著者
吉木 健悟 田沼 昭次 梶 誠兒
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101165, 2013

【はじめに、目的】Bickerstaff型脳幹脳炎(以下BBE)は脳幹を首座とした炎症性自己免疫疾患であるが、詳細は不明である。意識障害、眼筋麻痺、小脳性運動失調を伴うことが特徴的で、4週間以内に極期に達し、一過性の経過を示す。ほとんど後遺症を残さず寛解する一方で、複視、歩行障害などの後遺症を残すこともあり、合併症により致死的となることもある。また、本疾患に対するリハビリテーションに関連した報告は非常に少ない。今回BBEと診断され、経過中に状態変化、挿管し、その後歩行困難となったが、約2ヵ月で寛解した症例を経験したので報告する。【症例紹介】特筆すべき既往のない22歳男性の大学生。約1週間の発熱の先行の後、間四肢末梢に筋力低下、しびれが出現し、当院入院。入院当初、脳画像上に特筆すべき異常は認められず、血清抗GT1a-IgM陽性であった。神経所見としては眼球運動障害、意識障害、全身の小脳性運動失調を認めた。入院日を1病日とし、3病日BBEと診断。3病日よりIVIg療法開始し、4病日理学療法処方。入院後徐々に四肢筋緊張、腱反射の亢進が出現。6病日、胸部CTで左肺底部湿潤影を認め、肺炎疑いで抗生剤治療開始。7病日IVIg療法終了。同日痙攣、発熱、呼吸状態の変容から気管挿管。【倫理的配慮、説明と同意】報告の趣旨を本人に報告し同意を得た。【経過】5病日理学療法初診時JCSⅢ桁であり、肺炎疑いで発熱が見られ、全身状態不良。四肢は除皮質硬直肢位を呈し、反射亢進し、著明な痙性が認められた。病態の予後予測が困難であり、臥床が長期に渡る可能性も考慮し、四肢関節拘縮、呼吸器合併症予防を目的に介入開始。5病日以降、発熱は改善したが、痙攣と意識障害が持続していた。16病日から意識状態の改善が見られ始め、JCSⅡ桁となった。18病日より離床開始し、意識状態に合わせて四肢体幹筋力強化練習、協調動作練習、深部感覚練習を開始した。21病日、意識はJCSI-1に改善。呼吸状態も安定し抜管。検査所見に特筆すべき異常は無かった。神経所見としては眼球運動障害、四肢腱反射亢進、上肢筋緊張軽度亢進、四肢深部感覚障害が認められた。筋力は四肢体幹MMT2~3、さらに四肢体幹の協調運動障害あり。これにより動作時の動揺が強く、起居動作に重介助を要した。26病日から平行棒内歩行練習開始し、31病日には筋力はほぼ回復したが、動揺の為立位保持は困難であった。また、歩行はサークル型歩行車使用し軽介助、その他日常生活動作が見守り以上で可能となった。その後、残存している深部感覚障害、協調動作障害に重点的に介入した結果、動揺軽減し37病日屋内無杖歩行自立、院内日常生活動作全自立し、39病日に退院となる。退院時の神経学的所見としては眼球運動障害軽度残存、四肢腱反射軽度亢進、四肢筋緊張正常であり、四肢体幹の協調運動障害は軽度残存した。しかし72病日には上記症状はほぼ寛解し、ランニング動作を再獲得するまでに至った。【考察】症例は極期には高度の意識障害、呼吸障害を呈し、離床開始後も協調運動障害により重介助を要する状態であったが、39病日にはADL動作が全て自立しての退院となった。BBEの予後として、約半数以上が6ヵ月以内に後遺症なく寛解するとの報告があるが、約4割は後遺症として歩行障害を認めるとの報告がある。さらに呼吸管理が必要となる症例は約2割との報告もある。本症例では極期に呼吸管理に加え、肺炎を合併し、予断を許さない時期もあった。しかし最終的に約2ヵ月で後遺症無く寛解し、報告と比較して標準的な期間での退院、寛解となった。理学療法介入としては、極期の医学的管理を主体とした治療の中で、全身状態の維持、改善、合併症の予防に貢献できたと考える。また、意識障害改善後、協調運動障害により動作に介助を要する状態であったが、約2週間でADL動作が全て自立となるまで回復した。この間、眼球運動障害等の神経症状の回復も見られた。これに加えて深部感覚練習、協調動作練習により介入前後で即時的に改善が見られ、これら理学療法の関わりが、動作能力向上を円滑にしたと考える。【理学療法学研究としての意義】BBEに対する急性期からの積極的理学療法介入が、回復を円滑化する事が示唆された。また、理学療法に関する報告の少ない本疾患に対する理学療法介入の有意性が示唆された。
著者
木村 圭佑 作 慎一郎 高取 克彦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101144, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】日常生活における,歩行や階段昇降は運動学的には片脚立位からのバランス損失と回復の繰り返しといえる.よって片脚立位時の姿勢制御能力の向上は転倒予防のために重要と考えられる.先行研究では片脚立位における前後方向の重心動揺制御への母趾外転筋強化の有効性が報告されている.しかし,その有効性は無作為割り付けの行われた対照群がない設定で実施されていることから,より精度の高い手法での検討が必要と考えられる.また,重心の側方動揺制御には,小趾外転筋の活動が有効だと考えられているが,両者の関係については,十分な調査が行われていない.本研究の目的は,小趾外転筋の筋力強化が片脚立位時における姿勢制御能力に及ぼす影響について明らかにすること,母趾外転筋強化による重心動揺制御効果を無作為化比較試験にて追試することである.【方法】健常成人70名から参加の同意を得られた30名(男性15名,女性15名,平均年齢21.4±1.0歳)の両下肢を対象とした.母趾外転筋のみをトレーニングする群(以下:コントロール群)15名と母趾および小趾外転筋をトレーニングする群(以下:実験群)15名に無作為に振り分けた.両群の参加者特性(年齢・性別・身長・体重・足長・足幅)には有意な差は認められなかった.母趾外転筋トレーニングは第2~5趾を固定させ,最大可動域までの母趾外転運動を行う事とし,小趾外転筋トレーニングは第1~4趾を固定させ,最大可動域までの小趾外転運動を行う事とした.両トレーニングともに左右実施し,1分間できるだけ多く課題を反復させるよう指示した.実験群では両トレーニングを実施させ,コントロール群は母趾外転トレーニングのみを行わせた.トレーニングは両群とも週7日,3週間行った.評価項目は筋力の指標として自動母趾および小趾外転距離の変化と片脚立位バランスおよび安定性限界の変化とした.母趾外転距離の測定では,最大自動外転時の母趾・示趾間の距離を測定した.小趾外転距離の測定においても,小趾・環趾間の距離を測定した.母趾および小趾外転距離は足幅で除して標準化した.足幅は第一中足骨頭内側,第五中足骨頭外側の距離を測定した.片脚立位バランスおよび安定性限界の評価には重心動揺計(アニマ社製)を用いて左右片脚立位30秒間の重心動揺面積および重心最大偏位距離(前後・側方)を測定した.また,両脚支持での立位安定性限界(前後左右への随意的な重心最大移動距離)についても測定を行った.重心動揺の前後距離は足長で,左右距離は足幅で除することで標準化した.足長は踵から足尖間距離を金尺にて測定した.データ解析は,両群におけるトレーニング前後の変化率を対応のないt検定を用いて実施し,有意水準を5%未満に設定した. 【倫理的配慮、説明と同意】被検者には研究の趣旨を説明し,自由意志にて参加の同意を得た.【結果】小趾外転距離はコントロール群に比較して実験群で増加傾向が認められた.片脚立位時の重心動揺面積は右脚において実験群に有意な減少が認められた(p<0.05,効果量 =0.84).また最大重心偏位距離は前後方向で両脚ともに実験群において有意な減少が認められた(p<0.05,右効果量 =1.06)(p<0.05,左効果量=0.87).左右方向では,群間差は認められなかった.立位安定性限界における重心最大距離変化では,両群間に有意差は認められなかったが,全方向において実験群に重心最大移動距離の増加傾向が認められた.【考察】片脚立位時の前後重心動揺が実験群で減少した要因としては,母趾による偏位した重心位置での支持作用と,小趾による偏位した重心を中心に戻す作用に改善が認められたためと考えられる.また,足部は前後方向の動きで重心を安定させており,母趾外転筋には母趾屈曲作用,小趾外転筋には小趾屈曲作用がある.これらの事から,実験群での重心動揺面積の減少は,主に前後最大距離の減少によるものと考えられる.左右最大距離に変化が認められなかった要因として,側方バランス維持には足部内外反を制御する外在筋の役割が重要とされている.従って,側方動揺制御に対し,内在筋の強化のみでは姿勢制御能力の改善には不十分であった可能性が考えられる.立位安定性限界には群間差は認められなかったが,全方向において実験群がコントロール群よりも増加傾向が認められた事から,母趾および小趾外転トレーニングは足趾把持筋力を強化し,動的姿勢制御能の向上を示す可能性があると考えられる.【理学療法学研究としての意義】本研究では,小趾外転筋の筋力強化によって姿勢制御能力の向上が認められた.よって,臨床においてよく用いられる足趾把持トレーニングに加え,外転トレーニングを行うことで,転倒リスクの更なる減少に有用だと考えられる.
著者
有賀 一朗 神先 秀人 引地 雄一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ab0415, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 Perryは立脚期の足関節と足部の転がり運動を3つのロッカーに分類し,それらの臨床的重要性を指摘した.その中で,フォアフットロッカー(以下FR)は,立脚終期に生じる中足趾節間関節を支点とした回転運動であり,その機能としては重心の前方への推進力を反対側の下肢に効果的に伝えることとされている.ロッカーファンクションのメカニズムに関しては,下肢関節モーメントや角度変化,筋電図学的分析に基づいた説明はなされているものの,重心移動に焦点を当て,詳細に検証した報告はみられない.本研究の目的は,FRが歩行中における重心移動や仕事量,エネルギー変化に対してどのような役割を有しているかを明らかにすることである.本研究では,片側の足底面の動きに制限を加えた歩行と加えない歩行を比較することで, FRの果たす機能について検討した.【方法】 対象は本研究に同意の得られた12名の健常女性(平均年齢は23 ± 1.7歳)であった.足底面の動きを制限するためにプラスチック製足底板(以下Plas)とアルミ製足底板(以下Alumi)を作製し,足底板を用いない場合(以下Shoe)の歩行と比較した.足底板は対象者の右足に装着させ,3次元動作解析装置と2枚の床反力計が備えられた約6mの歩行路を自由速度にて歩行させた. 各々の試行について,2枚の床反力計より得られた総床反力から二重積分法を用い,3方向の重心の速度および変位を求めた.さらに一歩行周期の平均速度を加えることにより,重心のエネルギー変化,力学的エネルギー交換率(%Recovery:%R),一歩行周期中の重心移動に必要な仕事量および左右それぞれのPush-off期の仕事量を算出した.%Rは重心の位置エネルギーと運動エネルギーの交換率を意味し,その値が高いほど機械的効率性の高い歩行と判断できる.また,立脚期における両側の下肢関節角度のピーク値および時間―距離因子である歩行速度やストライド長,歩行率,各歩行周期の時間比率を算出した. 統計処理は各パラメーターの3回の平均値を用いて,反復測定分散分析および多重比較検定を行い,各条件間で比較した.有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 事前に研究の趣旨や研究に伴うリスク等を対象者に説明し,書面にて同意を得た.なお,本研究は山形県立保健医療大学の倫理委員会の承認を得て行った.【結果】 一歩行周期全体の重心移動に必要な仕事量および%Rは,足底面を制限した条件で有意な変化は認められなかった.しかし,歩行周期を左右の片脚支持期および2回の両脚支持期の4期に分けて詳細に検討してみると,制限側(右)片脚支持期における%Rは,Shoeで71.5 ± 4.8%,Alumiで64.9 ± 5.9%と,Alumiで有意に減少した(p<0.001).一方,左脚先行の両脚支持期ではShoeで51.2 ± 9.5%,Alumiで60.2 ± 12.4%であり,Alumiで有意に増加した(p<0.05).歩行中の重心側方移動幅は,Shoeで2.20± 0.69cm,Alumiで2.69 ± 0.62cm,上下移動幅はShoeで3.67 ± 0.69cm,Alumiで4.17 ± 0.71cmであった.AlumiはShoeと比較して歩行中の側方および上下移動幅がそれぞれ22%,14%と有意に増加した(p<0.05).また,制限側(右)のPush-off期の正の仕事量がPlas,Alumiともに有意な減少を示した.下肢関節角度に関して,制限側(右)ではShoeと比較して,Alumiで足関節背屈角度の増加,底屈角度および股関節外転角度の減少を認めた.非制限側(左)ではShoeと比較した時に,Alumiで股関節外転角度の増加を認めた.時間-距離因子に関しては,歩行速度,ストライド長,歩行率とも3条件間で有意差は認められなかった. しかし,各歩行周期の時間比率に関しては非制限側の片脚支持時間がShoeと比較し,Plasで有意な減少を示した(Shoeと比較した時はAlumiにおいてp=0.081).【考察】 本研究では片側の足底面の動きを制限することで,FRが歩行中における重心移動や仕事量,エネルギー変化に対してどのような機能を有しているか検討した.今回の結果より,FRは位置エネルギーを運動エネルギーに効率よく変換する働き,側方および上下の重心移動の抑制効果,Push-off期における仕事量の産出に関与していることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】 本研究から得られた結果は,正常歩行におけるFRの機能を理解する,また中足趾節間関節が制限された歩行の特徴を理解するうえで有用な知見になると考えられる.
著者
財前 知典 小関 博久 田中 亮 多米 一矢 川崎 智子 小谷 貴子 小関 泰一 平山 哲郎 川間 健之介
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AbPI1023, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】歩行は個人によって特徴があり、それは健常成人においても同様である。健常成人における歩行の特徴を把握することは運動器疾患の予防の観点からも大変重要であると考える。そこで今回、踵離地(以下HL)において早期群と遅延群に分類し、両群における歩行時下肢筋活動の違いについて調査し、中足骨後方部分の横アーチ挙上における下肢筋活動変化と主観的歩きやすさの変化について比較検討した。【方法】被験者は健常成人17名24脚(男性16脚、女性8脚、平均年齢24.7±2.2歳)とした。各被検者の自然歩行をFoot switchにて計測し、その信号を基に立脚期を100%として時間軸の正規化を行った。Perryの歩行周期を基に49%をHL標準値として、49%よりHLが早い群を早期群、遅い群を遅延群に分類した。入谷式足底板における中足骨後方部分の横アーチパッドの貼付位置に準じて、パッドなしから2mmまでを0.5mm刻みで貼付し、その時の下肢筋活動と膝関節及び骨盤前方加速度を多チャンネルテレメータシステムWEB7000(日本光電社製)にて測定した。なお、それぞれの歩行距離は40mとした。被検筋は腓腹筋内外側頭(以下GM・GL)・前脛骨筋(以下TA)・後脛骨筋(以下TP)・長腓骨筋(以下PL)・大腿直筋(以下RF)・内外側ハムストリングス(以下MH・LH)とした。サンプリング周波数は1kHzとし、得られた加速度波形ならびに筋電図波形をBIMUTAS-Video for WEB(キッセイコムテック社製)で取り込み、筋電図波形では30~500Hz、加速度波形は0~10Hzの周波成分を抽出した。また、各被検筋に対して最大等尺性随意収縮を行い、安定した2秒間の筋電積分値(以下IEMG)を基準として各筋における歩行中の%IEMGを算出した。各被検筋における%IEMGを1%階級に分割したうえで、HL前10%、HL後10%の%IEMGを比較検討した。なお、加速度に関してはHL前10%、HL後10%及びHL時の加速度も併せて算出した。また、早期群及び遅延群におけるパッドの高さによる主観的歩きやすさの違いに関してはマグニチュード推定法(以下ME法)を用いて比較検討した。統計処理にはJava Script-STAR version 5.5.4jを用いて2要因5水準の混合配置の分散分析を行い、有意確率は5%未満とした。【説明と同意】被験者にはヘルシンキ宣言に沿った同意説明文書を用いて本研究の趣旨を十分に説明し、同意を得たうえで実施した。【結果】 HL早期群と遅延群では、遅延群においてHL前10%でGLの筋活動増大がみられ〔F(1,20)=11.11〕、HL後10%でTP、PLの有意な筋活動増大がみられた〔TP:F(1,20)=5.75、PL:F(1,20)=5.99〕。膝関節前方加速度に関しては、HL後10%で早期群に比較して遅延群において有意な増大がみられたが〔F(1,20)=7.51〕、骨盤の前方加速度においては有意差がみられなかった。また、ME法における歩きやすさの主観的評価については、早期群と遅延群において有意な差はみられなかったものの早期群において1.5mm以上のパッドを歩きやすいと感じ、遅延群においては1mm以下のパッドが歩きやすいと感じる傾向にあった〔F(1,20)=2.35〕。【考察】本研究の結果により、HL遅延群ではHL前10%においてGLの筋活動が増大し、HL後10%においてTPとPLの筋活動が増大した。これは遅延群ではHLが遅く、下腿前傾が増大するために制御作用として働くGLの筋活動が増大するものと推察する。また、HL後に生じるTPとPLの筋活動増大は、HLが遅延することにより、その後の身体前方推進力を増大する作用としてTPやPLの筋活動を増大させた事が考えられる。このことは、遅延群においてHL後の膝関節前方加速度の増大がみられたことと関連があるものと思われる。 また、ME法における歩きやすさの主観的評価に関しては有意差がみられなかったものの早期群では高めのパッドが歩きやすいと感じ、遅延群では低めのパッドを歩きやすいと感じる傾向にあった。中足骨後方部分の横アーチパッドは高く処方するとHLが遅延し、低めに処方するとHLが早期に生じるとされている。早期群ではパッドの高さを高く処方することで、HLが遅延した結果、主観的歩きやすさが増大し、遅延群ではパッドの高さを低く処方することでHLが早期に生じ、主観的歩きやすさが増大したものと推察される。【理学療法学研究としての意義】本研究ではHLを基準に健常成人を早期群と遅延群に分類し、歩行時下肢筋活動の違いを検証し、かつHLの速さに影響を及ぼすと考えられる中足骨後方部分の横アーチパッドの高さの変化によって両群の主観的歩きやすさの変化を比較検討した。健常成人は今後運動器疾患になる可能性があり、健常成人の歩行の特徴を明らかにすることは、運動器疾患の予防を行う上で非常に重要であると考える。
著者
鈴木 克彦 伊橋 光二 南澤 忠儀 百瀬 公人 三和 真人
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.30 Suppl. No.2 (第38回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.552, 2003 (Released:2004-03-19)

【はじめに】 膝関節(脛骨大腿関節)の回旋運動は,下肢全体の回旋運動には必要不可欠である。しかしながら,膝回旋可動域はゴニオメーターを用いて計測するのは極めて困難である。現在明らかにされている計測方法は,超音波,レントゲン,CTを用いたものであり,簡便な方法は明らかにされていない。本研究の目的は,解剖学的標点を基に,臨床で有用かつ簡便な方法としてdeviceを用いた膝回旋ROM計測の方法を試み,定義されている股関節の回旋ROを参考にして,左右差から検討したので報告する。【対象と方法】 対象は下肢に何らかの障害や既往のない健常成人34名(男性16名,女性18名),平均年齢20.5歳である。膝回旋ROMの計測は,VICON clinical managerで使用するKnee Alignment Deviceを大腿骨内外側上顆および脛骨・腓骨の内外側果に貼付した。被験者は膝関節90°屈曲した腹臥位となり,1名の理学療法士が他動的に内外旋させ,下腿長軸延長線上からデジタルカメラを用いて記録した。記録した画像はPCに取り込み,内旋および外旋時の大腿骨内外側上顆を結ぶ線と脛骨・腓骨の内外側果を結ぶ線のなす角度を1°単位で計測した。股関節の回旋ROMは,股・膝関節を90°屈曲した背臥位でゴニオメーターを用いて1°単位で計測した。統計学的検定は相関係数の検定を用い,危険率5%を有意水準とした。【結果】 被験者34名,68関節における股関節の内外旋の合計ROMの平均(SD)は,右86.8°(10.8°),左88.5°(9.1°)であり,左右のROMの間に強い相関関係が認められた(p
著者
西 啓太 鶴崎 俊哉 弦本 敏行 加藤 克知
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0835, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに,目的】臨床場面において,腰痛などの骨盤帯領域の機能障害は,腰椎・骨盤・股関節などの複数領域の機能障害が複雑に組み合わさっている場合が多い。そのため,近年では腰椎・骨盤・股関節を複合体としてとらえ,総合的に評価治療を行うことが重要と考えられている。諸家の報告では,Hip-spine syndromeのように股関節と腰椎の機能障害に関連性があるという報告は多いが,仙腸関節と他関節の機能障害の関連性を報告している研究は殆どみられない。そこで今回,腸骨耳状面の年齢推定法を仙腸関節の加齢性変化を示す指標として用い,他関節の加齢性変化との関係を調べた。本研究の目的は,仙腸関節の加齢性変化が股関節などの他関節と関連性があるのかを明らかにすることである。【方法】死亡時年齢が記録されている男性晒骨100体(平均年齢56.5歳:19-83歳)の左右腸骨耳状面(200側)を肉眼で観察し,Buckberryら及びIgarashiらによる年齢推定法に準じて関節面の年齢推定を行った。2法から得られた推定年齢値の平均をその個体における仙腸関節の『関節年齢』とし,実年齢と関節年齢から年齢校正値を算出した。次に,関節年齢と年齢校正値の差を,腸骨耳状面の加齢性変化の程度を表す『Gap』と定義した。他関節の加齢性変化の指標として,同一の骨標本を使用したTsurumoto(2013)らの先行研究から股関節(200側)と膝関節(102側)の関節周囲骨棘指数のデータを引用した。さらに,耳状面形態に個体によって多様性がみられたため,耳状面の『くびれ率』を定義し測定を行った。これは,耳状面の長腕と短腕の関節面の最後方を直線で結び,この直線と耳状面の前下縁と後上縁の最長距離を測定し,後上縁までの距離から前下縁までの距離を除した値のことである。2つの年齢推定法の妥当性を検討するために,実年齢との相関性を調査した。また,くびれ率と年齢,耳状面Gap,股関節骨棘指数との関連を検討した。さらに,耳状面形態が関節の加齢性変化に及ぼす影響を考慮し,くびれ率の大きさが仙腸関節と股関節の加齢性変化の関連性を検討した。統計学的分析はMicrosoft Excel 2010の分析ツールを用いて行った。有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究で用いた骨標本は,長崎大学医学部生の解剖実習のために同意を得て献体されたご遺体から取り出した標本である。本研究では骨標本に直接手を加えず,肉眼観察を行うために使用したため,倫理的な問題はない。【結果】2つの年齢推定法ともに,実年齢との間に高い正の相関がみられた。2法の平均推定年齢も実年齢との高い正の相関を示した。耳状面Gapと股関節骨棘指数との間には中等度の正の相関を示し,膝関節との間には弱い正の相関を示した。くびれ率に関しては,耳状面Gapおよび股関節骨棘指数との間に相関はみられなかった。さらに,くびれ率の分布の90%領域中の個体群において,耳状面Gapと股関節骨棘指数の間にr=0.40の相関を示した。くびれ率の大きさで仙腸関節と股関節の加齢性変化の関連性をみたところ,くびれ率が小さいほど仙腸関節と股関節の加齢性変化の相関が強くなる傾向がみられた。【考察】Vleemingらは骨盤帯の関節安定戦略に異常をきたした場合,仙腸関節に破綻をきたし,退行変性を進行させてしまう可能性があると述べている。本研究で行った腸骨耳状面の加齢性変化の評価より,仙腸関節における安定機構の変化が他の関節に影響を及ぼす可能性があることが示唆された。本研究結果より,仙腸関節と股関節の加齢性変化の間に相関がみられた。腰痛患者に見られる骨盤帯のアライメント不良や諸筋の活動変化により,関節にストレスが加わり,その加齢性変化が進行する可能性があると考えられる。本研究からは,股関節と仙腸関節のどちらが原因で加齢性変化が生じるのかは知ることが出来ないが,腰椎・骨盤・股関節のアライメント異常などによる安定戦略の変化により,股関節と仙腸関節の両方に加齢性変化が生じる可能性が示唆された。また,仙腸関節面のくびれ率が小さいほど仙腸関節と股関節の加齢性変化の相関が強くなる傾向がみられた。このことより,仙腸関節の形状がHip-spine syndromeのような腰椎・骨盤・股関節領域の複合的な病態の生じやすさに影響を及ぼしている可能性があることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究結果は,骨盤とその周囲の運動器疾患に対する考察を助けるデータとなり,さらに,腰椎・骨盤・股関節領域における運動器疾患の予防を行う上でも有用なデータになると考える。
著者
江崎 太宣 柗田 憲亮
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1299, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに,目的】距骨下関節としての踵骨の位置は,立位での重心動揺に大きな影響を与えているとされる。また距骨下関節への介入を行いパフォーマンスの向上も多数報告されている。しかし,同時に筋出力を計測したものはなく,足部の形状に応じた介入方法を選択,実施する為の重要な根拠となる可能性があるため今回調査したので報告する。【方法】1.対象 測定に支障のない健常成人の男性5名,女性6名の計11名(年齢21.5±0.5歳,身長160.4±9.4cm,体重54.2±11.8kg)を対象とし行った。2.方法(1)支持脚の決定 ボールを蹴らない足を支持脚として採用した。(2)足部可動域の測定 足関節の回内・回外関節可動域を測定。その後,非矯正,回内矯正,回外矯正時のLeg-heel-aligment(以下,LHA)を片脚立位で三通り測定した。また,誘導は足底板を用いて行った。(3)片脚立位での重心動揺,足部筋出力の計測 重心動揺計(アニマ社製TWIN GRAVICORDER G-6100)を用いて総軌跡長,外周面積,X・Y方向動揺平均中心変位の計測を行い,測定時間は30秒とした。また,同時に被検筋(後傾骨筋,長腓骨筋,前脛骨筋,腓腹筋外側頭)に電極を取り付け,表面筋電図を用いて各介入時の筋活動について計測した。(4)統計学的処理非矯正位,回内矯正位,回外矯正位における計測値は,一元配置分散分析後Tukey法を用いて多重比較検定を行った。また,対応のある検定を用いて各肢位での筋活動について比較検討した。統計はSPSSを使用し,有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】被検者には研究の趣旨を十分に書面をもって説明し同意を得た。また,本研究は国際医療福祉大学研究倫理委員会の承諾(番号13-48)を得た。【結果】LHAは,回外矯正位で4.4±4.3°であり,非矯正位と比較し回外矯正位では有意な低下を認めた。総軌跡長は,非矯正位で74.9±13.6cm,回外矯正位で66.2±13.1cmを示し,回外矯正位では有意に低下を認めた。非矯正位と回外矯正位のおける筋活動を比較では,回外矯正位で後脛骨筋,前脛骨筋の活動が有意に低下することを認めた。その他の項目については有意差を認めなかった。【考察】本研究の結果,LHAの比較から,本研究の対象者の立位距骨下関節のアライメントが回内位にあることを認めた。その為,非矯正位と回内誘導時の計測値全般に差がないと考えられた。一方,回外矯正位では非矯正位と比較し,LHAの値が有意に低下したことから,足底板による回外誘導はある程度実施できていると考えられた。また,回外矯正位の総軌跡長は,非矯正位と比較し有意に低下することから,片脚立位での安定性は増加したと考える。先行研究では,距骨下関節の回外誘導は中足部の外側面が内側面に対して下降することにより距舟関節と踵立方関節が交差した位置関係を取り,横足根関節の可動性が減少するため中足部が強固なテコとして機能すると報告されている。このため回外誘導により足部の骨性や靭帯性による固定性が増加し,片脚立位の安定性増加の一要因として影響していることが示唆される。一方,回外矯正位の筋活動について非矯正位と比較し,後脛骨筋と前脛骨筋の筋活動の有意な低下を認めた。この理由として,回外誘導による骨性・靭帯性による固定性の増加,足部内側支持の減少に伴う筋活動の低下が予測される。また,回外誘導に対するカウンターフォースとして作用する長腓骨筋や腓腹筋外側頭については,筋活動が維持されるため低下しなかったと考えられた。【理学療法学研究としての意義】本研究の結果から,距骨下関節の回外誘導が片脚立位の安定性の増加に寄与することが示された。
著者
酒井 健児 荒木 寿和 佐藤 和貴 黒田 重史
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.36 Suppl. No.2 (第44回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.C3P3398, 2009 (Released:2009-04-25)

【目的】夜間痛を有する肩関節疾患患者(以下,肩夜間痛患者)の姿勢特性として,円背を呈し,肩甲骨前傾・内旋が増大しており,小胸筋の緊張が高いことを経験する.このような姿勢を呈する患者は夜間痛出現部位として,過緊張を起こしている小胸筋よりも,上腕前面から外側面にかけて訴えることが多い.そこで今回,徒手で擬似的に小胸筋を短縮位にさせたときの三角筋前部線維の動態を,超音波診断装置を用いて調査した.そして,円背を呈した肩夜間痛患者に対する評価・治療する上で有用と思われる知見が得られたので報告する.【方法】対象は,肩関節に整形外科的問題がない健常成人10名20肩であり,ヘルシンキ宣言に基づいて十分に説明して同意を得て行った.方法は,超音波診断装置Xario(TOSHIBA製)のリニア型プローブを使用し,自然背臥位にて計測した.検者が徒手で他動的に肩甲骨を前傾・内旋方向に誘導し,擬似的に小胸筋を短縮位にさせた状態(以下,小胸筋短縮位)での三角筋前部線維筋束の動態方向を長軸像で観察した.【結果】全20肩で,小胸筋短縮位で三角筋前部線維筋束が末梢方向に移動した.その移動距離は,約5~10mmだった.【考察】我々は,先行研究として,3次元CTを用いて肩甲骨内旋増大している肩夜間痛患者の姿勢特性を調査し,肩甲骨の前傾・内旋と,鎖骨のprotractionが増大していることを報告した.つまり,小胸筋が短縮すると,烏口突起を介して,肩甲骨を前傾・内旋させる.そして肩鎖関節を介して鎖骨をprotractionさせ,三角筋前部線維の起始部である鎖骨遠位端が腹尾側方向に移動することで,三角筋前部線維の筋束が停止部である三角筋粗面に向かって,末梢方向に移動したと考えられる.したがって,肩夜間痛患者で小胸筋が短縮している場合,三角筋前部線維の末梢方向への伸張ストレスが,夜間痛発生に関与している可能性が示唆される.【まとめ】小胸筋短縮位における三角筋前部線維の動態方向を,超音波画像を用いて観察した.全例において,徒手で他動的に小胸筋を短縮位にすると,三角筋前部線維は末梢方向に移動することが観察できた.小胸筋が短縮している肩夜間痛患者に対して,小胸筋の短縮を改善させるとともに,三角筋前部線維を求心性収縮させて筋束を中枢方向へ誘導したり,ストレッチなどにより末梢方向への柔軟性を高めることが有効であると推察された.
著者
松田 淳子 吉尾 雅春 坂本 美貴
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.31 Suppl. No.2 (第39回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.B0398, 2004 (Released:2004-04-23)

【目的】脳血管障害後、動作が速くなり、そのため姿勢制御が不安定になったり手順を飛び越したりして危険な動作遂行になる患者がいる。宮森はこのような症状を行為のペーシングの障害(以下ペーシング障害)と定義した。今回、脳血管障害発症後、ペーシング障害を来たし日常生活自立が遅れた症例を経験したので報告する。【症例】53歳女性。矯正右手利き。専業主婦。診断:左被殻出血。右片麻痺。既往歴:特記事項なし。現病歴:2003年4月25日発症、他院入院にて開頭血腫除去術施行。同年6月24日当院入院。10月16日当院退院。入院直後のMRI所見では大脳基底核部の前方および上方に出血の広がりがみられた。【身体および神経心理学的所見】入院後1週間(発症後2か月):意識清明。MMSE23/30。運動維持困難、軽度の右半側空間無視、ごく軽度の失語症状あり。他、汎性の注意障害を認める。右半身運動障害はBrunnstrom Stageで右上肢2、手指1、下肢5。感覚は表在、深部ともに右半身に中等度鈍麻あり。入院後4ヶ月(発症後半年):失語症状・半側空間無視消失。汎性注意障害軽減。運動維持困難・運動・感覚障害には変化を認めず。【ペーシング障害と日常生活への影響】入院当初、歩行・更衣・摂食などさまざまな場面で「行動中にスピードが速くなる」現象を認め、歩行中の他患を周囲の状況にかまわず無理に追い越そうとして接触しそうになる、行為を急ぐあまり手順をとばすなど日常生活遂行に支障を来たした。本人に自覚はなく、意識的に行動中に他の課題を提示して同時に処理することを求めると行動のペースが落ちる現象が認められた。自身の状況に関しては「なってしまうから仕方ない」とあまり考える様子はみられなかった。独力での歩行は可能であったが、これらの問題のため自立していなかった。発症後4か月頃より若干の行動面の改善とともに行動のペースが速くなる現象に対して「ゆっくりしているとこわいから速くやろうと思ってしまう」という内観発言が聞かれるようになる。退院前実施した平林らにより考案された「図形のトレース検査」は約1182mm、その他、注意の選択性や転換など遂行機能障害が認められた。主婦業復帰を目指し作業療法士とともに買い物、調理などの指導を行ったが、退院時、セルフケアは歩行レベルで自立するも家事動作は完全な自立にいたらなかった。【まとめ】ペーシングの障害は右半球損傷に多く認められるといわれているが責任病巣については確定的ではない。今回の症例は左半球損傷であったが、矯正右手利きであり側性化に特異性があることが考えられる。また本症例が合併する遂行機能障害、運動維持困難は、ペーシング障害の制御に影響のあることが経過からうかがわれた。大脳基底核は運動のリズム産生にかかわると言われており、前頭葉とこの部位との線維連絡の損傷がこれらの合併症状を含むペーシングの障害を引き出す一因ではないかと考えられた。
著者
小林 憲人 清家 庸佑
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1530, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】腰痛は,看護・介護職員の業務上疾病の最大の発生率として問題視されている。業種別での統計では保健衛生業における割合として78.5%と最も高率であると報告されている。職業性腰痛に関する報告は多く,発生要因として身体的要因のみでなく心理社会的要因の関与が指摘され多面的な解析が行われている。慢性腰痛に対するエビデンスレベルが高く推奨されている治療の1つに認知行動療法(Cognitive behavioral therapy:CBT)が挙げられている。今回,CBTの中でも,体験に対してある特定の方法で注意を向けることで現れる気づきに特徴を持つマインドフルネス認知療法(Mindfulness-Based Cognitive Therapy:MBCT)は,痛みに対してのエビデンスも証明されており,他方面で注目されている。そこで本研究では,職業性腰痛のある職員に対しMBCTが痛みを軽減できるのか。痛みの効果量について検討した。また,職業性腰痛に対する心理社会的要因についての検討を通して今後の理学療法への還元について検討する。【方法】対象は,A病院に勤務する職員98名中,痛みの主観的評価において痛みの自覚を認めた者で研究に同意しMBCTに参加した20代から60代の職員40名(全体の約40%)。MBCTは,所要時間60分,定員を10名とし,MBCTプログラムは臨床心理士と作成し実施した。評価項目は,痛み(Numeric rating Scale:NRS),腰痛歴,心理社会評価として不安・抑うつ尺度(hospital anxiety and depression scale:HADS)を調査した。MBCT実施前後の痛みの比較,痛みと心理社会的要因との関係について調査した。統計学的処理は,MBCT実施前後の痛みの比較にウィルコクソン符号付順序和検定を,不安・抑うつにおいて実施前後の比較にt検定を行った。いずれも危険率5%未満を有意水準とした。また,MBCT実施前後の痛みと不安・抑うつの効果量を算出した。【結果】MBCT実施前後では,NRS(2.91±1.83)→(1.76±1.64),HADSの不安(7.4±3.9)→(4.6±2.8),抑うつ(7.8±3.3)→(7.1±3.5)と有意に改善を認めた。(p<0.05)。また,効果量においてはNRS(r値:0.69)とHADS(r値:0.68)。【結論】本研究の結果より,職業性腰痛者においてMBCTが痛みの軽減・不安と抑うつに対しても有効であることが示唆された。また,その効果量についても大きな効果を認めた。一方で,今回の研究からは即時効果のみの検証となっており今後,痛みの軽減が持続するのかを検討する必要がある。本研究より理学療法士による職業性腰痛者に対しての理学療法評価は,身体的評価および心理社会的要因を含めた包括的評価を含める必要性が考えられる。また,介入においても心理社会的要因の必要性が示唆された。
著者
阿比留 友樹 藤原 和志 則竹 賢人 浅原 亮太 新野尾 嘉孝 友田 秀紀 小泉 幸毅 森山 雅志 梅津 祐一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48102062, 2013 (Released:2013-06-20)

【目的】アメリカスポーツ医学会は、健常者の体力改善には高度の運動強度で20~25分以上、週3回以上の実施を推奨している。また少なくとも10分以上の運動を断続的に実施し、1日の合計運動が推奨時間に達するものは同様の効果があるとしている。そこで今回、少量・頻回のトレーニングによる全身持久力への効果を検証することを目的とした。【方法】対象は、健常成人男性10名(年齢23.3±0.9歳、BMI22.5±3.2kg/m²)とし、日本光電社製自転車エルゴメータを用い直線的漸増負荷試験を行った。負荷方法は、3分間の安静後、回転数は50~60rpmとし、20wattで3分間のウォームアップ後、20watt/分で漸増負荷を実施した。中止基準は予測最大心拍数(以下予測HRmax)に達するか、自覚的に運動継続が困難となるまでとした。運動負荷試験はアニマ社製AT-1100を用いbreath by breath方式で酸素摂取量(以下V(dot)O2)、最高酸素摂取量(以下peak V(dot)O2)、無酸素性作業閾値(以下AT)、分時換気量(以下VE)、心拍数(以下HR)等を算出した。またBorg Scaleにより1分毎の自覚症状を測定した。運動負荷試験終了後、アークレイ社製ラクテート・プロ2を用い乳酸値を測定した。筋力は、アニマ社製ハンドヘルドダイナモメーターを用い膝伸展筋力を測定した。トレーニングは、自転車エルゴメータ駆動を1日に10分間を3セット、週3回、1ヶ月間実施し、運動強度は運動負荷試験より酸素摂取予備能の80%とした。トレーニング終了後、同様の運動負荷試験、筋力測定を行った。またV(dot)O2-HR関係式と予測HRmaxから予測最大酸素摂取量(以下予測V(dot)O2max)を算出した。さらに漸増負荷中の仕事率に対する相対HRの増加率を回帰直線で示し、相対HR/仕事率係数を算出した。解析方法として、Wilcoxon符号順位検定を用いトレーニング前後で比較、分析し、有意水準は5%未満とした。【説明と同意】 本研究の各被験者には、ヘルシンキ宣言に基づき研究内容の趣旨を説明し本人の承諾および署名を得た。【結果】トレーニング前後の予測V(dot)O2maxは前34.5±6.8、後36.3±5.4ml/min/kgで、有意差は認めなかったが、向上傾向にあった。また、peak V(dot)O2の時間(前483±88.8、後539.5±94.6sec)、ATの時間(前328±152.8、後423.8±134.4sec)、症候限界時間(前548.4±109.1、後681.6±160.1sec)に有意差を認めた(P<0.05)。相対HR/仕事率係数(前0.6326±0.0927、後0.5994±0.1184)は、有意差は認めなかったが、傾きが緩やかになる傾向にあった。膝伸展筋力、peak V(dot)O2、AT時のV(dot)O2、VEに有意差は認めなかった。また、全対象者で乳酸値データから最大努力を示していたことが確認された。【考察】 一般的にV(dot)O2maxに影響する要因は肺の換気機能、肺拡散機能、心臓の循環機能、末梢組織での代謝機能であり、今回の結果では予測V(dot)O2max やpeak V(dot)O2時のVE、AT時のVEに有意差を認めず、肺機能の改善には至らなかったが、予測V(dot)O2maxが向上傾向にあり、少なからず全身持久力は向上したと考えられる。また、相対HR/仕事率係数は緩やかになる傾向にあり、漸増負荷中の同一仕事量におけるHRは減少したことが示唆された。一方、Clausenらは「全身持久力トレーニングは、筋血管拡張機能の向上や毛細血管網の発達により活動筋最高血流を高める」と報告しており、本研究でもATや症候限界時間の延長から、末梢の活動筋血流量が向上し、代謝機能が改善したと推測される。以上より、今回の少量・頻回のトレーニングは、全身持久力の改善に一定の効果があり、特に末梢組織での代謝機能改善に寄与すると思われた。【理学療法学研究としての意義】少量・頻回のトレーニングは末梢組織での代謝機能改善に有効であることが示唆された。したがって、長時間の運動継続が困難なものや持久力向上を目的としたアプローチを実施する際の一手段として有用であると思われる。
著者
中馬 啓介 山下 導人 牛ノ濱 政喜 中道 将治 大迫 信哉 尾辻 栄太 小城 琢朗
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2006, pp.C0973, 2007

【目的】<BR> 腰部脊柱管狭窄症(以下LCS)で馬尾性間欠性跛行、下肢痛、腰痛、痺れ等の症状を呈し、筋力低下による下垂足を認めることもある。今回、LCSにおける下垂足の予後について検討したので報告する。<BR><BR>【対象】<BR> 下垂足を呈し当院でLCSと診断され手術を行った16例(男性6例、女性10例)を対象とした。手術時年齢66~78歳で平均70.8歳、下垂足発症から手術までの罹患期間1~36ヶ月、平均11.5ヶ月、術後観察期間は5~56ヶ月であった。狭窄部位が2椎間であった例は11例、3椎間であった例は5例であった。<BR><BR>【方法】<BR> 対象を下垂足改善例(以下、良好群)8例、下垂足不変例(以下、不良群)8例に分類した。X-P側面の造影像における狭窄部硬膜管と椎体高位硬膜管に対する比(profile of dural tube:以下D-T比)、MRI水平断像におけるlateral recessの前後径(以下A-P径)、罹患期間について両群を有意水準5%にて統計学的に比較検討した。なお良好群は抗重力位で足関節背屈10°以上可能な症例とした。<BR><BR>【結果】<BR> ・D-T比:(良好群・不良群)<BR> L3/4(0.45±0.1・0.34±0.1) L4/5(0.29±0.03・0.26±0.03)<BR> L5/S1(0.28±0.1・0.26±0.1) すべてにおいて有意差なし<BR> <BR> ・A-P径:[mm](良好群・不良群)<BR> L3/4(2.4±0.3・2.2±0.1) L4/5(2.2±0.1・2.0±0.02) <BR> L5/S1(2.0±0.2・1.8±0.1) すべてにおいて有意差なし<BR> <BR> ・罹患期間 [月]:良好群2.9±1.2 不良群18.9±9.6 有意差あり<BR><BR><BR>【考察】<BR> D-T比・A-P径では両群間に有意差は見られなかったが、不良群は良好郡に比べ狭小化している傾向が見られた。狭窄部位がL3/4~L5/S1の3椎間のものは全て不良群であった。腰椎疾患における下垂足発生に関して中村らはL4、L5神経根障害を、谷らはL5神経根障害と馬尾障害、あるいは複数根の障害の合併をあげている。腰神経叢の運動支配に関してMuCullochはL5神経根は前脛骨筋、長母趾伸筋、長趾伸筋を支配するが、足関節の背屈はL4、母趾の背屈はS1神経根の支配も受けると報告している。以上より下垂足はL5神経根を中心にL4、またはS1神経根、馬尾障害が合併して発症すると考えられる。A-P径また、不良群4例、良好郡2例に膀胱直腸障害を呈しており、強度の馬尾の圧迫が予後に関与していると考えられる。罹患期間は、良好群平均2.9±1.2であり、下垂足を呈した場合は早期に手術療法を検討するべきである。<BR><BR>【まとめ】<BR> 1.下垂足を呈したLCS術後の予後について検討した。<BR> 2.下垂足の予後に関する因子として神経根、馬尾の圧迫の強度、罹患期<BR> 間、膀胱直腸障害の有無が考えられる。<BR> 3.下垂足を呈した場合は早期に手術療法を行うべきである。<BR>
著者
新開谷 深 山本 敬三
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】ゴルフやスノーボード等のスポーツにおいて,両足間の距離(以下スタンス幅)や両足の開き具合(以下スタンスアングル)は重要な因子である。これら脚の位置(以下スタンス)は現場では経験的に指導されている。下肢の関節角度と体幹の関連を調べているものは少ない。目的は,スタンス幅・スタンスアングルが,体幹の可動域や荷重にどの様な影響を及ぼすのか明らかにするものである。【方法】対象は健常男性11名,平均年齢は21.5±1.7歳,平均身長は171.3±6.5cm,平均体重は65.4±9.1kgだった。運動課題は,立位で膝股関節が屈曲しないように体幹を最大左右回旋させた。立位の設定は,スタンス幅を42cmと52cmとした。スタンスアングルは踵の中心と第2趾を結ぶ線と前額軸とのなす角度を用い5パターン設定した。まず,STANCER(ジャイロテクノロジー株式会社)で,スタンス幅42cm・52cm各々の下肢の最大内外旋角度の平均値を求め,これをセンター角とし,それに15°,30°を加減したものを設定角とした。条件名は-30°,-15°,0°,+15°,+30°とした。計測には赤外線カメラ12台を含む光学式モーションキャプチャ(MAC3D,Motion Analysis社),床反力計(BP6001200,AMTI社)を使用した。サンプリング周波数は,床反力は1kHz,モーションキャプチャは100Hzとした。反射マーカーは以下の様に貼付した。脊柱の第1・第4・第7胸椎,第1腰椎の棘突起を頂点とする三角形に3つずつ貼付し各々に局所座標系を設定した。他,両肩峰,骨盤以下はヘレンヘイズマーカーセットに準じ両側に貼付した。計測時はスタンスを自由に設定できる自作の器具で足部を固定した。計測データの分析ではVisual3D(C-Motion社)を用いた。分析パラメーターは,床反力,体幹(T1,T4,T7,L1)・骨盤角度とした。なお,体幹・骨盤角度については,グローバル座標系に対して算出した。左右の荷重は左右床反力の垂直成分にて対称性指数(Symmetry Index;SI,左右差を左右の平均値で除した値)を算出した。統計処理では,体幹・骨盤の回旋可動域の条件間の比較をするためにANOVA後,多重比較を行った。【結果】骨盤と体幹の回旋可動域はスタンス幅42cmにおいてスタンスアングル0°が-30°より有意に大きかった。スタンス幅の違いによる効果は認められなかった。荷重のSIはスタンスアングルが大きくなるに従い回旋側に荷重が増えており,+30°は-30°より有意に大きかった。【結論】スタンスアングルの違いにより,体幹の可動域が変化する可能性が示唆された。スタンスアングルがセンター角付近であると体幹の回旋可動域が大きくなっていた。スタンスアングルを大きくすると体幹の回旋可動域は減少するが,回旋側の荷重量が増える。荷重を重視するのか,回旋可動域を重視するのか,運動の特性に合わせスタンスアングルを設定することで,外傷の予防やパフォーマンス向上につなげられると考えられる。
著者
嵯峨野 淳 マギー デイビット 片寄 正樹
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.31 Suppl. No.2 (第39回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.C0860, 2004 (Released:2004-04-23)

【目的】肩関節障害における肩甲骨の重要性はよく報告されているが,肩甲骨の動きを客観的に測定する報告は少ない.肩甲上腕関節の回旋という動きはスポーツ動作においても,日常動作においても必要不可欠な動きであるにもかかわらず,肩甲上腕関節の回旋が肩甲骨回旋に与える影響について報告はされていない.よって本研究の目的は以下の通りである。1)異なる3種類の肩甲上腕関節における回旋が肩甲骨上方回旋におよぼす変化を比較すること.2)肩甲骨上方回旋における利き手(右)・非利き手(左)における違いを比較すること.【方法】対象はすべて右利き,投動作を要するスポーツ経験のないもの,年齢が16歳から35歳であるとういう条件を満たした各年齢男女1名ずつそれぞれ20名ずつ,計40名とした.肩甲上腕関節に異なる3種類の回旋を加え(中間位,最大外旋,最大内旋)この肢位を保ちつつ,肩甲骨面での挙上時の肩甲骨の回旋量をインクリノメーターを用い二次元的に測定した.肩甲骨の測定は左右おこない,各回旋肢位それぞれ外転0度,30度,60度,90度で3回測定した.統計処理は3元配置分散分析をもちいた.【結果】1)肩甲上腕関節回旋肢位の違いと肩甲骨面挙上角度の交互作用がみられた.このことから,上腕骨挙上にともなう肩甲骨回旋量の変化程度は回旋肢位によって異なるということが明らかになった.内旋位における肩甲骨面での挙上時は他の回旋肢位よりもより肩甲骨上方回旋が必要とする傾向がみられた.2)肩甲骨の回旋量に利き手・非利き手による違いが見られた.【考察】3つの回旋肢位が加えられた時の肩甲骨面挙上時における肩甲骨の回旋量,回旋様式に違いがあることが明らかになった.特に内旋位,外旋位では中間位よりもより肩甲骨上方回旋を必要としていた.これらの結果から,上腕骨挙上に伴う肩甲上腕関節外旋・内旋肢位は中間肢位と比較して特に肩甲骨の上方回旋が必要であるという傾向が示された.日常生活動や投擲動作,水泳といったスポーツ活動においてまで肩甲上腕関節回旋と肩甲骨挙上は必要不可欠である.このため肩関節の障害を予防,リハビリテーションをする上で回旋が肩甲骨におよぼす影響の理解は大切な要素となりうると思われる.本研究は体表から,また本来3次元での動きをする肩甲骨をあえて肩甲骨の上方回旋ということに絞って評価した.このことは今後肩関節に何らかの疾患を有する者や異なる活動レベルの被験者のデータと比較することで,リハビリテーションだけでなく,障害予防のスクリーニングテストとしての臨床応用への利用価値もでるものと考える.
著者
上田 泰久 福井 勉 小林 邦彦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.C4P1164, 2010 (Released:2010-05-25)

【目的】座位姿勢において上半身質量中心位置(Th7-9)を前方へ移動すると頭部を水平に保つために下位頚椎は伸展して上位頚椎は屈曲し、後方へ移動すると下位頚椎は屈曲して上位頚椎は伸展することが観察できる。座圧中心は上半身質量中心位置を投影している重要な力学的な指標である。我々は第64回日本体力医学会大会(2009年)において「座圧中心と頚椎の回旋可動域の関連性」について報告し、左右の移動では座圧中心を頚椎の回旋側とは逆側へ移動すると回旋可動域が有意に向上したが、前後の移動では回旋可動域に有意差はない結果を得た。しかし、座圧中心の前後の移動では頚椎回旋の運動パターンが異なることが観察されたため、頭部肢位の変化により後頭下筋群の働きに違いがあるのではないかと考えた。今回、頭部肢位の違いと後頭下筋群の関係について肉眼解剖を行い観察することができたため報告する。【方法】名古屋大学大学院医学系研究科の主催する第29回人体解剖トレーニングセミナーに参加して肉眼解剖を行った。86歳男性のご遺体1体を対象とした。仰臥位で後頚部の剥皮後、左側の僧帽筋上部線維,頭板状筋,頭半棘筋を剥離し、左側の後頭下筋群(大後頭直筋,小後頭直筋,上頭斜筋,下頭斜筋)を剖出した。剖出した後頭下筋群を観察した後、他動的に頭部肢位を屈曲位および伸展位に変化させた後頭下筋群の状態を観察した。さらに、頭部肢位を変化させた状態から他動的に頚椎を左回旋させ、後頭下筋群の状態を観察した。後頭下筋群の状態はデジタルカメラを用いて撮影した。他動的な頭部肢位の変化と左回旋の誘導は1名で行い、デジタルカメラ撮影は別の検者が行った。【説明と同意】学会発表に関しては名古屋大学人体解剖トレーニングセミナー実行委員会の許可を得た。【結果】頭部肢位を屈曲位にすると上位頚椎も屈曲位となり、左大後頭直筋,左小後頭直筋,左上頭斜筋,左下頭斜筋は起始と停止が離れて緊張した状態になった。一方、伸展位にすると左大後頭直筋,左小後頭直筋,左上頭斜筋,左下頭斜筋は起始と停止が近づき弛緩した状態になった。頭部肢位を屈曲位から左回旋させると、左大後頭直筋,左下頭斜筋は緊張した状態から軽度弛緩した状態へと変化した。一方、伸展位から左回旋させると、左大後頭直筋,左下頭斜筋はより一層弛緩した状態へと変化した。左小後頭直筋,左上頭斜筋は頭部肢位に関係なく他動的な左回旋では著明な変化は観察できなかった。【考察】大後頭直筋は両側が働くと環椎後頭関節,環軸関節を伸展させ、片側が働くと同側に側屈,回旋させる。小後頭直筋は両側が働くと環椎後頭関節を伸展させ、片側が働くと同側に側屈させる。上頭斜筋は両側が働くと環椎後頭関節を伸展させ、片側が働くと同側に側屈して逆側に回旋させる。下頭斜筋は両側が働くと環軸関節を伸展させ、片側が働くと同側に側屈,回旋させる(河上ら,1998)。自動的に左回旋をする場合、左側(同側)の大後頭直筋,下頭斜筋は上位頚椎の回旋運動に大きく関与し、左側(同側)の上頭斜筋,小後頭直筋は回旋運動に対して拮抗する固定的な要素が強いと考えられている(五百蔵,1988)。後頭下筋群は筋紡錘の密度が高く非常に小さい筋群である(Kulkarni et al. ,2001)。そのため、頭部肢位の変化に伴い起始と停止の位置関係が大きく変わることは筋長に決定的な影響を与え、収縮のしやすさが変化すると考える。つまり、頭部肢位が屈曲位にある場合、後頭下筋群は緊張した状態であり収縮しやすい条件であると考えられる。一方で伸展位にある場合、後頭下筋群は弛緩した状態であり収縮しにくい条件であると考えられる。以上より、頭部肢位を屈曲位の条件では後頭下筋群が働きやすく、上位頚椎の回旋が誘導されやすい運動パターンになるのではないかと考えた。【理学療法学研究としての意義】頭部前方変位の姿勢を呈する症例では、胸椎が後彎して下位頚椎は屈曲位で上位頚椎は伸展位になり、後頭下筋群が短縮して伸張性が低下していることがある。このような症例では、後頭下筋群の伸張性を徒手的に改善させるだけでなく、姿勢と関連させて後頭下筋群が働きやすい状態にすることが望ましいと考える。本研究は、肉眼解剖により実際に後頭下筋群を観察して確認した研究である。後頭下筋群は姿勢制御においても大変重要な役割があるといわれており、ご遺体1体の観察ではあるが姿勢と後頭下筋群を関連させた理学療法学研究として意義のあるものと考えている。
著者
石塚 達也 西田 直弥 仲保 徹
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.H4P3248, 2010

【目的】<BR> 呼吸筋は呼吸機能を維持するだけではなく、姿勢制御に作用するとされている。臨床では姿勢制御機構が破綻している呼吸器疾患患者が多く観察される。姿勢制御と呼吸機能との関係を裏付ける明確な研究は少なく、筋機能からの推察が主となっている。その中で内山らは、足圧中心点(COP)の動揺と呼吸との関係を検討し、両者には相関があるとしている。このことからCOPを制御することにより良好な呼吸運動が可能になると考えた。人の姿勢制御戦略の中で、静止立位時に一般的に使われているのは足関節戦略である。足関節戦略は、主として足関節を中心とした身体運動を介して身体重心を安定した位置に維持する戦略である。このことに着目し、呼吸運動と足関節底背屈運動を主としたバランス訓練を併用し、胸郭運動に与える影響を検討した。<BR>【方法】<BR> 対象は,健常成人男性14名(平均年齢22.9±3.0歳、平均身長170.7±6.5cm、平均体重62.5±7.2kg)とした。呼吸運動は3次元動作解析装置Vicon MX(Vicon Motion Systems社)を用い、体表に貼付した赤外線反射マーカーから胸郭運動を計測した。赤外線反射マーカーを剣状突起高周径上に6箇所貼付し、前後径および周径を算出したのち安静呼気-最大吸気の胸郭拡張量を計測パラメータとした。呼吸相を把握するために、呼気ガス分析器AS-300S(ミナト医科学社)を用い呼吸量変化の計測を行った。COPは床反力計(AMTI社)を用い、対象者の踵を基準とした安静呼気時の前後方向位置を算出した。得られた値は、対象者の足長で正規化し、足長に対する割合で3群(前方群、中間群、後方群)に分類を行った。前方群はCOPの位置が足長の50%より前方にある群、中間群は足長の40%から50%に位置する群、後方群は40%未満に位置する群とした。各対象者に対して、安静時のCOP位置および胸郭拡張量を計測したのち、DYJOC BOARDを用いたバランス訓練を行った。バランス訓練は、足関節底背屈運動と呼吸運動を同期して行い、足関節底屈-吸気/足関節背屈-呼気の組み合わせとした。バランス訓練後のCOP位置および胸郭拡張量を計測し、訓練前後の比較を行った。<BR>【説明と同意】<BR> 計測を行うにあたり、各対象者に対して本研究内容の趣旨を十分に説明し、本人の承諾を得た後、同意書に署名した上で計測を実施した。<BR>【結果】<BR> COPの位置変化をみると、前方群は訓練前平均55.1±2.8%、訓練後55.1±2.9%となった。中間群では、訓練前43.7±2.6%、訓練後47.2±4.3%となった。後方群では、訓練前38.8±1.1%、訓練後45.4±3.0%となった。<BR> また胸郭拡張量は、前方群では前後径が19.7±4.4mm、周径が54.8±12.6mmであり、訓練後前後径が17.9±3.1mm、周径が50.9±14.2 mmと減少した。中間群では前後径が16.6±4.1mm、周径が50.9±9.8mmであり、訓練後前後径が16.3±5.4mm、周径が51.8±9.7 mmとほとんど変化しなかった。後方群では前後径が18.3±5.1mm、周径が45.0±5.2mmであり、訓練後前後径が21.3±5.2mm、周径が48.6±2.1 mmと増加した。<BR>【考察】<BR> 今回の研究で、足長に対する踵からのCOPの位置は中間群と後方群で訓練施行後にCOPの前方化を図ることができた。特に後方群ではそれに伴い胸郭拡張量も増加しており、足関節戦略を学習したことにより安静立位がより安定し呼吸筋による姿勢筋活動から解放されたことが考えられる。そのことにより呼吸筋が呼吸のための筋として活動する機能が高まったことが考えられる。臨床において、自然立位で後方重心となっている例は胸椎の後弯が増強していることが多く、胸郭は呼気位にあることが多い。胸郭拡張量の増加については、COPの前方化と吸気を同期して行うことで、胸郭が呼気位から吸気位へ移行したとも考えられる。胸郭の吸気位への移行は胸椎伸展方向への動きも伴い、後方重心の解消、COPの前方化に繋がったものと考える。すなわち、COPの位置と胸郭拡張差は相互的に作用している可能性が考えられた。<BR> また、前方群は骨盤前方化により姿勢を保持している印象が強く、訓練時に股関節戦略により対応していたことが考えられた。訓練時に股関節、腰椎での代償が大きく胸郭の拡張を得ることができなかったものと推測される。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 本研究より特に後方重心の症例に対して足関節戦略を用いたCOP制御が呼吸筋の姿勢筋活動の解放を促し、胸郭拡張量を増加させる可能性があることが考えられた。今後は安静時姿勢のアライメントなども考慮し、どのような姿勢制御で訓練を行うかということも加味しながら追跡調査をしていきたい。
著者
倉地 洋輔 枡本 愛 井出 善広 本宮 幸治 政信 博之 大下 ゆり 猪本 祐里 岡本 健 川口 浩太郎
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.31 Suppl. No.2 (第39回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.C1034, 2004 (Released:2004-04-23)

【目的】変形性膝関節症(以下,膝OA)において肥満は症状を進行させる重要な因子である。しかし,減量による膝関節への機械的圧迫の軽減が,疼痛の軽減に効果があるか探った研究は少ない。そこで今回,減量の程度と痛みの改善度が相関するという仮説のもと,一般的治療に平行して減量を目的とした運動療法(以下,Ex.)を行ない,減量と痛みとの関連について検討した。【対象と方法】対象は,2003年1月初めから9月末までの間に膝OAの診断で治療を受け,従来の治療に加え減量を目的としたEx.が2ヶ月間継続できたもの20名(女性17名・男性3名、年齢58.3±10.4歳,身長155.8±6.8cm,体重67.8±8.1kg,OAG-I:15人,OAG-II:3人,OAG-III:2人,BMI肥満度標準:4人,肥満1度:10人,肥満2度:6人)とした。初診時に身長・体重・体脂肪測定およびCOMBI社製エアロバイク75XLを用いた運動負荷試験を行ない,運動処方を作成した。運動負荷強度は40~60%最大酸素摂取量および自覚的運動強度の「ややきつい」レベルの有酸素運動(自転車駆動)とし,運動頻度は週3回,1回につき15~40分間行った。Ex.と平行して物理療法およびROM ex.は全例に行い,ヒアルロン酸ナトリウム関節内注射も1回/週で平均5回施行した。また,消炎鎮痛薬(内服薬)も処方され,栄養士による栄養相談も行なった。痛みの評価として,初診時の主観的な痛みを「10」,全くなしを「0」とし,Ex.開始後2カ月の時点で痛みがどの程度になったか確認した。統計学的検定にはスピアマンの順位相関係数を用い,有意水準は5%とした。【結果】全症例において痛みが軽減し,半減したものは20名のうち17名であった。体重変化率でみると,体重が減少した18名の減少率は-0.1%~-13.5%であり,体重が増加した1名の増加率は2.7%であった。体脂肪率変化率では,体脂肪率が減少した15名の減少率は-1.4%~-22.3%であった。増加した5名では1.2%~12%であった。体重変化率と痛みの改善度の間に相関関係は認められず(ρ=0.33),体脂肪率変化率と痛みの改善度との間にも相関関係は認められなかった(ρ=0.18)。【考察】膝OAによる痛みの原因は種々のものが考えられ。今回,膝関節にかかる機械的な刺激としての重量を減らすことが痛みの軽減につながるという仮説を立てたが,体重減少の割合と痛みの変化とは一致しなかった。今回の調査では,それぞれの介入による疼痛軽減効果を検討することはできないが,SLRなどによる筋運動が膝の痛みを軽減するとの報告もあり,今回,自転車をこぐという膝関節の屈曲・伸展交互運動が膝OAによる痛みの軽減に関与した可能性もある。今後は,各介入方法間の痛みの改善度についても検討を加えていきたい。
著者
村神 瑠美 倉山 太一 後藤 悠人 谷 康弘 田所 祐介 西井 淳 近藤 国嗣 大高 洋平
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】中枢神経系は複雑な歩行制御を,速度に依らない特定のシナジーを用いて簡易化し,恒常的な制御を行うとされている。Ivanenko(2006)らは健常成人の32個の下肢・体幹・肩の歩行筋活動パターンの90%以上が,わずか5つの因子で説明でき,さらにその因子は一定の速度範囲において不変であると報告した。しかし一方で,極端に遅い速度域で健常者が歩行した場合,歩幅や歩行率などの変動性が増大することから,極低速域では恒常的な歩行制御が成立しない可能性がある。脳卒中患者ではそのような低速度域で歩行している場合も多く,歩行介入を考えた場合,極低速域における歩行制御に関する知見は重要な意味を持つと考えられる。そこで本研究では極低速域における歩行制御を筋活動の側面から明らかにすることを目的に,健常者を対象として通常速度域から極低速域における筋電解析,運動学的解析を行った。【方法】対象は健常成人男性20名(26.8±4.53[歳],体重64±8[kg],身長1.72±4.31[m])とした。計測課題は10,20,40,60,80,100[m/min]の6条件でのトレッドミル歩行を擬ランダムな順序で実施した。表面筋電計(Trigno,DELSYS)にて,歩行中の体幹・下肢16筋(外腹斜筋,腹直筋,大腿直筋,外側広筋,長腓骨筋,前脛骨筋,ヒラメ筋,腓腹筋外側頭,半腱様筋,大腿二頭筋,脊柱起立筋,中殿筋,大殿筋,大腿筋膜張筋,縫工筋,長内転筋)を測定した。運動学的指標として歩幅,歩行率などを三次元動作解析装置(Optotrak,NDI)を用いて計測した。筋電解析は,最初に各速度における各筋の表面筋電図について,1歩行周期で正規化し,20歩行周期分の加算波形を作成した。続いて,被験者ごとに得られた16筋の加算波形に対して速度ごとに主成分分析を行い,固有値0.5以上の主成分波形を抽出した。更に速度60[m/min]の主成分波形と,その他の速度の主成分波形の間で相関係数を算出,正規化(Fisher-Z変換)した数値を各波形の類似度とした。運動学的解析については,歩行比(歩幅/歩行率)を算出した。統計は,主成分波形の類似度,及び歩行比について,速度を因子とした一元配置分散分析を実施し,有意差が得られた場合に下位検定として各速度間での多重比較(paired-t検定)を実施した。有意水準は5%とした。解析および統計にはMatlab 2012aならびにSPSS 19.0を用いた。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は当院倫理委員会にて承認され,全対象者に内容を説明後,書面にて同意を得た。【結果】主成分分析の結果,平均で5.1個の主成分が得られた。主成分波形の類似度(相関係数のz値)は,第1主成分では極低速域(10,20[m/min],<i>z</i>=0.8)が他の速度域(<i>z</i>=0.9~1.1)に比べ有意に低下した(<i>p</i><.05)。第2~第4主成分では10[m/min]でそれぞれ<i>z</i>=0.6,<i>z</i>=0.5,<i>z</i>=0.4であり他の速度(<i>z</i>=0.7~1.1,<i>z</i>=0.6~0.9,<i>z</i>=0.5~0.8)と比べ有意に低下した(<i>p</i><.05)。第5主成分においては全速度間で有意差はみられなかった(<i>z</i>=0.3~0.6)。歩行比については,60[m/min]以上ではほぼ一定(0.0051~0.0056[m/steps/min])の値を示したが,低速域では10,20[m/min]でそれぞれ0.0093,0.0066[m/steps/min]と速度が低下するにつれて有意に増加した(<i>p</i><.05)。また極低速域では,歩行比の変動係数が10,20[m/min]でそれぞれ0.38,0.26となり,通常速度(0.15~0.17)と比べて増加傾向であった。【考察】極低速域における筋活動の主成分波形は,通常速度域とは有意に異なった。このことから通常速度でみられる恒常的な筋活動パターンは,極低速域では成立しないことが示唆された。特に20[m/min]以下の速度では,主成分波形の類似度が他の速度よりも有意に低下し,また運動学的な観察においても,歩行比が有意に増大し変動性も増加傾向にあったことから,これ以下の速度では歩行の恒常性が維持されず,通常速度域とは異なる歩行制御がなされていることが推察された。以上の知見より,極低速域にて歩行する患者への歩行介入において,いわゆる正常歩行パターンを適用することが好ましくない可能性を示した。【理学療法学研究としての意義】低速歩行に関して,従来のメカニズムとは異なる可能性があるという示唆が得られ,脳卒中患者など超低速歩行で歩行する病態へのアプローチにおける基礎的な知見を提供した。