著者
松尾 厚
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【はじめに,目的】近年,加齢に伴い筋量の低下を起こすサルコペニアが注目されている。サルコペニアには加齢のみが原因となる原発性サルコペニアに加え,広義のサルコペニアとして不活動や栄養,疾患に関連した二次性サルコペニアが存在する。二次性サルコペニアは特に入院中の不活動やADL能力が低い要介護高齢者では容易に発症し,悪化しやすい。しかしながら,在宅生活においてその治療介入は難渋することが多い。本研究の目的は二次性サルコペニアを呈した在宅要介護高齢者のホームエクササイズ実施の効果を検討することとした。【対象および方法】対象は要介護認定を有する当院通所リハビリテーション利用者51名の中で平成25年12月時点でサルコペニア診断基準(年齢>65歳・歩行速度<0.8m/sかつSMI:Skeletal Muscle mass Index,男性<7.0kg/m<sup>2</sup>,<女性5.8kg/m<sup>2</sup>)に該当し,立ち上がりが可能な方26名とした。方法は26名を無作為に2群に分け,ホームエクササイズ実施群(13名),非実施群(13名)とし,両群の通所リハビリテーション利用時のプログラムは共通の内容を実施した。両群の研究開始前後のSMIを3か月おきに2回測定した(Inbody s10,Biospace製)。ホームエクササイズ実施群には,自宅で反復起立を行うように指導し,自宅での立ち上がり回数を自主トレーニング用紙に記録させた。自主トレーニング用紙は1ヶ月毎に通所リハビリテーション利用時で配布,回収した。なお,回数や頻度については,各時に設定させた。立ち上がり実施に伴うSMIの変化を,反復測定の二元配置分散分析を用い分析した。また,有意な交互作用が認められた場合には,各群を反復測定の一元配置分散分析で分析した。多重比較にはジェイファーの方法を用いた。統計学的有意水準は5%以下とした。【結果】ホームエクササイズ実施群は,研究途中でドロップアウトしたものが2名いたため,総数11名とした。なおドロップアウトの原因内訳としては入院1名,途中解約1名であった。二元配置分散分析の結果,有意な交互作用が認められた(F=5.36,p=0.017)。ホームエクササイズ実施群ではSMIが有意に向上した(F=10.73,p=0.001)。多重比較において,開始時5.56kg/m<sup>2</sup>と3ヶ月後5.76kg/m<sup>2</sup>では有意な差を認めなかったが(p=0.078),開始時5.56kg/m<sup>2</sup>と6カ月後6.03kg/m<sup>2</sup>(p=0.003),3ヶ月後と6カ月後(p=0.004)との間には有意な向上がみられた。非実施群では有意な向上は認めなかった(F=0.27,p=0.667)。またホームエクササイズ実施群においては11名中5名(45.4%)がサルコペニアの基準を上回り,非実施群では14名中2名(14.2%)がそれを上回った。【考察】サルコペニアに対する治療介入には栄養と運動が必要であるといわれている。本研究では在宅の要介護高齢者に対し,運動に対する介入のみで筋量の向上が認められた。その要因として低栄養状態のものが少なかったことが考えられる。しかしながら二次性のサルコペニア有病者の筋量減少の原因に不活動は大きな割合を占めており,日常的に立ち上がりを行う習慣を付けることでも筋量上昇が認められた。歩行が自立できていない方でも立ち上がりが物的介助を利用しで自立,もしくは介助での実施ができれば,筋量の維持・向上は可能であった。対象には歩行不可能の症例や記録が自己にて難しい症例も含まれており,本人以外の自主トレーニングに対する援助や介助も必要であった。ただし治療期間として3カ月以上の期間を要しており,継続的な他者からのモニタリングと運動の習慣化への働きがけが重要であると考えられる。今後の課題として,本研究では立ち上がり実施回数を対象者本人に自己決定させているため,実施頻度や実施回数にばらつきがみられる。そのため筋量向上に必要な立ち上がり回数は不明瞭である。今後さらなる研究が必要であると考える。また対象が在宅生活であるため,食事の状況や摂取している栄養素の偏りなどは不明である。サルコペニアの治療介入を効果的に行う上で栄養状態やたんぱく質摂取量も考慮すべきである。栄養面に対する地域要介護者に対する援助も同時に行なう事が出来れば,より効率的かつ効果的に筋量上昇が出来るものと考える。【理学療法学研究としての意義】地域要介護者のfrailtyやサルコペニアを予防・改善させることは今後の理学療法や医療の課題である。低負荷で継続的な運動により筋量の向上が認められたことは,二次性サルコペニアに対する介入方法の基礎となり,大変意義深い。
著者
川上 榮一 土屋 正光
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.32 Suppl. No.2 (第40回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.C0314, 2005 (Released:2005-04-27)

【目的】力士の大型化が進み、故障で休場力士が増加していることが問題となっている。平均体重は155.5Kg(平成15年7月場所)で、ピーク時よりは低下しているものの故障休場力士は後を絶たない。重い体重は相撲に勝つための一つの重要な要素となるが、下肢関節に与える負担は大きくなり、けがの発症の大きな要因とされている。今回トップクラスの力士の体重と膝筋力の関係を検討し、力士のけがの予防を目指した一知見を得たのでここに報告する。【対象者と方法】大相撲十両及び幕内力士69名(体重156.2±20.4kg 年齢27.0±3.3才)の膝屈伸筋力をBiodex system3を用いて測定した。測定した角速度は伸筋0°、60°、180°、300°、屈筋60°、180°、300°である。伸展0°のピークトルク最大値を記録した力士の体重を指標として群分けを行い、測定結果を比較検討した。【結果】1.全対象者において、体重とピークトルクの相関関係は得られなかった。2.全対象者において、体重と体重比には伸筋、屈筋共に負の相関があった(p<0.01)。3.伸展0°のピークトルク最大値を記録した力士の体重は160.5kg(WBI1.16)であり、それ以上の体重の力士はその最大値を超えることができなかった。4.指標体重力士の体重以上、未満で群分けをすると、体重160.5kg以上群(以下A群)28名(体重176.0±14.8kg年齢27.8±3.5才)、体重160.5kg未満群(以下B群)41名(体重143.1±11.2kg年齢26.6±3.2才)であった。5.A群の伸筋、屈筋の体重比は伸展0°を除いてB群より平均値が低く、有意差(p<0.05)がみられた。6.A群の平均伸筋力は伸展0°を除いてB群を上回ったが有意差は見られなかった。7.A群の平均屈筋力はB群より全てにおいて平均値が低く、角速度300°では有意差(p<0.05)がみられた。8.前方推進力に関与すると思われる体重と膝伸筋力(kg換算)の和を体重と比較すると正の相関があった(p<0.01)。【考察】体重を十分に支えることができる筋力があればけがの予防につながると言われているが、大相撲力士の体重とピークトルクの相関は得られなかった。体重比には負の相関があり、体重が重い力士ほど膝への負担が大きくなっている。また、160kg以上の力士は膝伸筋出力をコントロールするといわれる高速域での膝屈筋力が有意に低下しており、大型力士が負ける時は前に倒れこむことが多い原因となっていると考えられる。160kg以上の力士は相撲において体重への依存が高まっている事が分かったが、膝筋力についてだけの考察にすぎないが体重が重いことが相撲に有利とも言える結果であった。大型力士のけがの予防には減量、もしくは上記弱点の補強が重要である。
著者
石黒 圭応 阿部 薫 近藤 優
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.E3P2187, 2009

【目的】<BR>「身体の前進は,立脚側下肢の可動性に依存する.身体重量が足関節に載り,力は床に向かう.身体は全身の安定性を保ちながら,この力の方向を変えることで前進する.」1)このように歩行時の足関節は荷重された下向きの力を関節角度の変化で前向きの力に変換する.幅広い年齢層の女性に使用されているハイヒールは,そのヒール高により足関節に対して様々な影響を与えていると考えられる.本研究の目的は,ヒール高の違いによって歩行時の足関節の関節角度に与える影響を明らかにすることであった.<BR>【仮説】<BR> ヒールの高さが増加するにしたがって,踵接地時から足趾離地時(立脚期全般)にわたり,足関節の底屈角度が増加し,それに伴い足関節の可動範囲が減少するとした.<BR>【方法】<BR>1.対象<BR>インフォームドコンセントの得られた健常女性11名(年齢20.8±1.2歳,身長158.1±4.5cm,体重50.6±4.3kg,足長23.5~24.0cm)とした.被験者はいずれもハイヒール靴経験者であった.<BR>2.条件<BR>1)測定機器:<BR>赤外線カメラ9台を含む三次元動作解析装置(VICON MX,Oxford Metrics 社製),床反力計(OR6-6-2000,AMTI 社製)6台を用いた.<BR>2)使用靴:<BR>ヒールがないヒール高0.0cm靴,ヒール高3.5cmのローヒール靴,ヒール高6.0cmの中ヒール靴,ヒール高8.5cmのハイヒール靴の4種を設定した(図1).3.5~8.5cmヒール靴のトップリフト(ヒール接地部)の形状を直径1cmの円形に加工して形状を同一とした.<BR>3)測定条件:<BR>裸足,およびヒール高0.0cm,3.5cm,6.0cm,8.5cmの靴着用し,各々4回歩行させた.全条件とも靴は裸足で使用した.測定に先立ち,被験者には各靴を着用して歩行練習を十分に行なわせ,歩行速度はComfortable Gaitにて行った.<BR>4)測定項目:<BR>4回の歩行のうち最も安定した代表値1回を用い,歩行中の右下肢立脚期を解析区間とした.右足関節関の関節角度について,踵接地時,立脚中期時,足趾離地時,最大背屈値,足関節可動範囲を各歩行の間で比較した.<BR>【結果】<BR> ヒールの高さが増加するにしたがい,立脚期全般にわたって足関節の底屈角度が増加し,背屈角度は減少することがわかった.また6.0~8.5cmのヒール高になると足関節可動範囲が減少し,標準偏差が大きくなることが観察された.<BR>【考察】<BR>足関節可動範囲が減少することについては,足関節は最も下方に位置する関節であり,上位関節による代償動作が出現したと考えられた.またデータのバラツキについては,被験者によってヒール靴による歩行の習熟度の差も影響しているものと思われた.
著者
矢口 悦子 木勢 峰之 米田 香 山﨑 敦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.AbPI1081, 2011

【目的】<BR> ファッションとしてハイヒール靴を履く女性が多くみられる.しかし,足の痛みや腰痛を訴える者も多く,ハイヒールが身体に与える影響について様々な報告がされている.その中で体幹に関しては,腰椎の過剰な前彎が生じる,脊柱のアライメントに変化はないなど一定の見解が得られていない.また,ヒールの高さの違いによる体幹への影響を検討した研究は少ない.そこで本研究では,異なるヒール高にて体幹筋活動とアライメントの変化を検討したため報告する.<BR>【方法】<BR> 本研究では,健常成人女性8名(年齢22.5±1.9歳,身長160.4±3.2cm,体重52.9±2.5kg)を対象とした.計測課題は, 3,5,7cmのハイヒール靴を装用した静止立位の3条件とした.靴は同一形状の物を使用し,24.5cmのサイズとした.また,比較として裸足での計測も合わせて行った.安静立位で,2m前方の目線の高さの印を注視させ,各条件で3回ずつ計測を行った.<BR> 計測ではフォースプレート(zebris社製 FDM1.5)にて足圧中心(以下,COP)を求め,踵骨後縁からの距離を算出した.アライメントの計測には,超音波動作解析装置(zebris社製CMS-20S)を用いた.受信機を被験者の背側に設置し,指標として左側の耳垂,肩峰,第7頚椎~第3仙椎棘突起,上前腸骨棘,上後腸骨棘,大転子,膝関節前面,外果を触診し,ポインターにてマーキングを行った.ソフトウェアにはZebris WinSpineを使用し,各指標の空間座標を計測した.ここで得られた座標から,胸椎後彎角,腰椎前彎角,骨盤前方傾斜角を求め,脊柱を除く各指標に対し,外果を基準とした矢状面上での移動距離を算出した.COP,アライメントではそれぞれ3回の平均値を求めた後,裸足と各条件の変化量を算出した.また,筋活動の計測には表面筋電図計TELEMYO2400R(NORAXON社製)を用い,電極を左側の外腹斜筋,内腹斜筋,胸・腰部脊柱起立筋,腰部多裂筋に貼付した.3秒間の安定姿勢における筋活動を1,500Hzでサンプリングした後に平滑整流化し,裸足時の筋活動で正規化し%IEMGを算出した.統計処理にはPASW Statistics 18を用い,各項目に対して有意水準5%未満にて反復測定による一元配置分散分析を用いた後,Tukey法による多重比較を行った.<BR>【説明と同意】<BR> ヘルシンキ宣言に基づき対象者には十分な説明を行い,同意を得た上で計測を行った.<BR>【結果】<BR> ヒール高3,5,7cmの順にて結果を記す.COP変化量(1.2mm,2.0mm,2.3mm)では3,7cm間にて有意に前方移動が認められた(p<0.05).胸椎後彎角,腰椎前彎角,骨盤前方傾斜角ではいずれも有意差は認められなかった.アライメント指標では有意差は認められなかったが,全指標とも裸足時より前方へ移動する傾向がみられた.%IEMGでは,全ての筋において有意差は認められなかったが,胸部脊柱起立筋(143.8%,129.7%,130.2%),腰部脊柱起立筋(116.2%,113.6%,115.4%),腰部多裂筋(184.2%,140.9%,172.9%)では,裸足と比較すると増加傾向がみられた.<BR>【考察】<BR> ヒール高が増加し足関節が底屈することにより,前足部への荷重圧が増加すると報告されており,COP変化量では先行研究を支持する結果となった.この変化に伴い,アライメントの全指標が裸足と比較し,前方へ移動する傾向がみられている.また,筋電図においても腰背部筋の%IEMGでは,裸足と比較しハイヒール靴にて増加傾向がみられているため,前方移動に対する姿勢制御に関与していると考えられる.しかし,胸腰椎角,骨盤前方傾斜角において有意な変化は認められず,脊柱での姿勢制御では個人差が大きく,個人で制御様式が異なることが推察された. <BR> 今回,ヒール高による筋活動,アライメントの差は認められなかったが,ハイヒール装用時の腰背部筋の過活動が,腰痛を発症させる一つの要因となるのではないかと考えられた.今後,裸足時のアライメントやハイヒール靴装用時の腰痛の有無を考慮し,群分けをするなど再考した上で,さらに被験者数を増やし検討していく必要がある.<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 今後,ハイヒール靴が体幹に及ぼす影響について検討を継続していくことで,ハイヒール靴装用者に対する指導や腰痛予防のための一助になると考える.<BR>
著者
岩城 大介 出家 正隆 折田 直哉 島田 昇 細 貴幸
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Ab1083, 2012

【はじめに、目的】 一般に若い女性は,ファッション性のためハイヒールを履くことが多い.しかし,ハイヒール歩行は荷重中心軌跡の内側偏位,立脚中期での接触面積の減少などの影響があるとされ,このことからハイヒール歩行は非常に不安定であると考えられる.また,近年運動連鎖の観点から一関節の変化による他関節への影響が重要視されている.ハイヒール歩行は足関節の底屈強制により歩行周期を通して底屈位となるため,足関節の剛性が低下した不安定な状態で初期接地を行わなければならない.運動連鎖から考えてこの足関節での変化は,膝関節,股関節の運動へ影響していると考えられる.そのため本研究では,これらのハイヒール着用による足関節の変化が膝関節・股関節に及ぼす影響について検討した.【方法】 対象は健常若年女性8名(年齢22±0.63歳,身長161.1±3.8cm,体重50.3±3.9kg,)の左下肢4肢,右下肢4肢とした.測定には三次元動作解析装置(赤外線カメラ7台,VICON612:Vicon Motion System社,USA)と床反力計4枚(AMTI社,USA)を使用し赤外線カメラはサンプリング周波数120Hzにて,床反力計はサンプリング周波数500Hzにて赤外線カメラと床反力計を同期し,赤外線反射マーカーの動きと床反力を記録した. マーカー貼付位置はPoint Cluster法を参考に,直径14mmの赤外線反射マーカーを骨盤に6 個・下肢に23個,計29個のマーカーを貼付した.測定条件は10mの直線歩行を至適速度で行い,運動靴着用時とハイヒール着用時で5試行ずつ行った.なお,測定順序はランダムとした.また,ハイヒールは5cm高のものを使用した. 得られたデータはVicon Workstation(Vicon Mortion System社,USA),Vicon Bodybuilder(Vicon Mortion Systems 社,USA)を用いて処理した.Point Cluster法を用いて膝関節屈曲角度,内反角度,脛骨回旋角度,脛骨前方移動量を出力し,その後体節基準点の位置座標を用いて,股・足関節中心を算出し股関節角度,足関節角度を算出した.またPoint Cluster法によるデータは,すべて大腿骨に対する脛骨の相対運動として示した. 有意差検定は対応のあるt検定を用い,有意水準5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 実験に先立ち対象に本研究の目的と主旨を十分説明し,文章および口頭による同意を得た.なお,本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て行った.【結果】 運動靴歩行と比較してハイヒール歩行では,歩行周期を通して足関節底屈角度の増加,立脚終期・遊脚初期~中期での膝関節屈曲角度の減少,立脚初期・中期・遊脚終期での膝関節内反角度の増加がみられた.脛骨回旋角度,脛骨前方移動量,股関節屈曲角度で有意差はみられなかった.【考察】 まず,歩行周期全体を通して足関節底屈角度の増加がみられたことは,ハイヒールによる底屈強制が働いていることを証明している.また,立脚期の終わりから遊脚中期にかけて膝関節屈曲角度が減少したのは,ハイヒール歩行では足関節底屈強制のため立脚後期で前上方への十分な推進力が得られず,足部が床面の近くを通ることで膝関節屈曲角度が減少したのではないかと考えられる.立脚初期・中期・遊脚終期での内反角度の増加に関しては,ハイヒール歩行では踵接地から前足底接地にかけて,足関節内反から外反へ向かう運動を行う時間を稼ぐことができず,脛骨を直立化させる運動連鎖を起こすことができないため,内反角度が増加したのではないかと考えられる.この立脚期における内反角度の増加は膝関節内側のストレスを上昇させ変形性膝関節症のリスクとなるかもしれない. 今回股関節ではハイヒール着用による影響はみられなかった.これは,股関節が膝関節に比べてより体幹近位にあるため,足関節の変化による影響は膝関節で代償したためと考えられる.【理学療法学研究としての意義】 近年,女性の社会進出に伴いハイヒール着用の機会は増えてきている.ハイヒール歩行による運動学的変化は日常習慣性,反復性に軽微なストレスを蓄積し膝やその他の関節に筋骨格系の障害を及ぼすかもしれない.ハイヒール歩行の運動学的変化を知ることは生活指導や運動連鎖の観点からも重要であると考えられる.
著者
城下 貴司
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2016, 2017

<p>【目的】</p><p>ハイヒール歩行は骨盤後傾,膝関節屈曲の増加から重心後方化する<i>(Opila-Correia 1990)</i>,膝伸展モーメント増加,重心後方化しレバーアームが延長(<i>Esenyel 2003)</i>などの報告が散見される。</p><p></p><p>しかしながら,踵が高いにもかかわらず,重心が前方化しないことに疑問点がある。先行研究は実際の重心移動を算出していない。</p><p></p><p>本研究目的はハイヒール歩行の矢状面上の重心移動を中心に動作戦略を明確にすることである。</p><p></p><p>【方法】</p><p>計測機器は三次元動作解析装置Vicon MX,7台の赤外線カメラ,3枚の床反力計とし,全身に35個のマーカを貼付しFull plug-inモデルで計測した。</p><p></p><p>対象は,ハイヒール歩行をしても問題なく過去6ヶ月間,傷害により医療機関にかかっていない健常成人女性14名,平均年齢20.8±0.7歳,平均身長160.0.±4.0cm,平均体重53.9±5.2kgとし,週3回以上ハイヒール使用群をCustom群7名,それ以外をNo Custom群7名とした。踵高6cmの靴を使用した。</p><p></p><p>計測は自由歩行とハイヒール歩行を各々5回行い,1歩行周期を100%に正規化した。重心移動は膝関節軸と重心線との矢状面上の距離で判断した。重心線に対して関節軸が前方を+とした。</p><p></p><p>パラメーターは歩行周期12%,31%,50%における矢状面上の足および膝関節の角度とモーメント,膝関節軸と重心線との矢状面上の距離とした。</p><p></p><p>統計処理はCustom群とNo Custom群の比較はMann-Whitney検定で,裸足とハイヒール歩行の比較はWilcoxonの符号順位検定を使用した。各々の有意水準は5%未満とし,解析ソフトはIBM SPSS Statistics 21を使用した。</p><p></p><p>【結果】</p><p>Custom群とNo Custom群に分類したが,いかなるパラメーターも統計的な差は示されなかった。</p><p></p><p>膝関節角度は歩行周期12%,31%でハイヒール歩行が裸足歩行と比較して有意に屈曲位だったが50%では有意に伸展位であった。</p><p></p><p>足関節底屈モーメントは有意に31%で低値を,膝関節伸展モーメントは31%で有意に高値を示したが50%では有意差を示さなかった。</p><p></p><p>膝関節軸と重心線との距離は12%,30%で有意に重心後方化を示した,一方で50%では有意に前方化した。以下ハイヒール,裸足の順:12%*(134.3m,104.2m),30%*(-38.3m,-67.5m),50%*(-178.7m,-174.3m)</p><p></p><p>【結論】</p><p>ハイヒール歩行の膝関節屈曲角度が歩行周期12%,31%で増加,伸展モーメントが歩行周期31%で増加することは先行研究と類似した。一方で,膝関節角度が50%でより伸展位,膝伸展モーメントが裸足歩行とほぼ同値,膝関節軸からみた重心移動が50%では有意に前方化することは報告されていない。</p><p></p><p>以上から,立脚相前半は膝関節屈曲し膝伸展モーメント増加,重心後方化するが,立脚相後半では膝関節伸展し膝伸展モーメント減少,重心は前方化する対称的な現象となった。</p><p></p><p>ハイヒール歩行分析は少なくとも立脚前半の現象か,それとも立脚後半の現象かを明確にして臨床的に解釈する必要があると我々は考える。</p>
著者
新井 沙也加 横川 実加 小島 聖 中屋 順子 渡邊 晶規
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【はじめに,目的】ハイヒールを着用した歩行では足関節底屈位が強制されることから,下肢関節への悪影響が懸念される。この影響について,これまで重心動揺や姿勢との関連を検討した報告が散見される。しかし,裸足とハイヒール着用での歩行における角速度の相異については不明な点が多い。そこで今回,裸足とハイヒール着用での歩行について,膝関節の角速度の変化を明らかにすることを目的に本研究を実施した。【方法】対象は下肢に整形外科的な既往のない健常女性8名(平均年齢21±2.1歳,平均身長158.8±6.7cm,平均体重49.2±5.3kg)とした。すべての被験者は,日常生活にてハイヒールを愛用しており,それを着用した歩行に十分慣れている被験者に限定した。また,ハイヒールは被験者が履きなれたものとし,足長に対して40~45%のヒール高を本研究で用いた。角速度の測定は,3軸ジャイロセンサ(MP-G3-01B,MicroStone社製)を用いた。センサの装着部位は右下腿の脛骨粗面下1横指に貼付し,動作中の筋収縮によってセンサが動かないことを確認した。X軸上の運動は膝の屈曲(+)・伸展(-),Y軸上の運動は下腿の内旋(+)・外旋(-),Z軸上の運動は膝の内反(+)・外反(-)に一致するように設置した。センサは疼痛のない範囲でビニールテープを用いて強固に固定した。サンプリング周波数は10msにて導出した。センサからの出力は信号処理ボックスを介してパーソナルコンピューター(dynabook T350,TOSHIBA社製)に取り込み,専用データ解析ソフトにて解析した。歩行の測定は,初めに裸足歩行,次にハイヒール歩行を実施した。歩行速度は被験者の快適スピードとし,加速と減速の影響を排除するため最初の4歩行周期を除外した5,6,7歩行周期の立脚期を抽出してデータ解析に使用した。1歩行周期の時間が被験者により異なるため,各被験者の歩行周期を時間で正規化した。なお,被験者は測定中のセンサ装着状況に慣れる必要があり,通常の歩行に可能な限り近似するよう測定前には十分練習を行った。また,測定中にバランスを崩した際には再度測定を行った。各方向への角速度からピーク値を算出し,それぞれ裸足歩行と比較した。統計学的手法としては,統計ソフトR(Ver.2.15.1)を用いピーク値の群間比較に対応のあるt検定を行った。危険率5%未満で有意差の判定を行った。【結果】膝の屈曲・伸展および内反・外反における角速度の変化については,裸足歩行とハイヒール歩行は概ね同様の波形を示した。しかし膝の内旋・外旋角速度は裸足歩行に比してハイヒール歩行の方が内旋角速度が減少しピーク値は有意に低値であった(p<0.05)。その他については有意差は認められなかったものの,いずれにおいても裸足歩行に比してハイヒール歩行は低値を示す傾向が認められた。【考察】ハイヒールを着用した歩行では,動作中に足関節底屈位を強制されることから,膝関節の伸展可動域が減少すると考えられている。本研究の結果で得られた膝内旋角速度の減少は,膝関節の伸展可動域減少に追随する終末強制回旋運動の不足が生じ,結果として角速度が減少したものと考えられる。すなわち,ハイヒールによる不安定さを可動域を減少させることにより担保しているものと推察される。【理学療法学研究としての意義】履物による足関節への影響は種々の報告があるものの,膝関節への影響については不明な点が多い。今回,膝関節の角速度について検討し,履物が身体に与える影響を明らかにした点で意義がある。
著者
佐藤 綾花 神先 秀人
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【はじめに,目的】ファッションや仕事上の理由でヒール靴を着用している女性は多い。ハイヒール靴着用は,ヒールを上げることで腰椎の前彎が過度に増大し,腰痛を誘発する可能性が報告されているが,立位姿勢では脊柱彎曲角に影響を与えるとはいえないという報告や,逆に腰椎の前彎が減少するといった報告もあり,統一した見解はなされていない。また,歩行に関しては,ハイヒール着用で骨盤が後傾したとの報告はあるが,ヒール高を変化させて検討した研究は見当たらない。さらに,ヒール靴への慣れによる影響を検討した報告も見当たらない。今回,ヒール靴常用者と非常用者の立位姿勢の違いおよび歩行時のヒール高の違いによる体幹・骨盤,下肢の関節角度や筋活動への影響を明らかにすることを目的に運動学ならびに運動力学的分析を行うとともに,腰痛との関連性について検討した。【方法】対象は整形外科的疾患や中枢神経疾患の既往のない健常成人女性で,ヒール靴常用群10名(年齢:21.3±0.8歳,身長:159.0±2.7cm,足長:22.9±1.1cm),非常用群10名(年齢:21.5±0.5歳,身長:160.9±5.3cm,足長:22.8±0.9cm)の計20名である。常用群と非常用群の規定は,週の3日以上で5cm以上のヒール靴を履いている者を常用群,それ以外の者を非常用群とした。ヒール靴は,ヒール高3cm,5cm,7cmのパンプスを使用した。立位姿勢および歩行時の運動学・運動力学的分析には,三次元動作解析装置(VMS社製,VICON-MX)と4台の床反力計(KISTLER社製)を用い,下肢関節,体幹・骨盤の角度,関節モーメントを測定した。立位姿勢の評価は裸足にて計測を行い,歩行は,裸足と,高さの異なる3種類のパンプス装着の合計4課題を設定した。三次元動作解析にはPlug-in-gait全身モデルを用い,身体の35点にマーカーを貼付した。三次元計測のサンプリング周波数は50Hzで,床反力計測のサンプリング周波数は1000Hzとした。解析は立位時の各関節角度および歩行中の各関節最大角度と最大モーメントを対象とした。正規性の検定後,ヒール高の違いによる比較は反復測定分散分析および多重比較を,常用群と非常用群の比較はt検定またはマンホイットニーのU検定を用い,有意水準は5%とした。【結果】立位姿勢では,ヒール靴常用群は非常用群と比較し,体幹の伸展(骨盤に対する胸椎軸の角度)が有意に大きく,膝関節では屈曲,足関節では背屈角度の増加傾向がみられた。歩行時においても,常用群は非常用群と比較して全ての条件で体幹伸展角度が有意に高い値を示した。また,非常用群ではヒール高が高くなる程,膝関節屈曲角度の増加,膝関節伸展モーメントの増加がみられ,常用群では体幹伸展角度の減少,骨盤傾斜角度の減少がみられた。【考察】ヒール靴常用群では,立位時および歩行時に体幹の伸展角度の増大が認められた。これは,立位や歩行において,ヒール靴着用により前足部への圧力が高まるという報告があることから,常用群ではヒール靴着用時の前足部への荷重が習慣化され,裸足時においても前方に荷重する傾向が高まる可能性が考えられた。そのため,骨盤の前傾や前方移動が生じ,それにより前方偏位した重心を後方に戻すための代償として,体幹の伸展角度が大きくなるのではないかと考えられる。歩行におけるヒール靴着用による影響に関しては,ヒールの高さが増すに従い,非常用群では膝関節屈曲角度と膝伸展モーメントの増加がみられ,常用群では体幹伸展角度の減少,骨盤前傾角度の減少がみられた。踵接地後の膝関節屈曲と足関節底屈は衝撃吸収として作用するとされており,ヒール靴着用による踵接地時の足底屈運動範囲の低下は,足関節での衝撃吸収を困難にする。そのため,特に非常用者では,膝関節の屈曲を増加させることで膝関節での衝撃吸収を高めている可能性が示唆された。一方,常用群では外観上の問題などで膝を伸展させて歩行しようとするため,体幹伸展角度の減少や骨盤前傾角度の減少がみられたのではないかと考えられた。本研究結果から,常用群と非常用群では裸足時の立位姿勢に違いがあり,常用者では体幹の伸展が大きく,裸足歩行において骨盤前傾が強いことも加え,これらが腰痛をもたらす一因となっているのではないかと考えられる。【理学療法学研究としての意義】ヒール靴常用者の立位や歩行中の姿勢の特徴を明らかにした。ヒール靴常用者では裸足時に体幹の伸展および骨盤の前傾が強まり,このことが腰痛をもたらす一因となる可能性が示唆された。
著者
堀 秀昭 藤本 昭 山崎 美帆 伊藤 のぞみ 大谷 浩樹 小林 康孝 林 正岳
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2007, pp.E0340, 2008

【目的】今回の介護保険制度改正は、「できない」「足りない」を補うだけでなく、「できる」「している」を増やす目標志向型にシフトし、特に運動器の機能向上、栄養改善、口腔機能の向上に関しては加算が行われる。しかし、これらのプランも事業所で行われるだけでは効果はなく、在宅・地域コミュニティで継続されることが重要である。今回、高齢者スポーツ実施を通して継続的に地域で介護予防を実施するために、スポーツ高齢者の身体機能を調査し、スポーツの特殊性を検討するための基本的な調査を行った。<BR>【方法】対象は、スポーツを行っている高齢者366名(平均年齢69.8歳)とスポーツを行っていない高齢者399名(平均年齢76.5歳)とした。スポーツの種類としては、エスキーテニス、バウンドテニス、ラージボール卓球、シルバーバレーボール、グランドゴルフ、マレットゴルフ、ゲートボール、太極拳とした。身体機能測定項目は、片脚立位時間、握力、5m速度とし、各々の測定値から運動機能総合判定指標を算出した。また同時に転倒リスクに関する調査も行った。分析は、実施の有無、種目別、年齢別にて分散分析、また重回帰分析により転倒リスクとの関連を検討した。<BR>【結果】1、片脚立位時間は、太極拳(49.2秒)、シルバーバレー(46.2秒)がマレット(28.0秒)ゲートボール(32.6秒)より有意に長かった。握力は、グランドゴルフ(36.5Kg)エスキー(35.5Kg)バウンド(35.1Kg)ゲートボール(34.3 Kg)であり、太極拳(27.8 Kg)より有意に強かった。5m歩行は、バウンド(2.1秒)がゲートボール(2.8秒)より有意に早かった。運動機能総合判定指標においては、各種目に有意差は認められなかった。2、転倒リスクとの関連では片脚立位時間(p=0.011)握力(p=0.013)が有意な関連が認められた。<BR>【考察】運動機能総合判定指標では各スポーツの種目において違いが認められなかったが、バランス能力の片脚立位時間や総合筋力指標の握力で、スポーツ間に違いが認められた。これは競技特性を表しており、ラケットを使用しての競技は握力が必要であり、前後左右への動きが必要とされるラージボール卓球、シルバーバレーボール、太極拳は片脚立位時間が必要とされる。また転倒リスクと片脚立位時間や握力に関連性が見られたことで、高齢者スポーツを紹介する手段として、高齢者の握力と片脚立位時間を測定し、過去のスポーツ暦を考慮に入れながら、転倒予防を目標としたスポーツ紹介が可能と考える。また運動の精神的効果や社会的効果も報告されており、汗を流す喜びを体験させ、体力の向上は健康感を実感させ、ストレスから解放し、また地域に住む人々とともに運動やスポーツを楽しむことで友達づくりに貢献できるので、高齢者スポーツの推進を積極的に行う必要性がある。
著者
米田 浩久 實光 遼 松本 明彦 岩崎 裕斗 金子 飛鳥 守道 祐人 鈴木 俊明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101928, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに】課題指向型の運動学習条件としてpart method(分習法)とwhole method(全習法)がある(Sheaら,1993)。このうち分習法は獲得する動作を構成する運動要素に区分して別々に練習する方法であり、全習法は獲得する動作をひとまとめに練習する方法である。全習法は分習法と比較して学習効果が高く、運動学習の達成度は早い。これに対して分習法は学習した運動の転移が可能なことから難易度の高い運動に有用であるが、獲得から転移の過程を経るため全習法よりも時間を要する。一方、理学療法では早期の動作再獲得を図るため障害された動作の中核を構成する運動を選択的かつ集中的にトレーニングする分習法を採用することが多く、1 回あたりの治療成績は全習法よりもむしろ分習法の方が良好であり、早期に改善する印象がある。そこで今回、分習法による早期学習効果の検討を目的にバルーン上座位保持(バルーン座位)による下手投げの投球課題を用いて全習法と分習法による運動学習効果を比較検討した。【方法】対象者は健常大学生24 名(男子19 名、女子5 名、平均年齢20.4 ± 0.4 歳)とした。検定課題は以下とした。両足部を離床した状態でバルーン(直径64cm)上座位を保持させ、2m前方にある目標の中心に当てるように指示し、お手玉を非利き手で下手投げに投球させた。バルーン上座位は投球前後に各5 秒間の保持を要求し、学習課題前後に各1 回ずつ実施した。目標から完全にお手玉が外れた場合と検定課題中にバルーン座位が保持できなかった場合は無得点とした。目標は大きさの異なる3 つの同心円(直径20cm、40cm、60cm)を描き、中心からの16 本の放射線で分割した64 分画のダーツ状の的とした。検定課題では最内側の円周から40 点、30 点、20 点、10 点と順次点数付けし、その得点をもって結果とした。学習課題は3 種類の方法を設定し、それぞれA〜C群として無作為に対象者を均等配置した。全群の1 セットあたりの練習回数は5 回、セット間の休憩時間は1 分とした。A群では検定課題と同様の方法でバルーン上座位保持による投球をおこなわせた。実施回数は主観的疲労を感じない回数として12 セット実施した。B群は、まず椅座位での投球を6 セット実施した後、バルーン上座位を6 セット実施した。C群では椅座位での投球とバルーン座位を交互に6 セットずつ実施した。学習課題ではお手玉が当たった分画の中央の座標を1 試行ずつ記録し、中心からの距離と方向とした。得られた結果から、検定課題では学習前後での得点の比較をおこない、学習課題では各群の成功例を基に投球結果座標による中心からの平均距離を標準偏差で除した変動係数とセット間の平均距離の比の自然対数を基にした変動率による比較をおこなった。統計学的手法は、検定課題では学習前後の結果比較に対応のあるt検定を用い、A〜C群の比較として検定・学習課題ともにKruskal-Wallis検定とBonferroni多重比較法を実施した。有意水準は5%とした。【倫理的配慮】対象者には本研究の趣旨と方法を説明のうえ同意を書面で得た。本研究は関西医療大学倫理審査委員会の承認(番号07-12)を得ている。【結果】学習課題前後の検定課題の平均得点(学習前/学習後)は、A群11.3 ± 16.4/26.3 ± 15.1 点、B群6.3 ± 9.2/33.8 ± 7.4点、C群10.0 ± 15.1 点/18.8 ± 16.4 点であり、B群で有意な学習効果を認めた(p<0.01)。学習課題中の投球結果の変動係数はA群19.67 ± 1.06、B群8.42 ± 0.49、C群13.50 ± 1.24 で、A群に対してB群で有意な減少を認めた(p<0.05)。また、学習中の投球結果の変動率は群間で有意差は認められなかったものの、他群に対してB群で安定する傾向を認めた。【考察】Winstein(1991)は、分習法はスキルや運動の構成成分を順序付ける過程の学習であるとしており、運動全体の文脈的な継続性を考慮して動作を学習させる必要があるとしている。本研究ではB群によって検定・学習課題とも他群に比べて良好な結果を得た。B群では分習法により投球とバルーン上座位を各々別に集中して学習したが、運動学習中の変動係数の減少と変動率の安定化を認めたことから、バルーン上座位での投球の重要な要素である動的姿勢を集中的に獲得できたことが全習法に対して効果が得られた成因であることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究の結果から運動学習課題の設定によっては、全習法よりも学習効果が得られる事が示唆された。特に運動時の姿勢の改善を目的とする学習課題を分習法に組み込むことによって学習効果が向上する可能性があり、理学療法への分習法の応用に有用であると考えられる。
著者
藤井 瞬 井ノ原 裕紀子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1619, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】交通事故による右小指切断再接合後の指尖壊死となった本症例が壊死部再切断を通知された後,理学療法士かつ保存療法を望む患者として提案した内容が医師の治療方針に影響を与えた経験を報告する。【症例提示】29歳男性。診断名:右小指切断中型バイク直進運転中,反対車線から右折してきた自動車と衝突し,前方へ体を投げ出した。衝突の際,バイク右ブレーキレバーの変形に伴い,小指を巻き込み引き抜き損傷のように遠位指節間関節(以下DIP関節とする)より離断した。2014年8月X日,同日マイクロサージェリー実施。尺側固有掌側指動脈のみ切断指と縫合し,橈側固有掌側指動脈,周辺静脈,内外側側副靭帯,深指屈筋,指伸筋は縫合出来ず未実施。K-wireにて末節骨と中節骨を固定。同日からX+3日まで上腕までシーネ固定。その後,近位指節間関節(以下PIP関節とする)伸展位のまま中節指節関節(以下MP関節とする)までのアルフェンスシーネ固定へ変更。X+49日より就寝時以外は皮膚保護剤のみに変更。【経過・方法】経過:手術日より5日間はプロスタンディンと生理食塩水を6時間毎交互に静注し,同時にワーファリンを1日3回内服。X+8日で退院。その後,週一回の外来通院を実施。現状では再接合部は壊死しているが感染症状はない。方法:湿潤療法および週3回40分以上の経皮的電気刺激療法を患部に直接実施。外来での週1回の消毒と管理(退院後から継続)。健康状態管理として週3回以上の15,000歩,ビタミンC摂取を注意して実施する。関節可動域練習:X+30日後よりPIP関節最終可動域で30秒持続を可能な限り実施。統計処理はMicrosoft Excel 2014を使用し,優位水準を5%未満とした。【結果】(初期)→(X+60日)※初期評価は疼痛評価と切断指状況のみ。疼痛検査:Numerical Rating Scale(以下NRSとする)断端先端部:安静時(4)→(1)。運動時(PIP屈曲時)(4)→(4)。PIP関節:安静時(0)→(0)。運動時(屈曲endfeel時)(8)→(7)。遠位切断指:(暗紫色,指型は残存)→(黒色,軟部組織が萎縮し指型から尖端に変化)近位切断指:(暗紫色,炎症所見著明)→(鮮赤色~赤色,炎症所見軽度)Arc Of Motion(AOM)(右小指):MP屈曲120°伸展-5°,IP屈曲100°(pain+)伸展0°。握力(kg)5回平均:右21.28±2.672,左:32.08±2.487。ピンチ力(*10.0kgf)10回平均:(右手)母-示:3.52±0.51,母-中:2.78±0.57,母-環:1.82±0.139。(左手)母-示:3.79±0.42,母-中:3.44±0.63,母-環:2.72±0.13。ピンチ力検定(t検定)左右:母-示:p<0.05,母-中:p<0.01,母-環:p<0.01。ADL制限:自動券売機のおつりが取りにくい,おつりを落とす。血液データ(事故後4時間値→X+7値)CRP:0.1→0.1,WBC:11270→6800。【考察】本症例の切断指は重度挫滅であり,再接合する確率は5割程度手術直後に医師から通知されている。マイクロサージェリーでは尺側固有掌側動脈のみの接合であり,深指屈筋,指伸筋,内側外側側副靭帯,周辺静脈の縫合は実施していない。切断指の状態は悪く退院時には既に壊死状態であり,断端形成のための再手術を考えておくようにと医師より打診があった。本症例は可能な限りの指延長を望んだことから,自ら情報を集め医師の指示に追加して断端面に対する電気刺激療法を提案し,その治療効果に関して医師に説明後,了承を得た事から治療を開始することになった。しかし,感染症等が発覚した場合は早急に手術をするとの条件もあり,身体面のリスク管理が必要と考えた。そこで,免疫力を高めるため,また末消循環を促すために軽度の身体活動として15,000歩を全身運動として取り入れた。その結果,X+61日のX-Pより骨髄炎の問題はなく,肉芽が末節骨中間まで発生している状況であるため,現在は再手術の緊急性はなく,指尖が自然脱落する治療方針に変化し,治療を継続することとなっている。しかし,感染症などの身体症状が生じた場合は緊急で手術をする状況は変化していない。今回の経験に関して,発症時期から早期であったこと,症例の年齢,職業から考えた事から可能な限りの指の延長を望んだ患者としての意見と,理学療法士としての意見を元に医師と治療方針を相談出来た事で希望に合った治療が可能になり,心身共に良好な状態が維持出来ていると考えられる。本人のQOLとって,望まない状況からの脱却はなされ,良好な結果で生じているのは事実である。【理学療法学研究としての意義】保存治療を望む本症例が医師の治療方針に対して,理学療法士かつ患者として治療方針の意思決定に関与出来た事例である。
著者
山口 大輔 上野 貴大 荒井 駿 佐野 井雪 山本 陽平 佐々木 和人 鈴木 英二
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1511, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに,目的】徒手筋力計(以下:HHD)は筋力の定量的な評価を可能とし,簡便性,コスト面においても有用と考えられている。HHDを用いた下肢筋力測定法の信頼性・再現性については数多く検討されてきているが,未だに統一された見解に至っていない。現段階ではHHDを用いた測定法はDanielsらの徒手筋力検査法(以下:MMT)に準じて行うことが望ましいとされている。しかし,実症例に対してMMTの方法は測定肢位がとれない等の理由から正確な筋力評価が行えていない場合も少なくない。我々はHHDを用いた測定法で測定肢位に苦慮する股関節伸展,外転,膝関節屈曲において実症例に対する測定し易い別法を考案し,MMTの方法による測定値との間に正の相関があることを報告した(股関節伸展:r=0.57,股関節外転:r=0.68,膝関節屈曲:r=0.58)。そこで,今回は本法における検者内及び検者間の信頼性について検討したので報告する。【方法】測定機器にはHHD(モービィMT-100,酒井医療社製)を用い,測定単位は重量キログラム(kgf)とした。検者内の検討では1名の検者(臨床経験3年目の男性理学療法士)が30名の健常成人(男性24名,女性6名,平均年齢23.5±3.7歳)を対象に同日内での3回反復測定による信頼性を検討した。また,検者間の検討では3名の検者(臨床経験1年目の男性2名,女性1名の理学療法士)が健常成人5名(男性3名,女性2名,平均年齢24.4±2.6歳)の左右10肢を対象に測定し,3回の最大値を代表値として検討した。被験者の疲労が反映されないよう3日間に分けて測定し,測定順が同一にならないよう配慮した。また,検者には研究の目的,意義は教示せず,的確に実施できるよう測定方法と注意点のみ説明した。HHDを用いた別法は実症例で測定し易い肢位を考慮し,股関節伸展は足底と床面が離れた端座位を測定肢位とし,大腿遠位部後面と座面との間でHHDを圧迫する方法とした。股関節外転は背臥位で両側下腿遠位部にベルトを装着し,検者が対側下肢を固定した上で,被験肢の股関節外転を行わせるベルト固定法とした。膝関節屈曲は足底と床面が離れた端座位にて下腿遠位部にベルトを装着し,検者の抵抗に対し膝関節を屈曲する徒手抵抗法とした。検者内及び検者間での測定方法は統一とし,各測定時間は最大努力での約5秒間,各測定間には約30秒の休息時間を設け,計3回ずつ測定した。統計学的分析には級内相関係数(Intraclass correlation coefficients:以下ICC)を用い,検者内信頼性係数はICC(1,3),検者間信頼性係数はICC(2,3)を用いて算出した。また,統計処理にはIBM SPSS Statistics 21を用い,有意水準は1%とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は所属機関の倫理委員会で承認を受け,全対象者に十分な研究内容を説明し,同意を得た上で実施した。【結果】検者内信頼性は股関節伸展ICC(1,3)=0.97,股関節外転ICC(1,3)=0.98,膝関節屈曲ICC(1,3)=0.98であった。検者間信頼性は股関節伸展ICC(2,3)=0.81,股関節外転ICC(2,3)=0.88,膝関節屈曲ICC(2,3)=0.81であった。【考察】ICCの評価基準として桑原ら(1993)は0.8~は良好,0.9~は優秀とし,Landisら(1977)は0.81以上をalmost perfectと述べている。本研究の結果では検者内及び検者間信頼性共に全項目で高い信頼性が得られた。股関節伸展のMMTに準じた測定方法は腹臥位をとることが必要条件となる。しかし,実症例では腹臥位がとれない対象も少なくない。平野ら(2004)は背臥位で股関節伸展の測定方法における信頼性を報告しているが,検者が2名必要であり,測定の簡便性に対しては不利となる為,今回は測定肢位を座位とした。測定結果には体重や重力の要因が加味されるため,被験者間での比較は困難であるが,臨床において個々の対象者における経時的な筋力評価には有用な方法と考える。股関節外転は測定肢位を背臥位,測定方法をベルト固定法にし,測定バイアスを最小限に留めたことで,比較的高い信頼性が得られたと考える。膝関節屈曲は臨床でより簡便性を重視した徒手抵抗法にて測定した。Reeseら(2001)はHHDを使用した測定方法の制約として,検者が十分な抵抗力を与えることができない事を挙げ,検者の抵抗力が測定結果に影響を及ぼす可能性があると報告している。しかし,本研究の結果では検者内及び検者間において高い信頼性を認め,徒手抵抗による膝関節屈曲測定法の有用性が示唆された。本研究の限界は,対象が健常成人である為,実症例で同様の結果が示せるか現段階では不明であるが,本研究結果での高い信頼性は本法の有用性を支持するものとなった。【理学療法学研究としての意義】実症例を想定した本法の検者内及び検者間信頼性の検討において有用な結果を示せたことは,今後の理学療法分野における筋力測定法の一助になると考えられる。
著者
中村 将宏 中口 拓真
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2016, 2017

<p>【はじめに,目的】</p><p></p><p>Mirror Neuron Systemの特徴を応用した運動観察治療(Action Observation Therapy:AOT)により脳卒中患者の運動機能向上が報告されている(田津原ら,2016)。</p><p></p><p>通常のAOTはディスプレイ上に映された動画の観察を行うが,脳卒中患者を対象にした場合,注意障害等によりディスプレイに集中出来ない可能性がある他,三人称的な認識になりやすく,イメージする事が困難である場合も想定される。一方,動画を反転させた3D Virtual Reality(VR)では,一人称的な動画であり運動イメージがしやすく,専用ゴーグルを装着する為,視覚的側面では注意障害の影響を受けにくい可能性がある。本研究では,通常のAOT介入よりVR介入で運動機能が向上した症例を報告する。</p><p></p><p>【方法】</p><p></p><p>症例は右中大脳動脈・前大脳動脈領域の心原性脳梗塞と右被殻出血により左片麻痺を呈す回復期病棟に入院中の70代の女性である。発症12週後のTrail Making Test(TMT)はTMT-A456秒,二等分線試験は異常なし,Fugl-Meyer Assessment(FMA)は合計55/226,感覚障害は軽度,著明なROM制限はなし,麻痺側膝伸展筋力はManual Muscle Testing(MMT)1,移乗動作はFIM移乗が3点であった。</p><p></p><p>本研究はABデザインを用い,A:ベースライン(通常PT+AOTを10日間),B:VR介入期(通常PT+VRを10日間)とし,AOTとVRは椅座位から膝関節伸展運動の動画に合わせて自動運動を1日15分行わせた。A期とB期の間に7日間の期間を設け計27日間実施した。評価はA期B期の初日と最終日に実施した。評価項目はMMT,足部心的回転(Mental Rotation:MR)の平均反応時間を計測した。</p><p></p><p>VR動画作成は非麻痺側での膝関節伸展運動を患者自身からの視点で撮影し,その動画を無料iPhoneアプリRotate&FlipVideoを使用して反転させる。反転動画をKeynoteの左右2カ所に張り付け同時再生するようプログラムしたものをiPhone6で連続再生させたまま専用ゴーグル(定価2千円程度)に設置した。専用ゴーグルは2眼レンズの物を使用し,装着したまま運動が出来るよう頭部に固定した。</p><p></p><p>【結果】</p><p></p><p>結果をA期:初期→10日後,B期:①初期→10日後として示す。FMAでは,A期:55→55,B期:55→56,MMTでは膝関節伸展運動がA期:1→1,B期:1→2以上で抗重力位でも関節運動を確認した。MRの平均反応時間は,A期:6.1秒→6.0秒,B期:5.9→5.0秒。移乗動作はFIM移乗が5点となった。</p><p></p><p>【結論】</p><p></p><p>結果より,B期ではVR期にMMTの向上を認め,FIMで移乗動作に改善を認めた。渕上ら(2015)は運動観察により下肢運動機能が向上すると報告している。運動機能向上には,運動観察のみより運動観察+運動イメージを行った方が良いとされている(Taube, et al., 2015)。本症例は感覚障害が比較的軽度であるがTMT-A456秒と注意障害が強く,MMT1と筋力低下が著明であった。その為,通常AOTでは運動観察のみに留まったことで運動イメージが起こりにくかったのではないかと考えられる。通常VRでの一人称動画は通常AOTよりも運動イメージをしやすい環境にあったのではないかと考える。</p>
著者
真下 英明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2016, 2017

<p><b>はじめに</b></p><p></p><p>古来よりかけ声や発声により,いつもよりより強い筋力の発揮が可能となることは知られ,日々の生活の中にも潜在的に取り込まれている。近年ではこの作用をスポーツ分野に持ち込み,より高いパフォーマンスを発揮させることや,運動方法の指導などに用いられている。リハビリテーションも疾病等により一時的に運動機能が低下した患者へ,運動や動作の再獲得を目指し,筋力や関節運動の改善,動作の獲得などを指導点でスポーツと類似する点が多く,実際の臨床場面でもオノマトペが利用されているところを多く耳にする。しかし,これまでオノマトペは暗黙知として作用があることは知られていても,実際どのような作用があるのかについての研究は海外を含めても数少なく,リハビリテーションにおいては散見されない。今回はオノマトペの言語的作用について検討を行った。</p><p></p><p></p><p></p><p><b>方法</b></p><p></p><p>1)膝屈曲運動</p><p></p><p>被験者は平均年齢28.6±7.9歳の健常な男性10名(身長:171.3±6.1cm,体重:64.1±8.0kg,BMI:21.8±1.7kg/m<sup>2</sup>)であった。筋力測定機器は,アイソフォースGT-360(OG技研株式会社製)を用いた。運動課題は,膝屈曲と肘伸展における等尺性運動とした。膝屈曲運動時のオノマトペは,「ピン」と曲げる動きを連想させる「グイ」とした。</p><p></p><p>2)肘伸展運動</p><p></p><p>被験者は平均年齢27.4±4.7歳の健常な男性10名(身長:171.6±5.6cm,体重:65.6±8.5kg,BMI:22.2±1.9kg/m<sup>2</sup>)であった。筋力測定機器は,ミュータスF1(アニマ株式会社製)を用いた。運動課題は,「ピン」と「ギュ」を用いた。</p><p></p><p>両実験ともに,2つのオノマトペの他にオノマトペ無しで運動を行ってもらう3パターンをランダムに指示し,各3回計測となるようにした。データはトルク体重比kgF/kg)として算出し比較をおこなった。分析は,StudentのT検定を用い検討し,有意水準を5%未満と設定した。</p><p></p><p>運動指示の音声出力は,被験者から1.5m離れた場所から検者3名に口頭にて"膝または肘"を"伸ばすまたは曲げる"の指示を各3回行ってもらい,その音量をiphone6の音量計アプリ(Decibel 10th)を用いて計測しその平均値を求め,事前にパソコンに準備したオノマトペ有り無しの音声をスピーカー(SONY製SRS-X11:最大出力10W)から平均値と同じ距離と音量(Decibel 10<sup>th</sup>で計測)で出力した。検者3名の口頭指示音量は平均80Wであった</p><p></p><p></p><p></p><p><b>結果</b></p><p></p><p>筋力計測の結果からは,膝屈曲時には「ピン」のオノマトペが最小(p=.014)となり,肘伸展では最大(p=.0004)となった。オノマトペ無しは,どちらの実験においても中間の出力であった。</p><p></p><p></p><p></p><p><b>結論</b></p><p></p><p>今回の実験から,オノマトペが音としてのみ運動に作用しているのでは無く,運動の方法にも影響を持つ可能性が示唆された。オノマトペは音声とは違う言語的な意味合いによって,より運動の方向を限定的にし,かつ機能を向上させる効果があると考える。</p>
著者
遠藤 達哉 早川 真由 高橋 敬亮 杉山 未紗 齋藤 昭彦 村上 幸士
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2016, 2017

<p>【はじめに,目的】</p><p></p><p>医療用弾性タイツは保存療法として下肢の静脈循環障害や浮腫を伴う疾患へ利用されている。弾性タイツに関する先行研究では,下腿三頭筋に着目した研究が多く,運動時に頻見する走行や跳躍動作で重要となる膝関節伸筋群の研究は少ない。</p><p></p><p>本研究では,若年層における弾性タイツによる効果を膝関節伸筋群に着目し明らかにすることで,走行や跳躍動作を繰り返す運動時や,それらの動作を用いた運動介入において有意義な知見になると考えた。</p><p></p><p>そこで,弾性タイツ着用時と非着用時における膝関節伸筋群の筋持久力の相違について,等速性筋力測定機器を使用して明らかにすることを目的とした。</p><p></p><p></p><p></p><p></p><p>【方法】</p><p></p><p>健常男子大学生26名を対象とした。測定肢位は椅子座位で,三角クッションを使用し背もたれが90°になるように設定した。右足関節は底屈位に保持した状態で,下腿の遠位端をパッドで固定し,右大腿部固定時のベルトの圧は対象内での条件を一定にするため80hpaとした。測定範囲は膝関節90°~最大伸展位とした。測定は角速度180deg/secにて,最大努力で30回3セットを行った。筋疲労を考慮しセット間は1分間の休憩を設けた。筋持久力の評価指標は,2セット目の等速運動開始4から8回の最大筋力値の平均に対し,3セット目の終了5回の最大筋力値の平均の差とした。なお1セット目は準備期として除外した。また,測定前後の変化を比較するため安静座位にて大転子と大腿骨外側上顆間1/2部位にて大腿周径を測定。</p><p></p><p></p><p></p><p></p><p>【結果】</p><p></p><p>弾性タイツ着用群,非着用群の筋持久力の比較では,弾性タイツ着用群において1.43±0.26Nm/kg,非着用群において1.67±0.26Nm/kgであり,弾性タイツ着用群は非着用群と比較し,筋持久力の低下が有意に抑制された(p<0.01)。弾性タイツ着用群は,運動前後で平均0.69±0.20cm有意に増加した(p<0.05)。また,弾性タイツ非着用群は,運動前後で平均0.96±0.14cm有意に増加した(p<0.01)。よって,弾性タイツ非着用群と比較し,弾性タイツ着用群では増加が抑制された。</p><p></p><p></p><p>【結論】</p><p></p><p>筋持久力は筋の有酸素的作業能をさしており,筋への酸素の供給が筋持久力を決定する生理的因子であるため,末梢の血液循環と筋の代謝が大きな影響を与える。筋の血流量が多いほど筋の酸素摂取量が大きく,筋持久力は高い。そのため,弾性タイツ着用群では,末梢の血液循環が向上したと推察する。これにより,筋の酸素摂取量が増加し膝関節伸筋群の遅筋線維への酸素供給の増加が考えられる。また,速筋線維の収縮にともなって生じる乳酸などの代謝産物を速やかに除去できると考える。</p><p></p><p>本研究の結果では,弾性タイツの圧により末梢の血液循環が向上し,筋の酸素摂取量が増加したため,膝関節伸展筋群の筋持久力の低下が抑制されたと考える。</p><p></p><p>今後は本研究の結果を生かし,走行,跳躍などを必要とするスポーツ場面において弾性タイツ着用における効果について検討していきたい。</p>
著者
加藤 沙織 渡部 美穂 武田 輝美 高橋 俊章
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.44 Suppl. No.2 (第52回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0888, 2017 (Released:2017-04-24)

【はじめに,目的】リーチングは,発達過程の様々な場面で頻繁に行われ,姿勢制御の能力を向上させ,奥行き知覚の発達などに寄与する。しかし,脳性麻痺痙直型両麻痺児はスムーズな重心移動が困難であり,代償運動や特異的な運動パターンを用いることが多い。本研究の目的は,痙直型両麻痺児者のリーチング動作時の各身体部位の運動角度と移動距離および重心移動を定量化し代償運動を明らかにすること,リーチング促通の介入ポイントを検討することである。【方法】脳性麻痺痙直型両麻痺児者(年齢15.6±6.3歳,両麻痺群)7名,健常成人(対照群)8名を対象に座位前方へ利き手側のリーチングを行った。両麻痺群は自力,他動的骨盤前傾操作,体幹伸展操作の3条件,対照群は自力の1条件で行った。ハイブリッド高速度カメラを使用して,頭部,C7,Th7,S1,ASIS,大転子,外側裂隙,肩峰,尺骨茎状突起の移動距離・速度,頸部・体幹・股関節の運動角度を算出した。また,重心動揺計を用いて軌跡長・単位軌跡長を計測した。統計処理は,3条件のパラメータの比較には一元配置分散分析及びTuker法,両麻痺群と対照群の比較は対応のないt検定,尺骨茎状突起と各身体部位の移動距離との関係をPearsonの相関係数を用いて検討した。統計ソフトはSPSSver.22を用い,有意水準は5%とした。【結果】自力リーチングにおいて,両麻痺群は対照群より,移動距離は頭部,C7及び尺骨茎状突起が有意に長く,ASISは有意に短かい(p<0.05)。また,股関節屈曲角度は有意に小さく,上・下部体幹屈曲角度は有意に大きかった(p<0.05)。また対照群は尺骨茎状突起と外側裂隙,頭部,Th7,C7の移動距離に高い相関(それぞれr=.51,r=.64,r=.69,r=.76,p<0.01)があり,両麻痺群は頭部にのみ高い相関があった(r=.78,p<0.05)。骨盤操作の場合,体幹操作より各部位の速度の増加,軌跡長や単位軌跡長が増加し,体幹伸展は小さい傾向があった。また,尺骨茎状突起と頭部,Th7,C7の移動距離に高い相関(それぞれr=.76,r=.84,r=.87,p<0.05)があった。体幹操作の場合,骨盤操作より頸部伸展角度及び上部体幹屈曲角度は減少し,軌跡長は有意に小さかった(p<0.05)。尺骨茎状突起とASIS,頭部,S1,Th7,C7の移動距離に高い相関(それぞれr=.84,r=.84,r=.85,p<0.05。r=.91,r=.94,p<0.01)があった。【結論】下部体幹や骨盤周囲の筋緊張が低下している両麻痺児のリーチングの代償運動は,骨盤の運動性低下のため,肩甲帯や上肢を過剰に前方に移動し,目標物を目視するために頸部は過剰に伸展する傾向がある。よりスムーズな重心移動や遠い場所へのリーチングを促通するための理学療法ポイントは,リーチングと骨盤運動を連動させるための体幹操作が有効であり,少ない重心移動でリーチングが可能になることがわかった。
著者
壹岐 英正 林 省吾 浅本 憲 中野 隆
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100559, 2013 (Released:2013-06-20)

【目的】頚静脈孔を出た副神経は,胸鎖乳突筋枝と僧帽筋枝に分岐し,後者は胸鎖乳突筋を貫通する貫通型と貫通しない非貫通型に大別される(吉崎 1961).貫通型においては,胸鎖乳突筋が絞扼因子となる可能性が考えられるが,同筋による副神経絞扼性ニューロパチーは報告されていない.一方,神経に長期的な圧迫が加わる部位においては,Renaut 小体と呼ばれる球状構造物が出現することが知られている.Renaut 小体は,線維芽細胞の侵入と膠原線維の増生によって形成され,神経周膜の肥厚や神経線維の減少とともに,臨床症状を呈していない無症候性神経絞扼のMerkmalになる(Neary D et al 1975).本研究の目的は,副神経僧帽筋枝を組織学的に観察し,貫通型において胸鎖乳突筋が絞扼因子となる可能性を検討することである.【対象および方法】対象は,愛知医科大学医学部において研究および教育に供された解剖実習体4 体8 側(男性・女性各2 体,平均83.3 歳)である.副神経を胸鎖乳突筋とともに切離し,貫通型か非貫通型かを同定した.貫通型においては貫通部周囲を,非貫通型においては副神経の胸鎖乳突筋進入部位を中心に摘出した.摘出した組織片において,副神経の横断方向で10 μmの組織切片を作成した.貫通型においては貫通部を中心に「貫通前」,「貫通中」,「貫通後」,非貫通型においては「胸鎖乳突筋枝と僧帽筋枝に分岐する部位より中枢側(以下,副神経本幹)」と「僧帽筋枝」について切片を作成し,H-E染色およびMasson’s trichrome染色を行った.Renaut小体の有無および神経周膜の肥厚を組織学的に観察し,貫通型と非貫通型において比較した.【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,ヘルシンキ宣言および死体解剖保存法に基づいて実施した.生前に本人の同意により篤志献体団体に入会し研究および教育に供された解剖実習体を使用した.観察は,愛知医科大学医学部解剖学講座教授の指導の下に行った.【結果】貫通型は4 側,非貫通型は4 側であった.Renaut小体は,貫通型においては貫通前:0 側,貫通中:2 側,貫通後:2 側で認められた.非貫通型においては僧帽筋枝1 側のみに認められた.神経周膜の肥厚は,貫通型においては,貫通前:1 側,貫通中:3 側,貫通後:3 側に認められた.非貫通型においては,副神経本幹:3 側,僧帽筋枝:1 側に認められた.【考察】貫通型と非貫通型の頻度に差は見られなかった.先行研究において,吉崎(1961)は貫通型が44%,非貫通型が56%,Shiozakiら(2005)は貫通型が56.9%,非貫通型が43.1%と報告しており,副神経は高頻度で胸鎖乳突筋を貫通すると考えられる.組織学的観察の結果,貫通型の貫通中および貫通後においては,非貫通型と比べ,Renaut小体および神経周膜の肥厚が高頻度で認められた.Renaut 小体は,長期的な圧迫を受けた部位に一致して存在すると言われているが,三岡ら(2011)は,腋窩神経が肩甲下筋とその過剰束の間を走行する変異例において,全例で神経線維束内に 同小体が観察されたと報告している.さらに1 例においては,過剰束より末梢側においても 同小体が観察されたと報告している.今回の結果は,三岡ら(2011)の結果と類似しており,筋による末梢神経の圧迫は普遍的であり,かつ,圧迫部位より末梢側においても同小体が形成されることを示唆するものである.またChang ら(2010)は,Cervical myofascial pain syndrome(以下,MFPS)群と健常群において,副神経ニューロパチーの可能性を電気生理学的に検討した.その結果,MFPS群において僧帽筋上部線維の活動電位の有意な減少に加え,約48%の症例で脱神経と神経再支配の所見が見られたことを示し,副神経ニューロパチーをMFPSの要因として挙げている.今回の結果は,この報告を形態的見地から支持するものであり,脱神経と神経再支配の頻度が副神経貫通型の頻度と近似することは興味深い.Changら(2010)の述べた副神経ニューロパチーが胸鎖乳突筋による絞扼性ニューロパチーと関連する病態であるかについては,検討が必要である.【まとめ】胸鎖乳突筋が副神経の絞扼因子になる可能性を示した.今後の課題として,例数を増やし推測統計学的に有意差を明らかにすること,神経周膜の肥厚を客観的に示すこと,絞扼性ニューロパチーとの関連を明らかにすることが挙げられる.【理学療法学研究としての意義】末梢神経の絞扼性ニューロパチーは,手根管や肘部管のようなトンネル状構造に限らず,筋の圧迫によっても普遍的に起こり得る.これは,症例の病態生理を的確に把握するために重要である.
著者
吉川 幸次郎 丸山 仁司
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.C3P3413, 2009

【目的】内腹斜筋の上部線維と中部線維の比較<BR>体幹の安定性を維持するために体幹筋が注目されている.内腹斜筋は体幹屈曲、側屈、<BR>回旋させる主導筋の働きが中心である.しかし、一方では腹圧の調整および胸腰筋膜に働きかけることで体幹の安定化させる役割があるとされている.近年内腹斜筋が線維の方向や線維長、筋厚の観点から上中下部に分類できることが主張されており、機能的にも相違があるといわれてきている.今回姿勢の変化に伴い上部線維と中部線維とで姿勢保持のための活動の相違を検証した.<BR>【方法】健常成人男性14名(平均年齢22.7±2.96歳 身長171.5±3.95cm 体重65.7±5.31kg).姿勢を背臥位→立位→爪先立ち位と姿勢を変える.併せて超音波画像診断装置(東芝PV8000)で内腹斜筋を撮像する.撮像部位は上部線維(中腋窩線と第11肋骨が交わった付近)と中部線維(胸郭と腸骨稜の中間と中腋窩線の交わった付近)である.各姿勢につき30秒撮像する.撮像した映像を画像編集ソフト(WinDVD)で静止画像化し画像解析ソフト(image J 1.41)で内腹斜筋の筋厚を測定する.呼吸筋としての活動を最小限にするため最大吸気の時点で静止画像化する.内腹斜筋の上部線維と中部線維の筋厚を比較しその活動の違いを考察する.比較方法は背臥位の筋厚を基準にした立位と爪先立ち位の筋厚の増加率を計算し、上部線維と中部線維とで比較する.検定方法としてt検定を用いた.<BR>なお、今回の実験を行うに際しヘルシンキ宣言を参考に事前に被験者に内容を説明し理解してもらい同意を得て実験を行った.<BR>【結果】各肢位における平均筋厚は以下の通りであった.上部線維(背臥位→立位→爪先立ち位の順)41.4±6.0mm、48.2±9.5mm、52.1±10.2mm.中部線維は51.9±9.0mm、52.6±10.5mm、54.4±11.0mmであった.背臥位の筋厚を基準にした筋厚の平均増加率は、上部線維では117%、126%であり、中部線維は101%、105パーセントと上部線維が活発な活動を示していることが示唆された.立位、爪先立ち位ともに上部線維と中部線維とでは有意な差が生じた.<BR>【考察】先行研究では、内腹斜筋の上部線維と中部線維とではいずれも線維の走行が内側上方に向かっていて機能的にも類似しているとするものがある.しかし、文献によると、内腹斜筋の各線維付着部に着目した場合、上部線維が肋軟骨に付着するのに対して、腹直筋の腱膜に付着しているとしている.そのため、上部線維が胸郭を固定することで姿勢を安定させ散るのに対して、中部線維は腹圧を高めること出姿勢を安定させているという違いがあるのではと考える.<BR>【まとめ】今回の研究で内腹斜筋上部線維と中部線維の活動に違いがありうることが示唆された.
著者
前島 洋 金村 尚彦 国分 貴徳 村田 健児 高柳 清美
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48102020, 2013

【はじめに、目的】今日、中高齢者の健康促進、退行性疾患の予防を目的とする様々な取り組みが盛んに行われている。特に高齢期以降の転倒予防を意識し、バランス機能の向上を目的とする様々な運動は広くヘルスプロモーション事業において取り入れられている。一方、運動は、中枢神経系、特に記憶の中枢である海馬におけるbrain derived neurotrophic factor(BDNF)をはじめとする神経栄養因子の発現を増強し、アルツハイマー病を始めとする退行性疾患発症に対する抑制効果が期待されている。BDNFはその受容体のひとつであるTrkBに作用し、神経細胞の生存、保護、再生といった神経系の維持に関わるシグナルを惹起する。一方、別のBDNFの受容体であり、BDNFの前駆体であるproBDNFに対して高いリガンド結合性をもつp75 受容体への作用は、神経細胞死を誘導するシグナル活性を惹起する傾向を併せ持つ。そこで、本研究の目的は、中高齢者の運動介入において広く取り入れられる低負荷なバランス運動の継続が記憶・学習の中枢である海馬におけるBDNFとその受容体(TrkB,p75)の発現に与える影響について、実験動物を用いて検証することであった。【方法】実験動物として早期より海馬を含む辺縁系の退行と記憶・学習障害を特徴とする老化促進モデルマウス(SAMP10)を用いた。10 週齢の成体雄性SAM 14 匹を対照群と運動群の2 群(各群7 匹)に群分けした。運動介入のバランス運動として、マウスの協調性試験としても用いられるローターロッド運動(25rpm、15 分間)を週3 回の頻度で4 週間課した。運動介入終了後、採取した海馬を破砕してmRNAを精製し、reverse transcription-PCRのサンプルとしてcDNAを作成した。作成したcDNAを用いてリアルタイムPCR法を用いたターゲット遺伝子発現量の定量を行った。ターゲット遺伝子として、BDNFとその受容体であるTrkBおよびp75 の発現をβ-actinを内部標準遺伝子とする比較Ct法により定量した。統計解析として対応のあるt検定(p<0.05)を用いて、運動介入の効果を検証した。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は埼玉県立大学実験動物委員会の承認のもとで行われ、同委員会の指針に基づき実験動物は取り扱われた。【結果】4 週間のバランス運動介入によるBDNFおよびその受容体TrkBの遺伝子発現に対する有意な介入効果は認められなかった。一方、p75 受容体の発現は運動介入により有意な減少が認められ、運動介入効果が確認された。【考察】BDNFはTrkBへの作用により神経細胞における「生」の方向へのシグナルを強化し、一方、p75 の作用により神経細胞における「死」の方向へのシグナルを増強する。このことから、2 つのBDNF受容体に対する陰陽の作用バランスが神経細胞の可塑性において重要と考えられている。本研究の結果からリガンドであるBDNFの発現およびTrkBへの運動介入効果は認められなかったが、細胞死へのカスケードを増強すると考えられるp75 の発現は運動介入により減少していた。P75 受容体の発現減少により神経細胞の「死」方向へのシグナルカスケードの軽減が期待されることから、本研究で用いた運動介入は海馬における退行に対して抑制効果を示唆する内容であった。以上の所見から、中高齢者の運動介入に広く取り入れられている有酸素的効果を一次的に意図しない低負荷なバランス運動が、海馬における神経系の退行抑制を通して、認知症の予防を始めとする記憶・学習機能の維持に対しても有効に作用する可能性が期待された。【理学療法学研究としての意義】本研究は、理学療法、とりわけ運動療法において重視されているバランス機能の向上を目的とする運動の継続(習慣)が認知機能の維持・向上に対して有効であることを示唆する基礎研究として意義を有している。
著者
伊藤 綾香 五十嵐 大貴 吉田 圭佑
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.44 Suppl. No.2 (第52回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0908, 2017 (Released:2017-04-24)

【目的】Schinzel-Giedion症候群(以下,SGS)は,1978年にShinzelとGiedionが報告した先天性疾患で,顔面中央部低形成,重度精神遅滞,痙攣,心・腎奇形,内反足等の骨格異常を特徴とし,国内外で数十例の報告しかない予後不良な稀少疾患である。2歳前後の死亡例や呼吸不全が死因となるという報告がある。責任遺伝子としてSETBP1の同定等,近年報告は増えているが,リハビリテーションに関する報告はない。今回,SGSに対し,1歳11ヶ月から3歳にかけて訪問リハビリテーション(以下,訪問リハ)介入を行ったため経過を考察し報告する。【方法】対象は,SGSの女児。在胎37週,帝王切開で出生。出生時体重3106g。APS3-7。両側腎盂拡張,脳室拡大,特異顔貌,第5指・第4・5趾重複趾や内反足を認め,遺伝学的検査でSETBP1が同定されSGSと診断。2ヶ月時,全身性強直発作が群発,6ヶ月時にWest症候群と診断,ACTH-Z療法で発作は軽減。副作用として低カリウム血症,高血圧,脳萎縮を認め,低カリウム血症,高血圧は投薬で対応,脳萎縮は改善しなかった。ADLは全介助レベルで表情は乏しい。経鼻栄養だったが,2歳5ヶ月時に胃瘻造設。サービス利用はなく,週1回の訪問リハのみ利用。介入時,心拍数70-160bpm,SpO280-99%と変動あり,夜間酸素投与していた。呼吸数15~16回/分,時折咳嗽,舌根沈下があり,シーソー呼吸様で痰貯留による喘鳴あり。肺炎での入院が1回/1~2ヶ月で,母は夜間不眠があった。発作による四肢のぴくつきや,非対称な反り返りが多い。体幹低緊張で未定頸なため座位保持困難。左背面皮膚短縮,胸郭の非対称性,可動域低下著明で下肢は蛙状肢位。日常姿勢は背臥位又は側臥位のみ。口腔内唾液貯留が多い。易感染性のため外出は病院受診のみであった。医療的ケアは母のみ実施で,外出も制限されていた。【結果】易感染性により呼吸器感染リスクが高く訪問リハ適応となった。肺炎再発防止,母の負担軽減を目標に,上気道通過障害の改善,胸郭呼吸運動の発達促進を目的とした運動療法と腹臥位ポジショニング指導を行い,排痰を促した。呼吸状態が不安定な時は主治医へ報告した。介助座位で喘鳴軽減したため座位保持装置を作製,抗重力姿勢増加により体力向上を図った。日中覚醒時間,夜間睡眠量が増え,2歳5ヶ月頃より入院頻度が1回/3~4ヶ月に軽減した。2歳9ヶ月時に夜間CO2平均50.8mmHgのため,夜間時のみ非侵襲的換気療法を開始した。夜間時SpO2値の変動や痰量は減少し,換気量は0.08L→0.13Lに上昇。移動用バギー貸出で外出頻度が増加した。また,入浴時負担軽減のため,入浴用椅子を作製。しかし,痙攣発作や痰貯留は継続しており,母の不安は残存し夜間不眠が継続している。【結論】呼吸障害に対し呼吸理学療法,ポジショニング指導を実施し,生活の質向上のため補装具作製を行い,生活リズムや外出頻度が変化した。SGSに対し呼吸理学療法は必要であり,補装具利用による日常生活管理の重要性が示唆された。さらにDrへの適宜報告と連携が必要であると考える。