関関係が認められた。つまり,自分よりも優れた他者と比較した際,敵対心を抱きやすい個人特性が痛みの感受性に影響を与えていると考えられる。また,劣等感が高い群において,STAI1と痛みの増加量に正の相関を認めた。これは自分よりも優れた他者と比較した際,劣等感を抱いた場合は,不安の程度に伴って痛みの増加量が変化することが示唆された。【理学療法学研究としての意義】理学療法における痛みの評価は感覚的側面のものだけでなく,情動的側面,認知的側面も一般化され始めている。本研究の結果から妬みの情動経験が痛みの主観的強度を増強させることが示唆され,劣等感を抱いた場合,不安の程度に応じて痛みの感受性が変化することが示唆された。さらに先行研究から痛みが原因で不公平感を強く訴える者程,痛みの破局的思考に陥りやすく,抑うつ傾向になるという報告がある(Scott, 2012)。このことも踏まえると,痛みを有する患者の評価には他者との関わり方のパーソナリティを評価する必要がある。つまり,患者特有のパーソナリティを多面的に評価し,理解することが適切な心理的アプローチを可能にし,痛みの慢性化を未然に防ぐことにつながる可能性を本実験で示すこととなった。
著者
河井 祐介
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.46 Suppl. No.1 (第53回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.I-62_2, 2019 (Released:2019-08-20)

【はじめに、目的】 股関節唇損傷患者について問題となるFAI(femoroacetabular impingement以下FAI)では股関節屈曲内旋または屈曲外旋でのインピンジメントによる疼痛が引き起こされる。治療としては保存療法および手術療法が選択される。とくに保存療法では股関節周囲筋の筋力や体幹筋力トレーニング、股関節可動域訓練などが行われている。現在体幹トレーニングについて有用性は示されているが、質量ともにどの程度行えばどの程度の効果が得られるのか述べられている報告はない。今回股関節唇損傷患者においてFront plank(以下プランク)による体幹トレーニングを実施し、その量的評価と股関節スコアを比較しその関係について比較検討した。【方法】 当院を受診し股関節唇損傷と診断された患者12名(男性1名、女性11名、年齢45.3±10.4歳)の体幹筋力評価としてプランクの持続時間を初診時測定し、同時に股関節機能評価としてJOAとharrisのスコアを評価した。またプランク60秒達成時にも同様にJOAとharrisのスコアを評価した。プランクの持続時間とJOAとharrisのスコアについてそれぞれ統計処理としてspearmanの相関分析を行った。またプランクの持続時間が59秒以下の群と60秒可能な群間でJOAとharrisのスコアそれぞれにおいて対応のないT検定を用いて比較した。【結果】 体幹筋力としてのプランクの持続時間と股関節機能評価としてのJOAとharrisのスコアとは正の相関関係が認められた(p<0.05)。またプランクの持続時間が59秒以下の群と60秒可能な群との間にはJOAとharrisのスコアに有意差が認められた。(JOAスコア 0-59秒以下の群:71.6±12.6 60秒可能な群:90.5±11.4 harrisスコア0-59秒以下の群:65.8±12.2 60秒可能な群:82.6±9.3)。つまりプランク持続時間が60秒可能な群の股関節機能評価スコアは59秒以下の群よりも高い傾向にあることが示された。【考察】体幹筋、特に腹筋の機能としては骨盤の後傾作用と安定化機能があり、骨盤後傾によりFAIによる疼痛を回避した姿勢が取れることと、体幹固定作用により十分な下肢筋力の発揮が可能になると考えられる。また、筋持久性に関して、有酸素性にエネルギー代謝が行われる1分以上の持久力が腹筋には必要と考えられる。そのために、プランクを1分保持を達成できる患者の股関節機能評価のスコアが高くなったと考えられる。【結論】股関節唇損傷患者において体幹筋力の改善は股関節機能の改善に寄与する可能性があり、なおかつ量的にはプランク1分以上可能な体幹筋力が有効である可能性がある。【倫理的配慮,説明と同意】京都下鴨病院倫理委員会の承認を得た。
著者
阿部 隼平 齊藤 明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1392, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】膝関節筋は大腿遠位1/3で中間広筋の深層から起始し,膝蓋上包の近位後面に付着する筋である。膝蓋上包の後上方への牽引作用を有し,膝蓋上包の癒着や膝関節拘縮予防において重要な役割を持つとされている。体幹においては,腹横筋や多裂筋など関節近傍の深層に位置し,筋長の短いローカルマッスルの強化には低負荷での運動が適しているとの報告がある。膝関節筋は形態的にはローカルマッスルと同様の特徴を有するため,その強化には低負荷での運動が適している可能性があるが明らかにされていない。本研究の目的は,低負荷と高負荷のトレーニング効果の比較から,より膝関節筋に適したトレーニング方法を検討することを目的とした。【方法】健常大学生30名30肢を対象とし,コントロール群,低負荷介入群,高負荷介入群の3群に振り分けた。トレーニングは股関節90°屈曲位,膝関節最大伸展位での等尺性膝関節伸展運動とし,等尺性筋力測定機器MusculatorGT30(OG技研社製)を用いた椅子座位にて体幹,骨盤,下腿遠位部をベルトで固定した。負荷量は,同肢位にて等尺性最大随意収縮力(Maximum Voluntary contraction:以下MVC)を測定した後,低負荷群は40%MVC,高負荷群は70%MVCとした。収縮時間は低負荷群で15秒,高負荷群で6秒とし,その他の条件は両群とも10回/セット,3セット/日,2日/週とした。以上の条件で,等尺性筋力測定装置を用いて視覚的に負荷量を確認しながら4週間トレーニングを継続させた。トレーニング効果を検証するため,各群とも介入前後に膝関節筋筋厚,膝蓋上包前後径,膝関節筋停止部移動距離を超音波診断装置HI VISION Avius(日立アロカメディカル社製)を用いて測定した。測定には14MHzのリニアプローブを使用しBモードで行った。膝関節筋筋厚は筋膜間の最大距離,膝蓋上包前後径は腔内間の最大径とした。膝関節筋筋厚,膝蓋上包前後径はそれぞれ安静時に対する収縮時の増加率を算出した。また,膝関節筋停止部移動距離は安静時の画像上で膝関節筋停止部に任意の点を定め,等尺性膝伸展運動時の同部位の移動距離を求めた。この移動距離は膝蓋上包が膝関節筋により挙上された距離と定義した。統計学的解析は各測定項目において,各群における介入前後の比較には対応のあるt-検定を用い,介入後の変化量の群間比較には一元配置分散分析およびTukeyの多重比較検定を用いた。統計処理にはPASWStatics18を用い,危険率5%未満とした。【結果】介入前後の比較では,安静時膝関節筋筋厚,膝関節筋筋厚増加率,膝蓋上包前後径増加率は,3群全てで有意差は認められなかった。膝関節筋停止部移動距離は低負荷群において介入後に有意に増加していた(p<0.01)。高負荷群においても,統計学的な有意差を認めなかったが,増加傾向が認められた(p<0.10)。介入後の変化量の群間比較では,膝関節筋停止部移動距離において,低負荷群,高負荷群ともにコントロール群と比較して有意に増加していた(それぞれp<0.01,p<0.05)。【考察】本研究では低負荷群のみで膝関節筋の主な働きを反映する膝関節筋停止部移動距離の増加がみられたことから,膝関節筋は仮説の通り機能的にもローカルマッスルと同様の特徴を有することが示唆された。しかし高負荷群においても増加傾向が見られ,介入後の変化量でも低負荷群との間に有意差は認められなかった。このことから,高負荷での膝関節伸展トレーニングによっても膝関節筋の強化が図れる可能性があると考えられる。一方で膝関節筋停止部移動距離の増加がみられた低負荷群においても,膝蓋上包前後径増加率には有意な変化は認められなかった。膝関節筋は後上方への牽引作用を有するが,特に後方への牽引作用を反映していると考えられる膝蓋上包前後径増加率は増加しなかったという結果から,膝関節筋は後方への牽引作用と比較して上方への牽引作用がより強い可能性が考えられる。以上より,膝関節最大伸展位での等尺性膝関節伸展運動は,その負荷の大小に関わらず膝関節筋機能の向上に寄与すること,膝関節筋は後方への牽引作用と比較して上方への牽引作用がより強いことが示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究は,膝蓋上包の癒着および膝関節拘縮予防のための運動療法を行う上で有用なデータとなると考える。また,今後の膝関節筋に関する研究を発展させていく上での一助となると考えられる。